TRIZフォーラム:  書評 
The Creative Problem Solver's Toolbox
-- A Complete Course in the Art of Creating Solutions to Problems of Any Kind
  Richard Fobes
  Solutions Through Innovation, USA (1993) 
評者:  中川 徹 (大阪学院大学) 1999. 2. 7  (追記 99. 3.30)
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本書の題名を和訳するとつぎのようになろう。

   「創造的問題解決のための思考道具箱」
       -- どんな問題でも創造的に解決する方法の全教程

本書は, 創造的に問題を解決するための一般的な思考方法を, 体系的に, また多くのエピソードをま
じえて, 分かりやすく説明している。この本で扱っている問題は, 技術分野だけでなく, 人々が日常の
生活・仕事・社会で遭遇するさまざまの問題である。それらを解決するための, 具体的な思考方法と
その表現法を, 「思考の道具」として整理して記述している。

著者Fobes氏は, 大学と大学院で物理学を学び, コンピュータやエレクトロニクス関連の仕事をして
きたが, 創造的問題解決のセミナーなどで教えているという。本書で述べているものは, 子供時代から
「教室の外で」自分で身につけたものであるという。

本書で記述しているのは, つぎのような過程における「思考の方法」である。

   (1) 新しいアイデアを生み, それを取り上げる (welcoming)

   (2) 目標を見出し, 目標を再考・発展させていく

   (3) 多くの解決法, さまざまの代替案を見つけて, 検討する

   (4) アイデアの長所を保持したまま短所を除いて改良し, 実現可能なものにする

   (5) 言葉で考えるだけでなく, 図で考え, 概念で考え, 直感で考える

   (6) 問題の次元 (Dimension, 属性・側面) を明確にして, 多元的に考える

   (7) 固定概念や仮定にとらわれず, 実験・経験・思考実験などで, 本質を理解する

   (8) 問題の部分的解決でなく, 全体的解決を目指す

   (9) 解決案の実現のための, 行動のしかた, 批判に対する考え方

   (10) 思考の諸道具の使い方 :  必要に応じて使う, グループで使う, 教育に使う

これらの過程をさらに詳細化した上で, 思考の方法の要点を述べ, 歴史上の科学者や実業家の
エピソードを挙げ, 必要な概念を明確にし, 使うとよい表現法 (=思考法)を示し, さらに例題を用
いて具体的に説明している。

著者が特に強調している方法の一つに,「Radial Outline」がある。これは, 問題を解決する代
替案のキーワードを思いつくままに放射状の図に表現するのであるが, その過程で代替案をカテ
ゴリで括ることによって整理し, 樹状の図にしていく。このカテゴリ化 (解決案の抽象化) により,
同一カテゴリ内の別の具体案を発想でき, また, 同水準での別のカテゴリを発想できるのである。
本書の巻末に, 「思考の道具」をこの方法で整理した 6頁の図が載せられている。約100個のノー
ドからなる図であるが, その骨子部分は以下のようである。

(注:  この図法は, 品質管理の「魚の骨の図」 (石川ダイアグラム) から発展したものであり,
Mind Map」とも呼ばれている。)

著者は, 「創造的な」思考を薦めている。学校教育が (大学の学部教育を含めて) 子供と学生
から創造的思考を奪う結果になっているという。学校で与えられる課題は, 例えば学部の「学生
実験」でさえ, やり方も答えも分かっているのだから, 「演習・練習」に過ぎない。ところが, 実生活・
実社会の問題はだれも正解を知らないのだから, 「創造的な」問題解決が必須なのである。その
ための「思考の道具」を, だれもが身につけることが大事なのである。

このように, 本書は一般読者を対象に「創造的な思考の方法」を記しているが, その記述は著者
の物理学と技術的素養に裏打ちされて明確であり, 技術分野の「創造的問題解決」のための
基礎的素養として大変参考になる。技術分野を主対象としたTRIZ (「発明問題解決の理論」)を理
解するための基礎としても役立ち, また, 技術的な問題の創造的な解決のために, TRIZを補いつ
つ, 利用することができる。この意味で, 本「TRIZホームページ」に書評を掲載し, 読者に推薦す
る次第である。

(注: Amazon.comで扱っている。価格19.75ドル)


追記 (1999. 3.30 中川 徹)

小生は原書を読み, 感激して上記の書評を書いた (2月 7日)。 その後, 著者のFobes氏と手紙と
電子メールで連絡を取った。本書は「The Futurist」という雑誌の連載記事をベースにして単行本
にしたものであり, 米国でベストセラーになったものであるという。そして, 著者から日本語訳が最近
出版されたことを教えてもらった。ただ, 著者の近くにいた日本人留学生は, 日本語訳を読んだら
よく理解できなかったと言い, その後, 原書を読んで, よく分かった, すばらしい本だと言ったという。

和訳書はつぎのように出版されている。

   「自分の一番のアイデアを引き出す方法 --  機械的発想法」
     リチャード・フォーブス著, 田中孝顕訳, きこ書房, 1998年10月。240頁, 定価1500円。

訳者の田中氏は, 「4倍速の速聴システム」 などを開発し, 速いスピードで聴くのに慣れて脳を刺激
し, 「脳力」を活性化することを提唱している (上記の訳本の後部に約10頁の宣伝・紹介がある)。
また同氏にはビジネスマン向けの「脳力」開発のための多数の著書・訳書がある。

訳文は平易で, 滑らかで, 正確である。

ただ, つぎの 2点の大きな問題がある。

(1)  この和訳書の表題は 原書の意図と全く異なる
      読者に誤解させ, また, アピール力がない。

(2)  この和訳書は全訳ではない内容が約半分のボリュームに削減されている。
     これは価格を抑えたいという出版社の要請によるものと思われる。そこで, 訳者は, 原書の
     いろいろな思考法のアウトラインの記述を中心に訳出し, 思考法の事例や (読者に納得させ
     るために著者が具体的・技術的に記述した) 論証部分を省略している。その結果, この訳書
      は非常に滑らかにすうっと読める, ビジネスマン向けのハウツウ本になっている。「考える
      ために立ち止まらなくてよい」本になっている。

上記の頁数削減を前提とすると, 現在の訳よりも適切な訳出ができるかどうかは難しい。しかし,
非常に残念なことに,和訳書には, 原書が持っているような説得力が失われてしまっている
例えば, エレベータで下りる人の体重を使えば, 上る人のためのエレベータの動力が節約できる
ではないか, というアイデアが紹介されている。訳書は, そのようなアイデアも大事にしなさいとだけ
述べる。しかし, 原書には, このアイデアが, いろいろな欠点があるけれども,そ れを克服すること
によって, 省エネルギーの技術に実現可能なことを, 技術的にしかし平易に説明しているのである。
この和訳書は, 読者対象から理科系の読者, 技術者を外してしまったように感じる。

原書が意図しているような「創造的な思考」を身につけたいと思う人は, なによりも「考えるために
立ち止まる」ことをしなければならない。原書は, 「立ち止まって, 独自に考え, そして新しい方向に
力強く歩き出す」ための, 考える方法を具体的に述べているのである。本「TRIZホームページ」の
読者の皆さんには, ぜひ原書を読んでいいただくように, お薦めする。原書は平易で分かりやすい
英文である。
 
 
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最終更新日 : 1999. 3.30    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp