TRIZ論文:  ETRIA国際会議論文和訳(2)
生物学から工学への体系的技術移転
 Julian F. V. Vincent and Darrel L. Mann (バース大学, 英国),
 ETRIA主催TRIZ国際会議 (TRIZ Future 2001), 2001年11月7日-9日, 英国バース, pp. 165-176
 和訳: 中川  徹 (大阪学院大学), 2002年3月21日
  [掲載:  2002. 3.18]
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編集ノート (中川  徹, 2002年 3月21日)
 

本稿は, 表記のように, 昨年11月のETRIA主催TRIZ国際会議において発表された, Julian Vincent と Darrell Mann の論文を和訳したものです。原題は, 「Systematic Technology Transfer from Biology to Engineering」です。この国際会議の参加報告 (中川  徹, 2001年11月16日英文掲載) において, 私はこの論文をつぎのように紹介しました。
Julien Vincent ら[17]は, 非常に興味深い発表であった。Vincent 教授と Darrell Mann (ハーフタイムで勤務) とは, 最近 [英国内で] レディング大学からバース大学に移り, 機械・設計工学科においてバイオミメティクス (生物 [模倣] 工学) の研究室を立ち上げているところである。研究室には現在数人の大学院生たちがいる。

現在のTRIZの知識ベースは, 植物や動物たちが10億年以上に渡って開発してきた有用な設計のアイデアを, (G.S. アルトシュラーが彼のTRIZの最初の論文でその重要性に言及したにも関わらず, ) まだ組み込んでいない。Vincentらが見いだしたのは, そのような生物学的知識を集積するための鍵が「機能性」にあることである。例えば, 「温かく保つ」,「きれいにする, あるいは, 洗う」, 「面を連結する」などの機能に対して,自然界は非常に変化に富んだ設計を作り出した。そのような自然界の設計は, 生物学の学界においてもまだよく集積されていないし, 技術者たちにはずっとずっとわずかしか知られていない。そこで, 生物学から工学への体系的な技術移転をねらいとして, Vincentらは, 自然界の設計における機能の事例を集積するため, その枠組みを開発し, 実際に集積しはじめている。これは, 新しいデザインや新しい技術の宝庫であるにちがいない。

このVincent と Mannの論文は, 今回のETRIA主催TRIZ国際会議における最も重要な成果の一つであると思う。著者たちが言うように, 生物学 (すなわち, 自然界の理解) は工学 (すなわち, 人間の技術的営み) にいままで以上に大きな寄与をするだろうし, TRIZの「機能による技術の逆引き」の考え方がこの技術移転の強力な枠組みを与える, という認識は貴重であろう。この論文の和訳掲載を許可いただいた著者とETRIAとに厚く感謝する。
著者:   Julien Vincent (バース大学機械・設計工学科, 英国)  e-mail:   Julian Vincent <ensjfvv@bath.ac.uk>
           Darrell L. Mann  (バース大学機械・設計工学科, 英国)    e-mail:  Darrell Mann <D.L.Mann@bath.ac.uk>
主催学会:  ETRIA  (European TRIZ Association)    WWWサイト:   http://www.ETRIA.net
なお, 英文の論文は近くTRIZ Journalに掲載される予定である。

 
本ページの先頭 1. はじめに 2. TRIZのツールたち 3. 機能分類 - いくつかの事例 4. おわりに ETRIA国際会議報告 (2001.11, 中川) 英文

 




 

生物学から工学への体系的技術移転

     Julian F. V. Vincent and Darrel L. Mann (機械・設計工学科, バース大学, バース, 英国)
 

要約
 

問題解決策は, 異なる学術分野の間では非常にゆっくりしか移転しない。その移転は問題を適切に抽象化し分類することによって, 顕著に速めることができる。TRIZ法は, 発明的問題解決に対して, さまざまの科学および技術分野間で知識を移転させる体系的な手段を作り出した。その体系は機能によって分類することからなっている。現在では, 機能による分類の構造は, 世界の200万件を越える特許をカバーし, 物理・化学・数学の既知の知識ベースの大きな部分をカバーしている。しかしまだ, そのデータベースは生物学的知識をほんの少ししか含んでいない。TRIZの創始者, ゲンリッヒ・アルトシュラーが, いつの日か [生物学的知識を] 含むべきだと, 初期から認識していたにも関わらず。本論文は, 生物学的知識をTRIZの枠組みに組み込む体系的な研究計画によって, 技術者たちが得るであろう利益について例示することをねらいとしている。例示のために, 熱的な安定と清潔さの維持を目指して進化してきた自然システムたちを, 作業モデルとして使おう。
1.  はじめに
 
「第一次世界大戦中, (ソビエトの) 海軍は, 潜水艦のスクリュー音を聞き識別するために, 水中マイクを使い始めた。これらの水中マイクは, 船が止まっているか, 非常にゆっくりしか動いていないときにしか, 使えなかった。その改良を担当していた技術者の一人が, あざらしの聴覚は, 彼らが速く動いても劣化しないことを知った。この技術者は, 水中マイクの入り口をあざらしの耳の孔のような形にデザインすることを提案した。その結果, 性能が顕著に改良され, 船が動いているときにも, 水中マイクを使えるようになった。」
        (Altshuller (1956) より訳)


われわれが技術革新をしようとするときに, 共通しているのは, 他の科学・技術分野の解決策や実践例を活用したり, あるいは, われわれの技術的問題と, 異質な技術分野の同様な問題に対する解決策との間の類似性を認識したりすることがうまくできないことである。特にわれわれは, 自然界の40億年にわたる「研究・開発」を利用することがうまくできない。本稿では, この自然界の技術を人間の技術であるTRIZに統合するための体系的な手段について記述する。TRIZは, 他の技術や科学分野からの解決策にアクセスするための客観的な枠組みを提供する (Altshuller 1973, Salamatov 1999)。

TRIZが非常な成功を収めたのは, 物理学, 化学, 数学, そして工学からの知識を統合したことであり, そしてさらに, 経営や政治・社会科学からの知識を徐々に統合しつつある。それが成功した理由は, 知識がすべてのユーザにアクセス可能な形式であったからである。その鍵は「機能」にあった。例えば, O-リングというのは, 「密閉する」という機能的要求に対する一つの特定の解決策である。この機能に関連するすべての知識を集積することによって, 一人の設計者はその機能を達成するすべての手段 (産業や学術的境界にとらわれないすべての手段) にアクセスすることが可能になる。TRIZの効能は, どこに解決策があるかを示すだけでなく, 探索すべき境界を確立することである。その結果, 一つの問題に対する一つの良い解決策を非常に迅速に見つけられるだけでなく, 解決策が存在しない所で解決策を見つけようとして無駄な時間を費やさなくて済む。

生物学 [分野で生物たち] が 「密閉する」という機能をどのように達成してきたかというデータを含めることができれば, すべての設計者たちが生物学的知識にもまたアクセスすることが可能になるだろう。その発展は, アルトシュラーが, 不可避なだけでなく,  [TRIZの] 方法を格段に改良し拡張する方法であると, 予測したものである (Altshuller 1973, p. 213)。生物学ベースの工学 (すなわち, バイオミメティクス) が新しいアプローチを示唆するのにもっている潜在能力を示すために, [つぎにいくつかのコンセプトを示そう。これらの] コンセプトの大部分は特許が取られている。

そしてもちろん, ベルクロ (マジックテープ) (S. A. Velcro 1955), エッフェル塔, および Callitravaや Frei Ottoの建築などは, その新規性と有用性の多くを, 自然界におけるデザインに負っている。

[実用化を] 待っているアイデアの中にはつぎのものがある。
 


これらのトピックスは多かれ少なかれ偶然的なものとしてもたらされてきた。大部分の例で, その概念は, 一人の生物学者を媒介として初めて, 工学界に利用可能になった。TRIZが提供する枠組みはそれらの情報をずっと容易に利用可能なようにし, 個別の問題について有用な情報を提供する可能性のある生物学の領域を同定しやすくするであろう。それと同時に, TRIZの方法は生物学の知識を統合できる枠組みを, 生物学者たちに提供するだろう。TRIZが全く異なる入力 [情報] やアイデアたちを組み合わすことができる能力は, 遺伝子操作の例が増えるにつれて, 生物科学の分野においてもますます重要になり, われわれは遺伝子による製造術を発展させるだろう。生物素材と非生物素材との間の領域, すなわち, 生物学が工学と出会うところ (バイオエンジニアリング, バイオメカトロニクス, など)が, また利益を受けるだろう。このインタフェースにおいて, TRIZは創造的な支柱を提供し, 技術革新を推進する主要な役割を果たすだろう (Ball 2001)。

本稿は, 生物学的知識をTRIZの枠組みに組み込むことによって, 技術者たちおよび生物学者たちが享受するだろう利益を例示することを目的として, いくつかの事例研究を記述する。しかしながら, まず最初に, TRIZがもっているキー概念のいくつかを, 生物科学との関連という観点から, 簡単にレビューしておこう。

 

2.  TRIZのツールたち

TRIZは4つの主要なツールを使う。すなわち, 機能によって配列した知識ベース, 技術的な進歩の障壁 (すなわち, 矛盾) の分析, 技術の発展のしかた (理想性と [進化の] トレンド), および資源利用の最大化, である。

2.1  機能

機能の順に配置されたデータベースにより, われわれは, 多数の解決策にアクセスして, その中の最も適当なものを識別することができる。TRIZに基づいた, Invention Machine社の「TechOptimizer」ソフトウェアは, 現在入手可能な最も包括的な機能分類による知識ベースである。それは6000以上の物理・化学・数学および工学的解決策を含んでいる。例えば, 「流体抵抗を減少させる」という総称機能を達成するための30の方法が載せられており, そのうち4件だけが航空分野を起源とするものである。データベースを見てわかるのは, 化学工業では流体抵抗を減少させる方法として, 超音波を普通に使っていることである。そのような解決策を航空の文脈に組み込むと, 顕著な改良と特許になりうるアイデアをもたらす。

しかし, このデータベースは生物学を含んでいない。流体抵抗の減少は, 鮫肌 (歯のような形に盛り上がった皮膚が体全体を包んでいる), teleost fish (粘液を分泌), ペンギン (嘴の付け根に攪拌器がある), およびのこぎり鮫 (「のこぎり」の歯が攪拌器になっている) に見られる。鮫肌のメカニズムを追求した最初はおそらく船舶産業で, 航空産業がそれにつぎ, そして, 最もよく知られている水泳着 (Speedo社) が三番目であった。これらの流体抵抗を減少させる解決策を, 体系的な機能分類による知識ベースに組み込むことは, すべての技術分野が, これらを含むさまざまの流体抵抗減少の技術にアクセスし, 利益を得る手段を提供するだろう。生物学者たちはまた, 諸器官に, 以前には思ってもみなかった流体抵抗減少の適応を発見するかもしれない。

2.2  矛盾

TRIZにおいては, 問題は対立するパラメタの対で表され, 問題としている対立をこれまでにうまく克服した発明家たちの優れた解決策にわれわれがアクセスできるようにしている。例えば, 飛行機の機首 (鼻先) は, 軽くなければならないが, 同時に機首内部の機器を保護するために十分強くなければならない。その主たる矛盾は, 強度 vs 重量である。TRIZは, 同じ矛盾を持つ問題を識別し, 「矛盾マトリクス」を使って, TRIZの基礎を成す40の「発明の原理」の中で, この問題に最も強く関連する 3つないし4つの発明の原理を同定する (Altshuller & Shulyak 1998)。たった40の原理で, それを導出するのに使った極めて多数の特許で代表される技術革新をカバーできるとは, TRIZを初めて知った人たちにとって信じがたいことである。しかしながら, それは妥当な結果であり, さらに重要なことは, それが広範な分野に渡ってうまく働くことである。

機能分類の知識ベースに関しては, 自然界で見いだされた優れた事例はまだどれもTRIZの中に組み込まれていない。ただ, 予備的な研究では, 自然もまた同じ40の原理の範囲の中にあることが示唆されている (Vincent & Mann 2000)。しかしながら, 強度 vs 重量 の矛盾に関しては, TRIZは現在, 鳥たちや昆虫たちがその軽量構造を進化させてきた方法に全く関連づけることができないでおり, また, 蜘蛛の糸が軽量と大きな強度との両方の必要を克服してきたやり方について関連づけれていない。ある特定の矛盾のタイプの状況にあるときに, 自然は同じ発明の原理を使うかどうかという問題では, 「使わない」という答えを, 研究の初期結果は示唆している。

このことは, 問題に取り組むやり方に関して重要な意味を持っており, 自然進化による発明的な解決策を表した大量のデータが与えられれば, 発明家たちに問題を解く方法に関する新しい見方を提供するという点で, 自然は大きな寄与をすることを示唆している。分かってきている一つの一般的なルールは, 一つの分類項目 (科, 属(?) など) 内での技術的問題に対する解決策は, TRIZの用語でいう最適化のプロセスであるが, 特定の技術的問題に対する解決策についてのPhylum (?) を越えた違いは, 発明原理の間の違いに似ている。これが真でありかつ定量化できるならば, この種の差異は進化とphylogeny (?)についての定量的な理解に寄与するかもしれない。

2. 3  理想性

特許データベースの分析において, TRIZ研究者たちは, 『技術システムが予測可能な方向に進化していく, 特に顕著なのは, 「理想性」の増大がトレンドの方向として最も重要である』ということを示した。これは生物学的適応と非常によく似ていて, そこでは, [生物の] 技術は善 (機能的利益) を最大化し, 悪 (「コスト」と「害」) を最小化するシステムに向けて発展する。理想性の概念が示唆するのは, どんな種類であれ外部のシステムを利用するのは非理想的であり, 究極的にシステムは, セルフ-サービス (自給自足) で, セルフ-アクチュエーティング (自分で行動する) であるように進化する。「セルフ-」 (すなわち「ひとりでに」) という語は技術システムの進化において非常に重要であり, その理由は, 「ものごとを自分自身で行うもの」というのが既存の資源を大変うまく利用した解決策になるからである。Mann (2001) は, 工学における「セルフ-」指向の設計解決策の試みの最前線 (すなわち限界) を詳論している。「蓮の葉効果」 (後述) は, 表面を清潔にするという要求を, 別のクリーニング・メカニズムを導入せずに達成しており, 自然の解決策の好例を提供している。

2.4  技術進化のトレンド

生物学においては, 競争は最適化を導く。TRIZ研究者たちが見いだしたその他のすべてのトレンドは, 理想性に向かうこのトレンドのサブセットである。例えば, 「システムが, 1次元から, 2次元, そして3次元へと発展する」というよく知られたトレンドがある。このトレンドは低次の器官でも明白に見られる。algae (?) は, 単細胞から, 糸状, そして嵩ばった器官へと進化した。他のところでも同様に起こるだろう。技術のもう一つのトレンドは, リズムの協調に向かうものであり, 「連続的な行動から, 脈動的行動, 共振, そして定常波の利用へと発展する」というものである (図1)。
 
 


図1.  「リズムの協調」の進化のトレンド

これは動物の前進運動において見られ, アメーバが這う運動 (連続的) から, クラゲが泳ぎ, あるいは昆虫が飛ぶ運動 (脈動, おそらく共鳴的), そして哺乳動物の歩行と走る運動へと進歩している。進行波は, peristaltic (?) 輸送メカニズムや, 虫や蛇などの柔らかな動物の這う運動などにおいて見られる。

TRIZのトレンドは, 問題解決者たちに, システムの進化の潜在能力について有用な示唆を与える。表面の細分化のトレンド (図2) は, 技術システムにおいて多くの事例がある。これらのトレンドを使う最も実際的な場面は, 現在の技術システムがトレンドの一番右端にはいない場合であり, そのときには, トレンドの残りのステップがそれぞれ, 新しい世代のシステムのための潜在能力を表している。例えば, 電球の球は通常, 滑らかな表面のガラスでできている。トレンドが示唆するのは, ガラスの表面にテクスチャ (模様) を (まず, 一つの方向に, そして第二の方向に) つけることにより, 進化上の明確な好機があるだろうことである。そうすることの利点は自明というわけではないが, もし十分熱心に探せば, それが存在しているだろうことをTRIZは示唆している。おそらく, 光の進行方向を変える, 色が変わる能力を与える, ひとりでにきれいに保つ, などであろう。
 
 


図2.  「表面の細分化」の進化のトレンド

TRIZの「進化のトレンド」は, 問題解決のための非常に強力なツールの集合を与えている。いくつかの企業がすでに, 特許データベースの中のギャップを同定し, 知的財産を生成するために, それらのトレンドを使い始めている。TRIZが明らかにした技術トレンドと自然 [が明らかにした技術トレンド] との間の比較は, まだとびとびである。ありえそうなことは, 現行のトレンドの事例 [を増強する] 点でも, あるいは, いままで工学的にまだ明らかにされていないトレンドの存在 [を指摘し] 追加する点でも, 自然がわれわれに教えてくれることは非常に多いであろう。そこで, 自然の進化のトレンドをきちんと研究することは, TRIZが見いだしたトレンドを拡張するのに有用であろう。これに関連して, 自然のシステムたちがTRIZのトレンドの右端にまでまだ進化していない場合には, バイオミメティクスの観点から自然界の解決策を「改良」できるデザインを進化させる潜在的可能性がある。

2.5  資源の利用

以上の諸発見は, TRIZ研究者たちが示したような忍耐と献身ともってすれば, 世界のどこででも, あるいはだれによってでも, きっと見いだされただろうに違いないけれども, 「資源」の概念はおそらくロシア人にユニークなものであろう。この概念は, 簡単に言えば, 「われわれが設計するシステムの中あるいは周りに存在するものを最大限に活用する」ことである。西側諸国で典型的なのは, この点でわれわれが非常に浪費的だったことであり, 「壊れているなら, 何かを追加して直そう」というアプローチをとり, 現存するシステム自身で働かせるように試みることが少なかった。

資源を有効に使うように設計者たちを奨励することは, TRIZのプロセス全体の中でも一つの重要な概念である。 極限にまでもっていって, TRIZは, 害になるものまでも資源として考えることを設計者たちに奨励する。共鳴現象はまだ十分に活用されていない資源の例である。圧力ももう一つの例であろう。もし, 密閉しようとする圧力がより高くなったとすると, われわれの通常の反応は, 圧力に一層打ち勝つようにシールの耐性を強化することであろう。しかし, TRIZはその圧力自身がシールを構成するのを助けるように, 圧力を利用せよと奨める。自然は, もちろん, 資源の競合という手段を通じて, 最小限の資源までも最も有効に利用するという欲求に対して, ずっともっと効率的であった。だからおそらく, 自然は, TRIZの方法に重要な教訓を与えてくれことであろう。

 

3.  機能分類 -- いくつかの事例

3.1  温かさを保つ

既存のTRIZの知識ベースで, [例えば] 「温かさを保つ」という特定の機能要求について検討するためには, 産業や科学のさまざまの他の分野からの解決策に最大限にアクセスできることを保証するため, この機能の定義を抽象化する必要がある。このケースでは, 「熱的パラメータを安定化する」というのが, 機能の総称的な分類として有用であろう。われわれにこの抽象化ができれば, 現在のデータベースは, 多様な出典からの多数の解決策をわれわれに明らかにしてくれる (図3)。


図3.  「温かさを保つ」の機能の抽象化

データベースにはこの問題の生物学的な解決策が一つも含まれていない。自然界は (この問題に関して),  工学システムで有効に活用するとよい大きな潜在的可能性がある事例を多数持っているという事実にもかかわらず, 含まれていないのである。その中には, 羽毛 (特にペンギンの羽毛 (図4)), 毛皮 (そこでは, 断熱の役をしている空気は, pelage (?) の毛の間に取り込まれているのと同等に, 中空の毛の内部にある), そして昆虫の「毛」とうろこ (Heinrich 1993)。


図4.  パプアPygoscelisペンギンの羽毛 -- 付け根に豊富な毛がある (スケールの棒は5mm)

ある種の長い毛 (例えば白熊の毛) は, その動物が走るときに毛が動くにつれて, ひとりでに換気しているかもしれない (C. Dawson, 私信)。そのような多機能性は工学的な断熱では稀であるが, 図5で進化をたどることができ, 自動-換気の毛は高度に進化していることがわかる。


図5.  「空間の細分化」の進化のトレンド





生物学的なセンスでは, モノリシック (固形の, 一体の) システムとは硬い (詰まった) 毛であり, 空洞を持つシステムとは中空の毛であり, 複数の空洞あるいは毛細管/多孔質構造をもつシステムとは泡を詰めた毛であり, 活動的な毛細管をもつシステムとは白熊の「活動的な」pelage (?) において見られる。

皮下脂肪は皮膚の表面への血流を制限することによって断熱している (C. Pond, 私信)。これらの解決策がすべて, 「温かく保つ」という要求に対して, 受動的な, 「低エネルギー」の解決策であることに注意したい。また, 広範な種類にわたる巣や巣穴があり, その多くが, そのままでは苛酷な環境を, なんらかの形で熱的に改良している (Hansell 1984)。それらはまた, 作ってしまったのちには, 受動的な [解決策である] と見なすことができ, エネルギー消費の少ない建物を作ろうと望んでいる建築家たちに大いに注目されている。
 

ここには, homeothermic あるいは セントラル・ヒーティング・システムや逆流熱交換システム (rete mirable (?)) のことを論じていないが, それらは自然界では比較的よく見られるものである。
 

3.2  きれいにする, あるいは, 洗う

伝統的に, 洗剤メーカーは, 他社よりもより効果的な洗剤を製造する能力を使って, 「衣類をきれいにする」という機能を提供することを追い求めてきたといえる。「衣類をきれいにする」機能を, 「固体物質を取り除く」という機能に抽象化することにより, 同様の機能を他の産業ではどのように提供してきたかを, 見ることができる。機能のデータベースが明確に示しているのは, 「衣類をきれいにする」という機能を提供するのに, 洗剤を使う以外の, 多数の他の可能な選択肢が存在することである (図6)。しかしながら, そのデータベースに生物学的なデータは含まれていない。


図6.  「衣類をきれいにする」機能の抽象化





生物学的なシステムたちもまた同様の機能を実行する。自然界でのやり方の例には, (そのうちにTRIZデータベースに取り込まれていくであろうが,) さまざまのタイプの舐めることによる身繕い, クリーニングあるいはコンディショニングの液体を表面に撒くこと (Kovac 1993), あるいは一つ一つのものをつまみ取ること (Mooring 1995) などが含まれる。arthropods (?) は, その感覚器官が普通その硬い骨格の外側にあるので, その外部表面がきれいであることが致命的な重要さをもっている (Becker & Wahl 1996)。彼らはさまざまのクリーニングのメカニズム (フックやブラシなど) を持っていて, その中には, 泥の上の非常に悪い条件下で, 目の表面をきれいに保つために特別な「窓ふきのワイパー」を持っているものもある。そのようなクリーニングのための剛毛は, 歯ブラシの改良のためのプロトタイプにできよう。歯ブラシの「剛毛」は, きまりきったように, ナイロンの糸で作られ, その表面には何も彫りがなく機能がない。

ウォッシング・マシーンのメーカーたちはそれらのメカニズムに興味を持ち, 舐める動作を組み込むことで, 食器洗い機の水の使用量を減少させることを試みてきた。家に飼われている犬なら簡単にできることなのに, 驚くばかりの懸命の努力がなされてきたにもかかわらず, そのようなうまい方法はまだ機械に組み込めていない。

もっと受動的な (そのため, エネルギー要求がより少ないと思われる) クリーニングの効果の一つに, 「蓮の葉効果」がある (いままでに, いくつかの植物の葉と昆虫の翅で見いだされている - http://www.botanik.uni-bonn.de/system/bionics.html参照)。蓮の葉は疎水性であり, 葉の表面上を流れる水が, その進行中に取り込んだ埃の粒子を保持している。この効果は, 表面上の厚いワックスの層と, 葉の表面の彫り (図7参照) による疎水性との組み合わせによって実現されている。このために, 水滴は, 葉に接触しているときに, 多少なりとも球形を保つように力が働き, 他の汚れが葉にくっつく傾向を減らす (Barthlott & Neinhuis 1999)。この特性は外装用塗料 (「Lotusan」) に組み込まれ, 表面がセルフ-クリーニングになる (「ひとりでにきれいに保たれる」)。


図7.  「蓮の葉効果」の核心をなす葉の表面の構造





3.3  面を連結する

物体や面を連結 (join) することに興味があるとき,その連結の強度がそれぞれの問題ごとに重要なことであろう。物理的な大きさや適応性もまた重要であろう。これらのキーとなる要因をもとに, さまざまな解決策の性能を記述するグラフを作ることができる (図8)。そして, ある特定の問題に対して, その強度と適応性の要求を具体的に知れば, その機能を提供する方法の中のどれが関連しているかを識別できる。強度と適応性はおそらく相互に対立的だから, グラフの両軸に漸近するようないくつもの曲線が存在することだろう。生物学的な連結システムをいくつか, この [パラメタ] 空間に記入した。これは新規なアプローチで, 今後まだ定量化していかなければならない。それでもなお, 工学的解決策がかなり明瞭な分布をしているのに対して, 生物学的な面はもっとずっと変化に富んでいる。一つの例として, フックや爪を, 臨時にあるいは半永久的にくっつけるメカニズムの一つのクラスとして考えよう。


図8.  [二つの面を] 連結するための技術

フックたちは自然界では, 非常に多くのデザインで, また非常に多様な動物と植物でみられており (Nachtigall 1974), それは大きな商業的応用を持っている。これが脚光をあびたのは, George de Mestral の毛深い飼い犬が, たまたまburdock seedのフックに遭遇し,それをきっかけにしてVelcro (ベルクロ, マジックテープ) が開発されてからであった。最も安くて最も信頼できるフック-基板のくみあわせを作るというコンセプトが開発されたが, これらのフックの理論的な扱いは開発されなかった (S. A. Velcro 1955)。いまや1700以上の特許がVelcroを引用して, その材料の新しい用途あるいは改良に関わっている。
 

自然界には, Velcroタイプの機能に対して, 簡単に識別できる代替機能がいろいろある。例えば, くっつけの永久性と強度や, フックが相互作用する表面のタイプなどが [異なるものである]。多くの例で表面が変更されている。例えば, 蚕の幼虫はその cribellar hooks (?) をくっつけるために, 絹の繊維のパッドを吐き出す。Bedstraw (Galium sp.) は, 蔓性の植物で, その茎にフックがあり, それがさまざまのもの (substrates) に臨時にくっつき, それによって, 水平にも垂直にも「這って」成長することができる。その結果この植物は, 頑丈な幹に投資しないでも, 日光に届くことができる。hymenopteraでは, 翅を拡げるたびに, 前翅と後翅をフックたち (hamuli) が結合させ, 単一の飛行面を形成する。Sea-lice (Copepoda, Crustacea) と flatworms (Platyhelminths) は, フックを用いて寄生し, 高速で泳いでいる巨大な鮫やのこぎり鮫の皮膚に自分自身を貼り付ける。さまざまの種のパラサイトが, 皮膚のタイプに応じて, さまざまの種の魚にフックでくっつくように適応している。

より広い範囲の機能に基づいたVelcoのようなメカニズムは, さまざまに利用可能である。さまざまな型のくっつき, 永久のものから臨時のものまで, がいくつもの流れで発展している。永久的な相互作用は縫い付けの代替として使える  (すぐにデザインを変えられる衣服 - 例えば, ファッションの衣服, 単一サイズのユニフォーム, 適応のためにポケットがどこにでも動くものなど)。顕著な極性をもつフックのメカニズム (すなわち, ある方向に動かすとくっつき, 逆方向に動かすとはずれるもの) は, (Galium が塀を登ったり, ギャップを越えたりするのとまったく同様に) 登ったり, ギャップに橋を架けたりする装置として, 使えるだろう。これは, セルフ-デザイニング構造 (スマート・フック) の可能性を起こさせるものである。Hymenopteraの翅とフックのメカニズムは, 新しい型のジップのメカニズムを示唆するものである。

 

4.  おわりに

4.1  技術者にとっての利益

バイオミメティクスの重要性と関心の高まりは, 技術システムの設計のしかたを改良するためのずっと広い視野を自然界が与えてくれることに, 技術者たちが認識しはじめたことを示唆している。現時点では, 自然界の解決策を技術者たちが知るようになるプロセスは, 大いに非効率的である。TRIZが提供する機能分類のコンセプトは, すでに出来上がっている枠組であり, その枠組に生物学的解決策を適切に分類でき, 自然の設計の解決策への直接的なアクセスを提供すると期待される。

自然界の解決策をさらに抽象化して, 自然が設計の矛盾を乗り越えるメカニズムと進化のトレンドとを同定することは, 製品・プロセス・サービスにおける技術革新の必要がますます強まっているのに答えて, 技術者たちがより強力な解決策を導き出していくのを助ける一層の好機を提供するだろう。
 

4.2  バイオミメティクスにとっての利益

自然界のシステムは, 現在のさまざまの境界条件の中で生き残り, 栄えるために「それで十分良い」までしか進化しない。そのような自然界の解決策に対する技術界の類似物は, 自然界と同じ境界条件 (例えば, 「成長」や再生産など [の必要]) で束縛されてはいないと考えられる。そこで, TRIZのツールをいくつか使うことにより, 自然界 [の解決策] を出発点にして, 自然界がものごとをするやり方を改良したようなシステムを, 将来工学的に作り出すことが可能なはずである。

自然は, われわれの現在の分析によれば, 最適化は上手であるけれども, 矛盾を解決することは比較的下手であり, 後戻りできないような袋小路に進化が陥ることも証明されている (図9)。人間の眼の「盲点」は, この [進化の袋小路を示す] 典型的な例である。TRIZは, そのような制約を克服するバイオミメティクスの解決策を工学的に作りだす一つの方法をさし示す。


図9.  自然界の「最適化」による進化とTRIZの「切り換え (step-change)」による進化との違い








参考文献

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最終更新日 : 2002. 3.28    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp