TRIZ紹介
技術革新のための問題解決技法 TRIZ/USIT
〜 その思想・方法・知識ベース・ソフトツール 〜
  中川 徹 (大阪学院大学)  
初出: 第1回 知識創造支援システム・シンポジウム, 
  2004年 2月27-28日, 北陸先端科学技術大学院大学
 [掲 載: 2004. 3. 3.]   [英訳 (中川  徹)   掲載: 2004. 8.26]
For going back to English pages, press  buttons.


まえがき (中 川  徹, 2004年 2月29日)

本稿は上記のように「第1回知識創造支援システム・シンポジウム」において, 招待講演として発表したものです。このシンポジウムは, 日本創造学会と北陸先端科学技術大学院大学の知識科学教育研究センターとの主催で, 金沢郊外の同大学で開催されたものです。このシンポジウムのプログラムは日本創造 学会のホームページを参照ください。

この招待講演は討論を含めて1時間, 参加者の大部分は各地の大学の研究者で, 情報科学や IT技術 (人工知能, ヒューマンインタフェース, 発想支援システム, グループウェアなど) の研究・教育に携わっている人たちが主体であるという設定でした。この北陸先端大でシンポジウムを主宰された国藤進教授と杉山公造教授は, 私が富士通の国際情報社会科学研究所にいたときの同僚ですし, 4年ほど前に北陸先端大で一度講演していますので, TRIZのポイントは知って貰っている (だから招待して下さった) のですが, 大部分の人たちにとってはTRIZについて (きちんと) 聞くのは初めてのことと思われました。

TRIZについて初心の大学の研究者に, 1時間でTRIZを分かって貰えるようにと思って書いたのがこの原稿であり, これに沿った発表スライドでした。第1日の夜の懇親会の自己紹介の「3分スピーチ」でポイントを話しましたので、第2日午後の講演ではよく分かっていただ けたのではないかと思っています。

TRIZは50年余りの研究・開発の歴史を持ち, 膨大な体系をボトムアップに作りあげ, また世界中での実践の経緯を持っています。これを歴史に沿って, ボトムアップに, 具体的に話そうとすると, 1時間では混乱するばかりになります。そこで今回の講演では, TRIZの全体像を, 私が理解する限りでできるだけ有効なものを, できるだけすっきり話そうと思いました。そこで, TRIZの思想・方法・知識ベース・ソフトツールという階層に従って, トップダウンに, そして事例も加えて, 話しました。古典的TRIZの項目の一部はその存在だけ述べて, 現在のより改良されたものの説明で置き換えています。

このような意図で書いたもので, 期せずして最新の「TRIZ紹介」になりました。初心者の方は2001年11月に書いた「TRIZ紹介」 をまず読んでから, 本稿を読んでいただくとよいかと思います。ここには, 現在の新しいTRIZの全体像が描いてあり, それが私が最近提唱しているTRIZの「着実な導入」戦略の内容でもあります。

本発表の機会を与えて下さり, 本稿の掲載を許可いただきました, シンポジウム主催者に感謝します。

日本創造学会   (高橋 誠 理事長)   http://wwwsoc.nii.ac.jp/jcs2/
北陸先端科学技術大学院大学   (石川県能美郡辰口町)     http://www.jaist.ac.jp/index-j.html
   同大学  知識科学教育研究センター (センター長   国藤 進 教授   Email:  kuni@jaist.ac.jp)
なお, 本稿のいくつかの所に, 私の大学でのゼミの成果を盛り込みました。この3月に情報学部の初めての卒業生を送り出すところです。
 

目次

1.  はじめに

2.  TRIZの思想 (そのエッセンス)

3.  TRIZにおける問題解決の方法 (技法)
  3.1  新商品の開発のための予測技法
  3.2  問題 (課題) を定義する方法
  3.3  問題のシステムを分析する方法
  3.4  「矛盾」を解決する方法
  3.5  理想をイメージする方法
  3.6  解決策を生成する方法
  3.7  創造的問題解決のプロセス

4.  TRIZの知識ベースとソフトウェアツール
  4.1  「40の発明原理」
  4.2  「矛盾マトリックス」
  4.3  「物理的効果」の知識ベース
  4.4  「機能目標から実現手段を探す」知識ベース
  4.5  「進化のトレンド」の知識ベース
  4.6  TRIZの知識ブースの位置づけ
  4.7  TRIZのソフトウェアツール

5.  TRIZの導入・普及と今後の発展について

参考文献

本 ページの先頭 論文先頭 1. はじめに 2. 思想 3. 方法 4. 知識ベース 4.7 ソフトツール 5. 導入と普及 参考文献 TRIZ紹介
(2001.11) 
英文ページ




 
 

技術革新のための問題解決技法TRIZ/USIT
〜 その思想・方法・知識ベース・ソフトツール 〜


中川  徹  (nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp)
大阪学院大学情報学部:大 阪府吹田市岸部南2-36-1
要約:  TRIZ(「発明問題解決の理論」) は、旧ソ連の民間でアルトシュラーとその弟子たちが50年かけて開発した、技術思想であり、科学技術を技術の立場から整理する方法論であり、創造的な技術 開発の思考法、発明のための技法であり、これらの観点から技術を整理した膨大な知識ベースの体系であり、それを実装したソフトウェアツールでもある。冷戦 終了後に西側に伝えられ、現在、米・欧・日・韓で企業への導入が進みつつあって、技術革新のための強力な方法として注目されている。

   本稿は、TRIZの全貌を、思想・方法・知識ベース・ソフトツールというレベルごとに整理して紹介する。特に、TRIZの思想のエッセンスを学び、問題解 決の方法としてはTRIZを簡単化・統合化したUSITプロセスを使い、TRIZの知識ベースを活用することを推奨しており、このやり方を「着実な導入戦 略」と呼んでいる。


 

1.  はじめに

  TRIZ (「発明問題解決の理論」) [1] は旧ソ連の民間でゲンリッヒ・アルトシュラーとその弟子たちが50年かけて開発したものである。それは、一つの技術思想であ り、科学技術を技術の立場から整理する方法論であり、発明のための技法でもあり、これらの観点から技術を整理した膨大な知識ベースの体系でもある。その知 識ベースと方法は、最近ではパソコン上で快適に動く高度なソフトウェアツールとして提供されている。広範な技術分野における「創造的な思考」のための、優 れた原理 (モデル) とそれを使う具体的な方法を提供しているのである。

  これらがいま、米・欧・日・韓の諸企業で導入され、その実践が進んできている。この実践運動は、過去半世紀の品質向上 の運動に不足していた「技術論」を注入するものであり、大きな技術革新の運動に発展する可能性を持つものである。

  しかしTRIZの導入は単純ではない。1970年代を中心に旧ソ連で確立されたものの中身をそのままにして、手段としてIT技術を組み込んだ (1990年代後半からの米国での) アプローチは、期待されたような普及の広がりをつくり出せていない。TRIZの中身そのものを西側世界が消化し直し、分かりやすく、使いやすくして行くこ とが必要である。

  そのような新しい世代のTRIZを模索して、Darrell Mann は「体系的創造性」[2] と呼び、一方筆者らはより簡潔なUSITプロセス [3, 4] を推奨しているのである。
 

  このように歴史的にも、分野的にも、階層レベルの面でも、TRIZは非常に広範で膨大だから、それを理解するには複数の文献を読み、複数の問題にあたって 考察することが必要である。

  TRIZに関する情報源としては、Webサイトが広く使われており、米国の"TRIZ Journal" [5]、そして日本では筆者が編集する『TRIZホームページ』(和・ 英) [6] を参照されるとよい。TRIZのやさしい紹介は、筆者の日本創造学会での発表(4ページ) [1] を推薦する。

  本稿では、歴史的な発展を記述することは前稿 [1] に譲り、現在の (新しい世代の) TRIZの姿をできるだけ簡潔に紹介しよう。そのために、思想、方法、知識ベース、ソフトツールという 階層に従ってトップダウンに記述する。ただ、このような姿が観念論的にトップダウンで作られたのではなく、(良く知られているように) 特許の内容的な分析などの実証的研究を積み重ねて、ボトムアップに構成された結果であることは、ぜひ最初に留意しておいていただきたい。

 

2. TRIZの思想 (そのエッセンス)

  TRIZの創始者アルトシュラーの著作で日本で紹介されているのは [7, 8] などであるが、原書が古い時期の入門書であるため、TRIZの全貌を知るには適さない。Yuri SalamatovのTRIZ教科書 [9] が、ロシア語で書かれ、英語と日本語に訳されて、最も体系的で標準的かつ (旧ソ連圏での) 最新の研究成果を含んでいるという定評がある。これを理解した上で、最近のDarrell Mannの 教科書 [2] を読むとTRIZの全貌とその今後の発展を理解できるであろ う。

  本稿では、Salamatovの教科書を翻訳した時点で筆者が作った1枚のスライド 「Essence of TRIZ in 50 Words」(の和訳版) を示す [10]。これが最も分かりやすいと思うからである。
 

TRIZの認識:
   「技術システムが進化する
       理想性の増大に向かって, 
       矛盾を克服しつつ, 
       大抵, リソースの最小限の導入により」
   そこで, 創造的問題解決のために, 
   TRIZは, 弁証法的な思考を提供する, 
      すなわち, 
      問題をシステムとして理解し, 
      理想解を最初にイメージし, 
      矛盾を解決すること。

図1. TRIZのエッセンス (50語の表現)

  ここではTRIZの「エッセンス」が「思想」のレベルにあり、その第一の面が科学技術を特に技術の立場から見た新しい「認識」 であること、そしてその第二がこの認識をベースにした創造的問題解決のための「思考の方法」であることを述べている。特許の分析から出発し て、確実に発明をする方法を見つけ出そうとして模索した結果、技術の発展の本質に関する認識を創り、その思考方法を明確にしたのである。

  技術における認識対象の中心は、技術「システム」である。それは例えば自動車といった単位から、ワイパーのゴムや、高 速道路網といったさまざまのレベルで考えられ、常にいくつもの階層を持ち、多数の構成要素が機能的・構造的などの関係によって結ばれているものであると認 識している。それらの技術的システムが大きな人間の文化の中で歴史的に進化・発展していくことをまず認識している。

  その進化には大きな方向があり、それを「理想性の向上」であると理解している。「理想性」は、「効用/(コスト+ 害)」と理解している。この「効用」はまた「主有用機能」と表現されることもあり、その技術システムに期待される本来の働きのことである。この理想性の概 念はVE (価値工学) とほぼ共通のものであり、TRIZが「機能」をその考察の中心にしていることが分かる。

  技術システムの理想性は、容易に向上するものではなく、人類は多様で多数の試行錯誤をしながら一歩一歩向上してきた。その小さな一歩が達成されるのは、「矛 盾」を一つ克服したときであるとTRIZは理解する。一つ一つの問題の「壁」に直面して、通常の工学ではわれわれに「トレードオフ」や「最適化」 を教えてきた。しかし、これらの妥協を排除し矛盾を克服したときに初めて、壁が打破され、ブレイクスルーが起こる。それが技術の進化の小さな一歩になるの である。

  技術的問題の解決において、何かの要素を付け足すこと (よりパワーを大きくするなど) をわれわれはしばしば選択する。しかし、最もエレガントな解決は、「リソース」 (資源) を浪費しないものであり、新しい要素を付け足すことを最小限にしたものであることを、TRIZは観察してきた。

  技術システムの進化がこのように大きな歴史を持った客観的なものであるとTRIZは認識したので、「創造的な問題解決」 とは、その流れに沿ってさらに進化させることであるとTRIZでは考える。そのための思考の方法は、個人の内面の心理 (ひらめきなど) を調整することは副次的であり、あくまでも技術的思考を高めることであると考える。

  その第一の特徴は、問題を「システム」として理解することである。問題自身の背景を考え、「問題の体系」を捉え、その 中核となる所に焦点を合わせようとする。また、問題の対象を前記のように「技術システム」として捉え、その上位・下位のシステムを考え、システム内の種々 の構成要素とその機能的関係を分析して、システムとしての理想性の向上を目指すのである。

  思考法の第二の特徴は、現状からの分析と改良を中心にするのでなく、まず「理想」を考えてそれに近づくためにどうする べきかを考えることである。上記のように技術システムの進化の方向は「理想性」の向上であるとすでに知っているのだから、その進行方向とゴールを考えよう というのは当然のことである。「究極の理想解」は、コストも害もなくて その効用だけがあることである (例えば、何も存在しないのに、ひとりでに働きが生じる)。

  第三の特徴は、矛盾を解決することを主体とした思考法である。問題を突き詰めて「矛盾」を明確にすることを積極的に行 う。それが解決の準備であり、早道・王道である。TRIZでは「矛盾」の二つの形式を重視する。第一は、「ある面を改良しようとすると別の面が悪くなる」 という (通常トレードオフが必要とされる) 状況であり、これを「技術的矛盾」と呼ぶ。第二は、「一つの面に関して、正逆の対立する要求が同時にある」という (通常にっちもさっちも行かない) 状況であり、これを「物理的矛盾」と呼ぶ。問題をこのような「矛盾」にまで突き詰め、そして解決しようというのがTRIZの思考法である (具体的な方法は後述する)。

  これら三つの特徴を持つのがTRIZが提供する思考法であり、それを哲学的な用語で端的に述べれば、「弁証法的思考法」 ということになる。かっての思想史で「弁証法」が叫ばれたことがあったが、理解しにくく、具体的ではなかった。TRIZは、科学技術の分野において、この 「弁証法」的思考を (後述のように) 具体的に示したのである。それは創造的な発明をリードする非常に強力な思考方法である。

  以上のようにTRIZの科学技術に対する認識とその創造的な思考の方法は、非常に大きなスケールのものである。技術の特定分野に依存しないのも特徴であ る。Mann [2] は、このTRIZが今後の創造的思考法の中核になり、多くの技法を取り込み・統合しながら発展していき、「体系的創造性」と呼ぶ もの (思想と方法の両方のレベルを含む) を形成していくと考えている。

 

3. TRIZにおける問題解決の方法 (技法)

  上記に「思想」のレベルで記述したものをさらに具体化して、問題を具体的に「システム」として捉え、問題の状況とその発展の方向を「分析」し、矛盾を克服 する具体的な「解決策を生成」する方法 (技法) を、TRIZは多様に提供している。それらの一つ一つの方法に対して、TRIZは緻密で膨大なハンドブックを備えていることが多い。

  このため、TRIZの習得には従来長期間の訓練を必要とした。旧ソ連では自由意志で集まった大学院生や技術者たちに対 して、アルトシュラーやその直弟子たちが、大学院レベルの2年間の教育をしてきた。これによって、質の高いTRIZ専門家たちを、研究・教育・開発実務に 提供してきた。しかし、現在の西側世界では、導入によって大きな効果が期待される企業技術者たちにこのような長期訓練を行うことはできない。1週間の訓練 でさえ「長期すぎる」とみなされる。

  そこで、TRIZの諸技法の中から、問題の状況に応じて適切なものを選択して、適用できるように訓練することが必要になる。また、より高度には、問題解決 のプロセスの一部始終を適切に構成して、分かりやすく訓練することが望まれる。現在の西側諸国では、これらの諸方法の選択と構成においていろいろな意見・ 立場がある。以下には筆者の理解で最も適切と考えるものを中心に述べる。
 

3.1  新商品の開発のための予測技法

  企業の技術開発において、「ある製品に関連する分野が今後どのように発展するのか?」、「どのような方向で商品開発を考えるべきなのか?」を考えることは 非常に重要である。目の前にある個々の苦情や技術課題などよりもはるかに大きなスケールで考える必要がある。検討内容が広範であるだけでなく、予測におけ る必然として曖昧性が伴う。それでいてその予測は企業の将来を左右するものになる。

  TRIZはこのような一般的な課題に対しても、明確な方法 (技法) を提供している。それは (2節に述べた) 「システム」とその「進化」の概念をベースとしたものであり、「9画面法」[2] と呼ばれる。

  「9画面法」は図2に示すような、3 × 3の枡目の表形式を使う。枡目の基本は、中央を対象システムの現在であるとし、上下にはシステムの階層を表し、左右には過去・現在・未来の時間を配置す る。

  ここでは「携帯電話の将来予測」を例にして簡単に説明しよう。この図2ではゼミ生と議論しながら臨機応変に書いていっ たものの概要のみを記している [11]。図中の丸数字は考察の基本的な順番を表す。実際には途中でいろいろ戻り、全体を見ながら考察を進める。


 図2.  9画面法の記述例: 携帯電話の将来予測

  中央(1)現在の「携帯電話」を配置した後で、下位システム(2) としては部品を書く代わりに機能を書いた。上位システム(3) には携帯電話網の全体構成を簡単に書き, さらに上位の社会システムを書いた。次いで過去(4) として固定電話を書き、その機能や用途を下位 (5) に書き、電話網のシステムなどを上位(6) に書き込む。このようにして過去から現在を見ると、過去には別の機器であったものが今の携帯電話に組み込まれ、サイズがどんどん小さくなっていることを [改めて] 認識する。そこで、現在の携帯電話の枡目に、今は別になっている多数の機器 (ノートパソコンや電子手帳なども) を書き並べる。

  つぎに未来を例えば 5年先をイメージして考察する。その際 (7) に最上位の社会と技術一般の動きのキーワードを書き、IT技術の将来を書いてみる。ついで、今の携帯電話の主有用機能を持った将来のシステム (8) を考える。小型化・ユビキタス化が考えられるが、(小さいばかりが便利ではなく) 今と同様 (あるいは少し大きい) サイズでのもので機能が拡大するものがあるだろうと考えた。そして, それらの諸機能を下位(9) に記入する。この過程で、バッグやポケットなどに入れているものと、より直接身につける小型のものとで連携したものになるだろうと考察している。

  上記の方法は非常に簡単に行え、思考内容を明示できるので、グループなどでの作業にも適している。技術の進化の一般的なトレンド (後述のTRIZの知識ベース) を学んでいて、またその技術分野に関する造詣が深ければ、一層説得力のあるビジョンをまとめていくことができる。

  この方法の適用事例としてJR東日本が作った新幹線車両用のトイレ空間の事例 [12] が参考になる。
 

3.2  問題 (課題) を定義する方法

  何が解くべき問題であるかを見つければ、90%まで解決したのに等しいとよく言われる。ではその問題をどのようにして見つけるのか、定義するのかは必ずし も明確でない。TRIZでもいろいろなプロセスが提唱されている。基本的には、何らかの問題意識によって取り上げた問題について、その問題の「体系」を明 確にした上で、適当なレベルの課題に焦点を絞ることである。

  Mann [2] が薦めている最初の過程は「効用分析」 である。最初に持ってきた問題に対して、「なぜ (何の目的で) これを解きたいのか?」と上位に逆上り、一方「問題の解決を妨げているのは何か?」と下位に絞っていった上で、(何らかの価値基準により) 最適のレベルに絞り込む。

  USIT法のSickafus [3] は、「問題定義」段階ではつぎの項目を明確にせよという。すなわち、(1) 望ましくない効果 (症状など)、(2) 1〜2行で書いた問題宣言文、(3) 問題状況の簡潔なスケッチ、(4) 考えられる根本原因 (複数でよい)、(5) 関連する最小限のオブジェクト群。ここですべての項目で「簡潔さ」を要求しているのは、それによって曖昧性がなくなり、焦点がより明確になるからである。

  この中で「根本原因」の項は特に大事であるが、本来はいろいろな実験をして初めて明確になるものである。ただ、グルー プによる問題解決のセッションでは、実験をしている時間はないから、それが不明確な段階なら、Sickafusは「考えられる原因」を各オブジェクト (構成要素) の諸属性 (性質) ごとに多数挙げよという。

  一方Mann [2] は、「根本原因」でなく「根本矛盾」 を明らかにすることが、より簡単で効果的であるという。「根本原因」は膨大な実験や調査をしてもなおまだ不明確なことがあるのに対して、「根本矛盾」は ずっと容易に明確にでき、そして問題解決の本質に迫りやすいのである。
 

3.3  問題のシステムを分析する方法

  TRIZでの分析は、システムの「機能」関係の分析が中心である。システムの諸構成要素 (本稿ではオブジェクトという) をノードに表現し、その間の種々の機能関係を矢印で示す。

  古典的TRIZでは、対象システム中の問題がある部分に強く絞って、二つのオブジェクトとその間の機能的関係だけを 記述する。その機能関係が (有用でなく)、有害・不十分・過剰・欠如などのときが問題を生じるパターンである。この分析法を「物質-場分析」と呼び、パターンの類型 に従って解決方法を雛形として提示しようというのである (この雛形を「発明標準解」と呼び、76種が作られた) [9]

  西側の研究者の多くは (そしてTRIZソフトツールの多くも)、問題に関連するオブジェクトをより多く示して、その間の機能関係を分析することを好んでいる。その中で, 機能の有用・有害・不十分・過剰・欠如などを区別することにより、複雑な問題を解明していこうとしている。

  このような機能関係図は往々にして複雑になるので、USIT法[3, 4] では問題の焦点に対応して関連する機能だけを描くことを薦める。例えば、額縁を掛ける釘と紐のシステムで、「傾きにくい額縁掛けシ ステムを作れ」という問題を考えよう。従来の大抵の機能分析では、紐が額縁をぶら下げて「その重さを支え」、釘が紐の「重さを支える」といったことを記述 する。それは額縁掛けの通常の意味での主機能であるが、「額縁の傾き」を決める問題には直接関係がない。USITでは、紐が (その左右の長さに応じて) 額縁の「配置を決め」、釘が紐の「左右の長さを調節・保持する」と記述する。USITの機能分析図の書き方を習得するのはちょっと時間がかかるが、記述結 果は大いに有効である。

  システムの分析でさらに有効なのは、問題に関連する「属性」(性質の種類/カテゴリ) を明確にすることである。これに関してはUSIT法 [3, 4] が最も簡明で強力である。USITでは、問題の「望ましくない効果」に関係する (各オブジェクトの) 諸属性をできる限り多く列挙して、増大関係にあるものと、減少関係にあるものとに分類する。これは、問題定義の段階で考えた「根本原因」をさらに考察し て、「属性」という概念で記述したものである。

  さらに問題の特徴を、「空間」と「時間」に関して整理することも大事である。
 

3.4 「矛盾」を解決する方法

  いままでの問題定義と分析を通じて、問題の中心課題が「矛盾」として徐々に鮮明になる。その「矛盾」を解決するための具体的な 方法を提示したのがTRIZの大きな貢献である。

  「ある面を改良しようとすると、別の面が悪化する」という「技術的矛盾」に対して、古典的TRIZは、そのような「技 術的矛盾」のパターンを分類して、従来の発明者たちがどんな種類のアイデア (「発明の原理」) を多く使ったかを、参考として提示するやり方を作った。これは膨大な作業で作られたものであり、「アルトシュラーの矛盾マト リックス」と呼ばれる (後述)。[7, 9]

  さらに「一つの面に対して正逆の互いに反する要求が同時にある」という「物理的矛盾」に対して、TRIZは「その矛盾 をほとんど確実に解決できる」という驚くべき方法を見出した。それは、「分離原理」と呼ばれる [2, 9]

  「物理的矛盾」を見出したら、その対立する要求が一見「同時にある」ように見えても、二つの要求を「空間で分離できないか?」「時間で分離できないか?」 「その他の条件で分離できないか?」と考えよという。「分離」ができたら、各要求をそれぞれ完全に満たす二つの解決策を作れ。そして、その上で両者を一緒 に使う (「組み合わせる」) 方法を考えよという。この「分離原理」が教えるガイドラインの中で、頭を使う必要があるのは最後の「組合せ」の段階だけである。

  「物理的矛盾」を明確にして解決した鮮やかな事例として、韓国のKyeoung-Won Lee ら [13] の「節水型トイレ」の例がある。水洗トイレは便を流す のに通常13リットルの水を使っており、この節水対策は世界規模の問題である。大量の水が必要になる原因は、便器の排水管がS字形にしてあるからである。 S字管は常時便器内に水を張り、下水や汚水槽からの悪臭を防ぐ役割をしている。便を流すときには、勢いよく水面を上げ、サイホン効果で便器内の水が全部流 れ出るようにしている。この状況を物理的矛盾として整理すると表1のようである。

表1. 水洗トイレにおける物理的矛盾

通常時 S字管が便器内に水を張り、悪臭を防ぐ S字管必要 存在させる
排出時  S字管があるために多量の水を必要とする S字管は邪魔 無くす

  この物理的矛盾は「時間」で分離できることは明白である。すると、TRIZの分離原理は、「S字管を、通常時は存在させ、排出時は無くせ」と教える。「存 在」と「消滅」とをどのようにして、一緒に組合せられるというのか? この「禅問答」のような指示に直面して、どうすればよいのか? それは、実際の「物」の存在と消滅を言っているのではなく、実効的な意味で存在・消滅させればよいのである。要するに、排出時にだけ実効的にS字状の管で なければよい。

  この問題を学部2年生の授業でここまで説明すると、学生たちも解決策をいろいろ言うことができる。「排水管の形が変わればよい。それには鉄管でなく軟らか い材質のパイプを使えばよい。通常は管の途中を引っ張り上げていて、排水時には降ろせばよい。...」Leeらが得た解決策もこれと基本的には同じで、管 の倒し方が少しエレガントであり、紐と滑車と重りを使って動力なしで上げ下げしているだけである。Leeらはこれによって、3リットルの水しか使わない 「超節水型トイレ」を開発し、その実験検証をして、最近特許を取った。世界中の人々が100年余り(?) に渡って知っていた問題を、初めて非常にうまく解決したのである。Leeらはこの問題の定式化とその解決策をTRIZを使って得たのだと言っている。その 解決策は、学部生でも、あるいは小学生でも考え出せたはずのものである!!
 

3.5  理想をイメージする方法

  アルトシュラーが作り出した方法の一つに、「小さい賢人たちによるモデリング」法 (SLP) がある[7, 9]。それは問題のシステムの構成要素の一部を、実は賢い小人た ちの集団が構成しており、彼らが魔法のように問題にフレキシブルに対応できるのだとイメージする。擬人化の手法であるが、小人たちの集団と考えているとこ ろに独自の改良がある。

  例えば、筆者らはホッチキスの針がもっと厚い紙枚数でも曲がらないようにする改良法を考えた[14]。いろいろ観察した結果、ホッチキスの針が横にグシャとつぶれる前に、M字形になることを見出 した。紙の厚みで止まった針が、上からの圧力に耐えられず、支えのない内側 (針の水平部分の下と紙との間) に入り込んでいくのである。この問題でどうしたらよいかを、この小人たちをイメージして考えた。

  小人たちは、いま針の下にも沢山いて、針が内側に曲がってこないように、横から一生懸命に支えている。針が下がってくると、窮屈になった小人たちが一人ず つ逃げる。逃げ場はホッチキスの前の方がよい。支えるだけ支えて、するりと逃げ、針は無事に紙面までしっかり刺さる。綴じるのが終わって次の針を使おうと すると、また小人たちはすでに針の内側に戻っている。実際にこのイメージでホッチキスの構造を改良する案を作ることができた。

[下図はシンポジウムでの発表のスライドの1枚です]

  USIT法では、この方法を改良して「Particles法」と呼んでいる。考察の過程が明示されており、その事例も 記述されている [3, 4]
 

3.6  解決策を生成する方法

  TRIZは多数の特許の事例を分析して、そのアイデアのエッセンスを「発明の原理」としてまとめた。通常「40の発明の原理」 と呼ぶが、サブ原理も含めると100項目ほどある。それらを参考に提示して、具体的問題への類推思考を促すのがTRIZの基本的な方法である。また、「物 質-場分析」の各状況に対応して、「76の発明標準解」を提示することもできる [7, 9, 2]

  筆者ら[15, 16] は、TRIZの多様な方法をすべてばらして再整理し、USITの解決策生成法の体系に統合・拡充した。この結果、USITはつぎの 5種の解決策生成法を持つ (細分化すると計32種)。

  (1) オブジェクトを複数化する
  (2) 属性の次元を変化させる
  (3) 機能を再配置する
  (4) 解決策の対を組み合わせる
  (5) 解決策を一般化する
  これらの解決策生成法はすべて、対象に作用する「演算子」の形式を持ち、サブメソッドごとに分かりやすい指針 (ガイドライン) があり、TRIZに由来する多くの事例を参照できる。

  例えば、「額縁掛けの問題」で、Sickafusは図3のような釘を考案した [3]。釘の表面の滑らかな部分で紐を調整し、調整後は紐を押し込んで釘の粗い部分で保持さ せるという案である。この案はUSITの4種の方法で素直に生成できる [4]


図3  (額縁掛けのための) Sickafusの釘

  (1) 「釘オブジェクト」を二つに分割し、半分を粗く、半分を滑らかにして、再統合して用いる。
  (2) 釘の表面の「滑らかさの属性」を、釘の部分によって違う値にする。
  (3) 釘が紐の長さを「調節する機能」と紐をその位置で「保持する機能」とを分離し, 釘の別の部分に分担させる。
  (4) 「釘を滑らかにして紐の調整をしやすくする案」と「釘を粗くして紐の保持をしやすくする案」とを、釘の部分という空間によって組み合わせた。
  なお、さらに考察すると、上記の(4)で見かけは「空間による組合せ」になっているが、この解決策の本質は「時間による組合せ」である。このように理解す ると、この額縁掛けの問題の本当の「壁」を突破したことになり、多様な解決策を生み出すことが可能になる。
 

3.7  創造的問題解決のプロセス

  古典的TRIZで問題解決のプロセス全体をまとめたものを、ARIZ (「発明問題解決のアルゴリズム」)と呼んだ。アルトシュラーはより困難な問題でも解決できることを目指してARIZの改良を続け、歴史的に多く の版を作った [9]。それは多くの知識ベースの利用を前提とし、論理が微妙で難解である。

  Mann [2] はTRIZの各種の分析法と解決策生成法を網羅 して、深く分かりやすく説明している。そして、特別に「ツールを選択する」という段階を設けて1章を割き、問題の状況と各人のスキルに応じて技法を使い分 ければよいとしている。しかしそれは、TRIZの断片だけを使うことを意味する。

  一方Sickafusは、TRIZをやさしくして、一貫した問題解決のプロセスUSITを作った [2]。筆者がそれを受け継いで改良し、現在のUSITプロセスは図4のフローチャートで表 される。


図4  USITフローチャート

  すなわち、全プロセスは、問題定義、問題分析、解決策生成という明確な3段階からなる。分析においては、現在のシステムの分析を行う方法と、理想解をまず 考える方法とがあり、どちらか一方を使うのでもよいが、両方使う (最初に現在システムから、つぎに理想解から分析する) ことを推奨する。解決策の生成段階は、前項で述べたような「演算子」を繰り返し適用して、その度に一つの解決策の案を得る。このようにして、多数の概念レ ベルの解決策が得られるのである。

 

4.  TRIZの知識ベースとソフトウェアツール

  アルトシュラーは、特許を調査していて、「新規の発明」といってもそのアイデアには共通のパターンがいろいろ現れる ことに気づき、TRIZの着想を得たのである。そこで彼は40年に渡りそのパターンを抽出して、モデル化し、「原理」にまで高めることを行った。旧ソ連で のTRIZの研究開発工数は1500人年と見積もられている [2] が、彼らは基本的に「紙と鉛筆」でそれを成し遂げ、膨大な知識ベースを構築し、教科書にした。

  冷戦終了後に米国に渡ったアルトシュラーの弟子たちは、TRIZ知識ベースのソフトウェアツール化を行った。もともと の知識ベースが非常にうまく体系づけられていたので、パソコン上で快適に動き、高度な情報を与えるツールができた。世界中の多くの企業に導入され、日本語 版も作られた [17]。しかし、知識ベースの技術事例が古い (主に1960〜70年代の技術) というのがユーザの苦情であった。

  最近、ベルギーのCREAX社が、インドで25人の特許専門家を集めた研究所を作り、アルトシュラーの分析方法を現代 化して、1985年から現在までの米国特許の徹底的な分析を行った [18, 19]。その結果はパソコン上で蓄積・整理され、TRIZの知識ベースを (原理面で補強するとともに) 事例やデータの面で完全に刷新し、教科書[2] に反映すると同時に、より使いやすく低価格のソフトツール [20] になっている。
 

4.1  「40の発明原理」

  アルトシュラーが特許から抽出して作った知識ベースの最初が、「発明原理」と呼ばれるものである。分割原理、分離原理、などから始まり、非対称化、汎用 化、可動化、複合材料の利用など、40項目がある。多くの原理はさらにサブ原理をもっており、多数の参考事例が蓄積されている。個別の技術分野に依存しな い表現になっている。40の発明原理を読んでその事例を学ぶことが、多くの人々がTRIZを学ぶ最初のやり方であった。

4.2  「矛盾マトリックス」

  具体的な問題に対して「どの発明原理を使うとよいのか?」という質問に答えようとして、アルトシュラーが作ったのが「矛盾マトリックス」と呼ばれる膨大な 表である。彼はさまざまな「問題」を表現・分類する一つの方法として前述の「技術的矛盾」の定式化を使った。問題の「諸側面」を記述するた めにまず39のパラメータを選定した。物体の長さや重さから、強度、製造の容易さ、使いやすさなど多様である。これで39×39の表 (マトリックス)を用意する。そして、特許の内容を一つ一つ調べて、その問題が「どのパラメータを改良しようとすると、どのパラメータが悪化する」という 矛盾を扱ったのかを判断し、そのときに使った発明のアイデアを40の発明原理から選び、この表に書き込む。これを膨大な数の特許に対して行うと、マトリッ クスの各枡目について、いままでによく使われた発明原理が分かってくるから、そのうちの最多の4原理を判定する。このようにして出来上がったマトリックス がTRIZの教科書にはほぼ必ず公表されている[7, 9]

  Mannらは、アルトシュラーのこのやり方を踏まえて米国特許の分析を行い[18]、 矛盾マトリックスの内容を刷新した[19]。その際にパラメータを48に拡張し (ノイズ、セキュリティなどが増えた)、並べ替えて整理した。新しい矛盾マトリックスは「Matrix 2003」と呼ばれて出版され、ソフトツールに組み込まれている[20]

  TRIZのユーザには「矛盾マトリックス」を使う人たちが多い。ただ、従来の難点は、自分の問題を適切に表現する枡目を見つけにくい場合があることと、提 示された4つの発明原理があまりピンと来ない場合があることであった。この新版を使用した日本のユーザたちの評価は「ずっと使いやすくなった」という。各 発明原理からそれらを使った最近の米国特許をすぐに見ることができ、便利になった。
 

4.3  「物理的効果」の知識ベース

  科学におけるさまざまの自然法則、現象、効果など、そして技術的なさまざまの素子・手段・装置・工夫などを蓄積して、知識ベースにしている。TRIZでは これを「物理・化学・数学的な効果集」と名付けて、Effects データベースと呼んでいる。専門分野が違い、産業分野が違うところで知られ・使われているこれらの知識・技術を知ることは大いに有益である。

  また、Invention Machine社 [21] で開発したソフトウェアツールは、特許や論文などの技術文献を読んで自動的に意味解析を行い、「何が - 何を - どうする」という形式で多数の技術知識を抽出・蓄積する。このデータをさらに処理することによって、多様な応用が開けつつある。
 

4.4  「機能目標から実現手段を探す」知識ベース

  TRIZが整理した一つのやり方は、機能目標から実現手段を探す形式の知識ベースの作成である。技術の現場においては、まず何かやりたいことがあって、そ のやり方を見つけたいことが多い。従来の西側のアプローチでは、科学技術の膨大な知識ベースをまず作成して、それを (コンピュータで) 逆引きして調べればよいと考える。しかし、TRIZでは、「やりたいこと」の一般的な体系を表現し、科学技術の知識を整理してしまおうとした。そのため に、「やりたいこと」を「機能」の言葉で表現する。すなわち、「(何を) どうする」という機能表現の階層的な体系を作り、それによって科学技術知識を整理した。これは非常に有用なものである。
 

4.5  「進化のトレンド」の知識ベース

  TRIZではさらに、技術システムが進化する際に、システムに含まれるさまざまな技術要素が進化する典型的なステップがあり、方向があることを見出した。 そのような典型を「進化のトレンド」と呼び、多数のトレンドが見出されている。例えば、Mann の教科書 [2] では、31のトレンドを挙げて、その事例を示し、各ステップで次段階に進むことがどのような意味で (「理想性」の) 向上になるのかを吟味している。

  例えば、「物体の分割」のトレンドでは、一つの中実の固体から、分割された複数の固体、粉体、流体 (液体)、泡、気体へと進化していくのだという。進化の利点は、扱いやすくなったり、効率が高まったりいろいろである。また、「可動性の向上」というトレ ンドでは、システムの要素で相対的に動く (曲がるなど) 自由度が増えていくことを述べている。

  注目されるのは、単一のシステムから、二重システム、多重システムへと拡大するトレンドである。例えば、単一のスピーカから、ステレオや立体音響システム が構成されていく進化に相当する。ところが、いろいろなシステムがあるレベルまで複雑になると、それが今度は統合化・単純化することによって進化が進むの だという。「重厚長大」から「軽薄短小」への転換を一般化して捉えたTRIZの認識である。
 

4.6  TRIZの知識ベースの位置づけ

  このようなTRIZの多様な知識ベースを一覧できるように位置づけたのが図5である[1]。 自分の問題を解決しようとするときに、従来の科学技術の情報の蓄積だけでは有効に使うことが困難であったところに、TRIZが使いやすい形式の情報を蓄 積・提示して、自分と科学技術とを仲介してくれることが分かるであろう。


図5.  TRIZの知識ベースの位置づけ


 

4.7  TRIZのソフトウェアツール

  1990年代の前半に米国に移住した旧ソ連圏のTRIZ専門家たちが、TRIZの知識ベースをパソコンに乗せて、ソフトウェアツールを開発した。これが第 一世代のものであり、Invention Machine社のTechOptimizer [21] と、Ideation International 社の Innovation Work Bench [22] が代表である。100〜300万円の価格のものであるが、多数の企業に導入された。知識ベース部分は他では得難い情報を含み、使いやすいも のであった。

  これらのツールには、TRIZのプロセスの一部 (例えば、原因結果分析、機能分析、物質-場分析、矛盾マトリックスなど) が組み込まれていた。この部分はTRIZを十分習得していない多くのユーザにとっては、必ずしも使いやすいものでなかった。問題解決のプロセス自身をツー ルがガイドしようと意図するときに、ユーザは混乱して、使用に困難を感じた。ユーザをトレーニングして克服すべきなのか、ツール自身を改良すべきなのか、 あるいは現段階ではプロセスをガイドすることをツールが意図しない方がよいのか、いろいろな意見が分かれているのが現状であろう。

  2000年頃からヨーロッパの各国で、より簡単で安価な (10〜30万円の) TRIZソフトツールが開発されてきた。これが第二世代であり、CREAX社のInnovation Suites [20] がその代表である。上述のようにTRIZの知識ベースの全体を最 新のデータで更新しているとともに、Mannの教科書 [2] と対応した内容であり、使いやすさの点でも優れている。

 

5.  TRIZの導入・普及と今後の発展について

  以上のようにTRIZは、技術革新のための創造的な問題解決を助ける思想であり、思考の方法であり、膨大な知識ベース とソフトウェアツールをも備えたものである。技術革新の激しい競争の中にある諸企業にとって、これを有効に使うことができれば非常に大きな力になることは 疑いがない。

  西側諸国、そして特に日本におけるTRIZ導入について、いままでの発展過程とその方向について筆者は何度か書いてき た [1, 23, 24]。特に日本における最新の状況と方向は [25] を参照されたい。

  TRIZを導入するとよいのは、まず企業 (特に製造業) である。導入の戦略としては、主として米国での主流である「革新的な導入戦略」に対して、筆者は1999年来「漸進的導入戦略」を推奨してきたが、 2003年1月以来「着実な導入戦略」を提唱している。

  この戦略の中心は、「消化した」形のTRIZを普及させることであり、その中身は本稿全体で述べているとおりである。 TRIZの思想のエッセンスを学び、問題解決のプロセスとしてはTRIZを単純化・統合化したUSITを使い、TRIZの知識ベースを活用しようというの である [4, 24]

  USITを習得するには、いくつかの論文と事例を学ぶとよいが、直接のトレーニングセミナーに参加するとよい。企業 内のトレーニングセミナーでは、図6のプログラムにより、初心者でも2日間でマスターできる[4]

図6.  USIT 2日間トレーニングセミナー

  このセミナーでは 最初の2時間にTRIZとUSITの紹介を行う。ついで、企業の実地問題3件を15〜25人の参加者でUSIT法を用いて解決するグループ演習を行う。演 習はUSITのプロセスに従い5セッションで行う。各セッションは、その段階についての講義、グループ別の実地演習、および共同での発表・討論・指導で構 成している。各人は一つの問題をグループ作業で解決する経験をし、また並行する他の問題の解決過程も理解できる。新しい実地問題に対して、各グループ 15〜40件程度の解決策のコンセプトを出すことができる。

  USITはグループ作業により、各人の技術的素養をフルに生かし、きちんとした段階を踏むことによって、新しい発想を生み出そうとするものである。その過 程では、ハンドブックやソフトツールに頼らない (これらのものは事後に活用すればよい)。各人の素養や能力が高くなるほど、よい成果を生む。

  日本でTRIZの認知が進んできて、各企業において実践し推進する人たちのグループが力をつけつつあり、少しずつ上層からの承認・支援が拡大している。こ のような状況の進展をベースにして、筆者はいま「漸進的」ではなく、より積極的な「着実な」導入戦略を推奨しているのである[25]

  大学におけるTRIZの導入は、機械工学部門で東大、関東学院大、芝浦工大、静岡大、山口大などで少しずつ進んでい る[25]。筆者は、大阪学院大学の情報学部で学部生にTRIZを教えている。2年生の選択 科目で、「創造的問題解決の方法論」をテーマとする13回の講義をし、その講義ノート全文をホームページに掲載している[26]。また、筆者のゼミで、TRIZ/USITの自習を支援するチュートリアルシステムを作ろうと している。Webページ集のような簡単な構成で、大学生や高校生に分かるものにしたいと思っているが、中身のコースウェアを分かりやすく作成することがよ くできないでいる。
 

  なお、いままであまり触れていなかったことで、TRIZの適用分野の拡大の動向について記しておく。TRIZは基本的 には技術分野一般を扱うものである。物理系全般、化学系、医学・農学系など広い分野を扱える。

  「創造的な技術開発の思考法」として、TRIZは他のいろいろな技法と相互に補完しつつ発展していくものと考えられる。Mann [2] は、そのような新しい世代の思考法を「体系的創造性」と名づけ、TRIZがその中核になって発展していくだろうこと を論じている[2]

  新しい分野にTRIZを導入していくためには、例えばTRIZの40の発明原理で言っていることをその分野のことに 当てはめて理解・解釈できるようにするのがよい。例えば、情報科学やソフトウェア開発の分野では、ソフトウェア工学という名前で、ソフトウェア設計の指針 などが研究されてきたが、それらにはTRIZとよく対応する部分が多い。

  特に、ビジネス分野 (マネジメントなど) へのTRIZの導入は随分多数の人たちが興味を持って進めており、 Mann のTRIZ教科書の続編もまもなく出版される予定である。

  そのつぎは、諸分野での原理やモデルをTRIZの中に持ち込み、TRIZの理解自身を拡張することである。この点で、 化学や生物学・医学における原理やモデルのTRIZへの導入がまだまだ研究が進んでいないように思う。その中で、生物学の知見、特に自然界において動物や 植物が達成したさまざまな驚くべきしくみをTRIZの枠組みの中に持ち込もうとする研究 [27] は注目すべきである。

 

参考文献

[1] 中川 徹, 「TRIZ(発明問題解決の理論)の紹介 - 創造的問題解決のための技術思想 -」, 日本創造学会第23回研究大会,2001年11月3-4日, 東洋大学; TRIZホームページ, 2001年11月  (J)。

[2] Darrell Mann: "Hands-On Systematic Innovation", CREAX Press, Ieper, Belgium, (2002) (E); 中川徹監訳, 『TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新』, SKI, 2004年4月予定 (J)。

[3] Ed. N. Sickafus: "Unified Structured Inventive Thinking: How to Invent", NTELLECK, Grosse Ile, MI, USA, 1997年。

[4] 中川 徹, 「やさしいUSIT法を使ってTRIZのエッセンスを教え・適用した経験」,TRIZCON 2002, セントルイス, 米国, 2002年 4月28-30日, (E); TRIZホームページ, 2002年 1月  (J)。

[5] Ellen Domb, Michael Slocum 編, "TRIZ Journal", http://www.triz-journal.com/

[6] 中川  徹編, 『TRIZホームページ』, http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/  。

[7] Genrich S. Altshuller: "The Innovation Algorithm", Technical Innovation Center, (1999) (E); ゲンリッヒ・アルトシュラー, 『超発明術TRIZシリーズ1. 入門編「原理と概念に見る全体像」』, 日経BP, 1997年11月。

[8] Genrich S. Altshuller: "And Suddenly the Inventor Appeared", Technical Innovation Center, USA, (1984) (E); ゲンリッヒ・アルトシュラー, 『超発明術TRIZシリーズ2. 導入編「やさしい事例に見る活用法」』, 日経BP, 1997年10月。

[9] Yuri Salamatov, "TRIZ: The Right Solution at the Right Time", Insytec, 1999; 中川徹監訳, 三菱総研訳, 『超発明術TRIZシリーズ5: 思想編「創造的問題解決の極意」』, 日経BP社刊, 2000年11月。 [出版案内と資料: TRIZ ホームページ, 2000年11月]

[10] 中川  徹, 「TRIZのエッセンス - 50語による表現」, TRIZホームページ, 2001年5月   (J )。

[11] 笠原拓雄, 中川徹, 「携帯電話の進化を予測する」, 大阪学院大学, 未発表資料。

[12] 井上敬治他, 「JR東日本におけるTRIZ-DE と VE を融合させた価値向上技術の活用と適用事例 (快適な鉄道車両トイレ空間の開発)」, TRIZホームページ, 2004年1月  。

[13] Hong Suk Lee, Kyeoung-Won Lee, 「物理的矛盾を解決したTRIZの実地適用事例: フレキシブル・チューブを使った超節水型トイレ・システム」, TRIZ Journal, 2003年11月 (E); TRIZホームページ, 2004年1月  (J)。

[14] 神谷利明, 中川徹, 「ホッチキスの性能の改善について」, 大阪学院大学, 未発表資料。

[15] 中川 徹, 古謝秀明, 三原祐治:「TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの5解法に単純化する」, ETRIA国際会議, TRIZ Future 2002, ストラスブール, フランス, 2002年11月6-8日 (E); TRIZ ホームページ, 2002年 9月  (  J)。

[16] 中川 徹, 古謝秀明, 三原祐治:「USITの解決策生成技法 −TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの5解法に単純化した」, ETRIA国際会議発表論文([15])付録 (E); TRIZ ホームページ, 2002年 9月    (J)。

[17] 三菱総合研究所, 知識創造研究チームホームページ: http://www.internetclub.ne.jp/IM/

[18] Darrell Mann, Simon DeWulf, 「TRIZの現代化: 1985-2002年米国特許分析からの知見」, TRIZCON2003, フィラデルフィア, 米国, 2003年3月16-18日 (E); TRIZホームページ, 2003年4月  (J)。

[19] Darrell Mann, Simon DeWulf, 「TRIZの矛盾マトリックスの現代化」, TRIZCON2003, フィラデルフィア, 米国, 2003年3月16-18日 (E); TRIZホームページ, 2003年4月   (J)。

[20] CREAX n.v.   http://www.creax.com/home.htm

[21] Invention Machine Corp.,  http://www. invention-machine.com/

[22] Ideation International Inc.,   http://www. ideationtriz.com/

[23] 中川徹, 「日本におけるTRIZ適用のアプローチ」, TRIZCON2000, Nashua, 米国, 2000年4月30日-5月 2日 (E); TRIZホームページ, 2001年 2月  (J)。

[24] 中川 徹, 「TRIZのエッセンスをやさしいUSIT法で学び・適用する」, ETRIA 国際会議, TRIZ Future 2001, バース, 英国, 2001年11月7-9日 (E); TRIZホームページ, 2001年8月   (J)。

[25] 中川 徹, 「日本におけるTRIZ/USITの適用の実践」, TRIZCON2004, シアトル, 米国, 4月25-27日発表予定 (E); TRIZホームページ, 2004年4月予定 (J) 。

[26] 中川徹, 「創造的問題解決の方法論(全13回) - 大阪学院大学情報学部2年次「科学情報方法論」講義ノート」, 大阪学院大学, 2001年10月〜2002年1月, TRIZホームページ, 2002年2月〜7月   (J)。

[27] Julian Vincent and Darrell Mann, 「生物学から工学への体系的技術移転」, ETRIA 国際会議, TRIZ Future 2001, バース, 英国, 2001年11月7-9日 (E); TRIZ ホームページ, 2002年3月  (J)。
 
 
本 ページの先頭 論文先頭 1. はじめに 2. 思想 3. 方法 4. 知識ベース 4.7 ソフトツール 5. 導入と普及 参考文献 TRIZ紹介
(2001.11) 
英文ページ

 
総合目次  新着情報 TRIZ紹介 参 考文献・関連文献 リンク集 ニュー ス・活動 ソ フトツール 論 文・技術報告集 教 材・講義ノート・関連分野解説 フォー ラム Generla Index 
ホームページ 新着情報 TRIZ紹介 参考文献・関連文献 リンク集 ニュース・活動 ソフトツール 論文・技術報告集 教材・講義ノート・関連分野解説 フォーラム Home Page

最終更新日 : 2004. 8.26.   連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp