TRIZ/USIT 解説

連載: なるほどtheメソッド: 新しいTRIZ

第3回: 知識ベースの刷新と体系的技術革新

中川 徹 (大阪学院大学)
日経ものづくり (日経BP社), 2005 年 5 月号

許可を得て掲載。無断転載禁止。[掲載:2005. 7.20]

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編集ノート (中川徹、2005年 7月12日)

ここに掲載しますのは、日経BP社の月刊誌『日経ものづくり』の2005年5月号の記事で、3月号〜8月号に6回に渡って連載された 「新しいTRIZ」の解説の第3回 (中川執筆の初回) のものです。許可を得て同誌の記事をHTMLに変換して掲載します。連載の全体については、親ページを参照ください。

新しいTRIZ (第3回) 知識ベースの刷新と体系的技術革新

はじめに

「消化した」TRIZの登場

最新特許から知識ベースを刷新

時代に則した矛盾マトリックス

西側向け革新手法として体系化

ソフトやビジネスの分野にも

 

本ページの先頭 はじめに 消化したTRIZ 最新特許から 新矛盾マトリックス 体系化 ソフト分野 参考文献

 

連載親ぺージ 第1回篠原 第3回知識ベース 第4回考える方法 第5回全体プロセス 第6回USIT実践 日経Tech-On 日経ものづくり

 


 

第3回 知識ベースの刷新と体系的技術革新

中川 徹 大阪学院大学 情報学部 教授

筆者プロフィール  東京大学化学系大学院博士課程中退,理学博士。同大学理学部助手,富士通国際情報社会科学研究所,富士通研究所を経て,1998年より現職。同年11月にWebサイト「TRIZホームページ」を開設し,和文・英文で多数のTRIZ/USIT関連の論文・記事を発信している。Yuri Salamatov氏およびDarrell Mann氏のTRIZ教科書を監訳。

1970年代ロシア産の手法を
現在の西側諸国でも使いやすく

これまで2回にわたりTRIZの最新事情を紹介してきた。今回からは,日本におけるTRIZ研究の第一人者に,進化するTRIZの具体的な内容について解説してもらう。今回は,1970年代にロシアで確立されたTRIZを,より時代に即した使いやすいものにしていく取り組みとして,知識ベースの刷新と体系的技術革新について紹介してもらう。(本誌)

 筆者はこれまで約8年にわたってTRIZの導入や教育にかかわってきた*1。その中で早くから確信したことは「TRIZが持っている技術方法論は,21世紀の技術革新を支える中核になる。この50年間,統計学と組織論が主導した品質管理/向上運動に,本質的な新しい技術革新の指導原理を与えている」ことである。

*1 1997年5月末,TRIZに初めて出合う。その後,当時勤務していた富士通研究所でTRIZを導入。1998年に大学に移ってからは,TRIZの研究と教育に携わる。「TRIZホームページ」 (URLはhttp://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/) を開設し,TRIZにかかわるさまざまな情報を提供している。

  だがその半面,TRIZは中身が非常に膨大であるため,その知識ベースの内容を学び,考え方を理解するには長い時間が必要である。ましてや,その神髄である「考える方法」を実際に身に付けるまでには,マンツーマンの訓練を受けるか,そうでなければ長期間の学習と実践が必要である。筆者自身も,考える方法の習得にこの8年をかけてきた。

  1990年代後半以来,米欧日では,ロシアで確立されたTRIZを丸ごと,IT技術 (ソフトツール) と組み合わせて,トップダウンで導入しようとした。しかし,それらの取り組みはあまり成功したとはいえない。消化不良で,停滞・反動が生じた。

「消化した」TRIZの登場

  そうした状況から筆者は1999年11月に「もっとゆっくり,分かる部分から,やさしい方法 (USIT) を使って,草の根ベースで導入しよう」と提唱し,これを「漸進的戦略」と呼んだ。「TRIZの普及が遅いのは,TRIZの内容が貧弱だからではなく,非常に豊富だからだ」と認識しているからである。TRIZをやさしく分かりやすくし,容易に学習・実践できるようにすることが,先決であると考えた(図1)。

  その後,西側諸国でのTRIZの理解が確実に進んできて,新しく「消化した」TRIZが生まれてきた*2。その中心が,Darrell Mann氏とベルギーCREAX社によるTRIZ知識ベースの大幅な刷新と「体系的技術革新」の教科書である1)。1985年以後の米国特許を詳細に分析し,それまでは1970年代以前の技術を中心にしていたTRIZの知識ベースの内容を刷新した。また,西側諸国での創造性研究をTRIZの枠組みに取り込み,TRIZの全体を分かりやすく説明している。

*2 冷戦時代の東側諸国と西側諸国は,技術的な交流が限られ,それぞれ独自に創造性研究や開発手法を確立してきた。そのため,西側諸国にとってTRIZの考え方は未知の部分が多く,自分たちの手法といかに融合させていくべきかという課題もあった。

  もう一つの「消化した」TRIZは,Ed Sickafus氏が開発し,近年筆者らが日本で改良・発展させてきた「USIT(統合的構造化発明思考法)」である。1980年代初めにイスラエルでTRIZを簡易化したSITが作られ, 1990年代後半に米Ford Motor社で新しい枠組みを導入し,2002年以降に日本で再編成してできたものである。すっきりした全体構造とプロセスを持ち,2日間のトレーニングによって全体を伝授/習得できる。

  こうしたTRIZの進化と,西側諸国におけるTRIZに対する認識の広がりと実践者/指導者の増大を受け,筆者は2003年1月から,それまでの「漸進的戦略」に代えて,TRIZの「着実な定着戦略」を提唱している。もう「ゆっくり」を強調しなくてもよくなってきたと認識したのである(図1)。

  本連載の第3〜6回では,新しいTRIZについて概要を紹介していく。今回は前出のTRIZ知識ベースの刷新と「体系的技術革新」について取り上げる。

最新特許から知識ベースを刷新

  TRIZの知識ベースの刷新は,CREAX社とMann氏が2000年から実施した大規模な研究プロジェクトの成果である*3。インドで特許専門家25人を集めた研究所をつくり,1985年以後の米国特許15万件をすべて分析した。TRIZの父であるGenrich S. Altshuller氏の研究方法を現代化して使っている。

*3 Darrell Mann氏とSimon Dewulf氏が2003年に発表した論文「TRIZの現代化:1985―2002年米国特許分析からの知見」を参照。同論文は「TRIZホームページ」に掲載

  まず,特許のレベルを判断して,詳細に検討するに値するものを約1割に絞る。次いで,その内容を詳しく読み取り,発明者がどんな問題を扱ったのかを,TRIZの「技術的矛盾」の考えで判断する。

  TRIZでは,一つのアプローチとして,ある特性を改善しようとするとある特性が悪化するというトレードオフ(技術的矛盾)の関係に注目し,それを克服していくことで新たな発想につなげていく。そうした技術的矛盾を克服するための方向性を示すのが「40の発明原理」。どの発明原理を使うべきかは「矛盾マトリックス」によって絞り込めるようになっている*4

*4 矛盾マトリックス マトリックスの横軸と縦軸にトレードオフの関係になりがちな特性(パラメータ)を並べ,内側の各升目に,該当する二つの特性がトレードオフの関係にある場合に採用を検討すべき発明原理の番号を記したもの。古典的なTRIZでは,1970年代以前の技術をベースに知識ベースを構築しているため,矛盾マトリックスで使う特性(パラメータ)の種類や各発明原理における具体例などは,現状の技術レベルからすると不十分になってきている。

  Mann氏らは,知識ベースの刷新に当たって,まず矛盾マトリックスのパラメータ群を見直している。事例ごとにトレードオフの関係にあるパラメータを抽出,それらを古典的な矛盾マトリックスの39個のパラメータと照らし合わせながら,最終的には9個のパラメータを追加し新パラメータ群に分類した。

  加えて同氏らは,発明者が使ったアイデアのエッセンスを40の発明原理で記述,さらに「76の発明標準解」や「進化のトレンド」に当てはめた記述を行うとともに「物理的効果の事例」としても記述した。これらの記述では,常に,新しい原理/標準解/トレンド/効果を採録した方がよいかどうかに気を配ったという。

  実はTRIZでは,アイデア発想のアプローチとして,技術的矛盾に注目しそれを解決していく方法とは別に,技術進化のトレンドを予測し,そこに発明標準解と呼ばれる標準的な解法を適用していく方法や,既存の発明の事例で得られた物理的効果を逆引きして発明のヒントとする方法も用意している。76の発明標準解がここでいう標準的な解法に当たり,進化のトレンドが技術進化の法則を示したものである。物理的効果の事例とは,効果から発明事例を逆引きできるようにしたデータベースだ。

  こうした知識ベースの刷新に際し,Mann氏らがとりわけ注目したのが「進化のトレンド」の分かりやすさである。彼らは「進化のトレンド」35系列を抽出して,一覧できるようにした(図2)。一つひとつの特許について,進化のトレンドに掲げた多数の観点から,その従来技術と特許の新技術とを分析し,各トレンドでの新旧の段階を位置付けて記録している。また,飛躍があったトレンドについて,その飛躍がどういう効用をもたらしたのかを記述している。これらの記述も,知識ベースを非常に豊富にした。

  こうしたMann氏らの研究の全容が発表されたのは,2003年3月である。従来は「古い」と批判されていたTRIZの知識ベースだが,これらの取り組みによってそれは最新のものとなった。同氏らはその後もこの研究を継続しており,対象の特許や文献の範囲をさらに増し,常に最新の米国特許までが収録・蓄積されている。

時代に即した矛盾マトリックス

  知識ベースが刷新されたことで,ソフトツールにおける効用が格段に向上したものの一つが「新版矛盾マトリックス(Matrix 2003)」である。それは,米Ideation International社のBoris Zlotin氏とAlla Zusman氏の研究とも統合されたもので,2003年に教科書(データブック)が出版された。和訳を2005年4月に出版する 2)

  Matrix 2003では,次のような改良を施している。

@パラメータを39個から48個に拡張し,関連キーワードを多数列挙することで,ユーザーがどのパラメータを選択すべきかを判断しやすくした

A新版矛盾マトリックスの各升目に,4〜10個の発明原理を,その出現頻度の順に記すとともに,空白の升目がなくなるように,専門家たちの知識を使って一部を補った

Bソフトツールでは,各升目において該当する発明原理の内容を確認したり,そのデータの基になった米国特許の番号を把握し,クリック一つでその特許を参照したりできるようにした

C改良したいパラメータを指定するだけで,悪化するパラメータを特定しなくても,発明原理の推奨を得ることができるようにした。この推奨には2種類あり,一方は特許分析の結果を出現頻度順に並べたもの。もう一方は,TRIZの専門家の目で多数の解決策の事例の「強さ」を考慮して経験的に蓄積したものである。前者は客観性が高く,後者は主観的だがTRIZらしい深みを持っている

  この新しいマトリックスの有効性を最もしっかりと検証したのは,著者のMann氏自身である。Matrix 2003の教科書出版後に許諾・公表された米国特許のうち,彼が素晴らしいと感じた特許を100件,米国特許の全分野から満遍なく選択した。それらの特許が扱った問題を新旧のマトリックスで表現・分析し,そこから得られた推奨の発明原理を,発明者が使ったアイデアを表す発明原理と比較した。

  その結果,100件の特許では延べ206の発明原理が使われていた(すなわち,各特許当たり発明原理2件)。古典的矛盾マトリックスが推奨した発明原理のうち,発明者が使ったものと一致したのは55個(一致率27%)。一方,新版マトリックスが推奨した発明原理は198個が一致していた(同96%)。

  Altshuller氏が矛盾マトリックスを仕上げたのは1973年であり,その後30年間,その構築作業の膨大さのためにデータが更新されなかった。30年の間に,電子工学,ソフトウエア,バイオなど多数の分野が発展し,機械工学と電磁気学を中心とした古典的矛盾マトリックスはその有効性を大幅に減じたことが分かった。一方,2004年の時点で,新版Matrix 2003の有効性は高かった。

西側向け革新手法として体系化

  Mann氏は,2002年にTRIZの教科書を出版した。この翻訳が「TRIZ 実践と効用(1)体系的技術革新」である 1)。この教科書の特徴は次の通りである。

@TRIZの全体を西側研究者として完全に消化して,分かりやすく記述している
A西側の各種の創造性研究や開発技法を,TRIZの枠組みに導入している
B上記の特許分析からの新しい知識ベースを取り入れて記述している
C豊富な経験を基に,具体的な事例を多数記述している

  要するに,ロシア生まれのTRIZを集大成しつつ,西側諸国のための新しい理解を提供し,それを「体系的技術革新」の方法として位置付けたのである。TRIZが,21世紀の技術革新を担う方法として,膨大だが分かりやすく示されたものといえる。

ソフトやビジネスの分野にも

  技術分野で生まれたTRIZは,その適用分野をますます広げてきている。その一つは,情報システムやソフト開発の分野である(図3)。

  ハードの分野を基盤に構築されたTRIZは,ソフトの分野には使えないのでないか―少し前までは,そうした批判があった。しかし,情報システムやソフトの分野での特許取得が当たり前になったように,この分野でTRIZを使えることはいまや当然と考えられ始めている。

  ソフトでは,データ(情報,信号)を「対象物」と考え,モジュールをハード分野の部品と同様に「処理機能を持つもの」と考えるのは,ソフト技術者がいつも行っていることである。ハード分野におけるTRIZの「機能分析」とほとんど同じことを,ソフト設計でも必ず行う。従って,発明原理や進化のトレンドといったTRIZの持つさまざまな概念は,ソフト分野でも適用可能といえる。

  ただし,ソフト分野でのTRIZ適用事例はまだあまり発表されていない。多くのTRIZコンサルタントたちが,企業との守秘義務で制約されているからである。私自身も同様である。Mann氏も既に2年以上,ソフト開発分野にTRIZを適用した経験を持ち,「TRIZ for Software Engineers」という本を執筆済みであるが,出版できないでいる。ソフト開発に特化した矛盾マトリックスも開発済みという。

  筆者は,ソフト工学/情報科学の主要なトピックスをTRIZの目で見直す研究を始めた。これが非常に豊かな観点を与えてくれることが分かった。しっかりした体系を持つ情報科学にも,TRIZは新しい観点を与えてくれる。そして,逆に,情報科学がTRIZにいろいろな原理をもたらしてくれることを実感している。

  TRIZのもう一つの拡張分野は,非技術の分野,ビジネスやマネジメントなどをはじめとする分野である。ロシアのTRIZ専門家たちが,旧ソ連の崩壊後に技術的分野から離れざるを得なかったとき,新しいビジネスの分野でTRIZの基本思想を活用していったことを聞いた。米国のTRIZコンサルタントたちにも,技術分野だけでなくビジネス応用の分野に親近感を持つ人が多い。Mann氏は,既にビジネスとマネジメント分野向けの「体系的革新」の本を出版している 3)。日本でもTRIZをベースにこの分野に乗りだす人たち,あるいはこの分野からTRIZに入ってくる人たちが多く出てきてほしいと思う。

参考文献

1) Mann, D.著,中川監訳『TRIZ 実践と効用(1)体系的技術革新』,創造開発イニシアチブ,2004年.
2) Mann, D. et al. 著,中川訳『TRIZ 実践と効用(2)新版矛盾マトリックス(Matrix 2003)』,創造開発イニシアチブ,2005年.
3) Mann, D.,Hands-On Systematic Innovation for Business and Management,IFR Press,2004.

 

 

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最終更新日 : 2005.7.20    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp