TRIZ/USIT 解説・紹介

連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ

第9回  知識ベースを活用するTRIZ(3)
技術システムの進化のトレンドの知識ベース

中川 徹 (大阪学院大学)
InterLab (オプトロニクス社), 2006年 9月号 (No. 95), pp. 47-50

許可を得て掲載。無断転載禁止。  [掲載:2006. 9. 6]

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編集ノート (中川徹、2006年 9月 6日)

本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第9回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。今回は8月号の掲載が遅れたため、この9月号と同時掲載にいたしました。

同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 417 KB)

また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。

なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。

目次:

はじめに

1.  技術システムの進化のトレンドの例

2.   技術進化のトレンドの基盤

2.1  進化のトレンドの概念の用語
2.2 技術システムの進化の概念
2.3 技術システムの進化のトレンドの体系

3. 技術システムの進化のトレンドの使い方

3.1  進化のトレンドを学ぶ
3.2  進化のトレンドを適用して考える
3.3  「進化のボテンシャル」の利用
3.4  進化のトレンドを使う問題解決

 


 

技術革新のための創造的問題解決の技法!!  TRIZ

第9回  知識ベースを活用するTRIZ(3)

技術システムの進化のトレンドの知識ベース

 

大阪学院大学   中川 徹

InterLab誌, 2006年 9月号 (No. 95), pp. 47-50

 

 創造的な問題解決の技法であるTRIZが、他の多くのいわゆる「発明のノウハウ」や「発明の技法」と区別される一つの大きな特長は、科学技術の情報を分野を越えて整理しなおす体系を作り、膨大な知識ベースを構築したことであり、それを活用する点にあります。本連載の第7回から、TRIZのこの側面を取り上げて説明しています。

 第7回には、科学技術をフルに活用するための方法について大局的に考え、TRIZの知識ベースの位置づけを説明し、その知識ベースの概要と、便利なTRIZソフトツールの状況を説明しました。TRIZの知識ベースには次の5種があるといえます。

(a)科学技術の原理のデータベース
(b)技術の発展方向を示すデータベース
(c)機能目標から実現手段を探すデータベース
(d)発明原理とその事例集
(e)「矛盾マトリックス」

 前回、基本となる(a)を取り上げ、科学技術における知識の蓄積・整理・検索・利用の一般的な方法とともに、TRIZでの特徴的な方法を述べました。TRIZの大きな特徴は、「情報を使いやすく整理する枠組み(あるいは体系)を創り、問題解決にそれを活用する」ことにあるといえるでしょう。

 今回は(b)を説明しましょう。それは技術知識の網羅からさらに進んで、技術の改良・発展の多数のデータを、いろいろな側面(サイズ、形状、柔軟性など)から観察して、各側面での変化・発展の大局的な方向を抽出しているものです。個別の側面で見みたときに技術が発展する方向を、「技術システムの進化のトレンド」としてまとめ、対象物や対象分野を越えて、示唆してくれるのです。

 他のTRIZ知識ベース(c)〜(e)よりも(b)を先に取り上げる理由は、この知識ベースの考え方とその内容は比較的容易に理解でき、それを使うと具体的な製品(やサービス)の開発・改良のアイデアを豊富で容易に創り出せるからです。実用的で簡易ですが、それでいて「大きなジャンプ」をも適切に示唆してくれます。

 このように「知識を分かりやすく整理する」ためには、深い思想の構築が必要になります。「技術が(きっと)その方向に発展するよ」というわけですが、それが単なる経験的知識なのではなく、なんらかの必然性をもっているに違いないと、TRIZでは考えるからです。

 この「技術システムの進化のトレンド」の例をまず示し、それから、この知識ベースの構成のしかたを話し、その上で、進化のトレンドの主要な内容とその使い方を説明しましょう。

1.   技術システムの進化のトレンドの例

 具体的なイメージをつかむために、Invention Machine社のソフトツールGoldfire Innovator から、その画面の一つを図1に引用する。

図1.  進化のトレンドの例: 「物質と物体の細分化」のトレンド

 ここでは、技術的なシステムの中の一つの部分(一つの機能を担っている部分)に注目して、それが物体として、「固体→細分化された固体→液体→気体・プラズマ→「場」」という方向に変化するのが、進化のトレンドの一つであると説明している。

(注: 「場」というのはTRIZ独自の用語で、電場・磁場などの物理的な場だけでなく、力、相互作用、エネルギー、光、などを含めて、自然界を説明するのに「物質」と対置されるものすべてを総称する。)

 切削工具の主要な機能部品である「刃(は)」が、図に示すように変遷してきた。一つの金属部品であった刃は、多数の小さな固体(例えば、人工ダイヤモンド粒)をつけた回転ディスクに変わった。それがさらに、ウォータジェット方式になって、液体(高圧の水の流れ)になった。さらに、微細化が進み、気体、さらには分子が壊され活性化されているプラズマ(火炎もその例)になる。そして、究極の微細化は、切削の機能を果たす部分が、物質ではなく、「場」(この例では、レーザ光)に変遷したという。

 印刷機構の例も同様である。印刷機の中心機能である一つの文字の印刷に注目して、その仕組みを担っている部分・部品の変遷を述べている。活字というひとかたまりの固体部品から、「ドット印刷」では、分割された多数のドットを担う微小な固体部品で構成される。そのドットが液体インクで構成されたのがインクジェットプリンタである。それがイオンの流れで構成され、さらにレーザプリンタではレーザによってより微細なドットを形成することができる。

 この「物体の微細化」あるいは「物体の分割」と呼ばれる進化のトレンドは、TRIZが主張する重要な観点の一つである。IM社のソフトツールの知識ベースを作成したベラルーシ出身のTRIZ専門家たち(例えば、Nikolai Shpakovsky)は、このトレンドを骨格に選んで、一つの製品の多様な発展を図的に表現する方法を提案している。

 このプリンタの事例を見て、ある人が「レーザプリンタの方が先に実用化されて、いまはインクジェットプリンタの方がポピュラーだ。この順番ではない」といった。順番が前後したり、性能が拮抗・逆転したりすることはいろいろあるだろう。しかし、TRIZでは、液体を使う機構よりも、レーザを使う機構の方が、本質的により制御しやすく、優れたものになるだろうと想定している。

2.  技術進化のトレンドの基盤

 技術進化のトレンド(あるいは進化のパターン)という概念は、1970年代半ばにTRIZの創始者アルトシュラー自身が提唱した。その後、彼の多くの弟子たちが、その拡張と整理を行い、単なる経験則でない、より深い必然性を求めて探求した。

2.1 進化のトレンドの概念と用語

Ideation International社のBoris Zlotin & Alla Zusmanは、このトレンドという概念を一層明確にするために、つぎのような用語を提唱している(TRIZ CON2006 発表論文参照)。

(a)進化のトレンド(Trends):直接/間接の因果関係をもつ一連のできごと。例: 「ハイテク」技術の成長、環境への注目の増大、など。

(b)進化のパターン(Patterns):歴史の中で繰り返し起きている進化のトレンドをまとめたもの。例: 人間の関与が減少する方向への進化、柔軟性と制御性が増大する方向への進化、など。

(c)進化のライン(Lines):技術システムが進化の過程で示す一連の歴史的変化で、進化のパターンの実現の諸形態。例: 定常的な「場」の利用→パルス的な「場」の利用→共鳴振動数に合わせたパルス的な「場」の利用。

 彼らはこの用語で技術システムの進化の知識の体系化を進め、進化のパターンを階層的に構成し、それぞれにまた進化のラインを抽出している(後述)。

 このような3種の概念規定は大事なものであるが、多くのTRIZ文献ではもっと緩い意味で「進化のトレンド」という言葉を使っている。TRIZで一般的に使われる「進化のトレンド」という用語は、Zlotinらのいう意味での「トレンド」(すなわち、社会一般の用語としての「トレンド」)ではなく、Zlotinらのいう「進化のパターン/進化のライン」を総称したものと考えるのがよい。

2.2 技術システムの進化の概念

 技術システムが「進化する」(すなわち、歴史的に発展する)という考えは、多数の進化のトレンドを抽出していく中で、TRIZの思想の根幹をなすものとして形成されていった。

 技術システムの進化には「必然性」があるに違いない、というのがアルトシュラーの発想であり、それを追求することによって、新しい「科学」の分野が開けるのだと彼は考えていた。

Yuri SalamatovのTRIZ教科書がその思想の一部を分かりやすく書いている(和訳: 中川徹監訳、三菱総研知識創造研究チーム訳、超発明術TRIZシリーズ5、思想編『創造的問題解決の極意』、日経BP社、2000年)。

 それをさらに発展させているのが、前述のZlotin & Zusmanの論文である。彼らは、つぎの5階層について、特徴的な「進化のパターン」を考えている。

(1)宇宙の進化:例: 複雑性と多様性の増大、フィードバック作用、システムとしての効果の発現、など。

(2)生物の進化:例: 極限までの成長と拡大の指向、再生産システム、突然変異と自然淘汰による生存度の増大、など。

(3)人類文化全体の進化:生活の質の徐々の向上、技術と知性の比重の増大、統合と分散の絶え間ない綱引き、など。

(4)人工システムの進化:製品と製作システムとの分離、生物進化には不利な資源の利用、人的労働の機械による置き換え、人工システムの高知能化、など。

(5)ミクロな進化のステップ(発明と革新):人工システムの進化の方法として分析と心理的アプローチによる試行錯誤の強化、進化のモデルに基づく試行錯誤からの脱却、天才による革新から教育を活用した多数の革新への移行、など。

 この上位のレベルの進化のパターンが下位のレベルの進化のパターンを規定しており、その「必然性」をもたらせているのだと、彼らは考えている。

2.3 技術システムの進化のトレンドの体系

Zlotin & Zusman は、上記のような体系の中で、人工システム(特に技術システム)の進化のパターン/ラインの体系を構築している。その体系は膨大で、全貌はまだ発表されていない。

 先に図で例示した、IM社のソフトツールGoldfire Innovatorにおける体系を示すと、図2のようである。(Tech Optimizer Pro 3.5J から5項目増えている。)

図2. 技術システムの進化のトレンドの全体図 (IM社のソフトツール Goldfire Innovator による)

 ソフトツールでは、図2の各項目をクリックすると、図1のようなものが示され、さらに多数の事例にアクセスできる。

 また、CREAX社のDarrell Mannらは、もう少し実際的な立場から「技術システムの進化のトレンド」を31種抽出している(Darrell Mann著、中川徹監訳、知識創造研究グループ訳、『TRIZ 実践と効用(1)体系的技術革新』、創造開発イニシアチブ、2004年)。ソフトツール CREAX Innovation Suite を使うと、多数の事例の図示にアクセスできる。

3   技術システムの進化のトレンドの使い方

3.1 進化のトレンドを学ぶ

 使うためには、まず進化のトレンドの全件を教科書やソフトツールでよく学ぶことを薦める。

 例として、「空間の分割」というトレンドをMannの教科書で学ぼう。その図式は図3のようである。このトレンドに沿ってすでに発達したものの例は、レンガ、二重ガラス窓、発泡樹脂の梱包材など多数ある。

図3.  「空間の分割」のトレンド (Mannの教科書より)

 このようなトレンドが存在するのは、つぎの段階にジャンプするとなんらかのメリットがあるからだと考えられる。そこで、多数の事例からそのメリットを抽出して理解することが大事である。Mannの教科書は上記の例でのメリットをつぎのように整理している。

・単一固体→中空構造:軽くする、材料を減らす、他を入れるための空間を作る、慣性モーメントを増す、など。

・中空構造→複数空洞構造:強度特性を改善する、熱交換の性能を改善する、表面積を増す、など。

・複数空洞構造→毛細管/多孔質構造:強度/重量比を増す、表面積を増す、熱交換の性能を改善する、など。

・毛細管/多孔質構造→活性要素を入れた多孔質構造:熱交換の性能を改善する、新しい機能を追加する、性質の変化を許容する、など。

3.2 進化のトレンドを適用して考える

 「進化のトレンド」の知識ベースの使い方は、直感的で単純である。いま、改良したい製品やシステムがあるならば、進化のトレンドの一つ一つの図式を参照して、どこかにその図式の考え方を適用できるのでないかと考える。

 例えば、いま、アパートに西日が当たり夏が暑い(そして冬寒い)ので、窓をなんとかしたいとしよう。この問題意識を持って、進化のトレンドをいろいろと眺めていく。

 窓ガラスはいま通常の一枚ものである。二重のガラス窓は、ガラス、空気、ガラスという配置をしているが、いわば中空にしたものである。二重にすると気密性が高くなり、保温効果がよくなるから、冷房や暖房の効率がよくなるだろう。

 もっと断熱効果がよいのは、魔法瓶のような、中が真空の「中空ガラス」である。そんなのができるとよい。しかし、大きな面積のままで中空にしたら、割れやすいに決まっている。いくつかの小面積に分割して、複数空洞構造にするとよいかもしれない。そうすると、格子状のサポートが考えられる。しかし、このサポートは格子状である必要がない。いくつもの小さい柱が真空にした2枚のガラスの間にあればよい。真空のギャップを小さくし、小さな球を規則的に並べて柱にすればよい(このような製品がある)。

Mannの進化のトレンドに、「適応型材料(賢い材料)」というのがある。窓ガラスが賢くなってくれるとよい。例えば、日光が直接差し込むと、その強い光を感じて、色が変わって一部の光を遮る、あるいは反射率が高くなって光を反射してくれるとよい。特に、紫外線や近赤外線の光を吸収(または反射)して、可視光は透過するとよい。サングラスなどでの技術が応用できるのだろう。

 適応性から繋がるものに、「制御性」という進化のトレンドもある。「直接的な制御作用 → 仲介を用いた制御作用 → フィードバックの導入 → 知的なフィードバック」というものである。窓の傍にブラインドを備えて、人が手で操作するのが、直接的な制御の段階である。もし、窓ガラスの反射率や透過率を電圧などで制御できる方法(例えば、液晶のシートなどを使う方法)を作ったとしよう。するといまでは、室内外の温度や室内外の明るさなどは簡単にセンサーで測定できるから、マイクロチップに適当なプログラムを組み込めば、窓ガラスの反射率などを「知的に、的確に」 制御できることであろう。

3.3 「進化のポテンシャル」の利用

Darrell Mann は、現在のシステム(例えば、窓ガラス)が、さまざまな進化のトレンドに関してどの段階にあるかを認識することが大事だという。あるトレンドについて5段階のうちの最初の段階にあるなら、そのシステムはもうあと4段階だけ進化するポテンシャル(潜在的可能性)を持っていると考える。

Mann は、一つのシステムの現状をすべての進化のトレンドについて順次考え、それを図4のようなレーダ図の形式に表現している。(実際にはそのシステムに関与するトレンドだけをこの図に記述すればよい。

図4. 進化のポテンシャルのレーダ図の例  (Darrell Mann (2004年) より)

 一つのシステムに対する一連の発明や特許を同じ図に記入すると、各発明が進化のボテンシャルのどれだけを改良したのかが、端的に見えるようになる。

3.4 進化のトレンドを使う問題解決

Mannらはオーストリアの中小企業でのTRIZ適用において、問題定義と機能分析をした後に、この進化のトレンドのレーダ図を使いつつ、アイデア発想をしている。その結果、進化のトレンドは非常に学習しやすく(その場での学習で十分)、また非常に豊富なアイデアを短時間で生み出した。進化のトレンドは、一段階ずつが結構大きなジャンプを示唆し、また理想の方向を示唆している点が優れている。

 

 
本ページの先頭 記事の最初 1.進化のトレンドの例 2.進化のトレンドの基盤 3.進化のトレンドの使い方  

 

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最終更新日 : 2006. 9. 6.     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp