TRIZ事例: ETRIA TFC 2006 論文
TRIZ活用事例 −
造船における船体腐食防止のための新しいコンセプトの開発

Jan. R. Weitzenbock and Stefan Marion
(Det Norske Veritas, ノルウェイ)

ETRIA TRIZ 国際会議、2006年10月 9-11日、コルトレイク (ベルギー)
訳: 長谷川陽一 (富士フイルム)、中川 徹 (大阪学院大学)、
2007年 5月22日
掲載:2007. 5.23.    著者の許可を得て掲載。無断転載禁止。

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編集ノート (中川徹、2007年 5月22日)

ここに掲載します論文は、昨年10月のETRIA (欧州TRIZ協会) 主催の国際会議 "TRIZ Future 2006" で発表されたものです。船体表面の腐食の防止法に関してTRIZを適用した事例で、着実で体系的なアプローチを示しています。私は、学会参加報告 (「Personal Report of ETRIA TFC 2006」) で、随分の紙数を割いてその意義を紹介しました [この紹介部分を和訳して本ページに掲載しておきます]。

この論文の和訳に関しては、今年の1月に著者から許可を得ていたのですが、「To Do List for TRIZ」のページに掲載したのは 5月になってからです。その直前に富士フイルムの長谷川陽一さんから、思いがけずメールをいただき、和訳の志願をいただきましたので、この論文の翻訳をお願いしました。以下に、長谷川さんとのメールのやりとりの一部を紹介させていただきます。

(4月26日、長谷川さん → 中川):
...  2年半前に 知財専任(特許対策、出願)になり、「いかに漏れなく 速くアイデアを出すか?」というテーマに我流で取り組んできま した。2年弱前に古謝さんからUSITを教わり、時間/空間分解のコツを知って、更に情報の体系化を試行錯誤してきました。

中川先生のホームページは時々拝見していたのですが、ボリュームとレベルの高さに圧倒されて、今まで 読みこなせていませんでした。今回、TRIZシンポジウムで発表したいと思い、 どこまでTRIZが進歩しているのか?を知る必要があると感じ、 ホームページを一通り 拝見させて頂きました。
衝撃を受けました。問題解決の極意を もう中川先生が書き尽くしてらっしゃっることに気づいたからです。
  * 「創造的な問題解決の思考法−大学生活で何をしようとするのか?」
  * 「中高層建築火災時の煙突効果対策」 の思考手順
  * 「科学情報方法論」講義ノート
  * なるほどtheメソッドの 第4回: TRIZで考えるエッセンス
ここに 集約されていると感じました。
なぜ、今まで読んでいなかったのだろう?(TRIZにせよ何にせよ)研究するなら 真っ先に先行技術調査をするのが基本なのに... と 反省させられました。・・・ 中略 ・・・
※To do listの和訳ボランティアに志願します。どうぞお申し付け下さい。

(5月 1日、中川 → 長谷川さん):
...  『TRIZホームページ』の記事をいろいろ読んでくださり、ありがとうございます。お役に立てれば幸いです。
「To Do List for TRIZ」の論文和訳にご協力いただけるとのこと、ありがとうございます。早速のお願いですみませんが、下記の船体の腐食防止への適用事例の論文をまずお願いできないでしょうか? ...

(5月15日、長谷川さん → 中川):
... 先日仰せつかった論文を和訳しました。 TRIZ/USITの大事な要素が ふんだんに盛り込まれていて、 とても参考になりました。良い文献を紹介して下さり、ありがとうございました。...

本論文の和訳と掲載を許可いただいた、著者 (Jan Weitzenbock氏とStefan Marion氏)、同所属企業 (Det Norske Veritas社、ノルウェイ)、国際会議主催者 (ETRIA)、および訳者 (長谷川陽一氏) に厚く感謝いたします。

本件では、TRIZの適用事例が、その技術的内容にまで踏み込んできちんと報告されていると思います。一つ一つの論文をきちんと翻訳して紹介し、多くの技術者の皆さんに読んで学習いただけるようにしたいと思っております。先月は半導体分野の事例を掲載できました。今回は造船分野です。いま、手元で作業しているのは、IT分野のもの、そして自動車分野のものがあります。ご期待下さい。このような和訳紹介、および事例研究の活動にいろいろな方がボランティアで加わって下さっているのは、まことに嬉しいことです。

中川の紹介 (学会報告抜粋)

和訳論文の先頭 (表題、概要)

1.  導入と背景

2. TRIZによる問題定義

2.1 素材の選択
2.2 腐食保護の適用法/製造法

3. 機能-属性分析

3.1 素材の選択
3.2 塗装の方法

4. 究極の理想解

5. 技術進化のトレンド

5.1 技術進化のトレンド − 素材の選択
5.2  技術進化のトレンド− 塗装の方法

6. ロードマップ

7. 結論

8. 謝辞
9. 参考文献

 


本論文の紹介 (中川 徹、2007年 5月22日)

中川 徹: 「Personal Report of ETRIA TFC 2006」 (2007. 1. 7、『TRIZホームページ』掲載 (英文)) 中の関連部分を和訳

Jan R. Weitzenbock and Stefan Marion (Det Norske Veritas, Norway) [44] が次のタイトルで発表した: "Using TRIZ to Develop New Corrosion Protection Concepts in Shipbuilding -- A Case Study". この論文は上記の特定のテーマで行われた社内ワークショップの報告のようであり、そこではDarrell Mann の教科書 (和訳あり)『TRIZ実践と効用 (1) 体系的技術革新』 に沿ってTRIZを適用している。そのアブストラクトを以下に引用する。

 石油タンカーのように環境に危険な荷物を運ぶ船の海難事故は深刻な環境汚染をもたらす。過去の多くの事故例において、船体が腐食して弱っていたことが分かっている。本報の目的は現行の腐食防止法に対して改善アイデアを出すことである。まず初めに、TRIZ Problem Explorer、“機能−属性分析”、および“究極の理想解”(IFR)を使って、問題を定義し、今後大きく発展する可能性がある方向を特定した。そして、解決策の生成には、TRIZの“技術進化のトレンド”と“ナレッジ/イフェクツ”の方法を初めに使った。そしてこれらのワークショップで得た結果をロードマップの形にまとめた。本報はこれによって得られた主な結果について議論し、将来有望な腐食防止のアプローチについて概説する。

彼らは検討すべき領域としてつぎの 3つの焦点を選択した。(a) 船体の件のための材料の選択、(b) 塗装の実施法、および (c) 腐食の監視と検出。本論文は(a)と(b)のトピックスを並行して扱っているが、ここのレビューではスペースの関係上(b)についてだけ記述する。問題は、特に (b) について、Mann の問題探索の書式を使って、つぎのように定義されている。

ついで、機能属性分析を適用している。その主たるねらいは長時間に渡って腐食がどのように表面に影響するかを把握することにある、と著者はいう。そこで、左図に示すのは、塗装を行った直後の状態であり、一方、右図には、塗装した表面の数年後の状態を示す。有用な機能を青矢印で示し、有害な機能を赤矢印で示している。

   

さらに進化のトレンドを一つ一つ適用して、現状を改良するための可能性のある方法を検討している。つぎの図は (スライドからとったもので) 「進化のポテンシャルのレーダ図」の形式でその結果を図示している。

最後に著者たちは、表面の加工と塗装法の領域でのロードマップを下図のように示している。この時間枠は、各技術がいつごろ工業的な応用として利用可能になるだろうかを示している。

このロードマップに関して著者たちはつぎのように述べている。

 これらの図表 [すなわちロードマップ--中川] のねらいは、未来を予測しているのではなく、可能性のあるトレンドを示し、それらに対して準備していく必要 (例えば、関係する研究プロジェクトを開始し、人材を獲得あるいは訓練すること) を明示するものである。さらに、このロードマップは、さまざまな当事者たちの間の議論と対話を容易にする。本研究から生まれた最初のプロジェクトが“MarFilmプロジェクト”である。このプロジェクトは、腐食防止のために高分子樹脂フィルムを使う可能性を研究するものであり、船の上部構造物や船体 (喫水線の上およびできれば下) の塗装を置き換えようとするものである。

*** この報告は、実地の技術的問題にTRIZを適用した一つの健全な研究である。私は、著者たちが書いているつぎの結論に同意するものである: 「船および海洋構造物の腐食防止に関して、問題を分析し、可能な解決策を見つけ出すのに、TRIZが極めて有効なツールであることが実証された。TRIZは [船体の腐食防止のような] 古くからの問題に新しい洞察を与えてくれ、将来の研究に対する新しい方向を定義するのを助けてくれた。」

 


 

TRIZ活用事例 −
造船における船体腐食防止のための新しいコンセプトの開発

Jan. R. Weitzenbock and Stefan Marion
(Det Norske Veritas, ノルウェイ)

ETRIA TRIZ 国際会議、2006年10月 9-11日、コルトレイク (ベルギー)

訳: 長谷川陽一 (富士フイルム)、中川 徹 (大阪学院大学)、
2007年 5月22日

 

概要

 石油タンカーのように環境に危険な荷物を運ぶ船の海難事故は深刻な環境汚染をもたらす。過去の多くの事故例において、船体が腐食して弱っていたことが分かっている。本報の目的は現行の腐食防止法に対して改善アイデアを出すことである。まず初めに、TRIZ Problem Explorer、“機能−属性分析”、および“究極の理想解”(IFR)を使って、問題を定義し、今後大きく発展する可能性がある方向を特定した。そして、解決策の生成には、TRIZの“技術進化のトレンド”と“ナレッジ/イフェクツ”の方法を初めに使った。そしてこれらのワークショップで得た結果をロードマップの形にまとめた。本報はこれによって得られた主な結果について議論し、将来有望な腐食防止のアプローチについて概説する。

キーワード:腐食防止、造船、新しいコンセプト、塗装、TRIZ

 

1. 導入と背景

 海の安全と事故防止のためには、さまざまな面があるにしてもまず、しっかりした船体が必要である。したがって、腐食防止が船の安全のための最優先課題の一つである (図1参照)。

図1: 船体の構造欠陥が原因で起きた海難事故 ((C) Scanpix)

現在の塗装技術は、塗料メーカの仕様に従って実施すれば、うまく働き、十分な寿命を備えたものができる。しかしこれらの前提条件を満たすことは、普通の造船所の環境でタイトなスケジュールの新船建造プロジェクトにおいては困難である。このような状況がTRIZを使おうとしたわれわれの動機であり、われわれは新しい腐食防止のアプローチを開発して、船体構造の信頼性を向上させることを主たるねらいとした。ちなみにTRIZとは、“発明問題解決の理論”を意味するロシア語の頭文字をとったものである (文献: Mann and Dewulf)。成功した技術者や問題解決者たちのベストプラクティスを抽出したもので、科学技術の全分野にわたっている。

われわれは [この問題分野の] 専門家たちと議論した結果、この研究の焦点とする領域を3つ選んだ。(@) 素材の選択、(A) 塗装の方法、および(B) 腐食の監視と検出である (文献: Marion and Weitzenbock)。スペースの制限のため、本報は(@)(A)の領域の結果だけを報告する。以降の章はMannの教科書の章立てを参考にしている。

 

2. TRIZによる問題定義

2.1 素材の選択

  出発点はもともとの問題の定義であり、それを図2に示す。船体の主要素材は、いままで鋼鉄であり、将来も鋼鉄であろう。問題は、鋼鉄が海の環境で腐食することである。[船体を安定させるための装置である] バラスト水タンクや二重底空間のような場所が特に脆弱である。もし船体の腐食を減少できれば、船はより安全になり、保守コストを削減でき、事故による環境汚染や犠牲者数を減少させることができる。

  腐食問題の対策としてすぐに考えられることは、[鋼鉄以外の] 異なる建造材料を用いることであろう。しかし、そのような [素材の] 移行がいままでになされなかったのには、いくつかの尤もな理由がある。炭素鋼の価格と力学的性能は、やはりなお建造材として有利である。だから、腐食しにくい新タイプの鋼鉄のような代替材料、あるいは複合材料を導入することは、困難で長期を要するプロセスである。そのための新しい設計や製造プロセスを確立し、承認されなければならないのだから。

図2: 素材選択に対する問題の階層的分析

 加えて、船舶業では [建造から廃棄に至るまでのトータルコストを最小にするという] ライフサイクルアプローチがほとんど受入れられていない。多くの船主たちは短期間での利益をより重視しており、市場での経済状況が変化するとさっさと船を売ってしまう。

 新しい建造材を使うことに関係する諸問題を回避するためには、建造材を変える必要はなく、その材料表面を変更することに限定すればよい。鋼鉄そのものの表面を変更するには、製造工程中で、特殊処理、(表面の) 加工、あるいは特殊要素の添加などをしたり、あるいは、(プラズマスプレーのような方法で) 鋼鉄の表面を別タイプの鋼鉄で被覆したりすることでできるだろう。このアプローチの利点は明らかである。鋼鉄の本体は変わっていないのだから、新しい(船体) 建造材を承認して貰う必要がない。

 [では、ここからは船体の表面加工で腐食対策することを考えよう。] これらの表面加工技術を使うことは、新しい、興味深い問題を提起する。プラズマスプレー技術を使うことは、例えば橋のような巨大な鋼鉄建造物の腐食防止のためには既に確立されている。しかし、表面に堆積された金属層が多孔質であることが知られている。その空孔度は [プラズマスプレーの] 実施工程中に変わりうる数多くのパラメータに依存している。海中での応用では、プラズマスプレー形成層に小さな亀裂が現れることがあることが知られている。

  溶接がもう一つの問題点である。[ここでの方針に従って] 鋼鉄面の最上層を加工するとすれば、[その後の] 溶接工程は保護層の特殊構造や化学組成を壊すだろう。すると、溶接部と加熱の影響を受けて変性した周辺部位は、この領域で腐食が加速されるのを止めるために、再処理しなければならない。溶接部を保護できる方法を開発しなければならない。また他方で保証する必要があるのは、保護層から拡散した物質が溶接部位に混入して、溶接部の機械的強度を下げることがないように、溶接部位への他の [材料] 要素を混入させないことである。この他に考慮すべき問題は、表面加工した鋼鉄の経時安定性、修復性、そして当然コストである。

2.2 腐食保護の適用法/製造法

  腐食防止の重要ポイントは保護層の性能だけではない。塗装方法も重要である。塗装膜の性能は、塗装面の前準備と塗装の実施との両方が塗料メーカーの仕様に従っているかどうかに依存する(図3参照)。重要なパラメータの1つは塗装膜の厚みである。膜が厚すぎると、硬化工程やその後の使用中に亀裂が簡単に入ってしまい、逆に、膜が薄すぎると、酸素や水の拡散侵入を防ぐという本来の働きを果たせない。

図 3: 塗装の実施方法に対する問題の階層的分析

  塗装の実施段階でのミスは、保護層の長期の耐久性能、ひいては、船の寿命に大きな悪影響を与える可能性がある。塗装の実施は造船工程の最終段階の一つであり、納期に合わせるためにいい加減に済ませられる危険か特に高い。

 この問題が未だに解決されていない原因はいったい何だろうか?塗装実施工程に対する外部条件は近い将来のうちに大して変わらないだろう。造船所でのスケジュールは将来もずっとタイトなままで、今日の造船方法が近い将来に劇的に変わることはないだろう。

  この問題に対して考えられる一つの解決策は、腐食防止加工をした接着性樹脂フィルムを用いて、[現行の] 塗装層に置き換えることである。そのフィルムは、きちんと決められた厚さと化学組成を持ち、よく分かった機械的性質をもって工場生産されているから、その耐腐食性能は従来の塗装よりもずっと予測可能である。残っている唯一のクリティカルなパラメータは、樹脂フィルムと鉄鋼表面との接着力である。

  塗装の厚さのムラと [局部的な] 薄さの問題を回避するもう一つの可能性は、塗装のための自動化システムを使うことである。しかし塗装すべきもののサイズと複雑さのために、このプロセスを自動化することは現在経済的に不可能である。そこで一般に、塗装はまだなお手作業のプロセスである。ただし、(例えば“コンクリート−サンドイッチ法”のような) 造船方法の変化があれば、[それに応じて] 新しい塗装方式が生まれる可能性がある (文献: Bergan et al.)。

 

3. 機能-属性分析

  問題を更に分析するために、腐食防止および素材選択について機能-属性分析を行った。分析の主目的は、腐食が素材と表面に長時間にわたってどのように影響するかを把握することである。[以下の図中で] 青矢印は作用間の有益な関係を示し、赤矢印は有害な関係を表す。 [訳注 (2007. 5.22 中川): 通常は、青矢印で有益な作用、赤矢印で有害な作用を示す。ここの著者の意図は明確でない。また、ここの図の書き方は四角の中に物 (オブジェクト) と処理の両方を書いているところがあり、やや統一性に欠けるように思う。要検討。]

3.1 素材の選択

 現行システム (図4に示す) は、二つの部分で特徴づけられている。基材(普通は鋼鉄) と塗膜である。基材表面は物理的または/かつ化学的処理で加工されている。その加工を済ませた後、腐食防止塗装が基材表面に施される。これが船の腐食防止塗装システムの初期状態である。

 船体はこの鋼鉄板とその他の鋼鉄部材を溶接することによって組み立てられている。溶接をすると、溶接部周辺 (いわゆる“熱影響部位”(HAZ)) の金属のミクロ構造 [微細結晶構造] が変化する。また、溶接をすることによって、塗装下地 (すなわち、鋼鉄板を建造工程中保護するために施していた塗装) が損傷を受ける。したがって、溶接部位は、仕上げの表面塗装をする前に、洗浄し、もう一度下地塗装をする必要がある。[このように] 溶接部位を保護するためにあらゆる努力を傾けたにも関わらず、溶接部位が最も危険な領域であることに変わりはない。腐食はしばしばここから始まる。

図4:造船工程における塗装鋼鉄板

  船の寿命の間ずっと、この鋼鉄の構造物は水、塩分、酸素にさらされる (図 5参照)。これらの物質は塗装膜に浸透し始める。塗膜の損傷 (例えば金属疲労による亀裂や機械的衝撃による損傷) は腐食保護機能を弱くする。腐食のプロセス自体は避けることができない。船を建造するのに使っている鋼鉄の電気化学的特性によって腐食プロセスが存在しており、腐食防止目的に利用可能な全ての塗膜が水または/および酸素を [わずかずつ] 通してしまう事実があるのだから。[しかし、だからといって] 水や酸素をまったく通さない塗装膜を開発することは望ましくない。水や酸素を通さない膜がもし [剥がれ落ちるなどして] 急にだめになると、破局的な欠陥が起こる可能性がある。それよりも、[水や酸素の] 非常に遅い拡散を制御する方が容易である。

図5: 使用中の船の構造 − 長年使った後

3.2 塗装の方法

  腐食防止層を適切に形成するための課題は既に前項で議論した。本項では重要点を要約しておきたい。表面の事前処理は塗膜の寿命にとって非常に重要である(図6)。塩分、油、さび、ほこりを除去し、保護層をきれいに塗るためのよい下地を準備しなければならない。前準備が不十分だと船の寿命は確実に縮む。塗装を行うときの大気の条件についても同じことがいえる。温度および湿度は塗料メーカが指定する上・下限の中でないといけない。塗装を行う作業者は、高品質の仕事をするために、よく訓練し資格を持った者でなければならない。[建造から] 多年が経過した後の塗膜の状態を図7に示す。

Figure 6:塗装直後の状態

Figure 7:塗装後x年時の塗膜表面の状態

 

4. 究極の理想解

システムの最終目的は、今まで分析してきた二つの問題 (素材の選択と塗装の方法) の両方に共通である。それは「腐食に起因する船体破壊によるオイルの大量流出を防ぐこと」である。究極の理想は、メンテナンスも検査も要らない表面で、塗装膜の寿命が船体寿命と等しいことである。厳しいコスト削減の圧力や、新素材の導入に必要な諸変化が、この究極の理想の実現を妨げている。船体検査を要求する国際的取り決めがあり、メンテナンスフリーの船体表面がもつ経済的メリットを減ずることになるかもしれない。新しい構造材料は新しい特性を持ち、新しい生産技術を必要とする。これらの特性は [公的な] 承認プロセスを経て文書化されなければならい。これは非常に時間がかかるプロセスであろう。造船業界の多くの部門は非常に保守的であり、新しい(だから、リスキーな?) 技術で、実績がない/少ないものにはほとんど興味を示さない。これを克服する一つのアプローチは、既に確立している素材を使い続け、その表面のみを加工する (変更する) ことである。また、モニターシステムを活用すれば、メンテナンスフリーの表面に対する自信を増大させるだろう。

 

5. 技術進化のトレンド

5.1 技術進化のトレンド − 素材の選択

  オブジェクトの分割:単一の固体 → 分割された固体 → 粒子状の固体/液体: 現在は、鋼鉄基材の上に腐食防止層一つがある。将来は、異なる機能を分離して、役割を特定化した、新しい複数の腐食防止層を創ることができるかもしれない。
 マクロからミクロ、ナノへ:将来の開発によってナノ構造の塗装が生れるかもしれない。例えば、自己組織化する分子から成る塗装剤で、新しいまたは改善した性質(例えば、低摩擦、易洗浄性) を与えるもの。

  作用の調整:全面調整された作用 → 休止期間に異なる作用:溶接工程と、溶接部位を腐食防止する工程を一つの製造工程でできないだろうか? 解決策として議論しているものには、プラズマスプレー技術および溶接重ね合わせ工程などが関わっている。

  単一-二重-多重 (多様物):荷重に耐える基材と膜:塗膜中の異なる層に、異なる機能を割り当てる。一つの層が [基材] 表面との接着性を受け持ち、もう一つの層が拡散障壁のとして働き、そしてさらにもう一つの層が滑らかな (滑りやすい) 表面を作る。(機能配置の改善)

 透明性の向上:不透明な構造 → (部分的に)透明 (鋼鉄表面を検査しやすい):透明または半透明な塗膜は、膜の下の鋼鉄表面の検査を可能にする。このタイプの塗膜は特にバラスト水タンクや二重底部分で有用だろう。より早い段階で腐食を検知するのに役立つだろう。

5.2 技術進化のトレンド − 塗装の方法

 表面の分割:滑らかな表面 → 突起をもつ表面 → 3次元的に粗くした表面 (自己洗浄性):海洋に住む多くの生物の表面は、顕微鏡でその構造を調べるとあまり平滑ではない。それらの表面はそれぞれ特殊な構造をしており、摩擦を減少させたり、他の生物がその上にくっついて成長するのに不利なようにしている。

  オブジェクトの分割:単一の固体 → 分割された固体 (例えば、電荷が埋め込まれた塗膜)。保護塗膜を形成する一つの新しい概念が数年前に発表された。正に帯電した分子の層と負に帯電した分子の層を交互に積層して塗装膜を作る(高分子電解質法)。塗膜の厚さは用いる層数でコントロールできる。

  適応型材料 (賢い材料):受動的材料 → 一通りの適応型材料(自己組織化システム):自己組織化する層は自然界でよく知られている。細胞膜は自己組織化で作られ、多機能である。単純な自己組織化分子は洗剤で使われている。分子中の親油性末端基が自分たちでくっつこうとし、あるいは水溶液中にある他の油分とくっつこうとする一方、同じ分子の親水性末端基は [周囲の] 水分子の方向を向く [いわゆるミセル構造である]。

  作用の調整:全面調整された作用 → 休止期間に異なる作用:現在の業界でのやり方は、塗装する前に表面を十分に清浄にする。これは時間がかかり、したがって費用もかかるプロセスである。しかし、いまのところこの準備段階を省略することができず、事前準備と塗装とを単一の工程にすることができない。

  色彩の利用の向上:2色の利用 → 可視スぺクトルの利用:塗膜の厚みをチェックする。紫外線に反応する物質を塗装下地に混ぜる。仕上げ塗装の厚みは反射してくる紫外線光量を測定することによってコントロールする。この (乾いた) 塗装の厚みをチェックする迅速、単純で、信頼できる方法は、船の建造中に問題の可能性を検知することを助けるだろう。船を顧客に渡す前に、是正処理を開始することができる。

  人間の関与の減少:人間 → 人間と(半)自動ツール(塗装を自動化ツールで行う、表面の自動検査)。塗装の品質には人の要素が本質的である。よく訓練された熟練の作業者は、必要な時間を与えられれば、十分な品質で仕事をやりあげるだろう。塗装を行う自動的な方法、あるいは厚みを制御することを容易にする何らかのメカニズムがあれば、欠陥率を下げ、よりよい腐食防止に寄与することができるだろう。

 

6. ロードマップ

下に示したロードマップは、[TRIZの]“技術進化のトレンド”、“ナレッジ/イフェクツ”[のデータベース] 、および問題分析を使って導き出したものである。ロードマップというのは、さまざまな技術の発展を結びつけ、時間枠に当てはめる創造的思考プロセスの結果である (文献: Mohrle)。この時間枠は、技術が工業的な応用として利用可能になるだろう時期を示している。
図 8は新タイプの鉄鋼に関するロードマップである。ここでの主たるトレンドは、鉄鋼材料の結晶粒度が小さくなることである。ミクロンスケールのもの(微細粒鉄鋼)から、ナノスケール(ナノ鉄鋼)、そして均質材料 (アモルファス鉄鋼)に進むだろう。腐食は粒子の境界から起きることが多い。特に溶接の熱影響部位(HAZ)で起こる。したがって、これらをなくすことは腐食に対する抵抗を改善するのに役立つだろう。

Figure 8:新しいタイプの鉄鋼に関するロードマップ

  表面加工と塗装に関するロードマップを図 9に示す。こにはさまざまなタイプの表面加工法をリストアップした。それらのうちのいくつか (プラズマスプレー、フィルム/テープ) はすでに確立されているのだが、造船にはまだ使われていない。将来の表面加工と塗装が進む方向は、自己組織化(傾斜機能材料を含む)、能動化 (自己修復性)、あるいは多機能化であろう。ここでの主たる推進力は、塗装実施の容易さ、より堅牢な塗装膜、そしてさまざまな(新)機能の統合の要求である。

図 9:表面加工と塗装に関するロードマップ

 これらの図表のねらいは、未来を予測しているのではなく、可能性のあるトレンドを示し、それらに対して準備していく必要 (例えば、関係する研究プロジェクトを開始し、人材を獲得あるいは訓練すること) を明示するものである。さらに、このロードマップは、さまざまな当事者たちの間の議論と対話を容易にする。本研究から生まれた最初のプロジェクトが“MarFilmプロジェクト”である。このプロジェクトは、腐食防止のために高分子樹脂フィルムを使う可能性を研究するものであり、船の上部構造物や船体 (喫水線の上およびできれば下) の塗装を置き換えようとするものである。

 

7. 結論

 船および海洋構造物の腐食防止に関して、問題を分析し、可能な解決策を見つけ出すのに、TRIZが極めて有効なツールであることが実証された。TRIZは [船体の腐食防止のような] 古くからの問題に新しい洞察を与えてくれ、将来の研究に対する新しい方向を定義するのを助けてくれた。その結果、われわれは、腐食防止に高分子樹脂フィルムを用いるというプロジェクトをすでに開始した。

 

8. 謝辞

  討論とワークショップに寄与してくれたDNVの同僚たち、特にFabrice Lapiqueに感謝する。

 

9. 参考文献

  Bergan, Pal G, Bakken, Kare and Thienel, Karl-Christian, 2006, “Analysis and Design of Sandwich Structures Made of Steel and Lightweight Concrete”, ECCM-2006, Lisbon

  Mann, Darrel; 2002, “Hands-On Systematic Innovation”, CREAX Press, Ieper, Belgium  [和訳あり: 『TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新』、中川 徹 監訳、創造開発イニシアチブ、2004年: 紹介 ]

  Mann, Darrel and Dewulf, Simon; 2002, “TRIZ Companion”, CREAX Press, Ieper, Belgium

  Marion, Stefan and Weitzenbock, Jan; 2006, “Corrosion Protention − State of the Art and New Developments”, DNV Research report

  Mohrle, Martin G.; 2002, “Technologie-Roadmapping. Zukunftsstrategien fur Technologie-Unternehmen”, pp 129, Springer, Berlin

 


 

論文和訳 PDF 形式 (10頁、385 KB)    

 

英文論文 (PDF、8ページ、267KB)

 

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最終更新日 : 2007. 5.23.     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp