TRIZ解説

TRIZ 適用事例2
TRIZのやさしい実施法: USIT(統合的構造化発明思考法)の考え方と適用事例

中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授)

日本規格協会『標準化と品質管理』、
Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 31-36。
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
掲載:2013. 5. 8    [日本規格協会の許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 4月13日)

本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 (全53ページ) 中の第5の記事です。総論3編の後を受けて、各論の適用事例の第2として記述しています。TRIZ特集については親ページを参照下さい。本件の掲載を許可いただきました、(財) 日本規格協会に厚くお礼申し上げます。

TRIZは膨大な内容を持っていますので、その実践・適用法にはいろいろありますが、その中でもっともすっきりしていて、分かりやすく使いやすい方法として、私がお薦めしているのがこのUSITです。その考え方を現在の理解で (すなわち、創造的な問題解決の新しいパラダイムだという見方で) 記述しています。適用事例としては、初期の富士フイルム社での事例と、比較的最近 (2008年) の「子ども二人を安全に乗せる自転車」の事例を紹介しました。6頁という圧縮した説明ですが、USITの全体像とその具体的な使いかたをご理解いただけるものと思っています。

本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるようにHTML形式でも記述します。また、英訳をして、海外の人たちにも読んでいただけるようにしています

 

本ページの先頭 PDF 論文の先頭 2. 6箱方式とUSITプロセス 3. 適用事例1 (血漿フィルタ) 4. 適用事例2 (3人乗り自転車) TRIZ特集親ページ 英文ページ

   『標準化と品質管理』掲載    PDF版  (1.4 MB)

目次

1. USITの歴史と概要

2. 「6箱方式」の概念とUSITの全体プロセス

6 箱方式、USITのゼンタイプロセス、USITオペレータ

3. USIT適用事例 (1) - 検査用血液からの血漿の分離法の改善

問題の定義、問題の分析、アイデアの生成、解決策の構築、まとめ

4. USIT適用事例 (2) - 子ども二人を安全に乗せられる自転車

問題の定義、問題の分析 (時間特性分析、機能分析)、アイデアの生成、解決策の構築、補足 (USITオペレータの説明)、まとめ

参考文献

 


解説:

TRIZ 適用事例2

TRIZのやさしい実施法:

USIT(統合的構造化発明思考法)の考え方と適用事例

中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授)

日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 31-36。
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法

 

TRIZを実践する方法の一つに、TRIZの各種技法を統合整理し直してわかりやすい一貫プロセスにした「USIT(ユーシット、統合的構造化発明思考法)」 がある。TRIZの影響下に1990年代に米国で開発された方法であるが、2000年代に日本で改良されて使われてきている。その概念と二つの適用事例を紹介する。

1. USITの歴史と概要

TRIZの全体プロセスを簡易化する試みの一つが、1980年代初めのイスラエルのSIT(体系的発明思考法)であり、解決策の生成法を4種だけに簡略化した。米国フォード社のEd Sickafusは、TRIZとSIT とを学んだ上で、後者をベースにして一貫した問題解決プロセスをつくり、それをUSITと名付けた(1995年)[1]。彼は、同社内で3年間に1000人にUSITトレーニングをし、多数の実地プロジェクトに適用した。

1999年に中川徹がSickafusの3日間トレーニングでUSITを学び、「やさしいTRIZ」という位置付けで日本に導入した。その後、TRIZのすべての解決策生成法を再整理して、「USITオペレータ」の体系をつくった(2002年)[2]。また、その基本的な方式を、(従来の科学技術やTRIZの「4箱方式」と対置して)「6箱方式」として理解し、それが「創造的な問題解決の新しいパラダイム」であることを示した(2005年)[3]。USITは日本のいくつもの企業に導入されて、(TRIZのほかの使い方と併存しつつ)普及してきている。

以下には、この新しいパラダイムとしての理解をベースにして、USITの概念と使い方を示す。

2. 「6箱方式」の概念とUSITの全体プロセス

創造的な問題解決の新しいパラダイム(「6箱方式」)[3]を、データフロー図の形式で図1に示す。

 

図1. 創造的な問題解決の新しいパラダイム: 「6箱方式」(データフロー表現)

フローチャートの形式で表現すると図2の太字部分のようになる。この各プロセスに、USITの具体的な方法を追記したのが、各プロセスの( )内の細字の説明である。(注: 「6箱方式」というパラダイムは広範な概念であり、USITはそれを具体化した一つの方法である。)

図2. 「6箱方式」のフローチャート表現とUSITの全体プロセス

「6箱方式」が従来の(科学技術一般やTRIZでの)「4箱方式」と最も違う点は、第3箱(図1左上)が問題そのものの全体的で深い理解である(他所からのモデルの問題でない)ことと、第4箱(図1右上)が新しいシステムのための(核となる)アイデアである(モデルの解決策というヒントではない)ことである。

また、それを具体化したUSITの特長は、問題分析の方法としていつも使う標準的な方法をもっていること、アイデアを生成する段階にUSITオペレータの体系(5種32サブオペレータ)をもっていること、また、分析の段階を突き詰めることにより自然にアイデアが生成できること(図1のバイパスの矢印)である。

ここでUSITオペレータについて説明して置こう。USITを日本に導入した初期に適用上で困難を感じたのは、アイデア創出の段階のSickafusの5解法の説明が直感に頼っていて曖昧だったことである。そこで、TRIZがもつ多様な解決策生成法を、一旦すべてばらして、USITの5解法に分類しなおす作業をした(図3参照)。また、そのUSITの5解法をさらに階層的に分類して、32のサブ解法を得た[2]

図3. TRIZの解決策生成法の全体をばらして、「USITオペレータ」に再編した

USITオペレータの例とその使い方は、後の適用事例(2) の中で説明する。そこで説明しているのは、「サブオペレータ(1c)オブジェクトを分割する」と「サブオペレータ(3b)複合した機能(複数の機能)を分割して, 別のオブジェクトに担わせる」の例である。このように、システムのある要素(面)に対して作用させるので、「オペレータ」(演算子)と呼んでいる。

3. USIT適用事例 (1): 検査用血液からの血漿の分離法の改善

USITの適用事例として、初期(2001年)に富士写真フイルム(株)[現 富士フイルム(株)]が実践し、商品化した事例[4] を紹介する。

[問題の定義] 課題は、緊急用の血液検査装置において、採取血液から血漿(けっしょう)(液体部分)を分離・抽出する際に、フィルタの目詰まりを避けて、効率をよくすることである。具体的には、従来、血漿 0.185 ml を得るのに、血液3mlを要していたが、血液 1ml で済むようにしたい。

[問題の分析] 従来の方法は図4に示すようなフィルタを用いて、吸引していた。フィルタは、血球よりも目が粗い厚さ約5 mmのガラス繊維ろ紙層と より細かい目のポリスルフォン多孔質膜とからなり、フィルタ部の直径は約 20 mmである。ガラス繊維ろ紙層の目を粗くすると血球を補足できず、目を細かくすると血球が詰まるのが問題であった。

現状システムの理解に本質的に寄与したのは、フィルタ部分での血球の補足の様子を時間を追って考察すること(空間と時間特性の考察)であった。実験的に、吸引途中のフィルタを瞬間的に液体窒素で凍結し、軸方向に切断して、補足されている血球濃度の軸方向分布を調べたのが、図4右のグラフである。時刻Aから時刻Bに進んだときに、中間部の血球濃度が下がっていることがわかった。「一旦補足された血球が、また離れてて流れていき、再度補足されることを繰り返している」という認識が得られた。これは、ガラス繊維層での顕微鏡写真からも納得できた。

図4.従来の血漿フィルタの構造と動作。右図は、軸方向での血球補足濃度分布の時間変化を示す。

[アイデアの生成] 「それなら、ガラス繊維層をもっと厚くすればよい」というアイデアが得られた。血液を吸引すると、血球は血漿の流れに沿って流れていくが、ガラス繊維で繰り返し遮られるから遅くなる。その速度の差を使えばよいというアイデアである。また、フィルタを細くすれば、無駄がなくなる。

[解決策の構築] 結論として、従来の円盤形フィルタをやめて、細長いフィルタを開発し、成功した。

[まとめ] この課題は事業部からTRIZ/USIT検討グループに持ち込まれたものである。(2〜3)時間×6回の会合で、USITを使い、分析と解決策生成を行なった。上記のほかにも多数のアイデアを出し、特許も取得した。「フィルタはろ過するもの」という思い込みから脱却できたことが、本質的なことであった。

4. USIT適用事 (2): 子ども二人を安全に乗せられる自転車

この適用事例は、2008年3月に公募制の2日間USITトレーニングセミナーで得た結果を、後日推敲したものである [5]。このトレーニングでは、TRIZ/USITについて初心の技術者たち約20人に、TRIZの概要とUSITの全プロセスを講義しつつ、3グループでそれぞれ別の実問題の問題解決演習をした。

[問題の定義] 表記の問題を取り上げたのは、セミナーの数日前にテレビで「警察庁は、母親たちからの強い要望に応えて、もし安全な自転車が開発されれば、(現在法律的に禁止されている)子ども二人を乗せることを許可する意向を固めた」という報道があったからである。畑違いの技術者ばかりのグループであったが、問題とその意義は身近に理解できるものであった。

[問題の分析] (1) この問題で最初に行なったのは、時間特性分析であった。危険なときというのは、(止めている自転車に)子どもを乗せるとき、漕ぎ始めのとき、上り坂など低速のとき、よろけてあるいは止まって片足をついたとき、子どもを下ろすとき、などであることを確認した。

この確認は、後に、子ども座席の重心の高さの議論で役立った。「自転車の座席を高くした方が、竹馬と同様に、(走行時に)倒れにくい」のだという考えに対して、「危険なのは低速や停止しているときであり、座席を低くした方が(親が片足で支えたりするのに)安全である」という考えが採用されることになった。

(2) 機能分析もUSITで常用する大事な方法である。子どもを前に一人、後ろに一人乗せる場合の、(人間を含めた)自転車のシステムの機能分析の図を図5に示す。
USITでのガイドラインは、「このシステムにとって最も重要なオブジェクト(構成要素)を最上位に示せ。そのオブジェクトに奉仕する(有益な作用をする)オブジェクトを下位に示して、その作用を下から上への矢印で示せ。オブジェクトも作用も、できるだけ一般的な用語で表現せよ」である。

その結果、この機能分析の図5は、自転車に乗っている親子を横から見たのと同じ配置になっている。また、主要な機能が、(a)(自転車の構造と人を)支えること、(b)推進力を与えること、(c)向き(進行方向)を変えること、の三つであることを明瞭に表現している。

図5. 子ども二人を前後に乗せる自転車の機能分析図(正常走行時、15年ほど昔の構造)

当初からの問題意識は、前の子ども座席をどこに付けるかであった。図5は、ハンドル(の横棒)に座席を掛けるという15年程昔の構造である。検討当時(そして2012年現在も)の主流は、少し改良されて、(ハンドルを二股にして)前座席をフォーク軸上に、配置するようになった。関連部分の機能分析図は図6(A)のように描ける。ハンドル操作がだいぶん楽になったが、(慣性モーメントが大きいので)重く不安定である。

(A)現在主流の構造

(B)本研究の案(B)の構造

図6. 機能分析図(部分)

[アイデアの生成] 従来案をベースにいろいろな改良を加えた案(A)をつくった。前座席の取り付け方は図6(A)に示すものと同じである。

案(B)は、前の子ども座席を自転車のフレームに固定することを、基本アイデアにしている。しかし、そうすると、ハンドルと親座席の間に子ども座席が入り、親がペダルを漕ぐスペースがなくなって具合が悪い。

セミナー後2ヶ月程してから、「ハンドル軸と前車輪のフォーク軸を切り離して、ハンドルは親の手元に、フォーク軸は前に出せばよい」というアイデアを得た。図6(B)にその機能分析図を示す。これを読んで別メンバが、「ハンドルの動きをフォーク軸に伝えるには、リンク機構を使えば簡単にできる」と提案した。 

[解決策の構築] 得られたアイデアをまとめて、図7のような解決策を構築した。図はアイデアを強調するために子ども二人を前にしているが、前一人、後ろ一人の配置でもよい。子ども座席は車体固定で安定し、ハンドルと前車輪のフォーク軸とはリンク機構で連結されて、軽く動く。

運転には少しの慣れが必要で、店頭で試乗させるとよい。子ども二人を自転車に乗せる期間は2年〜数年と想定されるので、買い取りではなく、リース販売が適切であろう。

図7. 前の子ども座席を車体に固定した自転車の提案。前一人、後ろ一人でもよい。

[補足] 上記で得たアイデアを「USITオペレータ」の言葉で説明しておこう。

まず、「前の子どもの座席を、(ハンドルや)フォーク軸上でなく、車体に固定してみよ」というのは、USITのサブオペレータ(3b)が示唆する(図8左)。そのサブオペレータは「既存の複合した機能(複数の機能)を分割して、別のオブジェクト(構成要素)に担わせよ」と言う。フォーク軸は、前車輪に働いてその「向きを変える」というのが本来の機能であるが、図6(A)では前座席を「支える」という機能をも担っている。そこで、この「支える」機能を別のオブジェクトに移してみよと示唆する。車体(フレーム)こそ座席を支えるべきものである。なお、この考え方は、Suhの公理的設計で推奨していることでもある。

次の問題は、前座席を車体に固定すると漕ぐスペースがなくなることであった。それはハンドルとフォーク軸がいままで一体であったから起こったことである。「ハンドルとフォーク軸を分割してみよ」というのは、USITサブオペレータ(1c)が示唆する(図8右)。一般にこのような分割を薦める理由(指針)にはいろいろあるが、「相互に独立した部分にする、柔軟性を増す、望ましくない部分を分離して干渉をなくす」などがある。分割した上で再統合して一緒に用いるには、ハンドルを回転できるようにして車体に固定し、リンク機構でハンドルの向きをフォーク軸に伝える仕組みが必要になったのである。

サブオペレータ (3b)

サブオペレータ (1c)

図8. USITオペレータの二つの例。(3b)と(1c)

[まとめ] 本件を学会発表後、(財)自転車産業振興協会の技術研究所に提案した。その反応は、「素人の技術者が短期に討論して得た案(A)は、その後多数の大手メーカが提案したのとほぼ同様であり、USITの思考プロセスの適切さに驚いた。案(B)に関しては、海外にはハンドル軸とフォーク軸を分離し、間にボート状の子ども2人席を設けた例もある」とのことであった。

この案(B)[図6(B)と図7] を採用してくれるメーカはまだ出てこないが、その価値はきっと将来認識されるだろうと私は信じている。

USITのプロセスの詳細については文献[6] を参照されたい。

参考文献:

[1] Ed Sickafus: "Unified Structured Inventive Thinking: How to Invent", Ntelleck,1997.

[2] 中川徹、古謝秀明、三原祐治: 「TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの 5解法に単純化する」、ETRIA TRIZ Future 国際会議、2002(「TRIZホームページ」に和訳掲載)

[3] 中川 徹、「創造的問題解決の新しいパラダイム−類比思考に頼らないUSITの6箱方式−」、日本創造学会第27回研究大会、2005(「TRIZホームページ」に再録)

[4] 伊藤敏古、三原祐治 他、第2回日本IMユーザグループミーティング、2001

[5] 須藤哲也、中川徹 他、第4回日本TRIZシンポジウム、2008

[6] 中川徹、「連載USIT入門」、機械設計、2007年8月号〜12月号(「TRIZホームページ」 再録  www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/ )

 

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最終更新日 : 2013. 5. 8    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp