TRIZ/VE解説

TRIZ適用事例3:
新たな価値創造に向けたTRIZとVEの連携活用 - 快適な鉄道車両トイレ空間の開発 -

井上 敬治 (JR東日本 郡山総合車両センター)

日本規格協会『標準化と品質管理』、
Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 37-44
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
掲載:2013. 5.19  [許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 5月15日)

本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 8編 (全53ページ) 中の第6の記事です。総説の記事3編の後を受けて、TRIZの適用事例の第3のものです。TRIZ特集については親ページ を参照下さい。

TRIZ特集を企画したとき、既発表の諸事例 (TRIZシンポジウムでの発表と『TRIZホームページ』での掲載分)をあたって、本事例を採用し、TRIZ協会の会員ではありませんでしたが、JR東日本の井上敬治さんに特別に執筆をお願いしました。ご多忙の中で非常にわかりやすく紹介いただき、感謝いたします。2003年のVE全国大会で発表されましたスライドを、本サイトに2004年1月に掲載させていただいておりますので、参照ください

本稿はJR東日本の新幹線のトイレを刷新するべく企画・設計したものです。その設計はすでに実現されており、旧来の東海道新幹線のトイレしか知らなかった人はきっと驚かれるでしょう。それを設計するにあたって、筆者らがそれまでに使っていたVE手法に、将来を予測するTRIZの方法を取り入れたのだといいます。使った方法を丁寧に説明し、その方法で得た各段階での情報をきちんと記述しています。模範として使っていくとよい優れた事例報告です。

本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版 を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるように (著者から提供された Word原稿に基づき) HTML形式でも記述します。本件の掲載を許可いただきました、(財)日本規格協会と 著者の井上敬治氏に厚くお礼申し上げます。

本ページの先頭 PDF 目次 論文先頭(HTML) 1. はじめに 2. 新たな価値創造への取組み 3.適用事例 4. まとめ 2004年本サイト掲載記事 特集親ページ 英文ページ

   『標準化と品質管理』掲載    PDF版  (1.9 MB)

目次

1.はじめに

2.新たな価値創造への取組み

2.1 技術開発へのVE適用の弱点
2.2 新たな価値創造手法の構築

3.適用事例

3.1 過去〜現在までの情報収集
3.2 過去〜現在までの分析
3.3未来予測
3.4 お客さまの潜在的要求調査
3.5 未来予測シナリオ
3.6 開発事項の明確化
3.7 開発コンセプト
3.8 新たなトイレ空間のモックアップ

4. まとめ

参考文献


解説:

TRIZ適用事例3

新たな価値創造に向けたTRIZとVEの連携活用
- 快適な鉄道車両トイレ空間の開発 -

井上 敬治 Keiji Inoue
(JR東日本 郡山総合車両センター)

日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 37-44
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法


1.はじめに

列車による“旅”の目的は人それぞれであり、通勤・通学・買い物など日常生活の一部であったり、出張などのビジネスであったり、家族や友人などとのグループでの行楽であったり、一人車窓を見つめながら人生の目的を探しに出たりするものであったりする。

旅の目的は千差万別であっても、現実的な面に目を向けると、人は尿意、便意を催すものであり、列車の旅において「トイレ」は無くてはならないものとなっている。社会環境が変化し、世の中の価値観が向上するとともに、お客さまが車両トイレに求める機能は、単に「用を足すところ」から「快適でくつろげるスペース、旅の目的に合わせて気分を転換させるスペース」へと変貌してきている。

このような背景を踏まえ、お客さまが車両トイレに要求・期待している機能面に重点を置き、「作る立場から見た快適性から、使う立場を優先した快適性へ」に徹底して取組むこととした。

本稿では「顧客価値創造」を目指し、従来から活用していたVE手法に加え、TRIZ−DE(未来予測手法)を取入れて2003 (平成15) 年に取組んだ内容について、開発プロセスを中心に紹介する。

2.新たな価値創造への取組み

開発の第1ステップとして、お客さまが潜在的に持たれている「車両トイレに対する要求、期待は何か?」を調査することとした。

お客さまのご意見などを調査する場合、アンケート調査などが一般的である。しかし、アンケート調査はあくまでも現段階でのご意見であり、アンケート調査の結果のみに対応する開発を行った場合、その開発が完了してお客さまに利用していただける時期(数年後を予定している)には、生活環境の変化などにより時代遅れなものとなりかねない。

このため、本開発では従来から活用してきたVE手法の弱点を克服し「新たな価値創造に結びつける手法」として新たにTRIZ手法による技術的未来予測を導入し、色々な角度からお客さまの要求・期待にお応えすることとした。

2.1 技術開発へのVE適用の弱点

 これまで各種開発にVE手法を適用した経験の中で、

・ 将来を見据えたアイデアが出にくい
・ 多面的なアイデアが出にくい
・ 新たに発生する問題への対応が困難

などのVE手法の弱点も徐々に明らかとなってきたため、この弱点を補完するため「新たな価値創造に結びつける手法」としてTRIZに着目した。

図1 技術開発へのVE適用の弱点

2.2 新たな価値創造手法の構築

試行錯誤しながら検討した結果、これまで感じていたVE手法の弱点をTRIZの長所が補完する形を構築することができ、「新たな価値創造手法として」導入することとした。

図2 考案した新たな価値創造手法

考案した価値創造手法では、各活動の段階に合わせて6つのパターンを作り、それぞれの段階に合わせたツールを活用している(図3参照)。

図3 TRIZ/VEを融合した手法の各パターン体系表

今回適用事例として紹介する「快適な鉄道車両トイレ空間開発」ではこれまでの構造にとらわれず新たな視点でトイレ空間を考えるということから、活動段階としては企画段階にあたり、TRIZ未来予測手法とVE手法を活用することとした。

この企画段階の活動では、TRIZの未来予測手法とVEでいう情報収集から、VE手法で重要で特徴的な「機能の定義」と「機能の整理」により、開発項目(コンセプト)を明確化するというステップを踏んで行うこととなる(図4)。

図4 企画段階の活動

TRIZの未来予測の特徴として、「開発対象を取巻く環境にまで視野を広げ調査・分析を行うこと」があげられる。

今回取組んだ「鉄道車両トイレ」という対象(システム)を例にとれば、開発対象に近い上位システムとして「鉄道車両、駅、駅周辺」、さらにその上位システムとして「社会環境、生活様式」まで視野を広げることとなる(これら上位システム:スーパーシステム)。

一方で、開発対象を構成するシステム(サブシステム)として「便器、照明等」について深く調査・分析を行う。

もう一つの特徴として、検討結果をシナリオで表現することで、開発対象の未来像がストーリーとして明確になるメリットがある。

図5 TRIZ未来予測手法の特徴

3.適用事例

 ここからは、考案した価値創造手法を適用して開発した「快適な鉄道車両トイレ空間」について、その開発ステップに沿って紹介する。(開発プロセスを図6に示す)

図6 開発プロセス

 開発の進め方は、TRIZ-DEによる分析・未来予測とVE手法による情報収集から未来予測シナリオをまとめ、VE手法の機能の定義、機能の整理により開発コンセプトを創り上げた。

3.1 過去〜現在までの情報収集

 情報収集を行うにあたり、開発対象システムを「車両用トイレ」とし、スーパーシステムを「社会環境、生活様式、駅周辺、駅ホーム、鉄道車両」、サブシステムを車両トイレを構成する「便器、照明、手洗い器、汚物処理装置等」に定めそれぞれについて情報収集を実施した。開発対象システムの車両トイレに関しては「車両トイレの変遷、お客さまからの要望の変化等」について情報を集めた。(図7)

図7 調査分析対象システムの構成

3.2 過去〜現在までの分析

 お客さまの要望とは別に、各システム進化の特徴をつかむ準備として、発展経過を時系列的に整理した。この整理した結果に技術進化のパターンを適用し、進化の特徴を把握する。(図8)

図8 過去〜現在までの発展経緯整理

3.3未来予測

 これまで実施した分析や技術進化のパターン、各種予測資料などを活用し、各システムの10年後(最終理想解イメージ)を見据えたアイデアの発想を行った。

今回、最終理想解(IFR)のイメージを10年後に設定したが、年数の設定は業界により異なるべきと考える。

 これまでの分析結果に未来予測アイデアを加えた発展経緯をまとめた一部を図9に紹介する。

初めて鉄道車両にトイレが誕生した明治22年から約10年後の平成27年(取組みは平成15年)までを調査対象とした。

図9 過去〜未来までの発展経緯整理

 この整理の結果をもとに未来のアイデアが実現されると思われる順序を検討し、作成した時系列化させたマップが図10である。

図10 過去〜未来までのマッピング

 過去、現在、未来と技術進化のパターンに関連付けてマッピングすることにより、過去から現在までの発展経緯とともに、将来に向けシステムがどのように進化していくかをわかりやすくまとめることが出来た。

3.4 お客さまの潜在的要求調査

 もう一つのアプローチとして、お客さまの潜在的なニーズを定量的に把握するための情報収集を実施した。

 具体的には新幹線に乗車中の約3500名のお客さまに対し、アンケート調査を実施した。

 この結果、圧倒的に女性のお客様からのイメージが悪く、「男女共用は使用したくない」など、トイレに関する期待や要望が非常に大きいことがわかった。この女性の期待や要望をさらに追及するため、20代〜60代までの女性9名による座談会を開催した。

この座談会における主な意見は図11の通りである。

 ・トイレの出入りを他人に見られたくない
 ・照明が暗い
 ・空間が閉鎖的

など、トイレそのものだけではなく、洗面所を含むサニタリースペースとしての要望が強いことが明らかとなった。

図11 女性座談会の結果

3.5 未来予測シナリオ

 これまで実施してきたTRIZ-DE手法による「過去〜現在までの情報収集」、「過去〜現在までの分析」、「未来予測」およびVE手法による「情報の収集」の結果をもとに、未来予測システムを作成した。

 第一に各システムごとに10年後の将来像をシナリオ化(プライマリーシナリオ)し、次に開発のターゲットである5〜7年に実現するためのシナリオ(派生したシナリオという意味でデリバティブシナリオという)を作成した。

このように10年後を考えた後に開発目標時期にさかのぼってくるのは、開発目標時期よりも将来を見据えて高い目標設定を行うことで、より革新的な開発を狙っているからである。(図12)

図12 未来予測シナリオ作成

このようにして作成した5年後の鉄道車両用トイレのシナリオを図13(一部抜粋版)に示す。

 「単に用を足す場所からリフレッシュ、リラックスできる空間」、「清潔感とくつろぎ感を併せ持つ空間」というところがポイントとして挙げられる。

図13 未来予測シナリオ(一部抜粋)

3.6 開発事項の明確化

 具体的な開発事項を明確化するステップとして、作成したシナリオをVE手法の「機能の定義」、「機能の整理」により、開発事項を明確化した。

図14にシナリオからトイレ空間に求められる機能の抽出を、図15に機能系統図を示す。

図14 要求機能の定義

図15 要求機能の整理(機能系統図)

 次に、開発事項ごとに、現在のトイレが進化のステージ(Sカーブ)におけるどのステージに位置するかを検討した(図16)。

図16 要求事項の進化のステージ(現在の位置づけ)

各要求事項について進化のステージを検討した結果、ほとんどの事項で衰退期にあることが判明したため、従来の考え方から脱皮し、新たな発想で考えることとした。

3.7 開発コンセプト

 男性よりも女性のお客さまの要望が多彩であることを重視し、メインコンセプトを「リラックス&リフレッシュ」、サブコンセプトを「気分転換・変身ステージ」と設定して、近年よく見かける女性専用スペースを充実させることとした。(図17)

図17 開発コンセプト

 

3.8 新たなトイレ空間のモックアップ

 コンセプトをもとにデザインを行い、従来と同じスペースでこれまでの新幹線トイレ空間イメージを一新させるモックアップを製作した。(図18)

図18 トイレモックアップ

1) 全体のレイアウトは、トイレ空間を女性用スペース、男性用スペース、共用スペースの3つから構成されている。従来の中央通路式デザインを逸脱し、全体的に曲線を帯びたデザインとしたことで、実際よりも広く感じられ、リラックス感が高められている。特に女性スペースは個室化されており、出入りについても通路や客室からの視線に配慮した構成となっている。

2) 扉を開けると独立した幅広いパウダーコーナー、奥には着替えスペースを設け、機能性の高いリフレッシュ空間となっている。

3) また、本トイレ空間ではユニバーサルデザインも考慮している。一例として、通路部分のコントラストをはっきりさせ、目のご不自由な方、特に色弱の方が最も苦労している境界を明確に区別させるデザインとしている。

その他の箇所についても多様なアイデアを盛り込み、従来とは全く異なった空間を開発することが出来た。

4. まとめ

 本開発の取組みをまとめると、お客さまの快適性・満足度を追求した結果、これまでのイメージを一新する鉄道車両のトイレ空間を構築でき、TRIZとVEを融合させた「新たな価値創造技術」が有効であることが確認できた。

この新たな価値創造技術手法の利点として、

・ 将来の技術進化を見据えた開発項目が明確になる

・ 顧客像および顧客の要求機能が明確になる

・ 機能系統図を開発項目のチェックリストとして活用できる

等が明らかになり、ねらい通りにTRIZとVEのメリットがうまく現れた形にとなった。

今後とも考案した「新たな価値創造技術」を活用し、日々変化するお客さまのニーズを的確に把握した開発に取組んでいく。

参考文献

 澤口 学: VEとTRIZ(革新的なテクノロジーマネージメント手法入門),鞄ッ友館 2002年3月1日

 


 

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最終更新日 : 2013. 5.19  連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp