論文:  基礎理論

世界構造の中の方法と粒度についてのノート

高原利生

FIT2013 (第12回情報科学技術フォーラム)、D-001、2013年9月4日、鳥取大学工学部(鳥取市)

『TRIZホームページ』掲載、2015年 4月12日

掲載:2015.  4. 12    許可を得て掲載。

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編集ノート (中川 徹、2015年 4月 4日)

高原利生さんの力作を2年ぶりに掲載させていただくのは、実にうれしいことです。高原さんは2012年と2013年に心臓弁膜症の手術を受けられ、ペースメーカを付けられましたので、2011年9月のTRIZシンポジウム以来お会いする機会がありませんでした。今年の1月に私が鳥取大学医学部で講演 しました折に、ご出席くださり、岡山から米子まで、特急電車で語り合う機会を得ました。元気にご回復されているのを見て、本当にうれしく思いました。その折にいただきましたのが、2013−2014年に発表された4編の論文で、そのうちの代表的なものが本編です。(さらに最新の未発表原稿1編もいただきました。)

以前からの読者の方々はよくご存じのように、本『TRIZホームページ』には、著者高原利生さんの論文集を作り、2003年以来の発表の全件を収録してきております。

高原利生論文集: 『差異解消の理論』 (2003-2007)  論文14編、解題つき     (2008. 3.30)

高原利生論文集(2): 『差異解消の理論(続)』 (2008-20012)  論文13編、解題つき      (2013. 3. 7)

高原利生「技術と制度における運動と矛盾についてのノート」、 『TRIZホームページ』論文(2012.11.22受理)、  (2013. 8. 4)

上記の最後の論文も、そして今回のFIT2013発表論文も、手術後に執筆・発表されたもので、その精力的な執筆活動には本当に感服いたします。

本論文は(2年前の発表ですが)、高原さんがずうっと追求してきておられるテーマ、「世界を統一的に捉え、人間の生き方の土台を理解する。そのための論理的な方法を作り上げる」ことについて、8頁の論文にきちんとまとめたものです。その全体像は、右の図の最もよく表現されていると思います。

その論理の土台として、直接・間接に知覚できる「存在」(=「もの」と「観念])とその関係(=「相互関係」=「相互作用」=「運動」)を考え、技術・制度・個人を含む「世界」を記述するやり方を構築していっています。これらを考察・記述するに際して、根源的網羅的思考の方法(通常の「体系的思考」をさらに明確にしたもの)と矛盾の表現(通常の「問題」をさらに明確にしたもの)が必要であるとし、これらを含めて「弁証法」の論理を従来よりももっと拡張して捉えています。

これらの論理から、各人の「認識と行動」の土台になる、「判断のしかた」(考える範囲と解を出す方法)を考え、さらにその土台にある各人の「態度」についても、考察・記述しています。その考察の広さと深さは本当に驚くばかりです。

高原さんが論文に「TRIZという生き方?」というタイトルをつけられたのが、2009年のTRIZシンポジウムのときでした。私たちには何のことかまったく分かりませんでしたが、この論文でようやくその意図が分かるようになってきました。ほんとうにすごい構想です。

 

本論文のオリジナル版をPDFで掲載します。 

ここに、HTML版で再掲載させていただくにあたり、つぎのように微修正しました。
  − 2段組みから1段組みにしました。
  − テキスト中の太字、下線、フォントの色は、基本的にオリジナルどおりです。
       特に、青字は著者によるもので、「例示、引用および参照文献」を示します。
       なお、章と節の赤字は、本ホームページのスタイルにしました。
  − 節の階層的構成と、記述内容の階層的項目とを区別しやすくするように、一部を調整しました。(特に 3., 4., 5.節)
    − 例示や詳細説明などの段落に、字下げを行いました。 

また、発表スライドを PDF版 と 画像HTML版で掲載します。

本論文の目次

1.はじめに

2.オブジェクトと事実

2.1  オブジェクト
2.2  技術と制度

3.オブジェクトから矛盾へ

3.1  運動    
3.2  運動の操作とオブジェクト変化の型
      運動の操作の要素、 オブジェクト変化の型、 オブジェクト生成の場合の例   
3.3  オブジェクトから矛盾へ
      カントとマルクスのオブジェクトと矛盾の概念、 アルトシュラーの矛盾の概念
3.4  矛盾とその機能、型
      矛盾の最小近似モデル、 世界の近似モデルの最小単位としての矛盾、  矛盾の二つの型、 一体型矛盾の型

4.世界−認識,行動−態度,粒度特定,方法

4.1 世界
4.2  人が生きること
4.3  生き方(1): 方法と粒度特定
            弁証法、 根源的網羅の必要性と原理、 
      根源的網羅思考 (根源的網羅思考の機能または要件、 根源的網羅思考の内容: 粒度特定、根源的網羅思考: 方法としての有用さ)
4.4  生き方 (2) 態度
4.5  態度を規定するもの

5.おわりに

5.1 固定観念を見直す 
5.2 本稿で得た結論: 弁証法と根源的網羅思考による世界観と生き方 
5.3 今後の課題

謝辞

参考文献

 

 

本ページの先頭 論文の先頭 1. はじめに 2 オブジェクト 3. 矛盾 4. 態度、粒度決定 5. おわりに 参考文献
原論文PDF スライド先頭 スライドPDF 「技術と制度」2013論文 高原論文集(2)(2008-2012) 高原論文集(1)(2003-2007)   英文ページ

 


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世界構造の中の方法と粒度についてのノート
A Note on a Method and Granularity in the Structure of the World

高原 利生
TAKAHARA Toshio

FIT2013 (第12回情報科学技術フォーラム)、D-001、

『TRIZホームページ』再掲、2015年4月  日

 

概要

人が生きることを、a) 生き方と、b) それに規定されて続く認識と行動の連鎖と近似する。
a) 生き方を世界の事実にどう向き合うかという態度、粒度特定、方法ととらえる。この世界の全体モデルの中で理想的態度、粒度特定、方法についての思想を検討し、この三つのいずれも、矛盾を単位とする弁証法と、粒度を管理する根源的網羅思考及びその相互作用である。

 

1.はじめに

第一の例:1684年、芭蕉は、野ざらし紀行の旅の途中親に捨てられ泣いている子を見捨て旅を続ける。[NZ]

第二の例:福島の原発事故から2年経った2013年時点で日本の、原発に対する態度、意見、政策は、どれも曖昧で的をついていない、日本の国力、学力低下、いじめなどに対する態度、意見、政策も同様である。[TKHR]

第三の例:人は皆、社会、他人との関わり、子育てに悩みながら瞬間を生きているが、うまくいかない。

世界は複雑で変化しつつある。古い固定観念では、この複雑な関係と時間性は処理できない。人は、芭蕉のように「今」制度上実現不可能なことは価値ととらえない。

少なくとも日本のどの集団にも個人にも、複雑かつ変化する状況下で何のために何をどうするのかという態度、粒度を定める哲学、思想と、思考、議論の方法が欠けているという共通の問題がある。どうしたらいいのか?

本項は、人が生きることを、
    a) 生き方  と、
    b) それに規定されて続く認識と行動の連鎖
と近似する。a) 生き方を世界の事実にどう向き合うかという態度、粒度特定、方法ととらえる。この世界の全体モデルの中で理想的態度、粒度特定、方法についての思想を検討する。

2節で、オブジェクトと事実の見直しの概要を述べる。
3節で、運動、矛盾の見直しの概要を述べる。
4節で、方法、粒度特定、態度の順に本論をすすめる。

 

2.オブジェクトと事実

事実、オブジェクト、粒度、属性、技術、制度が一般に多様な意味で使用されているので、見直しをし、定義しておく。なるべく普通の意味と同じにしてある。

2.1  オブジェクト [FIT2004-05] [TS2005, 2007-08]

オブジェクトは、事実について知覚できるものである。知覚できるものが最大限で、操作できるものはその中にある。具体的オブジェクトは、粒度によって事実の全体から切り取られる。粒度とは、オブジェクトの空間的時間的範囲、扱う属性の範囲である[FIT2005改][TS2012改]属性は、内部構造と(狭義の)属性を持ち、それぞれ値を持つ。(狭義の)属性は、外部に対しては機能となる[TS2007]

例:色は(狭義の)属性、青は値。

存在の種類を、ものと観念(自分の観念と、他人の観念のうち知覚可能な物理的実体に担われたもの)の二種とする。(存在間の) 関係、(存在間の)作用、(一つの)運動、 (時間軸上の)過程、 (結果としての)変化は、同じものを違う粒度の属性で見たものである。関係性、作用性、時間性、変化性は、人にとっては同じである。そこで、人が知覚できる変化で、関係、作用、運動を代用する。

こうして、オブジェクトは、直接間接に知覚できる、もの観念である存在と、相互関係=相互作用=運動の二種である。

オブジェクトの集合体であるオブジェクト世界が、世界の個々の事実である現象、判断などに対応する。全てのオブジェクト世界の総体に対応する事実が世界である。

価値は、属性の作用である機能のプラスの意味で、事実の歴史の総括によって得られる。通常、無意識に価値に規定されて目的が決まる。[TS2012]

図1. オブジェクトの構造[TS2008]

事実とその歴史は、地球誕生後の数十億年だけを取ってみても、生命を産み、人類を産んだ。人間は、歴史の中で、道具、言葉を作り、物々交換に始まる愛と自由の制度や思想、原子力さえ発見してきた。

この事実は、普通にとらえられているものより広く、歴史も、哲学、神などの観念も、方法も含む。宇宙、世界、自分の場合も、直面する個々の現実の場合もある。

2.2  技術と制度 [TJ200306] [TS2008-09]

人類誕生以来、人は、個人の領域以外に、技術の領域と制度の領域を持つことになった。技術とは、技術手段とそれを作る過程、利用、運用する過程の総体、制度とは、法、道徳、宗教など共同観念とそれを作る過程、利用、運用する過程の総体である。

図2. 技術と制度

 

3.オブジェクトから矛盾へ [FIT2008-12] [TS2008-12]

3.1  運動

同一オブジェクト世界内で、人の(存在間の)関係、(存在間の)作用、(連続)運動の知覚を、変化の知覚で代用する。運動は、位置的運動に限らず、物理的、化学的、有機的、社会的各運動、人間の行動、観念の運動を含む全ての運動である。特殊な運動に生成があり、「生成と運動」と併記する時の狭義の運動は、生成を含まない。

変化から(連続)運動をとらえる。Aが(連続)運動をしているとする。ある時点tである状態にあるAが、時点t + αである状態でなくなったら、時間t からα に関して変化したとする。α をゼロに限りなく近づける極限で、Aがある状態にあることとある状態にないことを区分する点が限りなく一致に近づく場合、属性がある状態にあり同時にある状態にないと言い、Aが(連続)運動をしていることとする。[FIT2010]

運動は(も)、ある状態にあり同時にないという変化の言葉での(広義の)差異解消であった。

3.2  運動の操作とオブジェクト変化の型 [THPJ2012]

3.2.1 運動の操作の要素

運動の操作とはオブジェクトの変化を起こす人の運動である。その要素の種類には次のものがある。

・ オブジェクト内部の操作
オブジェクト内部の(狭義の)属性と内部構造を対象にする操作(変換原理U,P,M,D [TS2007-09])

・ オブジェクト全体の操作
オブジェクト全体を対象にする追加、削除、取り換え(操作方法R[TS2007-08])。 媒介化、併合、分割、組合せ。

オブジェクトの変化の変数の数については、属性変化のような一変数の変化と見える形式と、構造変化のような二変数以上の変化と見える形式がある。

3.2.2  オブジェクト変化の型

オブジェクト変化の型は、どのような粒度かを前提に、

・ オブジェクトの質的変化でない属性変化
・ オブジェクトの別の質のオブジェクトへの変化
・ オブジェクト数の変化(オブジェクトの生成、消滅を含む)

に分類される。

質の反対概念は、内部構造と量である。企業の人員の追加や組織変更をしても企業という質は変わらない。

生成とは、オブジェクトが0から1になることである。無から存在が生じるのではない。オブジェクトが1から0になる消滅も、存在が無になることではない。

3.2.3  オブジェクト生成の場合の例

運動の操作の要素とオブジェクト変化の型の関係のうち、変化がオブジェクトの生成の場合は、今まで理解不十分であるので、述べておく。[THPJ2012]

a) 同じオブジェクト世界での生成

a1) ものまたは共同観念の媒介が独立して生成

自分と働きかける対象の間に、手の属性が実体化し道具という媒介オブジェクトが生成され、技術が生まれた。[IEICE2012]

自分と対象の間を、生成された共同観念が媒介する場合もある。最初の物々交換では、二人に物々交換という共同観念と関係の同時生成が行われ、共同観念という媒介オブジェクトが誕生し制度が生まれた。[TS2010]

できている制度に誰かを加入させようとする時や、物々交換という制度が確立されて後の物々交換は、制度がすでにあるという前提でのオブジェクト生成である。

a2) 自然の力、意図による合成が生成

塵や隕石が、客観的力によりお互い間の引力によって集まり、地球という質を形成する粒度になった時、地球というオブジェクトが生成され0から1になった。

部品が組み立てられ自動車になった時、自動車という新しい質が生じ、自動車オブジェクトが0から1になる。これは人間の意図的力による合成である。作文、作曲、映画の製作などもこれである。

a3) 分割による独立が生成

分割によりできたものが独立したオブジェクトになる。

b) 異なったオブジェクト世界間における生成

実験室では、実世界とは違うオブジェクト世界をこの世に作り、自由にオブジェクトを追加し、取り去り、取り換える。これをもたらすのは、ここでの運動ではない。

3.3  オブジェクトから矛盾へ [TS2012] [THPJ2012]

近代以降の矛盾概念の歴史を述べておかねばならない。

3.3.1  カントとマルクスのオブジェクトと矛盾の概念

カント[CPR]、マルクス[EPM]のオブジェクト [FIT2004] は存在と関係(運動)であった。世界の静的要素である「知覚できる」オブジェクトならこれで仕方がない。

しかし、ここに問題がある。第一に、粒度特定方法が不十分である。第二に、これでは世界の変更はできない。さらに変更に対処するべき矛盾にも次の問題がある。

変化し関係する世界を近似するオブジェクト世界として、矛盾がある。従来は、矛盾というと、ヘーゲル、マルクス、エンゲルスによるものだった。彼らの矛盾は全ての変化、変更の型を網羅しているか?

資本論第一巻第一章は、物々交換がすでに定着していて、商品があるという前提から始まる。そして、商品の二属性の運動が、貨幣をもたらすという物語である。[DC]

この物語の前に、マルクスが語れないもう一つの物語がある。それは、平和的な物々交換が普及したという物語である。物々交換は、人類史のほとんどを費やして達成された最大の画期的奇蹟的発明であり、人類最初の経済制度であった。[TS2010] [IEICE2012]

この発明の奇蹟に比べれば、貨幣誕生も、道具が普及し今日の技術の隆盛を見たのも、言葉が普及したのも、当たり前のことが自動的に起こったに過ぎない。

マルクスは、二集団のリーダの観念に物々交換という共同観念が共有(共有は両立したものが同じ属性の同じ値を持つ場合)されるにいたる、二項とその関係の生成を、矛盾として分析できなかった。また、彼は、貨幣誕生の過程の分析において、矛盾に外部から働く力を考慮に入れなかった。[TS2012]

また、エンゲルスは、画期的変化を起こすものに矛盾を限定する[DI]。エンゲルスの矛盾についての考え方は、いわゆる三つの法則に代表される。

二項の観念とその関係の生成は必ずしも知覚できない。彼らは、矛盾も世界も、すでにある存在と関係からなるととらえてしまう。彼らの矛盾には欠けている点が多い。

3.3.2 アルトシュラーの矛盾の概念

一方TRIZ [TJ] [THPJ]の創始者旧ソ連のアルトシュラーも、マルクス、エンゲルスを受けて矛盾をとらえていた。

TRIZは殆どの変化の型を網羅している[TS2008]

1. アルトシュラーは、マルクス、エンゲルスと異なり、二属性の矛盾と二値の矛盾を実質的に区別した。

2. マルクスらが個々の人間の意思が消えた粒度の静的な法則性を重視しやすいのに対し、彼は、人間の意志や行為が起動する個々の矛盾も扱った。[THPJ2012]

3. 彼は、二項と関係の生成も矛盾として扱った。

しかし、アルトシュラーのとらえた世界は、まだ全世界ではなかった。彼に欠けているのは、彼が二項と関係の生成と両立を矛盾ととらえたのは、存在が既にあるという前提のもとであったことである。エンジンの大出力化と軽量化の矛盾は、エンジンがあるという前提で、解決しようとする人の意図で成立する。[THPJ2012]

この前提も外した新しい矛盾概念で、全く何もないところから始まった最初の物々交換も扱うことができる。

 

3.4  矛盾とその機能、型 [FIT2008-12] [TS2008-12]

ここでの矛盾は、アルトシュラーが拡張した矛盾をさらに一般化し、世界の近似単位を目指すものである。

3.4.1 矛盾の最小近似モデル

あるものとは、そのものの本質の生成と運用の総体である。矛盾は、外部との関係を持つ二項の関係の生成と運動である[FIT2012] [TS2012]。言い換えると、矛盾は、(同一オブジェクト世界内の)二項の相互作用の生成と運動と、それを可能にする外部運動の総体である。とりあえず項はものと観念からなる存在としておく。二項の生成は、必ず外部運動が行う。

最小の近似モデルを考え「二項とその間の運動」の二項の各項の属性数を二以下、属性の値の数も二以下とする。そうすると、二項とは、普通、二オブジェクトの二属性か、一オブジェクトの二属性か、一属性の二値である。この矛盾の区別を実質的に扱うのは今までTRIZだけだった。

この最小運動モデルの機能は限られる。二の片方が目標、もう片方が現在を表わすか、二の両立を表わすかである。前者は、(狭義の)差異解消のための変更の場合であり、変数は一である。後者は、両立の場合であり、変数は二である。前者、(狭義の)差異解消は、通常の意味の変更、変化で、室温をある温度から別の温度に変えるような一変数の差異解消、または単なる追加、削除である。後者、両立は、複数条件の満足のような二変数の従来の矛盾に近い。

(狭義の)差異解消と両立を、(広義の)差異解消とする。両立を行う運動も、ある属性、状態にあることと同時にないことの両立であるから、広義の運動である。

3.3.2 世界の近似モデルの最小単位としての矛盾

矛盾は、オブジェクトがないところから関係を生成する人間の思考や行動を含めた全ての運動の動的構造を持った最小のオブジェクト世界である。矛盾は、関係と生成、運動を表現するモデルの最小のものであり、かつ、関係、生成、運動の多様な粒度に対応し、属性か値を媒介にする合成ができ、その表示もできる。[FIT2006] [TS2006]  したがって、矛盾は、単独でまたはその合成で、任意の現象を表現できる。

矛盾は、世界の近似モデルの最小単位となり、自然と人間の関係、生成、運動を扱う論理である弁証法論理の単位となる。弁証法は、物事が、生成、運動しており相互に関係し合っていることを扱う形式である。

3.3.3  矛盾の二つの型

矛盾には次の二種(型)がある。[FIT2011] [TS2011]

a)  二変数の両立(又は共有)矛盾

1.  すでにある二変数の両立(又は共有)を行う運動。
これだけが、一般には従来、矛盾として扱われてきた。

2. 二変数の両立(又は共有)の生成を行う運動 [IEICE 2012]
これは関係を作る運動である。人の意図が起動する場合の多い生成は、矛盾として扱われてこなかった。

二変数には、二属性の場合と二値の場合がある。

TRIZでは、二属性の両立矛盾を「技術的矛盾」、二値の両立矛盾を「物理的矛盾」という。[TS2006] [TS2010]

b)  一変数の(狭義の)差異解消矛盾

1. 一変数の差異解消を行う運動。これは、通常の変化、変更である。

2.  一変数の差異生成を行う運動。

一変数には、一オブジェクト、一または二属性、一または二値の場合がある。一変数の差異解消に、オブジェクト、属性の追加や削除を含む。[THPJ2012改]

c)  a)の二変数の両立(又は共有)の一種ともとらえられる一体型矛盾がある。

個の生活の生産つまり労働と交換と消費の中で、対象化によって個と対象、個と他、個と共同体の分離が進み、関係の高度化と複雑化が進んできた。この再一体化が一体型矛盾の基本である。この矛盾は従来扱われてこなかった。

一体型矛盾は、
    1. もともと一つのものだったものが分離して、二つの客観、客観と思考、二つの思考、または二つの態度として存在していたものが、
    2. 人の、より広い粒度に立った一体化の意識的努力によってさらに再び一体を目指す
矛盾である。対立物が全体の不可欠な要素ではなく、より大きな粒度の全体の不可欠な要素である。[FIT2011][TS2011]

一般の両立矛盾と一体型矛盾の違いは、前者が、両者を高度に否定し統合するのに対し、後者は、両項をそのままお互いに高度にして行くという差である。

3.4.4 一体型矛盾の型

一体型矛盾の型には、次のようなものがある。発展は分離によって得られたのであった。その再一体化が行われる。実際上、客観から遠くなるほど重要な機能を持つ。

1)  分割された行動、思考の一体化

1.1)  二つの行動の一体化

二つの運動(行動) 自体の一体化である。

1.2)  行動、思考の一体化

運動(行動)と思考の一体化である。
例: 認識と行動、目的と手段、感情と論理

1.3)  二つの思考の一体化

1.3.1)  二方向の思考の一体化

二方向に分離した思考の一体化である。
例: 分析と総合、普及と深化、考えることと学ぶこと、受容と表現、集中と拡散、歴史と論理、一般と特殊、本質と現象

1.3.2)  思考の固定的なものと運動の一体化

人の能力に限りがある前提で、能力を最大限のばす方策の一つが、固定的なものと運動の分離だった。この再統合である。
例:システムと運用(ものと運動)、手順と運用(思考の固定化と運動)、体系と運用(思考の固定化と運動)、科学と哲学(思考の固定化と運動)

2)  二つの態度の一体化: 対象化と一体化 (後述)

 

広い意味の運動の構造が矛盾であるので、運動という言葉をとらえなおして使っても、新しい言葉を作ってもよいのである。しかし、この矛盾は、従来の矛盾という概念をすべて含むことと運動も矛盾に増して多義であるので、矛盾を再定義して使うこととしている。[THPJ2012]

 

4.世界−認識,行動−態度,粒度特定,方法

      

図4. 認識、行動と態度

4.1 世界

世界は、矛盾の集合体であると近似できる。

運動の原動力は、
   a. 二項間の相互作用(自律的力)、
   b. 二項の外部からの力
である。b.は、
     b1. 自然の客観的力
     b2. 人の価値に規定された力が長い時間、広い空間で人の意図が隠れ客観的力のように見えるもの、
     b3. 人の意図的力、
     
b4. 以上の力の副作用(全ては関係しているから関係すべきもの以外のものに作用を及ぼす)と、
           以上の力の自分の反作用(例:水に落ちたボールが慣性で行き過ぎ戻ってくる)の力
である。[THPJ2012]

世界は、この全ての原動力で動いている。

 

4.2  人が生きること

人が生きることも、上記の世界の中の矛盾の集合体であると近似できる。

生きることは、
      a) 生き方(世界の事実の何にどう向き合うかという態度、粒度特定、方法)、
      b) それに規定されて続く実際の認識と行動の連鎖、
と近似できる。a) b)は、殆ど同時に起こるが、a) が早くかつb) を全面的に規定する。従って、a) 生き方(態度、粒度特定、方法)が重要となる。

これらの直接の原動力は、
   b2. 人の価値に規定された力が長い時間、広い空間で人の意図が隠れ客観的力のように見えるもの
   b3. 人の意図的力
である。

今は、合理的に今である。今の状態を謙虚に認めた上で、重要なのは今を良くして行く意図的行為による変化、変更である。全ての人の思考、行動の現在が、努力により、少しずつでも高度になり結果として理想に近づくしかない。順次、理想に近づく二項目があるが結局同じところに行きつく。

1)  より高い価値実現

把握された価値に規定される理想に依存して、生活の全過程でより高い価値が実現される [TS2011]

2)  歴史的問題の理想的解決

労働の疎外は、百数十年語り続けられてきたが解決しない。この問題が、条件、過程、結果を統一し、対象化と一体化の一体型矛盾として解消に向かう。[TS2011]

物々交換[TS2010] [THPJ2012]が始めて行われた時にはあった感動は、間接化が進むにつれてなくなる。この物々交換の間接化疎外が、交換の対象としてのもの、物々交換の一瞬、利用,運用の過程で統一し解消に向かう。

消費他の生活の全過程についても同様に、対象化と一体化の一体型矛盾の解決に向かう。

労働、物々交換、消費を含む全生活の対象との一体化に向かう。

 

4.3  生き方(1): 方法と粒度特定

生き方は、世界の事実の何にどう向き合うかという態度、粒度特定、方法を含む。本節では、そのうちの方法と粒度特定についてまず述べる。

4.3.1  弁証法

世界の変化、生きる行為による変更は、矛盾の解決という方法により行われる。行為における変更という否定が、属性、価値を高くする否定であり得るのは、二変数の両立矛盾の場合だけである。これは、事実の歴史から得られた、弁証法の最大の結論である。

具体的方法として、両立矛盾の解法は、完全ではないが、検討が進んでいる [THPJ] [TJ] [CVLC] [LB]

典型的な矛盾解決は次のように行われる。

1. 問題が、一変数の(狭義の)差異解消矛盾として認識される。問題は、新機能生成,不具合解決,理想化の三つの粒度のいずれでも定式化され得る [TS2007]

2. 不具合解決、理想化の場合、差異解消矛盾となる。これは、一変数の差異解消により解決するが、一般的には副作用、反作用が生じる。例えば騒音がうるさいので騒音発生源を除去すると、発生源の全ての属性が失われ良き機能も失われるという副作用が生じる。変化の副作用、反作用が生じないようにすることと、不具合解決または理想化との両立矛盾を解く。

3. 新機能生成の場合、差異解消矛盾か両立矛盾となり、これらを解く。[TS2012]

両立矛盾を解く様々な解法が提案されている。

例: TRIZのサブセットである改良ASIT [TJ200309]は、両立矛盾の解を求める簡易手法である。
例: [CVLC]に両立矛盾解決のTRIZによる例がある。
例: TRIZの古典的問題である試料の酸浸食の例を[TS2009] [TS2012]に示した。

これらの変更の型をまとめたTRIZの40の発明原理[TJ][THPJ]は、経験から得られたものなので体系的でなく、単なるオブジェクト追加や二項と関係の同時生成がない。変更の型の論理的網羅はできつつあるが、今後の課題である。

ともかく、これらの個々の矛盾は、物事の粒度が、適切に定まっていれば、弁証法だけで解決案が出る。

 

4.3.2  根源的網羅 [FIT2012] [TS2012] の必要性と原理

この変更、解決を行うためには、どの期間の誰のために何を変更するか、つまり、価値とオブジェクトの粒度を確定すればよいのであった。しかしこれは簡単ではない。まず人が思いつく価値とオブジェクト粒度の「素案」を「正しい」ものにしていかなければならない。これは難しい。

難しい理由の一つは、粒度自体の分かりにくさである。

粒度のうち、時間的空間的範囲は比較的分かりやすい。これは例えば、価値についての粒度は、どのような範囲の誰の、どのような時間範囲のものかということである。一方、属性の範囲は分かりにくい。
例: 青に藍や紫を含めるかどうかは、オブジェクトの色という属性の範囲という粒度の把握による。

理由の二つ目は、粒度と網羅[RDI]について、次の二つの網羅の原理があることである。

(a) 網羅の原理: オブジェクトの網羅は、全体のオブジェクトの粒度と オブジェクトの粒度に依存する。

制約の数より変数が一つ多いので、粒度と網羅は同時にしか決まらない。

例:袋に入った100個のボールが、様々な色を持っているとする。全体のオブジェクトは、袋全体のボールである。これを色毎に分類する場合、赤、橙、紫、等の30種に分けるか、100個全て別の色と見るかは、オブジェクトの色という属性の範囲の把握による。全体のオブジェクトが定まっても、個々のオブジェクトの粒度と網羅は相互規定のため一意に決まらない。

例: 虹を日本では7色、アメリカでは6色、ベルギーでは5色と見るらしい。[HDK][FIT2012]

(b) 種類(型)の網羅の原理: 全ての個別のオブジェクトの網羅が不可能な場合、種類(型)について網羅する。種類(型) [TS2008]は、次の制約を満たすものである。

オブジェクトを適度の粒度の種類に分類して、異なった種類に対しては異なった形式的処理ができ、同じ種類には同じ形式的処理ができ、種類が、漏れなく(重複なく)秩序だって全体を網羅できる、そういうあまり多くない分類の種類ができれば、種類(型) (存在については種類、関係、運動については型)の分類ができたという。[TS2008] [RDI p.45]

理由の三つ目。世界は多対多の複雑な関係を持ち日々変化し、客観的にも、必要な価値とオブジェクトを粒度で切り取る「正しい」粒度は曖昧、複雑で確定しにくい。

理由の四つ目は、以上と関係する間接的な理由であるが、どういう粒度で切り取ったのか確定せず明示的に表現しないでも、また考えることなく古い固定観念による思考でも、十分世に通用するように見えることである。

これでは、何を考え語っているのか不明なままで、考え語っているに等しい。それに、これに相互規定され論理もあいまいになる。価値と事実について、相手の粒度と別の粒度で別の結論を出すこと、意識されない粒度のすり替えや例を証明に換えて導き、「正しい」事実から「正しくない」結論を出すことは実際上可能である。

現に少なくとも2013年の日本ではありとあらゆる分野で、全ての思考、議論は粒度、論理ともあいまいである。

 

4.3.3  根源的網羅思考

そこで、粒度を意識的に管理する根源的網羅思考が必要となる。最低限、思考、議論は、粒度を明示的に意識して行う必要がある。[FIT2012][TS2012]

4.3.3.1  根源的網羅思考の機能または要件

機能、要件に次の二つがある。

1) 価値とオブジェクトの粒度特定は、漏れのない網羅の中で行われ、全体の中の位置が明確になる必要がある。

2) 人の歴史は、価値の相対化と深化、真理の相対化と深化であった。真理はともかく、「正しい」価値は、人毎に多様であり、できれば避けて通りたい話題である。しかし、価値と真理は、ともに、無意識に人の扱う目的の属性、価値実現手段を決める。しかも、把握されている人の認識と行為を規定する個別の価値、真理は、その時代の最新最先端の価値、真理を超えない。

現在、人類という種の生存−個の生−平和、自由と愛の三つが、とりあえずの価値の階層である。宇宙の他生命、地球の他生命の価値は、まだよく分かっていない。

一方、エネルギーリサイクルを可能にする原子力、宇宙技術、平和な社会が、太陽消滅後も人類や他の生命の生存を可能にすることが明らかになっているにもかかわらず、2013年時点で、太陽消滅後の人類生存という価値は、普及していない。[AJMK][TKHR]

したがって、価値の相対化と深化、真理の相対化と深化を行い続け、普及を続けることが必要となる。

4.3.3.2  根源的網羅思考の内容: 粒度特定

人の能力は限られており、世界は変化し続けているから、この二つの要件は、価値と事実の、粒度、網羅を疑い続け、見直し続け、論理的可能性を極限まで追求し続けることによってしか実現できない。

この基本となる粒度特定には、空間的網羅による粒度特定、時間的網羅による粒度特定がある。

空間的網羅による粒度特定は、
       1. 網羅されたオブジェクトから選択するか、
       2. どういう他と違う作用、機能を持つかを言うか、他と違うどういう内部構造を持つかを言うか
によ り行われる。

時間的範囲を極限まで広げた網羅がある。極限まで広げたこの時間粒度の中で変わらないものが本質である。この粒度では、あるものは、あるものの本質の生成と運動の過程の総体であると特定できる(運動の中で消滅する可能性もある)。この本質は変化する可能性があり、変更し得る。[FIT2012] [TS2012]

根源的網羅思考は、謙虚にかつ批判的に、理想的には、

事前に、状況から比較的に独立している、

1. 基本概念、オブジェクトの型(種類)、オブジェクト世界の型、特に判断、変更の型、価値について、粒度、構造を根源的に網羅、見直し、発見、変更し続ける。

2. あらゆる分野、あらゆる集団が作っている固定的共同観念を、根源的に見直し、変更し続ける。

今は、状況に応じ、

1. 目的、個別のオブジェクト世界を相対化し、価値、理想と、2の認識によるオブジェクト世界との対比を続け、変更オブジェクトまたは解くべき矛盾の粒度を特定する。

2.
    a. オブジェクト世界、オブジェクト、
    b. 今のオブジェクト世界より粒度が大きいまたは小さいオブジェクト世界、
    c. 今と関係するオブジェクト(今関係するオブジェクト、今をもたらしたオブジェクト)、
    d. 追加の新しいオブジェクト、
    e. それら間の関係
について、粒度、構造、属性の網羅、見直しを行い、認識を続ける。

 [TS2010改] [FIT2012改][TS2012改]

4.3.3.3  根源的網羅思考: 方法としての有用さ

根源的網羅思考は、粒度特定のためだけでなく、単独でも方法として有用である。この有用さに三種ある。

1) それ自体の有用さ、厳密な帰納論理

あらゆるものの個別の網羅はおそらく実際上、不可能だが、型(種類)の根源的網羅が構造的網羅的に行われれば、厳密な帰納論理が、演繹と同等の厳密な論理を構築する可能性が生じる。[RDI] [FIT2012]

次のいずれかから、新しい発見、意味のある変更が得られる。実現手段発見は後者に属する。

同じ粒度の網羅による発見、変更

例: 本稿も根源的網羅思考による。

例: 文について、粒度を意識的に明確にし、主部、述部の
          1) 属性を変化させる、
          2) 属性を削除する(より大きな粒度の主部、述部に置き換える)、
          3) 属性を追加する(より小さな粒度の主部、述部に置き換える)
      ことが必要な例は多い。特に、3) の例は多い。[TS2011]。

例: 本稿の矛盾の型の網羅は、根源的に運動の種類を網羅、拡張した例である。[FIT2008-2012] [TS2008-2012]

例: [FIT2009] の量質転化の法則の拡張は、全ての場合への根源的網羅を行った例である。

新しい粒度での関係の発見、変更

例: マルクス、エンゲルスによる生産力と生産構造の矛盾の発見は、粒度を粗くして法則が発見できた例である。[DI]  マルクスが優れていたのは、弁証法的思考ではない。彼の弁証法は事実のわずかな一部しか扱わない。

例: ダーウィンによる進化の法則の発見も同様。

2) 根源的網羅思考単独の思考サイクルによる有用さ

根源的網羅思考は、粒度と網羅が、相互作用の中で決まり、あるものの粒度が確定すればその粒度で他の網羅を行うことで認識が深まり、次に粒度を変えてさらに網羅を行う。この思考サイクルを繰り返しながら、高度の認識を得る。根源的網羅思考は、人が次第に物事を認識し学んでいく手段、価値や物事の本質的認識手段、新たな発見や価値実現の具体化展開手段になる。[THPJ2012]

例:設計は、機能、負の機能、構造の三者が、次第に具体化されていく作業であり、根源的網羅思考のサイクルの例である [ISPJ1994][LB,A-E章]。

3) 弁証法と根源的網羅思考の相互作用による認識と行動の進行

粒度確定後、弁証法による変更が起こり、変更されたオブジェクトは、他のオブジェクトと相互作用が生まれ、さらに、粒度の網羅、確定があり、さらに新たな変更が起こる。粒度の違う根源的網羅の結果と弁証法は、要素と関係の関係にあり、相互に相手の入れ子になり続ける。

この4.3節で述べてきた方法と粒度特定は、弁証法と根源的網羅思考、その相互作用であった。

 

4.4  生き方 (2) 態度

粒度特定、方法を規定するものが態度である。粒度特定、態度は、従来、哲学思想と呼ばれてきた。

態度の極限は、徹底的に誠実であること、オブジェクトに対する対象的態度と一体的態度の極限である。一体的態度の極限が謙虚さ、対象的態度の極限が批判である。謙虚さと批判は、独立していながら、両方がそれぞれ相手を高めながらより高くなっていく一体型矛盾(両立矛盾の一種)を作る。

例: 謙虚さと批判、謙虚さと自信、ほめることと批判、信じることと批判、愛と自由(愛は、謙虚さと相手を高める批判の統一かもしれない)、

絶対化と相対化、現実的と革新的、国家の中の個人と個人としての個人[THPJ2012]

謙虚さと批判の一体型矛盾は、TRIZの分離原理 の一種、時間分離[THPJ] [TJ] [LB]により分離でき、前項が、とりあえずまず全面的にとる態度、後項が、その一瞬後、相手と対象をより高い次元にするための全面的批判の態度である。理想的には、その後、後項が前項に肯定的に反作用し、両項が良くなっていく好循環を作る。

 

謙虚であることは、本来の一体化の面から、相手と対象に感謝する(相手と対象から自分に気持ちを「受け取る」)こと、相手と対象をほめ(相手と対象に自分の気持ちを「与える」)、ともに喜び合うこと、相手と対象の現在、現在をもたらしたもの、可能性の全体を理解することであり、相手、対象との同一性である。副次的な対象化の面から、自分を相対化することである。

つまり、謙虚であることは、対象化の面から自分の既存の固定観念を相対化し、同時に他と高い次元での一体化をもたらすという構造がある。この謙虚さは、高い認識をもたらして自分を高め、他集団の悪意的排除をする「にせ」帰属を排除し、(私的)所有に代わる、まだ名前のない愛に似た対象に対する意識をもたらす機能を持つ。

相手、対象を高める批判は、本来の対象化の面から、対象との差異性の対象化処理の態度であるが、副次的に相手と対象を自分とともに向上させる一体化の面もあるという構造がある。この批判は、変え与え教えることによって相手と対象を高めるという機能を持つ。

感謝し、ほめ、謙虚である対象は、自分であり、相手であり、対象であり、これらを含んだ「事実」である。

努力が実れば、お互いに感謝し合い相手を褒め喜び合う。感謝し相手を褒めお互いに喜び合うことは、勇気と能力を要する、実に難しいことである。しかし、誰も、褒められることだけが、自分を良い方向に導いてくれる。

自分を相対化しない固定観念は、謙虚さを妨げる。

例: 働くという理想の生き方は、自分、労働、労働対象、労働に関わる制度の現状を100%謙虚に認め、同時に自分、労働、労働対象、関わる制度を100%批判的に変えていくことであり、この今を良くすることである。これはもっと一般化可能である。

例: 他人から悪意の批判を言われることへの理想の対処は、他人の悪意の批判内容、関わる制度を謙虚に認め、そう言わしめた相手の現状を認識し、同時に自分と相手とそれに関わる制度を批判的に良くすることである。

4.4節に述べている態度は、謙虚さと批判性、対象化と一体化を、極限まで徹底して求める根源的網羅思考と、謙虚さと批判性、対象化と一体化を統一する弁証法であった。根源的網羅思考には、態度として、謙虚さと批判性の矛盾が特に適用される入れ子構造がある。

 

4.5  態度を規定するもの

態度、弁証法と根源的網羅思考を規定するものがあるだろうか?あるとすれば何だろうか?

1. 態度を直接に規定するものは

第一に、その最大のものが、価値とそれによる目的であることは明らかである。より良き価値のために相対化と追求を続けねばならない。この追求も根源的網羅思考による。

第二に、謙虚さと批判性という矛盾を何が意識させるだろうか?これは実感できず今後の課題である。

態度、弁証法と根源的網羅思考を直接規定するものも弁証法と根源的網羅思考という入れ子らしい。

2. 次に、態度を間接的に支援するものは何か?網羅的でないが思いつくことが、二つある。

一つは、弁証法では、全てが関係し合っているため、あることの達成には他の達成が必要になる。同時に、これはあることの達成が他の達成にも貢献することを示す。

一事が万事、一時が万時、我がことの今が、世界の今と今後につながる。この可能性の実感は、態度、姿勢、方法の内容を良くしていく原動力になるのではないか?

二つ目として、もし、生き方つまり態度、方法の複雑さに統一性があり、態度、方法内の各制約が合理的に充足されれば、態度、方法それぞれの改善が進み易く、人はその態度、方法を取り易いであろう。

生き方、態度、方法の内部を規定する制約には、価値と事実についての生き方、態度、方法が「何」に依拠するか?「何」を対象とするか?「何」をどのようにより良く変え続けるのか?の三つがある。

制約の一番目、謙虚に依拠すべきは、事実とその歴史である。謙虚であるためには、自分より大きいものを受け入れることが十分条件である。自分より大きいものを、歴史を含めた事実とすることができる。

制約の二番目。事実は、対象的、批判的により良く変更していく対象であり、一体化の対象でもある。

制約の三番目について、弁証法、根源的網羅思考の論理は、事実の歴史の総括で得られた。歴史は論理と一致するという弁証法論理の一つの結論自体、事実の歴史から得られた教訓である。

以上から、この「」を、歴史を含んだ事実とすると、方法と態度についての三つの制約が統一的に充足される。

4.5節に述べた、態度を直接、間接に規定するものも、弁証法と根源的網羅思考であった。

 

5.おわりに

5.1  固定観念を見直す

いかなる哲学、宗教、思想、方法も、創始者が既存の固定観念を見直す態度から生じた。この見直し続ける態度を学ばなければ、いかなる哲学、思想、方法も、変化と複雑さに対応できず、保守的固定観念となって停滞するだけでなく、堕落さえして害悪を振りまく。歴史は、このことが、いかなる例外もない厳しい教訓であることを示している。[TS2011] [AJMK]

そして2013年、少なくとも今の日本では、根拠を失った固定観念と、価値とオブジェクトの粒度が曖昧のままの曖昧な思考、議論が蔓延し、必要な根本的変革と新しい発見の最大の妨げになっている。

本来、固定観念を見直し続け、複雑さと変化性を扱う有用な形式が矛盾、弁証法であるはずだった。しかし、従来の矛盾、弁証法は、部分的に有効な面があるものの、書かれたテキストの不毛な内容をただ解釈する教条的な態度もその内容も、ともに使い物にならなかった。また、思考の単位を決める粒度管理方法は存在しなかった。

そこで、本来の弁証法の有効性を回復し、矛盾を全ての運動の動的構造とし、変化の型を網羅する根本的変更や、粒度管理のための根源的網羅思考の構築を行わなければならなかった。これは、数年来、行ってきた検討なので、本稿でその要約を述べなければならなかった。

5.2 本稿で得た結論: 弁証法と根源的網羅思考による世界観と生き方

これを受けて本稿で得た結論は次の三つである。

1.  認識と変更を規定する理想の粒度特定と方法は、人、労働と生活に関わらず、価値を前提として、弁証法と根源的網羅思考及びその相互作用である。

2.  粒度特定と方法を規定する、謙虚であり批判的である態度も、態度を規定するものも、粒度の異なる弁証法と根源的網羅思考という形式による。

個人にとっての、この弁証法と根源的網羅思考、自らを高める謙虚さと相手と対象を高める批判という形式は、全く論理的、自動的に意図せず導かれた。これらを可能にしたのも、生成と運動、変化を中心にした弁証法と根源的網羅思考による、という入れ子構造がある。また既存の矛盾批判等は、単なる否定でなく、既存の従来の成果をすべて活かした批判になっている。

これらが、全体の機能として、個人や集団の、発見や根本的変革のための思考、行動の革命を可能にする。

3.  この弁証法と根源的網羅思考により、態度以前から世界までを統一的に把握できる世界観が、これも論理的、自動的に予期せずにもたらされた。

こうして、弁証法と根源的網羅思考による世界観、哲学と方法の統一された生き方が提示できた。

5.3 今後の課題

今後の課題の大雑把な網羅を試みよう。

1. 本検討の粒度においては、形式面で、まず人の今の、謙虚で同時に批判的である態度を、瞬時にまたはわずかの時間で、緊張とリラックスの両立状態で作らねばならない。一体型矛盾の二項は、もともと独立していて、一見、制約がないように見えるので、解法は全く検討されていない。この解を得るのは大きな課題である。

一方で、一体型矛盾を除き、弁証法も根源的網羅思考も論理的網羅と形式化が進み、機械化可能な展望が見えてきた。特に、運動の操作の要素、オブジェクト変化の型から、両立矛盾の解候補を論理的に生成する変更の型の網羅まで、あと一歩のところまで来ている。完成と機械化、データベース化が課題である。これで、TRIZも取り入れたSouthbeach Modeller [SB]のようなヴィジュアルな思考支援ツールの活用もより有用になった。

また、批判は、対象を高めるものであるべきだが、特に相手を変革する批判の方法、態度は、課題である。

さらに、制度、組織の取るべき変革の態度はそれら自体の保守性と矛盾する。故に既存の制度、組織の反対により実現不可能に見える。

根源的網羅思考について、本質的な粒度の曖昧さ処理法、粒度の正確な確定の論理も、述べた以外にまだ存在しない。

今回の検討は、理想的形式のものなので、弁証法と根源的網羅思考の適用を容易にするため、個々の科学研究、政治等分野毎の具体化が必要である。これは、科学者、政治家など各人が行うべきものかもしれない。

2. 内容面では、一体化の極限は、自分と対象のどちらに一体化するかにより、今は所有と帰属である。所有、私的所有、帰属と国家の、観念と制度の見直し、新しい観念と制度は緊急に必要である。[FJNEPM] [TS2010]

3. 本検討の「態度−認識と行動−世界」の粒度より客観的粒度を重視した世界構造モデルもある。

4. さらに、根源的網羅の粒度を変更し、人間の認識と行動、態度と方法についての本稿の前提を疑わなければならない。

たまたま、地球では、生産と消費が分離し、知性を持った個体が、空間的に分散して別々の種類の労働をし、別々の種類の生産物を得るようになった。そして、平和的物々交換[TS2010]が誕生した。その後、労働、物々交換、コミュニケーションが発展していく。物々交換は貨幣を媒介にして間接的になりさらに間接化が進む。労働も分業が高度化していく。我々はこれを前提として疑っていない。

しかし道具や言葉の発生は当然としても、物々交換という交換制度は奇蹟によって成立した。我々は、等価の物々交換が成立しなかった歴史を想定することができる。

この前提の相対化は、認識と行動、態度と方法そのものの検討、持続可能な人類社会のための根本的革新の検討に有用で必要であるだけでない。

認識と行動、態度と方法が、人と別の宇宙の生命もいる。この前提の相対化は、遠からず必要となる宇宙論理学、宇宙心理学、宇宙倫理学、宇宙の他生命の価値観、認識と行動、態度と方法の検討にも必要である。これら検討も、根源的網羅思考による。

 

本稿は、価値と事実の変革と、そのための固定観念の変更を続ける思想についての、全ての「凡庸な精神」[RDI]のための総決算ノートである。

弁証法について、アルトシュラーの成果を一般化した。

根源的網羅思考については、結果的に、デカルトの未完の書「精神指導の規則」[RDI]を現代の言葉に置き換え[NDRDI]、「全てを疑え」と言ったマルクスの、26歳のこれも未完の手稿[EPM]が求めたものの一部を、今、求めたノートになった[FJNEPM]

デカルトとマルクスは「今」を切り開こうとした。その姿勢、態度だけが学ぶべきものである。

 

謝辞

これまで約十年、特に大阪学院大学名誉教授中川徹博士、Ellen Domb博士、Shahid Saleem Ahmed Arshad博士、安井晴子、安井結菜、故鈴木博之博士からの言葉と行為が生きる支えであった。

今年2013年、特に岡山の榊原病院循環器内科大原美奈子部長、鎌田康彦医師、八木、岡、岡村、木下看護師他各位にお世話になった。

ともに厚く御礼を申し上げる。

 

参考文献

[NZ] 芭蕉「野ざらし紀行」1684, 芭蕉DB,  http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/nozarasi/nozara01.htm

[RDI] デカルト,「精神指導の規則」野田訳, 岩波文庫,規則第3-8.11 pp.17-55. 64-67 enumeratio網羅が訳では枚挙となっている. 1950(新訳も出ている), 原著1701.

[CPR] カント,「純粋理性批判」篠田訳, 岩波文庫上, pp.286- 294, 1961. 原著2版1787.

[EPM] マルクス, 「経済学・哲学手稿」藤野訳, 国民文庫, pp.98- 157,大月書店, 1963. 原著1844.

[DI] マルクス、エンゲルス, 「ドイツイデオロギー」真下訳,  国民文庫, p.134, 1965, 広松訳, 岩波文庫, 2002.も参照.  原著1845-1846.

[DC] マルクス,「資本論」全集刊行委員会訳, 第一部第一編第一章, 国民文庫第一分冊, pp.67-149, 1961, 原著1867.

 

[HDK] 日高, “虹は何色か”「現代思想」青土社, 1978.5.

[TJ] The TRIZ journal. http://www.triz-journal.com/

[LB] L. Ball, 「階層化TRIZアルゴリズム」高原, 中川訳, 創造開発イニシアチブ, および [TJ] [THPJ], 2007.

[CVLC] D. Cavallucci, “How TRIZ can Contribute to a Paradigm Change in R&D Practices?” The 8th TRIZ Symposium in Japan, 2012. 同スライド,同和訳, 高原, 古謝訳, [THPJ] 所収.

[THPJ] 中川, TRIZホームページ, http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/

[SB] Southbeach Modeller, http://www.southbeachinc.com/, [THPJ]

 

[IPSJ1994] 高原他, “情報システム方式設計業務における総合決定”, 情報処理学会48回全国大会, 1994.

[TJ200306] Takahara, “Application Area of Thinking Tool or Problem Solving Tool”, The TRIZ journal. Jun. 2003. http://www.triz-journal.com/

[TJ200309] Takahara, “Logical Enhancement of ASIT”, The TRIZ journal, Sept.2003. http://www.triz-journal.com/

 

[FIT2004] 高原, “オブジェクト再考”, FIT2004,2004. [THPJ]の高原利生論文集「差異解消の理論」(2003-2007)所収.

[TS2005] 高原, “オブジェクトの再把握とそのTRIZ, USIT, ASITへの適用”, 第1回TRIZシンポジウム、2005. 同上HP

[FIT2005] 高原, “オブジェクト再考3−視点と粒度−”, FIT2005. 2005, 同上HP.

[FIT2006] 高原, “オブジェクト世界の構造化表示方法−オブジェクト再考4−”, FIT2006、2006. 同上HP.

[TS2007] 高原, “機能とプロセスオブジェクト概念を中心にした差異解消方法 その2”, 第三回TRIZシンポジウム,2007. 同上HP

 

[TS2008] 高原, “オブジェクト変化の型から見えるTRIZの全体像−機能とプロセスオブジェクト概念を基礎にした差異解消方法 その3−”, 第四回TRIZシンポジウム, 2008. [THPJ]の高原利生論文集2「差異解消の理論2」(2008-2012)所収.

[FIT2009] 高原, “弁証法論理の粒度,密度依存性”,  FIT2009,2009. 同上HP.

[FIT2010] 高原, “TRIZと生き方における対立物の構造と根源的網羅思考”, FIT2010,2010. 同上HP.

[TS2010] 高原, “TRIZの理想―TRIZという生き方?その2―”, 第六回TRIZシンポジウム,2010. 同上HP.

[FIT2011] 高原, “弁証法論理再構築”, FIT2011,2011. 同上HP.

[TS2011] 高原, “一体型矛盾解消のための準備的考察―生き方の論理を求めて―”,  第七回TRIZシンポジウム, 2011. 同上HP.

[IEICE2012] 高原, “物々交換誕生の論理 ― 矛盾モデル拡張による弁証法論理再構築のための ―”,  2012年電子情報通信学会総合大会, 2012. 同上HP.

[FIT2012] 高原, “粒度、網羅の管理と関係、運動の管理”, FIT2012, 2012. 同上HP.

[TS2012] 高原, “根源的網羅思考と矛盾”, 第八回TRIZシンポジウム, 2012. 同上HP.

[THPJ2012] 高原, “技術と制度における運動と矛盾についてのノート”, 同上HP (掲載予定), 2013

 

[AJMK] 高原「鰺坂、牧野編著「マルクスの思想を今に生かす」学習の友社, 2012.」のAMAZON書評, 2012

[FJNEPM] 高原「マルクス「経済学・哲学手稿」藤野訳、国民文庫1963」のAMAZON書評, 2012

[NDRDI] 高原「デカルト「精神指導の規則」岩波文庫, 野田訳」のAMAZON書評,2013

[TKHR] 高原利生ホームページ, http://www.geocities.jp/takahara_t_ieice/

 


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