論文: TRIZ推進事例

TRIZを中小企業に広げるための長期戦略: 
   ベルガモでの経験を分析する

Davide Russo, Daniele Regazzoni, Caterina Rizzi
(ベルガモ大学、イタリア)
ETRIA TFC2016 発表、2016年10月25日、ポーランド

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学), 2017年 1月22日

掲載: 2017. 2.14

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  編集ノート (中川 徹、2017年 2月12日)

ここに和訳・紹介する論文は、昨年10月末にETRIA(欧州TRIZ協会)主催のTRIZ Future Conference (TFC2016) で発表されたものです。

イタリア北部のベルガモ(ミラノの北東)の大学に形成されたTRIZ研究グループが、修士課程を中心にTRIZ教育を行うとともに、ベルガモの商工会議所と連携して、地域にイノベーション支援の活動を行い、TRIZをも普及させていきました。長期的な戦略と積み上げによって、中小企業を中心とした地域に、知的財産とイノベーションの活動を普及・発展させていった、貴重な報告です。

世界中で(TRIZその他の)技法を普及させるためのやり方は、大企業の中で企業内リーダが(ときには大学研究者やコンサルタントたちの指導・協力を得て)技法を適用・確立して成功事例を作り、それを諸企業のモデルにすることでした。
しかし、イタリアでは、企業の95%が従業員10人以下の小企業であり、50%が個人事業ですから、大企業主導のモデルは成り立ちません。 違うやり方が必要なのだ、と言います。そこで、著者らが2009年以来実施してきたのが、大学と地域の公的組織(商工会議所)とが協働して行う、中小企業向けを主体とした活動であり、本件で「ベルガモ モデル」と呼んでいるものです。そのやりかたは、論文のAbstractによく書かれています。

このベルガモモデルが成立した本当の基盤は、イタリアの大学に若い研究者たちからなるTRIZのグループが形成されたことだと、私は思います。2004年にETRIA TFCがフィレンツェで開かれ、同大学の助教授であったGaetano CasciniがTRIZ研究グループをリードしていました。その後、Casciniがミラノ工科大学に移り(現在、正教授)、グループの若い研究者たちが順次独立していきます。このとき、ベルガモ大学のCaterina Rizzi教授(現在、学部長)が、 Daniele Regazzoni (現在、 准教授)と Davide Russo (現在、准教授)他を招き、TRIZの研究グループを形成して、学部(Department of Management, Information and Production Engineering)内で正規の教育・研究を行います。これが発展して、スピンオフの会社を作り、独自にTRIZ関連ソフトウエアも開発しています(スライド#4参照)。イタリアのTRIZ研究グループが、フィレンツェ、ミラノ、ベルガモの大学を中心にして、いまなお密接な連携を持って活動していることは、私には特に印象的です。そのような、大学での教育・研究活動が、地域の商工会議所を動かし、本件の「ベルガモ モデル」の活動を成功させたのだと、思います。

--- ETRIA TFC2016 の諸論文を紹介する最初に、本件の和訳を掲載いたします。著者に厚く感謝いたします。


 

論文目次: TRIZを中小企業に広げるための長期戦略: ベルガモでの経験を分析する

1.  はじめに

2.  イタリアにおけるTRIZ

2.1 イタリアの産業界
2.2  ベルガモにおけるTRIZ

3.   ベルガモモデル:大学の活動

3.1 大学 ― コース、セミナー、修士
3.2 大学によるコンサルティングと職業人たちの協会(Profesional associations)

4. ベルガモモデル: 商工会議所の活動

4.1  知的財産の探求: ガイダンスとカストマイズされた技術サポートサービス
4.2 知的財産とイノベーションに関する教育普及活動
4.3   TRIZコースとチュータリング
4.4   達成した実績

5. おわりに

参考文献

 

本ページの先頭

論文目次

論文

1. はじめに

2. イタリアのTRIZ 

3. 大学の活動

4.商工会議所の活動

5. おわりに

参考文献

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ETRIA TFC 中川報告

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  論文(和訳) 

 

TRIZを中小企業に広げるための長期戦略: ベルガモでの経験を分析する

Davide Russo, Daniele Regazzoni, Caterina Rizzi
(ベルガモ大学、Department of Management, Information and Production Engineering、イタリア)

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学) 2017年 1月22日

Abstract

本稿はベルガモ地域にTRIZを広げるための、進行中のTRIZ普及プロジェクトを分析したものである。
このプロジェクトは、「ベルガモの中小企業の競争力強化のための 知的財産を管理・活用するための方法とツールの開発」という名称で、ベルガモ大学が、ベルガモ・ロンバルディア地域商工会議所の資金を受けて、2009年から実施しているものである。

その主たる目的は中小企業にTRIZ方法論を広げることであるが、TRIZを直接に教えることに焦点を当てるのではなく、中小企業のオーナーや起業家を目指す人たちに、その人たちに即した支援の手を差し伸べることを、(その方針として)決めた。 彼らを引き入れるのに最も簡単な方法は、特許を最初の手がかりにして、知的財産の管理に関して技術的・科学的な助言をすることであり(たとえば、知的財産保護のツール、特許性の判断、商標登録、知的財産の申請/登録のやり方とコスト、先行技術調査の実施、偽造に対する検討、など)、その後に体系的なイノベーションツールを導入することであった。特許関係のことは、いわば「トロイの木馬」として使い、構造化した技法に対する不信を克服し、起業家たちにイノベーションをもっとオープンに管理するように奨めるものである。

このイノベーションサービスのアプローチを基礎にして、われわれは一連の導入ワークショップと5日間TRIZコースを組織した。その中には実事例の分析指導とフォローを含んでいる。これによって、このプロジェクトの枠内で、経験のある専門家による実地のコンサルティングサービスを組み込むことができた。そのコンサルティングの分野は、技術、法律、契約、経済、会計、マーケティング、さらには調査にまで及んでいる。

この8年間にわたって集積してきたデータを、本稿で分析し、議論する。 本アプローチの長所と短所、および本モデルを他の地域で再現・拡大する可能性についての考察を提示し、議論する。

 

キーワード: TRIZ、普及、特許

 

1.  はじめに

最近の20年間、TRIZは学術界と産業界で世界中に広がり、いくつかの国際的な学会やシンポジウムでの主テーマであった。その方法を専門とする協会が国や国際レベルで劇的に成長し、それは特にアジア諸国で顕著であった。

しかしながら、共通的に見られるのは、各国で、当初は熱狂的に受け入れられるが、方法の普及がある段階に達すると、成長が遅くなり、飛躍しないという傾向がある。 この現象を研究した人たち [1] は、TRIZの普及が限定的であることの主原因を真に効果的なトレーニングが欠如しているからだと、同定した。

一方では、TRIZに関する文献は非常に多数あり、そのうちのかなり多くのものは、質が高く、初心者を惹きつけるのに適している。 他方、教育面ではあまりよくない。すなわち、 実例によるトレーニングと演習の本は、少なくとも共有・認識された形では、入手できない。 理論的な側面でもまた、その方法自身が一つの共通版として普遍的に受け入れられているものがなく、多数の変形版がある。 TRIZ知識体系(Body of Knowledge) が提示された [2] けれども、それはTRIZの3つの主要国際協会の間で普遍的に受け入れられてはいない。

学術界の専門家と産業界の専門家の間にはさまざまに異なるビジョンがあり、また、その方法のいかなる変更をもほとんど受け付けない純粋主義者と、他のよく知られ受け入れられている実践法との統合を進めようとする実践家との間にもさまざまに異なるビジョンがある。さらに、一部の専門家や教育者は資格認証システムに信を置くが、他方そうでない人たちもいる。意見や観点が広がっていることは、ある程度までは、積極的な議論とアイデアを建設的に比較する資源になる。しかしそれは、すべての人が同意する、共有された安定した核への信頼に基づくべきである。文化的・地政学的な理由が、さまざまな国でのTRIZの教育・学習のやり方に影響を与えている。

TRIZの初心者たちは、基本コースを修了した後に、実地問題を自動的に解決しよう試みてしばしば落胆し、熱狂の度合いが急速に落ちることが多い。これが、体系的イノベーションが産業界で適切な普及レベルになることを妨げている主要な原因の一つである。

本論文は、3つの異なる調査結果、すなわち、Spreafico (2015) [3]、Ilevbare (2013) [4]、および Cavallucci (2009) [5] による結果、で支持され、定量的に検証されている。彼らは、TRIZユーザたちについての非均質なサンプルを、それぞれ、事例研究を含む学術論文の分析、LinkedInのTRIZグループへのアンケート、TRIZの学会参加者へのインタビューによって得て、深く分析している。

3つの調査が共通して明らかにしたのは、技法全体の最初から最後までのステップをフォローしているのは、ユーザのうちのごく少数だということである。 反対に、インタビューを受けたエキスパートたちの大多数は、ツールのうちの小さなサブセットを推奨し、ときには自分流に調整して、彼らの専門家としての生涯でそれまでに使っていた何らかの他の方法と統合している。 言い換えると、TRIZは主として、「個別の状況に合わせてその中の個々のツールを取り出して自由に適合させることができる大きなツールボックスとして使われている」といえる。

コンサルタント会社たちもまた、TRIZの問題解決のアプローチを差別化して、独自の方法を提案するという傾向に追随している。 それらのプロセスはマーケットのルールに従っており、それはときには、アルトシュラーのARIZの最終バージョン(1985)に反対している。 これは避けがたいことであり、それはまた、方法の全体像の複雑さを増大させ、(専門家たち)みんなが共有できるしっかりしたTRIZ知識体系を定義することを妨げている。

一つの積極的な寄与が、学術界に属するいくつかの実践グループから出されている。彼らは(特にヨーロッパとオーストラリアで)、国内および国際的な標準の枠内の体系的イノベーションのための一つの方法として、TRIZの認識を向上させようとしている。 これらの活動と共に、地域の組織と大学とが、産業界に向けて非常に多くの教育と指導の活動を実施している。

本論文は、TRIZを地方の一地域に普及させることを推進する一つの活動に焦点を当てている。それは2009年に開始され、他の既知の諸活動とは異なる未発表の特徴を持っている。

このプログラムは大学と地方公的機関との協働によって実現したものである。それは長期展望を持っており、特に重要なことは、TRIZの普及を間接的に行うという戦略を持っていることである。実際に、TRIZは直接的に推進されてはいず、多くの会社が知的財産と特許に関する関心を高めて参加している。このプログラムは基本的なサービスを提供しており、企業はそれらを自然に求め、プログラムに関与するようになる。

いままでに達成できた成果は有望であり、そのためわれわれはこのモデルとわれわれの経験を公表することにした。他の地域でもこれを適用して、同様の効用を得ることができるだろうと、期待している。

2.  イタリアにおけるTRIZ

今日、イタリアにおけるTRIZの利用の実情を判断することは特に難しい。正式の指標が存在しないからである。2004年以来、イタリアはETRIA国際会議のホストを2回務めた。すなわち、2004年にフィレンツェ大学が組織し、2010年にはベルガモ大学が組織した。 フィレンツェ、ベルガモ、ミラノが(TRIZの)3つの主要な学術センターであり、一方、コンサルタントのオフィスは全国に散らばっているが、特に北イタリアと中央イタリアに多い。

2015年まではイタリアTRIZ協会(Apeiron、正式名称はReason-based Association for Innovation)が存在した。それは、産業界と学術界からの一つのグループの主導によって2003年に生まれたもので、体系的イノベーションの方法論、特にTRIZについての関心を共有しようとするものであった。Apeironの使命は、体系的イノベーションと問題解決についての、科学的・技術的知識を開発し普及させることを、推進することであった。

今日では、多数の普及活動が、通商協会、プロフェッショナルの諸協会、商工会議所、公的および私的な研修センターにより組織されて、実施されている。しかしながら、その方法(TRIZ)を見えるようにするのを助けるような、国あるいは地域での調整は全く欠如している。

さらに、産業界の潜在的な目標はもう一つ別のチャレンジングな課題に向かっている。そのことを次節に述べる。

2.1 イタリアの産業界

イタリアでTRIZを広げることの困難点を理解するためには、イタリアの産業界の状況をまず説明するのが有益であろう。イタリアの企業は中小企業が主体であり、TRIZのような複雑な方法論を扱うのに適した構造になっていない。

見渡してみると、(従業員10人未満の)零細企業が非常に沢山存在する。すなわち、数にして420万社、生産単位全体の95%を占め、従業員数では47%に及ぶ(ヨーロッパの平均は29%である)。 

他方で、イタリアでの(従業員250人以上の)大企業は、非常に割合が小さい(企業数で0.1%、従業員数で19%)のが特徴である。この細分化は、企業グループの存在で一部は緩和されるが、平均サイズが非常に小さく(企業あたり従業員3.9人(ヨーロッパの平均は6.8人))、会社組織が極めて単純であり(63.3%が一人だけの会社)、独立労働者が多い(ヨーロッパの平均の2倍を超える)。

これに加えて、会社の産業セクター別の分布状況も注目すべきで、Istatレポート [6] の発表を表1に示す。

表1. 企業の産業別分布状況

セクター  

分布%

ビジネス

農業と畜産

建設

製造業

不動産・貸借

ホテルとレストラン

交通&運輸

コミュニティ、社会

金融、仲介

その他

28%

18%

15%

12%

11%

5%

4%

4%

2%

1%

TRIZ方法論の理想的なターゲットである製造業の企業は、全体の12%にしか過ぎない。

これらの数字から、TRIZを広範に普及させることはほとんど不可能に見えるが、その全体像を完成させるには一つの重要な事実を加えねばならない。

イタリアのシステムは、Istatの年次報告によれば(図1)[6]、研究開発への支出を減少させたとのことであるが、イノベーション志向の企業の割合が非常に高い。 これが意味しているのは、小さな会社で、TRIZのような方法のトレーニングに割ける時間や人的資源を少ししか持っていない場合でも、イノベーションのテーマ(特に産業上の知的財産に関する問題)への貴重な感受性を既に育てていることである。

図1.ヨーロッパ諸国の研究開発投資と特許申請数

特許の問題は、中小企業のキーパーソンに接触するためのコミュニケーションの形として、非常に興味深い。

これはより大きな規模の企業に対しては当てはまらない。世界中での経験が教えるところによれば、方法論を強く信奉するほんの少数の人々が、企業内でTRIZを劇的に成長させるのに大きな寄与をした例が、いくつかの大企業で知られている。

次節にはTRIZ普及のための本プロジェクトが実施されたベルガモの具体的な状況を述べる。

2.2  ベルガモにおけるTRIZ

ベルガモ(ロンバルディア州)における製造業は、全国平均とほぼ同じであり、 2015年には、95,000の会社のうちの12,000が製造業であった。
それらの大抵は、ごく少数の従業員の会社か、個人事業かである(表2)[6]

表2. イタリアの企業の法的形態(2015年)

セクター  

分布%

株式会社 

提携/パートナー関係 

個人事業

30%

19%

51%

だから、ベルガモは主として中小企業で特徴づけられるが、比較的狭い地域に非常に高密度で存在している。

表3は、産業セクターごとの主要資産の分布とその成長率の指標を示している。特に、製造業がわずかに衰退(昨年は−0.5%)していることを示している。

表3. イタリアの産業分布

セクター 

2015年4/30 2016年4/30 変化%

農業と畜産

建設

商業

ホテルとレストラン

製造業

不動産

賃貸と旅行社

交通と運輸

5.001

18.793

19.896

 5.731

11.181

 6.229

 2.369

  2.257

 4.986

18.374

19.982

 5.773

11.124

 6.201

  2.526

  2.224

-0.3

-2.2

+0.4

+0.7

-0.5

-0.4

+6.6

-0.8

これらのデータが示すように、この地域は優秀さの点では富んでおり、半径50q以内に3つの大学のキャンパスがある。すなわち、ベルガモ、ブレシア、そしてミラノの大学である。

3.   ベルガモモデル:大学の活動

本稿に提示している普及プログラムは、上記のような産業界の状況の中で実施された。二つの推進主体がある。ベルガモ大学と、ベルガモ商工会議所の特別代理店であるBergamo Sviluppoである。 TRIZの普及がどのように計画され、産業界に提案されたかをここに述べる。

3.1 大学 ― コース、セミナー、修士

2010年以来、「プロダクトとプロセスのイノベーション」というコースで、TRIZについて80時間教えており、それが工学の学生のカリキュラムの一部になっている。 このコースは機械工学専攻の修士課程では必修コースであり、他の専攻の工学の修士課程の学生も受講できる。 これには平均して50名を越える学生たちが受講している。このコースの最終フェーズで地域の企業が関与しているのが特別なことである。

毎年、コースの最後に、一つまたは二つの企業が招かれ、実地の問題(未解決の問題のこともある)を学生たちに提示する(3時間以内で)。その後に学生たちは、それ以上に企業とコンタクトすることなく、その問題を分析し解決を図る。 事例提示の時間中は、学生たちと企業のプロジェクトマネジャとのやりとりが、教師の介入なく、独立に行われる。 (学生の)評価は二つの評価基準で行われる。すなわち、企業が(各学生の)解決策の有効性を評価し、他方、教師が方法の適用の一貫性をチェックする。

これが貴重な効用を持つのは、習得したスキルをチェックするだけでなく、そのようなスキルが実際の産業界での研究開発ニーズに合致しているかをもチェックしていることである。学生たちには、そのプロフェッショナルな生涯を始めるにあたって、この種の専門能力を提示できることが、インセンティブになる。企業の側からは、若い非専門の人たちが高い質の解決策を提案してくるので、(TRIZの)方法の質のテストになる。 TRIZをすでに使っている企業にとっては(TRIZの質を)さらに確認することになり、他方、(まだ使っていない)新しい企業にとっては、(TRIZの)方法に関して大きな興味を創り出す。

TRIZの基本的な考え方に関しては、もっと伝統的なやり方でも普及・推進している。大学でのさまざまなコース(例えば「プロダクト・ライフサイクル・マネジメント」のコースなど)での、セミナー(特別講義(?))などである。

この場合の目標は、問題解決のTRIZエキスパートを訓練することではなく、将来技術マネジャ(になるだろう学生たち)に、「TRIZというものが存在し、マネジメントの課題にも活用できるだろう」ことを伝えることにある。

最後に、(社会人向けの)高等教育コース「中小企業の国際化のための起業家精神とイノベーション: Go In' - Go International, Be Innovative」がある。 これはベルガモ大学とベルガモ商工会議所の特別代理店(Bergamo Sviluppo)との共同主催によって生まれたものである。

このコースには約40人が年間で参加している。彼らは、中小企業の起業家たち、家族ビジネスに関わっている若い起業家たち、潜在的な可能性が高いスタートアップ企業の起業家たちから、選ばれた人々である。コースは8か月間続き、合計180時間で、そのうち約20時間がTRIZと特許に当てられている。 TRIZのテーマが参加者のフィードバックと満足度で高得点を得ており、 中小企業にTRIZの方法を普及させていくのに、口コミが素晴らしい方法であることを証明してもいる。

3.2 大学によるコンサルティングと職業人たちの協会(Profesional associations)

イタリアの諸大学は、研究と教育に加えて、いわゆる「第3の使命」をも追及している。 それは、知識を普及させ、直接に応用し、強化して、諸企業の社会的、文化的、経済的な成長に寄与することに関するものである。 大学内のどの組織単位も、地域の産業界およびその関係者たちと直接的な関係を持ち、知識を伝え普及させることに関わっている。

この文脈で、ベルガモ大学は、トレーニングとコンサルティングについて、地域の大企業との協働関係を作り、TRIZ方法論と知的財産管理を推進し、また国際的なレベルでスポンサーと基金を集めている。 これに関与している企業の例は、ABB、Coesia Group、 Imetec、 ST Microelectronics、そしてその他のより小さい多数の企業などである。

大学の活動の枠組みには、少なくとも、職業人たちの協会(Profesional associations)(たいていは技術者たち)のためのTRIZ教育の活動を含んでいる。 通常、自分で活動し、好奇心に引かれてTRIZに接したような職業人たちが、このコースに参加している。 これは、TRIZが大学のコースに導入される以前に卒業した技術者たちにアクセスするのに、使われている。

しかし、次節に述べる、商工会議所のコースが、さらにもっと興味深い。

4. ベルガモモデル: 商工会議所の活動

商工会議所のBergamo Svluppo は、ベルガモ大学との協力によって作られたものである。これは特に有益なモデルであり、そのままの形で他の地域や産業分野に適用可能である。

このプロジェクトは、知的財産の保護と促進に関するもので、中小企業のイノベーションと競争力を支援するものである [7]。 それは、三つの異なる活動からなり、特許の扱いから始まってTRIZに収束するものである。

4.1  知的財産の探求: ガイダンスとカストマイズされた技術サポートサービス

ガイダンスと基本レベルの支援サービスであり、知的財産と特許に関して、一般的な情報と技術的・科学的な助言を求めている人々に有用なものである。

毎月2回、各6社までとの会合が持たれる。そこでは、各社は個別に45分以内で、知的財産エキスパートによる無料のコンサルティングを受けることができる。 この活動のおかげで、エキスパートは、TRIZを使うと効果的な問題解決ができるような、キーになる技術的問題に直接触れる機会がある。 そのような機会に、研究開発の今後の方向性と(知的財産の)事前保護の戦略について、差し迫った助言を提案することができる。 たいていの場合、その指導は、特許の保護に焦点を当てるだけでなく、特許回避のための、あるいはイノベーション活動を強化するための、技術的な評価にも及ぶ。 最も有望なケースの場合には、さらに30時間の無料のコンサルティングが提供され、一層構造化し、カストマイズした技術支援を提供することができる。 この活動で、TRIZを使うと非常に大きな効用を得るだろう企業を容易に同定することができる。

2011年以来、300件以上の参加者たち(中小企業、潜在的な起業家や職人たち)が、知的財産(IP)やイノベーション活動に関してTRIZに基づく助力を受けた。

4.2 知的財産とイノベーションに関する教育普及活動

技術的な助力が、以下のような、さまざまな活動とさまざまなトレーニングによって、支援された。

セミナーやコースへの参加者は毎年増加し、さまざまな産業セクターからの人たち、また社内でさまざまに異なる役割を持った人たちが来ている。

4.3   TRIZコースとチュータリング

TRIZコースは40時間を掛け、会社の起業家や従業員で、「開発やイノベーションのプロジェクトに体系的なアプローチで取り組むための、専門家としてのスキルを獲得したい」と望む人たちを対象としている。

このトレーニングコースは二つのセクションから構成されている。 その第1はTRIZ方法論の基本に関する導入セクション(24時間)であり、第2は方法論を実地の産業上の問題に適用する先進セクション(16時間)である。 コースの最後には、選ばれた参加者に対して、会社が独自に進めている実地事例についての方法論のコーチングを提供し、その後数か月にわたって教師と課題を共有することを計画している。 

ベルガモ大学の経営・情報・生産工学科の教授たち(すなわち本論文の著者たち)が、この教育を担当している。 その教育は、イノベーション志向の判断基準に基づき、ビジネスコースと学術界の両方で獲得された研究者の長期の経験を考慮して、設計されている。 そのような長期の実験の成果 [8-10] が、TRIZを基礎にした問題解決の方法SPARKである。 われわれの方法の強みは、そのモチベーションと、問題解決の過程に沿って使うTRIZツールの全体的なワークフローにある。

SPARKが生まれたのは、「諸ツールを 5ステップの直列型に並べ、各ステップ内では、配置された一連のTRIZツールを順番に使ってもよいし互いに代替的に(選択して)使ってもよいようにする」ことを目指したものであった。 その究極の目標は、一つのステップから次のステップへと、(ステップ内で)使ったツールの数に関係なく、正確な出力を創り出すことである。

このアプローチは、一方では、TRIZの適用を(ツールの使用順序を正しい順に指定することにより)一層体系的にし、他方では、ユーザにいくつかの代替ツールを選択できるようにガイドしている。 実際、初心者たちには、問題を再定式化するにあたって、(トレーニングの初期から)最も有用なツールを選択することはほとんど不可能なのだから。

SPARKは、伝統的なTRIZツールを、要求管理戦略および知識管理ツール(特に、特許と物理的効果へのポインター[Effects DB]) と一緒にして統合している。また、いくつかのTRIZツール(例えば、発明標準解と多画面法)は、全く設計しなおした。

すべての道具(方法やツール)は、ユーザフレンドリなITプラットフォーム上で管理され、そこには教材や事例も載せられている。

4.4   達成した実績

商工会議所が主催するイベントは、(大学主導のものに比べて)地域の新聞や職業人の協会で、広告・推進される機会がずっと多い。 近年、地域の新聞にTRIZを扱った記事が多数掲載され、その中には会社への貴重なインタビューで、トレーニングでの経験や日常の活動でTRIZを使っていることが報告されている。

われわれの観点から言えば、実事例で成功した物語は、(たとえ零細、小企業での例であっても)最も効果的なコミュニケーションチャンネルである。 それらは、その方法に対して、またトレーナーに対して、明確な信頼性と権威を与え、他のどのコミュニケーション手段よりもずっと有効である。

もう一つの有意義な実績は、諸企業が申請した特許の件数に顕われている。
この指標は中期的な観点から評価するべきものであるが、本地域の諸企業が申請した特許の件数の増加は、(そのすべてを本プロジェクトに帰することができるとは限らないけれども)すでにはっきり見える(表4)。

表4. ベルガモ特許局に申請された特許件数(2005年〜2014年)

年  商標  特許 実用新案 工業デザイン

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

427

449

463

422

501

589

593

550

553

522

53

68

61

66

69

67

54

54

37

59

17

35

22

40

30

40

48

44

47

42

4

8

4

9

6

15

2

16

16

16

このような見返り(成果)は、「これらの知的財産についての技術支援が、(本プロジェクトの)ミーティングに参加した商標・特許局のエキスパートたちとの協力によって実施された」という事実によって、確認されている。 その同じエキスパートたちが特許申請の活動に関わっており、その結果、彼らは発明者たちに再会し、本プロジェクトが地域の特許に与えている影響を直接に評価する機会を持っている。

もう一つの指標は、「工業所有権の探求」というガイダンスサービスに参加する企業や発明者の数が増大していることである。 小さな地域であるが、その数は毎月4人から毎月12人に増加した。

アイデアの質とアイデアの表現のしかたが進歩しつつあり、アイデアを持ってきた人がすでにそのアイデアに関して正確な研究を実施していることが多い。 この数年で、イノベーション文化がそのすべての面で広く成長したという事実を示す、大事なシグナルである。 実際に、基本的な情報探索を実行し、特許検索ポータルサイト(例えば、Espacenet)を使うスキルは、零細な起業家や職人たちにまで広く普及するに至った。

もう一つの事実は、企業が、大学でTRIZコースを履修した(修士の)学生たちに高い関心を示すようになったことである。 わずか数年前までは、高度なTRIZの能力はPhDレベルにしか教えられていなかった。しかし、いまでは、企業がこれらのスキルを修士の学生にも求めるようになった。 他方から言えば、TRIZコースを履修した修士卒の学生たちは、研究開発の職場に採用されやすくなった。

5. おわりに

もしTRIZが大企業たちによって採用され支援されるなら、それがTRIZの普及にとって最良の切り札になることは、General Electric社とシックスシグマの例に見られたように明らかである。しかし、中小企業が主体であるような地域では、われわれはまた代替の戦略を必要とする。

本報はベルガモ産業地域でTRIZを普及させた特定のプロジェクトについて報告している。 それは、特許の問題を通じてTRIZを企業に持ち込んだ、長期のプロジェクトである。 それは大学と地域の公的機関が関わったもので、TRIZに関連したいくつもの活動が徐々に高まって、40時間のTRIZコースとエキスパートによるチュータリングとに達した。

その教育法は、古典的なTRIZを、マーケティングの要求管理と知識検索(特に特許検索)のツールと統合した、アドホックな教育プラットフォームをベースにしている。このプラットフォームをSPARKと呼ぶ。

測定可能な諸指標がわれわれに教えているのは、いままでの成果は良好であり、このモデルをベルガモと同様な特性を有する他の地域で再現することができるだろうことである。 すなわち、TRIZについて強力な専門性を持つ大学と、少なくとも5年の時間スケールでプロジェクトを信ずる地域組織とを、有するような場である。

参考文献

[1] FeY V.: Why Does TRIZ Fly But Not Soar?. ETRIA TRIZ Future 2004 Conference, held at Florence, Italy, Nov. 2004

[2] Litvin S, Petrov V, Rubin M, Fey V. :  Triz body of knowledge. TRIZ developers summit, Russia; 2007. Accessed September 2016.

[3] Spreafico C, Russo. R : TRIZ industrial case studies: a critical survey. Procedia CIRP 39; 2016. p. 51-56.

[4] Ilevbare IM, Probert D, Phaal R. : A review of TRIZ, and its benefits and challenges in practice. Technovation 33.2; 2013. p. 30-37.

[5] Cavallucci D.: World Wide status of TRIZ perceptions and uses. Proceedings of Etria Triz Future conference, Timisoara, 2009.

[6] Istat Report available at http://www.istat.it/it/files/2015/05/CAP-3-Rapporto-Annuale-2015-2.pdf.

[7] Available at http://www.bergamosviluppo.it/sito/sviluppo-e-innovazione/ progetto-propriet%C3%A0-industriale.html

[8] Cascini G, et al.: Enhancing the innovation capabilities of engineering students. Proceedings of the TMCE (Tools and Methods of Competitive Engineering) 2008 Conference. 2008.

[9] Birolini V, Rizzi C, Russo D.: Teaching students to structure engineering problems with CAI tools. International Journal of Engineering Education 29.2; 2013. p. 334-345.

[10] Russo D, Duci S.: Supporting decision making and requirements evaluation with knowledge search and problem solving. Procedia CIRP 39; 2016. p. 132-137.

 


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論文目次

論文

1. はじめに

2. イタリアのTRIZ 

3. 大学の活動

4.商工会議所の活動

5. おわりに

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最終更新日 : 2017. 2.14    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp