TRIZ論文(翻訳): TRIZ適用事例
乳剤の吸い取り -- 理想システムをめざして
Ian F. Mitchell (Ilford Imaging UK Ltd.,英国) 
TRIZCON2000: Altshuller Institute 第 2回TRIZ国際会議, 
2000年 4月30日〜 5月 2日, ナシュア, ニューハンプシャ, 米国, pp. 177-182.
訳: 中川  徹 ( 大阪学院大学) 2000年 5月12日
     [掲載(英文, 和文): 2000. 7.27]
[著者およびAltshuller Instituteの許可を得て, 本ホームページに, 英文論文および和訳を掲載。無断複製禁止。]
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編者まえがき (中川, 2000年 7月27日)

本論文は, 表記のように今年5月のTRIZ国際会議で発表された事例報告である。同国際会議の参加報告はすでに本ホームページに掲載した通りであり, 企業から技術的内容まで含んだTRIZ適用事例が報告されることが (企業機密のために) きわめて少なかった。その中で, 本報告は実地に適用した事例を率直で具体的に書いており, 貴重である。

この論文の事例研究としての価値は, 技術的にTRIZで見いだした内容が高度であるということではない。一つの企業でTRIZの導入を始めた著者たちのグループが, 自分たちの力で毎週の昼食時に学習を深め, 社内から持ち込まれた具体的な問題の解決に当たった様子を素直に記述している点にある。TechOptimizerのソフトを使って解析を進め, トリミングの一つの段階でグループの思考が急激に変わっていった様子とその結果を記述している。TRIZを学び始めた自分たちも, このようにやっていけばよいのだということを教えてくれる。TRIZエキスパートやTRIZコンサルタントに頼らないで着実に進んでいる事例として, 非常に励まされる事例である。

本件を掲載するに至った過程はつぎのようである。小生は(他セッションに参加したため)本件の口頭発表を聞き逃したが, パネル討論の際に小生が適用事例報告が少ないという問題提起をしたところ, 著者がこの発表をしたことをコメントした。小生は学会後にこの論文を読み, 早速その和訳と本ホームページへの掲載の許可を著者に申請した。著者からの返事で知ったのは, 学会当日に日経メカニカルの篠原さんと三菱総研の大久保さんから同様に日本での紹介・掲載の依頼があったとのことであった。そこで, 日本の三者が協力して, それぞれの立場で紹介していくことで調整を取り, 著者から5月10日に基本合意を得ることができた。その後, Ilford社の正式の承認を受けるのに時間を要し, 7月20日になって著者から図面および英文テキストが届いた。

本論文について, 英文での全文掲載, および和訳とその掲載を, 本TRIZホームページに対して許可されたつぎの関係者に深く感謝する。

       Mr. Ian F. Mitchell (Ilford Imaging UK Ltd., UK)  email: Ian.Mitchell@ilford.com
       英国Ilford Imaging 社     (Web site:  http://www.ilford.com/)
       The Altshuller Institute for TRIZ Studies    http://www.aitriz.org/

なお, 本論文は日本国内で以下のように紹介されており, 原稿の一部を相互に協力して利用している。

       日経メカニカル誌:   (a) 紹介記事 (2000年 6月号 30-31頁), (b) Web サイト:  TRIZ ON LINE
       三菱総合研究所:   (a) 紹介資料 (知識創造研究会 創造手法分科会 2000. 7.26), (b) Webサイト
        TRIZ Home Page in Japan:  (a) 英文原文, (b) 全文和訳
 


要約:

スライドビード・コーティングのプロセスにおいて, コーティングの外側の端に感光乳剤が厚く溜まる。まだ濡れているコーティングの端から余分の感光乳剤を除去するために作られた現行システムは, 分離槽, 真空ポンプ, 保持タンク, およびノズルからなっていた。このシステムの運転を続け, 除去プロセスで運ばれている感光乳剤が真空ポンプを詰まらせるのを防ぐためには, 継続的に保守することが必要であった。これらの問題を克服するために, つぎつぎと構成要素が追加された。その中には, 分離槽内のスプレイ, 真空ポンプの直前のフィルタがあり, そしてやがて第二の分離槽が追加された。このアプローチは, 保守に要するレベルを下げることができず, システムの性能を改良できなかった。

新しく購入したソフトウェアTechOptimizer Professional Editionと, その利用の訓練を受けたグループが, この「厚い端を除去する問題」を改善する方法を見つけ出すように依頼を受けた。TOPEを利用した結果, もとのシステムの12の構成要素がただの 2個に減少し, その価格は数ポンドで, ときどき洗浄するだけで済み, もとのシステムの資源を活用できた。また, 新システムの開発により, 追加的な利点も生まれた。
 

1.  写真用コーティング・プロセス

感光性材料をコーティングするための方法は多数あるが, その一つにスライドビード(滑り板) プロセスがある。このコーティング方法は長年のあいだ成功裡に使われており, コーティングすべき材料の幅全体に渡って, 必要とされる量の乳剤を正確に塗布することができる。

このプロセスでは, コーティングすべき基材のすぐ近くに非常に正確にカスケード/ホッパーを位置させる必要があり, それによって, 液が, 斜めになったスライドを滑り降り, コーティングのギャップを越えるようにする。 (図1 参照)
 
   .  図1.  コーティングプロセスの模式図
エッジガイド,  移動網, 厚い縁, 厚い縁の除去システム (縁の吸い取り), コーティングホッパー,  感光乳剤コーティング

コーティングの両外側には, エッジガイドのために, 乳剤の厚い縁ができる。このエッジガイドは, 基材上のコーティングの端の位置を正確に保つために必要である。この厚い縁はまた, ギャップを越えていく液のシートの安定性を保ち, シートのくびれを起こさないようにする。くびれが起こるとコーティングの端が不均一になり, 余分な不良品を作ってしまう。感光乳剤の厚い縁が基板につけば, それで役目を果たしたのである。つぎにはこの厚い縁を除去せねばならない。なぜなら, 乾燥プロセスの性質として, 乳剤の線状の厚い部分は, 乳剤シートの他の部分に比べてかなり長時間の乾燥を必要とするからである。
 

2.  縁の吸い取りシステムの歴史

乳剤の厚い縁を移動網の表面から除去するためのシステムが設計された。このシステムの初期の構成は, 真空ポンプ, 分離槽, 廃液タンク, 配管, およびノズルであった( 図2 参照) 。
 
 
   .  図2.  縁の吸い取りシステム
真空ポンプ, フィルタ,  分離槽, スプレイ, 再処理工場,  廃液タンク, ノズル,    水 ,   厚い縁, 移動網

この設計のバックにあるアイデアは, 基材から余分な厚い縁を吸い取ることであり, 吸い取ったものは周囲の空気と乳剤の混合物になる。混合物は配管を通って分離槽に引き込まれ, 混合物は液体と空気に分離するだろう。液体は廃液の上に落ち, 一方, 空気はルートに従って真空ポンプに導かれる。

配管は分離槽の接線方向に入り, 混合物の速度を減少させ, それによって分離するチャンスを増大させることを試みている。

始めて運転したとき,真空ポンプに乳剤が詰まり,相当大きなダメージを生じた。この問題を克服するために,フィルタを分離槽と真空ポンプの間に置いた。少し改良されたが,しばらくすると真空ポンプがまた詰まった。今度は,分離槽の天井にスプレイを追加し,分離槽から真空ポンプに液が運ばれるのを止めようと試みた。

この期間中に製品が変化しており, 基材から抽出すべき乳剤を温水で希釈して, ノズルと配管が詰まるのを防ぐことが必要になった。

分離にはなお問題が残っており, もう一つのスプレイ付き分離槽を全体構成の中に追加した。
 

3.  Ilford Imaging社へのTRIZとTechOptimizer の導入

Next Step Associates社のGraham Rawlinsonによる 2回のプレゼンテーション, ロンドンでのEllen Dombによるセミナーへの参加, および筆者からIlford経営陣への 2回のプレゼンテーションを経て, TechOptimizer Professional Edition (TOPE) のシングル・ライセンスを購入することが決定された。その後, 8 人の人達に 2日間のトレーニングコースの教育を行い, さらにそのグループに対して毎週の昼食時の会合を筆者が開き, 問題解決だけでなく, TRIZツールについて自分達の理解を深めるようにした。

このグループに対して, 本件の「乳剤吸い取りシステム」を見て, それが改良できないかを考えてほしいという依頼があった。

以下に述べるのは, このグループがそのシステムをどのように分析したか, TOPEを用いて問題をどう解決したか, そして, その過程において, グループの思考とアイデアにどのようにラジカルな変化があったか, である。

目的はなにであったか:

(1) システムの性能の改良:
      乳剤の分離がどちらの分離槽でもうまくできていない。

(2) 保守工数の減少:
      システムは故障のために, 規則的に分解して, 部品の取り替えを行う必要があった。

(3) 真空ポンプとフィルタが詰まるのを防ぐ:
      二つの分離槽で保護していても, 真空ポンプとフィルタはやはり詰まった。

(4) 構成部品をシステムに追加することを止める。
      従来のすべての努力が問題をより複雑にしたにすぎなかったことは明らかであった。至るところで妥協が行われてきた。
 
 

4.  TOPEによる問題解決の過程

TOPEソフトウェアを使うときに, 最初にするべきことは, 目的と既存システムの限界を記入し, ついで, システムの機能モデルを作ることである。

初期の機能モデルを図3 に示す。
 
 
   .  図3.  吸い取りシステムの機能モデル図 (TOPE上)

この記述により, 問題における制約条件を知り, 理想システムについての考えを議論できる。

すべての構成要素を機能モデルに記載し, さまざまの要素間をリンクして, 有用・有害・不十分機能を記述した。

これからすぐに, 既存システム中に一連の矛盾があるのを見つけることができる。

配管は混合物を運ぶという有用効果を持つが, その搬送中に混合物を固まらせるという有害効果を持つ。

ノズルの水は, コーティング液を希釈するという有用効果を持つが, コーティング液を固まらせるという有害効果を持つ。[この文の後半部分の意味不明]

空気には, コーティング液を搬送するのを助ける有用効果があるが, 一方, 液と混合して, 既存システムで分離しなければならないという有害効果を持つ。

また, 分離槽と混合物自身の間には不十分効果があり, フィルタは真空ポンプに対して不十分な効果を持つ。

最後に, 分離槽の天井のスプレイは有害効果を持つという問題がある。

5.  初期のアイデア群

ここから, システムをどうすればよいだろうかという初期のアイデアを討論した。

(1) 分離槽内の乳剤の分離を改善し, 乳剤がフィルタを通過して真空ポンプ内に入るのを防ぐ。

(2) 混合物が配管を詰まらせるのを止める方法をみつける必要がある。

この時点では, グループ内で, 状況を適切に分析しないまま問題を解決しようとする議論がまだ多かった。

構成要素間のすべてのリンクに, システム内でのその重要性を示す値をつけた。

この作業は, グループとそのシステムを知っている「専門家」との合意で行われた。
 

6.  トリミングの開始

トリミングプロセスのためのリストの最初に [TechOptimizer が] 上げた構成要素は, 水のスプレイであった。それはプロダクトに近接しており, 有害効果をもっていたからである。それは乳剤が真空ポンプに運ばれるのを止めることができなかった。 
          
スプレイをシステムから除去しても, 前とあまり変わらないように見えたが, いくらかのエネルギーコストを節約できたであろう。システムの性能を改良する問題はまだなお答えられていないから, われわれはトリミングのプロセスを継続した。議論はやはりまだ, 乳剤をそのキャリア (水と空気の混合物) から分離する方法の周りに集中していた。

リスト上のつぎの構成要素は分離槽であった。この時点で, 分離槽なしで乳剤を分離するシステムがいかにして存在しうるかという問題になった。いまやわれわれの思考の方向にはラジカルな変化が起きた。もし分離槽を除去できるのだとしたら, そもそもなぜ混合物を分離しようと試みるのだろうか? この現在の形では, われわれがやってきたすべてしごとの対象物がスクラップになる。最小限の仕事量で, いま在る所から材料を得て必要とされる所に運ぶ, 何らかの方法があるに違いない。

われわれはここで止まらず, トリミングプロセスを継続し, システムそのものを, 現在の構成要素の数よりもずっと少数に減少させる方法がないかと探した。

この段階で議論したアイデアの中には,液体リングポンプがある。これは, 空気と乳剤と水の混合物を扱うことができるが, そのシステムの運用には, 相対的に高いレベルのエネルギーを消費するであろう。さらに調べると, 現在使っているよりもかなり多くの水を必要とするだろうことが分かった。また, 理想システムからはほど遠いという感じがあった。

われわれはいまや真空ポンプとフィルタをも完全に除去し, ノズルと, ノズルの水と, 配管だけを残すという段階になった。

システムは, 11個の構成要素を持ったもともとの出発点から, 随分と縮小された。残されたものは, 乳剤が通るべきノズル, ノズルから再処理プラントへの配管, 乳剤がノズルを詰まらせるのを防ぐための水, 乳剤自身, そして周りの環境としての空気,であった。図4 が, トリミングをしたモデルを示す。
 
   .  図4.  トリミングをした吸い取りシステムの機能モデル図 (TOPE上)

 

7.  理想システムを目指して

探す必要があったのは, 乳剤を網から除き, それを, 水と既存のノズルだけを使って再処理場所まで送るための方法であった。

トリミングでずっと削減したシステムとなったいまでも, 一番最初に提起された問題の中ののいくつかが, まだ答えられずに残っていた。

(1) 配管の中で「固まる」のをどのように克服するか,

(2) 乳剤を移動網からどのようにして取り離し, 配管中に取り込むのか (現有の資源だけを使って)


76の標準解決策に関するPredictionモジュールを使うことにより, つぎのようなコンセプトが得られた。

乳剤, 空気, 水の混合物を, 新しい物質で囲む

テフロンコーティングをした配管

混合物が配管の管壁に触らないように, 混合物の周りに水を同心円的に注入する。

基材から除去する所で, 乳剤に修正物質を導入する (すなわち, 濡らすもの)

探索して見つかったものの中で, 「リズム調整」は選択しなかった。エネルギーの増大は固まるのを増長しそうであった。この策は考慮し難かった。

物理的効果のデータベースに進んだいまとなって, 一つの方法を見つけることが求められていた。それは, 水とノズルという現有の資源を使って, 移動網の表面から乳剤を持ち上げることができるものであった。

これは, ベルヌーイ効果を使った「ベンチュリ・ノズル (Venturi nozzle) 」の形でやってきた。これは, 水とノズルだけを使って基材から乳剤を除去するとういう要求に, 完全に適合した。

少し探して, このシステムの要求にマッチしたノズルを供給できる業者を見つけた。

それ以来, このノズルは十分にテストされ, 非常に効果的なことが証明されてきた。

配管が詰まる問題は, ベンチュリノズルからの水を使って乳剤を以前よりも多量の水で希釈することにより, 解決した。

付加的に得られた利点は, 混合物が再処理プラントに届いたときに, それ以上希釈する必要がないことであった。ベンチュリノズルで使う水が, 混合物をさらに希釈することを必要としないまでに希釈しているのである。

図5 に新しく作ったシステムの模式図を示す。
 
 
   .  図5.  新システムの模式図
配管, 再処理プラント, ベンチュリ管, 水, 水, 厚い縁, 移動網

 

8.  結論

TOPEを使うことにより, システムは, 12の構成要素からただの 2個の構成要素になった。ベンチュリノズルと配管だけである。

メンテナンスは実際上なくなった。

分析の過程において, グループの思考の方向にラジカルな変化が起きた。

移動する基材の縁から乳剤が除去され, 製品にいかなる劣化も起こしていない。

乳剤が再処理エリアまで届くと, それをさらに希釈する必要はない。ベンチュリ管の水がすでにそれをやっているからである。

装置の費用はわずか90ポンドであった。
 

参考文献:

TechOptimizer Professional Edition V3.0  トレーニング・マニュアル

"The Innovation Algorithm" , G. Altshuller

"Tools of Classical TRIZ", Boris Zlotin and Alla Zusman

"TRIZ: The right solution at the right time", Yuri Salamatov
 
 
 
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最終更新日 : 2000. 7.27    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp