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研究活動

第1回スレイマニヤ調査                実施:2013年3月13日〜3月21日



2013年3月13日〜21日にかけてイラクの北東部、イランとの国境に近い町スレイマニヤにあるスレイマニヤ博物館で粘土板の調査を行った。ここは、イラクの大半を占めるアラブ人とは異なった民族であるクルド人が居住するクルド自治区に位置する町である。 今回は、トルコのイスタンブールを経由してスレイマニヤ入りした。イスタンブールでの乗り継ぎ時間が長く、自宅を出てからスレイマニヤのホテルに辿り着くまでおよそ30時間の長旅であった。安全上の理由からイラクには学生を連れていくことができず、調査で使用する携帯型蛍光X線装置とその測定台を一人で持っていかなければならないことから大変な旅であった。それに加え、イスタンブールでスレイマニヤ行きの飛行機に搭乗する際、私の
ビザがイラク政府発行のもので、クルド自治区発行のものでないことから、搭乗口で待たされ、搭乗できるかどうか瀬戸際に立たされてしまった。しかしながら、オーストリアから調査に参加した渡辺千香子先生が二人の名前が記載されたスレイマニヤ考古庁発行の招待状を持っていたことから、最後になったが無事搭乗することができた。イスタンブールからスレイマニヤへの飛行は往路・復路ともに深夜である。スレイマニヤは砂漠の中にある町である。飛行機がスレイマニヤに到着する直前、空からオレンジ色に輝くスレイマニヤの町が眼に飛び込んできた。まさかと思った瞬間であった。イラクの町が夜間これほどまでに明るく輝いているとは全く想像していなかった。しかし、それと同時にクルド自治区には石油が出ることを私の所属する学科の教員から聞いていたので、さすが石油の出る国は違うなとも思った。これがスレイマニヤに対する私の印象の変化の始まりであった。
 スレイマニヤの町は今現在急速に変化している最中である。古い街並みも残っているが、むしろ近代的な建物が多く建てられ、建設途中の高層ビルも見られる。道路もよく整備され、走る車もきれいなものばかりである。ホテルの近くには大きな公園や遊園地があり、多くの家族連れが幸せそうに過ごしているのを見るにつけ、少なくともスレイマニヤは幸せな町であるという印象を持つに至った。立派なスーパーマーケットがホテルの近くにあり、生活には何不自由ない様子である。そして最大の関心事であった食べ物も、私たちが経験した範囲内では、癖もなく、おいしいものばかりであった。何と言っても安くておいしいパンには驚かされた。
 さて、調査であるが、今回の目的はスレイマニア博物館で粘土板の分析を行うとともに、スレイマニヤ近傍の河川において土の調査を行うことであった。粘土板の調査では、ファルーク教授の下で分析を行った。過去3回にわたって米国のエール大学で粘土板の調査を行っていたこともあり、粘土板の調査から新たに得られた情報は僅かであった。本当のところメソポタミア北部地域から出土した粘土板を対象として分析を行いたかったのであるが、残念ながら、
そのような粘土板はスレイマニヤ博物館にはなく、系統的な分析ができたのは、ウンマに近いガルシャナと言う町の粘土板のみであった。また、エール大学の粘土板にはマンガン酸化バクテリアに由来すると考えられる黒色のシミが多く見られたが、スレイマニヤ博物館の粘土板にも同様な黒いシミが見られた。それらに対して蛍光X線分析装置による分析を行った結果、改めてこれらの黒色部にはマンガンが濃集していることを確認した。幾つかの試料に対してはファルーク教授のご厚意によりサンプルを頂くことができたので、これがマンガン酸化バクテリアによるものかどうか今後明らかにしていく予定である。
 何と言っても今回の調査の目玉は、河川の土の調査である。今回は、スレイマニヤの南部を流れるタンジェロ河および北部を流れるザブ河の計5箇所において土の調査を行った。いずれもチグリス河の上流にあたる河川である現地において蛍光X線分析装置による化学組成分析および帯磁率計による帯磁率測定を行うとともに、土の採集を行った。現地での調査結果から、これらの河川と同様な組成を持つ土は、メソポタミア下流部から出土した粘土板には使用されていないことが判明した。また、上流部にあるだろうと推定していた土の組成とも異なっており、土の起源に関する謎は深まるばかりである。ただ、これらの結果から一つの期待としてユーフラテス河の土がチグリス川とは少なからず異なっていることが推測される。今私たちはユーフラテス河で調査を行うことはできないが、この秋、イギリスの大英博物館でメソポタミア上流部から出土した粘土板に対する調査を予定しており、粘土板の土の起源に関する謎が明らかにされることが期待される。

                                        (内田悦生)

 

上:スレイマニヤ博物館における粘土板調査

下左:小ザブ河にて珪藻のサンプリング

下右:エルビル考古局長ザイナディン氏(中央)を囲む内田(右)と渡辺(左)


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