HOME 研究代表者ご挨拶 研究概要 プロジェクトメンバー 研究活動 お問い合わせ ニュースレター

研究活動

第一回シカゴ大学調査            期間:2014年11月3日〜7日


11月初旬のシカゴに到着すると、とてつもなく寒い。空港に出迎えに来られたマーク・アルタウィールさんのお母様の話では、前日は吹雪だったからそれに比べればまだましだとのこと。シカゴの天気は一日ごと極端に変わるので、1週間の滞在のうちには暖かくなるだろうという。
シカゴ大学オリエント学研究所は、メソポタミア研究者にとって、ちょうどイスラム教徒のメッカのような存在である。「メソポタミア塩害滅亡説」でよく引用される論文の著者アダムスとジェイコブセンはじめ、20世紀初頭からこの研究所が行なったアダブやディヤラなど主要なイラクの遺跡の考古調査、そして1956年から2011年まで刊行が継続された全21巻のアッカド語辞典(Chicago Assyrian Dictionary)等、この研究所を舞台に展開した壮大なプロジェクトは枚挙にいとまがない。今回の調査を一緒に行なったマークさんも、シカゴ育ちでシカゴ大学考古学部出身という、根っからのシカゴっ子だ。7年前、はじめてマークさんに共同研究を依頼しに行った当時、マークさんはシカゴ大学とアルゴン国立研究所の研究員だった。調査は11月第一週の月曜日から金曜日までの予定である。研究所付属の博物館に到着すると、はじめに収蔵庫のある地下で事務的手続きを行ない、諸々の書類に署名する。ちなみに博物館の学芸員を務めるヘレン・マクドナルドさんは、長年、私が師事したオーツ先生の助手を務めておられたため、25年来の友人である。ヘレンさんが現在の職に就く前は、ケンブリッジを訪問するたび手料理でもてなしてもらい、久しぶりにシカゴで再会できたことは何より嬉しかった。
今回の調査は携帯型蛍光X線分析装置を持ち込んで分析を行なうため、博物館の地下ではなく2階にある収蔵品保存用のラボ内で調査することになった。貴重な収蔵品の修復が行なわれている場所だけに、ラボへの出入りはセキュリティが厳しく、また顔料が剥がれかけている古代エジプトの棺の脇を通る時はできるだけそっと静かに通り過ぎてほしいと要望される。 マークさんが蛍光X線分析装置を使って行なう調査も、スレイマニヤに続いて今回が二度目となり、かなり手慣れた様子である。毎朝入念なキャリブレーション(較正)を行なった後で粘土板の分析を始め、一日の調査の最後にも再びキャリブレーションを行なうのがUCL式なのだそうだ。調査を行ないながら、翌年2月に予定しているロンドンでの二国間共同研究について協議する。マークさんはちょうど同じ頃にイラク調査に出る必要があるため、日程調整が難航する。本来は私たちも一緒にイラクに行く予定であったが、この年の6月に突然IS(「イスラム国」)がモスルを掌握し、クルド自治区内も状況が切迫していると伝えられたため、渡航の是非を検討していたところだった。
粘土板の調査は順調に進み、サンプル採取の対象となる粘土板も選定した。最終日には、マークさんの指導教授であったマックガイアー・ギブソン先生の依頼で、私たちの研究について講演を行なった。その後、慌ただしくラボに戻って、計13枚の粘土板からサンプル採取を行なう。シカゴ大学収蔵の遺物はどれも正規の発掘調査で出土したものなので、出所がきちんと記録されており、貴重なデータが期待できる。また今回の調査申請はマークさんが行ない、いろいろな種類の粘土板を混ぜた構成になっている。ヘレンさんに他の収蔵品における非焼成土製品の有無について尋ねると、ブッラ(封泥)には非焼成のものが多く含まれる可能性があるとのこと。少なくとも収蔵品リストにはそう書かれている。
これは科博の辻彰洋先生の生物指標調査にいいかもしれない、とマークさんと話し合う。ヘレンさんからブッラの一覧データをもらい、次の申請書は私が作成することを約束して、晩秋のシカゴを後にした。