Date: Mon, 08 Jan 2001 05:08:16 +0900 From: IKEDA Nobuo To: itme-auction@e.u-tokyo.ac.jp Subject: 無線周波数の有効利用と市場メカニズム Reply-To: itme-auction@e.u-tokyo.ac.jp NTTの委託研究用に書いたドラフトです(図・表は省略)。 未来開拓用には、みなさんのコメントを参考にして、もっとアカデミックに(?) 書き直す予定ですが、とりあえず第1提言の参考になればと思って、ラフなまま で添付します。テキストなので、30KBしかありません。 -- Ikeda, Nobuo GLOCOM, International University of Japan. http://www.glocom.ac.jp World Wide Vision Initiative. http://www.wwvi.org無線周波数の有効利用と市場メカニズム 池田信夫 はじめに  今年5月から第3世代(3G)携帯電話のサービスが始まり、技術開発の世界ではすでに4Gが話題になっている。しかし世界的に見ても、4Gがどうなるのかという問題は、技術的にはっきりしないばかりでなく、制度的にも大きな問題を抱えている。それは、世界共通に使える周波数がほとんど空いていないということである。日本では、アナログの携帯電話に800MHz帯が割り当てられた後、1.5GHz帯にデジタル携帯電話が、3Gに1.9GHz帯が割り当てられたが、この後の割り当ては決まっていない。いま新しい用途に割り当てられている周波数は数十GHzの光に近い帯域になり、雨で切れるなど、公衆無線には適していない。  では現在の電波が限度いっぱいまで有効に使われているのかといえば、きわめて疑わしい。後述するように、電波が小出しに割り当てられてきたきた結果、利用者の少ない特殊な用途の無線によって帯域が細分化されており、非常に無駄が多い。特に、今後スペクトラム拡散によって信号を広い帯域に拡散して使う場合、たとえばCDMAでは1.25MHzが単位になるから、この整数倍以上の周波数は無駄になってしまう。  しかも、こうした周波数の割り当ては、法的には期限付きの免許だが、実際には免許は自動的に更新されるので、事実上の「所有権」となりつつある。昨年の電波法改正で、こうした権利を売買することが法的にも公認された(事実上はこれまでも行われていた)が、このように金銭の請求権を追認することは今後の電波の移動をいっそうむずかしくするおそれがある。  周波数が何者によってどれだけ使われているのかという情報も公開されておらず、公表されている資料では空いているように見えるが、実は防衛用に使われていたり、逆に埋まっているように見えるが実は業者を移動させれば空きがあったり、というように総務省の担当者にしかわからない不透明な部分が多い。このように政府が情報を独占しているため、電波に関連する業者には少しでも政府の意向に逆らうとで報復を受けるという恐怖が強く、新聞・テレビも受益者であるため、電波の問題はタブーとなっている。この現状を放置すると、電波の不足のために日本が世界をリードするモバイル産業が行き詰まってしまうおそれが強い。本章では、昨年、欧州で行われて大きな波紋を呼んだ周波数オークションを中心にして、電波を有効利用するための改革の方向を考える。 1.米国の周波数オークション (1)PCSオークション  国有財産をオークション(競争入札)にかけることは珍しくないし、政府調達は一般競争入札で行うことが原則である。しかし、無線周波数をオークションにかけるという発想は、1959年、ロナルド・コース(*1)によって初めて提唱されたものである。それまでは電波は公共財であって売買にははじまないものと考えられ、1934年通信法でも電波の所有権は否定されていたため、比較審査(申請書の美しさで審査されるので「美人投票」とも呼ばれる)によって免許が割り当てられていた。しかし実際には、免許を売買する市場が成立し、事実上の所有権が設定されていた。コースの提案は、こうした実態に沿って制度を手直しし、電波を「国有財産」としてオークションにかけるべきだというものだ。  彼の提案は、経済学者には支持されたが、政治的には無視され、その後ほとんど忘れられていた。しかし1970年代になって、FMラジオや携帯電話の免許の申請が増え、美人投票で審査を行っていると、膨大な書類を処理するのに平均4年もかかるようになったため、1981年に通信法が改正され、くじ引きで免許を割り当てる方法が採用された。ところが、これによって事実上だれでも免許が取得できるようになったため、一つの免許に数万の申請が寄せられ、ほぼ無料で取得した免許が数億ドルで転売されるという自体が発生し、社会的な批判を浴びた。また、この免許が転売によって実際に事業を行う能力を持つ業者に集められて営業が行われるまで10年を要するというケースもあった。このため、1993年に電波法が改正され、政府が周波数オークションによって免許を交付する制度ができたのである。  このように米国のオークションは、他に選択の余地のない状況で採用されたものであり、経済学者の主張するような資源配分の効率性というような観点から行われたわけではないが、1994年から数次にわたって行われたPCSオークションの結果は、予想以上の大きな成功を収めた。これに使われたのは、パシフィック・ベルの委託によってスタンフォード大学のミルグロムとウィルソンがゲーム理論を応用して設計した「同時多段階オークション」を行うソフトウェアである。全米をネットワークで結び、数百の業者が参加して行われた電子オークションは、77億ドルの収入を連邦政府にもたらすとともに、新しい通信業者の参入によって米国の携帯電話業界に競争を導入し、この分野で米国が世界に先駆ける要因となった(*1)。  結局、1996年までに行われた9次にわたる周波数オークションで、米国政府は合計200億ドルにものぼる国庫収入を得て、財政的には大きな成果となった。これは、本来これぐらい大きな価値のあった「国有財産」が従来は無償で贈与されていたことを意味し、資源配分の効率性の点でも満足すべき結果だったというのが大方の評価である(*2)。  ただ、制度設計の詳細については、いくつかの問題も残した。特に、議会の要請でFCCが少数民族や中小企業などのために特別枠でオークションを行った「Cブロック」は、少数民族の名を借りて応札する大手業者が出たり、落札したものの免許料の支払いによって破産する企業が続出したりして、社会問題となった。結果的に、この免許がさらに再オークションにかけられるなど、Cブロックの事後処理は数年を要し、FCCは批判を浴びた。しかし、これはオークション自体の問題というよりも、恣意的な特別枠を設けることによる弊害を示しているというべきだろう。 (2)ディジタル放送と3G  次いで問題となったのは、UHF帯の放送用の電波のオークションである。これは放送のディジタル化のために現在のVHF帯から移行するものであり、FCCはこれもオークションで配分する予定だった。ところが、1996年の大統領選挙で共和党のドール候補がこの問題を争点にしたことから、危機感を強めた放送業界が議会にロビイングを行い、97年、HDTV放送を行うことを条件に電波の無償割り当てを決めてしまった。PCSオークションの価格で評価すると700億ドルにもぼるこの「史上最大の贈り物」は強い批判を浴び、FCCのハント委員長も「最善の選択ではない」と認めたが、議会の強い支持を受けて強行された(*3)。このときの理由は「電波は公共財であり、売買にはなじまない」というものであり、これに辻褄を合わせるため、放送は視聴料を取らない「無料放送」に限られることになった。  ディジタル放送は1998年秋から始まったが、規格の統一に失敗して16種類もの規格が乱立したこと、大部分の番組がアナログ放送の使い回しだったことなどが原因となって、視聴者は伸びなかった。2000年末の段階で、ディジタルの電波を出している放送局は、全米1500局の約1割、HDTVの放送時間は週に数時間という状態である。受像機も売れず、ディジタルの映像を受信できるアダプターを含めても20万台余り、そのうちHDTVは5万台という惨憺たる状態である。これに対して、市民運動家のラルフ・ネーダーは「約束どおり放送しないなら、電波を返却すべきだ」という訴訟を起こしており、NAB(全米放送連盟)も返却の可能性を否定していない。  また米国はITUで第3世代携帯電話に割り当てることが決まっていた1.9GHz帯をPCSに割り当ててしまったため、3G用の帯域として、UHFの放送局がディジタルに移行した「跡地」の700MHz帯を使うことになった。ところが、上述のような失敗によってディジタル化が絶望的になったため、テレビ局が立ち退く見通しが立たなくなり、2000年6月に予定されていた周波数オークションは再三にわたって延期され、2002年3月までに周波数の再配置計画を立てた上でやり直すことになった。しかし、日本が今年から3Gのサービスを開始し、欧州も早ければ今年中に追随するという状況で、米国の3Gへの移行は早くても2006年といわれ、モバイルの分野での米国の立ち遅れが決定的になるとの懸念が強まっている。 2.欧州における3G免許  欧州では、1997年から始まったWTOによる電気通信の相互開放や98年の域内自由化によって、従来の国営キャリアを中心としてきた規制の枠組が崩れ、電気通信の分野でも国境を超えた競争が始まった。他方、3Gでは欧州規格のW-CDMAが事実上の国際標準となったこともあり、域内を一つの市場として競争を促進するためにも、オークションによって外国業者の新規参入を認めようという動きが出てきた。ただ、結果的には表2のようにオークションを行う国と美人投票の国とに二分され、その結果も国によって大きなばらつきができた。主要国の状況を概観してみよう(表1): (表1) (1)英国  先頭を切って2000年3月に始まった英国のオークションでは、5つの免許に13社が応札し、約7週間、150回にわたるオークションの結果、総額225億ポンド(340億ドル)という空前の高値がついた。これは事前に予想されていた60〜70億ポンドの3倍以上の価格で、落札した企業の株価がのきなみ暴落するという事態を招いた。落札したのは、次の5グループである(右側は資本関係のある事業者): TIW - Hutchison Vodafone BT (3G) One2One PC Orange 3G - Mannesmann  英国のオークションが行われた時期は、ちょうどハイテク株の株価が史上最高値を記録した時期に当たっており、この落札価格は多分に「バブル」の性格が強い。特に膨大な債務を抱えたBTは、財務格づけが3段階も落とされてジャンク債並みとなり、株価はほぼ半値となった。同社は組織の分割を行うなどリストラに努めているが、経営危機は深刻で、ボンフィールド会長の退陣は時間の問題と見られている。他方、ボーダフォンは、買収したマンネスマンの持っていたオレンジの免許を売却した代金を免許料にあてたため、負債はBTほど大きくならず、株価も堅調である。 (2)オランダ  オランダでは、7月にオークションが行われた。5つの免許に8社が応札したが、オークションの開始前に2社が撤退し、6社でオークションが行われた結果、NTTドコモの出資したKPNを含む5社が総額24億ドルで落札した。これはオランダ政府が予想した額の1/3以下で、後述のように反競争的な行動の疑いが残る。 Liberty - Vodafone KPN Mobile Netherland - NTT DoCoMo Dutchtone Multimedia - France Telecom Telfort Holding - BT 3G Blue - DT (3)ドイツ  同じく7月に行われたドイツのオークションは、12の免許のうち2つ以上を取得した業者に免許を与えるという変則的な方式だった。7社が参加し、2週間、173ラウンドのオークションの結果、次の6社が2つずつ免許を落札し、総額は英国を上回る988億マルク(460億ドル)となった。 E-Plus - Hutchison Group 3G - Telefonica Mannesmann - Vodafone MobilCom - France Telecom T-Mobile - DT Viag Interkom - BT  しかしオークションの終了直後、ハチソンはEプラス・コンソーシャムから脱退すると表明した。その理由は、落札価格が高すぎ、帯域が足りないというものであった。結果的には、6社が2つずつ免許をわけあったのだから、この高値は異常である。その原因は、ドイツ・テレコムが3つめの免許を取得しようとして値をせり上げたためである。最終的には、DT自身があまりの高値に3つめの免許をあきらめたのだが、この決断が5日前にデビテル(スイス)が撤退した時(そこで実質的にオークションは終了していた)に行われていれば、落札価格は総額で140億ドル安くなったはずだという。 (4)イタリア  10月に行われたイタリアのオークションは、最初に美人投票で候補を絞り込んでからオークションを行うという「ハイブリッド方式」で10月に実施された。5つの免許に8社が応募したが、1社は事前審査ではねられた。オークションの開始後、わずか2日でブルー(BTが出資)がBTの資金難などから撤退したため、政府の予想の半分以下の120億ドルで落札された。これにも国際的な談合の疑いがあり、イタリア政府はEU委員会に対して調査するよう申し入れた。 Omnitel - Vodafone/Verizon IPSE 2000 Wind - France Telecom Andala - Hutchison Telecom Italia Mobile (5)オーストリア・スイス  オーストリアのオークションは11月に行われ、2日で終わった。応札した6社がすべて免許を取得し、落札額は6億ドルだった。オーストリア政府は、「談合の兆候が見られたらオークションを中止する」と表明し、オークションは2度にわたって中断された。 Telefonica Hutchison Mobilcom Austria Tele.ring - Vodafone Max.mobil - DT Connect Austria - Tele Denmark  スイスでも11月にオークションが行われたが、直前になって応札した5社のうち2社が合併し、4つの免許に応札者が4社しかない異例の事態となった。結果的には、落札総額は1億ドル余りにとどまった。これは政府の予想の1割以下だった。 Orange - France Telecom Swisscom dSpeed - Tele Denmark Telefonica (6)スペイン  スペインは、2000年3月に美人投票で3つの免許を交付した。免許料は、総額で4億7000万ドルであった。これによって免許料の負担をまぬがれたテレフォニカは欧州全域で免許を取得し、「スペイン政府がテレフォニカの対外投資に対して事実上の補助金を出している」との批判を浴びた。 Telefonica Amena - Telecom Italia Airtel - Vodafone/BT (7)フランス  英国のオークションが強い批判を受けたため、フランスは美人投票で免許を交付することになり、現在審査中である。しかし、その免許料は英国の落札価格に準じて決められたため、1300億フラン(188億ドル)ときわめて高額である。審査は、サービスの提供される範囲と普及速度、ビジネスの信頼性などの14の基準をもとにして行われる。4つの免許のうち、3つはフランス・テレコムなど国内の既存業者に交付されると見られている。残りの1つについては、ドイツ・テレコムが撤退を表明したため、スペインのテレフォニカ系のコンソーシャムが有力視されている。 (8)スウェーデン  スウェーデンも美人投票で免許を交付することを決めたが、12月に発表されたその結果は世界を驚かせた。政府が株式の70%を持つスウェーデン最大の通信会社、テリアが落選したのである。この理由として政府は、テリアの3Gについての設備投資計画が他の社に比べて規模が小さいことなどをあげたが、政府の意向を最もよく知りうる立場にあるテリアが基準を満たせなかったのは奇妙であり、この背景には政府とテリア経営陣との不和が影響しているとの見方もある。テリアは「当社の計画を誤って解釈したものだ」として免許交付手続きの差し止めを求める訴訟を起こしたが、決定をくつがえすことはむずかしいと見られている。 Tele2 - NetCom Europolitan - Vodafone Orange Sweden - France Telecom Hi3G - Hutchison 3.オークションの評価 (1)料金への転嫁  総額1500億ドルにのぼる欧州の3Gオークションは、賛否両論の大きな論議を呼んだ。オークションの後、英国のメディアは「利用者ひとり1000ドルにのぼるコストが料金に転嫁され、消費者につけが回る」というアナリストたちの批判を紹介し、エリクソンのヘルストロム会長は、「料金の高騰によって欧州の3Gの普及は遅れるだろう」とコメントした。しかし、こういう議論が誤っていることは、経済学の初歩的な理論で説明できる。  図1のように、料金を下げると利用者が増え、それにともなって増える限界収入(MR)が図の右下がりの直線のようになると考えよう。これに対して、利用者がひとり増えた場合の限界費用(MC)は一定とすると、利潤が最大化されるのは、MR=MCとなるような生産量に対する需要曲線(点線)との交点で決まる料金p*をとったときである。このMCは、端末を1台増やした場合に発生する追加的な費用であり、設備投資(固定費用)の大きさとは無関係であり、免許の費用も価格決定の方程式には入ってこない。もしも免許の費用を回収するため、料金をp*からp1に上げたとすると、図から明らかなように、粗利益に相当する生産者余剰(限界収入と限界費用の差)はむしろ減ってしまうのである。 (図1)  これは、経済学でよく知られているサンク・コスト(埋没費用)のパラドックスの一例である。サンク・コストとは、事業の初期に発生して、その後の運用によって回収することもできなければ増えることもないコストのことであり、免許費用は明らかにこれに当たる。これは減価償却費として各期ごとに計上され、原価に上乗せされるので、心理的には変動費のように見えるが、それは会計上の問題にすぎない。  たとえば図1のMCにひとり当たりの免許費用を加算した平均費用曲線ACを描くと、免許費用はこの平均費用曲線を上下に移動させるだけで、(MRとMCで決まる)料金には影響しない。ACはp*の下を通るかもしれないし、上を通るかもしれない。下になった場合にはp*との差が利益になるが、過大な免許費用で固定費がかさむと平均費用が恒常的にp*を上回り、いくら規模を拡大しても利益が出ない。つまり免許費用のつけは消費者に回るのではなく、企業の経営者に回るのである。  これが実際に起こったことである。図2のように、英独で免許を取得した業者の株価は大幅に下落し、BTやDTについては、企業としての存続も危ぶまれている。MITのネグロポンテは、この高コストのために3GはGPRSなどの2.5Gに対する競争力を失い、「日の目を見ないだろう」と予測している。これは不動産バブルの絶頂で土地を買った企業が倒産するのと同じことで、自己責任の問題である。 (図2)  実際にも、米国で周波数オークションが行われたあと、料金は顕著に下がっている。これは技術革新の効果もあるが、同じ条件で比べても、たとえば無料で周波数を得たAT&Tワイヤレス(旧マッコウ・セルラー)と他の業者の料金は変わらない。技術的条件(限界費用)が同じであれば、最適な料金は一意的に決まるので、それより高い料金をつける理由はないのである。最適な水準よりも高い料金をつけたら利用者が減り、競争によって淘汰されるだけだ。  唯一の問題は、このように固定費用の回収に苦しむ業者が談合によって価格を引き上げる可能性だが、これはオークションによって異質な業者の参入を促進することで防げる。米国で料金が下がった最大の理由は、これだといわれている。実際には、ネグロポンテも指摘するように、3Gのサービスは2.5Gとあまり変わらないため、固定費がほとんど回収されたGSMと競争することになり、きわめて競争的な料金政策をとらざるをえないだろう。もしも「完全競争」に近い状態が実現すれば、料金は業者の行動にかかわらず一定となり、コストを転嫁することは不可能になる。おそらく、これが現実に最も近いシナリオだと思われる。  したがって、消費者は免許料がいくらになろうと心配する必要はないが、問題は通信業界にとってこのような事態が望ましいのかどうかということである。コロンビア大学のノームは、「この免許料は通信業界への過大な課税であり、通信設備への過少投資を招くだろう」と批判しているが、図2に見られるように、彼の批判は早くも現実になっている。この影響については、オークションの設計者であるオックスフォード大学のクレンペラーや行政当局も認めているが、これはオークションの制度設計の問題である。たとえば免許料を特別会計にし、その収入を一律に消費者に還元するなどの方法をとれば、結果的には採算点となる価格が上がり、業者の経営は楽になるだろう。 (2)制度設計の効率性  他方、各国政府や経済学者は、今回の3Gオークションの結果を「全体としては成功」(英電波庁・EU委員会)と見ている。クレンペラーの評価によれば、英国の成績が最高(この評価は当然だが)で、ドイツの設計は間違っていたが、結果的にはうまく行った(*4)。政府の側から見ると、過大評価されることは大した問題ではなく、反競争的な行動によって落札価格が不当に低くなることだから、この基準で見ると、両国の結果が最もよかったということになるわけである。  オークションの設計については、経済学で古くから議論が行われており、価格を競争で上げてゆく「競売」がよいのか、封筒に落札価格を書いて行う「入札」がよいのかは、さまざまな条件に依存する。理論的には、応札者が完全に合理的で談合がなければ、制度設計にかかわらず最善の結果を導くことができるという「収益等価定理」が知られているが、実際には英独で起こったような「勝者の呪い」(winner's curse)と呼ばれる過大評価や談合や参入阻止などによる過小評価が起こるのが通例だからである(*5)。  一般的には、応札者の評価額を正確に反映するという点では競売が望ましいが、これは既存業者が結託して高い価格をつけて新規参入業者を排除する「略奪価格」や勝者の呪いなどの過度に攻撃的な行動が起こりやすい。他方、入札は談合などによって過小評価を引き起こすことが多い。理論的には、入札によって一番札を取った者が二番札の価格で落札する「セカンド・プライス・オークション」が最も正確に評価を反映することが知られているが、3Gのような複数の免許を同時に入札する場合には、この方法は取れない。  英国では、4社の既存業者に対して5つの免許が交付されることになったので、参入阻止は不可能だから、競売によってオークションが行われた結果、前述のような勝者の呪いが生じた。BTなど落札した業者は、「免許の価値には大きな不確実性があり、応札者がすべて合理的に行動するとは限らないから、他社が不合理に行動すると当社も追随せざるをえない。こうしたリスクを業者にすべて負わせる競売は不合理だ」と批判しているが、電波庁は「不合理な行動を前提にして制度設計をすることはありえない」と突き放している。  オランダは、英国とほぼ同じ方式で競売を行ったが、ここでは5社の既存業者に対して5つの免許が交付されるという大きな違いがあった。このような場合には、既存業者が結託して新規参入者を排除した上で市場分割を行うことが考えられるため、競売は危険である。事実、最終的に残った財務体質の弱い新規参入者(Versatel)を既存業者(Telfort)が訴訟でおどしたため、Versatelが脱落し、既存の5社が5つの免許を分け合う結果が生じた。  このように、オークションにおける行動は、落札後の市場の構造(独占度)とも関連している。図1でも見たように、業者の利潤は市場が競争的であればあるほど減る(完全競争のもとでは負になる)ので、いかにして談合しやすい既存業者だけで市場を分割するかが重要な戦略となるわけである。この点で、12の免許を業者が自由に落札できるとしたドイツの競売は危険なしくみであった。既存業者が高価格ですべての免許を取る行動が予想されるためである。実際にも、3つの免許を取得しようとしたDTの行動はこれに近かったが、結果的にはこれが異常な価格の高騰を招き、最終的にはDTもあきらめざるをえなかった。これはDTにとっては最悪(政府にとっては最善)の結果であった。  同様の制度的な欠陥は、イタリアでも見られた。美人投票で事前に候補を絞ることは、オークションの競争圧力を弱め、談合が発生しやすくなる。事実、談合と見られる行動が起こってしまった。このように、どういうメカニズムが望ましいかは、個々の国の環境に依存し、クレンペラーも警告するように「万能のメカニズムはない」のである。 (3)電波と所有権  今後のオークションの設計を考える上で重要なのは、このように電波の利用権を私的な所有権として売買することが望ましいのかどうかという問題である。FCCのチーフ・テクノロジストだったプリンストン大学のファーバーは「パケット交換の時代に、帯域を占有して所有権を設定するオークションは時代錯誤だ」と批判している。またノームも同様の観点から、電波を共有する「オープン・アクセス」を提唱している(*6)。さらにジョージ・ギルダーは「ディジタル技術によって周波数の稀少性は克服できる」として、オークションを含む電波の割り当てを廃止し、完全自由に利用する制度にすべきだと主張している(*7)。  こうした批判は今後、携帯電話のサービスの中心が「iモード」などのデータ通信に移行し、コンテンツもインターネットが中心になってくるにしたがって、真剣に検討せざるをえなくなるだろう。こうしたフローのオークションは、電力ではすでに行われており、行政当局も、そうした制度が技術的に可能なら望ましいという点では一致している。しかし、送電線という物理的な対象がはっきりしている電力に比べて、大気中を目に見えないパケットが流れる電波の場合、その管理はきわめてむずかしい。  ノームのいうように動的に周波数を割り当て、大気中に流れるパケットの総量を管理して、それを超えるパケットに課金するというようなシステムを実現するには、電波をいつも監視して料金の決済まで行う機関が必要である。これを政府が行うことは非現実的だから、民間企業にゆだねるしかないが、その企業が料金を徴収しようとしても、ユーザーは無視して勝手に電波を出すだろう。事実、現在のISMバンド(2.4GHz)では、こうした「無政府状態」が出現し、結果として「共有地の悲劇」が生じている。妨害電波を規制するには、その帯域を使う権利を持つか持たないかを法的に規定する必要があり、何らかの割り当ては不可避ではないだろうか。  ただし、この場合の割り当ては、現在のように特定の周波数を事実上永久に使う権利を売買しなくても、一定の帯域で一定の出力以下で一定のデータ量を出す権利を帯域の「卸売り業者」に割り当て、その業者(無線ISP)が帯域をユーザーに「小売り」するような形で実現することは可能だろう。事実、第3世代のサービスの重点がIPに移るにしたがって、携帯電話業者はISPに近い存在になると予想される。このようなゆるやかな帯域の割り当てであれば、現在のように少数の業者に周波数を独占させる必要はなく、たとえば夜間の単価の低い時間帯でファイル転送を専業とする業者や、特定の帯域を週に数十時間だけ借り切ってマルチキャスト(放送)のサービスを行う業者など、多様な利用形態があってよい。この場合の周波数は、通常の土地と同じように、特定の期間だけ賃貸して使い、必要がなくなれば卸売業者に返却すればよいわけだ。 4.電波行政の改革 (1)非効率な帯域の配分  表2は郵政省(現・総務省)の公表している「周波数分配表」の800〜1000MHzの利用状況だが、利用者が数十万人しかいないMCA無線(業務用のグループ無線)が合計30MHzも占有しているほか、防災無線やパーソナル無線など、特殊な用途の無線に帯域が数MHzずつ細分化して割り当てられている。このようないびつな配分は、周波数が事実上の自由財で、それを利用する技術がきわめて稀少だった時代の遺物である。 (表2)  無線技術が未発達だった時代には、こうした配分の非効率性もあまり大きな問題とはならなかった。テレビ技術の設備がきわめて高価で、それを使える業者も限られているときは、設備投資を回収することが困難だから、特定の業者に限定して電波を無料で与えてる制度は正当化されうる。しかし、今や携帯端末は無料に近い価格で投げ売りされている状態であり、相対的に電波の価値は高まっている。日本でも、郵政省は当初、3Gのオークションを行う予定だったというが、もし英独と同じ条件で実施されていれば、10兆円以上の落札価格になったはずである。この巨額の「補助金」が、年間7000億円にものぼるドコモの経常利益の源泉の一つであることは疑いえない。結果的には、これは「幼稚産業」である携帯電話業界を育成するうえでは重要な役割を果たしたと見ることもできよう。  しかし帯域が涸渇するにしたがって、携帯電話業界は現在の「電波社会主義」の受益者から被害者になりつつある。かりに4Gに3GHz帯が使えるとしても、現在の業者を移転させて使えるようになるのは2010年ごろという状態であり、1社あたり15MHzしかない3Gの帯域が事業の決定的な制約となるのは時間の問題である。特に今後、携帯端末が広帯域化し、有線・無線のLANと競争するようになると、帯域の制約から来る価格競争力の不足は深刻な問題となろう。たとえばドコモが3Gで開始するFOMAというサービスが現在のiモードと同じパケット単価で行われるとすると、5分足らずの音楽ファイルを1曲送っただけで料金は1万円を超えてしまう(*8)。このコストの問題を克服するには、ATMベースの「電話網」を見直すとともに、周波数の配分そのものの効率化を考える必要がある。 (2)電波の再配置  とりわけ重要なのは、そもそもオークションすべき帯域がほとんど残っていないという現実である。前述のように非効率に細分化された帯域をいかにして市場メカニズムに乗せるかについては、米国やEUでもさまざまな検討が行われているが、まだ決定的な答は出ていない。問題はオークションではなく、むしろ周波数の利用権をどう規定するかという点であり、政治的な利害がからむためである。法的な建て前としては、免許には期限があり、それが切れたあとは政府が免許を取り上げてもよいが、実際にはそういう事例は日本では事件・犯罪などを除いて皆無であり、世界的にも同様である。  これを打開する一つの考え方は、現在の電波を全部いったん政府が収用し、あらためて(既存業者も含む)オークションで割り当てるという方法である。ハント前FCC委員長は、「免許はすべて用途制限のない帯域免許とし、IPを通すことだけを義務づければよい」と主張している。これによって固定網と同様、すべての無線インフラは相互接続可能になり、現在の細分化された用途は無線インターネット上のアプリケーションとして実現することになる。これは理想的であり、技術的にも法的にも可能だが、ほとんどすべての無線機器を廃棄・改造する必要があり、今すぐ実現することはむずかしい。  もう一つは、現在の権利を所有権として認め、これを私有地と同様に自由に売買することを認めるという方法である。コースの定理(*9)によれば、所有権が明確に規定されていれば、価格メカニズムによって効率的な配分は可能だが、これに近い状態になっている米国でも、転売はあまり行われていない。非効率な業者であればあるほど、免許による独占が唯一の利潤の源泉となっており、これを売却することは営業をやめてしまうに等しいからである。また、現在の細分化された帯域をそのまま転売すると、狭い土地にペンシル・ビルが乱立する東京の都心のような「非効率な高度利用」が行われるおそれが強い。  両者の中間として考えられるのは、電波についての権利を法的に弱める方法である。たとえば電波法で「免許取得者は同じ価値の電波を使う権利を持つ」と規定すると、政府は使われている帯域をオークションにかけ、既存業者を同じ価値を持つ他の帯域に移すことができる。米国では、FCCが期限までにディジタルに移行しない放送局に「罰金」を課すという対策を考えているようだが、これは放送局を立ち退かせることはできても、ろくにディジタルの受像機がない状態でアナログ放送を停波してしまうと、多くの視聴者が被害をこうむる。日本では、ディジタル化にともなう「アナログ・アナログ変換」の費用を一部、政府が負担することが決まったが、基本的には新たに帯域を利用する業者が視聴者のアンテナの工事費も含めて負担するという方式である。経済学的には、既存業者の権利は弱ければ弱いほどよい。等価交換の権利を与える場合にも、移行費用は既存業者が負担することが望ましい(*10)。  ただし、この程度の変更も政治的にはきわめてむずかしいから、現実にはなるべく既存業者の意向を尊重しながら、電波を売買する「帯域の市場」を作るのが現実的だろう。同様のしくみは、米国では専用線でかなり普及しており(*11)、同様のしくみを前述の「電波卸売業者」に義務づける制度は可能ではないか。この場合、問題は無償で得た電波によって巨額のレントが生じるという不公正さよりも、電波の売り手がほとんど出てこないということである。現実には、大きな帯域を持ったまま営業してない業者も多いので、政府が「買収オークション」を行うというのも一案だろう。 (3)ディジタル放送から無線インターネットへ  これに対して、まだ利用されていない帯域のオークションははるかに容易である。特に日本では、1970年代にUHF帯への移行に失敗したため、この帯域(470〜770MHz)の大部分は空いたままになっている(図3)。1980年代以降の新設局はUHFしか認められなかったため、地方ではかなり埋まっているが、関東や近畿などの大電力局の管内ではUHF局はほとんどない。また現在のUHF局の大部分は中継局だから、CATVや無線インターネットに代替して集約すれば、少なくとも200MHz以上は空けることが可能だろう。これは上り下りにわけて使っても、現在の3Gの帯域(70MHz)を上回り、しかも到達距離は長いため、コストも安くなる。UHF帯を無線インターネットに代替した上で、これをテレビの中継局に使うことも可能である。  この帯域には、2003年からディジタル放送が移ることになっているが、その採算性はきわめて疑わしく、民放連が「地方局の半数はつぶれる」という経営予測を出しているほどである。つまり正味現在価値(NPV)が負になっている事業に時価10兆円の電波を与えるのは、国民の財産の浪費であり、許されるべきではない。米国の教訓を生かして、この帯域は用途を決めずにオークションにかけるべきであり、そうすればおのずと最も効率の高い利用技術を持つ業者が落札する。それはおそらく携帯電話ではなく、ソフトバンク・マイクロソフト・東京電力の合弁会社「スピードネット」のような無線インターネット業者だろう。スピードネットは、ISMバンドの品質が悪いため挫折したが、クリーンな帯域さえあれば無線LAN(IEEE802.11など)を公衆無線に使うことは技術的には可能である。  この他にも、450MHz帯のタクシー無線や防災無線、800MHz帯と1.5GHz帯のMCA無線など、効率の悪い業務用無線が大きな帯域を占有しているケースは多い。このような部分についても「区画整理」を進めて帯域を集約し、空いた帯域をオークションにかけるべきである。 (図3) 5.結び  政府の進める「高速インターネット」を実現するうえで、最後の1マイルと呼ばれるアクセス系の問題は最後まで残る難問である。光ファイバーの加入者線への普及がそう簡単に進まない現在、10Mbps〜50Mbpsが可能な無線インターネットは、さしあたり広帯域インターネットのインフラとしては最短距離にある。このカードはすでに1万円程度で市販されており、基地局も3万円の"AirMac"を取り付けるだけでよい。周波数さえあれば、月数千円で10Mbps程度は実現でき、「5年以内に3000万世帯に高速インターネット」という目標も不可能ではない。  今後、コア・ネットワークが有線・無線ともにIP化されれば、有線と無線のLANの違いも消滅し、公衆無線も無線インターネットに吸収されてゆくだろう。これは有線のインターネットで起こったことであり、無線周波数の配分の問題さえ解決すれば、同じことが無線でも起こるのは確実である。つまり地域会社やコミュニケーションズにとっても、アクセス系の選択肢として無線LANというのは十分ありうるのだ。携帯電話は3Gになっても広帯域のインフラとはなりえないが、無線LANはおそらくDSLよりも有力な広帯域アクセスとなろう。このように有線と無線の広帯域インフラの競争が実現すれば、地域会社による加入者線の独占の意味はなくなり、延々と続いている不毛な分割論議は最終的に根拠を失うだろう。NTTグループが政府のくびきを解き、自立した民間企業として経営を行うためにも、多様なアクセスの可能性をさぐることは重要な意味があると思われる。 注 *1 PCSオークションに至るまでの経緯やその結果の詳細については、P. Milgrom, Auction Theory for Privatization, Cambridge University Press, forthcoming, 鬼木甫「米国の周波数オークション」(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/jpn/publication/199902a.html)参照。 *2 P. Cramton, "The Efficiency of the FCC Spectrum Auctions", Journal of Law and Economics, 41:727-36, 1998. http://www.market-design.com/files/98jle-efficiency-of-the-fcc-spectrum-auctions.pdf. *3 のちにハント自身が「私は最初から反対だった」と述懐している。R. Hundt, You Say You Want a Revolution, Yale University Press, 2000. *4 P. Klemperer, "What Really Matters in Auction Design", http://www.nuff.ox.ac.uk/Users/Klemperer/designnew.pdf. *5 「勝者の呪い」については、R.H.セイラー『市場と感情の経済学』(ダイヤモンド社)参照。オークション理論についての初等的な解説は、梶井厚志・松井彰彦『ミクロ経済学:戦略的アプローチ』(日本評論社)にある。 *6 E. Noam, "Taking the Next Step Beyond Spectrum Auctions: Open Spectrum Access". http://www.columbia.edu/dlc/wp/citi/citinoam21.html. *7 G. Gilder, "Auctioning the Airwaves", Forbes ASAP, April 11, 1994. *8 5分の音楽をMP3(128kbps)でエンコードすると、約5MBである。これにiモードのパケット単価(0.3円/128B)で課金すると、約11700円となる。 *9 価格メカニズムが機能しており、交渉の対象についての所有権が明確に定義されていれば、相対の交渉によってパレート効率的(どちらも相手に損失を与えないで得することができない)な状態を実現できる。所得分配のゆがみは市場とは別の課税などの手段で補正すればよい。 *10 P. Cramton, E. Kwerel, and J. Williams, Journal of Law and Economics, "Efficient Relocation of Spectrum Incumbents", 41:647-75, 1998. http://www.market-design.com/files/98jle-efficient-relocation.pdf. *11 http://www.arbinet.com, http://www.band-x.com, http://www.enron.net.