わが国電気通信産業の供給予測:1996-2015年 ――BISDN建設の経済的基盤 I.まえがき A.本章の概要  本章では、広帯域網建設の予測、すなわち、わが国でBISDNを1996〜2025年の30年間に建設する場合に必要となる投資額およびそれにともなう電気通信事業(現在のNTT、NCCの電話事業に当たる部分)の収支額などの指標を予測する。そのために若干個の前提を設けて経済モデルを作り、これに基づいて加入者数を想定し、必要投資額・営業費用・収入・資金収支・経常収益などの指標について予測値を計算する。1)2)  言うまでもないが、BISDNは将来のシステムであるため、これに関する信頼できるデータはまだほとんど存在しない。しかしながら、BISDNの経済的基盤について一応の見通しをつけるために、具体的な予測数値を計算することを試みる。このためには、いくつかの「大胆かつ主観的」な前提が必要である。この意味で本章の作業は、たとえば電話の1人当たり普及台数が0.01以下であった戦後時点において、普及率が0.5に近づいた現在時点での状況を予測することと似ている。したがって、正確性や信頼性だけを問題にすれば、これは最初から実行不可能な作業である。  上記の困難にもかかわらず本章の作業を実行したのは、以下の2つの理由による。第1に、BISDNのような巨大プロジェクトについては、具体的な予測数値を持たずにその建設に関する政策を立てるよりも、たとえ誤差を含むにしても数値に基づいて政策を考える方が望ましいからである。予測数値を提示することにより、プロジェクトの規模や実現可能性、必要な負担額等について見当をつけることができる。また、過去において成功した他の大型プロジェクト、失敗したプロジェクトと比較することもできる。この理由で、たとえその根拠があやふやなものであっても、BISDN建設プロジェクトの評価に必要と考えられる指標については、とにかく具体的な予測数値を与えることにした。  第2のポイントは、他者によるモデルの批判・改良等を可能にするため、予測作業を客観的な経済モデルに立脚させ、予測の前提を(たとえそれらを直ちには正当化できなくとも)すべて明示した点にある。この種の予測では、不確実・不正確な推論を避けることができないため、予測の根拠・方法などが明らかにされず、単に予測数値だけが発表される場合が多い。不確実・不正確な点に対する批判を避けるという意味で、このような傾向は理解できないわけではない。しかしながら、予測の根拠を明らかにしないままで終われば、後に同種の作業が試みられるときに過去の作業成果を利用することができない。また、予測の根拠・方法などが明らかにされないまま予測数値だけが発表された場合、とりわけ他に利用可能な予測数値が利用できない場合には、予測の根拠・方法の当否を好意的に解釈して、その数値だけが議論のために繰り返し引用されることがある。その結果、予測根拠の不確実・不正確性が忘れられ、その数値があたかも客観的なデータであるかのように「一人歩き」する可能性がある。このように「みんなで渡れば怖くない」式の「予測」に基づいて政策決定をおこなうと、国民経済に大きな不利益をもたらしかねない。これらの理由から本章では、モデルの構造や使用したデータをすべて明示した。そのため、読者には本章の作業の弱点が目につくという結果を生むことになるかもしれないが、この点はやむを得ないと考える。 B.予測方法の説明  電気通信産業の活動水準や事業者の収支は、他の産業と同じく需要側と供給側の諸条件によって決まる。BISDNについてもこの点に変わりはない。したがってその予測のためには、まず需要側の条件(需要関数)、すなわちBISDNへの加入者数・使用度数を特定する。次に、BISDNサービス価格、すなわち同基本料・度数料を与えて、事業者の収入を予測する。BISDNへの加入者数・使用度数が予測されると、これを満たすために必要な資本設備(交換機・回線など)の水準が決まり、資本設備の単価が与えられれば、必要な設備投資額を予測することができる。これに事業者の経費関係のデータを加えて、同支出額を予測し、収入予測と併せて必要資金・事業収支の予測が可能になる。図T.1はこれらの関係を示したものである。図T.1の諸変数について、1996年から2025年までの予測期間の各年の予測値を与えることが本章の目標である。  なお、図T.1に含まれる変数間の関係が実際にすべてここで考慮されたわけではない。たとえばBISDNへの加入者数・使用度数は、もとよりそのサービス価格である加入料・度数料に依存する(需要関数)。BISDNサービスに対する需要関数は、BISDN建設に関する政策立案のために最重要な情報である。ここでは、上記の諸要因すなわち図T.1に示された諸変数のうち、供給側の指標に重点をおいて作業をおこなった。3)具体的な予測対象は、BISDN建設のための必要投資額、事業者の収入・支出額および建設に必要な資金額と事業収支である。これらの変数は図T.1において太線の長方形内に書かれており、「内生変数」と呼ばれている。内生変数以外の諸変数は「外生変数」と呼ばれるが、これらは内生変数の予測値を計算するために必要なデータである。本作業においては、必要投資額、支出額、必要資金額、事業収支の予測値を計算するために、何らかの方法で諸外生変数値を特定した。  図T.1の変数間の関係は予測期間のうちのある1期間(たとえば暦年)について示されているが、これに加え、異なる暦年間にわたる変数間の関係も存在する。すなわちオーバータイム(ダイナミック)な関係である。たとえば必要投資額は資本設備(交換機・回線など)の単価に依存するが、設備単価はまた先行期間における資本設備の生産額に依存する。周知のように大量生産の利益により、資本設備の累積生産額が高ければ高いほど生産物単価は下がるからである。先行期間における資本設備の生産高は、BISDNへの加入者数・使用度数に依存するので、今期の必要投資額は、今期の新規加入者数や使用度数増だけでなく、その期以前の加入者数・使用度数にも依存することになる。また、BISDN建設に必要な資金の大部分は事業者による社債発行などの形で調達されるが、発行社債すなわち先行期間における資金調達額から生ずる利子負担は当期支出の一部となり、当期の必要資金額、事業収支に影響を及ぼすことになる。本章では簡単な形ではあるが、これらの関係をもモデルの中に取り入れて予測をおこなった。 C.主な結論  予測期間1996年から2025年までの30年間におけるBISDNへの加入者数を以下のように想定した。まず、1996年からBISDNへの加入が始まり、20年後の2015年に、1990年時点の住宅用および事業用加入者数のそれぞれ75%に当たる加入者が現電話網からBISDNへ移行するものとした。ただし、住宅用加入者のうち3分の2は、ビデオ・テレビ配信を主とする簡易型ディジタルシステム(後述の「N−Vシステム」)に移行し、3分の1が双方向型広帯域通信システム(後述の「Hシステム」)に移行するとした。また、事業用加入者はN−Vシステムには加入せず、すべてHシステムに移行するものとした。2025年には総加入者数の97%がBISDNに加入するものとした。  これらの加入者が1990年の電話網加入者と同一の頻度で市内・中継網を使用するとした場合、これを実現するために必要な粗投資額の1996〜2015年、1996〜2025年の累計は、それぞれ37兆円、72兆円(1990年価格、電話網用投資を除く)に上る。そのうち市内網投資が85%、中継網投資が15%である。  次に、上記加入者のそれぞれが、N−Vシステムについては現行電話網の1.5倍の基本料、現行と同一額の使用料を支払い、Hシステム加入者は基本料については2倍、使用料については住宅用でその2.5倍、事業用で3.5倍の額を支払うものとする。また、BISDN網に移行しない電話網加入者(2015年で全加入者の25%、2025年では3%)は、1990年におけるのと同一額の基本料・使用料を支払うものとする。このとき電気通信事業者の総収入(電話網およびBISDN双方を含む)は、予測期間30年間において平均年率3.1%で増加する。もしわが国のGNPが同期間に年率2.5%で成長するとし、1995年(電話網加入者が100%)の事業者収入がGNPの1.37%であれば、2025年の事業者収入はGNPの1.6%にまで増大しなければならないことになる。すなわち、本予測は、予測期間30年間内にGNP内に占める電気通信事業者収入のシェアが0.23%分だけ増大することを想定している。  電気通信事業者の負担する人件費および物件費については、それぞれ1980〜1990年のトレンドを延長して、2025年までの人件費・物件費を予測した(ただし、若干の調整を加えてある)。また、BISDN建設に必要な資金は、すべて(1990年の政府保証債利回り6.2%/年と等しい利回りで)社債発行により調達するものとする。また、電話網用資本ストックについては、加入者がBISDNへシフトする結果、予測期間の後半において余剰分が生ずるが、この分については各年末にそのまま除却するものとする。また、電話網用資本ストックについては、年6%の資本減耗を仮定する。他方、BISDN用資本ストックについては、簡単のため、年6%の資本減耗率を仮定し、同一率の減価償却を仮定する。上記の想定の下に、電気通信事業者の電話網およびBISDN両事業から生ずる必要資金額は、ピーク(2011年)において年6500億円程度であるが、予測期間末(2025年)においては8700億円程度の余剰を生ずる。これにともない社債発行・償還額を計算すると、予測期間末すなわち2025年において、約1.2兆円の社債発行残高となる(NTTの1985年および1991年度末の社債発行残高はそれぞれ4.2兆円と2.5兆円であった。)。  以上を要するに、上記想定の下では、BISDNの建設は当初相当額の資金投入を必要とし、また予測期間末において依然1.2兆円に近い長期負債を残すが、この傾向を延長すれば2027年には長期負債を完済できることになる。結論として、BISDNプロジェクトは短期的には巨大な資金需要を生ずるが、30年程度の長期間をとれば十分にペイする事業である。 II.電気通信事業活動とBISDNの概略 A.電気通信事業活動のモデル化  BISDN建設の予測をおこなうためには、電気通信事業者の諸活動を予測に適する形式で表現する必要がある。そのためには、事業者の活動を表す諸変数間の関係を指定する経済モデルが有用である。以下においては、これをフローチャートの形で説明する。図U.1を参照されたい。同図に含まれる変数は、事業活動を直接に表現する「実物変数」と、事業活動を財務諸表の項目として金額で表現する「アカウンティング変数(同図では記号@を付している)」に大別される。また同図においては、本研究の主たる対象である電気通信事業者の供給活動を示してあり、需要側の要因は簡略化されている。  電気通信事業の中心は、電気通信サービスの供給である。そのために事業者は、固定設備K(交換機・回線など)と労働力Lを使用し、これに必要な購入サービスVおよびその他投入物Mを加えて電気通信サービスを「生産」する。ただし、一般の製造工業とは異なり、電気通信は一種の「設備産業」であり、加入者の要求に応じて電気通信サービスを随時供給できる「サービスキャパシティS」を準備・提供すると考えるのが適切であろう。したがって、通常の意味の生産関数・生産性などの概念は、(厳密には)サービスキャパシティSと諸投入物K,L,V,Mとの関係として考えられる。これに対し、実際のサービス供給量QはサービスキャパシティSの制約(Q≦S)下で需要に応じて決まり、設定された価格とともに営業収入Rを決める。(ただし本研究においては、一部を除いて上記サービスキャパシティSの考え方は採用せず、需要側の指標である加入者数を固定設備Kなどの投入物と直接に関連させる方式を採用した。)  生産要素のうち労働力Lは労働者のプールであり、新規雇用、退社、出向、復帰(ΔL)によって増減する。また、購入サービスVおよびその他投入物Mは、各期ごとに市場において購入される。これらの生産要素に対しては、人件費・物件費として代価が支払われ、営業費用Cを構成する。  固定設備Kについては、実物面と会計面でいくつかの関係が存在する。まず、固定設備に対する新規投資とは、新規設備資産すなわち新たに購入・設置される交換機・回線などであり、設備投資Iとして固定設備Kに付加される分である。このために必要な支出は、有形固定資産取得額として記帳される。次に、技術的あるいは経済的な理由で使用が停止された固定設備の部分は、同除却Dとして固定設備ストックKから取り除かれ、その金額が営業費用Cに加えられる。(本予測では、除却設備を中古品として売却することはなく、すべて廃棄されることを仮定している。)他方、固定設備ストックについて減価償却費用が計上され、営業費用Cに加えられるが、その金額は経営戦略あるいは税法規定などによって決まる。営業費用の他項目と異なり、固定設備除却分および減価償却分は、事業体外への支払いをともなわず、帳簿上で操作される費用項目である。  電気通信事業体の活動を総括する指標は、経常利益PRと資金収支(cash flow)Sである。経常利益は、収入Rと費用Cとの差であり、これには固定設備除却D、減価償却および社債等の債務への利子支払額が費用として含まれている。これに対し、資金収支額Sは事業体の資金の過不足を示す指標であり、営業収入Rから事業体外部に支払われた営業費用(固定設備除却Dと減価償却を含まない)と有形固定資産取得の和を差し引いた金額である。資金余剰Sがマイナスであれば、外部からの借り入れあるいは社債発行が必要であり、逆にプラスであれば同借り入れの返済、社債償還をおこなうことになる。また、ある時点までの先行期間におけるSの累積額Bが、事業体の長期債権(あるいは債務)となる。なお、電気通信事業のように数十年にわたる資金投入をともなう長期事業の評価は、単年度の経常収支(あるいは事業収支)よりも、資金収支Sの長期系列およびその累積額をもっておこなうのが適当である。  本研究に使用したモデルは、図U.1のモデルをBISDN予測用に簡略化したものである。本研究の予測対象の範囲は、おおむね図U.1フローチャートにおいて点線で囲んだ領域に対応している。 B.BISDNのためのN,V,Hシステム  BISDNの大要は、光ファイバーによる大容量高速通信回線とATMなどの高速交換機を使用するエンド−エンドの双方向音声・動画通信(現在の音声電話と同様に、交換機を通じて音声および映像による1対1の通信をおこなうこと)である。BISDN技術はすでにLANについて実用レベルに達しており、また動画を含む大量情報の長距離光伝送システムや、動画情報を交換伝達するための高速交換機をはじめ、BISDN実施に必要な加入者・事業者用の諸機器が試作されている。本研究で考察の対象とするBISDNは、NTTや海外の電気通信事業者の研究所において開発されているシステムを簡略化したものである。本節においては、同システムの概略を説明する。  BISDNシステムとしては、NTTによって低レベルから高レベルまで3種類のシステムが提案されている。すなわち(1)低速ディジタル光加入者伝送システム(Nシステム)、(2)周波数分割多重光加入者伝送システム(Vシステム)、および(3)高速ディジタル光加入者伝送システム(Hシステム)である。Nシステムは現在NTTがサービス中のNISDN(INS)相当のサービスを供給する簡易光ファイバー・同軸ケーブルのシステムであり、VシステムはNシステム用回線を利用する動画情報配信用システムであり、CATVに適している。Hシステムは、双方向動画通信をおこなうBISDNのフルシステムであり、オン・ディマンド・ビデオ配信や映像電話、テレビ会議に適する。  NシステムおよびVシステムは、本格的な広帯域通信網であるHシステムの機能の一部を早い時期に低価格で導入するために提案されている。Nシステム上では、インターネットも現行よりもかなり強力になる。図U.2は上記3システムの概要を示す。図の上から順にNシステム、Vシステム、Hシステムの構成が示されている。3個のシステムのそれぞれについて図の左半分が加入者局内の装置を示し、右半分が加入者の宅内装置を示す。中間の太い線は、加入者と加入者局を結ぶ光ファイバーである。  図の局内装置類のうち、N−SLT、V−SLT、H−SLTは、それぞれのシステムの光加入者線端局装置であり、局側において電気信号と光信号の変換をおこない、また、光伝送のためのさまざまなサービスをおこなう機器である。図の右側の宅内装置類のうちN−ONU、V−ONU、H−ONUは光加入者線ネットワーク装置であり、加入者側において光信号と電気信号の変換をおこなうとともに、局からのサービスを適切に受けるための仕事をおこなう。これらのSLT、ONUの両装置は光ファイバーを回線として使うために必要となる装置であり、より対線や同軸ケーブルを使う旧来の電話網においては不必要であった。なお、図に示されているように、Vシステムは固有の回線を必要とせず、Nシステムで設置された光ファイバーをそのまま使用することができる。したがって、VシステムをNシステムへの付加システムとして考えてもよい。  わが国において、加入者と加入者局との平均距離は2qであり、うち1.5qが(地下埋設の)「き線系」設備、500mが「配線系」の架空回線(道路端の電柱に併設されている黒く太い電話線として日常見慣れている部分)である。「引き落とし(ドロップ)」は、配線系から各加入者宅に分岐する部分であり、長さは通常数十mにすぎない。Nシステムにおいては、き線系設備の光ファイバーを節約するため、図に示されているように、その末端にスターカプラと呼ばれる分岐装置を設け、1本のき線系光ファイバーを配線系以降では16加入者で共用できるように工夫されている。(この共用は、Vシステムを加えてもそのまま可能である。)分岐装置からユーザ宅までは、既設の同軸ケーブルを使うこともできる。これに対し、Hシステムにおいては、加入者宅から加入者局にいたるまで、加入者ごとに少なくとも1本の光ファイバーを設置する必要がある。したがって、NシステムとHシステムの回線コストの差は、き線系設備における光ファイバー数の差と、既設同軸ケーブルの有無から生ずる。  現在のNTTのISDNサービスは、既設の「より対線」(銅線一対、twist pair)を使用して加入者宅と加入者局を結んでいる。すなわち、旧来のアナログ電話の加入者回線をディジタル電話に転用しているわけである。したがって、図U.2のNシステムは、このような現存の加入者線を(耐用年数の到来などにより)更新する必要が生じたときの導入に最も適している。言い換えれば、Nシステムは現存のアナログ電話網の設備更新資金を使って順次設置することが可能である。  次に、Vシステムは、上記のNシステムの回線を利用してCATV・ビデオ配信をおこなうためのものである。加入者局内でV−SLTを付加し、加入者宅内でV−ONUを付加すれば、Nシステムの装置がそのまま動画用に使える。現在われわれが使用しているテレビ信号をそのまま使えば11チャネルの送信が可能であり、現用のテレビ受像機で受信できる。新しいテレビ信号方式であるFM方式を使えば、これに加えて50チャネルの配信が可能となるが、新方式のテレビ受像機が必要となる。またこれらの映像信号は、周波数多重方式によってNシステムにおける音声電話やデータ通信とは別個に送信されるため、NISDNサービスとVシステムにおけるビデオ配信は相互に独立に(互いに他の邪魔をせずに)同一の光ファイバー上で同時に実行できる。現在、各地で少しづつ建設が進んでいるCATVは同軸ケーブルを使用しているが、将来の光通信を見込んで、なるべく早期に図U.2のVシステムを採用することが望ましい。4)5)  最後にHシステムは、上記NシステムおよびVシステムの双方の機能を含み、これに加えて156Mbすなわち(画像圧縮技術を適用すれば)HDTV(ハイビジョン・テレビ)レベルの映像信号を一方向あるいは双方向で伝送できるシステムである。したがってHシステムは、任意の加入者間でテレビ電話、テレビ会議等の広帯域双方向通信を実行できる。(もとより音声電話・ビデオ配信も使用可能である)。  本研究においては、図U.2に示されたシステムのうち、NシステムとVシステムを一括したものをN−Vシステムと呼び、これとHシステムの計2システムの導入を考える。実際の使用の便宜を考え、住宅用加入者についてはその大部分がN−Vシステムを採用するものとし、事業用加入者についてはすべてHシステムを採用するものと想定する。 III.予測の前提と方法 A.概略と前提  本予測の目的は、BISDN導入にともなう投資額、経常収益、資金収支などの予測値を経済モデルに基づいて求めることにある。前述のように、予測期間は1996年から2025年までの30年間とする。  まず、予測手順を要約する。第1に、BISDNの加入者数の予測値を特定する。加入者数は、事業用、住宅用それぞれについて、N−VシステムとHシステムへの加入率を特定することにより求める。予測加入者数に基づき、毎年のBISDN建設コスト(投資額)を求め、投資額を積み上げてBISDNの資本ストックを求める(本作業では、資本ストックの減耗率について、建設後10年まではゼロ、以降は6%を仮定する)。一方、電話網の資本ストックは、1990年以降、同網への加入数に比例して変化するとし、余剰が出れば除却するものとする。なお、同網の資本には、減耗率年6%を前提する。  電気通信産業の労働費用、物件・委託費用の予測値は、1990年のNTTデータを基準とし、これをNCCを含めた全事業者に拡大し、同年以降に延長することにより求める。 次に、BISDNサービスの収入は、BISDN加入者当たり収入に各サービスの加入者数をかけて求める。電話網収入は、同網加入者当たり収入に加入者数をかけて求める。(前出図I.1参照)  BISDN、電話網それぞれにつき、資本ストック、投資額、償却額を計算し、これに労働費用、委託・物件費、収入の予測値を加算して、電気通信産業の投資額、資金収支、経常収支の予測値を求める。  以上が本章で実行する予測の概略であるが、電気通信産業においては多様なサービスが提供され、広範な活動がおこなわれている。他方、予測作業においては、複雑な経済関係を単純化し、考察範囲を限定したモデルを使用せざるを得ない。以下においては、予測用モデルと現実の電気通信産業における諸活動を対比し、モデルにおいて単純化・限定されている諸点を述べる。 1.本章では電気通信事業者による電話網関係サービスのみを取り扱い、放送・有線放送については考慮しない(ただし、Vシステムの導入を取り扱うので、結果的に、TV・ビデオ配信のための回線サービスの供給は考慮することになる)。 2.ここでは、BISDNを実現するための経済基盤のみを取り扱い、制度的側面すなわち電気通信産業組織(競争、独占など)・同規制方式等については第II部に譲る。 3.NTTおよび長距離系NCCの供給サービスのうち、一般加入電話サービス(市内通話および市外通話の双方を含む)のみを対象とし、BISDNは同サービスを順次置き換えて建設されると考える。したがって、電信サービス、専用サービスなど一般加入電話(公衆網)サービス以外のサービスについては、現行サービスもBISDNによるサービスも考慮しない。ただし、電気通信事業の資金収支、事業収支の計算においては、費用の分計が困難であるため上記サービスを含んだ数値を求めることにする。 4.BISDNサービスの需要関数の推定はおこなわない。需要側の要因はすべて外生変数として取り扱う。具体的には、ネットワークへの加入基本料・度数料に加え、加入数・使用度数をパラメタとして与える。したがって、このようにして与えた需要が実際に実現するか否かの問題が残っている。6) 5.必要固定設備投資額の推計は、建設コスト積み上げ方式(Engineering Cost Function使用)による。推計の範囲は、事業者の「ベアラ・サービス」に相当する部分のみとし、「拡張サービス」は除外する。また、加入者宅においては回線終端装置である「光加入者線ネットワーク装置」までを対象に含め、加入者宅内装置(CPE、すなわち電話端末、ビデオ端末、データ機器、ユーザ・バスなど)は対象としない。また局側においては、交換機までを対象に含め、諸サービス供給用の機器(たとえば、ビデオ信号送出装置)は対象に含めない。BISDN全体の立ち上がりを考えるためには、これらの対象に関する予測をもおこなう必要がある。 6.事業者の人件費、物件・委託費については1980〜1990年のNTT・NCCデータを基準とし、これを延長して推計する。 7.建設費については、下記項目に分けて推定する。 a.ローカル網(L)。ただし、加入数について住宅用(Hs)と事業所用(Bs)を区別する。 b.国内中継網(G) 8.金額表示のデータはすべて1990年価格によることとし、価格指数は1990年基準とする。 9.諸パラメタについては、基準値に加え、その上下に高低2値を考える。(ただし紙数の関係で、本章においては大部分のパラメタについて基準値のみ考慮する。) 10.作業に使用する諸データには問題を含むものが多いが、データ採否の決断においては、推定の「安全性」を重視する――すなわち収入側においては過大よりも過小、コスト側においては過小よりも過大となる可能性が大きいようにデータを取る。この方針に反してデータを採用したときは、これをテキスト中に明記する。 B.加入数推定法  本推定で採用したモデルによれば、BISDNの投資額、収入は、BISDN加入数により変動する。BISDNの投資額、収入予測値の決定に、加入者数の予測値は欠かせない変数である。  加入数の予測値を得るために、次の仮定をおく。「加入は、電話網、BISDNのそれぞれについて住宅用(Hs)、事業用(Bs)に分ける。さらに、BISDNのサービスの内容から、加入をN−VシステムとHシステムに分ける。住宅用加入者は、現電話網からN−Vシステム、あるいは、Hシステムへ逐次移行するものとする。このとき、個々の住宅用加入者がN−V、H両システムに同時に加入することはないものとする。(電話網からHシステムに直接に移行しても、N−Vシステムを経由して移行しても、本モデルにおいては結果に変化を生じない。)事業用加入者は、すべて現電話網から、Hシステムへ直接に移行するものとする。」 1.住宅用加入数(SUBHst)の推計  まず、住宅用N−V、Hシステムの各加入率の予測手順を述べる。1990年の住宅用電話加入率(世帯当たり電話加入数:PENHs90)を上限とし、1995年に1%、2015年に75%、50%、25%となる3本のロジスティック曲線(補論A.1参照)を住宅用BISDN普及率曲線として採用する。これに基づき、予測期間各年の住宅用BISDN加入率(PENHst)を3ケース(高位:2015年に75%、中位:2015年に50%、低位:2015年に25%)について求める。ここで、住宅用加入率とは、N−Vシステム、または、Hシステムへの世帯当たり加入を指す。  次に、住宅用加入者に占めるN−Vシステム、Hシステムの加入者のシェアを与える。Hシステムの加入者のシェア(SHRHHst)は、2000年にシェア1%、2015年にシェア25%となるロジスティック曲線に従うとする(付録A.2参照)。このとき、N−Vシステム加入者のシェア(SHRVHst)は、1-SHRHHstで与えられる。予測期間各年のN−V、H各システムの加入率(PENHVt,PENHHt)は、次の式より与えられる。 PENHsVt = SHRHsVt*PENHst*PENHs90 (IIIB-1) PENHsHt = SHRHsHt*PENHst*PENHs90 (IIIB-2) 次に予測期間(1995-2015)での世帯数の予測値(HHDt)を求める。このため厚生省「将来人口の推計 平成3年」の与える人口予測値を使い、以下の手順に従って予測期間中の世帯数予測値を求める。 a.1955年から1989年までの世帯数(HHDAt)、人口(POPAt)より、世帯数−人口比(HHDAt/POPAt)を求める。世帯数のデータは、「住民基本台帳に基づく全国人口世帯数表」より採用した。 b.1955〜1989年の世帯−人口比(HHDAt/POPAt)のトレンドを予測期間に延長する。このとき、1955〜1989年の世帯−人口比のトレンドを指数関数で近似させる。   HHDAt/POPAt = a1*exp(-a2*year) + 0.21131 (IIIB-3) a1 = 11.0227 a2 = -0.015288 c.bで得た1995〜2015年までの各年世帯−人口比率に、各年の人口予測値をかけて、各年の世帯数予測値を求める。 HHDt = POPFt*(HHDAt/POPAt) (IIIB-4) POPFt:厚生省「将来人口の推計 平成3年」の低位推計(1995〜2015年) 最後に、住宅用N−V、H各システム加入数(SUBHHst,SUBVHst)、および両システムのいずれかに加入する世帯数(SUBHst)を以下の式によって求める。 SUBHsHt = PENHsHt*HHDt (IIIB-5) SUBHsVt = PENHsVt*HHDt (IIIB-6) SUBHst = PENHst*PENHs90*HHDt (IIIB-7)         = SUBHsHt + SUBHsVt 2.事業用加入数(SUBBst)の推計  事業用加入数の予測値を求める手順を述べる。まず、1990年生産年齢人口(15〜64歳人口)1人当たり事業用電話加入数(PENBs90)を求める。 PENBs90 = SUBBs90/POPBs90 (IIIB-8) POPBs90:1990年の生産年齢人口(15〜64歳人口) SUBBs90:1990年の事業用電話加入数  事業用Hシステムの加入率(PENBsRt)を得るために、1995年に1%、2015年に90%、75%、50%となる3本のロジスティック曲線を事業用BISDNの普及率曲線として採用する。このとき、このロジスティック曲線に従って、各年の事業用Hシステムの加入率(PENBsRt)を上記3ケースについて求める(補論A.1参照)。さらに、各年の生産年齢人口1人当たり事業用Hシステム加入率(PENBst)を求める。  PENBst = PENBsRt*PENBs90 (IIIB-9)  したがって、事業用Hシステム加入数は、各年の生産年齢人口1人当たりHシステム加入数(PENBst)に、各年の生産年齢人口(POPBst)をかけて求められる。  SUBBst = PENBst*POPBst (IIIB-10) 次に、上記から、住宅用、事業用加入を合わせて、各年のN−Vシステム、Hシステムの各加入数(YVt,YHt)を求める。さらに、N−V、Hシステムいずれかに加入する住宅用、事業用加入数の和(BISDN総加入数:Y=SUBBISDN)を求める。さらに、各システムの加入数、BISDN総加入数の増加分(ΔYVt,ΔYHt,ΔYt)も求める。  YVt = SUBHsVt (IIIB-11) YHt = SUBHsHt + SUBBst     (IIIB-12) Yt = YVt + YHt = SUBBISDNt (IIIB-13) ΔYVt = YVt - YVt−1    (IIIB-14) ΔYHt = YHt - YHt−1   (IIIB-15) ΔYt = Yt - Yt−1     (IIIB-16)  最後に、BISDNおよび電話網の双方の加入数を求める。 SUBHst:t年の住宅用総加入数 SUBHst=PENHs90・HHDt (IIIB-17) SUBBst:t年の事業用加入数 SUBBst=PENBs90・POPBst (IIIB-18) SUBt:総加入数 SUBt=SUBHst+SUBBst     (IIIB-19) SUBBISDNt:BISDN総加入数 SUBBISDNt=YVt+YHt=Yt     (IIIB-20) SUBAt:電話網総加入数 SUBAt=SUBt−SUBBISDNt (IIIB-21)      =SUBAHst+SUBABst SUBAHst:住宅用電話網加入数   IIIB-22) SUBABst:事業用電話網加入数    (IIIB-23)   PVt:総V加入率   PVt=YVt/SUBt (IIIB-24)   PHt:総H加入率   PHt=YHt/SUBt (IIIB-25)  PVHt=PVt+PHt (IIIB-26)   PAt:電話網加入率   PAt=1.0−PVHt=SUBAt/SUBt (IIIB-27) C.BISDN市内網投資・資本ストック推定法  前節においてN−VシステムおよびHシステムへの加入者数を求める方法を決めた。本節においては、加入者数に応ずるBISDN市内網の必要投資額および資本ストックの推定法を述べる。市内網については、資本設備すなわち宅内機器、加入者回線、加入者局内機器、交換機などがすべて加入者ごとに設置されるので、必要投資額は(中継網と異なり)加入者の設備使用頻度に依存しない。必要投資額は、すべてN−VシステムおよびHシステムそれぞれの加入者数の増加分によって決まる。すなわち、各年の投資額は加入者数の増加分とそれぞれの設備単価の積を合計した額である(図III.1参照)。  しかしながら他方、設備単価は一般に大量生産の利益のため加入者数の増大にともなって低下する。加入者数の増大と設備単価の減少との関係は、BISDN建設予測における重要な要因である。以下においては、NTTによる設備単価資料から、それぞれの設備単価と加入者数増加分およびネットワーク普及度の関係式を求め、これを使って加入者数の増大にともなう各年の設備単価を推定する。  市内網投資は、まず設備全体を局・宅内設備と伝送設備に分け、それぞれについてN−VシステムとHシステムのコストを推定する。まず第1にt年のBISDN市内網(L)総投資額を、局設備・宅内設備投資額(H)と伝送設備投資額(C)に分ける。 Il,t=Ihl,t+Icl,t                   (IIIC-1) Il,t:t年の市内網総投資額 Ihl,t:局設備および宅内設備投資額 Icl,t:伝送設備投資額 1.局設備および宅内設備  局設備および宅内設備粗投資額Ihlを、N−VシステムおよびHシステムについてそれぞれ推定する。 Ihl,t=Ihv1,t+Ihhl,t+δhl,tKhl,t−1      (IIIC-2) a.N−Vシステム  N−Vシステムのための局設備および宅内設備投資額Ihvl,tは、設備単価とN−Vシステム加入者数増大分ΔYVtの積として推計する。 Ihvl,t:局・宅内設備投資             Ihvl,t=(設備単価)v,t・ΔYVt (IIIC-3)  設備単価は、局・宅内伝送設備(SLT,ONU)単価と交換機単価の和である。このうち、伝送設備すなわち光ファイバーについては、大量生産の進行にともなうコスト低下を考慮するため、各年の単価が、基本単価(量産時の単価)と生産開始時のコスト高を表現する単価調整パラメタQtの積で決まるものとし、単価調整パラメタは、N−Vシステム用設備の生産高すなわち同システム加入数増大分ΔYVに依存して決まるものと考える。基本単価すなわち量産時の価格は、NTTによって加入者当たり21万円(SLT6万円+ONU15万円)と推定されている。7)また、NTT資料から単価調整パラメタを推定すると、下記の式が得られる(式の導出については補論B.1参照)。他方、N−Vシステムの交換機は、すでに量産に入っている低速ディジタル交換機であるから、その価格は安定しており、郵政省通信政策局(1992)によって加入者当たり単価3〜5万円とされているので、この値をそのまま使うことにする。8) (設備単価)v,t=(局・宅内伝送設備単価)v,t+(交換機単価)v,t (局・宅内伝送設備単価)v,t= (基本単価)v・Qt [万円/加入](IIIC-4) (基本単価)v=21万 (交換機単価)v,t=5万 Qt=Qt(ΔYVt,Qt−1):単価調整パラメタ Qt=min[A・exp{−B・ΔYVt}+C,Qt−1] (IIIC-5)         A=4.445704        B=0.130962・10−4         C=1.0 b.Hシステム  次にHシステムについても、上記N−Vシステムと同様に局・宅内設備投資額Ihhl,tを下記の式によって求める。まず交換機については、1993年から出荷されているフォア・システムズ社(米国)のATMハブ交換機のポート当たりの価格3,000〜4,000ドル(=3,500ドル×110円/ドル=38.5万円)を初期生産コストとし、後述の単価調整パラメタQtを使って求めた初期・量産時価格比8を使って4.8万円=(38.5万円/8=4.8125万)を基本交換機単価として採用する。9)また、局・宅内伝送設備については、NTT推定による基本単価30万円(=SLT12万円+ONU18万円)を使う。後者についてはNTTによって初期価格も推定されているので、これを用いて単価調整パラメタQtを計算した。 Ihhl,t:局・宅内設備コスト                (IIIC-6) Ihhl,t=(設備単価)h,t・ΔYHt (設備単価)ht= (基本単価)h・Qt    [万円/加入] (IIIC-7) (基本単価)h=(基本局・宅内伝送設備単価)+(基本交換機単価)        =30万+4.8万=34.8万 Qt=Qt(ΔYHt,Qt−1):(単価調整パラメタ) Qt=min[A・exp{−B・ΔYHt}+C,Qt−1]   (IIIC-8)         A=6.9991742        B=0.1540327・10−4         C=1.0  上記Qtの推定式によると、初期生産コスト(年産1万台の場合のコスト)と量産時のコストとの比は、N−Vシステムについて5、Hシステムについて8程度となる。すなわち両システムの普及が進むにともなって、局・宅内伝送設備の単価は5分の1ないし8分の1に減少するものとし、Hシステムについては交換機単価も同じく8分の1に減少するものとして推定をおこなっているわけである。 2.伝送設備  次に、伝送設備すなわち回線建設のための投資額を、N−VシステムおよびHシステムのそれぞれについて推定する。回線コストについては、き線系、配線系(スターカプラを含む)、および引き落とし部分につき、物品費と工事費(ただし、地下溝工事費は含まない。すべて架空設備あるいは既設の地下溝を通す管路・ケーブル設備と考えている)の合計の加入者当たりのコストが、N−VシステムとHシステムのそれぞれについてNTTによって与えられている。ただし、これらの単価は、大量生産の利益を反映して各年の加入者数の増加分に、また建設工事の能率を反映してネットワークの普及率に依存する。上記NTTデータから回線単価の式を推定し、単価を求める。伝送設備粗投資Icl,tの計算式は下記のとおりである。 Icl,t=Icvl,t+Ichl,t+δcl,tKcl,t−1 (IIIC-9) a.N−Vシステム Icvl,t:回線投資 Icvl,t=(回線単価)vt・ΔYVt (IIIC-10)  NTTのデータにより、回線単価の推定式が、以下のように得られる(補論B.2参照)。 (回線単価)vt=A・(ΔYVt/10000)B(PVt・100%)BB  [万円/加入](IIIC-11) A=14.3378 B=-0.10824    BB=-0.21887 b.Hシステム  次に、HシステムについてもN−Vシステムと同様の方式により、加入者当たりの回線単価をNTTのデータから推定する。 Ichl,t:回線投資 Ichl,t=(回線単価)ht・ΔYHt (IIIC-12) (回線単価)ht=A・(ΔYHt/10000)B(PHt・100%)BB [万円/加入](IIIC-13) A=34.0796 B=-0.14432    BB=-0.25759 3.市内網用資本ストック:  以上、推定した局・宅内設備投資額および伝送設備投資額から、それぞれの資本ストックの予測値を計算することができる。経済分析における通常の手法では、投資額の時系列から資本ストックの時系列を推定するには、(当期末資本ストック)=(前期末資本ストック)+(当期粗投資)−(当期資本減耗)の関係式を使う。ここで、当期の資本減耗は、前期末に存在する資本設備ストックの「年齢構成(Vintage)」に依存する。資本の使用、年月の経過による設備能力の低下や、技術的・経済的理由による陳腐化の結果、使用停止・除却された資本ストックが資本減耗分となる(これは資本の減価償却引当金とは異なる。資本減耗率は主に技術的要因によって決まり、減価償却は会計ルールにしたがう。)。マクロ経済システムの資本ストックやNTTの電話網用資本ストックのように、長年月にわたる大規模な設備投資が継続した結果、資本の年齢構成がおおむね平均している場合には、資本減耗分は前期末の資本ストックの一定比率であると前提してもさしつかえない。しかしながら本作業におけるように、BISDNのために資本ストックが新規に建設される場合には、上記のような通常の方式を採用できない。建設当初の資本ストックは、その時点における最新の設備であり、投資資金の節約のためにも少なくとも数年間はフルに使用され、設備の陳腐化等による除却は考えられないからである。(ただし、予測できない技術進歩等による陳腐化の可能性は別問題である。10))本研究においては、BISDNの資本減耗に関する上記の問題を解決するために、BISDN用資本ストックに関して、1996-2005年までの10年間は資本減耗率をすべてゼロと仮定し、以後においては局・宅内設備について年6%、回線について年3%の資本減耗率を採用した。   Khl,t:t年末の局・宅内設備ストック   Khl,t=Khl,t−1+Ihl,t−δhltKhl,t−1    (IIIC-14)   Khl,1995=0   δhlt=(減耗率)=0  (t=1996,...,2005) =0.06 (t=2006,...,2025)   Kcl,t:t年末の伝送設備ストック   Kcl,t=Kcl,t−1+Icl,t−δcltKcl,t−1   (IIIC-15)   Kcl,1995=0 δclt= (減耗率)=0 (t=1996,...,2005) =0.03 (t=2006,...,2025)   Kl,t≡Khl,t+Kcl,t    (IIIC-16) D.中継網投資・資本ストック推定法  BISDN中継網建設のための必要投資額を推計するには、中継局設備投資と中継伝送設備投資を考える必要がある。  一般に市内網と異なり、中継網においては多数の加入者が中継設備を交代で使用する。事業者による中継網設計・建設のポイントは、限られた設備を効率良く多数の加入者に使用させること、すなわち加入者ダイヤル時に「話中」となる確率をなるべく低く保ちながら、設備の使用効率を高くすることである。加入者による中継網設備の使用頻度は、曜日や時間その他の要因によって不規則に変動する。ある程度の統計的傾向は存在するが、予測できない事情によって中継トラフィックが混雑することも多い。また、一般に任意の2点間を結ぶ中継回線経路は複数個存在し、混雑時や事故時のバイパスを提供するとともに、中継回線の効率的な使用に役立っている。中継網容量は、最頻時に回線使用が一杯になる程度に建設される。  従来の電話網においても、中継伝送においては信号をディジタル化・多重化し、大容量回線を使用して伝送単価を引き下げてきた。BISDNにおいては、中継伝送される信号は最初からディジタル信号であるから、電話網と同様に音声レベルの通信は多重化によって中継コストが引き下げられるであろう。また、これに加え、BISDNにおいてはセル化によるATM(非同期伝送モード)が採用されるので、複数ユーザ間の回線使用頻度の差を利用する「多重化」も中継コストの引き下げに役立つものと期待される。11)  上記のように中継網の使用は複雑な要因を含むので、一般にBISDNの中継網投資の推定は困難である。海外で発表されている研究成果においても、市内網建設の投資額は推定されているが、中継網建設の投資額の推定例は未だ発表されていないようである。  以下においては、中継網投資額についてとにかく一応の数字を出すため、いくつかの前提を導入し、下記の手順で作業をおこなった。なお、中継網投資額は市内網投資額に比べてはるかに小さい(おおむね1桁の差)ので、本節の作業結果は、BISDN全体の必要投資額についてそれほど大きく影響するものではない。  本研究においては、ユーザによるBISDN中継網の使用が、現電話網における中継網使用と類似することを前提し、電話網における加入数と中継網使用に関するデータを準用してBISDN中継網投資額を推定する方策をとる。もちろん、この前提には問題がある。BISDNサービスに対する需要は、加入者が受ける便益と設定料金によって決まり、それが電話網サービスへの需要と相似したパターンを示すか否かはわからない。前者はBISDNシステムの性能・普及度に加え、他のコミュニケーション手段(直接面談を含む)の利用可能性にも依存するからである。またBISDN市外料金については、もちろんまだ何も決まっていない。したがって、BISDN加入者による中継網の使用度についても、明確なことは何も言えない。BISDN中継網の使用が電話網のそれに類似するという前提は、いわば分析の出発点であり、具体的な予測値を得るための便法にすぎないことを断っておきたい(図III.2参照)。  作業の手順として、まず現電話網における中継網設備を推定し、それにBISDN用設備の単価を適用し、BISDNへの加入数を考慮して必要投資額を推定する。  中継網(G)建設コストの主要部分は、中継局設備(H,V)と中継伝送回線(C)のコストであり、中継網投資は局設備投資と伝送設備投資に分けられる。 Ig,t:t年の中継網粗投資額 Ig,t=Ivg,t+Ihg,t+Icg,t     +(δvg,tKvg,t−1+δhg,tKhg,t−1+δcg,tKcg,t−1) (IIID-1) Ivg,t:t年のN−Vシステム用中継網局設備投資額 Ihg,t:t年のHシステム用中継網局設備投資額 Icg,t:t年の中継網伝送設備投資額 1.局設備  中継網用局設備投資を推定するため、まず電話網市外交換機総端子数を推定した。ただし総端子数のデータ自体は入手できなかったので、市外回線数の2倍を総端子数として使うこととした。具体的には、1990年におけるNTTの市外回線数を150万と推定し、これを1990年におけるNTT長距離収入シェア(=46539億円/48841億円=0.9529)で除してNCCを含む市外回線の総数を求めた。12)13)  HシステムおよびN−Vシステム加入者用中継に必要な市外交換機端子数ZHtおよびZVtは、それぞれ1990年の電話網交換機端子数(ZA1990)にHおよびN−Vシステムの普及率(PHt,PVt)をかけて求めた。次に、必要市外交換機端子数の増加分に、それぞれHシステム用局設備すなわちATM中継交換機と局伝送設備(H−SLT)、低速中継交換機と局伝送設備(N・V−SLT)の単価をかけて、局設備投資額を求めた。単価としては、それぞれ市内設備の単価と同一の値を用いた。また、市内設備と同一の単価調整パラメタを用いた。 ZA1990:1990年電話網市外交換機総端子数 ZA1990=(市外回線数)×2 (IIID-2)     ={150万/(1990年NTT長距離収入シェア)}×2     =(150万/0.9529)×2=314.83万 Ivg,t=(設備単価)vt・ΔZVt (設備単価)v,t=(局内伝送設備単価)v,t+(交換機単価)v,t (局内伝送設備単価)v,t= (基本単価)v・Qt  [万円/加入] (IIID-3) (基本単価)v=6万 (交換機単価)v,t=5万 Qt=Qt(ΔYVt,Qt−1):単価調整パラメタ Qt=min[A・exp{−B・ΔYVt}+C,Qt−1] (IIID-4)         A=4.445704        B=0.130962・10−4         C=1.0 Ihg,t=(設備単価)ht・ΔZHt (設備単価)ht= (基本単価)h・Qt     [万円/加入] (IIID-5) (基本単価)h=(基本局内伝送設備単価)+(基本交換機単価)=12万+4.8万=16.8万 Qt=Qt(ΔYHt,Qt−1):(単価調整パラメタ) Qt=min[A・exp{−B・ΔYHt}+C,Qt−1]   (IIID-6)         A=6.9991742        B=0.1540327・10−4         C=1.0 ZHt:必要Hシステム市外交換機端子数 ZVt:必要N−Vシステム市外交換機端子数 ZHt=PHt・ZA1990 (IIID-7) ZVt=PVt・ZA1990 (IIID-8) ΔZHt=ZHt−ZHt−1 (IIID-9) ΔZVt=ZVt−ZVt−1 (IIID-10) 2.伝送設備  中継網の伝送設備投資額は下記の方法によって推定した。まず、電話網の市外回線長を推定する。電話網の通話用1回線にHシステムの双方向映像通信1チャネルを対応させ、電話網市外回線長にBISDNシステムの普及度PHtをかけて必要BISDN市外回線長を求める。これにATMセル化および画像圧縮による多重度を適用し、回線単価を使って投資額を求めた。なお、N−Vシステム加入者用の市外回線については、加入者当たりの必要容量(64kb)がHシステム用の必要容量(160Mb)の0.05%以下であるため、これを無視することにした。  上記のうち、電話網市外回線長は、郵政研究所武内信博主席研究官(1993年当時)による1991年度末の推定値(809147km・system=809147×2016回線/system=16.3124億km・回線)をとった。14)また、多重度については、ATMセル化による多重(多重度1)および画像圧縮による多重(多重度2)を考え、それぞれ下記のような暫定値を与えた。  次に、Hシステム用市外回線単価については、富士通研究所島田禎晉氏(1993年当時)による下記の推定値を採用した。まず、現在実装されている光ファイバー1本の容量は2.4Gb/secである(ただし、BISDNの立ち上がり時には10Gb/secで実用化されるものと予測される)。HシステムにおけるHDTV(ハイビジョン)レベルの双方向映像通信においては、1チャネル当たり300Mb/sec(=150M×上り・下り)が必要となるから、光ファイバー1本当たりでは現在の実装値で8チャネル(=2.4Gb/sec÷300Mb/sec)がとれる。他方、現時点では光ファイバー1本の価格は5万円/qであり、ケーブル当たり50心とすると、1ケーブルのチャネル数は400(=8×50心)、価格は250万円/q(=5万円×50心)となる。工事費としては、これに中継装置(現在では数十qごとの光増幅装置が開発されている)費や管路土木費がかかるが、その単価を出すことは難しい。本研究では、これらの費用を加え、ケーブル設置費用をケーブル費の3倍、すなわち750万円/qと前提した。したがって、中継回線の単価は、1.875万円/q・HDTVチャネル(=750万円/400)となる。これらのデータに関しては、今後におけるよりくわしい検討が必要である。 Icg,t:市外回線コスト (市外回線コスト)=(市外回線単価)・(必要市外回線長) (IIID-11) (市外回線単価)=(チャネル単価)/(多重度)   [円/km](IIID-12) (チャネル単価)=1.875万円/km (多重度)=(多重度1)×(多重度2) (多重度1)=3 (多重度2)=1 (必要市外回線長)= 16.3124億km・ΔPHt 3.中継網資本ストック  局設備および伝送設備の投資額から、中継網資本ストックを市内網におけると同じ方式で求めた。資本減耗率はここでも当初10年間はゼロと仮定し、以降は局設備について年6%、回線について年3%としている。   Kg,t≡Kvg,t+Khg,t+Kcg,t (IIID-13)   Kvg,t:t年末の市外低速交換機ストック   Kvg,t=Kvg,t−1+Ivg,t−δvgKvg,t−1 (IIID-14)   Kvg,1995=0   δvg=(減耗率)=0 (t=1996,...,2005)           =0.06 (t=2006,...,2025)   Khg,t:t年末の市外ATM交換機ストック   Khg,t=Khg,t−1+Ihg,t−δhgKhg,t−1 (IIID-15)   Khg,1995=0   δhg=(減耗率)=0 (t=1996,...,2005)           =0.06 (t=2006,...,2025)   Kcg,t:t年末の市外回線ストック    Kcg,t=Kcg,t−1+Icg,t−δcgKcg,t−1 (IIID-16)   Kcg,1995=0   δcg= (減耗率)=0 (t=1996,...,2005)            =0.03 (t=2006,...,2025) E.収入・財務推定法  本節においては、電気通信事業者全体の活動(BISDNおよび電話網の双方を含む)に関する諸経済指標の推定法を述べる。なお、ここでは電気通信事業者の提供する諸サービスのうち一般電話サービスに対応する部分のみを扱うが、本節の指標については、便宜上これを同事業者のすべてのサービスに比例拡大した数値で表すことにする。  以下においては、まず、国内網全体を旧来の電話網(twist pair加入者線を使うNISDNを含む)とBISDN(N−VシステムとHシステム)に分け、年次を追って後者が前者を置き換えるものとする。収入および設備投資に関しては、BISDNと電話網を別個に予測し、他の指標すなわち営業費用、経常収益、資金収支などについては、両者を一括して予測する。 1.資本ストックおよび投資  電話網用資本ストックについては、必要電話網ストックが同加入者に比例すると仮定し、同ストックが不足する場合には不足分が投資され、余剰となる場合には余剰分が除却されるものとする。同資本ストックの減耗率は年6%とし、減価償却に関しては、1990年におけるNTTの数値を適用する。BISDN網においては除却は無く、(既述のように)減耗率と同一の償却率を仮定する。 Kt:電話網用ストックとBISDN用ストックの和 Kt=Ka,t+Kb,t (IIIE-1) Kb,t=Kl,t+Kg,t   (IIIE-2) KDa,t:必要電話網用ストック KDa,t=SUBAt・(Ka,1990/SUB1990) (IIIE-3) Ka,t:電話網用ストック Ka,t=Ka,t−1(1.0-δa,t)+Ia,t-Da,t (IIIE-4) =KDa,t δa,t=0.06 EKa,t:余剰電話網用ストック EKa,t=(1.0-δa)Ka,t−1−KDa,t (IIIE-5) Ia,t:電話網用総粗投資 Ia,t=max[0,−EKa,t] (IIIE-6) Da,t:電話網ストック除却 Da,t=max[0,EKt]            (IIIE-7) Ib,t:BISDN用総粗投資 Ib,t=Il,t+Ig,t (IIIE-8) It:総粗投資額 It=Ia,t+Ib,t (IIIE-9) 2.営業費用 a.人件費の推計(CLt)  NTTおよびNCC(ただし長距離系3社のみ、以下同じ)の従業員数(Lt)と年間平均賃金(WRt)の過去(1965〜1990年)のトレンドを延長し、従業員数、年間平均賃金の予測値をかけて人件費の予測値を求める。  1958年から1990年までの電電公社、NTTおよびNCC従業員数(Lt)を「NTT、NCC有価証券報告書」「電電公社監査報告書」等より得る。この従業員数の年度系列を次の式によって近似する。   Lt = -344061 + 90660.2*t - 5972.03*t2, t = 1958 to 1990 (IIIE-10) ここで、tに1996から2025を代入し、1996年から2025年までの従業員数予測値(Lt)を得る。しかし、2015年の従業員数予測値は、1990年の約1/5であり、過小と思われる。そこで、1998年以降、従業員数20万人を維持するシナリオを考える。このシナリオに基づいて、1997年まで、(IIIE-10)式に従って従業員数の予測値を求め、1998年以降、この予測値を20万人に固定する。この系列(LEt)を従業員数の予測値として採用する。 次に、1965年から1989年のNTTおよびNCCの人件費(CLt)、従業員数(Lt)を使用して、同期間の年間平均賃金(WNt)を求める。さらに、「賃金センサス」の運輸通信業「決まって支給する現金給与額」を使用して、1990年基準賃金デフレータを作成する(DEFWt)。この賃金デフレータを使用して、実質平均賃金(WRt)を求める。   WNt = CLt / Lt, t = 1965 to 1989 (IIIE-11) WRt = WNt / DEFWt, t = 1965 to 1989 (IIIE-12) 次に、年間平均賃金の予測値を過去(1965〜1989)の平均賃金の系列(WRt)を延長して求める。そのために、1965〜1989年の平均賃金の系列を次の式で近似する。   WRt = -222010 - 0.012934*Lt−1 + 117.027*t, t = 1965 to 1989 (IIIE-13) (IIIE-13)式に、予測期間の年度(1996〜2015)をtに、さきに求めた従業員数予測値 (LEt)の前年度値をLt−1に代入して、平均賃金の予測値(WRt)を得る。  最後に、(IIIE-10)、(IIIE-13)で求めた従業員数、平均賃金の予測値(LEt,WRt)を使用して、1996年から2015年までの人件費予測値(CLt)を求めることができる。 CLt = LEt*WRt, t = 1996 to 2015 (IIIE-14) また、物件費CMtについては、1990年における物件費と資本ストックとの比を求め、これを資本ストックの予測値に乗じて求める。  CABt=CLt+CMt+(減価償却費)+(社債利息) Ct=CABt・((1990年NTT・NCC総費用)/CAB1990) 3.経常収支、資金収支の予測 a.収入  事業者の収入については、電話網加入者、N−V網加入者、H網加入者のそれぞれにつき、下記の前提の下に推定した。電話網加入者当たりの収入は1990年と同一とし、N−V網加入者当たりの収入は、基本料はその1.5倍、使用料は電話網と同一とした(すなわち、電話網加入料の半分をVシステム(CATV)用ケーブル使用に充てていることになる)。また、Hシステム加入者当たりの収入は、基本料は電話網加入者の2倍、使用料は住宅用、事務用につきそれぞれ電話網加入者の2.5倍、3.5倍とした。15) R1990:1990年NTT・NCCの電話網収入合計 R1990=RH1990+RB1990 (IIIE-15) RAt=R1990/SUB1990 (IIIE-16) RH1990:1990年住宅用収入 RB1990:1990年事業用収入プラスNCC収入 RBR1990:1990年基本料等収入 RHA1990=RH1990/SUBH1990 (IIIE-17) RBA1990=RB1990/SUBB1990 (IIIE-18) RABR1990=RBR1990/SUB1990 (IIIE-19) RHAt=RHA1990 (IIIE-20) RBAt=RBA1990 (IIIE-21) RHVt:V加入者当たり収入 RHVt=RHAt+(RABRt×1.5) (IIIE-22) RHHt:住宅用H加入者当たり使用料収入 RHHt=RHAt×2.5 (IIIE-23) RBHt:事業用H加入者当たり使用料収入 RBHt=RBAt×3.5 (IIIE-24) RHBRt:住宅・事業用H加入者基本料 RHBRt=RABRt×2.0 (IIIE-25) RABt:総電話網・BISDN収入 RABt=RAt・SUBAt+RHVt・SUBVt+RHHt・SUBHHt+RBHt・SUBBHt+RHBRt・(SUBHHt+SUBBHt) (IIIE-26) Rt:総収入 Rt=RABt・((1990年NTT・NCC総収入)/RAB1990) b.資金収支  現在の単純化されたモデルにおいては、下記の式のように、事業者の資金余剰Stは総収入から総費用(人件費と物件費の和)と長期債務に対する利子支払いと総投資額の和を差し引いた金額である。また、累積長期資産Btは、1996年からの累積資金余剰額と定義する。累積長期債務(−Bt)は社債発行額に相当する。その利子率としては、1990年と1991年の政府保証債利回りの平均年当たり6.2%をとった。 St:資金余剰 St=Rt−(Ct+0.062(−Bt)+It) (IIIE-27) Bt:累積長期資産 Bt=ΣSu (IIIE-28)    u<t [0.062=(1990年、1991年政府保証債利回りの平均)     =(0.06610+0.05818)/2] c.経常収益  次に、経常利益Πtとしては、事業者の総収入から、総費用(人件費と物件費の和)と資本ストックの減価償却額と電話網の余剰資本ストック分の除却額と累積長期債務に対する利子支払い額の和を差し引いた金額である。ここで、資本ストックの減価償却率は、電話網については1990年におけるNTTの減価償却額を電話網資本ストックで除した値(年当たり9.2%)とし(実際の減耗分より相当に過大である。なお、NTTの有形固定資産簿価に対する償却率は年16%になる。)、BISDNについては資本減耗に等しい額とした。また、電話網資本ストックの除却額は、電話網資本ストックの余剰分、すなわちそれが必要資本ストック額を上回った分に等しいとした。 Πt:経常利益 Πt=Rt−(Ct+0.10264Ka,t+Da,t+0.06Kb,t−0.062Bt) [0.10264=(1990年NTTの減価償却率)=(減価償却費)/(1990年電話網資本ストック)      =1,430,147/13,933,010=0.1026445] [0.16=(減価償却費)/(有形固定資産額)    =1,430,147/9,115,926=0.15688] IV.予測結果  本節においては、前節までに説明した手法およびデータにもとづいて計算したBISDN建設に関する予測結果をまとめて述べる。 A.加入数予測  BISDNへの加入率および加入数は、1990年における電話網加入率(住宅用については世帯当たり加入数、事務用については生産年齢人口当たり加入数)を出発点とし、その何%がBISDNに移行するかという形で考えられている。表1Aおよび1Bは、2015年において住宅・事務用加入数の75%がBISDNに加入し、住宅用については3分の2がN−Vシステムに、3分の1がHシステムに加入した場合の計算結果を示す。なお、加入数のグラフにつき図1および図2を参照されたい。  BISDNおよび電話網の加入者合計(SUBt)は、2015年において6800万であり、うち5300万が住宅用、1500万が事務用加入数である。また、最終年次の2025年においては、総加入数7200万の80%近くがHシステム、17%がVシステムに加入し、電話網加入者は3%にまで減少している。予測期間において、世帯数は1世帯当たりの人口数の減少にともなって増加する傾向にあり、他方、生産年齢人口数は人口構成の高齢化にともなって減少する傾向にあるので、住宅用加入数と事務用加入数の総加入数に対する比率は、1996年においてはそれぞれ70%と30%であったが、2015年においては78%と22%、2025年においては82%と18%になっている。  次に2015年、2025年において、総加入数のうちBISDNへの加入数(SUBBISDNt)はそれぞれ5100万、7020万、電話網への加入数(SUBAt)は1700万、200万である。しかし図2が示すように、BISDN加入数は予測期間中にゼロから始まって漸次増加してゆくので、2015年までは事業者のオペレーションのウェイトは、平均すると依然としてBISDNよりも電話網の方が大きい。BISDNのウェイトが大きくなるのは、2025年まで通算したときである。2015年においては、BISDN加入数5100万のうち、N−Vシステムへの加入数(YVt、すべて住宅用)が半分以上の3000万を占め、Hシステムへの加入数(YHt)は2100万である。同年のHシステムへの加入者のうち、約53%の1100万が事務用Hシステム加入数であり、残りの1000万が住宅用Hシステムへの加入数である。N−Vシステムへの加入数は2016年にピークに達し、以後は漸減して、2025年には1200万になる。これに対しHシステムの加入数は2025年には5700万強に達する。なお、表1Bの末尾に、総加入数中に占めるN−Vシステム加入数(PVt)、Hシステム加入数(PHt)、BISDN加入数(PHVt)、電話網加入数(PAt)の比率がそれぞれ示されている。 B.投資・資本ストック予測  次に、BISDN建設のための投資額と資本ストック、および電話網を含む全国網の投資額および資本ストックの予測値について述べる。 1.BISDN用投資および資本ストック  BISDN用投資および資本ストックの計算結果は、付表2、3、4、5および6に加え、付図3および4に示されている。  BISDNへの加入数が前節で述べたように増加するとき、BISDN用純投資は、1996年の3500億円から増加し、2012年に2兆3000億円でピークに達するが、2009年以降は更新投資を含めておおむね2兆円台で推移する(図3、表2)。予測期間内のBISDN純投資額の累計は2005年までに9兆円、2015年までに37兆円、2025年までに72兆円であり、年平均約2.4兆円である。この額は、1991年度におけるNTTの設備投資額(有形固定資産取得額)の約2倍である。他方、粗投資額累計は、それぞれ10兆円、42兆円、85兆円に上る。  同投資額の内訳としては、図3に見られるように、当初においては市内網N−Vシステム・Hシステム用の局・宅内設備投資のウェイトが大きく、次いでHシステムの普及とともに同システム用局・宅内設備の投資が増大する。これに比較し、市内伝送設備投資額は、N−VシステムについてもHシステムについても局・宅内設備投資額の約10%程度である。また、表6に見られるように、BISDN中継網への投資は、予測期間中の合計が、2015年までに約4.7兆円、2025年までに約13兆円であり、後者はBISDN総投資額の15.3%となる。その内訳としては、市内網とは逆に、局設備投資と回線設備投資の比率がおよそ1対10になっている。  上記の結果は、BISDN建設コストの大半は市内網伝送設備(回線)コストから生ずるとする通常の理解と異なった結論を与えている。その理由の1つは、加入者当たりの局・宅内設備の単価と回線設備単価(物品費と工事費を含む)の差にある。光通信関係の局・宅内設備は、全くの新製品であるため、当初の生産単価が高い。これに対し、回線コストについては、光ファイバーがすでに大量生産されている製品であり、物品費単価はそれほど高くなく、かつ将来における単価下落が予想されている。また、BISDN建設のために新たな通信線用地下設備(とう道)の建設を考えることはせず、現在すでに使用されている通信路(とう道あるいは架空設備)を使うことを前提しているため、工事費もそれほど高くなっていない。もし、地下設備を建設して加入者回線のすべてを設置する方策を採用すれば、BISDN建設費用は、本作業における推定額の数倍ないし数十倍に上るであろう。16)  予測期間中における大量生産とネットワークの普及による資本設備単価の減少に関するデータが、表3および表4に示されている。表3に見られるように、局・宅内設備に関しては、N−VシステムおよびHシステムの双方について、予測期間中の2013年ごろまでに大量生産水準に達することになり、単価調整パラメタは1.0に近いレベルにまで減少している。他方、予測期間当初の1996年においては、N−Vシステムの単価が大量生産時の約4.7倍、Hシステムの単価は7倍強になっている。その結果、加入者当たりの設備費用については、N−VシステムおよびHシステムについて、1996年にはそれぞれ104万円、258万円であるが、2015年にはそれぞれ28万円と37万円にまで低落する。  他方、伝送設備に関しては、N−VシステムとHシステムについて1996年には加入者当たりそれぞれ15万円および48万円であるが、2015年には4万円と6万円にまで低下する。すなわち設備単価は、20年間でそれぞれ約4分の1弱と8分の1にまで低下するわけである。  上記の結果から、BISDNの建設は、大量生産の利益を早期に実現するため、建設初期においてロジスティック曲線が示す「自然的」増加のペースではなく、何らかの方策で大量生産レベルに到るまで普及を加速させ、比較的短期間内に投資を集中することが有利であると言える。  なお、BISDN投資の予測値から、資本ストック系列を計算することができる。図4が示すように、資本ストックの大部分は市内網用局・宅内設備である。 2.国内網全体の投資および資本ストック予測  上記のBISDN用投資および資本ストックの予測に電話網の資本ストック予測を加えれば、国内網全体の資本ストックの供給予測が得られる。図5、6A、6Bおよび表9、10を参照されたい。  まず、電話網用資本ストックの予測について述べる。BISDNの普及にともなって電話網への加入者数が減少する。予測期間の当初においては減少スピードが低いが、次第にBISDNへの移行者が増加し、予測期間の後半には電話網加入者が急速に減少し、2025には約3%になる。これにともなって電話網の必要資本ストック(KDa,t)は、当初1996年における16兆5000億円のレベルから、2015年には3分の1の5兆円弱に減少し、2025年にはさらにその10分の1の5000億円にまで減少する。  必要資本ストックに対し、現実の資本ストックは年6%の率(半減期11.2年)で減耗する。この減耗率は予測期間初期における必要資本ストックの減少率より大きい。したがって、1996年から2007年までは必要資本ストックが現実の資本ストックを上回り、図6A、6Bと表10に示すように、ピーク時において年1兆円程度、合計で約9.5兆円の粗投資が必要になる。ただし、粗投資額は2007年には年約1000億円強にまで減少する。  2008年から2025年までは、加入者のBISDNへの移行にともなって、電話網資本ストックが余剰となる。2008年においては、816億円の余剰であるが、2025年まで年間数千億円、合計で約7兆4000億円の余剰ストック額が生ずる。本モデルにおいては、余剰となった電話網資本ストックは、その年末において除却されることになっているので、2025年までに同額の累計損失が生ずることになる。  BISDNへの移行スピードが予測期間当初において比較的遅いため、電話網への投資が依然として継続し、予測期間30年間において7兆円余の「過剰」投資がおこなわれるわけである。言い換えれば、予測期間における電話網投資額の総計9兆5000億円のうち、約20%が2015年までに、4分の3が2025年までに余剰資本ストックとなって捨てられるわけである。この点から考えても、BISDN建設に際しては、建設開始後何らかの方法でBISDNの普及を加速させ、(理想的には)電話網資本ストックの減耗速度と同一速度で電話網加入者数が減少するようにBISDNへの移行者が増加することが望ましい。少なくとも、BISDN網への移行がピークを過ぎた後に電話網資本ストックに多額の余剰が出ることを避ける方策が望ましい。  BISDN資本ストックは、1996年に3500億円のレベルからスタートして2015年に31兆円に、2025年には49兆円に達する。他方、電話網資本ストックは、1996年に6兆5000億円の水準にあるが、2004年ごろまでおおむね同一水準で推移し、同年以降急速に減少して2015年に4.8兆円に、2025年には5000億円程度になる。両者を合計した総資本ストックは、1996年の約16兆円のレベルから、2015年に36兆円すなわち約2倍強に、2025年には50兆円すなわち約3倍に増加する。これがBISDN建設にともなう国内網全体の規模増大を示す。   C.収支・財務予測 1.費用  本節においては、BISDN建設にともなう事業者の収入・費用、経常収益、資金収支などの経営指標の予測結果を述べる。  まず、営業費用の予測値は、図7および表11にまとめられている。事業者の従業員数(NTTと長距離系のNCC3社の合計、以下同じ)は、1995年の23万1600人から、2015年には20万5000人にまで漸次減少し、以降は同水準で推移するように前提されている。これは、NTT従業員数減少の最近の傾向に、20万人程度を同下限とする考えを適用したものである。  就業者1人当たりの賃金水準については、1996年の年900万円から年率3.5%で成長して、2015年には年1800万円程度にまで増加すること、また同年以降は年率2%で成長して2025年には年2190万円程度になることを前提している。ただし、これらは1990年価格による表示であり、インフレーションが生ずれば、名目額を得るために物価上昇率を加える必要がある。就業者数と1人当たり賃金から計算された人件費は、1996年の2兆1千億円強から、2015年には3兆7000億円、2025年には4兆5000億円にまで増大する。  他方、営業費用のうち物件費については、総資本ストックと同一速度で増大することを前提しており、1996年の1兆2300億円から、2015年には2兆6000億円、2025年には3兆6000億円にまで増加すると予測している。  もとより、これらの営業費用は、人件費についても物件費についても、事業者の努力によるコスト削減や業務外注の程度などに依存する。本予測で使用した数字は、人件費については就業者数の減少を予測して比較的伸び率を抑え、他方物件費については(業務外注等の増大を考えて)比較的高い増加率を見込んだものである。 2.収入  国内網全体の運営から生ずる事業者の収入については、前節に述べた前提のもとに加入者当たり料金を設定し、これに各サービスへの加入者数をかけて計算した。図8および表12を参照されたい。  まず、電話網加入者については、1990年と同一額の基本料・使用料を支払うものとする。次に(住宅用)N−Vシステムの加入者については、基本料は電話網の1.5倍、使用料は電話網加入者と同一額を支払うことを前提する。現行電話基本料の50%の増大は、現CATV網への加入料を若干下回る金額である。次にHシステムへの加入者については、基本料を電話網加入者の2倍とし、度数料は住宅用において2.5倍、事務用について3.5倍と仮定している。  これらの前提が需要側の条件にマッチする場合(すなわち需要関数を満たす場合)においては、事業者は下記のような収入を得るものと予測できる。17)まず、事業者の総収入は1996年における5兆3400億円から、2015年に10兆円、2025年には13兆4000億円にまで増加する。これは2015年までは年率3.2%、同年以降年率2.9%、全期間平均で年率3.1%の増加率になる。  総収入のうち、電話網からの収入は1996年において100%であるが、2015年においては全収入の約15%強、2025年には1.4%にまで低下する。他方、BISDNからの収入は、1996年においてはゼロであるが、2005年においては、総収入の23%にまで増大し、以後急増して、2015年においては8兆4600億円すなわち全収入の85%、2025年には13兆2200億円すなわち総収入の98.6%にまで増大する。また、BISDN収入のうち、2015年においては約32%がN−Vシステムからの収入であり、残りの68%はHシステムから得られるが、2025年にはこれらがそれぞれ7.2%、92.8%となる。  なお、1990年のNTTと長距離系NCC3社の営業収入5兆9080億円は、同年のわが国のGNP約430兆円の1.37%に当たる。1996年における事業者の総収入と同年のGNPとの比率が同じく1.37%であるとし、GNPがかりに実質年率3.5%で2015年まで、以後は年率2%で成長し続けるとすれば、上記の推定は、事業者の収入が2015年においてGNPの1.34%になり、2025年には1.47%にまで増加することを意味する。GNPに対する比率としては、これらはおおむね安定しており、実現可能な数値と考えてよいであろう。他方、GNPの成長率を低めに想定し、2025年まで一貫して年2.5%で成長するとすれば、2025年における事業者総収入の推定値はGNPの1.6%にまで増加しなければならない。さらにGNPの成長率を年2%とすると、2025年の事業者総収入はGNPの1.9%にまで増加する必要がある。すなわち、本予測に使用した事業者の収入が実現されるためには、GNPにおける国内網総収入のシェアが、30年間に約4分の1%(GNP成長率2.5%のとき)、あるいは約2分の1%(GNP成長率2%のとき)だけ増加しなければならない。過去において電気通信事業収入のGNP中の比率は、長期的におおむね一定であった。これを4分の1%あるいは2分の1%だけ30年間に増加させることは、それほど難事とは思えないかもしれない。しかし、そのためには家計・企業の「通信費」予算のみでは無理であるかもしれず、従来、たとえば「広告費」あるいは「交通費」として支出された分の一部が、通信サービスの購入に向けられて初めて実現可能であるかもしれない。いずれにしても、この問題はBISDNの需要予測によって解明されるべきものである。 3.経常収益・資金収支の予測  最後に上記資本ストックおよび費用収入等の予測値を総括して、国内網全体に関する事業者の資金収支および経常収支の予測をおこなった。図9、10と表13に結果が示されている。(なお、BISDNのような長期プロジェクトについては、経常収支の数字はあまり意味が無い点に留意されたい。とりわけ、資本の減価償却費が税法規定などで外部から恣意的に規定されている場合はそうである。これに対し、資金収支すなわちcash flowは、当プロジェクトの純収支をそのまま示し、プロジェクト評価のための適切な指標である。)  まず、資金収支については、予測期間の最初の6年間、すなわち1996年から2001年に到るまでは資金余剰が生じ、1996年に5400億円余、2001年には820億円余である。2002年から資金不足の状態が始まり、これは2016年まで続く。当初2002年においては250億円の資金不足であるが、ピーク時2010年には6400億円余になり、その後資金不足は漸減して2016年には800億円になる。2017年以降、資金収支は再びプラスに転じ、2025年には8700億円の資金余剰を生じる。  予測期間のうち初期の資金余剰は電話網における収入から生じ、中間期間の多額の資金不足はBISDNの建設のための投資資金の需要から生じ、そして予測期間終期の資金余剰は、BISDNサービスからの収入の増大によって生ずる。  上記資金余剰(不足)額の累積額は、予測期間における社債の償還(発行)額とみることができる。表13に示すように、社債発行残高は2002年までマイナスであり(すなわち余剰資金を外部に貸し付けている状態であり)、2010年すなわちBISDN建設開始後15年経過した後に社債発行の必要が生ずる。社債発行残高は2017年までほぼ一貫して増大し、同年にピーク3兆6000億円余に達する。2017年には資金余剰の発生にともない、社債発行残高が減少しはじめ、2025年には1兆1800億円の残高になる。  上記のような資金過不足の状況については、1985年民営化当時のNTTの社債残高が4兆円、1992年当初においては2兆円であった点と比較できるであろう。BISDNを建設した場合の2015年における社債残高3兆3800円、2025年における1兆1800億円は、必ずしも大きな額とは言えない。また、予測期間のトレンドを延長すれば、2027年前後で社債すなわち長期債務が返済されることがわかる。すなわち本予測に使用した諸前提のもとでは、BISDNプロジェクトは30年余でペイ・オフすることになる。  最後にBISDN建設にともなう国内網全体の事業者経常収支を計算してみた。表13に示すように、予測期間のすべてにおいて経常収支はプラスすなわち黒字を示す。その理由の一部は、初期における電話網の収益力、予測後期におけるBISDN網の収益力にある。ただし、前述のように、経常収益の数字は長期プロジェクトについては、あまり意味が無い(減価償却費と投資額が一致しない)ことに留意されたい。 V.あとがき  以上がわれわれの実行したBISDN建設にともなう供給予測の概略である。大略して、本作業は、かなり安全に(高めに)見積もった投資コストの下で、BISDNのサービスが現行電話サービスの2〜3倍の価格で需要されるのであれば、約30年程度で90兆円の必要投資資金を償還し、国民(株主)に約50兆円の資産(BISDN資本ストック)を残すであろうことを予測している。上記のような予測結果は、一見したところ、BISDNの建設に関する「悲観的」予測であるという第一印象を与えがちであろうが、これは正しくない。本予測が示しているのは、BISDNのようなインフラ建設プロジェクトは、一般のプロジェクトに比較して「収益期間(投資の懐妊期間――gestation period)」がはるかに長いという事実である。この事実を認めず、短期間内に資金収支を無理にバランスさせようとする(たとえば価格を高めに設定することにより)と、需要が発現されず、プロジェクトは失敗に終わることになる。  すなわち、この予測結果が明らかにしているのは、BISDNのようなインフラ建設のための巨大プロジェクトは、長期間の資金投入を要求することである。20年ないし30年にわたる期間を通算すれば、十分以上の利益を上げ投資資金を償還することが可能であるが、株式会社組織において通常実行されるプロジェクトのように、数年間程度の短期間で収益を上げることのできる種類のものではない。BISDNの建設は収益性という点だけからみれば、他のインフラ建設、たとえば大規模空港の建設、長距離高速ハイウェイの建設、あるいは海洋開発、宇宙開発、基礎研究のような長期プロジェクトと比較することができる。  また本予測は、もしBISDNを建設するのであれば、建設初期にサービス価格を低めに抑えて需要を喚起し、早期にユーザのネットワーク外部性(本作業では考慮されていない)を発現させ、なるべく多額の資金を短期間内に投入して大量生産の利益を実現し、同時に現電話網への余分の投資を省くことが有利であることを示している。これらの点は、高齢化社会を目前にしているわが国が、BISDN建設を急ぐべきであるとする理由にもなっている。  以上を要するに、わが国において実際にBISDNを建設するべきか否かは、上記の事項を勘案しつつBISDNサービスに対する需要の程度、およびBISDNがわが国社会経済全体にもたらす便益の大きさとそのために必要な投資額を考えて決められるべきことである。これらの点で肯定的な結論が出れば、BISDN建設のための資金源、BISDN建設にともなうリスク負担などの考察が必要となる。本研究は、こられの議論のための基礎資料を提供するための試みであった。 補論 A.住宅用BISDN普及率曲線、住宅用Hシステムシェア曲線、および事業用BISDN普及率曲線の導出 1.住宅用、事業用BISDN普及率曲線  住宅用、事業用BISDN普及率曲線とは、年次の経過と住宅用、事業用BISDNの普及率の関係を示す曲線である。普及率曲線として、ロジスティック曲線(S字型曲線)を用いるのが一般的である。ここでは住宅用BISDN普及率曲線に、1995年における普及率がゼロになるよう調整を加えたロジスティック曲線を採用した。住宅用BISDN普及率曲線は、次の式で示される。  f(t) = 1 / [ 1 + exp { -a ( t - t0)}] - f95 (1-1) t = year - 1995 year = 1995 to 2015 f(t):t年の住宅用、事業用BISDN普及率 f95 :1995年の住宅用、事業用BISDN普及率  テキスト本文で述べたように、住宅用BISDN普及率に関しては、1995年(t=0)に、普及率0.01(1%)、2015年(t=20)に、普及率0.75(75%)、0.5(50%)、0.25(25%)の3ケースを仮定する。事業用BISDN普及率に関しては、1995年(t=0)に、普及率0.01(1%)、2015年(t=20)に、普及率0.9(90%)、0.75(75%)、0.5(50%)の3ケースを仮定する。住宅用、事業用に関し、それぞれ、3ケースを高位、中位、低位とする。この高位、中位、低位に対応して、(1-1)のロジスティック曲線のパラメタa, t0, f95を求める。住宅用、事業用に関し、各ケースに対応するロジスティック曲線のパラメタを以下に示す。     住宅用BISDN普及率曲線のパラメタ       高位     中位     低位   a 0.2874 0.2318 0.1775   t0 15.9891 19.8274 25.8942   f95 0.01 0.01 0.01     事業用BISDN普及率曲線のパラメタ       高位     中位     低位   a 0.3454 0.2874 0.2318   t0 13.3023 15.9891 19.8274   f95 0.01 0.01 0.01 すなわち、住宅用、事業用に関し、それぞれ、高位、中位、低位の3ケースが対応し、住宅用BISDN普及率曲線として、(1-1)式で示されるような3本のロジスティック曲線が得られる。さらに、3本の事業用BISDN普及率曲線が得られる。 2.住宅用Hシステムシェア曲線  住宅用Hシステムの加入世帯数が住宅用HシステムまたはVシステムいずれかに加入している世帯数に占める比率を、住宅用Hシステムシェアと呼ぶことにする。住宅用Hシステムシェア曲線は、この住宅用Hシステムシェアの経年変化を示す。この曲線もロジスティック曲線で近似する。本文で述べたように、住宅用Hシステムシェアが2000(t=5)年に0.01(1%)、2015年(t=20)に0.25(25%)に達するシナリオを考える。このシナリオに基づき、調整されたロジスティック曲線のパラメタを求めることができる。このとき、住宅用システムシェアの予測値を求めるロジスティック曲線は、次の式で表される。  s(t) = 1 / [ 1 + exp( -0.2331 ( t - 24.713))] + 5 (1-2)  t = year - 1995 year = 1995 to 2015 s(t):t年の住宅用Hシステムシェア B.資本設備単価の推定 1.局・宅内設備単価データと推定式  N−VシステムとHシステムにつき、NTTによって与えられた局・宅内設備単価に下記の式をあてはめた。 a.N−Vシステム   Qt=Qt(ΔYVt)=(単価調整パラメタ)     =min[A・exp{−B・ΔYVt}+C,Qt−1]         A=4.445704        B=0.130962・10−4         C=1.0 (Qt( 1万)=4.9 (局・宅内設備単価)t=103万+24.5万=127.5万 Qt( 10万)=2.2 (局・宅内設備単価)t=45.5万+11万=56.5万  Qt(100万)=1.0 (局・宅内設備単価)t=21万+5万=26万) b.Hシステム   Qt=Qt(ΔYHt)=(単価調整パラメタ)     =min[A・exp{−B・ΔYHt}+C,Qt−1]         A=6.9991742        B=0.1540327・10−4         C=1.0 (Qt( 1万)=7, (局・宅内設備単価)t=210万+105万=315万; Qt( 10万)=2.5, (局・宅内設備単価)t=75万+37.5万=112.5万;  Qt(100万)=1.0, (局・宅内設備単価)t=30万+15万=45万) 2.伝送設備単価データと推定式あてはめ値  N−VシステムとHシステムにつき、NTTによって与えられた回線単価(物品費プラス工事費)に、本文中の式を最小2乗法によってあてはめ、推定値を計算した。 参考文献 井出一仁(1993)「身近になるディジタル・ビデオLAN」『日経コミュニケーション』153(1993.7.5)、pp.38-56. 小野欽司、浦野義頼、鈴木健二、松尾一紀、小花貞夫、飯作俊一、加藤聰彦(1993)『OSIプロトコル絵とき読本――改訂増補版』オーム社。 栗山規矩・八田恵子・中空麻奈・太田耕史郎・大村真一・野口正人(1993)「わが国電気通信サービスの需要予測:1996-2025――BISDN建設の経済的基盤――」『郵政研究レヴュー』第4号(1993.10)pp.97-135. 関秀夫(1993)「米国の情報ハイウエーズ計画はどこへ向かうか」『週刊ダイヤモンド』(1993.8.14/21)、PP.58-61. 武内信博(1993)「中継系電気通信ネットワークにおける需要と供給」『郵政研究レヴュー』第4号(1993.10)pp.137-177. 通信機械工業会(1993)『「光の国」実現に関する提言』。 電気通信審議会(1994)『21世紀の知的社会への改革に向けて――情報通信基盤整備プログラム――答申』。 堀純一郎、渡辺博則(1993)「電話でテレビを見る時代」『日経コミュニケーション』144(1993.2.15)、pp.37-55. 水野博泰、渡辺博則(1993)「光の国への選択」『日経コミュニケーション』149(1993.5.3)pp.40-59. (財)郵政国際協会電気通信政策総合研究所(1993)『諸外国の次世代情報通信サービス及びこれに関する政策の動向に関する調査報告書』。 郵政省通信政策局(監修)、広帯域ISDNに関する調査研究会(編)(1992)『広帯域ISDN普及戦略――次世代通信を担うインフラストラクチュア』。 郵政省通信政策局技術開発企画課研究開発推進室(1992)『広帯域ISDNに関する調査研究会――報告書』。 郵政省電気通信局電気通信技術システム課監修(1991)『光ファイバーシティ推進懇談会報告書』。 Stewart, Alan, and Alan Pearce(1993)「クリントン/ゴア新政権下の米国の電気通信政策」『日経コミュニケーション』143(1993.2.1)、pp.61-68. Asatani, Koichi (1991) "CCITT Standardization of B-ISDN," NTT Review, Vol.3, No.3 (May 1991), pp.122-133. Bonatti, M., F. Casali, and G. Popple (eds.) (1991) Integrated Broadband Communications: Views from RACE--Network and Engineering Aspects, North-Holland. Browning, Graeme (1993) "Search for Tomorrow," National Journal (March 20, 1993), pp.674-679. Calabrese, Andrew, and Donald Jung (1992) "Broadband telecommunications in Rural Amarica: Emerging Infrastructures for Residential Service," Telecommunications Policy, Vol.16, No.3 (April 1992), pp.225-236. 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NOTES: 1) わが国におけるBISDN導入の検討は、郵政省電気通信局(1991)、郵政省通信政策局(1992)、通信機械工業会(1993)、電気通信審議会(1994)によってなされている。このうち電気通信審議会(1994)は、マクロ的な方法を用いたBISDNの経済予測を与えている。本稿の作業は、同予測の延長・深化であると見ることもできる。 2) 諸外国における次世代通信網導入政策については、郵政国際協会(1993)が包括的な展望を与えている。米国の動向については、関(1993)、Stewart(1993)、Elton(1991)、Hollings(1991)、Clinton(1993)、NTIA(1991)を、ヨーロッパについてはBonatti(1991)を参照。また、積み上げ方式によるBISDN投資の経済予測については、Calabrese(1992)、Egan(1992)、Reed(1992)、Takasaki(1989)などを参照。本作業においては、とりわけReed(1992)の手法の一部を参考にした。 3) BISDNに対する需要予測の作業例は皆無に近い。栗山他(1993)、Kuriyama(1995)の結果は、おそらく世界で最初のBISDN需要関数の推定例である。 4) 米国においても、図U.2と類似のBISDNシステムの導入が考慮されている。しかしながら米国においては、Hシステムは高価に過ぎると考えられており、最近になってようやく関心の対象となってきた。本研究のような供給予測作業においては、NシステムとVシステムに対応するシステムの併用が提案されている。Nシステムはディジタル電話に加え、企業間LAN用の高速データ伝送に使用することが考えられており、Vシステムは住宅用のビデオ配信システムとして考えられている。しかしながら米国においては、CATV用同軸ケーブルがすでに設置済みである(加入者へのケーブル到達率96%、加入率60%)。このため、既設のCATVケーブルと光ファイバーの併用・結合についてさまざまのシステムが提案されており、需要に応じてコストを最小化しながら光通信を普及させることが考えられている(Reed, 1991を参照)。 5) 米国と異なり、わが国においては、CATVがテレビ難視聴解消分を含めて20%程度の普及率にとどまっている。このことは、一方においては映像伝送のためのインフラの欠如を意味し、BISDNのスタートを遅らせる要因である。しかし他方においては、同軸ケーブルと光ファイバー併設から生ずるコストを節減できるので、長期的にはBISDN普及についてプラスの要因となり得る(これは、わが国鉄鋼業が、米国と比較して後発であったため米国の鉄鋼業よりもすぐれた設備を使用することができ、古い設備の償却コストを免れて1960年代に急成長できたことと類似している)。いずれにしても、CATVに対する需要を使って光ファイバー設置を加速することは、わが国の高度情報化のための急務であり、制度面における早期の対応が望まれる。 6) BISDN諸サービスに対する需要関数の推定は、栗山他(1993)、Kuriyama(1995)によってなされている。 7) ここで、「量産」の定義は、3メーカーによる年産100万台すなわち1メーカー当たり三十数万台程度を想定している。(1メーカーでなく3メーカーによる生産を考えるのは、独占価格の形成を排除するためである。) 8) 郵政省通信政策局(1992年)、p.55。 9) Telecom Trends, 1992年4月, p.17. 10) BISDN用設備の陳腐化(たとえば無線通信技術の進歩による光ファイバー網の陳腐化)の可能性は、同システム建設における重要問題である。将来における技術進歩の可能性が不確実である以上、このリスクに関しては何も予測できない。しかしながら、この種のリスクが存在する以上、BISDNシステムの建設を通常の株式会社レベルの損益計算だけで実行することはほとんど不可能であろう。われわれはこの種の陳腐化を交通インフラにおいてすでに経験している。在来線鉄道への投資が道路と自動車の発達によって陳腐化したケースがその例である。これらのことを考えると、BISDNの建設には、(巨額の投資資金調達の必要に加え)リスク負担に関するなんらかの国家的・公共的な見地からの措置が必要である。 11) 小野他(1993)。 12) 市外回線数は、情報通信総合研究所叶ъvによる。 13) NTTシェアは、電気通信政策総合研究所『電気通信統計』(平成3年3月末)、p.14、による。 14) 武内(1993)を参照。なお同推定値は、県間トラフィックのみを考慮しており、県内の市外トラフィックを含んでいないので、本作業の推定値は過小となっている可能性がある。 15) 栗山他(1993)の需要予測は、ここでの料金設定と加入者予測数値に近い結果を与えている。 16) いわゆる「都市配線の地下化、共同溝建設」は、電気通信ネットワークだけでなく、電力、ガス、上下水道をも含めたより広い視点からの都市総合(再)開発のテーマであり、BISDNよりもはるかに多額の建設費用を要する。 17) 栗山他(1993)は、上記料金・加入者数の想定と類似した需要予測結果を与えている。 --------------- 「わが国電気通信産業の供給予測:1996-2015年――BISDN建設の経済的基盤」(河村真、野口正人と共著)、『郵政研究レビュー――特集:電気通信サービスの需給分析』、No.4、1993年10月、pp.41-95。(1996年2月改訂)