ネットワーク産業としての電気通信 ――広帯域通信(BISDN)時代における電気通信産業組織(注1) 1993年12月 大阪大学社会経済研究所 鬼木 甫 第I節.まえがき  わが国の電気通信事業は、100余年前(明治年間)の創業以来、国営事業として続けられてきたが、1952年に日本電信電話公社が設立され、公社形態が導入された。さらに1985年に到り、同公社は民営化されて日本電信電話株式会社(NTT)となり、また市内電話を除くほとんどすべての市場にNCC(新規事業者)の参入が認められて競争体制が成立することになった。米国においては、1984年に、ローカル電話市場の自然独占と長距離市場における競争体制を前提して(旧)AT&Tが分割された。しかし、同前提は、最近における急速な技術進歩と新サービスの出現によって崩れはじめたという指摘もある。現クリントン政権は、新技術による「情報ハイウェイ」建設をはじめとする諸政策を打ち出している。わが国においては、1985年改革の目標であった競争の促進、価格の引き下げ、サービス充実のための諸政策が進行中であり、加えてNTT組織の「見直し」が懸案になっている。米国における新しい変化はわが国にも及ぶと考えられ、これらの傾向をふまえた電気通信産業の在り方に関する議論がはじまっている。  本章においては、長期的すなわち数年あるいは十数年以上の期間を考慮した電気通信産業組織を考察する。二十一世紀においては、光ファイバーとATM交換方式を主体とする新世代通信網(広帯域通信網、BISDN)が実現されると考えられているが、そのとき、どのような電気通信産業組織がユーザおよび事業者に利益をもたらすかという問題を考える(注2)。 本章の主たる内容は、電気通信産業の垂直分業(上下分割)による競争促進と規制合理化の提案である。また本章補論においては、わが国電気通信産業が現在の体制から上記の「長期的に望ましい」体制に移行するために当面必要となる施策について説明する。  一般に、電気通信産業組織、すなわち電気通信産業における多様かつ広範囲の活動をどのような法的フレームワーク、規制、事業者形態のもとに供給するのが望ましいか、あるいは供給することができるかは、その時点において利用可能な技術に依存する。伝統的なアナログ方式の電話サービス(PSTN)においては、電気通信網の内容が単純・素朴であったため、ユーザの電話端末をはじめ、回線、交換機、メンテナンス・修理サービス、営業活動まで、すべて単一の事業者が独占的に供給することが効率的であった。米国におけるように、端末機器の生産まで電気通信事業者の傘下におかれたこともある。電気通信技術の発展や、諸インターフェースの標準化により、従来において単一の事業者によって独占的に供給されていたサービスを分離・分割し、複数の事業者に分担させることが可能になった(注3)。  電気通信のための新しい技術は、通常はユーザおよび事業者の利便を向上させるために導入される。しかしながら、その副産物として、新しい技術が従来は不可能であった種類の業務分担や、複数の事業者間の連絡を可能にし、新しい産業組織の可能性を導入することが少なくない。本章の目的は、将来において新しい通信技術が導入された場合に、それがもたらす産業組織の新しい可能性を考慮に入れつつ、どのような産業組織を採用するのが長期的に望ましいかについて検討することである(注4)。 第II節.光ファイバーとATM方式交換 1.BISDNの概要  広帯域総合サービス通信網(BISDN)は、広帯域の加入者回線容量を持つ総合的な電気通信サービス網である。広帯域すなわち165Mbpsあるいは600Mbpsの容量を持つので、現在のテレビ映像あるいはHDTV(ハイビジョン)クラスの映像情報を、われわれが電話で音声を伝送して通信するのと同様に、ユーザ間で交換機を通して双方向で送ることができる。また、それは、総合サービス通信網であるので、音声はもとより、映像、画像、ファクシミリ、データ(電子メールやファイル転送を含む)の伝送を同一ネットワーク上で実行することができる。  BISDNの技術的基礎は、第1に大容量の光ファイバー、第2にATM交換機、第3に多種多様なユーザの要求に応ずる端末(マルチメディア端末)である。これらのうち、光ファイバーは、すでに現電話網の中継用として実用化されており、そのユーザ宅引込線の建設(FTTH)については、現在各国で実験が開始されている。次にATM交換機については、実用水準のものが試作されつつあり、少数ユーザ用のLANに使用される同交換機が1993年から発売された。BISDN公衆網のためのATM交換機も近く市場に出てくるものと予想される。最後にユーザ端末は、マルチメディア機器として、電気機器メーカー、家電メーカーが開発を競っている。  BISDNの仕様は、国際電気通信連合(ITU)のCCITT(93年7月からITU-Tと改名)において、鋭意標準化が進められており、1992年会合においてその概略が明らかになった。以下においては、BISDNシステムを、将来の電気通信産業組織の考察に必要なかぎりで説明する(注5)。  BISDNにおいては、音声・映像・データおよびネットワーク制御・管理(シグナリング)用データなどのすべての情報を、「セル」と呼ばれるディジタル情報の小単位に分割し、高速ATM交換機によって、発信地から着信地まで伝送する。大容量の光ファイバーと大容量のATM交換機により、数百Mbpsを必要とするハイビジョンの情報も、ほとんど遅延なく伝送することができる。(もちろん、ネットワーク全体の容量の制限はある。)  BISDNの基盤はセル伝送である。ユーザがセルの形で送り込んだ情報を、ユーザとの約束・注文に応じて宛先に高速転送する。ユーザは、映像のように伝送量がある時間間隔で大幅に変化する大量のデータを送ることもあり、ファイルのように一定量のデータを送り続けることもあり、また音声やファクシミリ情報のように、映像データの何千分の1の容量しか必要としないデータを随時送ることもある。回線・交換機に空きができたときに送ってよいものがあり、あるいは他ユーザに優先して送る必要があるものもある。さらに、たとえ遅延が生じても、もとのデータをビットごとに正確に送ることが必要な場合があり、ある程度間引きして不正確なデータを送ってよい場合もある。それぞれの送り方の特色に応じてサービス価格が設定されており、ユーザは必要なサービスを選択することができる。電話回線のように、通話時間中に排外的な(物理的)通信路を設定する必要はない。したがって、公衆網と専用網の区別は不必要である(専用サービスはすべてVPNとなる)。  BISDNにおいては、すべての情報がセルの形で伝送されるので、同伝送主体は、もとの情報が映像・音声・データなどのいずれであったかは知る必要がないし、知ることもできない。セルの伝送に関するユーザの要求、すなわち、宛先、要求キャパシティ、正確性、緊急性などを知っているだけである。セルという単純な形式によって情報を伝送することにより、BISDNは単一のネットワーク上で多様なサービス要求に応えることができる。しかし、そのために、元の情報すなわち音声・映像・データなどをセル形式に変換して送り、受信後に元の形に戻す仕事が必要となる。最近における伝送・交換技術の進歩により、これらの作業を無視できるほどの遅れで実行することが可能になった。 2.BISDN技術の階層構造  BISDNにおいては、多様な情報を効率良く処理するために、システム内で仕事の種類に応じる分業を採用する。図1に示すように、大別して物理レイヤ、ATMレイヤ、AAL(ATMアダプテーション・レイヤ)、上位レイヤという4種類の仕事が垂直方向に区別されている。それぞれの階層(レイヤ)は、直下の階層からサービスを受け取り、直上の階層にサービスを供給する。図1のそれぞれの階層は、実際には、さらに上下2層あるいは3層に区別されている。このような垂直分業は、元来はコンピュータによるデータ伝送のため採用されたものである(注6)。  最下位の物理レイヤは、光ファイバーや同軸ケーブルなど、実際に信号を伝送する物理媒体を管理する。それぞれの媒体に応じて、信号伝送の方式が異なる(たとえば光の点滅、電圧の強弱変化など)が、これらの相違は物理レイヤ内部で処理し、上部層に対しては(媒体の相違にもかかわらず)あらかじめ定められた標準方式でセルを伝送するという仕事をおこなう(注7)。  次にATMレイヤは、上部層から宛先や優先度を付して送り込まれるセルを目的地まで伝送する。大量のしかも多様なパターンで送り込まれるセルを効率的にさばくことができるか否かが、BISDNの成否を決める。ATMレイヤは、この困難な仕事に専念し、それ以外の「雑務」からは解放されている。ATMレイヤは、自己の取り扱うセルがどのような媒体で実際に伝送されているかにはかかわらない。それは物理レイヤの仕事である。また、ATMレイヤは自己の取り扱うセルがどのような情報をあらわし、どのようなサービスを供給しているかにもかかわらない。それは、上層であるAALの仕事である。このように、CCITTによるBISDN標準化の特色は、テレコミュニケーションの基本となる情報の伝達・交換という仕事だけを切り出し、ATMレイヤにその仕事に専念させていることにある。  ATMレイヤの上部には、AAL(ATMアダプテーション・レイヤ)と呼ばれる階層があり、ここでは音声・映像・データ、管理・制御用信号など、情報形式やユーザ間の論理的伝送路の区別に依存する仕事をおこなう。AALは情報源から送り込まれた音声・映像・データなどをセルに変換し、宛先・優先度などの情報を付加してATMレイヤにわたす。また、情報の受け取り先では、ATMレイヤからわたされたセルをAALで元の音声・映像・データなどにもどす。したがって、AALでは元の情報の形式、その発信元と受信先などを知っていなければならない。これらのデータは、同じくセルに変換された信号(管理・制御用信号)として送られ、通信の開始や終了、情報形式や伝送方式などが伝えられる。ATMの仕事は、ネットワーク内の回線と交換機によって実現されるが、これに対しAALの仕事の大部分は端末側で実行され、ATMレイヤの負担が軽減されている。ATMレイヤとAALの仕事は、従来のアナログ電話網においては一体として扱われてきた。BISDNにおいてこの両者が区別されるのは、すでに述べたようにBISDNの中心機能であるセル伝送の効率を上げるためこれをATMレイヤにまかせ、その他の「雑務」をAALが引き受けるようにしているからである(注8)。  階層構造の最上位には、上位レイヤと呼ばれる機能がある。上位レイヤについてはCCITTの標準化作業が遅れているので、筆者が適当な簡易設定を選んでおく。まず、便宜的に上位レイヤをさらに上下に2分し、これを上位レイヤ1および上位レイヤ2と呼ぶことにする。上位レイヤ1は、BISDNにおける特定サービスを供給する。ただし、このレイヤは情報内容には関与せず、情報の運び手・担い手としてのサービスを供給する。具体的には、電話・テレビ電話などの方式でユーザによる電気通信ネットワークへのアクセスを実現するサービス、さらにこれに付加価値を付けたテレビ会議、資料伝送付電話会合サービス、電子メール・掲示板、映像伝送、放送(番組中継のみ、番組作成・供給は上位レイヤ2に属する)、LAN・WANなどのサービスを供給する。  最後に、上位レイヤ2は、情報内容に関与するサービスを供給する。ビデオ・放送番組の作成や供給、番組ライブラリの維持、(拡張)情報サービス(たとえばデータベース、遠隔教育、医療などのサービス)が供給される。  このように、BISDNサービスの階層を区別し、サービスを上下(垂直)に分離するのは、主として技術的な便宜のためである。上下のレベルで情報の種類を区別することにより、情報の受け渡しが標準化・単純化され、システムの一部が変更・改良されてもその影響を最小限にとどめることができる。一般に情報活動に関しては、このような上下分離がシステム効率化のために不可欠である。たとえばコンピュータにおいても、ハードウェア、オペレーティング・システム、アプリケーション・プログラムのような上下分離構造を観察することができる。電気通信においては、階層ごとに決められた方式でデータを受け渡すので、上下分離における標準化の内容は、それぞれの階層におけるデータ受け渡しの手続き、すなわち「プロトコル」でもある。したがって、図1の階層構造は、「BISDNプロトコル」と呼ばれている(注9)。  BISDNではハイビジョン映像を含む広帯域の信号伝達が可能であるので、BISDN上で「放送」すること、すなわちCATV型のサービスをATM交換機のセル伝送によって供給することはもとより可能である。これに加え、個別ユーザのリクエストに応じて、映像ライブラリから要求された映像番組をそのユーザだけに送ること(VOD)も可能である。BISDNにおける「放送」は、その技術的可能性の一部の応用にすぎない。この意味でBISDNにおいては、放送と通信が当初から融合している。ただし、この方式による放送が実現されるためには、光ファイバー・ネットワークがすべてのユーザ宅に到達し、ユーザが広帯域の情報を自由に受信できるようにならなければならない(注10)。 第III節.次世代通信における「望ましい」産業構造(注11) 1.独占的供給と水平分割と上下分割  本節においては、次世代広帯域通信網すなわちBISDNの技術的可能性を念頭におき、それが実現されたときにどのような電気通信産業組織が望ましいかについて論ずる。電気通信産業組織とは、事業者による電気通信サービス供給の分担方式である。したがって、電気通信産業組織を考察するためには、まず電気通信サービス市場の区分を考える必要がある。電気通信産業は、伝統的に単一の公営事業者あるいは公的権力の強い規制下にある独占事業者であったので、電気通信サービス市場は一体と考えられていた。しかしながら、先進国は競争市場の利点を実現する(公営・公的規制の欠点を避ける)必要から、市場を区分し、公営・独占から競争へ移行するため、各市場において新規事業者の参入を促進し、場合によっては既存の事業体を分割して複数の事業者を創出してきた(注12)。  電気通信サービスの市場は、いくつかの基準にしたがって区分できる(図2)。電気通信ネットワークは、2次元空間に広がったグラフと考えられるので、同グラフの構成に対応する市場区分が可能である。まず第1に、電気通信事業体の担当地域による区分が考えられる。担当地域は、国内と外国に大別され、国内は、地方別、都道府県別などに分けることができる。ネットワークのグラフ構造から次に考えられる市場区分の基準は通信距離である。すなわち、近距離のローカル通信、国内長距離通信、国際通信の市場が区分できる。  これらとは別の観点から電気通信サービス市場を区分することもできる。まず、第1に、供給されるサービスの種類による区分が考えられる。その一例として、図2にユーザアクセスと中継サービスが示されており、前者はさらに公衆網、専用、移動サービスに区別できる。電気通信サービスは多種類にわたるので、サービスの分類は上述のものにかぎらない。たとえば音声サービスと画像サービスを区別することも不可能ではない。図2に示された基準は、可能な区分法のうちの一部にすぎない(注13)。市場区分の別の基準として垂直分業が考えられる。図2に示された区分、すなわち上部(拡張)サービスと基本サービスの区別は、現時点で電気通信産業に適用されている垂直分業である。BISDNにおける垂直分業(図1)も、市場区分の一例である。  次に、図2に示された電気通信サービス市場の区分基準を2種類以上組み合わせて、さらに細分された市場区分を考えることができる。図3には、3種類の可能な組み合わせが例示されている。図3(1)は、サービス別区分と地域別区分とを組み合わせた結果である。そこでは、わが国の地域が地域A、B、Cなどとして区別されており、また、これに対し、ユーザアクセス、中継サービス、その他のサービス区分が示されている。この両者を組み合わせて得られる市場区分について、わが国電気通信産業組織の現状が記号で示されている。たとえば、公衆網項目の右側の横に長い区画と記号RMは、公衆網によるユーザアクセスについて、わが国の市場は地域を通して一括されており、NTTによる(規制下の)独占的供給RMになっていることを示す。また移動通信については、地域ごとに市場が区分され、それぞれの市場内で規制下の競争RC(多くはNTT DocomoとNCCによる複占体制)になっていることを示す。  また、図3(2)は、垂直分業と通信距離別基準の組み合わせによる市場区分である。そこでは、上部サービスと基本サービスだけが区別されている。現時点のわが国においては、国内の上部サービスは自由競争の状態にあり、国際市場での上部サービスには若干の規制が課せられている。また、ローカル市場の基本サービスはNTTの独占であり、長距離および国際市場における基本サービスは、規制下の競争状態にある。  次に、図3の(3)および(4)は、通信距離別と地域別区分を組み合わせて得られる市場区分である。そのうち、(3)はわが国の現状であり、国際・長距離市場はそれぞれ一体となって規制下の競争状態にあり、またローカル市場はNTTによる独占状態にあることを示す。また、図(4)は、1990年のNTTの組織見直し検討時において、NTT分割の一案として提示されたものである。国際・長距離市場については、(3)と同一であるが、ローカル市場について、NTTの地域別分割が示されている。  図2および図3に示された市場区分方式は、理論上考えることができる多数の区分方式のうちの一部である。本論文では、これらの多数の組み合わせから、将来における電気通信産業組織の考察のために有用と考えられる市場区分を見出し、同区分にもとづいて望ましい産業組織を提示する。すでに述べたように、以下においては、図1に示された技術的な垂直分業を手がかりにして考察する。 2.BISDN下における「望ましい」産業構造――競争と公共目的の「矛盾」  電気通信産業組織の問題は、競争市場の利益と、大規模経営の利益のバランスをどこに求めるかにある。事業者間の競争は、多数の供給主体による「完全競争」であっても、少数の事業体間の競争であっても、通常は価格引下、サービス向上、新サービスの導入という望ましい効果をもたらす。他方、電気通信事業者の規模が大きければ、規模・範囲の経済を実現し、ネットワーク経済性の利益を広い範囲から獲得することができ、コストの切り下げに役立つ。これに加え、民間企業による利益追求行動では実現できないいくつかの公的目標、すなわち、あまねく等しいサービス(ユニバーサル・サービス)の実現、標準化の実現、先行的研究開発投資の促進、投資期間が極端に長いインフラストラクチュアの建設、投資リスクの負担、そして(必要であれば)通信主権の維持などを、公的規制によって実現することができる。これらの公的目標は、市場に多数の小規模事業者が存在する場合よりも、少数の大規模事業者が存在する場合、とりわけ独占市場の場合において容易に達成できる。したがって、電気通信産業組織における矛盾する2目標のバランスとは、大略して競争と独占・規制の選択である。実際には、多数事業者の場合と少数事業者の場合とで、競争の利益の実現の程度や規制の容易さが異なる。したがって、それぞれの市場について考慮の対象となる市場組織は、第1に規制下の独占(RM)、第2に少数事業者間の競争(RC)、第3に多数事業者による競争(C)の3種類であろう。 3.市場区分  望ましい電気通信産業組織を考察するためには、適切な市場区分を導入する必要ある。本節においては、垂直分業を利用する市場の上下分割方式が、いくつかの点で競争の利益と独占・規制の利益の双方を増大させる可能性があることを主張する。この点を明らかにするために、まず図2に示された市場区分の4基準を比較してみよう(注14)。  まず、サービス別の市場区分を考える。サービス別に市場を区分する(すなわち指定された複数のサービスが同一事業体によって供給されることを許さない)ことから生ずるマイナスは、範囲の経済を失うことである。ユーザアクセスと中継サービスとの区分については、両サービスの性格が大きく異なること、中継交換機(関門交換機)のコストが低下したことにより、両サービスにわたる範囲の経済性は減少していると考えられる。米国における両市場の分離、またわが国における両市場の分離への志向は、この事実にもとづいている。  次に、ユーザアクセスについて、公衆網・専用サービス、移動通信サービス間の範囲の経済は、依然として大きいと考えなければならない。最近において、移動通信事業者NTT DocomoがNTT本体から分離されたが、これは範囲の経済性を考慮して取られた措置ではなく、移動系NCCとNTTとの間の競争条件を公平化し、同時にNTT本体の分割を避けるという政治的配慮の結果であると考えられる。1993年に到って、新しい移動通信技術にもとづくパーソナル通信サービス(PCS)の導入が計画されているが、同サービスと公衆網サービス間の範囲の経済が大きいため、PCSは移動通信サービスの一部としてではなく、公衆網サービスの一部として供給される可能性もあるとのことである。以上を要するに、ユーザアクセスと中継サービスの市場区分は考えられるが、ユーザアクセス自体については、市場を区分せず、むしろ一体化することが望ましいと考えられる。  事業主体の担当地域別の市場区分と、通信距離別の市場区分とは、いずれも電気通信ネットワークのグラフ構造、すなわちその地域的な広がりに着目した市場区分であり、直観的にわかりやすい。1984年における米国(旧)AT&Tの分割においても、1985年および90年における(旧)NTTの分割およびその見直し(案)においても、これらの市場区分が考慮されていた。図2(3)および(4)は、いずれも地域別および通信距離別の2基準による市場区分を示しており、(3)はわが国における1985年体制(すなわち現時点の状態)であり、同(4)は1990年におけるNTT組織の見直し時において提示された案のうちの一つである。(4)は、現状(3)のうち、ローカル通信市場を地域別に分割し、それぞれの地域市場において供給独占を認める案である。1984年における(旧)AT&T分割のパターンも(4)である。  図3(4)の構造における最大の問題は、地域別に分割されたローカル市場における事業体が依然として独占事業体として機能し、分割前の状態、すなわち(3)と本質的に同一の状態にあることである。1984年の(旧)AT&Tの分割は、同社の独占力を弱め、分割によって競争を促進することを目標としていた。しかしながら、分割によって生み出されたのは、細分化された地域独占であり、それぞれの地域において独占の問題が持ち越されている。もちろん、政治的な「独占力」の減少や、過大な企業組織の非効率性を減少させる効果は期待できる。しかし、図3(4)のような地域別の市場区分は、競争の利益の増大という点では必ずしも望ましい方策ではない。  最後に市場区分の第4の基準として、垂直分業を考えよう。図2においては、現行の市場区分、すなわち上部サービスと基本サービスのみを区別していた。基本サービスのうち、物理的な回線網については、これを(第I種・第II種事業者の区別に対比させて)「第0種事業者」と呼び、独立した事業とすることが早くから議論されている(注15)。また、CCITTで策定中のBISDNサービス供給においては、(技術上の必要から)4層(あるいは5層)の垂直分業、すなわち物理レイヤ、ATMレイヤ、AAL、上位レイヤ1および2が区別されている。これらによって示唆される市場の上下区分は、どのような長短所をもっているのであろうか。  垂直分業にもとづく市場の上下区分のコストは、(他の区分と同じく)範囲の経済性を失うことである。これまで同一事業体によって運営されてきた回線網と基本サービスが別個の事業体によって供給されるようになると、両者間の技術的インターフェースのコスト、両者間の取引を実現するための営業コスト、アカウンティング・コストなどを新たに支払わなければならない。また、現存の電話網ネットワークは、上下分離を想定しないで設計・建設されたため、これを無理に分割するときは、業務上の非効率性が極度に大きい。この意味で、NTTを、現在すぐにたとえば回線網保有会社と基本サービス供給会社に二分することは現実的でない。  しかしながら、垂直分業による市場の上下分離はいくつかの利点をもっている。まず第1に、それぞれの市場は電気通信サービス生産の段階によって区別されているため、各階層内部の業務は同質である。したがって、階層内の競争が推進され、また公的規制の実行も容易である。現在のONAにおいて見られるように、上下階層間のインターフェース規制のような面倒な問題を持ち込まずに、イコール・フッティングを実現できる。さらに上下層間の取引においては、それぞれ同質のサービスが売買されるため、取引内容が簡略になり、取引コストが節約される。各階層の企業のアカウンティング内容も単純明瞭になり、したがって内部補助、「外部」補助の把握も容易になる。  第2に、市場の上下分離は、それぞれの層が国民経済すべての地域に共通して存在することになるため、全国規模の競争が容易に実現される。また、その必要があれば、特定の階層を強力に規制することにより、規制の効果を容易に全国に及ぼすことができる。  第3に、電気通信産業の最終サービス(すなわちユーザに販売されるサービス)の価格は、それぞれの階層の付加価値の合計である(それぞれの階層のコストが最終サービスの価格の一部となる)が、各階層について競争市場構造と独占・規制構造を適切に選ぶことにより、独占・規制構造をとる階層の付加価値をなるべく少額にとどめるように工夫する余地がある。すなわち独占・規制から生ずる非効率性を最小限にとどめることが可能である。  第4に、上下分離のコスト、すなわち上下階層間のインターフェースのコストは、大部分情報コストであり、情報技術の進歩によってすでに低下しつつあり、将来における低下も見込まれることである。現在のアナログ方式の電話網においては、図2に示した上部サービス、基本サービス、回線網インフラの3層分割が最大限の上下分離であろう。これに対し、BISDNにおいては、図1の5階層分離が可能になっている。将来においては、上下分離にともなう範囲の経済性の喪失の程度はますます小さくなると考えられる(注16)。  上記の理由により、電気通信産業組織として、垂直分業による市場の上下分離方式は、他の方式に比べて多くの利点をもっている。また、上下分離はいわば「時代の傾向」でもあり、情報産業だけでなく、多くの産業において産業構造が上下方向に分離されていることが認められる。以下においては、このような上下分離にもとづいて、BISDNにおける望ましい産業組織を考える(注17)(注18)(注19)。 4.「上下分割」構造(4層構造)  技術的見地から考えられたBISDNの階層構造、すなわち図1の5層構造から望ましい産業組織を定めるには、第1に与えられた5層をどのように上下統合するか(何層の上下階層にするか)、第2にこのようにして決められた階層のそれぞれについて、規制下の独占(RM)、規制下の競争(RC)、自由競争(C)のいずれの市場構造を選ぶべきかを決める必要がある。  図1の5層構造を考えよう。これらの層について、図1のままで、あるいはその一部を統合して、上記のRM、RC、Cを当てはめるとすれば、どのような仕方が望ましいであろうか。  まず、RM、RCを完全に排除し、すべての層を自由競争(C)構造にする極端な場合を考えよう。この場合には、競争市場の効率は最大限に発揮されるが、ユニバーサル・サービスや標準化など自由競争では実現できない目標は達成されないで終わるだろう。したがって、これらの目標をある程度達成することを求めるかぎり、どの層かにRCあるいはRMを導入せざるを得ない。この場合、規制の効果を強力にするため、以下においてはRMの導入のみを考えることにしよう。  図1におけるそれぞれの階層の特色を考えれば、ATMレイヤがRMに適することが明らかである。ATMレイヤは、BISDNを効率的に実現するためのセル交換・伝達のネットワークであり、階層内における完全な標準化と、一元的な管理・運営が実現されている。またATMレイヤにおいては、セルの交換・伝達だけに仕事が限定されており、技術的な理由から他の仕事はなるべく上層あるいは下層に委せるように設計されている。したがって、ATMレイヤにおいて生ずる付加価値は最小化されており、ATMレイヤがRM構造をとって同レイヤにおける競争の欠如が非効率性を生ずるとしても、その効果は少額の付加価値にかぎられ、ユーザが支払う最終サービスの価格に与える影響は小さい。他方、BISDNのサービスは、すべてATMレイヤによるセル交換・伝送に依存するので、ATMレイヤを規制することにより、他の階層の仕事を効果的に制御することができる。  以上を要するに、ATMレイヤをRM構造にすることは、BISDN生産という垂直構造の中に、薄く広い制御層(a thin universal control layer)を入れ込むことであり、このことによって規制の導入による欠点を最小限に抑えつつ、産業全体の制御を可能にしている。図4の下から2番目の層IAは、上記のように設定されたATMレイヤである。  次に、ATMレイヤ以外の階層について、それらをどのように統合するか、また、統合された層について、どのような市場構造を導入するべきかを考える。ATMレイヤすなわち階層IAをRM構造にすることにより、規制導入の目的はほぼ実現されるので、他の層においては、競争の利点と規模・範囲・ネットワーク経済性との関係で最適となるようにRCあるいはCを導入すればよい。まず、下層の物理レイヤすなわち階層0(「第0次事業者」)については、CあるいはRC構造が望ましいであろう。ただし、ユーザアクセスの手段である引込線には自然独占(「ボトルネック独占」)が存在するので、その部分のみはRM構造とならざるを得ない。また、インフラとしての物理設備を急速に建設する理由がある場合(FTTHについては、90年代後半から二十一世紀当初においてその必要が大であると考えられる。鬼木他[1993]を参照)には、やはりRM構造が考慮されるべきであろう。  上記以外の場合の階層0については、基本的にはC構造が望ましいであろう。現在の米国大都市の競争アクセス事業者(CAP)による光ファイバー敷設や、わが国における有線放送設備(当初は一部違法であったが)の普及のダイナミズムを見れば、競争市場の利点が理解されるであろう。物理的媒体については、技術進歩による新たな媒体の導入に、大きな利潤機会と他媒体の出現による陳腐化のリスクがともなう。これらのリスクは、(前記インフラ建設における公的負担の場合を除き)私的に負担させることが望ましい。陳腐化による赤字を公的機関が抱え込むときの処理には、困難・不公平をともないやすいからである。((旧)国鉄が在来線線路の建設というリスクを背負いこんだ結果生じた事態はよく知られている。もし(旧)国鉄が地方における在来線線路を民間事業者に建設・保有させ、これを借り上げる方式をとっていたならば、数十兆円にのぼる負債を抱え込まずに済んだであろう。)  次に、ATMレイヤすなわち階層IAよりも上方の階層を考える。図4には2階層が示されている。階層IBは、図1のBISDNプロトコルにおけるAALと上位レイヤ1の統合であり、情報内容に関わりをもたない電気通信サービスを供給する。また、その上位の階層IIは、おおむね現存の(拡張)情報サービスと同一であり、そこでは情報内容に関係するサービスが供給される。市場構造としては、両階層とも自由競争(C)を選択し、自由な参入、自由なサービス供給、そして自由な価格設定を認め、競争市場の利点を最大限に引き出すことが望ましい。ただし、階層IBと階層IIを明確に区分し、同一事業者が両層にわたるサービスを供給することを禁止するべきか否かは、問題点として残っている。図4は両層を区分する市場構造を示しているが、規模・範囲の経済を考慮した場合に、両層を統合して単一階層として設定することも充分に考えられる。本論文においては、とりあえず階層IBと階層IIとを区別し、電気通信産業組織の長期目標として、階層0、IA、IB、IIの4層構造を提示しておく。 図5は、現在の電気通信産業組織を示す。図4に示された長期目標との相違は、両図から明らかである。図5の左側のコラムは放送事業、中央は(固定)公衆網通信事業、右側は移動(公衆網)通信事業を示す。図4の4階層構造は、図5の中央のコラムの部分に対応する。同コラムにおいて、NTTは最下層0から最上層IIまでのすべての階層における事業活動を認められているが、階層IIについては、NTTデータ通信を分離したので実質的な活動は少ない。図5の中央のコラムと図4との最も大きな相違は、図5すなわち現時点のNTTの事業においては、図4でRM構造をとる層IAの部分が、図5においては区別されず、階層1AとIBがNTTの事業活動の中で完全に一体化している点にある。したがって、図5と図4の産業組織の相違は大きく、図5から図4への移行は、長い年月と相当のコスト負担を必要とする。 5.階層IB――ユーザ・アクセス事業者  次に図4の産業組織における階層IBの業務について説明を加えておきたい。同層の市場組織は、自由競争(C)であるので、現在の電話サービス事業(RM)とは大差がある。現在の公衆網における電話サービス供給は、通信設備を保有し、全国ネットワークを管理しているので、これを図4の上下分割構造にあてはめれば、階層0、IA、IBにわたるすべての業務を担当していることになる。しかしながら、図4の階層IBの電気通信サービス事業者、とりわけ電話、テレビ電話などのユーザ・アクセスを担当する事業者は、自身では通信設備を保有せず、ATMセル伝送にも従事しない。同電話事業者は、ユーザと独占事業体であるATMレイヤの中間に位置して、両者をつなぐ仕事をする。具体的には、電話(あるいはテレビ電話)事業者は、自社と契約している加入者に対し、加入者がネットワークにアクセスし、それを使用するためのサービスを提供する(注20)(注21)。  ATMレイヤを通してユーザに通話サービスを供給するには、もとよりそのための手順について標準が成立していることが必要である。また図4に示すように、階層IBの電気通信サービス事業は、自由競争下にある。前記アクセス事業者は、ユーザの必要に応ずるサービスを工夫し、また、ユーザの要求に適合する価格体系を設定して、なるべく多くの加入者を得ようと努めるわけである。BISDNにおいては、ユーザが受けることのできるサービスは端末機能に依存するので、アクセス事業者が(ソフトウェアを含む)端末を自らユーザに供給することも多いであろう。すなわち、アクセス事業者は、マルチメディアの諸機能を開発し、豊かなサービスをユーザに供給する当事者である。  一般に、ATMレイヤのセル伝送を利用してサービスを供給するいかなる事業者からも、ユーザは自由に通信(放送を含む)サービスを購入することができる。また、ATMレイヤのセル伝送サービスは、何人に対してもあらかじめ定められた価格で開放されている。現在の公衆電話が何人に対しても一定の料金で開放されているのと同じである。個々のユーザも、層IBおよびIIの事業者と同じく、ATMレイヤに対して同一条件で自由にアクセスすることができ、また自己のサービスを(任意の加工度で)販売することができる。この原則を「ATMセル伝送サービスのオープン・ポリシー」と呼ぶこともできるであろう。 6.「放送事業者」  図4のBISDNにおける放送事業は、電話やテレビ電話と同じく、ATMレイヤのセル伝送サービスによって供給される。すなわち通信と放送の融合は、最初から実現されており、両者ともATMレイヤのサービスに依存して情報伝送をおこなう。図4における放送事業者は、階層IIに属し、あらかじめ決められた予定(番組表)にしたがって番組を「放送」する事業者と、ユーザの注文に応じてあらかじめ用意した「番組候補」(ビデオ)から選ばれたビデオ映像を供給するオン・ディマンド・ビデオ事業者とに分かれる。したがって、このようなBISDN上の放送については、電波やチャネルの希少性などの資源制約は解消し、放送に関する諸制約や規制は不必要となる。極端に言えば、何人でもATMセル伝送を利用して「放送」することができる。コマーシャルを入れた番組、入れない番組を作るのも自由であり、それぞれ自由に料金を設定できる。現在のNHKのように、受信の有無、受信時間の如何にかかわらず、固定料金で番組を受信するオプションを設定することも可能である。(ただし、受信料・視聴料の一律支払いはなくなる。)このような意味では、ビデオ・番組の「放送」というサービスは、他の種類の情報サービス、たとえば教育・医療サービス、データベース・サービスなどと本質的に同一のサービスとなる(注22)。 7.階層IA――ATM事業者  次に階層IA、すなわちATMレイヤの機能について説明する。同レイヤは公共事業体あるいは強い公的規制下の独占事業体によって運営される。単純化のため、以下においてこの事業者を「ATMネットワーク事業者(あるいは単にATM事業者)」と呼ぶことにする。  ATM事業者の主目的は、ATMネットワーク内のセル伝送を効率的に実行することである。ATM事業者は、そのため必要な通信設備すなわち通信回線・交換機などのサービスを階層0の事業者から購入し(回線・交換機などを借り受け)、また必要なソフトウェアやシステムを購入して事業を遂行する。ATM事業者はそのために、セル伝送のための端末接続点(ネットワークと端末機器との境界点)を維持し、これをユーザに提供する。ユーザの加入番号(電話番号)の管理もATM事業者の仕事である。ATM事業者は、セル伝送のためのネットワークの維持・運営と、そのために最小限必要な仕事だけを担当し、それ以外の業務(サービスの提供、設備の生産など)は禁止される。  ATM事業者は、階層0の事業者に対しては需要独占体として機能し、階層IBおよび階層IIの事業者に対しては供給独占体として機能する。ATM事業者は、なるべく優れたサービスを供給する階層0の事業者から通信設備サービスを購入し、これに自己の付加価値を加えた代価を階層IB以上の事業者から徴収する。したがって、ATM事業者は利潤最大化原理で行動しない。階層0からのサービス購入金額をなるべく節約するという意味で、同事業者は費用最小化行動をとる。購入した通信設備サービスを組み合わせて生産されたセル伝送サービスの価格については、(必ずしも原価主義ではなく)別に与えられた原則にしたがって価格を決定する。伝送されたセル数と距離に応ずる全国一律の価格、セル伝送のためのチャネルの特性に応じる価格、過疎地帯における特別な割引価格、病人・老人など社会の弱者に対する割引価格などのいずれでもよい。また、ATM事業者は、セル伝送に必要な原価に近い価格を付してもよい。  以上を要するに、ATM事業者は、自己の供給するセル伝送サービスの価格比率(相対価格)の決定について完全な自由度をもっており、どのような価格体系を選ぶかは国全体の通信政策に依存して決められる。ただし、ATM事業者の定める諸価格の絶対水準は、階層0の事業者から購入する諸サービスのコストと同事業者の付加価値によって決まるので、同事業者が主体的に決めることはできない。電気通信産業全体として見れば、ATM事業者を通じて階層0の事業者が供給する通信設備サービスの総供給と、階層IB以上の事業者(ユーザを含む)からの同サービスに対する総需要とが均衡し、その均衡価格によってセル伝送サービスの価格水準(絶対価格)が決まることになる。  ATM事業者は、このようにして国の通信政策に応じてユニバーサル・サービス(公平・福祉)のための政策を実現する能力を持つ。また、ATM事業者は、自己の供給するセル伝送サービスについて完全な独占供給の地位にある。必要であれば、同供給価格を高めに設定し、得られた余分の利益を先行的研究開発投資に支出することもできる。また、後に述べるように、ATM事業者は、階層0に対する需要独占体としての地位を利用して、通信設備のボトルネック独占を管理したり、通信設備をインフラストラクチュアとして公共的見地から建設する必要が生じた場合に、その実施主体として機能することができる。  また、すべての電気通信サービスは、ATM事業者のサービスを購入することによってはじめて実現されるので、同事業者は、その地位を利用して、各階層における標準化を実現することができる。標準化においては、自己の属する階層IAとその上下のインターフェースの標準化だけでなく、階層IBと階層IIとのインターフェースの標準化も含む。これらの標準化の仕事自体は、ATM事業者の本来の仕事(セル伝送)とは別個の仕事であるが、同事業者が独占体であることから、標準化の推進に便利な地位にあるのである。さらに、もし「通信主権」の設定が必要な場合には、ATM事業者によってこれを実現することができる。すなわち階層0あるいは階層IB、IIの事業を自由競争とし、国内事業者だけでなく、国外の事業者にも開放した場合においても、国がATM事業者を完全に管理することによって、国内の「通信主権」を維持する(たとえば外国の巨大な事業体に国内の電気通信活動の大部分をコントロールされることを防ぐ)ことができる。 8.階層0――通信設備サービス提供  最後に階層0の通信設備サービス提供事業について説明する。階層IBおよびIIと同じく、同事業も基本的には自由競争とすることが望ましい。通信回線・交換機などの通信設備については、歴史的にこれが国営事業として管理され、また軍事・行政目的に使用されたこともあり、その上、インフラストラクチュアとして公共的な施策による設備の建設が必要となることがあるため、競争市場には適さず、むしろ公共事業あるいは強い規制を加えるべき事業であるとされる考え方が普及している。しかしながら、これは、図4における階層0、IA、IBの事業が一体となっていたアナログ電話網時代の考え方であり、上記のように階層IAに独占事業体を設定すれば、階層0の事業を公営あるいは強い規制の下におくべきであるとする理由は消滅するのである。  他方、階層0においても、現在の(米国)CAP等の民間企業による新しい通信路や、わが国の有線放送設備の建設のように、(他の事業と同じく)民間企業によって競争市場の利益が最大限に発揮される。とりわけ新しい技術によって新しい通信回線の建設が可能になり、多大な(成功)利潤が期待される場合には、たとえ若干のリスクがあっても、民間資金と事業者を利用してその建設を促進することが望ましい。設備の建設を公共の負担でおこなうときには、(たとえば他の新しい技術による設備の陳腐化によって)建設に失敗した場合の損失負担が問題となる。したがって、そのようなリスクが存在する場合には、失敗した場合の負担を恐れて公共事業体による建設は進行しない。すなわち高リスク、高リターンの事業については、公共的な負担は望ましくない。  ただし、階層0の事業については、特別な理由で公共的な措置が必要な部分が存在する。その第1は、ユーザ宅内への引込線であり、広く知られているように、この部分についてはボトルネック独占(自然独占)が成立する。したがって、この部分については、たとえば「引込通信回線保有会社」のような公共事業体、あるいは強い公的規制下の独占企業体を設立し、ユーザの利益を損なわない運営方式を採用する必要がある。第2に、規模・範囲の経済やネットワーク経済性によって通信回線の建設コストの回復に長期間を要する場合には、中・短期の営利性を要求される民間事業者だけの力では、建設自体が不可能な場合がある。BISDNに必要な光ファイバー・ネットワークの建設がその典型的な例である。このように、民間企業体だけでは対応できない場合には、建設資金の供給、利子負担、リスク負担等について、公共的な措置が必要となる。たとえば、建設初期における補助金と債務保証や、建設後期の高収益期における(支払補助金等の回復のための)課税措置などが考えられる。また実際には、ボトルネック独占が生ずる通信設備の範囲と、インフラ建設のための公的措置が必要となる通信設備の範囲がオーバーラップすることがある(光ファイバー建設の引込線部分すなわちFTTHがそれである)。このような場合の公的措置は、上記2種類の異なる理由によって実行されるわけであり、それぞれの理由にもとづいた合理的な方策が取られるべきである。たとえば回線サービスの供給価格の規制はボトルネック独占から生じ、同回線の建設初期における補助金は、インフラ建設の必要から生ずる。このような場合に、それぞれの政策について、必要な理由とそれにもとづく措置を明確にすることが望ましい。  以上を要するに、図4に示された電気通信産業組織は、4階層の上下分割を特色とする。それらのうち、階層0、IB、IIは、原則としていずれも自由競争であり、これらの階層における公的規制・公的介入は、特別な理由による部分的規制・介入に限られる。すなわち、階層0、IB、IIにおける公的要素の範囲は、厳しく制限されている。他方、階層IAのATMレイヤは、競争市場下の営利事業ではなく、すべて公共目的のために運営される。そのことによって、競争市場だけでは実現できない多くの目標を達成することができるのである。また、ATMレイヤに競争を導入しないことから生ずる非効率性は、ATMレイヤから生ずる付加価値額が電気通信サービスの価値の中で占める比率が小さいことによって、限定されている。このように、図4の上下分割型の電気通信産業組織は、競争市場の利点と規制の必要という両目標をある程度まで同時に達成しており、長期的観点からすれば、望ましい産業組織であるということができる(注23)。 補論:現体制から「望ましい構造」への漸次的移行  本文で提示した「長期的に望ましい電気通信産業組織」は、BISDNがわれわれの社会の主要な電気通信手段として広く普及したときのための産業組織である。もとより、現在においては、BISDNの建設はまだほとんどはじまっていず、現在の電気通信産業組織は、図4と大幅に異なっている。したがって、現在の産業組織と、将来の望ましい産業組織との間の移行経路・経過措置が問題となる。本補論においては、この問題を限られた範囲で、すなわち光ファイバー(FTTH)とATMネットワークの建設初期における問題点に限定して論じる。  図5は、わが国の電気通信産業組織の現状である。これに対し、図6はBISDNの建設が開始された当初の状態を示す。まず、階層0において、FTTHすなわちユーザ宅への引込線を含む光ファイバーの建設がはじまっており、また、企業のデータ通信など大口ユーザ向けのATM交換サービスが開始されている。BISDNのプロトコル構造にしたがって言えば、後者においてATMレイヤとAALの両階層のサービスが一体となって供給されている。FTTHはATM交換サービスを受けるためにも使われるが、建設当初においては、むしろ同軸ケーブルに代わるCATV放送番組配送システムとして使われている。もし、わが国の電気通信産業組織を、長期的に図5から図4の4層上下分離構造に移行させることを目指すとすれば、図6に示されるBISDN建設初期においてどのような方策が必要であろうか。  まず、FTTHの建設については、建設コストの回収に長年月を要する点を指摘しなければならない。建設当初においては、回線設備(光ファイバー)の単価が高く、しかも規模の経済、範囲の経済、ネットワーク経済性などすべて作用しない状態にある。たとえば、ある地域(たとえば町村)において、光ファイバー網への加入者が全世帯の10%存在するとしよう。通常は、その10%の加入者は地域全体に散在している。したがって、光ファイバーの幹線部分は、少なくともその地域全体をカバーする必要があり、加入者あたりの幹線の建設費が高くなる。普及が進み地域内の加入率が上昇するにしたがって、(規模の経済が働き)光ファイバー幹線建設のコストは漸減する。また、BISDNの建設初期においては加入者数が少ないので、ネットワーク経済性も低水準にとどまっている。  以上を要するに、FTTHの建設初期においては、加入者からの収入はそれほど期待できず、他方、光ファイバー網の建設費は高水準にとどまる。したがって、経営は赤字であり、大量の資金投入がなされなければならない。赤字が消去され、建設費の回収ができるのは、早くても数年後、通常は十数年あるいは二十数年後と予測されている(鬼木他[1993])。(なお、現存のアナログ電話網の建設過程においても同様の問題が存在した。電話網は当初コストを顧みず、軍事・行政用に建設され、多額の資金が政府予算の形で建設に投入された。また、その大量普及時においては、加入者債券などの方式で資金が調達された。)  FTTHのような電気通信ネットワークの建設に必要な技術、経営管理のノウハウ、メンテナンスの手法などは、現時点のわが国においてはNTTが保有している。KDD・NCCも光ファイバーに関する技術は保有し、またNHKなどの放送事業者は、映像情報の伝送に関する技術を保有しているが、それは大部分中継用光ケーブルに関してであり、ユーザ宅への引込線に関する技術は持っていない。したがって、近い将来においてFTTHの建設を開始するためには、主としてNTTの技術に依存せざるを得ないであろう。  しかしながら、現在のNTTは株式会社であり、組織運営上、各プロジェクトの収益を無視できない経営体となっている。組織の規模が大きいので、少額の部分的な赤字は吸収できるが、FTTHの建設のように年々数百億円あるいは数千億円の資金投入を十年以上継続する必要のあるプロジェクトをNTT内部で遂行することは困難である。もしこれを強行すれば、収支計算や資金配分に関し、きわめて異質の経営原理を長期にわたってNTT内に持ち込むことになり、同社の経営や市場における同社株式の評価に混乱をもたらすと考えられる。  上記の点を解決する一つの方策は、FTTHの建設をNTTの資源に依存しておこなうが、同建設に関する収支計算、資金手当などは、これをNTT本体の経理から切り放し、独立の経理下に置く(たとえば特別会計とする)ことである。NTTはFTTH建設のための諸資源(同社員のサービスを含む)について、同特別会計から支払いを受けるが、特別会計自体の収支や資金手当に関しては、直接の責任を持たない。特別会計の運営形態をNTT社内の別会計とするか、社外の子会社とするか、いずれの方式も可能であろう。FTTHの建設の進行にともない、NTT内部の資源が順次に同特別会計に移動することだけから考えれば、これを社外組織とせず、社内の別会計とする方が便利であるかもしれない。  次にBISDN建設初期におけるATM交換機能について考える。同交換技術については、中継交換に関してNTT・KDD・NCCが、またこれに加えユーザ加入機の交換技術についてはNTTが保有している。しかしながら、議論を簡単にするため、本論文ではNTTがATM交換機能を建設する場合のみを考えよう。  現在の電気通信産業組織においては、図5(あるいは図6)における階層IAとIBは区別されていないので、もしATM交換機能を現在のNTT内に建設するとすれば、図6に示されたようにATMレイヤとAALの2機能が一体化して建設されると予想される。BISDNプロトコルにおけるATMレイヤとAALの区別は、通信システムのソフトウェア構成上の論理的な区別であり、ハードウェア上の区別では必ずしもない。まして事業活動を区分するために作られたものではない。ネットワークの管理運営上、ATMレイヤとAALを論理的に区別してシステムを構成することは便利かつ必要であるが、CCITTのBISDNプロトコルは、むしろ両レイヤが同一事業体に存在することを予想している。同プロトコルで両レイヤを区別するのは、ネットワーク運営の技術的合理性の追求の結果である。本論文の立場は、技術的な合理性の結果としての両レイヤの区別が、同時に電気通信事業体の事業範囲の区別にも用いることができることに着目し、これを積極的に利用して国民経済全体に有用な産業組織を形成する点にある。  したがって、もし図5の望ましい組織を長期的に実現することを目指すとすれば、ATM交換機能の建設途上のある時点において、ATMレイヤとAALとを、サービス生産、同受け渡し、会計経理面について分離できる体制を建設当初から作っておくことが必要である。具体的には、ATMレイヤを受け持つATM交換機と、AALのサービスを生産する(広義の)交換機あるいはコンピュータを物理的に分離して建設し、後の時点における両レイヤの事業体としての分離の用意をしておく必要がある。この措置を取らず、NTTの経営体内の合理性(すなわちATM交換機能を建設するための長期的な費用の最小化)だけに依存してBISDNを建設するときには、ATMレイヤとAALはソフトウェア上は区別されていても、ハードウェア上・業務上は分離困難(あるいは分離コストが極端に高い)形で建設されると考えられる。そのような分離は、建設時のNTT経営の合理化には不必要・有害であるからである。BISDNの建設がある程度まで進み、ATMレイヤの機能が多数のユーザに及ぶようになれば、NTTとは別個にAAL機能を実現する事業者の参入を許す必要があり、そのような場合にATMレイヤがAALの事業者(NTTおよびNTT以外)に公平な条件で接続される必要がある。図5におけるような産業組織を目指すとすれば、BISDN建設当初からこれらの点に留意して建設を進める必要がある。  以上、BISDN建設初期における問題点のうち、NTTにかかわるものだけに議論をしぼって述べた。同建設初期においては、上記以外にも、たとえば移動通信系の事業活動や、放送部門の諸事業をどのように取扱うかなど、多数の問題が残っている。これらの問題については、ユーザの利害、既存事業者の利害、将来における新しい事業者の利害などが錯綜している。長期的に国民全体に有用な目標を実現するための当面の方策を示すには、より広い見地からの検討が必要である。 図1.BISDNサービス供給の階層構造 (BISDNプロトコル) ┌────────┬─────────────────────────────┐ │階 層(レイヤ)│ 機  能 │ ├──────┬─┼─────────────────────────────┤ │ │ │ビデオ・放送番組供給(ライブラリ)、(拡張)情報サービス・│ │ │2│テレサービス(データベース・教育・医療)など情報内容に関与│ │ │ │するサービスの供給 │ │上位レイヤ ├─┼─────────────────────────────┤ │ │ │電話、テレビ電話、テレビ会議、資料送付サービス付電話会合、│ │ │1│電子メール・掲示板、映像伝送、放送(不特定宛先同報)、LAN│ │ │ │・WANなど特定サービスの供給(情報内容には関与しない) │ ├──────┴─┼─────────────────────────────┤ │AAL(ATM │音声、映像、データ、信号(管理・制御データ)などの情報形 │ │アダプテーション│式、特定の伝送方式(1対1のコネクション型、1対多の無コネ│ │・レイヤ) │クション型など)に依存する情報の伝達(特定サービスに依存し│ │ │ない) │ ├────────┼─────────────────────────────┤ │ │ATMセル(特定サービス・情報形式に依存しない)の交換・伝達│ │ATMレイヤ │ │ │ │ │ ├────────┼─────────────────────────────┤ │ │光ファイバー・同軸ケーブル、電波などの物理的媒体による2点│ │物理レイヤ │間情報伝達 │ │ │ │ └────────┴─────────────────────────────┘ 図2.電気通信サービスの市場の区分(I)              ――区分の基準と区分例 ┌───────────┬────────────────────┐ │ 市場区分の基準 │ 市場区分の例 │ ├───────────┼────────────────────┤ │事業主体の担当地域別 │国内  地域別 │ │ │    都道府県別 │ │ │外国 │ ├───────────┼────────────────────┤ │通信距離別 │ローカル通信 │ │ │長距離通信 │ │ │国際通信 │ ├───────────┼────────────────────┤ │サービス別 │   公衆網 │ │ │ユーザアクセス   専用 │ │ │          移動 │ │ │中継サービス │ ├───────────┼────────────────────┤ │垂直分業 │上部(拡張)サービス │ │ │基本サービス │ │ │  回線網(インフラ) │ └───────────┴────────────────────┘ 図3.電気通信サービス市場の区分(II)              ――複数基準による区分の例 (1)サービス別と地域別 ┌──────────┬────┬────┬────┬──────┬─────┐ │ │ 地域A│ 地域B│ 地域C│  ・・・ │外国(米)│ ├──────┬───┼────┴────┴────┴──────┼─────┤ │ │公衆網│ RM │ RM │ │ユーザ ├───┼─────────────────────┼─────┤ │アクセス │専 用│ RC │ RC │ │ ├───┼────┬────┬────┬──────┼─────┤ │ │移 動│ RC │ RC │ RC │ RC │ RC │ ├──────┴───┼────┴────┴────┴──────┼─────┤ │中継サービス │ RC │ C │ ├──────────┼─────────────────────┼─────┤ │その他 │ │ │ └──────────┴─────────────────────┴─────┘ (2)垂直分業と通信距離別(わが国の事業者のみ) ┌──────────┬─────────┬─────────┬───────┐ │ │ ローカル │ 長距離 │ 国際 │ ├──────────┼─────────┴─────────┼───────┤ │上部サービス │ C │ RC │ ├──────────┼─────────┬─────────┼───────┤ │基本サービス │ │ │ │ ├──────────┤ RM │ RC │ RC │ │ 回線網(インフラ)│ │ │ │ └──────────┴─────────┴─────────┴───────┘ (3)通信距離別と地域別 ┌──────────┬────┬────┬────┬──────┬─────┐ │ │ 地域A│ 地域B│ 地域C│  ・・・ │外国(米)│ ├──────────┼────┴────┴────┴──────┴─────┤ │国 際 │ RC │ ├──────────┼───────────────────────────┤ │長距離 │     RC │ ├──────────┼───────────────────────────┤ │ローカル (ユーザ │             RM │ │アクセスを含む) │ │ └──────────┴───────────────────────────┘ (4)通信距離別と地域別(1990年NTT見直し案の1) ┌──────────┬────┬────┬────┬──────┬─────┐ │ │ 地域A│ 地域B│ 地域C│  ・・・ │外国(米)│ ├──────────┼────┴────┴────┴──────┴─────┤ │国 際 │ RC │ ├──────────┼───────────────────────────┤ │長距離 │     RC │ ├──────────┼────┬────┬────┬──────┬─────┤ │ローカル (ユーザ │ RM │ RM │ RM │ RM  │ RM │ │アクセスを含む) │ │ │ │ │ │ └──────────┴────┴────┴────┴──────┴─────┘ (注)RM:規制下の独占    RC:規制下の競争(参入制限)     C:自由競争(参入自由) 図4.電気通信産業組織 ――上下分割、BISDN/FTTHのみ、長期目標 ┌──┬─────────────────────┬──────┬──────┐ │レベル│ 事  業 │ 対応レイヤ│ 市場組織 │ ├──┼─────────────────────┼──────┼──────┤ │ │(拡張)情報サービス事業:放送・ビデオ番組│ │ │ │ II│供給、教育・医療サービス、データベース・サ│上位レイヤ2│競争 │ │ │ービス、情報環境(仮想)提供・伝送など │ │ │ ├──┼─────────────────────┼──────┼──────┤ │ │電気通信サービス事業:ユーザ・アクセス(電│ │ │ │ │話、テレビ電話、専用コネクション、VPNを含│上位レイヤ1│ │ │IB│む) 、テレビ会議、電子メール・掲示板、映├──────┤競争 │ │ │像伝送、CATV、LAN・WANなど │AAL │ │ ├──┼─────────────────────┼──────┼──────┤ │IA│ATMネットワーク事業:セル伝送・管理 │ATMレイヤ │公営あるいは│ │ │ │ │規制下の独占│ ├──┼─────────────────────┼──────┼──────┤ │ │通信設備サービス提供事業:物理的回線サービ│ │競争、ユーザ│ │ O│ス(2点間情報伝送)、交換機サービスなど │ 物理レイヤ│引込線のみは│ │ │ │ │規制下の独占│ │ │ │ │ │ └──┴─────────────────────┴──────┴──────┘ 図5.電気通信産業組織                  ――現状 ┌──┬───────────────────────────────────┐ │レベル│ 事  業 │ ├──┼─┬──────┬─┬─┬──────────────┬────┬──┤ │ │ │ 番組作成 │ │ │ │ │ │ │ │ └┬────┬┘ │ │ │ │ │ │ II│ │委託放送│ │ │ 第二種事業者 │ │ │ │ │ │事業者 │ │ │ │ │ │ ├──┼──┴──┬─┴──┼─┴────────────┬─┼────┴──┤ │ │ │ │ │ │ │ │IB│ │受託放送│ ┌──┘ │ │ │ │放送事業者│事業者 │ │ KDD │ │ ├──┤(公共・ │ │ NTT │ NCC │NTT DoCoMo │ │ │ 民間) │CATV │ │(中継・│NCC(移動系)│ │IA│ │事業者 │ │ 国際系)│ │ │ │ │ │ │ │ │ ├──┼─────┼────┼─────────┬─┴────┼───────┤ │ │ │ │ │ │ │ │ │放送設備・│ │ 引 │  │移動通信設備 │ │ │衛星 │ │ 込 │中継用 │ │ │ O│ │引込同軸│ よ  │光ケーブル │ │ │ ├─────┤ケーブル│ り │ ├───────┤ │ │放送用電波│ │   対 │ │移動通信用電波│ │ │(郵政省)│ │ 線 │  │ (郵政省) │ └──┴─────┴────┴─────────┴──────┴───────┘ 図6.電気通信産業組織                  ――BISDNの建設初期 ┌──┬───────────────────────────────────┐ │レベル│ 事  業 │ ├──┼─┬──────┬─┬─┬──────────────┬────┬──┤ │ │ │ 番組作成 │ │ │ │ │ │ │ │ └┬────┬┘ │ │ │ │ │ │ II│ │委託放送│ │ │ 第二種事業者 │ │ │ │ │ │事業者 │ │ │ │ │ │ ├──┼──┴──┬─┴──┼─┴────────────┬─┼────┴──┤ │ │ │ │ NTT │ │ │ │IB│ │受託放送│ ┌──────┐ ┌──┘ │ │ │ │放送事業者│事業者 │ │  AAL │ │ KDD │ │ ├──┤(公共・ │ │ ├──────┤ │ NCC │NTT DoCoMo │ │ │ 民間) │CATV │ │ATMレイヤ│ │(中継・│NCC(移動系)│ │IA│ │事業者 │ └──────┘ │ 国際系)│ │ │ │ │ │ │ │ │ ├──┼─────┼────┼─────────┬─┴────┼───────┤ │ │ │ │ │ │ │ │ │放送設備・│ │ 引 │  │移動通信設備 │ │ │衛星 │ │ 込 │中継用 │ │ │ O│ │引込同軸│ よ  │光ケーブル │ │ │ ├─────┤ケー┌─┴─────────┴─┐ ├───────┤ │ │放送用電波│ │   FTTH │  │移動通信用電波│ │ │(郵政省)│ └─┬─────────┬─┘  │ (郵政省) │ └──┴─────┴────┴─────────┴──────┴───────┘ 参考文献 奥野正寛・鈴村興太郎・南部鶴彦(編)[1993]『日本の電気通信:競争と規制の経済学』日本経済新聞社。 鬼木甫[1991]「2000年に向けての国際情報通信の課題――電気通信産業構造の長期的視点からの考察――」総合安全保障と国際情報通信研究会『新時代の国際情報通信』(財)世界経済情報サービス。 鬼木甫・河村真・野口正人[1993]「わが国電気通信産業の供給予測:1996〜2025年――BISDN建設の経済的基盤」『郵政研究レビュー』第4号(「特集――電気通信サービスの需給分析」)、pp.41〜95。 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Curtis, Terry [1991] Broadband Integrated Services Digital Network--Text distributed for a BellCore Seminar, Bell Communications Research. Economides, Nicholas [1993] "The Benefits of Franchising and Vertical Disintegration in Monopolistic Competition for Locationally Differentiated Products," Discussion Paper EC-93-09, Leonard N. Stern School of Business, New York University. Grossman, Sanford J., and Oliver D. Hart [1986] "The Costs and Benefits of Ownership: A Theory of Vertical and Lateral Integration," Journal of Political Economy, Vol.94, No.4 (August 1986), pp.691-719. Hayashi, Toshihiko [1993] "Network Dynamics: Competition and Welfare," Discussion Papers in Economics and Business 93-01, Faculty of Economics, Osaka University. NTIA (National Telecommunications and Information Administration), U.S. Department of Commerce [1991] The NTIA Infrastructure Report: Telecommunications in the Age of Information, Washington, D.C.: U.S. Department of Commerce. Reed, David P. 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Terada, Yasukazu [1991] "Evolution of ISDN towards B-ISDN," NTT Review, Vol.3, No.3 (May 1991), pp.25-33. 注釈 (注1) 本章内容の作成過程において、南部鶴彦教授(学習院大学)・関秀夫教授(流通科学大学)・伊藤成康助教授(武蔵大学)・Terry Curtis教授(カリフォルニア州立大学)・林紘一郎氏(NTTアメリカ社長)・木全紀元氏(郵政研究所主席研究官)・浅井澄子氏(電気通信政策総合研究所)・内沼寛氏(NTT北海道ネットワーク技術センター所長)・岡田忠信氏(NTTサービス生産本部・主幹技師)から貴重な示唆を受けた。記して謝意を表する。もとより、事実・内容の誤り、主張等の当否については筆者の責任である。 (注2) アナログ方式の電話サービス(PSTN)は、すでに成熟・普及した技術であり、現在は次の段階の通信網が形成される時期になっている。数年前においては、狭帯域のディジタル・ネットワーク(NISDN)が次段階の通信技術であるとされ、わが国においては、1989年からNISDNのサービスがNTTによって開始された。BISDNはNISDNを含み、さらに映像や大量データの高速伝送・交換を可能にする技術である。 (注3) たとえば、端末を回線終端に手軽に接続するモジュラー装置が発明され、かつ同接続点におけるインターフェースが明らかにされたので、端末供給(生産だけでなく)を電話サービス供給から分離して競争的に供給することが可能になった(電話端末の自由化)。これが、端末価格の低落、同仕様の多様化に大きく貢献したことは、われわれの記憶に新しい。さらに別の例としては、市外通信市場の自由化がある。市外通信サービスをNTTだけでなくNCCにも分担させ、サービス供給者をユーザに選択させる現行方式は、(広義の)ディジタル通信の発展によって可能となった。ユーザによる市外通信の要求を処理し、どのユーザがどの事業者のサービスをどの程度購入したかを明らかにするためには、通信サービスの供給に関する諸情報の処理をおこなう能力が交換機に備えられていなければならず、従来のアナログ方式の交換機では困難である。すなわち、長距離市場における競争導入は、通信に関するディジタル・データ処理技術の導入を前提しているのである。 (注4) もとより、電気通信技術の将来像は不確実であり、現在知られていない技術が将来において利用可能になることも十分にあり得る。以下に述べる議論が数年のうちに陳腐化する(obsoleteになる)可能性もゼロではない。しかしながら、現時点における新世代通信網(BISDN)は、来たるべき二十一世紀の電気通信技術として、各国の電気通信技術の専門家が協力してその標準化を進めつつあるものであり、これを根底から覆すような革命的な通信方式は、しばらくの間は出現しないであろうと予測される。 (注5) BISDN技術の概要については、富永英義[1993]、郵政省通信政策局[1992]、日経データプロ[1993]、Asatani[1991]、Curtis[1991]、Terada[1991]などを参照。 (注6) OSI(オープン・システムズ・インターフェース)の7層モデルとして標準化されている。BISDNにおける垂直分業では、OSIモデルが若干組み替えられているが、本質的な変更は無い。 (注7) 物理レイヤには、ATM以外のディジタル通信にも共通に使えるSDHと呼ばれる方式が採用されており、既存ネットワークからの移行の便がはかられている。 (注8) たとえば、ユーザからの要求が音声通話すなわち従来の電話と同じサービスであれば、AALはまず制御データである信号セルを送って通話先を呼び出し、通話元と通話先に音声・セルの変換の準備をさせ、かつATMレイヤに対しセル伝送を予告する。音声伝達のための通信容量は小さくてよいが、しかし、双方の音声が相手に遅延なく到達することが必要である。したがって、AALはATMレイヤに対し、この要求を満足する(論理的)通信路を用意するように依頼する。実際に通話がはじまると、AALは、双方の電話端末で音声・セル間の変換をおこない、ATMレイヤに宛先を付けたセルを次々と送り込むことによって音声伝達を実現する。通話が終われば、再度信号データをあらわすセルを送って、通話を終了し、かつ、その旨をATMレイヤに通知する。音声通話でなく、データ通信をおこなう場合にも、相似た設定が必要である。この場合には、若干の時間の遅れは許されるが、データの誤りが絶無となるようにセル伝送をおこなう(そのようなサービスをATMレイヤに要求する)。さらにユーザがビデオセンターから自己の選んだビデオ・プログラムを取り出す場合には、映像情報に適するセル伝送、すなわち全体としての通信容量が相当に大きく、かつ実際の通信量が映像の変化に応じて大幅に変化するような通信路の設定を要求する。この場合、若干の遅延やエラーの発生は許される。 (注9) 上下分離は、上述のようにシステムの構造を単純化・標準化してその効率化に貢献する。しかしながら、上下分離はコストをともなう。隣接する階層間で情報を受け渡す際は、決められたインターフェースに従わなければならない。情報は発信元においてまず上層から下層に渡され、最下層の物理レイヤによって宛先に届けられ、そこで物理レイヤから順次上層のレイヤに移され、発信された情報が元の形に復元される。発信元においては、情報到着後の復元を可能にするように、あらかじめ決められた約束にしたがって若干の情報をつけ加えなければならない。その結果、元来送信の対象である情報がたとえば100バイトであったとしても、実際に物理レイヤを通る情報量はたとえば180バイト、すなわち80バイトだけの余分の情報をもっている。もし、上下分離をおこなわなければ、この情報は元来送る必要がなかったものである。余分のコストを払っても上下分離をおこなうのは、技術進歩による情報伝送の高速化の結果、システム全体の単純化・標準化による利益の方が大きいからである。したがって、技術的な理由による上下階層の数は増加の傾向にある。 (注10) 通信と放送の融合、すなわち光ファイバー上の「放送」にはもう一つの「簡易方式」がある。それはATM交換機を通して映像プログラムを伝送するのではなく、光ファイバーのネットワークでCATVを実行する方式である。そのためには、映像信号の分岐伝送と増幅だけが必要であり、ATMネットワークよりも低いコストで建設できる。ただし、この方式では、双方向の広帯域通信は不可能であり、映像信号は一方向に流れるだけである。他方、この方式によるときは、既設の同軸ケーブル網と接続してCATVネットワークを作ることができる。CATVを光ファイバー上で双方向広帯域通信と多重化する技術はすでに開発されており、その場合には物理的に単一の光ファイバー・ネットワーク上で、数十あるいは数百チャンネルのCATVと、双方向広帯域通信とを同時に実現できる。  上記の技術的可能性を考えると、光ファイバー・ネットワーク建設の現実的な方式は、まず第1に、光ファイバーを幹線・引込線とするCATV用網を建設してCATVの普及をはかり、同時にCATVサービスからの収入によって同網建設資金の一部を回収する。さらに次に段階においては、既設の光ファイバー網の上に、ATM通信、すなわち双方向広帯域通信を少しずつ実現してゆくことである。わが国においては、CATVの普及度が低く、他方、CATVの多チャンネル放送に対する需要が相当に強いと考えられるので、上記の建設方式の実現可能性は大きい。(ただし現在は、「通信と放送の分離」という制度面の障害がある。) (注11) BISDNの本格的実現は今後の課題であり、その普及・完成には少なくとも10年以上、場合によっては、20年あるいは30年という期間がかかると考えられている(NTIA[1991]、Reed[1992]、鬼木他[1993])。したがって、以下に提案する産業組織は長期的目標であり、これを現在のわが国でただちに実現するべきものではない。不確実性の多い長期的な産業組織をあえて考察する理由は、第1に、電気通信産業組織の形成には長年月を要する点にある。BISDNの建設はゼロから始まるのではなく、既存設備・技術の転用を含みつつ既存のネットワークの中に建設・成長してゆくものであり、同産業組織の形成・変更を短期間内に実行することはできない(強行すれば多大のコストを払うことになる)。また第2に、長期的目標を設定することが、かりにその目標が将来において動く可能性があっても、目標をまったく設定せず、短期的視点からのみ電気通信産業組織を議論するよりも望ましいからである。将来の不確実性が多いからといって、この種の長期的目標を考えない場合には、結果的に短期的なデータや関係者の「私的利害」にもとづいて産業組織に関する政策が形成されやすい。その結果、誤った方向に進み、足踏みや後戻りなどのコストを支払わなければならない可能性が大きい。たとえ不確実であっても現在知り得るデータを動員して長期的目標を設定し、その目標の方向に少しずつ近づくことを旨として産業組織に関する政策を形成することがベターであると考える。 (注12) 電気通信産業における競争と規制の関係については、たとえば、南部[1986]、林・松浦[1992]、奥野他[1993]、Hayashi[1993]などを参照。 (注13) ユーザアクセスとローカル通信を明確に区別しないこともあるが、本論文では両者を分けて考える。前者はユーザを最寄りのネットワーク・ノードに接続するサービスであり、後者は近接するノード間の通信サービスである。 (注14) 電気通信産業における上下分離の可能性は、これまで鬼木[1991]、奥野他[1993](PP.117-128)が論じている。 (注15) 林紘一郎[1989]p.91を参照。 (注16) この現象は、他の情報産業にも共通する。たとえばコンピュータ産業においては、当初メインフレームのハードウェアとソフトウェアが分離し、次いでオペレーティング・システムとアプリケーション・プログラムが分離した。当初のハード・ソフトウェアの分離すなわちアンバンドリングは米国独占禁止法による措置であったが、その後の上下分離は法的強制をともなわず、技術的、経済的合理性の結果として進行した。 (注17) 産業の上下分離(垂直分業)の例は多い。身近な例としては、(米国の)鉄道における線路と貨客輸送サービス、道路と自動車輸送、空港と航空会社とトラベル・エージェントの区別を挙げることができる。 (注18) 電気通信産業においては、(米国)ロチェスター電話会社が、1993年2月に、自身をRochester-ComとRochester-Netに(上下)分離する計画を発表した。同計画は、地域電話会社として同社の活動全般に課せられている規制をネットワーク保有会社であるRochester-Netに「限定」し、サービス会社であるRochester-Comの自由度を高めるためのものである。本論文で提案する上下分離と比較したとき、同社の計画はその動機において異なるが、理由については共通する点がある。ただし、ロチェスター電話会社のケースは例外である。何らかの領域で独占供給を認められている企業体は、上下分離よりも上下統合(垂直統合)を志向するケースが多い。内部補助と事業拡大の便宜が統合によって増大するからであろう。最近においては、(米国)地域持株電話会社(RHC)が、1984年の「修正同意審決」で禁止されている「情報サービス」と「機器製造」分野への進出解禁を求めている例がある(前者はすでに解禁されたとのことである)。また、1984年改革時に、(旧)AT&Tは、元来その製造部門(Western Electric)と研究所(BellLaboratory)の切り離しを求められていたが、同社はこれを避け、(売上高の大部分を占める)地域電話会社の分離を選んだのである。(ただし、(旧)AT&Tによる上記選択については、垂直統合の便だけでなく、他の理由・事情もあったのであろう。) (注19) 上下分離(垂直分業)の問題は、vertical integration(垂直統合)の問題と呼ばれ、経済理論の分野で組織体の効率性の問題に関連して論じられたことがある(Grossman他[1886]、Economides[1993]。) (注20) 加入者が電話をかけるために端末からダイヤルをすれば、同事業者は、ATMネットワークを通じて信号を受け取り、ユーザに代わりATMネットワークに依頼して同ユーザ相手先との接続をおこなう。この場合、相手先が同一の事業者と契約していれば、接続は簡単である。もし相手先が他のアクセス事業者と契約している場合には、あらかじめ定められた方式により、相手先が契約しているアクセス事業者に依頼して相手先の電話端末に接続する。(この関係は、現在の国際電話において、NTTからKDDのネットワークを通し、相手先のローカルネットワークたとえばニューヨーク・テレフォンを通じて相手先に接続することと類似している。)相手先との接続が成立した後は、通話はATMネットワーク中のセル伝送によって実行される。電話事業者は、通話が終了し、チャネル切断の信号を受け取った後に、接続時と反対の手順によって相手先の電話事業者に信号を送り、通話チャネルを消滅させる。これらの仕事をおこなうために、当電話事業者および通話相手先の電話事業者は、それぞれATMレイヤからセル伝送サービスを受けるが、これに対し、あらかじめ決められた方式にしたがって代価を支払う。また、電話事業者は、加入者に対し、供給した電話サービス(セル伝送を含む)について代金を請求する。(すなわち、同事業者は、ワン・ストップ・ショッピングの窓口となることができる。) (注21) 上記では、電話あるいはテレビ電話による通信について説明したが、他の種類の通信も同様に考えることができる。たとえば、アクセス事業者は、加入者からオン・ディマンド・ビデオ業者あるいは放送事業者に接続する要求を受けたときには、テレビ電話の接続と同様の手続きで相手先事業者に加入者を接続する。加入者は、接続後において一方向伝送の映像を受信する。もちろんこの場合にも、ATMレイヤのセル伝送サービスが必要であるが、その代価は同アクセス事業者とビデオ・映像伝送事業者あるいは放送事業者がATMレイヤに支払う。ユーザとビデオ・放送番組提供者がこの代価をどのように負担するかについては、さまざまな方式があり得る。また、伝送されたビデオ・放送番組自体の代価は、これを受け取ったユーザから階層IIに属する番組供給事業者に支払われることになる。アクセス事業者によって代行徴収される(NTTのダイヤルQ2と同様)場合もあり、あるいはユーザと番組提供業者との直接契約によって支払われる場合もある。コマーシャルつきの番組で、代価支払が不要の場合もある。これらの代価、その支払い方式等については、階層IBおよびIIの事業が自由競争であるから、自由に定めることができ、事業者はユーザの必要に適合する方式を選ぶはずである。電話、テレビ電話、放送受信に加え、他のすべてのサービスについても、同様にサービス供給と代価の支払いを考えてよい。 (注22) なお、ここで述べたBISDN上の「放送」は、光ファイバーをCATV方式で活用し、光ファイバー上の多重化によってATMセル伝送を使用せずに放送番組を送る「CATV型放送」とは別のものである。後者は、現在のCATVの伝送媒体を同軸ケーブルから光ファイバーに置き換え、BISDNと共用するものであり、チャネル数の希少性(ただし、光ファイバーでは数十、数百チャネルが使用できる)など、放送事業に特有の問題は依然として残っている。本論文ではこの点に関しては、これ以上触れない。  なお、BISDN上の放送においては、階層IBの放送事業者、すなわち映像伝送サービスの供給者と、ビデオ・番組の供給者、すなわち階層IIの狭義の「放送事業者」が区別されている。しかしながら、実際問題として放送の場合には、階層IBとIIを区別する必要は少ないかもしれない。  また、現在の「公共放送」については、もしある番組の「放送」というサービスを公共的な目標のために公共の負担において実現する必要がある場合(たとえば選挙時の政見放送)には、公共機関が必要なビデオ・番組を作成あるいは購入し、これを階層IBの放送事業者に委託して提供すればよい。放送のためのビデオ・番組情報の作成と、放送事業者による提供を公的負担でおこなうこと以外は、すべて競争市場の枠内で処理できる。(現時点においてテレビ・新聞・雑誌などにコマーシャル・ベースで出されている政府公報・広告と本質的に同一である。) (注23) なお、本章では、競争市場となっている階層内の「自然」独占、巨大企業体出現による弊害の対策については考えていない。これらについては、「独占禁止」の立場から措置するべきであろう。また、同一理由によるRM採用の可能性についても本章では論じていない。しかしながら、本論文で提案しているように階層IAにおいてRMを採用すれば、規模・範囲・ネットワーク経済性の大部分がそこで享受され、他階層におけるRMの必要性はあまり残らないのではないかと考えられる。 *「ネットワークとしての電気通信産業――広帯域通信(BISDN)時代における電気通信産業組織」、南部、伊藤、木全編『ネットワーク産業の展望(郵政研究所研究叢書)』第7章、日本評論社、1994年3月、pp.151-188。