情報化の促進および阻害要因に関する研究会*1 主  査:井上 宏 主査代理:鬼木 甫(当日議長) 日  時:平成7年9月21日(木)午前8:30〜10:30 場  所:ウェスティン・ホテル・大阪 出 席 者:38名(傍聴を含む) <発表> 最近の米国電気通信産業事情について Dr. Robert Pepper(米国連邦通信委員会(FCC)政策局長)  本研究会は、FCCのDr. Pepperから本会員菅谷実教授を経由して寄せられた「大阪市で開かれるAPEC『空港会議』に出席する機会に、関西の情報通信学会のメンバーと会いたい」との希望を契機として開かれた。当日は、38名(傍聴を含む)の会員が詰めかけ、最近ダイナミックな展開を見せている米国電気通信の現状につき、明快・的確なことでは定評のある同氏の説明に聴き入った。本報告は、当日の録音記録から作成した同氏発表の概要である。2時間という短い間であったが、同氏の報告は内容豊富で、かつ最近の興味ある話題を含んでおり、これを全部書き起こせば小型の「テキストブック」が出来るのではないかと思わせるほどであった。したがって、本稿では、同氏の発表内容をやや詳しく再現して読者の参考に供することにした。しかしもとより、細部の説明や数多くのエピソード、例示などは省かれている。なお、報告中の事実・データなどの正誤については別段のチェックをおこなわず、報告者発言をそのまま書き留めた。報告後の質疑応答の内容は、本文中の適当な箇所に入れ込み、これを記号[QA]で示した。 T.競争導入の利益  米国では、過去15〜20年間にわたって電気通信産業に競争が導入されてきた。(旧)AT&Tの独占体制に競争を導入するに際しては、サービス質の低下、雇用減少などの可能性を述べていくつかの反対があった。しかし、この期間の経験を総合すると、競争は明らかに米国電気通信産業の発展に貢献した。  競争は、まずネットワーク・サービスの質を改良し、ユーザの需要を刺激し、普及率を高めた。そしてその結果、より多額の投資を実現させた(これらはOECDの国際比較データに表れている)。独占体であったAT&Tの雇用は減少したが、通信産業全体(現AT&Tとベビー・ベル7社の合計)の雇用は20〜30%くらい増加している。MCIなどのnew comersの雇用増がこれに加わる。また、そのAT&Tでも、収入のシェアは1982年の90%から今日の58%にまで減少したが、市場全体が成長したので収入金額は増大しているのである。情報通信部門の実質生産高は、1983〜1994年の間に2倍程度に増加した。  1984年の分割以来、AT&Tは大変厳しい環境におかれたが、100年続いた古い独占体制(monopoly culture)から新たな競争環境への「変革(transition)」を概ねやりとげたと思う。これに対し、RHC(地域電話会社)は、まだ同様な意味での変革を実現していない。RHCの中には競争企業への変革を示しているものもあるが、AT&Tとの間には明らかな差がある。しかし地域市場にも少しずつ競争が入りつつあるので、RHCも変革の途を歩みはじめている。 U.地域市場での競争 A.地域市場の現状  皆さんがご存じのように、米国の地域市場ではまだ競争が実現していない。長距離や移動体などの市場と比べて大差がある。RHCやGTEの独占要素が多分に残っている。  ただし、地域市場でも、例外的に競争が実現している部分がある。第1に、RHCナイネックス社のテリトリー、たとえばニューヨーク市マンハッタン59番街から南寄りの区域では、ケーブルテレビ会社の電話事業が始まり、またTeleport社(CAP、競争アクセス事業者)が参入して競争が激化しており、もはや独占市場とは言えない。また、たとえばDS3と呼ばれる45MBの大容量・特別サービス(専用サービス)では、すでに全国的に参入が盛んであり、市場は競争的になっている。ただし、これらは例外で、市場規模全体から見ると、まだほんの一部にどどまっていることも確かである。  次に現在、ケーブルテレビ会社が全国各地で地域市場への参入意欲を強めていることを指摘したい。今回の通信法改革案もこれをバックアップしている。もっとも皮肉なことに、ケーブルテレビから地域市場への参入は、米国ではなく、まず英国で実現した。アメリカのケーブルテレビ会社は、英国各地に次々に上陸し、ケーブルテレビ・サービスに加え、電話サービスを供給しはじめている。 B.移動体通信の成長による競争環境の実現  しかし、私は最近の傾向から見て、今後地域市場、大企業だけでなく小企業(small business)や一般家庭の市場、の独占を打破するのは、ワイアレス(移動体通信)であろうと確信している。現在のローカル・ループ(有線電話サービス)に対して、それが近い将来強力な競争相手になることは疑いない。  まず、昨年来の移動通信用電波の「入札(auction)」によって、近い将来に大量のPCSサービス(筆者注:日本のPHS)が供給されることが確実になっている。米国各地域で、4個の移動通信ライセンスのうちの2個が、セルラーに与えられている。これに各地域で2個のPCSライセンスを加え、セルラーと競争させるようにした。さらに、2個か3個のPCSを加える見込みである。その結果、米国各地域でワイアレス4〜6事業者が競争することになる。現在、そのための電波入札を実施中である。  その結果、第1に、長距離事業者であるSprint社と米国最大のケーブル会社TCI、コム・キャスト社、コックス社などとのコンソーシアムは、全国人口の3分の2をカバーする営業区域(footprint)を入手して、最大規模の移動通信事業者となった。かれらはそのための電波使用料として2,200億円の代価を支払った。(電波の「入札制」については、後ほど話す機会があると思う。)これらの会社は、移動体電話に長距離電話やケーブルテレビ・サービスをバンドルし、一般ユーザに供給する。そのためのインフラ建設に必要な資金は8,000億円ほどに上るとのことである。[QA:サービス・バンドリングとは、たとえば、ケーブルテレビ事業者が、自己の電話への加入者にケーブル・サービスを無料で供給する場合である。これは、競争環境でおこなわれるかぎり、不公正競争を生み出すことはない。また多くの加入者は、バンドリングによるワン・ストップ・ショッピングを望んでいる。しかし、事業者の一部でも独占市場を持っているとき、そのサービスが他サービスとバンドルされると、不公正競争要素を生み出す。]  第2に、RHCのセルラー部分のコンソーシアムがある。パシフィック・テレシス社からスピンオフしたエア・タッチ社は、US West、ナイネックス社、ベル・アトランティック社のセルラー部門とタイアップして、PCSサービスへの進出を計画している。これも同じく、セルラー・PCSを併せ、全国人口の3分の2をカバーする地域でサービスを供給する。エア・タッチ社のケースは、新しいテレコム・ビジネスのモデルである。まず親会社から独立して規制の制約から外れ、魅力ある市場を見出してそこに一般からの投資資金を導入し、ゆくゆくは親会社自体とも競争することになる。なお、ナイネックス社、ベルアトランティック社のセルラー部門も近くスピンオフするのではないかとの噂がある。  第3に、AT&Tによるマッコー・セルラーの買収がある。今回のauctionで、AT&T・マッコーの連合もPCSライセンスを購入し、やはり人口の3分の2をカバーすることになった。これはAT&Tによる地域市場へのワイアレス経由「回帰(getting back)」である。AT&Tは、このことによって、end-userに「シームレス・サービス」を供給できると言っている。  また、上記に加え、RHCのうち2あるいは3事業者も、自己の営業地域以外で移動体電話事業に参入している。これも競争要因増大の1つである。これらの結果、FCCは、地域市場では従来のような規制はいずれ不要になる、少なくとも従来規制とは異なった規制が必要になると予想している。 C.AT&Tの3分割  ちなみに、今朝のAT&T3分割のニュースは、われわれを驚かせた。しかし、よく考えてみると、これはリーズナブルな決定である。電気通信産業は伝統的に垂直統合されていた(smoke-stack integration)。1984年の同意審決時に、AT&Tは垂直分割に強く反対し、その機器製造部門、コンピュータ部門を成長株と考えて自己の手元に止め、地域電話部門の切り離しに同意したのである。しかし、時の経過とともに、機器製造やコンピュータは、AT&Tの本来の事業である通信ビジネスにとって、お荷物になってしまった感がある。またAT&Tは、他社からの機器調達を促進したいのだろう。  AT&T3分割は、テレコム産業が、コンピュータ産業と同じように、上下方向のレイヤー構造に分割される傾向を示すものだと思う。電気通信ネットワークは、実はコンピュータ・ネットワークになっており、今日では「規模・範囲の不経済(diseconomies of scale and scope)」が電気通信に見られるようになっている。[QA:コンピュータ産業は、チップ製造、コンピュータ組立、ソフトウェアの3層に上下分離されており、それぞれのレイヤー内で激しい競争がおこなわれて成長した。垂直統合されていたかつてのIBMは、当初このことを理解できなかったのである。AT&Tの3分割については、マッコー社がヨーロッパのエリクスン社から機器を購入していることも作用しているのではないか。機器の独占的供給(たとえばドイツ・テレコムとジーメンス社のような「甘い汁関係(sweetheart arrangement)」)は、今日の競争環境では「不経済要因」になってしまったのである。] V.相互接続と過渡期におけるセーフガードについて  地域市場は100年かかって成立した独占市場であり、競争導入によって短時日のうちに独占要素を解消できるものではない。競争を導入しても、しばらくの間は、独占要素を持つRHCと、新事業者が併存することになる。そこで、両者間の相互接続(interconnection)が問題として出てくる。これは地域市場への競争導入にとって、決定的に重要な(crucial)問題である。 A.競争セーフガードのための4原則  RHCとの(より一般的には複数事業者間の)相互接続における競争のセーフガード(競争環境を守ること、つまり独占力行使による競争妨害の防止)のため、われわれは以下の4原則を設けている。 1.公平(fair)かつ経済的(economical)な相互接続の実現 2.内部相互補助(cross subsidization)の禁止――つまり独占市場を持っている事業者が独占サービスの高価格(captive rate)から利益をあげ、そこから競争サービスへ補助をおこなって競争者に対し不当に有利な地位を占め、また独占市場のユーザから搾取する(hurt)ことを禁止する。 3.透明(transparent)かつ公平(fair)な相互接続ルールの設定――具体的には、相互接続ルールは公表されなければならず、また規制は、公共の機関によって公開原則の下におこなわれなければならない。この原則から外れた例として、英国では競争導入の初期に、BTによるローカルネットワークへのアクセスサービスの価格設定の根拠が公開されなかった。それはOFTELとBTとの間の非公開の交渉で決められた。このやり方は失敗に終わった。OFTELは現在ではこれを公開している。 4.規制当局が事業者から独立していること――現在のフランスやドイツでは、この点はまだ実現していない。  なお、現在NTTの分割問題が皆さんの間で検討されていることを承知しているが、NTTが分割されるにしろ、あるいは分割されないにしろ、いずれにしても、相互接続のための上記ルールは、競争促進に必要であることを強調したい。それは英国のBTのような大規模事業者が存在する場合でも、米国のようにAT&Tとベビー・ベル7社に分かれている場合でも変わりはない。 B.相互接続の問題点  相互接続の2大原則は、第1に「公平・無差別(fair and nondiscriminatory)」、第2に「費用に基づく接続料金の設定(cost-based pricing)」である。この原則に反する「反競争的行為(anti-competitive conducts)」としては、以下の3種類のケースが考えられる。 1.支配的事業者(dominant carrier)がネットワークのボトルネックを押さえていて、これを他事業者に開放せず、相互接続に同意しない場合 2.支配的事業者が、相互接続に際して不当に高い料金(excessive rate)を徴収する場合 3.支配的事業者が技術的な難題をもちかけ、接続を実際上困難あるいは不可能にする場合  上記のうち、1については、独占事業者が明らさまにボトルネックの開放を拒むことはもはやできなくなっている。そのための法的基盤を用意することは、他の2点と比べて(relativelyに)容易である。また、3については、今日のエンジニアは大変優秀で、ローヤーやビジネスマンや官僚が余計な口出しをしないかぎり、技術的な問題はほとんどすべて解決できる。したがって、最大の問題は、相互接続の際に徴収する料金の設定(pricing)である。料金をどの水準に、どのような方式・手続きで設定するのが望ましいかは解決困難な問題で、われわれはこれまで大変苦労してきた。  接続料金の設定には、大別して下記の3方法が考えられる。米国はこれらのそれぞれについて経験を積んでいるので、お話したい。 1.料金を全く徴収しない(ゼロ料金を設定する)場合 接続料金を全く徴収しない場合である。極端な例として、ユーザの電話端末などCPEについて接続料が徴収されない事実を挙げたい。また、接続に当たる双方の事業者が概ね対等の立場にあり、かつ双方向のトラフィック量が均衡している場合には、接続料を徴収せず、発信側事業者がユーザの支払う料金をすべて自己の収入にするというルールを作る場合がある。"Originating company gets all."である[QA:たとえば、仮に大阪のローカル市場でNTTと(ローカル)NCCが接続し、双方向のトラフィックが均衡している場合である。] このルールの下では、交渉の必要もなく、規制当局の関与の必要もないので、物事を簡単に済ませることができる。しかしもちろん、あらゆる場合にこのルールが使えるとは限らない。 2.規制当局が事業者間の交渉に内容的に関与する場合 これは長い困難な交渉のプロセスを生ずる。通常は複雑な規制過程(complex regulatory proceedings)となる。米国での例は、長距離事業者がRHCに支払う「アクセス・チャージ」の決定であった。その交渉には、大変な手間がかかった。しかしそれでも、アクセス・チャージの場合には、支払側のAT&Tがたまたまビジネス内容をよく知っていたので、RHCが何かおかしなこと(cheating)をするとすぐわかって、反論が出てきたので、困難の一部が回避されたかもしれない。もう1つの例は、FCCが、RHCに対し、CAPやPCSとの接続のためにネットワークをオープンするよう裁決したケースである。そのときは莫大な人手が費やされ、何千ページものレポートがFCCにファイルされた。問題は、RHCが多くの情報を持っているのに、new comersはほとんど何も知らないことにあった。FCCは、必要な情報をRHCから入手するために大変な苦労をした。 3.事業者同士の私的交渉(private negotiations) これは、たとえば、セルラー事業者対RHCの場合であった。どの移動通信市場にも、RHCの子会社であるセルラー事業者と、独立の新規セルラー事業者がいた。この場合、FCCはRHCの子会社に適用される事項は、すべて新規事業者にも適用されるべきことをルールとして定めた(ベンチマーク方式)。セルラーの場合はうまくいった。問題は、この方式が使えないPCS対RHCの接続である。PCS事業については、現在FCCによる「規則設定(rulemaking)」が進行中である。一旦ルールができ上れば、交渉のかなりの部分を、事業者間の私的交渉にまかせることができる。しかし世界は複雑であり、理想的な解決法を求めることは困難である。もちろん問題は、RHCが高い接続料を要求する動機を持っている点にある。また1つのポイントは、規制当局による細かな介入(micromanagement of markets)は、望ましくない結果をもたらすことが多いということである。「ベンチマーク使用」のような方式を見つけることが有用である。(たとえば、現在米国で採用しているprice-cap regulationでの生産性上昇率の推定については、FCCは、長距離・ローカル両市場でオペレートし、自分自身内に利害対立を含むSprint社からのデータを他ケース用のベンチマークとして使った。) W.FCCによる事業者間対立の解決方式(FCCによる規制方式)について[QA]  FCCによる規制方式には、大別して、ルールによる規制(rule-based regulations)と申立・苦情に基づく規制(complaint-based regulations)がある。前者は通信法や諸規則(訳者注:連邦規制令通信編――CFR, Code of Federal Regulations 47 "Telecommunication"など)に基づき、FCCが具体的なルールを作成するもの(rulemaking proceedings)である。それは事業者間接続などのネゴーシエーションの枠組み(パラメター)を決める。ご存じのように、それはFCCによる提案に始まり、それに対して一般からのコメントを求め(invite public comments)、公開の場で議論を行った後に決定される。たとえばユーザから長距離事業者への「イコール・アクセス」を地域事業者に義務づけることは、このようにして決められたルールである。  これに対して第2の方式は、事業者やユーザからの申立・苦情(complaints)に基づいて、FCCが何らかの行動を起こすことによって実施される規制である。FCCはすべてのユーザ・事業者に対し、電気通信事業の遂行に関する責任を負っている。そのため、FCCは、ユーザ・事業者から申立・苦情を受ける立場にあり、それは年間3,000件から5,000件に及ぶ。その大部分は、小企業や消費者ユーザからのもので、電話サービスに関する苦情であるが、中には事業者間の対立から生じる申立もある。これは、下記の3方法のいずれかによって処理される。  ユーザからの細かい苦情は、多くの場合非公式に(informally)解決される。典型的な方法は、FCCのオフィサーが事業者に電話して問題点について適切な対応策を取るように依頼し、事業者がこれに同意する場合である。数千件の申立・苦情の大部分はこの方法によって解決される。  次に、事業者間の対立についても、非公式の解決法が取られることが多い。FCCのオフィサーが両事業者の交渉を非公式に仲介し、適当なラインで両者が合意する場合である。  このような非公式の方法で解決がつかない場合(それが年間合計何件くらいになるか、この場では記憶しないが[QA])には、FCCの公式の手続き(formal judication)が取られる。FCCはそのために法廷(court)を開き、ヒアリングをおこない、証言を受け、決定を下すのである。これには長い時間・費用と多大の手間がかかる。もちろん、公式のプロセスの場はすべて公開であり、記録もすべて公開される。[QA:非公式の方法で解決できないケースについては、いつでもformalな手続(abdication)に訴える途が保証されている。それだからこそ、大部分のケースを非公式に解決できるのである。]  日本について特記するべき事項として、最近、日本の郵政省(MPT)は、NTTネットワークへの接続、とりわけ信号網SS7の採用に関連して一般からのコメント(public comments)を求めることにしたと聞いている。これは、MPTがはじめて一般からのコメントを収集するものであり、大変結構なことと思う。 X.「入札による電波割当(radio auctioning)」について  今回FCCがおこなった電波の「電子入札(electronic auctioning of radio spectrum)」について説明したい。入札による電波割当は、PCS用の電波について昨年夏から実施された。まずFCCは、従来から以下のような方法で電波割当をおこなってきた。 A.「美人コンテスト(beauty contest)」法  これは1970年代からラジオ・テレビの放送用電波についてとられた方法である。それぞれの地域の放送用電波に対する複数の申請に対して、申請内容を比較し(comparative hearing)、長所・短所を勘案してFCCが決定を下す。事業内容でなく、申請書という「外見」によって割当が決まるので、冗談にこの名がつけられた。もちろん、申請者は電波使用権を自分の手に入れようとして、激しく競争するので、ヒアリングは厳しくなりがちであった。放送事業に関する理解不足もあって、放送と直接関係のない事項、たとえば放送局用の自動車駐車場のスペースの大小に基づいて電波が割り当てられるという極端なケースもあった。ロスアンゼルス市のセルラー電話では、ある事業者が他よりも1つだけ多くの「セル」を用意していたという理由で電波が割り当てられたこともある。いずれの理由も、申請者間に差をつけるために使われたもので、合理的な根拠は無い。またこの方法では、実際に割当がおこなわれるまで4〜6年という長期間を必要としていた。 B.くじ引き法  上記の方法では、割当に時間がかかりすぎて新しい技術の実現が遅れる、また割当自体が公平性を欠くという苦情が多かった。FCCが次に取った方法は「くじ引き法(lotteries)」である。1980年代のセルラー電話の免許にこの方法が使われた。要するに、セルラー電話事業を計画する者は、誰でもFCCに申請を出すことができ、それに対して抽選で電波を割り当てるのである。この場合、割り当てられた電波を第三者に(有料で)譲渡することは自由であり、実際に多数の取引がおこなわれた。  電波割当の「初期利益」を入手するために、多数の人が抽選に応じた。実際に移動電話事業を実行する能力のない事業者・個人までも応募した。その結果、抽選に当選して電波を割り当てられた者から、実際の事業者へ、電波使用免許が有料で譲渡されていった。結局は移動電話事業を営む実力を持つ者にすべての電波使用権が移動したのであるが、そのために1〜2年という期間を要した。電波割当からそれが実際に使用されるまでの期間は、第1の方法に比べて短縮されたが、依然として時間の無駄が大きかった。  また、この方法に対して、電波の初期割当から生じる利益を、抽選によって一部の者に与えるのは不当であるという批判がなされた。われわれは、電波は国民の共有資源と考えており、その使用から生ずる利益は、国民の一部に与えられるべきではなく、国民共通の収入になるべきだと考えている。「美人コンテスト」や抽選などの方式は、この原則に反するのである。 C.入札制  上記の欠点を克服するために考え出されたのが、電波の「入札制」、それもコンピュータと通信回線を使った「電子入札制(electronic auction)」である。その由来を説明すると、1985年に私のスタッフメンバーであるEvan Kwerel氏が、電波の入札制に関する論文を書いた。FCCでは全部で2,200人の要員が働いているが、私のオフィスには博士号所有者が17人おり、彼はそのうちの1人である。[QA:同論文は、本日の議長鬼木氏に後ほど送付する。]  入札制は、以下のような利点を持つ。第1に、最も高い価格を支払うことができる事業者、つまり最も有能な事業者に電波が割り当てられるので、競争市場の利点が実現される。その結果、移動体通信の発展が加速される。第2に、電子入札制は、移動体通信用電波の割当という複雑かつ困難な課題(理由は後に述べる)を、短期間のうちに解決できる。それは、技術的な可能性を、なるべく早く実際のシステムに結実させるために有効な方法である。第3にそれは、国民に電波使用料という収入をもたらす。ただし、これは入札制の副産物であり、主要な目的ではない。(近視眼的傾向を持つ財務省の人たちにとっては、最重要な結果であるようだが。)先に述べたように、われわれは電波は国民の共有資源であり、そこから生ずる収入は、国民全員の収入となるべきだと考えている。これは政府が売却する公有地の取得者が国に代価を支払うことと同じである。  このような入札制の提案に対して、移動通信事業者は強く反対した。事業者は、電波は無料割当(free allocation)が最善であり、電波の有料化は移動通信コストを上昇させ、ユーザの負担を増大させると主張した。われわれは、この議論には賛成しない。第1に、電波を無料で割り当てても、使用料に当たる部分がすべてユーザに還元されるとは限らず、高人件費という形で事業者など供給側の懐に入ってしまう可能性が強い。第2に、仮に電波が無料で割り当てられ、そこから生ずる(入札制の場合と比較したときの)コスト節約分がすべてユーザに還元され、無料割当のときの電話料が入札制のときの電話料よりも安くなるにしても、節約分は電話料の15〜20%程度であり、それほど大きなものではない。つまり、PCS供給の総費用のうちの5分の1〜7分の1程度が、電波料に当たるのである。ユーザにとっては、その程度の電話料節約よりも、入札制がもたらす競争から生ずる移動通信事業の長期的な効率化がはるかに大きな便益をもたらす。  われわれのこのような提案に対し、連邦議会は1993年に同意を与え、1年の期限内に、PCS用の電波を入札制で割り当てるべきことを定めた法律を通過させた。上述1あるいは2の方法に比較したとき、1年という期間がはるかに短いことに注意されたい。この法律では、ラジオやテレビなど放送用電波については入札制をまだ規定していない。それは例外扱い(exemption)になっている。しかし、この件は、現在ワシントンで議論の対象になっている(実は、本日の論題になっている)。米国全体の方向は電波の入札制に向かっており、私は将来、すべての放送用電波(ディジタルTV用電波を除く)が入札によって割り当てられると考えている。(もちろん、申請者が2人以上の場合である。申請1人の場合は無料になる。電波の有効利用が目的であって、政府収入の最大化が目的ではない。) D.電子入札の技法  PCS用の電波の入札は1994年の夏から始まり、本年3月までかかった。入札システムの設計には、経済学者(ゲーム理論の専門家を含む)、統計学者、数学者が動員された。アメリカ全体を51地域(ランド・マクナリー社のMTA)に分け、それぞれの地域で2個の免許(合計102免許)を与えることが決められ、これらについて入札がおこなわれた。  ここで、PCSのための電波の「価値」について一言しておきたい。入札によって価格が決まる美術品などと異なり、移動通信のための電波は、地域間の相互関連が強い。たとえば、移動通信事業者がニューヨークと隣接のフィラデルフィアで免許を取得する場合を考えられたい。移動通信の特色から、隣接する地域で免許を入手することには大きな利益がある。他方、ボストンで1個のライセンス、そして離れたロサンゼルスで別のライセンスを取得しても、それはニューヨークとフィラデルフィアの免許を同時に取得するほどの価値はない。米国では多数の地域が相互に隣接しているから、それぞれの地域の電波免許に「値段を付ける(bidする)」のは、一見したよりもはるかに複雑な仕事であることが分かって頂けるだろう。[QA:また、このことから、電波の価格はすべての地域について同時(simultaneous)に決められなければならず、「絵画」入札のように1点ずつ順次(sequential)に価格が決まる場合よりも複雑な取扱いが必要となることも分かって頂けるだろう。]  [QA:われわれが取った方法は、「同時繰り返し入札(simultaneous and multiperiod auction)」である。102本の免許について、まずすべての参加者から入札を求め、それぞれの免許の最高入札価格を公表する。これが第1ステップである。次のステップでは、すべての参加者が、公表された第1ステップの結果を見た上で第2ステップの入札をおこなう。以下これを繰り返すのである。繰り返しは、最高入札価格がすべての地域で一定水準に落ちつき、入札を続けてもそれ以上の変動がない「均衡」に達するまで実行する。これまでの入札免許料は、合計8,000億円程度である。PCS全体への投資規模は約5兆円と予測している。直接雇用増は30万人、全体で100万人くらいである。また、実際の免許発行には、事業計画内容の審査のため4ヶ月ほどの時間を見ている。  入札ステップは1日2回とされた。実際、事業者側では、電波の相互依存性を考えた上で、それぞれの地域について次回の入札価格を決める必要があるので、1ステップ当たり半日程度の時間が必要であった。]  [QA:最初に入札をおこなったのは、1994年7月のことである。まず狭帯域PCSについておこなった。計10本の免許について1時間に1回入札した。このときは各事業者の担当者(多くの場合は社長、電波の入札価格を決めるにはトップの判断が必要だから)がホテルの一室に集まった。入札は、そこに設けたブースから、FCCが用意したパーソナル・コンピュータ(PC)に各参加者が入力し、これを集計してスクリーンに表示する方法でおこなった。これには47回の入札を繰り返し、全部で1週間かかった。  次の入札は1994年10月〜11月におこなった。このときは、同じく狭帯域Regional PCSの30本の免許について入札をおこなった。実際にやってみてわかったことだが、参加者を入札期間中ホテルに閉じこめておくわけにはゆかない。社長には他にたくさんの仕事があるからである。このときは、参加者から、「いずれにしても、われわれは入札のため社長をかこんでホテル内のWar RoomにPCを持ち込んでいる。同じことなら、ホテルを使わず、通信回線を通じて本社からリモートで入札させて欲しい」という要求が出てきた。FCCはこれを受け入れた。このときは、約半数の参加者がホテルにPCを持ち込み、他の半数の参加者は通信回線を使って入札した。  第3回目の入札が、先に述べた広帯域PCS102本の免許である。この入札には1994年12月5日から1995年3月上旬までかかった。102本という多数の免許なので、入札は1日2回になった。約60回の入札が繰り返された後、最高入札価格がすべての地域について均衡値に達した。このときには、on site入札の可能性も残しておいた(通信回線が故障したときのバックアップとして、電話(音声)入札も用意した)が、ほとんどすべて(50人足らずであった、多くはコンソーシアム)の参加者が、通信回線を通じてリモート入札した。われわれは半年の間に、試行錯誤によって、ホテルの1室に集まるon siteの入札から、通信回線を活用するリモート入札に進化したのである。]  このように、われわれは移動通信用電波の競争入札制度がうまく機能することを学んだ。今後、FCCは、各地域に合計6本のPCS免許(30メガヘルツ3本、10メガヘルツ3本)を出すことにしている。現在まで、30メガヘルツ免許を2本だけ出した。この免許は、すでに多額の投資を移動通信分野に誘引している。  FCCは、このために、電子入札システムを構築した。ソフトを準備し、ネットワークを組んだ。最近の例では、入札参加者は、ほとんどすべて自己のPCからリモート入札する(われわれは、少なくともそのうちの1人が機上からラップトップPCを使って入札したことを知っている)。その結果われわれは、株式市場と同じようなスペクトラムの「電子市場」を作ったわけである。このシステムについて、各国から問い合わせが続いている。  PCS入札システムの構築に際しては、この分野の大規模投資事業者(investment houses, brokerage houses)から、1%程度のコミッションで、入札システムを取り仕切ってもよいというオファーがあった。(絵画のオークションでは20〜25%ほどのコミッションが取られるとのことである。)われわれはこれを退け、FCC自身で入札システムを構築したわけだが、そのための総コスト(場所の設定、ソフト・コンピュータ・ネットワーク購入代などを含む)は、入札価格総額の0.25%以下であった。同システムを将来使うときには、ほとんどゼロ・コストで入札を実行できる。入札のための取引コストという点でも、今回の試みは成功であった。 付記:なお、1995年9月22日付「産経新聞」10面の記事「米AT&T3分割、通信事業集中が狙い(榊原博行氏執筆)」は、Pepper氏の報告を下記のように引用している。「(1)日本の報道は間違って伝わった。(2)AT&Tは自主的に不採算部門を分離しただけのこと。(3)十一年前の地域分離とは全く異質のものだ。」「(4)かつて世界の通信業界はそろって通信とコンピューターの融合を叫んだ。(5)だが、今は長距離と地域電話、移動体通信の融合を目指すようになった。」上記引用は、Pepper氏の実際の報告を、不正確にあるいは誤って伝えているので、その部分(実際には引用の大部分)について指摘しておきたい。  まず、(1)の発言あるいはそれに類する発言はなされていない。(2)については、「だけのこと」という部分を除いた形で発言されており、引用の含意と報告者発言の含意は異なっている。(3)の発言あるいはこれに類する発言はなされていない。(4)の発言もなされていない。この部分については、「かつてIBMはハードとソフトを統合(融合)した供給をおこなっていた」という報告者の発言があるが、一見類似しているようでも、内容的には異なる。(5)の発言もなされていない。これについては、「AT&Tとマッコー社による長距離電話と移動体通信、TCIなどのケーブル会社による移動体通信とケーブルテレビの融合(バンドルされた)サービスが近い将来実現されるものと予想している」との発言があったが、内容・含意が異なっている。  上記のように、同記事は、Pepper氏報告を多くの誤りと不正確さを含んだまま引用しており、かつPepper氏報告の含意を別の含意で入れ換えた上で記事の材料として使っているので、読者の注意を喚起しておきたい。 *1 報告作成鬼木甫。 「最近の米国電気通信産業事情について(研究会報告:情報化の促進および阻害要因に関する研究会:Dr. Robert Pepper米国連邦通信委員会政策局長発表の邦訳)」、『情報通信学会誌』、Vol.13、No.3、1995年11月、pp.56-64。