インターネットのガバナンス・規制に関する最近の問題 ――「ドメイン・ネーム割当方式」と「インターネット電話の急成長」―― について(概要) (株)情報通信総合研究所における研究会 1998年8月12日 鬼木 甫 大阪学院大学経済学部教授 A.「インターネット」の成長 1.「インターネット」以前のネットワーク a.TSS(1960年代〜1980年代) 大型汎用機と端末による「スター型」ネットワーク 大型汎用機の遠隔使用、同資産の共用 コンピュータと通信の結合のはじまり データ通信技術の基礎の形成 例:航空機・列車などの座席予約システム 銀行勘定とATMのオンラインシステム 学術研究用大型汎用機の共用 b.パソコン通信(1970年代末〜現在) TSSの商業利用 電話回線による「巨大スター型」ネットワーク 通信ソフト・モデムの実用化・高速化 (当初300bps、現在28,800bps) センター用ソフトウェアの充実――サービス多様化 フォーラム、掲示板、パソコン通信、データベース利用など 少数の成功例: Compuserve(米) ニフティサーブ(日) 数十万人のユーザ獲得に成功 c.他ネットワーク メーカー固有仕様によるネットワーク ――汎用機中心の結合 IBM、富士通、日本電気など 分散型ネットワーク 汎用機、ワークステーション、PCの分散型結合 ネットワークとサービスの分離 例:BitNet(米、IBM) N1ネット(日本、大学間) ARPANET(米、「インターネット」の前身) 2.「インターネット」の形成 a.1960年代(米)――ARPANETの発足 J. C. R. Licklider:Galacticネットワークの提唱(1962) L. Kleinrock:パケット送信・交換(1961、1964) パケット:通信用データを複数個の「パケット(宛先ラベルのついた小包)」にまとめる。パケット交換機(ルーター)を介するデータのバケツリレー型伝送・交換を可能にした(回線結合による交換に代わる概念)。雑音等に強い効率的・経済的通信を実現。 L. G. Roberts:広域コンピュータ・ネットワークの試作(1965)(電話線をパケット用伝送に使用) DARPA(Advanced Research Projects Administraiton, U.S. Department of Defense、防衛省先端研究プロジェクト局)によるARPANETの建設開始(1967)(当初2.5Kbps〜50Kbps) UCLAとSRI(Stanford Research Institute)にパケット・スイッチIMPを設置(1969)、戦時災害下でも柔軟に生き残るネットワークが当初の目標。 NIC設置(SRI):ホスト・アドレス参照、RFC(意見募集)システム ARPANETのホストコンピュータ4台になる(1969末) 軍事用の「柔軟なネットワーク」として発足 b.1970年代(米)―― ホスト・コンピュータの増設(1970年代前半) 通信用ソフトウェアの充実 NCP:最初のHost-to-Hostプロトコル ICCCコンファレンスでのデモ(1972) 電子メールの開始(1972) 当初はARPANET関係者用 メール処理ソフトの実用化 以降WWWの出現まで10年間、主要アプリケーションとなる c.「インターネット」概念の成立 R. Kahn:オープン・ネットワーク・アーキテクチュアを提唱(1972) 複数ネットワークが共通仕様の下に対等の立場で結合、データ交換用 TCP/IP仕様の提唱 地上有線パケット網に加え、地上無線パケット網、衛星パケット網も結合 4原則:各ネットワークの独立性、ベストエフォート型伝送、ゲートウェイ・ルーターを伝送媒介(フロー・メモリーなし)に使用、ネットワーク全体の運営中枢なし(分散型ネットワーク) 他原則:グローバル・アドレス使用、ホスト間のフローコントロール、PCのOS上での使用、など V. Cerf:TCP/IPを作成 複数の物理的ネットワークに適用できる通信用ソフトシステム IP:octetstream(長いバイト列)を使用 32ビットIPアドレス使用(当初は256個のネットワークのみ許容) TCP:FTP、Rlogin(Telnet)、E-mailを実現 d.1970年代後半〜1980年代――急速に成長したLANおよびWS、PCとの共生 B. Metcaefe:Ethernetを開発(1973) 企業内LANの急成長 Nobel社のLANソフトの急速普及、TCP/IPと併存。 P. Mockapetris:DNS(Domain Name System)の発明 多数ネットワーク(LAN)間、多数ホスト間通信を可能にした Routers用プロトコルの提唱・採用 WS用OS "Unix BSD" にTCP/IPを結合 多数のコンピュータ専門家がTCP/IPを使いはじめる ARPANETがNCPを正式にTCP/IPに変更(1983年1月1日) 多数ホストによるソフトウェア同時変更 ARPANETからMilnet(軍事用)を分離しDefense Data Networkに統合、ARPANETは研究用ネットワーク専用になる(1985) 多数の他ネットワークの出現: Bitnet(IBM、1981)、USENET(AT&T)、CSNET(NSFグラント)、HEPNet他 XNS(Xerox)、DECNet、SNA(IBM) 他のTCP/IP方式大学間ネットワーク(CSNET等)も成長 コンピュータ分野から他分野の研究者にも普及 3.インターネットの充実・米政府NSFによる支援 a.NSFによるインターネットの推進(1980年代半ば〜1995年) D. Jennings、S. Wolff:NSFNET(NSFグラントによる汎用大学・研究所用ネットワーク・プロジェクト)を推進、当初はスーパー・コンピュータを結合。 NSFがTCP/IPの採用を決定(1986) NSFがDARPAインフラのサポートを表明、DARPA下のIAB(Internet Activities Board)/IEFT(Internet Engineering and Architecture Task Force)とNSFがRFC985を共同執筆し、DARPAネットワークとNSF下のネットワークのInteroperabilityを成立させた(1990)。 b.NSFによる基本方針の決定 FNC(Federal Networking Council)を設立、連邦予算による国際リンク、国内バックボーン(NSF backbone)、ネットワーク・アクセス・ポイント(NAP)、同連結ポイント(IX)のサポート。 他方地域網部分については、商用ユーザとの共用によりコスト節約を試みる(1987)。ヨーロッパ諸国等のネットワークと結合(RARE経由)。 ――その結果、NSFNET Backbone、Regional Networks、個別Networksの3層構造が成立。 AUP(acceptable use policy)により、バックボーン部分の使用を学術・研究等非営利目的に制限。これにより、(かえって)商用ボックボーン(PSI、UUNETなど)の成長が促進された。 FNCが報告書 "Towards a National Research Network" を発表(1986)し、A. Gore上院議員(当時)に強い影響を与えた。FNCは後に "Realizing the Information Future: The Internet and Beyond" を発表し、NII/GIIの考え方の基礎となった(1994)。 NSFが連邦予算による支援を民間資金に切り換える方針を決定(1992)、NSFNETへの援助を停止(1995)。 NSFNETの期間(8年6カ月)に、「インターネット」は6ノード56Kbpsから21ノード45Mbpsに成長。1995年にはネットワーク数50,000(合計)、29,000(米国)に達した。NSFの援助は、この期間計2億米ドル。TCP/IPは他のネットワーク・プロトコルを抑え、世界標準になった。 c.RFCによる「文書化(documentation)」の威力 「インターネット」の「RFCシステム(Request for Commentsシステム)」は、同ネットワーク形成・発展のための「情報中枢」となった。 S. Crocker(UCLA)がARPANETのためのアイディア・実験結果などを関係者間で交換する「文書システム(RFC)」を開始(1969)。伝統的な学術論文形式では手続が煩雑、かつ時間もかかるので、これに代わる形式として使いはじめた。当初は、紙コピーにより、次いでFTPを使用して配付、現在ではWWWを多用。 J. Postel(SRI):RFC Editorとして、RFCナンバリングの一元管理に従事。 RFCの効果 アイディア・提案等の自由な交換による創意工夫のポジティブ・フィードバックの生成。結果的に、「インターネット」発展の最重要因子となった(他ネットワークは、同種のRFCを持たず、単一企業のように閉じた範囲内だけで創意工夫が試みられていた)。 RFCの対象 主たる対象は、「インターネット」上通信の「プロトコル標準(インターネット公式標準)」の形成。IPレベルのデータ伝送用の諸手続、電子メールとその添付文書の様式、FTPの方式などの大部分が、RFCによって提唱・改良された。他の用途として、ネットワーク運営に関する情報開示、インターネット使用現況・統計など。 RFCの使用 内外に無料公開。「インターネット」関係者によって広く使用されている。また大学の講義材料、企業による製品開発に参照された。(特定企業の特許等による独占を排し、広汎な技術の発展をもたらした。) RFCの作成 現在は75〜100グループがテーマ別に検討。ドラフト提案が修正を重ね、「合意」されると、RFC No.が与えられ、「インターネット公式文書」として配付される。 d.「インターネット」管理組織の形成 ARPANETのNWC(Network Working Group)より開始。 当初から諸(政府)機関との "Contracts" による独立した活動の集まり(パケット通信を推進するコミュニティ・メンバーが存在)。 1970年代:V. Cerf(DARPA) ICB(International Cooperation Board) IRG(Internet Research Group) ICCB(Internet Configuration Control Board)を設立 1983:B. Leiner(DARPA) 多数のTask ForcesとIAB(Internet Activities Board)に改組 1980年代: IEFT(Internet Engineering Task Forces)の形成と、RFC形成を通じる急速拡大、多数のWG(Working Groups)に分かれる。 DARPAの役割は漸次減少した。 1980年代末: 「インターネット」の成長継続 IABの下にIETFとIRTF(Internet Research Task Force)を併立 1991: CNRI(Corporation for National Research Institutions)の設立 1992: Internet Society(ISOC)の設立、IAB、IEFT、IRTFを傘下に持つようになる。 1994: W3C(World Wide Web Consortium、代表A. Vezza)がWeb標準設定の中心となる。 4.「インターネット」の「商用化」と急速拡大 a.「インターネット」機器供給の拡大 1985年:Vendors向けTCP/IPワークショップの開催、TCP/IP標準・内容の開示、ベンダー側から多数の反応あり 1988年:第1回Interopトレードショウに50社5000人が参加 現在では、年間7回世界各国で開催、計25万人参加 全体として、TCP/IP内容の完全な開示が、急速な製品の展開・改良をもたらした(IBM/PC-ATマシンの普及理由と類似) b.「インターネット」の商用使用への開放 1992年:NSFがAUPを緩和し、商業目的使用を認める。 1993年:WWWの普及はじまる。 1995年:NSFの援助停止。しかし、NSFは、初期NAPの設立を援助。バックボーン部分はMajor private providersが供給しNAPに接続(また"peering arrangement"によりトラフィック交換)。 このころから、「インターネット」は、「汎用ネットワーク」として民間の広い関心を集め、ISP経由のインターネットへの接続が急増。1994年に".com"サイト数が".edu"サイト数を上回る。 1996年:クリントン大統領がNGI(Internet II)プロジェクトを発表。トラフィック混雑からの脱却をはかる。このころから、「イントラネット」普及はじまる(fire wallsを介し、インターネットに接続)。 B.インターネットの「ドメイン名(domain names)割当に関する問題」 1.インターネットのガバナンスの特色 a.「分権型システム」――集中的管理(中央集権)の回避 facility-based networksの集合体 (バックボーン、地域、個別ネットワーク;NAP、IX) b.共通プラットフォーム(中央集権的)要因の存在と作動 TCP/IPの採用 IPアドレスブロックの割当 TLDの割当とドメイン名によるルーティング ルート・サーバの運営 インターネット技術プロトコル・パラメター標準の開発・採用 c.インターネット成長の基本的理由 オープン型ネットワーク 集権・分権要因の両者が有効に機能 2.共通プラットフォーム要因の管理主体 a.半官半民的組織による管理 (米国内)法的根拠は不明確のまま、「実際上」はおおむね円滑に機能 (ただし、一部に米政府との契約あり) 組織メンバーの大部分は、当初は大学・研究所から出ていた。最近これにISP団体の代表が入るようになってきている。 また、インターネットは「拡張サービス」であり、規則がかからなかった。 b.諸団体 ISOC(Internet Society、1992〜) WG、コンファレンスの組織、諸団体間の連絡 IETF(Internet Engineering Task Force) 標準プロトコルの形成 IESG(Internet Engineering Strering Group)、IAB(Internet Architecture Board、ISOC下の組織) IETF内の多数のグループの統合・管理 IANA(Internet Assigned Numbers Authority) IPアドレス、ドメイン名を管理(DOD、USCと契約、1998年9月末まで) 3.「ドメイン名割当」問題の経過(米国) a.クリントン大統領による「ドメイン名システム(DNS)民営化」指令(1997年7月2日) 商標権をめぐるトラブル ドメイン・スペースの不足(とくに".com"ドメイン) b.商務省NTIAによるコメント公募(1997年7月2日) DNS管理組織、TLDの創設、DN登録に関する政策、商標権との関係(コメント430件、1,500pp.) c.NTIAによる「グリーン・ペーパー」(1998年2月20日) DNS/IP管理等に関する提言書、コメント公募(650件) d.同上「ホワイト・ペーパー」(1998年6月5日) 同上につき改訂提言 コメント公募(1998年8月18日期限) e.同上による「.usドメイン・スペースに関するコメント公募」(1998年8月3日) 4.DOC/NTIA「ホワイト・ペーパー」提言 a.同ペーパーは、実体的規制の定義・実施ではなく、政策声明である。 b.米国政府は、DNSおよびIPアドレス管理のための民間利害関係者による新非営利組織(登録は米国内)の設立を契約により認知し、国際的支持を求める用意がある。 c.DNS、IPアドレスは、特異な資源として協調によって管理されるべき。TLD(TLD数を含む)、ルートサーバ管理は、世界中のユーザを代表する単一組織に委ねるべき。 d.プロトコル・パラメタ標準の管理・普及にも調整が必要。そのための新組織は、現IANAと同程度の責任を持つものとする。 e.新組織の原則 安定性、競争、民間ボトムアップ型管理、世界各国からの代表制、目的、資金、設立は米国内で登録、理事会、設立文書、運営、商標権、移行措置・期間 5.米国以外での動き a.APIA、OECD 本問題の国際性を強調、米国主体の運営に反対を表明 インターネット用回線バックボーン費用の(米国と他国との)負担区分の問題 b.日本 郵政省研究会による国際協調の提唱 6.将来の問題点 a.「新組織」の非効率性(?) 規模拡大 利害対立 検討・決定期間の長期化 b.DNSの有用性自体の減少 長期的には、DNSよりもユーザに分かりやすいIDが使用される(DNSは過渡期のシステム)。 C.「インターネット電話」の成長と規制(?)問題 1.「インターネット電話」の特色 a.システム構成 アクセス/中継部分をおきかえる (PC、電話端末)―(アクセス・ライン)―(LS)―(ISPルータ)―(Internet) (PC、電話端末)―(LAN)―(ゲートウェイ)―(Internet) (Internet)=(専用線、ルータの集合) ――既存の電話会社は、若干の追加投資により、「インターネット電話」に対応する(品質可変の)電話サービスを提供することが可能。ただし、LAN等によりアクセス部分がバイパスされることに対しては、対応できない可能性あり。 b.低価格「インターネット電話」実現の理由 品質保証を外したこと 回線交換に対するパケット交換(TCP/IP方式)の効率性(統計多重効果の利用) 公衆中継網と専用網の価格/費用比の乖離 2.「インターネット電話」の規制(?)――日本 a.経過 従来は「公専公」禁止により規制 1997年8月に、インターネット電話を自由化。 1997年12月に、国際公専公を含め、すべて自由化。 ただし、国際特二事業者による「片方向バイパス」を事後的に規制(収入、通信量の報告義務) b.問題点 インターネット電話事業と電話中継事業との間のバランス(将来のユニバーサル・サービス負担?) 二種事業者としてのインターネット電話事業と一種事業者との間の規制のアンバランス(後者にかかる価格規制は不必要か、後者における内部補助をどのように排除するか、OCNは公正競争をしているか)。 3.「インターネット電話」の規制(?)――米国 a.経過 インターネット電話事業自体は自由 アクセスラインが定額料金、インターネットによりLSが混雑――ILECは、ISPによるアクセスチャージ負担を求める。 FCCが検討開始(1996年12月、CC Docket 96-263)――アクセスチャージを課さない方向を出している(インターネット振興政策の一環)。 ポイント:インターネットは、基本的にfacility-basedのサービスではなく、facility上で提供される「拡張サービス」であるため、facilityを基準として課せられていた従来の規制と整合的な規制を課することが容易でない(古い方式の残存により、規制対象の切り分け方に関する原則が不明確になっている)。 b.問題点 LSの混雑が激化した場合の措置 ユーザ・アクセス(ディジタル)とLSとの間に、音声・データの切分装置をユーザ負担でつけることにより解決(?) (日本の場合、アクセス部分も含めてすべてトラフィック量課金になっているため、元来料金水準が高いという問題がある。反面、米国での問題は日本では出て来ない。) 電話事業における公平競争の維持 電話アクセス事業とバイパス(LAN、CATV等)サービス提供事業との間の不公平(ユニバーサル・サービス負担) 中継事業者とISPの間の不公平(アクセス・チャージ、ユニバーサル・サービス負担)