「電気通信事業における公的規制と競争政策のあり方

   ―――電気通信法制の新たな枠組みについて」(概要)

経済団体連合会

1999年10月21日

鬼木 甫(大阪学院大学・大阪大学)

 

  1. 情報通信法制のあり方――全般考察

  1. 現行法規定の特色(欠陥)

  1. 法令規定が粗大・抽象的に過ぎる(米国との比較)

  1. 行政裁量の余地が過大。「規制の不確実性・リスク」が発生し、事業者の創造的活動を阻害する(例:電気通信事業における「業務区分」によって生じた新規参入の実質的禁止、他多数)。
  2. (註)行政当局の任務・権限については、「郵政省設置法」が一般的・包括的に定めていた(3条4「電気通信に関する事務」に関する国の事業・行政事務を一体的に遂行。4条各項(所掌事務)、5条各項(権限))が、1999年7月に新法が制定され、「権限規定」が削除された(?)とのことである。しかし実際には権限規定の有無よりも、その粗密が重要である。

  3. 突発的・非日常的事項、利害対立する事項について、行政決定が遅れがちであり、また中間的決定を採用する傾向を生じやすい。非効率・停滞の発生(例:電気通信サービス「フレームリレー」「VPN」導入の遅れ)。
  4. 事業者の個別利害が絡む案件について、国民全体・利用者全体・産業全体の立場からの規制・政策実施が困難になる。(例:NTTの利害からなる接続問題の進展・解決の遅れ)。
  5. 結局、諸問題の検討・解決が「非定型的」に行われる結果、当事者間で時間・エネルギーが浪費され、産業全体・社会全体の効率が落ちる。規制当局の権限も強いような外見を呈するが、具体的問題になると実行力を欠くことが多い。また改革への手がかりが無いため、保守的傾向を生じやすい。情報通新分野では環境変化が急速なため、この傾向が拡大される。

  1. 行政手続・行為に関する法規定が欠落している

(註)「行政手続法」は、個別ケースにおける「不利益処分」の方法について定めているだけで、行政当局のための「手続」には触れていない。

  1. 「行政権力は無限に大きい」という外観・印象を生じ、事業者活動が萎縮する。新規創造力に基づく事業の発展よりも、行政当局との円滑な関係を重視する方策を選ぶ傾向を生ずる。
  2. 事業規制、産業振興、産業に関する情報収集と提供など、異質の行政活動が明確に区別されず、同一組織の担当者によって実施されている。そのため、「規制・裁定行為の中立性、公正性」が確立されていない(スポーツゲームとの比較)。
  3. 行政規律に関する規定が不十分であるため、行政当事者個人の利害が直接・間接に規制内容に影響する疑いを生じている(参照:八田「米国FCC規則抄訳(0部、第19)」公正・中立な規制・監督機能を発揮させる行政組織・手続法のモデル、八田恵子/訳 http://www.icr.co.jp/free/hatta/nl199909/nl199909.html)。
  4. 実質的な行政行為・決定手続は主として行政当局の内部慣行(たとえば「省議」)によって非公開で進められており、決定プロセスの内容が不透明のままに留まっている。案件の検討中においてはもとより、事後的にも公開されない。そのため、事業者等が案件の進行中に意見を表明するなど「対話的」に検討に参加する途が塞がれており、決定内容に誤りを生じやすい。またこれをおそれて、保守的安全策に流れやすい。
  5. 法令・制度の改正、産業政策の立案、規制監督案件の処理等について、内外の意見を集めながら漸進的に検討・決定するための手続が不備である(部分的には「パブリックコメント制度」が浸透中だが、関係者が一方的に意見を表明するだけで終わっている。また同制度をサポートする法規定は整備されていない)。そのため、行政当局は不十分な意見の集約しかできない。利害関係者は、自己の主張が公正に処理されたか否か分からない。

B. 新しい法規定のあり方

  1. 「法律の目的」

  1. 現行規定

    1. 事業法: 事業の公共性、事業の適正・合理的運営、円滑な役務提供、利用者利益の保護、電気通信[事業]の健全な発展、国民利便の確保、公共福祉の増進
    2. 放送法: 公共福祉のために規制、放送[事業]の健全な発達、国民への最大限普及、不偏不党・表現自由の確保、放送[事業]者の職責の明確化、健全な民主主義の発達
    3. 電波法: 電波の公平・能率的利用の確保、公共福祉の増進
    4. 有線法: 設備の設置・使用を規律、[事業]秩序の確立、公共福祉の増進
    5. 特色: 公共性の強調、合理性・適正性など抽象用語の使用、利用者利益保護・サービス普及促進の強調。他方で、市場競争の意義、新規参入機会の重要性、個人・個別事業者の創意工夫の発揮、公正「競争」基盤の必要性、不平等是正(ユニバーサルサービス)の必要等について目的規定なし。

  1. 望ましい規定――「目的」など全般的事項について

    1. 日本国民(居住外国人を含む)が情報通信サービスの利益を最大限に享受できること。
    2. そのために公正競争市場のパワーを最大限に活用するべきこと。自由参入、事業活動の自由などはなるべく広範囲に保証する。
    3. 行政当局の責務は、第1に上記(ii)のための環境を設定し(過大な独占力の規制、公正競争の維持を含む)し、第2に、競争市場だけでは達成できない下記(iv)の目的の実現にあること。
    4. ユニバーサル・サービス(公平性の維持)の定義と実現、業務区分(構造的あるいは会計的)の維持、標準方式の確立と新標準の形成の援助、民間活動だけでは実現できない開発・投資の援助、統計・諸情報の収集と提供、上記に関する政策選択肢の提供。

  1. 行政当局・事業者・ユーザのための手続規定

  1. 現状
  2. ほとんど存在しない、整備ゼロの状態(米国との比較)。

  3. 法規定設備のための当面の方策

    1. 情報通信産業の発展のためには、事業者、ユーザ、当局間に存在する利害対立を合理的・効率的に解決するための「手続規定」が不可欠であることを明示。
    2. その整備は簡単なものから複雑なものへ、全般的バランスを保って進めるべきことを明示(例:接続制度)。
    3. 具体的方策として、「明文化されていない現行手続(内部規定、慣習、当局によるケースごとの決定など)を、その是非にかかわらず、まず明文化することから始める。次いで、明文化された「手続規定」を順次改正してゆく。
    4. (「手続規定」を含め)法律・政省令・通達等の内容を改正するための「手続規定」も必要。

(鬼木「情報通信産業における競争と規制――日米比較と規制情報の伝達」、『ジュリスト』、No.109919961015日号、pp.18-28

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199610b.html

NTTの分割・再編成──持株会社・特殊会社方式をめぐって」 、『国際経済労働研究Int'lecowk』、No.89219998月、pp.23-32

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199908a.htmlを参照。)

 

  1. 「情報通信のための公的資源」の管理・運用

  1. 対象と特色

  1. 情報通信サービス生産のために不可欠あるいは有用な自然資源

  1. 物理的スペース
  2. 地上・地下スペース、水上・海底スペース、静止・移動衛星軌道など(「とう道」・衛星等の建造物とは別)

  3. 電磁的スペース

電波資源(場所、周波数ごと)

  1. 特色

  1. 再生産不可能、容量制約あり、減耗なし(「スペース資源」と呼ばれる)
  2. 利用のためには設備投資が必要(投資費用はsunk cost
  3. 技術進歩による利用の高度化、新規スペース(フロンティア)の開拓
  4. 上記のように、スペース資源は土地資源と類似する性質を持つ。したがって、土地について生じた問題(混雑、ゾーニング、外部性、投機など)と類似の問題が発生しやすい。

  1. 現状

  1. 通信路敷設における「公益事業特権」
  2. 当初は電力産業の制度を継承(「事業法」3章)。NTTによるアクセス網独占の維持の一要素。アンバンドリングは行政「命令」により、あるいは「自発的に」(法的基盤なしで)ごく一部でのみ実現。市場メカニズムは未導入。

  3. 周波数資源
  4. 電波法により、公的管理下の資源として免許制度により割当。手数料・利用料制度は存在するが、実質上の経済価値よりもはるかに低額であり、無料使用と変わらない。また、免許の他者への有償・無償譲渡は、(譲渡の可否に関する規定自体が欠落しているため)実質上禁止された状態にある。そのため、新規参入はほとんど不可能であり、電波使用に関する「護送船団体制」が1950年代から継続している。

  5. (参考)米国における周波数オークション

当初(今世紀はじめ)は、(現在の日本と同じく)公的管理下の免許制度。しかし、免許譲渡を認めていたので、実質上の「電波使用権市場」が少しづつ成立した。1993年から、新規免許についてオークションを採用し、1997年にこれを固定した(ただしDTV、安全目的分を除く)。PCS(日本のPHSに対応、IMT-2000を含む)、DBS(衛星放送、軌道と電波を一括)などでオークションを実施。現在では、オークションを「無線サービス分野における競争導入のための主要手段」と位置づけている。主要先進諸国が追随(例外は日本とフランス)。

  1. 望ましい法制度のあり方

  1. 市場メカニズムの導入

  1. 効果
  2. 新規参入の実現、資源の有効利用(すぐれた技術・サービスを実現して最も高価な代価を支払うことができる企業に使用を委ねる)、「贈与」から生ずる不公平の防止(銀座の国有地を営利企業に無料で使用させることと類似)、安定した市場価格の成立による不確実性の減少、将来における投機・バブルの防止。

  3. 方策

    1. 実質上の価値の高い資源(都市部の周波数、都市部の地下トンネル・とう道)から、少しづつ「市場メカニズム」を導入。たとえば電波については、現在の「利用料」を少しずつ「値上げ」して市価に近づけ、ある時点で「利用料オークションによる周波数使用権の配分」を実現する。
    2. 米国のような「新規免許」のオークション制度は、対象資源について実質上の私的所有権を成立させるので、長期的に望ましくないと考える。対象資源の転用が必要になった際に、「成田空港問題」と類似の問題が発生しかねない。使用権は5〜10年ごとの期間で区切り、使用料のみについてオークションを導入することが望ましい。(しかし、既投資設備の「保護」方式などの問題が残る。)

(鬼木「米国の周波数オークション(1993年の「通信法」改正)」、『米国通信法研究会報告書』、通信機械工業会( 刊行案内):米国通信法研究会、19992月、pp.127-272

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199902a.htmlを参照。)

 

  1. 「上下分離」と「水平分離」方式の導入

  1. 効果
  2. 「通信用スペース資源」は、その性質上、使用権保有者に独占力を与える。独占から生ずる問題を最小限にとどめるため、同資源サービスの供給を「上部サービス」や近接する他サービスの供給から分離することが望ましい(例:衛星放送における委託放送、受託放送の分離、電気通信におけるアクセスと近距離通信の分離)。

  3. 方策

資源の実質価値が高いもの(都市部の電波、通信とう道用スペースと同設備、静止衛星軌道上スペースなど)について、まず会計分離とアンバンドリング供給を導入し、旧来の所有者でも、新規参入者と同一条件で資源・設備を使用するようにする。これを漸次全国に拡げる。

(鬼木『情報ハイウェイ建設のエコノミクス』鬼木甫著、日本評論社刊、19962月、xviii+356pp

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199602b.htmlの7章、8章;

「ネットワークとしての電気通信産業――広帯域通信(BISDN)時代における電気通信産業組織」、南部、伊藤、木全編『ネットワーク産業の展望(郵政研究所研究叢書)』第7章、日本評論社、19943月、pp.151-188

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199403b.html

「電気通信産業の『上下分離』構造について――問答形式による解説」、『InfoCom Review』((株)情報通信総合研究所)、No.519962月、pp.2-25

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199602a.html

「情報通信産業における競争政策・公的規制のフレームワーク」、『競争政策と情報通信産業――持株会社と独占禁止法上の市場の捉え方――』、社団法人生活経済政策研究所、199812月、pp.64-89

http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199812a.htmlを参照。)

 

III. 広帯域アクセス網(Broadload Network)の建設について

  1. 背景
  2. 近い将来における最重要の通信ネットワーク。インターネットの高度利用を通じて、国力、国民生活、産業、政治、文化など各方面の「進歩速度」を左右するものと予想される。すでに米国ではこの点についてリーダー間に合意が成立しており、官民あげてその実現を加速中。日本が立ち遅れれば、1950年代の電話ネットワーク(PSTN)と同種の事態になってしまう。

    (鬼木『情報ハイウェイ建設のエコノミクス』鬼木甫著、日本評論社刊、19962月、xviii+356pp

    http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199602b.htmlの2章;

    「情報通信のインフラ整備と競争メカニズム」、『経済セミナー』、No.50419971月号、pp.22-31

    http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199701a.htmlを参照)。

  3. 現状
  4. 複数手段による広帯域アクセス網サービスの競争が始まりつつある――光ファイバー、DSNCATV用ケーブル、固定無線アクセスなど。これらのうちどの手段が技術的・経済的に勝利を収めるかは、現時点ではわからない。

  5. 望ましい法制度

長期的にすぐれた広帯域アクセス手段をなるべく早期に見出すことができるよう、異なる手段間でequal footingの競争ができる環境を用意することが望ましい。そのためには、前項IICの原則にしたがって市場メカニズムを導入し、長期的に安定した状態で実現される市場条件(コスト条件)をなるべく早期に実現する他はない。たとえば電波が当面無料であることから固定無線アクセスが有利になっても、長期的にそれが続くとは限らない。またとう道使用が表面上無料であることから光ファイバーが有利になっても、永続するとは限らない。同一の市場条件下の競争を実現し、技術的不確実性から生ずるリスクのみを民間事業者が受け入れる方策が望ましい(旧国鉄の地方路線投資の結果)。

 

IV. その他トピック

特殊会社方式、接続制度、放送と通信の融合(上記II. C. 2方策により対処するべき。サービスの機能的分離、同一機能サービスを一括して同一原則で規制し、異なる機能のサービスは区別して規制する。)

 

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