III. 周波数オークションの経過と結果(PCSのケースを主として)  1993年夏の通信法改正すなわち同法309条(j)項の新設によって、周波数の初期割当にオークションを採用する途が開かれた。しかしながら、もとより法律条文は、オークション導入に関する大綱のみを与えるにすぎない。オークションを実施して、周波数を利用するサービスをスタートさせるために、FCCには実施するべき多数の業務が残されている。  まずFCCは、オークションの対象となる周波数がどの目的に使われるべきかを定めるために、周波数を分配する(allocate)必要がある。次に、その周波数を使って供給される新しいサービスの概要を定める必要がある(*1)。さらに、これに次いで、周波数を事業者に割当てる(assignment)必要がある。そのためには、周波数オークションの実施細目を定めなければならない。それは、免許申請の受付、オークション方式、同日時と場所、落札者の決定と免許の交付などのための手順を定めることを意味する。また、これに加え、オークション実施時に生じ得る事故や不正行為への対処法、実施後に生じ得る契約違反等への対処法を明らかにしておく必要がある。もしこれらの準備に手抜かりがあれば、オークション実施中や実施後にさまざまなトラブルを生じてサービス供給開始を遅らせ、また訴訟問題にも発展しかねない。  当初FCCが周波数オークションを提案したのは、1980年代中葉であった。それから、数年を経過してようやく通信法が改正され、オークション実施が可能になった。しかしながら、オークションのための実際の仕事の大部分は、法律制定以後に生ずるのである。  米国では、一般に行政行為は、すべて法律条文によってその大綱が定められている。法律条文にしたがって具体的な実施細目を決定する仕事は、その法律条文に関する「規則制定(rulemaking)」、あるいはその法律条文の「設置(implementation)」と呼ばれる。後者の呼び方は、規則制定すなわち法律実施細目の作成が、法律を実効あらしめるための不可欠の要件であることを示している(*2)。  行政機関(周波数オークションについてはFCC)による規則制定自体もひとつの行政行為(行政立法と呼ばれる)であり、そのための手続きに従って実施することが決められている(一般的には行政手続法、周波数オークションについてはそれに加えて通信法)。規則制定は、FCCの仕事のうちで最重要の位置を占め、また量的にも、その大きな部分を占める。FCCの規制業務の主要部分は、規則制定の形式をとると言っても差し支えない。規則制定手続きにしたがって作られる「規則(Rules)」は、形式上は日本の「政令・省令」に相当する。しかしながら、上記の説明から明らかなように、規則の作成手続きは日米間で大きく異なっており、また米国の「規則」は、日本の政省令よりもはるかに詳密に定められる。  FCCの規則制定は、課題案件ごとにまとめてすすめられ、案件名(Docket名)に加え、分類記号と番号が付く。1993年の通信法改正に基づくPCSサービス規定とオークション実施のために、FCCは多数のDocketを開いた。その中心となったのは、一般案件No. 90-314(GN90-314)「新しいPCSのための規則設定」と、企画・政策局案件No. 93-253(PP93-253)「通信法309 (j) 条実施のための規則制定――競争入札」であった。  本節では、まず、この両Docketを中心として、PCSオークションのための規則制定経過を説明し、次いで、実際のオークションの経過と結果を説明する。ただし、1993年通信法改正にもとづくFCCの周波数オークションは、1998年までにすでに17回に達し、そのために制定された規則も膨大である。したがって本稿では、議論をPCS用周波数のオークションに限り、狭帯域PCS(全国、地域)、広帯域PCS(A、Bブロック)、および広帯域PCS(Cブロック)についてのみ説明する。17回のオークションの大部分は成功に終わったとされているが、さまざまな理由から失敗したケースもある。本稿で取り上げる上記3ケースのうち、最初の2ケースは成功例、第3のケースは失敗例である。 A. 「オークション」実施規則の制定  1993年改正通信法の条項にしたがって、新たに周波数を分配し、その周波数を利用する新しい通信サービス(たとえばPCS)をスタートさせるために制定された規則は、以下の2種類に大別できる。第一は、「周波数の分配と新サービス供給事業に関する規則制定」である。この作業は、周波数の事業者への割当がオークション方式によるか、旧来の比較聴聞あるいは無差別選択方式によるかには、直接関係しない。いずれの方式に拠るかにかかわらず、周波数が割当てられた事業サービスの枠組みを決めるための規則である。  これに対し、第二の規則制定は、周波数割当方式、すなわち「オークション」の実施方式を決めるためのものである。PCS用周波数については、数百・数千個もの使用免許が発出される予定であり、しかも事業者にとって、それらの免許間に相互関連がある。したがって、PCS用周波数使用免許のオークションは、複雑なプロセスにならざるを得ない。その実施のためには、周到な用意のもとに、細目にわたる規則制定が必要である。また、オークションのための規則制定は、FCCにとって最初の仕事であり、従来の経験なしでゼロからスタートしなければならない。  新サービス開始とオークション実施のための規則制定は、以下のように推進された。まず、新サービス(ここではPCS)のための規則制定は、通信法改正案が議会で審議されていた期間においてすでに進行していた。多数のPCS事業者が、それぞれ自己の開発した新サービス供給のための規則化を提案していた。これに創始者優遇制度や、マイクロウェーブ事業者の移転手続き等のための規則制定が加わった。FCCは、通信法改正の成立後、これらの規則制定をさらに具体化し、狭帯域PCS、広帯域PCSを含む諸サービスに関する規則制定を加速した。  これに対し、「オークション」実施規則の制定は、当然のことながら、通信法改正直後から開始された。まず、複数のサービスに共通する周波数オークション一般規則を定め、その後に「サービスごとのオークション実施規則」を定めることとした。このような二段構えの規則制定方策を採用したのは、前述のように、オークション実施がFCCにとって最初の経験であり、オークションの理論面まで考慮した上で基本方針を定める必要があったこと、また比較的小規模の周波数オークションをパイロットとしてまず実施し、その経験を踏まえて後の大規模オークションのための実施規則を定めることが有利であったことなどによる。  PCSに関するFCC規則の制定結果は、『連邦規則典(Code of Federal Regulations, CFR)』の『第47編テレコム(47 Telecommunication)』の第24部Personal Communications Servicesに収められている。FCCによるPCS規則制定のための審理(Rulemaking proceedings)は、いずれも上記CFRを制定・改廃することを目的としており、FCCの規則制定・改正提案・命令(Notice of Proposed Rulemaking, NPRM; Order)には、必ずCFR条文の改正案が含められている(*3)。以下においては、まず各サービスに共通するオークション実施規則の制定経過について説明し、次いでサービスごとの規則制定について説明する。 1. 「オークション」実施規則制定の開始  オークション条項を含む「通信法」の改正の結果、FCCは改正後10カ月以内に、オークションのための具体的な手続きを定める規則を制定し、かつ第1回のオークションを開始する義務を負うことになった。改正は1993年8月に成立したが、FCCは同9月末に、「オークション実施規則」の制定を開始した。  まずFCCは、1993年9月下旬に、企画政策局案件PP93-253「通信法309条(j)項に関する規則制定:競争入札」をスタートさせ、同案件のための「規則制定告示(Notice of Proposed Rulemaking: NPRM)」を発表して、「オークション規則」の制定を開始した。同告示では、オークション規則制定に関する諸問題点を挙げ、関係者から広くコメントを求めている。  オークションの対象サービスとしては、PCSの他に、PRS(Private Radio Services、私用無線サービス)や、公衆通信事業者による無線サービス(Common Carrier Radio Services)を考慮しているが、最初に実施するオークションとしては、PCSを考えることを述べている。オークション規則制定に関わる主要な問題点は、以下のとおりである。 a. 入札方式として、発声入札を基本とするべきこと、また、これに加えて電子入札あるいは密封入札を考慮することを述べ、これに対してコメントを求めている。(FCCはこの時点では、実際に採用された同時複数回オークション方式を信頼してこれを採用するまでには至っていなかった。)しかしながら、他方においては、最も進んだ方式である「組合せ入札(combinatorial bidding)」についてもコメントを求め、その場合、免許ごとに金額を明示して入札するべきか、複数の免許を一括した金額だけによる入札を認めるべきかに対してもコメントを求めている。 b. 次に、入札資格として、入札参加者がオークション前に相当額の「保証金(upfront payment)」を納入するべきことを提案し、その理由が入札に参加する資金面の準備ができていることの表示にあるとして、保証金の決定法に関してコメントを求めている。 c. 不法な入札による免許の獲得を防ぐ方法、免許入手者にサービス提供義務をどの程度課するかについて、すなわち「周波数退蔵」を防ぐ方法等についても、コメントを求めている。 d. 指定優遇事業者(SWMR、designated entities)のための周波数帯として、Cブロック(20MHz)、Dブロック(10MHz)をBTAベースで設置することを提案している。 2. オークション方式に関する考察  早くから理論的には指摘されていたことであるが、PCSのためのオークションにおいては、隣接地域の周波数間の相互関連が重大な問題となる。経済学の用語でいえば、隣接地域の周波数間に存在する代替性あるいは補完性である。PCS事業者にとっては、帯域幅と技術特性が同じであれば、どの帯域でPCSサービスを供給しても同じであるから、同一地域におけるそのような2個の帯域は代替関係にある。他方、PCSユーザは、同一端末が広い領域にわたって使えること(ローミング)を評価するであろうから、隣接地域、あるいは(ニューヨークとシカゴのように)ビジネス等の理由で交通量が多い地域間の同一周波数帯は、補完関係にある。したがって、特定の事業者にとって、同一周波数であっても、それらの使用地域が隣接している場合と遠く離れている場合とでは、入手する意味が違ってくる。当然、多くの事業者は、一括サービスが可能な隣接地域の周波数を落札しようと試みる。アメリカ国土が多数の地域に分けられる場合、このような要求は相互に組み合わせられて、複雑な関係を生ずる。  通常の美術骨董品のオークションの場合には、単一の商品が、次々に独立に入札される(sequential auction)。ところがPCS用周波数の場合に、それぞれの地域の周波数を別々に入札にかけたのでは、上記の相互関連性を考慮した入札金額の提示が不可能になり、オークションの成果は、需要側にとっても、供給側にとっても、不完全なものになってしまう。したがって、多数地域の周波数使用免許の「同時オークション(simultaneous auction)」が必要になるが、その方法は、注意深い設計を必要とする。周波数オークションについて、FCCが最も意を用いたのは、この問題点をどのように解決するかであった。  一般に「オークション制度の設計」にあたって考慮されるべき項目は多数にわたるが、下記の2項目が重要である。まずそれぞれのオークション対象(周波数帯)についての入札回数、すなわち単一回(single round)オークションと複数回(multiple round)オークションが区別される。伝統的な単一回オークションの方式は、「密封オークション(sealed envelope auction)」である。入札者がそれぞれ意中の入札金額を書面で密封提出し、すべての入札が終わった後に開封し、最高金額を提示した者が落札する仕方である。落札後の支払金額は、落札者が提示した金額、すなわち最高入札金額となるのが普通であるが、そうでなく、第2位の金額を支払額とする場合もある(*4)。  これに対し、複数回オークションの典型的な方式は、美術品のオークションなどで見られる「発声(open outcry)オークション」、「英国型オークション(English auction)」である。入札者が一堂に会し、オークション管理者(auctioneer)の指示のもとに次々に入札金額を競り上げ、最高額を提示して最後に残った者が落札する周知の方式である。  入札制度の設定にあたって決められるべき第二の項目は、複数の入札対象が存在する場合に、それらを一つずつ順次に入札する「逐次入札(sequential auction)」と、入札対象すべてを同時に入札する「同時入札(simultaneous auction)」のいずれを選ぶかである(*5)。  入札者にとって、複数の入札対象が無関係・独立(independent)であれば、逐次オークションであっても、同時オークションであっても、結果は変わらない。しかしながら、周波数のように、入札者(事業者)にとって複数の周波数帯の間で強い関係が存在する場合には、逐次オークションと同時オークションのいずれを採用するかによって、結果に大きな違いが出ずる。逐次オークションの場合には、入札対象とされる周波数に対して、関連する他の周波数帯の価格が決まらないうちに自己の入札価格を決めなければならないので、後の入札結果により、先行する入札結果が過大入札や過少入札になり得る。「そんなことならもっと高(低)価格で入札しておけばよかった。」と考える場合である。つまり、入札者の立場からは、周波数帯を別々に評価するのではなく、その相互関連性を考えながら、すなわち「全体を見渡しながら」複数の周波数帯に入札することが便利である。したがって、この限りでは、周波数入札のためには、逐次入札よりも同時入札が優れている。しかしもとより、同時入札には、手間・コストやオークション時のトラブル発生の可能性などの問題があるので、実際には、それらの問題をすべて考慮した上で決定されるべきことである。  同時オークション方式の中でさらに決められるべき項目がある。その第一は、オークション対象(周波数帯)の分配(allocation)と、オークションの順序の決定(auction sequencing)である。周波数帯は、その使用目的に応じて分配され(allocation)、さらにそれが免許ごとの周波数帯に区分されて割り当てられる(assignment)。したがって、オークションの対象となる周波数使用免許は、まず分配によってグループ分けされている。また、同一グループの中でも、免許の種別があり得る(たとえば、広帯域PCSのブロック種別)。同一グループあるいはその細目に入る免許は、1個の場合もあり、複数個の場合もある(たとえば広帯域PCSのAブロックの場合には、各MTAについて30MHz免許が3個発出された)。つまり、これらの多種多様な周波数免許をどのようにグループ分けし、また、どのような順序で入札にかけるべきかを決めなければならない。一部はすでに分配(allocations)に関する規則制定で決まっているが、どの免許を何個ずつまとめて同時に、あるいは逐次的に入札するかを決定する必要がある。これが分配(allocations)と入札順序(sequence)の問題である。もとより、入札者(事業者)にとっては、それぞれの都合に最も適した分配と入札順序が選ばれることが望ましい。  同時入札において次に問題となる項目は、複数の入札対象を一括し、それらの合計金額で入札することを認める「組合せ入札(combinatorial auction)」を採用するか、あるいは複数の入札対象を同時に入札するが、それぞれの対象について個別に入札金額を明示させる(非組合せ入札、non-combinatorial auction)かである。  組合せ入札の長所は、入札参加者が自己の計画する事業形態に最も近い形で入札できる点にある。組合せ入札が許されず、個々の周波数免許について入札しなければならない場合には、入札参加者は、それぞれのラウンドにおいて、自己が興味を持っている免許すべてについて、そのラウンド時の最高入札金額を考慮し、その上で自己にとって望ましい「組合せ」をつくり、その組合せに対して支払うことができる金額を各免許に分割して入札しなければならない。つまり、組合せ入札は、この種の複雑な作業から入札者を解放するのである。  組合せ入札が許されれば、入札者は、たとえばニューヨーク地区とニュージャージー地区のように隣接した地域のそれぞれの周波数免許を一括して入札できる。つまり指定した複数の周波数免許すべてが入手できたときに支払う価格を提示できる。組合せ入札が許されなければ、ニューヨークとニュージャージーの免許を別個に入札しなければならないので、競争相手の出方によっては、その片方だけを落札する結果が生じるかもしれない。ニュージャージーの周波数免許の価値は、ニューヨークで同一周波数免許が使えるか否かに大きく依存し、またその逆も成立するので、組合せ入札が認められなければ、入札者は不便を被ることになる。つまり、入札者の便宜だけから言えば、組合せ入札を認めることが望ましい。実際、NTIAから提案された組合せ入札について、カリフォルニア工科大学でおこなわれたシミュレーションによれば、組合せ入札が認められる場合は、これを認めない場合に比較して、平均的により効率的な入札結果が得られたと報告されている。  しかしながら、組合せの選択自体は入札者の自由になっているため、異なった入札者の間で組合せの「食い違い」が生ずる。たとえば、ある入札者はニューヨークとニュージャージーを組み合わせて入札し、他の事業者はニューヨークとフィラデルフィアを組み合わせて入札するかもしれない。この場合に、どのような方式で上位入札者を決めるかが問題となり、組合せ入札を許さない場合に比べて複雑な決定ルールが必要となる。場合によっては、オークションが終了することを保証できない(いつまでも続く)かもしれない。したがって、手間・コストやオークションの失敗の可能性は、組合せ入札を認めた場合が大きくなり、実際の選択はこれらの要因を考えた上でなされなければならないのである。  FCCは、PCS周波数オークションにおいて「組合せ入札」を主要な入札方式として採用しなかった。それは、実施手続の複雑性から生ずる運営の困難にある。将来において「入札技術」がさらに進歩すれば、組合せ入札の採用によって入札参加者の負担(計算業務)を軽減し、より効率的な入札結果を実現できる可能性がある。 3. 規則制定提案後の議論  FCCが示した案件PP93-253の規則制定提案(NPRM)に対しては、多数のコメントが寄せられた。第一ラウンドのコメントは、事業者・個人を合わせて222通に及び、またこれに対する第二ラウンドの回答コメント(reply comments)も、169通に及んだと報告されている。さらにこれに加え、専門家等からの「指定外コメント(ex parte comments)」が多数寄せられた(*6)。FCCでは、これらのコメント等を検討・取捨して「オークション規則」を作成するため、企画・計画局スタッフを中心に「オークション実施委員会(Auction Task Force)」を設置した。  以下、主としてMilgrom[1995]にしたがって、FCCの規則制定案告示後、数カ月間の検討の概略を述べておきたい。周波数オークションについては、米国に先立ち、ニュージーランドとオーストラリアの両国でも実施された。ニュージーランドでは、1990年に、「密封型第2位価格オークション(Second Price Sealed-Tender Auction)」を採用し、UHFテレビ用に、7チャンネル各8MHz分の周波数のオークションをおこなった。同オークション方式は、広くおこなわれている「英国型オークション(English Auction)」と類似の機能を持つとして採用されたものである。しかしながら、その実施結果には不満足な点が多く、同一種類の周波数帯の落札価格差が4倍に及ぶなどの結果を招いた。オークション方式が粗雑であったため、入札参加者が周波数をどの程度強く需要しているか(どの程度の価格まで受け入れる用意があるか)についての情報を十分に表明させることができず、オークションが実質上中途半端で終わってしまったためである。これは政府にとっては、得られるべき収入を失ったことになり、落札者側には不公平を生じたことになる。  また、オーストラリアでは、米国でオークション法案が可決される4カ月前の1993年4月に、衛星テレビジョン放送免許の入札をおこなったが、「入札辞退」に関するルールが甘すぎたため、落札者による同ルールの「濫用」が生じ、極端に低い価格で衛星放送免許が事業者の手に渡ることになってしまった。オークション終了後に、少数の落札者が「落札辞退と次点者落札」の制度を利用し、最終的な支払額を大幅に引き下げてしまったのである。当初用意されたオークション規則に不備があったため、落札者側ではその不備を突くことにより、大きな利益を得た。その結果、政府は本来得られたはずの収入を失ったことになる。  米国における狭帯域PCS、広帯域PCSの入札では、ニュージーランドやオーストラリアよりもはるかに多数の参加者と高額の入札が予測されており、有効でかつ信頼できるオークション方式を設定し、隙のない実施ルールを作ることは大変な作業であった。入札金額が大きいので、少しでも規則に隙があれば、入札者側ではそれを利用して利益を得るためにあらゆる手段を盡くすことが予想される。数十・数百個の免許についてオークションを実施するために、システムが複雑になり、それだけ規則の不備も生じやすい。もし何らかの「事故」や、「規則に合致した行動であるが、誰が見ても不当な利益を許す」結果が生ずれば、多数の不満を生み、訴訟の連続という結果を生じかねない。FCCは、比較聴聞や無差別選択方式による周波数割当業務の負担を免れるためにオークション方式を推進したが、それが実現したときには、周波数の利用技術が進歩し、それに伴うサービス需要・市場規模がすでに十分大きくなっていたので、周波数割当を一挙に「市場メカニズム」に切り換えるための苦労もまた大きかったと言うことができる(*7)。  後に述べるように、狭帯域PCSと広帯域PCSの入札は、一部の例外を除いておおむね成功に終わったが、その基盤となったオークション方式の設計と作成は、FCCスタッフの力だけでは不可能で、外部の専門家の助力を俟ってはじめて可能であった。PCSオークションで採用された「同時複数回オークション(Simultaneous Multi Round Auction: SMRA)システム」の構築には、経済理論家とりわけ数理経済学者やゲーム理論の専門家の貢献が大きかった。  経済理論の用語で言えば、オークションは「ゲーム」の一種である。「ゲーム理論」は、複数の参加者が予め決められたルールの下で、それぞれ自己の利益を求めて行動するときどのような結果が生ずるかについて分析をおこなう、すなわち「ゲーム的状況」を研究する分野である。スポーツ・ゲームやトランプ、碁、将棋などの室内ゲームも、ここで言うゲームの具体的な例である。ゲーム的状況は、スポーツやレクリエーションの分野だけでなく、利害対立が存在する社会活動の分野でも数多く現れる。政治、外交、軍事、行政など、その適用分野は広い。経済の分野では、金銭的な利得を目標とする「ゲーム」がしばしば問題となる。オークションは、特定の目的対象(この場合は周波数資源)をなるべく安い費用で入手することを目的とする事業者間のゲームであり、オークションの実施規則は「ゲームのルール」に相当する。  経済学分野の「ゲーム理論」は、ミクロ経済学の一領域である。ゲーム理論は、第二次大戦直後に、von NeumawnとO. Morgensternによって創始されたが、最近十数年間において長足の進歩をとげた。従来ゲーム理論は、どちらかと言えば「純理論」と考えられ、その実用的側面はあまり重視されなかった。今回FCCが短期間内に大規模な「オークション制度」を設計・構築する必要が生じたので、ゲーム理論の有用性が一挙にクローズアップされることになった。  FCCが1993年9月に出したNPRMに対するコメントとして、何人かの理論経済学者が、ミクロ経済理論・ゲーム理論の立場からする「オークション制度案」を提出した。その中で、実際に採用されたオークション制度の形成に最も強い影響を与えたのは、パシフィック・ベル電話会社から依頼されたPaul Milgrom、Robert Wilson両教授(ともにStanford大学)の提案であった。Milgrom-Willson提案は、「同時複数回オークション(SMRA: Simultaneous Multiple Round Auction)」を主体とする提案で、NTIAが提出した「組合せオークション(Combinatorial Auction)」に次いで、「理想に近いが実施困難と考えられる」提案であった。  当初、FCCスタッフやマスコミは、Milgrom-Willson提案に批判的であり、机上の空論であるとの受け取り方をしていた。たとえば、FCCの企画政策局長Robert Pepper氏は、「本提案は、複雑なコンピュータ・ソフトウェアを必要とするので、FCCをソフトウェアのβテスト(ベンダーがユーザを巻き込んでおこなうソフトウェアのテスト)の対象にするものだ。ソフト不備の結果、オークションが失敗に終わる可能性が大きい。」として反対していた。しかしながら、数カ月にわたるコメント・意見表明・討論のプロセスで、FCCはしだいにMilgrom-Willson提案の支持に傾き、最終的には、同提案になるSMRAの採用を決定し、そのために必要なソフトウェアを開発することを決めた。両提案のスポンサーであったパシフィックベル社も、当初はSMRAの必要を理解しなかったとのことである。また、Milgrom-Willson提案は、パシフィックベル1社だけのためよりも、むしろFCC、あるいは米国全体の利益のためのものであったが、同社は本提案の支持を続けた。  すでに経済理論の分野では、抽象モデルの作成・分析を通してゲームに関する多数の有用な概念が作られ、ゲーム的状況のモデル分析や、そのコンピュータ・シミュレーションが進んでいた。具体的なオークション制度を構築する前に、そのために必要な用具や手法が揃っていたのである。それは、たとえば、大きなビルを建てる前に、材料力学や構造力学などの分析が進み、コンピュータ上で建築方式のシミュレーションが実行され、その結果当事者が、かなりの程度まで実際の建築作業に類似する経験を積んでいたようなものである。FCCスタッフを交えたオークション制度の構築においては、ゲーム理論の考え方や用語が活用され、構築作業を能率的に進めるのに役立ったとのことである。R. Pepper局長は、オークションの最大眼目であった広帯域PCSのA、Bブロックのオークションの直後に来日・講演し、「オークション制度の構築は、経済理論とりわけゲーム理論の勝利であった。」と述べた(鬼木[1995])。 4. オークション制度の基本の確立  競争入札に関する企画政策局案件PP93-253の中でオークション制度に関する規則制定案を出した6カ月後の1994年3月4日に、FCCは、同「第二次報告・命令(Second Report and Order: SRO)」を採択して、オークション制度の基本を定めた。SROは、PCS用周波数をはじめとする周波数オークションの基本方式を定めた文書であり、現在でも、FCCによる周波数オークション方式の「詳細テキストブック」としての地位を保っている(*8)。  SROは、「周波数使用免許をオークションに付するか否かを定める原則」「競争入札方式の設計」「入札手続・支払・罰則に関する問題」「制度の公正な運用のための規制」「指定優遇事業者の取り扱い方」の5点について詳細な説明と議論を展開し、FCCのこの時点での基本方針を説明している。上記のうち、第一の項目については、1997年の通信法改正によって同項目内容に関する法律自体が変更され、また、第五の項目については、SRO以降にFCC自体による大幅な方針変更がおこなわれた。したがって、ここでは第一、第五項目を除き、残りの三項目について説明する。狭帯域PCSのオークション、および広帯域PCSのAおよびBブロックのオークションは、おおむね本SROが提示した規則に沿って進められた。 a. 競争入札方式の設計  まず、SROは、「同時多数回入札方式(SMRA: Simultaneous Multiple Round Auctions)」を、周波数入札のための基本方式とすることを述べている。ただし、すべての入札を同方式でおこなうわけではなく、周波数を使用する通信サービスの特色に応じて、すなわちオークション対象となる周波数使用免許間の相互依存性や、免許価格、入札参加者数等に応じて、適切な方式を選択する。比較的単純な入札の場合には、伝統的な「発声入札(open outcry)」や「密封入札(sealed envelope auction)」を採用することを付加している。実際、一部の周波数入札については、発声入札が採用された。  周波数免許入札の主要な方式として、Milgrom-Willson提案になるSMRAを採用する理由として、FCCは、それがオークションの目的、すなわち「周波数免許を最も高額で評価する事業者に与える。」という目的を達成する能力を持っているからであるとしている。  この点については立ち入って検討したい。まず、周波数割当の目的が「周波数を最も高く評価し、それに対して最高の金額を払うことができる事業者に周波数免許を与えることによって実現される」か否かが問題になる。通信法は、周波数割当の目的はPINCの増進にあるとしており、上記文言をそのままの形では規定していない。しかしながら、SROは、多数のコメントの支持の下に、「最も優れた技術を有し、最も低いコストで通信サービスを供給できる事業者、すなわちユーザに対してすぐれたサービスを低価格で供給できる事業者が、競争に勝って最大の利益を上げ、その結果、周波数に対して最高の金額を支払う能力を持つことになる。」ことを根拠として、上記を支持している。この議論はミクロ経済学の基本理論の一つであり、自由な競争と利潤最大化を認める市場メカニズムが、結局は、社会全体の福祉を最も増進できるとする理論(アダム・スミスの「見えざる神の手」)と同一である。  次に、「SMRA方式によるオークションが、周波数を、それに対して最高金額を支払うことができる事業者の手に渡す機能を持っているか否か」が問われる。この点についてFCCは、Milgrom-Willsonの議論を援用している。両教授は、SMRA方式が、相互依存性を持つ多数の周波数免許の「価格」決定について、競争市場と類似の機能を果たすことができると主張する。相互に関連する免許について、同時にオークションを実行し、かつそれを繰り返しおこなうことは、オークションへの参加者が、それぞれの免許について、試行錯誤をおこないながら繰り返して入札することを認めるものである。競争市場においては、市場への参加者が「価格受容者(price takers)」の立場に立ち、自己の需要・供給量を反復して調節する。その結果、競争市場においては、超過需要が存在する財の価格が引き上げられ、超過供給が存在する財の価格は引き下げられて、均衡価格に到達する。オークションにおいては、超過需要が存在する場合に入札価格が少しずつ引き上げられるので、機能的に見れば、競争市場と同様に周波数の価格が決められるのである(*9)。  さらに進んでMilgrom、Willson教授は、相互に関連する多数の免許を同時に、かつ繰り返して入札することが、他の入札参加者がそれぞれの周波数免許をどのように評価しているかに関する情報を入手する機会を与えることを指摘する。周波数を利用する通信サービスの収益性は将来の技術や需要に依存し、正確な予測は誰にもできない。自分だけの予測では、過大あるいは過少入札の誤りを冒す危険が大きい。他の参加者の付ける価格を観察することは、それぞれの周波数を利用しておこなう事業からどの程度の収益が見込めるかについて、多数の入札参加者が間接的に情報を交換することを意味する(*10)。もし、入札が(密封入札のように)ただ一回しかおこなわれなければ、上記のような情報交換の機会が得られず、入札参加者は独りよがりの入札をおこなってしまうかもしれない。  また、関連する多数の免許が同時入札されず、一免許ずつ順次に入札される(逐次入札方式)場合には、早い時期に入札される免許の価格が、実際の価値と大きく隔たってしまうことがあり得る。つまり、免許の価値は、他の免許の価値と相互に関連しながら決まるものであり、それを片端から順次に決めていくことは、再評価・再調節の可能性を奪ってしまうからである。したがって、入札システムの「パフォーマンス」という点から判断するかぎり、SMRAが他の入札方式よりも優れていることには異論が少ない。  しかしながら、この方式は、大きな欠点を持っている。それは、多数の免許を同時に入札するという仕事自体の複雑さから生ずる。免許を一個ずつ逐次入札する場合には、美術品等の入札のように関係者が一室に集まって次々に値段を競り上げればよい。入札の手続きは簡単である。しかしながら、数十個あるいは数百個の免許の入札を同時に進行させることを同じ場所に集まって発声によっておこなうことは不可能である。どうしてもコンピュータやネットワークの力を借りなければならない。その場合、オークション用ソフトウェアが順調に機能すればよいが、もしエラーを生ずれば、大きな混乱をもたらすことになる。入札とは、自己の財産を投入して結果を争う「真剣勝負」であり、参加者にとっては一種の賭である。そのような経済行為が、コンピュータ・エラー等のために取り消されたり、やり直しになったりすれば、そのこと自体が参加者による「損害賠償請求」の根拠となり得る。(コンピュータ・エラーを生じたために、入札を何ステップか後戻りしてやり直すことは考えられるが、その場合、やり直し前の入札額によって手の内を他に知られてしまった参加者は、入札ステップの後戻りに対して、損害賠償を求めるだろう。)したがって、SMRAは、それがスムーズに進行しなかった場合のコストが高いという意味で、欠点を持っているのである。  結局のところ、SMRAと他の入札方式とは、広い意味で一長一短であり、実際にそのどれを採用するかは、複雑なSMRAを実施できるコンピュータ・ソフトがどの程度の信頼度で作成できるかに依存する。SROが出されるまでの数カ月間に、Milgrom-Willson教授は、FCCのスタッフにSMRAのために試作されたソフトウェア(表計算ソフト「MS Excel」を使用)を示し、入札用ソフトが失敗する可能性がきわめて低いことについて、FCCスタッフの信頼を得たとのことである。  また「パフォーマンス」という点から考えても、SMRAが最高のオークション方式であるという結論は必ずしも出て来ない。とりわけ、入札額の引き下げを認めず、引き上げのみに限る一方向の入札(価格調整)の場合には、「誤った入札結果」に行き着く可能性がある。たとえば、ある入札者が何かの誤りによって他と強い関連を持っている少数の免許に高額の入札をおこなってしまったとしよう。その場合、その免許の落札を避けようとする動きが生じ、そのような免許と代替関係にある免許の価格が上昇し、補完関係にある免許の価格が下落する。オークションの最終結果にその傾向が残れば、社会的に望ましい落札価格ではなく、誤って付けられた特定の免許の高価格に引きずられた結果に落ち着いてしまう。  他方、このような誤りを避けるため、入札の後戻り、すなわち一旦入札した金額の引き下げや取り消しを認めるとすれば、実際の入札金額が行きつ戻りつすることになり、最終的な落札、すなわち需要と供給の均衡値にいつまでたっても辿り着かないことが生じ得る。また、そのような場合には、他者に誤った情報を与えて自己の利益をはかるために、オークション途中で過大入札が続出し、収拾のつかない結果を生ずるかもしれない。この種の困難は、より進んだ入札方式とされている「組合せ入札(combinatorial bidding)」を採用しても、完全に避けることはできない。このように考えると、SMRAで入札価格の取り消しや引き下げを認めることは困難である。つまり、SMRAは理想の方式ではなく、(そのためのコンピュータ・ソフトの信頼性の問題を別にしても)それは妥協の産物と言わなければならない。  FCCは、入札方式に関する意見を表明した理論経済学者、ゲーム理論家等と繰り返し検討を重ね、SMRAの相対的な利点を評価して、これを周波数オークションの主要方式として採用した。オークションの結果から見ると、この方式の採用自体は正しかったと考えられる。PCSのオークションをはじめとする多数のオークションにおいて、SMRAは順調に機能した。オークション終了後に、同方式自体に大きな欠陥があったとする批判はほとんど聞かれなかった。 b. 入札手続きについて  「同時複数回入札方式(SMRA)」の採用が決定されると、次に、入札の具体的手続きを決めなければならない。SROでは、以下の項目に分けて、基本方針を示している。 i) 入札順序(sequencing)  一般に、複数の入札対象をグループに分けた場合、グループ間の入札順序は、予想落札金額の高いものから低いものに進むことが望ましい。事業者の立場から言えば、まず落札金額が高い周波数、すなわち価値の高い周波数について落札の有無とそれにともなう事業計画を設定し、その後に金額の少ない周波数について順次に態度を決めることが望ましい。落札金額の低い周波数を使う事業計画が、落札金額の高い周波数を使う事業計画の隙間を埋めてくれるからである。  しかしこれ以外にも、入札順次の決定に影響を及ぼす要因がある。それは、「同時複数回入札」のように複雑な入札システムをあらかじめテストするために、金額の低い周波数の入札を最初に実施する場合である。オークション制度や使用されるコンピュータ・ソフトウェアに不備があった場合でも、そこから生ずる損害が少なくてすむからである。PCSオークションにおいては、狭帯域PCSがこの目的のために当てられた。他方、広帯域オークションの中では、落札金額が高いと予想された(帯域幅の大きい)A、B、Cブロックのオークションが先に実施され、残りのD、E、Fブロックは、その後に実施された。 ii) 入札間隔と入札金額の刻みについて  実際の入札においては、入札者が自分の好む時点でいつでも入札金額を提示できる「連続入札」と、一定の期間を区切り、期間ごとに入札金額の提示を認め、その期間の最高入札額を決める「断続入札(discrete rounds)」がある。入札を実施・管理するFCCの側から言えば、後者の方が便利であり、この理由で断続入札方式が採用された。  次に、その場合に、入札間隔が問題となる。たとえば、1時間に1回か、1日に1回という具合である。もとより、入札全体に要する期間は短い方が望ましいので、入札はなるべく早いペースでおこなうことが望まれる。しかしながら、一つの入札と次の入札の間で、入札者は前回までの入札結果を集め、全体の情勢を判断して次回の入札における自己の態度を決めなければならない。そのための手間やコストは、入札対象である周波数免許の相互関連、入札金額の高低などによって決まる。したがって入札間隔は、入札対象となる周波数を使用するサービスの性質から決めなければならない。実際には、狭帯域PCSオークションでは1時間に1回、広帯域PCSのオークションでは1日に1回あるいは2回の入札間隔が採用された。  次に、入札金額の刻みを定める必要がある。それは、前回までの入札金額に対し、次の入札金額を最小限どれだけの幅で上乗せすることを要求するかの問題である。この制限がなければ、たとえば1万円の入札金額の次に、1万1円の入札が提示されることも可能になり、全体の入札時間が大幅に延びてしまう。発声入札では、これを防ぐために、auctioneerがある刻みで入札価格を上げ、これに対して参加者は発声によってbidする。もとより、入札の刻みが大きすぎると最高入札額の「誤差」が増大する。この点は、発声入札でもSMRAでも同じである。  SROにおいては、入札金額の刻みを、周波数の価値と独立に決めるためにパーセント表示とし、オークションの進行状態に応じて、FCCが5%以上の刻みを決めるものとした。 iii) 入札停止ルール  複数回入札方式では、「入札停止ルール」、すなわち、どのような条件が満たされた時に入札が停止・終了し、落札者と落札金額が決まるかが問題となる。単純な発声入札では、新たな金額を誰も提示しなくなった状態で入札停止となり、auctioneerが木槌などでパネルを叩いて終了を告げる。この場合には、入札停止条件はきわめて明らかである。  多数の入札対象に対して入札がおこなわれる「同時入札方式」では、複数の停止条件が考えられるので、あらかじめルールを決めておく必要がある。最も単純な方式は、それぞれの入札対象について、それまでの入札金額を上回る新たな金額の入札がなされなくなった(同一最高金額が2ラウンド続いた)場合に、その入札対象について、入札を停止する方式である。この場合には、複数の入札対象が、それぞれ別個に終了することになる。  これに対し、すべての入札対象のうち、1個でも新たな入札金額が提示されている間は入札を継続する方式が考えられる。すなわち、入札が終了するのは、複数の入札対象のどれについても新たな入札金額の提示がおこなわれず、マーケット全体が完全に停止状態になったときに限る方式である。  上記の2方式の中間ケースも考えることができる。たとえば、それぞれの周波数免許をグループに分け、それぞれのグループ内で新たな入札金額が提示されなかった場合に、そのグループに属する周波数の入札を停止させる、などである。  入札対象ごとに個別に入札を停止させるか、あるいはすべての入札対象について同時に停止させるか、あるいはその中間をとるかについては、長所と短所がある。個別対象ごとの終了ルールの長所は、ルール自体が単純明快であり、また、オークションがいつまでも長引くのを避けることができる点にある。他方この方式は、入札者が代替関係にある複数の周波数帯のうちの有利な方を選ぶ自由を減殺する。自分が興味を持っている周波数が入札終了となり、他者の手に渡ることを防ぐためには、その周波数に入札し続けなければならない。しかしながら、代替関係にあるすべての周波数に対して同時に入札することは、それらすべてを意に反して落札してしまう危険がある。したがって、この終了方式の場合には、事業者が自己の入札価格を十分に調整できないうちに入札が終わる可能性が高い。事業者は自己の支払う用意がある周波数を手に入れる機会を失い、また、政府は、より高い価格で周波数が落札される機会を逃すことになる。  これに対して、すべての周波数入札を同時に終了させる方式では、上記のような事業者の不満が残る可能性は少なくなる。なぜならば、事業者は、入札のある段階で特定の周波数に入札を続けていても、途中でいつでも代替関係にある周波数に切り換えることができるからである。自分が入札を続けているかぎり、全体の入札は終了しない。したがって、事業者は、少しでも有利な入札機会が残っているかぎり、それを活用することができる。入札終了後に、「機会を逃してしまった」という不満は残らない。他方、この方式の欠点は、入札が何度も繰り返されて延々と続き、長時間を経過しても終了しない可能性が生ずることである。同時終了方式の下では、多数の入札者が、多数の周波数免許に対して、少しずつ手さぐりで進むことになる。途中でジャンプして極端に高い金額を提示すると、それ以後その周波数免許に対して新たな入札がおこなわれず、その金額で落札する他はないという不便を生じる。そのため、新たな入札金額は、それまでの最高金額をほんの少しだけ上回るように設定されがちである。数百個に及ぶ免許に対して、このような形で入札がおこなわれれば、入札の進行速度が大幅に低下し、多数回を経過しても入札終了条件が満たされない事態、すなわち、入札がいつまでも続く事態が起きやすい。  FCCは、これらの長短所を考慮のうえ、入札者に不満が残ることが少ないという理由で、「すべての周波数への新規入札がなくなったところで、全体の入札を終了する」というルールを定め、他方、前述の「入札金額の刻み」と次に述べる「活動ルール」を別に設定することによって、入札期間が極端に引き延ばされることを避ける方策を採用した。 iv) 活動ルール(activity rules)  「同時終了ルール」と、以下に説明する「活動ルール」の組合せは、Milgrom-Willson両教授の提案になる。入札参加者が、入札期間中に消極的な入札態度をとり、その結果、入札価格が落札価格に近づく速度が遅れ、入札に要する期間が極端に長引くことを防ぐために、「活動ルール」は、それぞれの入札者に対して、他者の入札を傍観せず、自ら進んである程度以上の入札をおこなう義務を課する。両教授は、3段階の活動ルールを提唱した。その第1段階では、それぞれの入札者が、自己が入札資格を持っているすべての周波数帯の「量」の3分の1に対する入札を義務づける(*11)。次に、第2段階では、上記入札義務の比率が3分の2となり、また、第3段階では、3分の3、すなわち入札資格を持っているすべての周波数帯の「量」をカバーできるように新規入札金額を示さなければならない。入札金額の刻みに関する制限と合わせて実施するとき、この「活動ルール」は、オークションの終了を早める効果を持つ。もとより、オークション終了時期を早くすることは、それだけオークションに不満を残して終了する可能性を高めるが、これは止むを得ない。 v) 「入札中途辞退(bid withdrawals)」と「支払い不能(default)」  多数回オークションにおいては、入札者がさまざまな理由で、特定の周波数免許に入札した後に、その入札の取り消し(bid withdrawals)を希望することがあり得る。計算違いや計画の作り直し、落札後のサービスに対する需要予測の訂正、他者の入札行動に関する読み誤りなどが、入札取り消し希望の理由となる。これをどのように扱うかがここでの問題である。  入札取り消しを無制限に認めれば、「不真面目な」入札が増加し、入札金額は上昇・下落を繰り返すことになり、入札期間が大幅に伸びることが予測される。他方、入札取り消しをまったく認めない場合には、入札者の行動が制約され、何らかの理由で高すぎる金額を入札した場合、その周波数を入手する以外に逃れようがなくなるという硬直性を生むことになる。  これに対し、R. Preston McAfee教授は、以下のような解決策を出し、これがSROにおいて採用された。それは、「ペナルティ付の入札取り消し」を認めるもので、ペナルティ金額としては、取り消された入札金額が最終落札金額を上回る場合にはその差額、下回る場合には、ゼロとするのである。この方式は、一方で真に止むを得ない場合にのみ代償を支払って入札辞退を認める点、また、ペナルティの金額が入札辞退による政府収入の減少分を補っている点などから合理的であるとされ、SROで基本方針として採用された。  次に、入札終了後の取り消し、すなわち落札者による支払い拒否、あるいは支払い不能についても同種の規定が設けられた。一旦落札しながら落札金額を支払わない場合には、規定上、その周波数免許に対する権利を失うことになる。その場合、同免許が後に再度オークションにかけられるか、あるいは当初のオークションにおける第2位の入札者に与えられるかは、入札対象となる周波数の経済的性質等からFCCが予め決めておく。いずれにしても、落札後の辞退者は、辞退した入札金額が実際に支払われた金額を上回る場合に、その差額を負担しなければならない。これに加え、SROにおいては、実際に支払われた周波数落札金額の3%の罰金が科せられるものとした。この付加的な罰金は、入札参加者に対し、辞退する場合には、最終落札者が決定する以前におこなうインセンティブを与え、かつ、再オークション等の手間に要するコストに当てるためのものである。  この段階、すなわちSROの発出の時点では、「支払い不能(default)」に関する規則は、上記のように決められたが、後に述べるように、この点について、規則に大きな穴が残っていた。広帯域PCSのCブロックのオークションで、落札者のかなりの部分が支払い不能に陥り、しかも一部の落札者が破産宣告を受け(ることを選択し)たため、その措置をめぐって、FCCとCブロック落札者の間で泥沼状態の争いが生じた。その主な理由は、SROの段階で、支払い不能自体に対する対策は講じたが、同時に破産が宣告された場合の対策が取られていなかったことにある。SROの作成に参加した専門家が大部分理論経済学者であり、破産法の専門家を欠いていたために、このような盲点が生じたのであろうと推測される。 vi) 入札情報の公開について  入札の進行中に、それぞれの入札者の入札金額等について、どの程度情報を公開するべきかの問題である。公開される情報が多ければ多いほど、他者の入札行動に関する情報が増大し、不確実性を減少させることができる。そのこと自体は入札者にとって利益をもたらす。しかしながら、他方において、個々の入札者に関する情報が公開されると、入札参加者間の不法な結託や他者の入札を妨害する目的での入札の可能性を生ずる。これらのことを考えて、FCCは、個々の入札価格に関しては、入札者の氏名等を公表することなく、単に入札金額だけを公表することを決めた。 c. 入札業務手順と支払い方式、罰金等  オークションという複雑な業務については、入札参加者が生じ得るあらゆる事態を予測することができるように、また混乱(訴訟を含む)を避けるために、あらかじめ詳細な手順を定めておく必要がある。オークション前後における諸支払いやルール違反、禁止事項違反等の場合に科せられる罰金や制裁内容についても、あらかじめ決めておく必要がある。以下は、SROが提案した一般ルールとしてのオークション手続きである。 i) オークション開始前の手続き  FCCおよび入札参加者は、以下の項目にしたがって、オークションのための手続きを進行させる。 (a) FCCはオークション実施の75日以前に、その実施細目を公示する(Public Noticeを出す)。 (b) 同公示には、入札にかけられる予定の周波数免許、入札の日時と場所、入札方式(参加者による入札金額の通知方法、入札取り消し方法、入札終了ルール、活動ルール、ペナルティ等を含む)、同入札参加申込期日(短形式申込書(short form application)使用(*12))、申込手数料・証拠金・頭金等の金額と支払い期日等である。  また、申込期間において、申込者が1事業者だけにとどまり、相互排他性が生じない場合には、法律にしたがってFCCは入札取り消しを公示し、同申込者に対して、長形式申込書に基づく免許交付手続きを開始することとした。 (c) 短形式申込書において、入札参加希望者は、以下の事項を記すものとする。 (1) 入札を希望する免許と同周波数帯の「量」、 (2) 入札申込者名称、 (3) 入札金額の通知および入札辞退の通知を担当する責任者名、 (4) 入札申込者が通信法に定める要件を満たしていることの証明(同310条に基づく外国資本に関する制約条項に関する分を含む)、 (5) 入札申込者が別に定める資金面の条件を満たしていることの証明、また指定優遇事業者として申込む場合には、そのための資格要件を満たしていることの証明、 (6) 入札申込者と事業等について協定を結んでいるすべての個人・団体の名称(入札前後を問わず、すべて含める)、 (7) 別に定める規定に基づく制限に反する協定を他の入札参加者と結んでいないことの証明。 (d) 上記第一次受付が終了した時点で、FCCは、申請書類内容の不備を指摘し、期限内に申請者がこれを補正する余裕を与える。その後、FCCは正しく受け付けられた申請者の名称を公表する。入札申込者は、期日内に、上記(1)に応じて、決められた額の「証拠金(upfront payment)」を納入する。FCCは、証拠金の納入を済ませた入札参加希望者の名称を公表し、各申込者に入札参加者番号を与える。 ii) 証拠金・保証金(upfront payment)  真に周波数を使用する意図と能力があり、かつそのための資金力を有する事業者だけが周波数オークションに参加し、その他の「泡沫参加者」を締め出すために、すべての入札参加者に対して証拠金の納入を要求する。その計算方式としては、申込サービス地域人口1人、申込周波数1MHz当たり0.02ドルとする。この金額は、たとえば、30MHzの帯域幅で500万人の地域にサービスしようとすれば、300万ドルの証拠金を、また同一帯域幅のサービスを全国にわたって供給するためには、1億5千万ドルの証拠金が必要であることを意味する。入札希望者は、証拠金額の算出時に、特定の地域を入札対象として指定する必要はなく、周波数帯域幅とサービス地域人口のみを考慮して証拠金を算出・納付すればよい。  実際の入札時には、それぞれの入札回(round)において、あらかじめ納入した証拠金の範囲内に収まる免許について入札することが認められる。つまり、ある特定の回の入札において、入札対象とする免許のサービス区域と周波数帯から計算した必要証拠金額が、実際の納付金額を上回らなければよく、入札回ごとに入札対象とする免許自体は変動してもよいのである。この条件は、一方において技術や資金力のない泡沫入札者を締め出す効果があるが、他方において、資格を有する入札者に大きな自由度を与える。たとえば、当初500万人の地域にサービスすることを予定してそのための証拠金を納入した後に、実際に入札する地域は500万人の範囲内であれば、米国のどの地域でも構わないのである。  なお、入札希望者が納付する証拠金は、それぞれの希望者の取引銀行の支払い保証等を提出するのではなく、FCCの取引銀行に実際に納入(remit)する必要がある。 iii) 落札者による落札金額等の支払いと免許の交付  周波数免許のオークション終了後、落札者は、原則として免許交付までに落札金額の全額をFCCに支払うものとする。まず、入札終了日から数えて5日以内(休日を除く)に、頭金(down payment)として落札金額の20%をFCCの取引銀行の口座に入金しなければならない。また、残金は、免許交付後5日以内に同様に入金しなければならない。別に定める指定優遇事業者の場合を除き、これらの納入は一括納入とし、分割払いを認めない。  なお、落札しなかった入札参加者の証拠金は、入札終了後、一定期日までに各入札参加者に返還される。落札者の証拠金は、落札金額の頭金の一部に当てられる。 iv) 支払い義務不履行(default)、入札参加資格の喪失(disqualification)の場合  まず、前述のように、オークション途中で入札金額を取り消した参加者は、ペナルティとして最終落札金額との差額を支払わなければならない。  また、オークション終了後に落札者が落札金額の頭金や残金の支払い義務を履行しなかった場合には、すでに納入した証拠金および頭金を没収し、その周波数免許はFCCに返還させ(ただし後述のように、落札者破産の場椎はこれが実行できない)、原則として再オークションにかける。この場合、前述のように、支払い不履行となった落札金額と、再オークション後の落札金額の少ない金額の3%を、支払い不履行に関するペナルティとして支払わなければならない。 v) 免許の交付  落札者は、頭金を支払った後に、周波数免許申請のための「長形式申請書(long form application)」をFCCに提出する。同申請書には、予定事業等に関する詳しい計画や、サービス開始予定等が示されていなければならない。  FCCは、同申請書を受領した後にこれを公表し、申請に対する異議申立期間を設定する。申請者の資格等に関して異議申立があれば、FCCはこれを吟味し、決定をおこなう。これらは、比較聴聞・無差別選択の時代におこなわれていた手続きを踏襲するものである。しかしながら、オークションによって免許を交付する場合には、免許交付先に関する実質上の選択がオークションによってすでに終了しているので、このステップの意味はほとんど失われている。したがって、FCCは免許交付に反対の申請が出されても、必ずしも公開の聴聞手続きに従う必要はないこととする。 d. 周波数入札金額の最低額  FCCが当初発行したNPRMにおいては、入札最低金額(reservation price)の設定(設定金額の公開あるいは非公開の選択を含む)についてコメントを求めていたが、大部分のコメントが最低金額の設定に反対を表明していた。FCCもこれを容れ、原則として入札最低金額は設定せず、周波数免許が落札されれば、それがどのように低い金額であっても免許を発行することとした。  すでに述べたように、周波数オークション導入の目的は、周波数資源が最も有効に利用されるように、そしてその結果米国民の福祉が増進されるように周波数免許を発行することにあり、周波数オークションの結果得られる政府収入を最大化することではない。オークションは、それが競争市場におかれた場合に生ずるであろう需要・供給の均衡状態を再現する。したがって、周波数オークションの結果得られた入札金額が予想よりも低水準であったとすれば、それはその周波数資源に関する需要と供給の状態を表現していると考えるべきである。競争市場の均衡価格は、周波数資源の社会的価値を正しく表現する。したがって、最低水準等の制約を設けず、オークションの結果得られた入札価格で周波数免許を発行することが、オークション制度導入の目的にかなうのである(*13)。 e. 不正行為等の防止(regulatory safeguards)  SROは、一般的なオークション規則として、入札時および入札の前後に生じ得る不正行為の防止策を決めている。その主要なものを以下に述べる。 i) 不正利得の禁止と免許譲渡に関する条件  周波数免許から生ずる不正利得の多くは、低価格で入手した免許を高価格で他に譲渡することから生ずる。比較聴聞あるいは無差別選択によって免許を発行していた際には、免許譲渡によって巨額の利得が生じることがあった。改正通信法は、FCCに対し、譲渡利益を目的とする免許の入手や入札を禁止することを命じている。一般に免許に対するオークションが正常に実行されれば、周波数免許は市場価格を支払って入手されるので、その譲渡から利益が生じる余地は少ない。すなわち不正利得防止のための最良の方策は、オークションを正しく運用し、市場価格になるべく近い価格で周波数免許が落札されるようにシステムを運営することである。  ただし、重大な例外がある。それは、指定優遇事業者(SWMR、designated entities)に対する入札と免許発行である。優遇事業者は、各種の条件にしたがって通常の事業者よりも有利な立場で周波数免許に対して入札を実行し、これを入手することが許される。指定優遇事業者が、有利な条件で入手した周波数免許を第三者に高価格で譲渡すれば、そこからただちに(不当)利益を得ることができる。したがって、指定優遇事業者に対しては、何らかの方法で周波数免許の入手後の譲渡を制限する必要がある。その具体的な方策は、指定優遇事業者によるオークションのための規則設定の際に明らかにすることとした。 ii) 免許譲渡に関する公開・報告義務  以上のことを確認した上で、FCCは、少なくとも当分の間、周波数免許の第三者への譲渡について、譲渡内容の詳細を公開し、これをFCCに報告するべきことを義務づけている。その直接の目的は、指定優遇事業者等による不当利益入手の防止にあるが、同時に周波数免許の「流通」の実体を把握し、将来の政策策定に資するためでもある。 iii) 他事業者との提携・協力に関する報告義務  また上記とは別に、入札に参加する事業者は、入札前後および落札後において、他の事業者等との提携・協力等に関する詳しい報告を義務づけられている。これは、事業者間のさまざまな結託から生ずる不正行為の防止のためである。事業者側で、「私企業の秘密」の理由によって、他者との提携等の内容を公開することが望ましくないと考える場合には、これをFCCに報告しても、FCCはその情報の秘密を厳守するよう(FCC規則によって)義務付けられていることが注意されている。  なお、事業者間の提携から生じ得る不正行為の防止については、「独占禁止法」が定める不正行為防止を超えてさらに規制を強化する必要はないというコメントが数多く寄せられた。FCCは、これらの意見にしたがい、周波数オークションに関する付加的な禁止条項は設置しないこととした。FCCが要求しているのは、前記のように、(私企業の秘密を守りながら)入札参加者・落札者による他事業者との協力・提携等の内容報告義務だけであることを強調している。 B. 狭帯域PCSオークション 1. PCS全体のための規制制定の開始  FCCは、前述のように、すでに1989年から1990年にかけて、新世代の移動通信PCS(PCN)の導入を目指して活動を開始していた。その端緒となったのは、1989年後半に申請されたCellular 21社およびPCS America社による新技術による通信のための周波数割当申請である(*14)。FCCは1990年6月に、一般案件GN90-314「新しい狭帯域PCSのためのFCC規則改訂」を発足させ、その「調査公示(Notice of Inquiry)」(5 FCC Rcd 3995(1990))を採択して、事業者からコメントを受け付けた。実験免許申請は100社、150件を超え、800-900MHz帯、2GHz帯を中心とする周波数割当に向けて検討が進められた。  1991年4月に、FCCは「創始者優遇規則(一般案件GN90-217)」を決定した。そして議会における「周波数共用」と「周波数オークション」の検討が本格化するとともに、PCSのサービス供給のリーダーシップをめぐって、事業者間の競争が激しくなってきた。また同年10月には、案件GN90-314で「政策ステートメントと命令(Policy Statement and Order)」(6 FCC Rcd 6601(1991))を発出してPCSサービスの概要を定め、800-900MHz帯、2GHz帯での周波数の分配の方針を決めた。  1992年1月に入ると、新しい移動通信用の周波数として2GHz帯で220MHz程度の周波数を当てる計画が固まり、FCCは本案件と平行して技術案件ET92-9を発足させ、同周波数帯の具体的な使用法、とりわけ既存のマイクロウェーブ事業者の他周波数帯への移転について検討を開始した。  92年7月には、FCCが同案件GN90-314において「規則制定案と当面の決定(Notice of Proposed Rulemaking and Tentative Decision)」(FCC 92-333)を提案し、狭帯域PCSと広帯域PCSの大要を定めた。  まず、2GHz帯に1事業者当たり20〜40MHz程度の周波数を割り当てて、広帯域PCSサービスを開始することを提案した。また、地域区分としては、Rand-McNally社のBTAおよびMTAを採用する可能性を示し、94年の広帯域PCSオークションの最初の骨格がつくられた。ただし、この時点では、セルラー事業や既存地域電話事業との兼営の可否、公衆通信網との接続条件などについて、問題を残したままであった。  また、これと同時にFCCは、900MHz帯で狭帯域PCSを開始することを提案し、技術案件ET92-100を開いて規則制定を提案した。狭帯域PCSは、広帯域PCSの10分の1程度の規模のサービスであり、「無線呼出し(pagers)」を中心とする双方向あるいは一方向の新しいデータサービスである。この時点で、広帯域と狭帯域のPCSが別個のサービスとして確立され、それぞれについて規則制定が進められることになった。しかしながら、そのための案件としては、従来からのGN90-314がそのまま続けて使用された。 2. 狭帯域PCSオークションのための規則設定  上記のように、狭帯域PCSは、比較的少量のデータの一方向あるいは双方向の通信に基くサービスであり、典型的な応用はページング(paging、無線呼出し)である。しかし、狭帯域PCSは、ページングに限らず、電子メールの送受信、広域システム制御のためのデータ送受信など、多様なアプリケーションを持っている。音声・画像のように、視聴覚面でヒューマン・インターフェースを持つ情報の伝達にはチャネル幅が不足するが、データ情報について柔軟・多様な応用分野が開かれている。  狭帯域PCSは、上記のように新しい移動無線サービスを開くものとして期待されたが、FCCによる周波数オークション制度構築プロセスの中では、経済価値の高い広帯域PCSオークションのパイロット役を果たすものとしても考えられていた。  1993年6月に、FCCは、案件GN90-314で「第1次報告・命令(First Report and Order)」(FCC 93-329)を採択し、狭帯域PCSの大要を決定した。すなわち、狭帯域PCS用として、900MHz帯で計3MHzを、全国サービスおよび地域サービスに分けて割り当てることにした。  1993年9月には、本案件と別に、オークション規則制定のための企画政策局案件PP93-253が発足した。FCCはこれと共に狭帯域PCSの規則制定を急ぎ、1994年2月に入ると、「諸見解・命令(Memorandum Opinion and Order)」(GN90-314, ET92-100, FCC94-30)を発表してその最終案を確定した。その概要は、以下のとおりである。(1)周波数割当:900MHz帯に計3MHz。(2)サービス・エリア区分:全国区分に加え、新たに地域(Region、北東部、南部、中西部、中部、西部の5地域)を加えた。(3)帯域幅:1免許50kHz対あるいは50-12.5kHz対の双方向サービス、50kHzのみの一方向サービスの3種類とする。(4)免許数の上限制限:一つの地理区分で1事業者は合計3個までの免許取得を上限とする。(5)敷設義務(ロールアウト):一定期日までに、サービス・エリア人口のうち、一定比率の人数をカバーするサービスを供給する義務がある。典型的には5年以内に人口の37.5%、10年以内に75%である。(6)創始者優遇:MTEL社に対し、全国免許1個を与える。以上である。  上記のように1993年秋から94年にかけて、FCCは、狭帯域・広帯域PCSのサービス規則およびそれらのためのオークション規則の検討を続け、当初原案を何度も修正しながら、オークション実施の準備を整えていった。この間、FCCは、民間事業者の意見を求めてコンファレンスを開き、また民間の事業者団体等はオークションに関する諸事項の周知や、FCCへの意見表明を目的として、多数のワークショップを開催した。オークションに関する記事がマスコミに取り上げられる回数も増加し、周波数オークションは米国経済界におけるホット・トピックスの一つとなった。  1994年4月に、著名なエコノミストGeorge Guilder氏は「フォーブス誌4月11日号」に寄稿し、「オークション無用論」を展開し、「無意味かつ有害なPCS免許オークションを取り止めるべきである。」と主張して、波紋を投げかけた。Guilder氏は、以下のように将来における周波数資源の有効な使い方を提案している。まず従来のように、周波数をサービス目的別に分配し、かつ事業者別に割当て、それぞれの周波数帯を固定して使うことをやめる。周波数は、多数の小型基地局が相互の周波数使用状況を探知し、お互いに妨害し合わないように自動的に使用周波数の調整をおこないながら、多数の通信を中継する方式で使用されることが望ましいとした。これは、道路や海洋上で車両・船舶が自由かつ安全に運行できるのと同じように、周波数資源をタイム・シェアリング方式で無駄なく共有するものである。改正通信法とFCCが取っている方法は、周波数帯を切り刻み、これを売却することによってその使用者を固定し、上記のような効率的な使用方法が将来実現されることを妨げるので、無意味かつ有害であると主張するのである。  Guilder氏の主張は重要な点を含んでいるが、この時点(1994年春)においては、すでに周波数オークションの大勢が決まり、FCCを中心とする準備がほぼ終わりつつあったため、いわば「議論の出し遅れ」となって、周波数をめぐる議会、FCC、事業者等の行動に影響を与えることはできなかった(*15)。  1994年5月に入ると、FCCは、同年7月25日から3日間、狭帯域PCS全国免許(計10個)のオークションをおこなうことを発表し、同時にIVDS(双方向映像・データ・サービス)のオークションを発声方式で実施することとした。また、狭帯域PCS地域免許のオークションを同年10月に実施することを決めた。  同月に、下院エネルギー商業委員会のJ. D. Dingell議員は、FCCがこれまで決定した創始者優遇制度の下に選定した4事業者(狭帯域PCSのMTEL社、広帯域PCSのAPC、Omnipoint、Cox社)の選定手続きに問題があると主張し、その正式な調査に乗り出すことになった。  また、創始者優遇措置を受ける事業者が、周波数を無料で取得できることに対して強い批判が出ており、議会の動向は予断を許さず、FCCは同月に、この問題の再検討の必要を表明した。なお、FCCは1994年6月に狭帯域PCSオークションの説明会を開き、「FCC規則」に即して参加者にオークションの手続きを説明した。 3. 狭帯域PCSのオークション  狭帯域PCS全国免許のオークション、すなわち改正通信法に基づく最初の周波数オークションは、1994年7月25日、ワシントン市で開始された。当初、67事業者が申請をおこなったが、参加資格等の問題で結局最終的に入札に参加したのは27事業者であった。  オークションは、第1ラウンドから、当初の予想を大きく上回る高値で開始され、初日最後の第6ラウンドには、入札合計額が2億ドルに達した。その結果、第1日の終りに半数近い入札事業者がドロップアウトした。入札期間も、当初3日間の予定が2日間延長され、第5日目の7月29日に新規入札が出ない状態に至り、オークションが終了した。最終的に免許を落札した事業者は大手6社で、合計10個の免許の落札金額の合計は6億1千700万ドルに上った。また、本オークションでは、指定優遇事業者に25%の入札金額割引が与えられたが、最終落札金額が当初予想を大幅に上回ったこともあり、指定事業者は落札者に入ることはできなかった。  本狭帯域PCS全国免許のオークションは、それぞれの地域で、同一種類の免許の落札金額がおおむね同一であった。これは「同時多数回オークション」方式が、入札対象となった免許について競争市場と同一の結果を生み出したと考えられる。最終落札金額が高額に達したこと、およびオークション・プロセスが事故なくスムーズに進行したことと合わせ、FCCは、本オークションが成功を収めたと発表した。  なお、FCCは、同年7月13日、狭帯域PCSの創始者優遇措置として、MTEL社の子会社NWN(Nationwide Wireless Network)に同全国ライセンスを交付することを決定した。また、FCCは、同ライセンスを無料で交付するものではなく、狭帯域PCS全国免許の落札額に応じ、その90%あるいはそれから300万ドルを引いた金額のうち、少ない方の金額の納付条件を付した。これに対し、MTELは、当初約束に反するものとして反発したが、結局同条件に従うこととした。 C. 広帯域PCSオークション(1):AおよびBブロック(指定優遇事業者なし)  広帯域PCSは、1免許で10-30MHzの周波数幅を使用し、狭帯域PCSの25-50kHzに比べて数百倍の帯域幅を使用する大規模サービスである。広帯域PCSは、少なくとも双方向音声伝達すなわち携帯電話を含み、これに加え、データ通信・インターネット通信など多様なサービスを提供することができる。またそれは、既存の携帯電話であるセルラー事業や、電話会社の(有線)アクセスサービスと競合する。  広帯域PCSには、2GHz帯の周波数が割り当てられるが、この周波数帯域では、以前からマイクロウェーブ固定無線通信事業がおこなわれており、同事業者の他周波数帯への移転や、同事業者とPCS事業者による同一周波数帯の共用が問題となる。このように、広帯域PCSは狭帯域PCSと比べてはるかに大規模な市場であり、利害関係も錯綜しているので、そのためのサービス方式の開発や規制、オークションの実行には、狭帯域PCSでは見られなかったさまざまな問題が発生する。他方、利潤機会が大きく参入動機も強いので、多数の事業者が広帯域PCS免許を目指して集まることになる。広帯域PCS開始のために投入される資金額も大きく、それだけにオークションや免許発行時に事故や不都合が起きると影響の度合いも大きいとされた。  広帯域PCSは、結局全体の周波数帯域をA〜Fの6ブロックに分け、それぞれについて、サービスや免許資格が規定され、オークションが実施された。以下においては、そのうちの代表的なケース、すなわち第一にAおよびBブロックのオークション、第二に指定優遇事業者向けのCブロックのオークションについて説明する。本節では、広帯域PCSについて最初のオークションとなったAおよびBブロックについて、規則制定の経過やオークション経過と結果について説明する。 1. 広帯域PCSのA・Bブロック・オークションの規則制定経過  前述のように、PCSサービス方式に関する規則制定は1989年に開始された。同年秋から、多数の事業者が新しい通信方式の開発を目的として規則制定を要請したからである。FCCは1990年に一般案件GN90-314「新しいパーソナル通信サービス(PCS)形成のための規則改正(Amendment of the Commission's Rules to Establish New Personal Communications Services)」を開き、「調査告示(Notice of Inquiry)(5 FCC RCD 3995(1990))」や、「政策ステートメントと命令(Policy Statement and Order)(6 FCC RCD 6601(1991))」を発出して、新しいPCSサービス開発にかかる多数の問題点を検討した。1992年に至り、FCCは「規則制定提案告示と当面の決定(Notice of Proposed Rule Making and Tentative Decision)(7 FCC RCD 5676(1992))」において、(狭帯域PCSとともに)広帯域PCSの問題点を列挙し、広くコメントを求めた。この中で、広帯域PCSに関してFCCが提示した問題点は以下のとおりである。PCSの定義、2GHz帯における周波数の分配、PCS免許に与えられるべき周波数帯域幅、発行するべきPCS事業者免許数、PCS免許のサービス地域の決定、PCS免許申請のための要件、PCS事業者に課せられるべき規制と事業者の分類、技術標準等であった。  1992年に、国際電気通信連盟(ITU: International Telecommunication Union)の「世界周波数管理コンファレンス(WARC-92: World Administrative Radio Conference 92)」が開催され、米国を含む第二地域において、2GHz帯の周波数から1885-2025MHzと2110-2200MHz帯を、PCSに類似する通信サービスに分配することが合意された。また同年には、案件GN90-314の「当面の決定とメモランダム意見および命令(Tentative Decision and Memorandum Opinion and Order)(7 FCC RCD 7794)(1992)」において、56事業者から出された創始者優遇制度に対する申請に対し、当面American Personal Communications社、Cox Enterprise社、 Omnipoint Communications社の3事業者に、同措置を与えることを決めた。ただし、この時点では最終的決定には到っていない。  1992年の規則制定提案に対し、2GHz帯に予定されている広帯域PCSについては、150を超える意見、回答意見が表明された。さらに、これらと平行して1989年以来、4年間に220個を超えるPCS(PCN)実験免許が発出され、FDMA、TDMA、CDMA方式を含む多数の方式について、新しい通信方式の開発と実験がおこなわれ、報告が提出された。同時に、2GHz帯に従来から所在するマイクロウェーブ事業の他周波数帯への移転についても、検討がおこなわれた。これらは技術案件ET92-9によって進められたものである。  1993年9月、すなわち通信法が改正され、オークション条項が認められた直後に、FCCは一般案件GN90-314において「第二次報告・命令(Second Report and Order)(FCC 93-451)」を発出し、コメント意見を考慮しながら広帯域PCSサービス方式に関する基本ラインを提示した。これ以後翌年にかけて一部は修正されるが、大要においては同決定によって広帯域PCSサービスの内容が決められることになった。その概要は以下のとおりである。 a. 広帯域PCSサービスの定義  広帯域PCSサービスとしては、音声を含む多様な使用法を認めるが、放送目的に使用することは禁止し、また(移動通信でなく)固定通信に関しては、移動通信サービスに必要な補助的サービスにかぎって認める。この種の広汎かつ柔軟な使用を認めることについては、一部のコメントが反対したが、FCCは、サービス内容をたとえば音声による携帯電話だけに限定しないことがPCS事業の発展のために望ましいと判断した。 b. PCSのための周波数分配  周波数分配の基本として、2GHz帯において計220MHz分を広帯域PCSサービスに割り当てる。各免許への割当幅については多数のコメントが寄せられ、1事業者にあたり20MHz、30MHz、40MHzと意見が分かれた。これらを総合した結果、FCCは、広帯域PCS周波数をA、B、C、D、E、F、Gの7ブロックに分け、AおよびBブロックは各30MHz、Cブロックは20MHz、D、E、F、Gは各10MHzとすることを提案した。また、サービス領域の決定については、Rand McNally社が提示する487のBTA(Basic Trading Areas)、および47のMTA(Major Trading Areas)のいずれかをブロックごとに指定して使うことを提案した。また、優遇ブロックとしてC、Dブロックを指定し、中小企業、非都市地域の電話会社、マイノリティ・女性所有の企業に申請を認めることとした。これらは、通信法309条(j)項によって要求された優遇措置を実現するためのものである。  さらに、FCCは広帯域PCSとは別に、しかし同一帯域に、「免許外PCS(unlicensed PCS devices)」を設定することを提案し、この周波数帯の一部を、小出力のコードレス電話、企業等のビル内交換、無線私用交換等に使用することを提案している。 c. 免許資格関係  広帯域PCSについては、セルラー移動電話や地域電話事業との競合があり、それらの分野の事業者が免許を申請する強い動機がある。これらの事業者はPCSへの参入を望み、少なくとも現在自社でセルラー電話や地域有線電話サービスを供給していない地域について、PCS免許の申請資格を要求している。  本命令において、FCCは、まずセルラー電話会社に対して、自社のサービス地域におけるPCSについては、人口で10%を超える地域での直接サービスを禁止し、また、株式保有等による間接供給については、20%の人口を超える地域でのサービスを禁止することを提案している。他方、自社がサービスしていない地域については、セルラー事業者の進出を認めることとしている。  次に、地域電話事業者については、これがPCSと補完的あるいは代替的に機能する点を注意している。地域電話会社が自社のサービス地域でPCSを供給すると、内部相互補助あるいは不公正な競争行為を招く可能性がある。しかしながら、他方で、現在すでに大多数の地域電話会社は、すでにセルラー事業を所有し、あるいはセルラー事業者と共同事業協定を結んでおり、そのうちBOCについては、分離子会社要件が課されている。さらにこれに加え、地域電話会社は、自己のネットワークのアクセス部分について、PCSサービスを活用する可能性が強い。FCCはこれらの点を考慮し、かつ多数のコメントを容れて、地域電話会社にPCS事業への参加を認めることをこの段階で提案した。とりわけ、(BOCを含む)地域電話会社について、分離子会社要件を課す必要はないと判断している。 d. 免許期間  免許期間は、当初の「規則制定提案」に示されたのと同じく、10年に設定された。また、免許の更新については、セルラー電話と同一条件が課されるものとした(*16)。 e. サービス開始義務(Construction Requirement)  免許取得後のサービス開始条件としては、PCSが競争的な分野で需要が十分にあると考えられること、しかしながら、マイクロウェーブ事業者との間で周波数の共用あるいは移転について調整をおこなわなければならないことをも考慮し、以下のように定めた。すなわち、免許取得後、それぞれのサービス地域において、5年以内に人口の3分の1、7年以内に3分の2、10年以内に90%に対してサービス開始の義務を課するものとし、この条件を満たすことができない場合には、免許の消滅と再免許申請資格の喪失に到るものとした。 f. 免許外PCSサービス  上記広帯域PCSとは別に、小出力近距離用として、「免許外PCS」というカテゴリを定め、そのための周波数として2GHz帯において計1.26MHz分を設定した。 g. その他の規則案  FCCは上記に加え、通信標準、相互妨害の防止条件、出力制限等について詳しい規則案を設定している。  翌1994年6月に至り、FCCは「メモランダム意見と命令(Memorandum Opinion and Order)(FCC 94-144)(1994)」を発行して、広帯域PCSのサービス規則に関する前年9月の命令を一部変更した。  第一に、事業者からの要望を入れ、広帯域PCS用の割当周波数の位置を変更し、かつブロック組み替えをおこなって、従来の7ブロックを以下のような6ブロックとした。すなわち、各30MHzのA、B、Cブロックと、各10MHzのD、E、Fブロックである。これらのうち、AおよびBブロックの地域区分はMTAとし、C−Fブロックの地域区分はBTAとすることを定めた。またC、Fブロックを、指定優遇事業者用とした。  次に、セルラー事業とPCSとの兼業についても条件を変更した。FCCは、セルラー事業者によるPCS兼業への制限を緩め、セルラー事業者のサービス・エリアがPCSのサービス・エリアと人口で20%以上重複している場合に、免許取得を認める周波数を最高10MHzまでとし、また、10%から20%まで重複している場合には、PCS免許交付時点から90日以内にセルラー事業の相当部分を売却することによって上記制限をクリアーする旨を約束すれば、10MHzを超える周波数帯の免許申請資格があるものとし、重複部分10%以下の場合は無制限とした。ただし、この場合のセルラー事業者としては、セルラー事業の免許保有者および免許保有者の株式の20%以上を所有する企業と定義する。また、セルラーと重複しないPCS免許については、他の一般企業と同様に、同一地域で最高40MHzまでPCS免許の取得を認めることとした。なお、上記については認定事業者への特例条項がついている。  さらにFCCは、免許取得後のサービス開始義務についても、前回の決定を緩和し、30MHz免許取得者には5年以内にサービス地域の人口の3分の1、10年以内に3分の2をカバーする義務を課し、また、10MHz免許取得者には、5年以内にサービス地域の人口の25%をカバーするか、あるいは相当のサービスを提供している根拠を示す義務を課するにとどまった。本命令で広帯域PCSのAおよびBブロックについてはサービス・ルールの大要が決定され、また案件PP93-253によるオークション・ルールについても大要が決定されて、年末のオークション開始に向けて進むことになった。 2. 広帯域PCSのA・Bブロック・オークションの経過と結果  狭帯域PCS全国免許のオークションが1994年7月に成功裏に終了した後、FCCは同年9月に、広帯域PCSのAおよびBブロックのオークションを年末12月5日から開始することを決定した。FCCは、その直前、8月下旬に、全米の4都市(シカゴ、デンバー、サンフランシスコ、ワシントンD.C.)で、広帯域PCSオークションの進め方やルールに関して説明会を開催した。4都市合計で約800名が参加したと伝えられている。  広帯域PCSのA、Bブロックのオークションでは、FCCが用意したソフトウェアを購入し、かつオークション・サイトへのアクセス料を払うことによって、遠隔地からオンライン入札をおこなうことが可能になった。(また、狭帯域PCSオークション時と同じく、ワシントンの会場で直接に入札することもできた。)  広帯域PCSのA、Bブロック入札では、入札金額や対象免許数を考慮して、(1時間ごとのラウンドで進行した狭帯域オークションと異なり)原則として、1日1ラウンドのスピードで進められた。各ラウンドで免許ごとの最高入札額が発表された。またインターネットなどのオンラインネットワークによって入札情報にアクセスできるように手配された。  FCCによる広帯域PCSのA、Bブロック免許申請の受付は、1994年10月28日に締め切られたが、申請数は合計30事業者に達した。これらの中で、地域電話事業者、長距離電話事業者およびセルラー事業者を主とする提携が進行中であり、1994年10月時点においては、 i) AT&TとMcCaw社; ii) GTEとSBC; iii) ベルサウス、パシフィックテレシス、Omnipoint; iv) ベルアトランティックとナイネックスとUS West; v) スプリント、TCIの提携が伝えられている。  なお、広帯域PCSのA、Bブロックの入札直前の時点で、PCSライセンスの予測価値が議論されており、政府筋では総額100億ドルに及ぶと予測されていた。しかしながら、民間の研究機関においては、ユーザ需要を分析した結果、サービス開始後10年間で累積黒字を達成するためには、30MHzの広帯域PCS免許の価格が、人口1人当たり2−5ドル程度に収まっている必要があるとされている。これを全免許の総額に適用すると、広帯域PCSのA、Bブロックの入札合計金額は、50億ドルから80億ドルの範囲に収まっていなければならず、上記100億ドルの金額は過大に過ぎるとの批判がなされている。  1994年12月5日、ワシントンD.C.において、計99個の広帯域PCSのA、Bブロック(MTA)免許をめぐるオークションが、30社の入札参加者を集めて開始された。MTAは全米51箇所に設定されており、免許総数はA、Bブロックで102個になるが、うち、3免許は創始者優遇制度によってすでに交付先が決まっており、残りの99個の免許がオークションにかけられたわけである。  入札開始後、13日間の第1−20ラウンドにおいては、入札参加者の動きは慎重であり、第20ラウンド終了時点での入札金額合計は、予測入札金額を大きく下回る16億ドル強に止まっていた。  FCCは、オークション規則によって設定したとおり、3段階の進行ルールを用意しており、12月の段階ではまだ第1段階に止まっていた。したがって、各入札参加者は、入札を希望する「周波数帯域量」合計の3分の1以上について、前ラウンドの最高入札額を上回る入札をおこなうという義務を負うに止まっていた。  1995年に入り、広帯域PCSのA、Bブロックのオークションが再開され、1月末の第58ラウンドにおいては、入札金額合計が26億ドルまでに達した。さらに2月に入り、FCCは第65ラウンド(2月6日)から「活動ルール」を第3段階に進めることを決めた。それまでの入札金額の上昇速度が遅く、放置すれば入札が長期化すると予測されたためである。この結果、オークションのスピードは一気に増大し、2月28日の第93ラウンド終了時点において、入札金額合計が66億ドル強となり、入札終了が近づいたことが予測された。  広帯域PCSのA、Bブロックの入札は、1994年3月13日に第111ラウンドで終了した。合計落札金額は、77億3602万ドルで、史上最大規模のオークションとなった。この金額は、当時の米国のGNPの約1%に当たり、赤字状態にあった連邦政府財政収支に大きく貢献するものと考えられた。  今回A・Bブロックの落札事業者は、計18社に及ぶが、落札金額の上位から見ると、PCSのA、Bブロックにおいて3大ネットワークが形成されると予測される。その第一は、スプリント社、TCI社、コムキャスト社、Cox社の合弁事業であるWireless Co.社、第二は、AT&TとMcCaw Cellular社の合弁事業であるAT&T Wireless PCS社、第三は、ベル系地域電話会社の合弁事業であるPCS Prime Co.社である。  FCCのHundt委員長は、広帯域PCSのA・Bブロックのオークションが成功裏に終了したことを述べ、落札合計金額についても予想通りの高額であるとの見解を発表した。 (*1) 周波数分配について、従来はFCCがサービス内容を細かく規定していたが、最近においては、周波数の使用目的を特定せず、事業者の創意工夫に任せる方式も導入されつつある。しかしながら、混信を防ぐために、少なくとも無線局の所在、使用周波数の指定、出力等の規制が必要である。 (*2) したがって、実施細目を欠いた法律は、極端に言えば、実効を欠いた「空文」にすぎないことになる。規則制定は、法律実施を担当する行政機関の職務である。行政機関が規則制定を怠り、遅延させ、あるいは過度に簡略化することによって法律の効力を減殺させることを防ぐため、議会が、法律条文の中に、規則制定に関する義務、その細目、制定期限などを入れ込むことがある(鬼木[1997])。 (*3) したがって、規則制定の議論が進むとともに、CFR条文の改正案が何度も書き改められることが珍しくない。なお、この点、すなわち「具体的政策が提案・検討される際には、その実施手段であるところの法律・規則条文案が最初から明示されている」点は、日本での方式と異なっており、細かな点のように見えるが注目に値する。 (*4) これは「第2位価格オークション(second-price auction)」と呼ばれる。もちろん最高金額すなわち第1位価格の提示者が落札者になるが、実際に支払う金額は、最高金額の次の金額、すなわち第2位の金額である。この方式は一見奇異に見えるが、それには理論的な裏付けがある。もし駆け引きや談合・不正がなく、かつ入札参加者が自己にとっての入札対象の価値を十分に知っており、自己が入札できる最高額をあらかじめ決めていて、密封入札の場合にはその金額で入札し、また、(以下に述べる)発声入札の場合にはその金額に到るまで必要であれば自分で発声入札する場合においては、「第2位価格入札」と「発声入札」はおおむね同じ結果を生ずるのである。 (*5) 単一回・複数回入札の区別と、逐次・同時入札の区別は独立である。すなわち、複数の入札対象が存在する場合、逐次単一回、逐次複数回、同時単一回、同時複数回入札のすべてを考えることができる。 (*6) FCCでは、問題となっている案件に対して、文書でコメント・回答コメント等が寄せられ、また、聴聞(hearings)の場では口頭でも意見が述べられる。実際には、これらの指定された形式・期間・場所におけるコメント・意見表明に加え、案件内容に利害関係を持つ事業者等が、FCCのメンバーに対して非公式に意見や要望を述べることがある。FCC規則では、公平・公正を期するため、この種の非公式意見表明やFCCスタッフとの会合を「指定外活動(ex parte activities)」と呼んで、厳しい制約を課している。たとえば、指定外意見表明をおこなった当事者は、その概要を改めて書面で提出する義務があり、FCCでは、指定外意見表明を受けた事実を、あらかじめ指定された方式で一般に公表しなければならないことになっている。 (*7) このことは、もし周波数の割当を他方式から市場メカニズム、たとえばオークション方式に切り換えるとすれば、なるべく早期にこれをおこなうことが有利であることを意味する。切り換えが遅れれば遅れるほど、オークションを当初スタートさせるときの負担が大きくなり、トラブルの可能性も増えることになる。 (*8) より広い観点から、周波数オークション制度について説明したFCCの文献としては、FCC [1997]、FCC [1998]が挙げられる。 (*9) SMRA方式では、一見するところ、オークション参加者が自ら入札価格を選ぶので、「価格受容者」によって構成される競争市場とは異なるかのように見える。しかしながら、オークションではどの参加者も「価格支配力」を持たず、全体の需要・供給の状態に応じて価格が調節されるので、オークション参加者は実質的に「価格受容者」である。またSMRAでは、入札によって価格の引き上げ(上方調整)がおこなわれるが、価格の引き下げ(下方調整)はおこなわれない。したがって、SMRAでは、価格を急激に引き上げすぎて超過供給が生じても、これを修正することができない。もし落札時までそのような超過供給が残れば、SMRAは不均衡状態で終了することになる。この事態を防ぐために、SMRAでは「価格引上の行きすぎ」が生じないように、価格の上方調整を少しずつおこなう必要がある(また、入札参加者は、過大入札から生ずる被害を避けるために、価格引上幅を小さく留めようとするインセンティブを持っている)。 (*10) ただし、この種の情報交換では、「バンドワゴン現象」から生ずる誤り、すなわち、大多数の入札参加者が揃って過大あるいは過少入札をしてしまうことを避けることができない。実際、広帯域PCSのCブロック・オークションでは、「バンドワゴンによる過大入札」と、それによる支払・破産不能が起きてしまった(III.D節参照)。1980年代後半の日本で生じた「土地・株式バブル」も、バンドワゴン現象の典型例である。 (*11) ここで周波数帯の「量」は、"MHz・人"、すなわち、それぞれの免許の周波数幅とその免許地域の人口の積で表し、オークション参加申請の際に、参加者が選択する。参加証拠金(upfront payment)の金額は、この「量」に応じて決まる。 (*12) オークション参加者の負担を軽減するために、同参加申込については、参加者について最小限の情報のみを記した「短形式申込書(short form application)」の使用を希望するコメントが多数寄せられ、FCCはこれを容れた。オークション終了後、落札事業者は、免許取得のために必要な詳しい情報を記した「長形式申込書(long form application)」を提出することになる。これらの両者について、電子手段(electronic form)による提出が認められている。 (*13) ただし、IV節に述べるように、周波数オークションが「周波数ストック」に関して実施され、周波数サービスのフローについて実施されなかったことから、資本ストックが持つ将来への不確実性が入札価格に反映することを避けることできない。とりわけ、周波数の利用技術が未完成の場合には、周波数の活用可能性が未知であるため、落札価格が低水準に終ることがある。もとよりこの場合でも、周波数の「再販売」が認められているので、将来時点で技術進歩が実現し、周波数の価値が増大した場合には、それに応じる価格が付けられることになる。したがって、周波数資源の利用という点では、当初周波数オークション時に低価格が付せられることは、なんら差し支えない(周波数が無差別選択によって供給された場合と類似の結果になる)。しかしながら、この場合においては、富の不公正な分配(不当な利益の獲得)の防止という通信法のもう一つの目的には沿わないことになる。 (*14) 米国の行政手続法・通信法によれば、民間事業者は、新サービスの制定を含む広い範囲の事項について、FCCに「規則制定案」を提出する権利を持っている。FCCは、規則制定申請が提出された際には、決められた手続きに従ってこれを処理しなければならない。同年以降、PCN America社、Apple Computer社を含む数社が、同趣旨の規則制定要請を出し、FCCは、これらを本案件の中で検討した。しかしながら、検討初期は、いわば手探りの状態で、事業者による実験結果を見ながら、新しい移動通信サービスの可能性を探り、概要を形作るプロセスを続けていた。 (*15) しかしながら同氏の議論は、将来における日本の周波数制度を検討するための有用な指針を与えている(IV節参照)。 (*16) 免許更新については、当初サービスを開始した事業者に対してユーザ側からの不満が多い場合、他の事業者から競争的に免許申請が出されることがある。セルラー電話において、「免許更新予想(license renewal expectancy)」の問題と呼ばれている。 ********** E-mail: oniki@iser.osaka-u.ac.jp Web: http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/ 「米国の周波数オークション(1993年の「通信法」改正)」、『米国通信法研究会報告書』、通信機械工業会:米国通信法研究会、1999年2月、pp.127-272。