IV. あとがき  以上で米国における周波数オークションの解説を終る。本「あとがき」においては、上記米国周波数オークションの評価と、日本の周波数分配・割当制度に関する意見を述べる。本章のI、II、III節においては、事実の解説を主とし、事項の解釈や背景事情の推測等を除き、筆者の主観を述べることを避けてきた。これに対し、本節の内容は、いわば100%筆者の主観を述べたものである。 A. 米国周波数オークションの評価  すでに述べたように、米国における周波数オークション導入の経過は、周波数使用の原則が、「政府管理」から「市場メカニズムを基盤とする自由な参入と競争」へと遷移したプロセスである。もとよりこの遷移は、紆余曲折を辿った。その理由の一つは、通信法301条と同309条以下の内容に矛盾があること、すなわち「周波数資源」がどの程度まで、そしてどのような意味で「公的資産」であり、またどの程度まで、そしてどのような意味で「私有財産」であるかについて、灰色部分が残されていたことによる。そのため、議会が周波数オークションに同意するには、1987年から1993年まで6年余を費やした。またPCSのCブロック・オークションにおいては、上記灰色部分の存在と連邦破産法の規定との間のギャップによって、3年余にわたる混乱を生じた。  しかしながら、これらの問題点にもかかわらず、1993年〜1998年の通信法改正によって、周波数オークションが導入されたことの意義は大きい。それはすでに述べたように、「周波数資源に対して最も高額な支払ができる事業者、すなわち最も優れた技術・サービスを実現してユーザの要求を満たし、その結果最高金額の利益を上げることができる事業者に周波数資源を割り当てる」からに他ならない。自由な参入と競争を基盤とする「市場メカニズム」の導入である。このことによって、新しい技術・サービスの開発を促す強い動機が生じ、周波数を利用する諸産業の発展と、その結果としてのユーザの利益が増進される。  市場メカニズムが長期にわたってもたらすこの利点の大きさに比べれば、周波数オークションの導入プロセスにおける混乱や、Cブロックオークションの問題などは、ごく僅かのマイナスに過ぎない。この理由で、筆者は米国における周波数オークションの導入は大きな成功であったと考える。  他方、上記通信法の改正は、周波数の使用のすべてについてオークションあるいは市場メカニズムを導入したわけではない。まず政府機関が使用している大量の周波数資源が、市場メカニズムの外にある。次に営利あるいは非営利目的の民間事業者が「生命・健康・財産の安全目的」に使用する周波数についても、オークションはもとより、市場メカニズムのルールは適用されていない。第三に、「ディジタル放送」用周波数の割り当ては、市場原理の外で実施された。すなわち、同周波数は、既存の地上波アナログ放送事業者に、アナログ事業用周波数と引き換えに無料で提供され、そのために地上波ディジタル放送については新規参入を一切認めなかった。  おそらく長期的に、これらについてもオークションあるいは他の方式による市場メカニズムが導入されることになるであろう。政府使用であれ、あるいは営利・非営利目的の民間使用であれ、周波数の使用は「経済価値を持つ稀少な資源」の使用である。資源の価値を反映しない「無料使用」は、資源の浪費や既得権益の形成・腐敗をともなうからであり、またこの認識が広がりつつあるからである。これらについては、将来を見守りたい。  上記のうち、地上波ディジタル放送用周波数の割り当てにおける市場原理の排除を決めた「通信法336条」の改正(追加)は、競争の進展と相互参入の推進を眼目にした1996年通信法改正の中で、特異な改正であった。これはもとより、議会およびFCCが、既存アナログ放送事業者の政治的圧力に屈したためであろうと考えられる。この点に関して、米国の世論がどのように評価するか、また将来どの方向に制度が変わっていくかについては、時間の推移を俟たなければならない。  本節では下記の点を指摘しておきたい。それは改正通信法336条が規定する「地上ディジタル放送事業者がディジタル技術を活用して供給する付加的サービスについて視聴者から料金を徴収する場合には、周波数使用料(現提案では視聴料収入の5%)をFCCに納入しなければならない。」という条項である。本条項は、地上波ディジタル放送と、それ以外の目的のための周波数オークション制度との一貫性を保つために設けられた。しかしながらそれは、将来において下記のような矛盾を生ずる可能性を持っている。  周知のように、ディジタル放送の利点は、映像・音声に加え、さまざまなデータを付加して放送することにより、放送番組に各種の付加価値を与えることができる点にある。現在時点においては、ディジタル技術の長所として、チャネル数の増大という点が強調されており、また実際に供給されている「付加価値」も少ないため、この点についてはあまり重視されていない。しかしながら、将来においては、この「付加価値」が大幅な収入増をもたらすことが予想される。それはコンピュータ分野におけるソフトウェアの発展からも類推できる。たとえば視聴者の好みや要求によって、放送番組にともなうコマーシャルの内容・量を変更し、そのような選択の可能性を与えることに対して、ユーザから代金を徴収することが考えられる。(現在の有料放送PPVは、コマーシャルをゼロにするという視聴者の「選択」を認める代償として視聴料を徴収していると考えることもできる。)このような「可変コマーシャル・視聴者主体のコマーシャル方式」を考えてみるだけでも、ディジタル技術の活用による「放送の有料化」の可能性は大きいと言わなければならない。(それは新聞・雑誌・書物がすべて広告料だけに依存して出版されているのではなく、読者が情報内容に対して対価を支払うケースが多いことからも分かる。)  さて、将来において、米国の地上波ディジタル放送事業者がディジタル技術を活用する「付加サービス」から獲得する収入が大きな比重を占めるようになれば、どのような事態が生ずるであろうか。ディジタル放送事業が大きく成長し、「付加価値」が有利な収益源になれば、ディジタル放送事業に対する新規参入の圧力が高まるだろう。その結果、既存の放送事業者だけでなく、新規の放送事業者の参入が認められるであろう。この場合、現行通信法によれば、新規事業者の使用する周波数はオークションによって割り当てられることになる。ディジタル放送事業が十分有利であれば、新規事業者はオークション代金を支払って周波数を入手し、コマーシャル付無料番組も、「付加的な」有料番組も、自由に供給できることになる。この場合、長期的に考えれば、視聴料収入の5%を半永久的に支払い続けなければならない旧来の放送事業者に比較して、新規参入の事業者は、(オークション時の周波数代金を1回かぎり支払うだけで、その後は視聴料をすべて自己の収入とすることができるので)有利な立場に立つことになる。これが長期間続けば、新規事業者が次第に放送シェアを広げ、当初無料で周波数を入手した放送事業者は、市場から撤退せざるを得ないであろう。  実際に上に述べたような事態が生ずるか否か、生ずるとしていつごろ生ずるかについては、この時点では何も言えない。将来の推移を見守る他はない。しかしながら、一方において、周波数資源をオークションによって「有料で供給」し、他方において、一部の事業者に「無料で供与する」という首尾一貫しない制度に矛盾点が含まれていることは明らかであろう。  米国の周波数制度とりわけオークションを主体とする市場メカニズムの導入には、もう一つ大きな問題がある。それは本章II節で述べたように、周波数資源と土地資源の経済的性質が類似していることから理解できる。一口に言えば、今回の米国周波数オークション制度の導入は、周波数資源の所有・使用の仕方を、土地資源のそれに近づけるものである。土地資源については、従来から強固な「私有財産制度」が成立してきた。周波数の「私有財産的性質」は、土地に比べてはるかに弱い。将来において、技術的その他の理由により、一旦はオークションで割り当てた周波数をその「所有者」から取り戻し、従来とは異なった方式で利用することが有利になる事態が生ずる可能性がある。この場合、もし市場原理にしたがって政府が周波数を「買い戻す」とすれば、法外な値段を吹っかけられるであろう(ゴネ得のケース)。これを法律その他の方法によって抑制すれば、当初オークション代金の支払によって得た権利の「侵害」であると考えられ、訴訟などの問題を生ずるであろう(この問題は、日本で、たとえば高速道路建設の際に生ずる「土地収用」の問題と同一である)。改正通信法は、この事態に対して、実質的な考慮をほとんど払っていない。 B. 日本の周波数分配・割当制度について  日本の周波数管理制度は、本章II節に述べたように、市場メカニズムを100%排除している。それは、「社会主義計画方式・日本型護送船団システム」とでも名付けられるべき制度である。日本の周波数使用免許の発行形式は、表面的には(比較聴聞時代の)米国の方式と似ている。しかしながら、日本においては、電波使用権の第三者への有償譲渡(再販売)の途が塞がれているので、市場メカニズムが入り込む隙間が全く無いのである。その結果、日本の周波数管理は、政府規制当局(郵政省)のコントロール下にある。  このような日本の制度については、まず第一に米国における市場メカニズムの導入と反対の評価が与えられるであろう。つまり、日本では、周波数使用について自由な参入と競争が存在しないので、新しい技術・サービス開発の動機が弱くなってしまう。もとより現在において周波数使用を認められている(あるいは将来認められると予想している)大企業においては、ある程度の開発意欲は出るだろう。しかしながら、大企業以外の多数の事業者(典型的には中小企業)からの技術・サービス開発はほとんど期待できない状態になってしまう。製造業分野の底辺を支えている中小企業のパワーと比較して、このことがもたらす意味は大きい。最近において無線技術を含む情報通信分野の日米格差が指摘されるが、その理由の一つは、上記のような中小企業による技術開発機会が欠落していることにあるのではないかと考えられる。  現在の日本の周波数管理態勢が情報通信産業発展のために大きなマイナスの点を持っているとすれば、将来においてわれわれはどのような制度を目指すべきであろうか。まず、第一の可能性として、米国型の制度を導入することが考えられる。すなわち、周波数資源を「土地資源と同じように」順次「私有化」し、そのことによって市場メカニズムの威力を発揮させる方策である。この方策をとるために、第一に必要なステップは、周波数免許の「再販売」を可能にするように法律を改正することであろう。市場で売却できない財産は私有財産ではないのであって、「再販売・譲渡」ができることは、市場メカニズム成立の必要条件だからである。日本がもしこの途をとるとすれば、米国における周波数使用制度の長所・短所の双方を受け入れることになる。それは、米国と比較して100年近くのタイム・ラグ付の導入である。  これに代わる方策として、従来の「日本型護送船団方式」でもなく、「米国型(不完全)私有財産制度」でもない第三の途が存在するであろうか。実はこの可能性について、米国で周波数オークション制度の導入が検討されていた時期に、連邦議会で議論されたことがある。それは「周波数使用料オークション(リース・オークション)」の可能性である。周波数を「資本ストック」として扱い、無期限の未来に及ぶ使用権をすべて一挙に使用者に渡すのではなく、ある有限の期間、たとえば5年、10年などを区切って、その期間内における使用権のみを(オークションで)与える方式である。  リース・オークションの利点は、それが周波数使用目的・方式を、(周波数ストックオークションに比較して)はるかに容易に変更できる点にある。つまり、5年なり10年なりを区切って使用権を与えるのであるから、もし周波数使用目的変更の必要が生じた際には、ある時点から先のリース・オークションを中止し、使用者から周波数使用権を使用期限の終了とともに取り戻せばよい。この理由で、リース・オークションは、ストック・オークションに比較してはるかに大きな自由度を政府(国民全体)に与えることになる。  米国においても、リース・オークションの利点は認識されていた。しかしながら、実際に周波数オークションが検討された際には、すでに再販売市場すなわち周波数ストックの流通市場が成立しており、これと原理的に異なるリース市場の導入が多数の賛成を得られなかったのである。  他方、日本においては、(幸か不幸か)従来から市場メカニズムが導入されていないので、周波数についてストック・オークションを導入するか、リース・オークションを導入するか、あるいは他の形の市場メカニズムを導入するか、フリーハンドを保有したまま今日に到っている。もとよりリース・オークションは、合理的なリース期限の設定や、通信設備等の固定投資の「保護」(通信設備に投資してしばらく事業を続けた後にリース・オークションに敗れ、投資分が無駄になってしまうことを防ぐ)等について、検討すべき点が多い。しかし、それにもかかわらず、日本は上記のように「フリーハンド」を持っているので、リース・オークションを含む複数の市場メカニズムの導入方式について論議を起こす意義が大きいものと考える。  電波周波数は、二十一世紀の情報通信インフラを支える。工業の発展が工場用地の供給を必要条件としたのと同じく、情報通信事業の発展には、周波数資源の円滑な供給が欠かせない。本章の考察の目的は、日本に先立って周波数資源の供給に市場メカニズムを採用した米国のケースを学ぶことによって、日本の周波数資源の供給制度を構築するためのインサイトを得ることであった。 (終) 参考文献 Caristi, Dom [1993], "The 1992 World Administrative Radio Conference: A Survey of the US Delegation and Recommendations for the Future," Telecommunications Policy, Vol.17, and No.6, August 1993, pp.407-414. 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