「新電気通信法制の骨格」について 「経済団体連合会・情報通信委員会・通信・放送政策部会・情報通信ワーキンググループによる意見募集(2000年10月31日)」に対する意見表明 2000年11月6日   鬼木 甫    大阪学院大学経済学部 目次(概要) まえがき I. 貴提案は日本の情報通信の進展に貢献する II. しかしながら米国との差を縮めるには不充分である III. 米国では独占要因に対する「競争目的の規制」によって競争進展を図っている IV. 米国の競争政策は「詳細な法規定と強力な執行(行政提訴と審理)体制」に依存している V. 日本では行政提訴を通じる法規定の「執行体制」が弱いので、競争政策が掛声だけになってしまう VI. 日本では既存事業者組織の上下分離によって公平競争環境を創ることが望ましい VII. 米国で「上下分離」が議論されないのは、司法省とFCCの間の業務分担を含む法的・歴史的背景による VIII. 日本では米国におけるよりも事業者組織の変更が「容易」であり、この利点を生かすことが望ましい IX. 「アクセス用設備・スペースの供給」について自由参入・公平競争を成立させる唯一の手段はオークションである。柔軟性確保のために「リース・オークション」が望ましい X. 「経団連提案」に対する修正意見 まえがき  本稿は、2000年10月31日付の貴文書『新電気通信法制の骨格に関する意見募集について、経団連情報通信委員会、通信・放送政策部会、情報通信ワーキンググループ』(以下本文書全体を「貴提案」と略称する)の前文1.〜4.(以下「前文」)、I. 現行電気通信事業法に関する問題点(法律の目的、第一種電気通信事業者への主要規制を中心に)(以下「I. 問題点」)、II. 新電気通信法制の骨格(たたき台)(以下「II. 骨格」)』1に対する筆者の意見表明(以下「本意見」と略称)である。筆者はさきに、(郵政省)電気通信審議会によるパブリックコメント募集2に対して以下の意見表明をおこなった:鬼木甫『競争政策のための基本的枠組みとNTTグループ再編成について』2000年9月19日(以下「電通審への意見」と略称)3。本意見は上記「電通審への意見」を踏まえて書かれているので、「本意見」の内容を理解するためには、「電通審への意見」をも併せて読まれる必要がある4。 I. 貴提案は日本の情報通信の進展に貢献する 貴提案については、一部を除いたほとんどすべての事項とその背景となっている考え方について、「現状の改善に資する提案である」という理由で賛成する5。 貴提案の基本は、「競争推進とそのための規制廃止」によって日本の情報通信の進展を図ることにあると考える。それは、1996年の米国通信法改正の目的・内容とも共通している。筆者はこの方向の改革に賛成するものであり、貴提案内容に沿う新電気通信法制が成立すれば、日本の情報通信の進展のために長期的に好影響を及ぼすものと予測する。以下の意見は、貴提案の意図する結果をより速やかに実現させるためのものである。 II. しかしながら米国との差を縮めるには不充分である たしかに貴提案は、日本の情報通信の進展に貢献するだろう。しかしながら、III節以下に述べる理由から、それは「日本の情報通信の進展を少しだけ加速する」が、貴提案だけでは世界の最先端を走る米国との格差はさらに開くことになると考える。 近い将来における「日本の情報通信の急速・大幅な進展」の具体的な形の1つは、「高速・広帯域のインターネット・サービスを国民の大多数が安価に享受できるようになること」である。そのためには、多数の既存事業者・新事業者が、有線・無線の広帯域ユーザ・アクセスの実現に向けて技術・経営面の創意工夫を競い合い、その結果がアクセス市場で自由に供給されることが必要である。米国でもこの目的に向かって競争環境を整えるための施策が実施されている6。日本でこれを実現するためには、まず第1に、現行の狭帯域アクセス料金を低廉化してインターネット加入数を大幅に増大させ、第2に、安価な広帯域アクセスの普及を図る必要がある7。 周知のように、アクセス・サービス進展の障害は、アクセス用スペース、設備、サービス等が既存事業者(大部分はNTT)によって独占的に供給されていることにある。そしてこの状態を打開するためには、新規事業者による活発な参入と競争が必要である8。そのための前提条件は、既存事業者による低料金の接続、アンバンドリング、(事業体)内外無差別のサービス提供、Level playing fieldの実現である。 貴提案もこれらの要件の実現を指向されており、その点において筆者に異論は無い。問題は、日本の現在の「情報通信産業環境」においては、貴提案に沿う事業法改正をおこない新電気通信法制を実現したとしても、効果的な新規事業者参入のための条件が充分に整うまでには到らない点にある。 III. 米国では独占要因に対する「競争目的の規制」によって競争進展を図っている 貴提案は、米国の1996年通信法改正が採用した方策と共通点を持っている。米国では、「現行の事業者組織(ILEC、CLEC、IXC、ケーブル事業者、移動通信事業者など)」の存続をそのまま認める一方、相互参入を自由化し、独占要因が残るアクセス部分については、接続義務、アンバンドリング義務、価格規制、周波数オークション、ROWのオープン化などの規制(以下これらを「競争目的の規制」と呼ぶ)を加えて競争の進展を図る方式が採用された。また従来からの規制で不要となったものを極力廃止した。1996年以降現在に至るまで、米国では、上記「競争目的の規制」が少しづつ功を奏し、アクセス部門でも競争が進展している(たとえば、DSL方式によるアクセス、ケーブルモデム経由のアクセス )。 IV. 米国の競争政策は「詳細な法規定と強力な執行(行政提訴と審理)体制」に依存している 米国式の、つまり競争目的規制に依存する「競争の実現」には、重要な前提条件がある。それは、「法規定の執行(enforcement)体制」が整備されていることである。当然のことながら一般に、個人・団体が本来望んでいるとは限らない内容を含む法規定が実効を生ずるためには、その実施体制・強制体制(enforcement system)が必要である。不法行為に対する刑事罰の規定と、それを実効あらしめる検察・司法機構はその例である。 米国においては、通信法(とその下部規定であるFCC規則)に定められている「競争目的の規制」の実施・強制が、FCCの主要業務の1つになっている。そのためにFCCは、2,000名を超えるスタッフを擁している。また周知のように米国では、州レベルでも通信に関する規制機関があり、アクセス・サービスについてはFCCと規制業務を分け合っている。これらの規制機関全体の人員を合計すれば、数千名以上になるだろう9。これらの膨大な規制要員の費用を賄うために、FCCは、事業者からregulatory fees を徴することを認められており、FCC業務量の増大に応じて必要となる規制要員を財政面から支えるためのメカニズムが成立している10。 このような制度的背景があるため、米国では、新規事業者が公平競争条件の充足に応じようとしない既存事業者を、FCC(あるいは州の公益委員会)に提訴することができる。実際毎年多数の提訴が出され、規制当局による裁決が下されている。LECなど(アクセス部分等について依然独占力を保有する)旧来の事業者の存続を認めながら、接続義務・アンバンドリングなどを効果的に実現させることによって実質的に競争環境の強化に成功している。その理由の1つは、上記のような「当事者による提訴に基づく法規の実施・強制」体制が整備されていることにある11。 V. 日本では行政提訴を通じる法規定の「執行体制」が弱いので、競争政策が掛声だけになってしまう 上記のように、米国では、FCC等への提訴と裁決結果の積み重ねから形成される「裁決ルール(司法分野の判例法に相当)」に基づいて、「法規定の実施・強制」のための体制が整っている。これに対し、日本では、この目的の体制が弱体である。提訴のための規定はごく大まかであり、提訴を受ける専門スタッフも用意されていず、多数の提訴が生じた際に必要となる財政措置については議論に上ることさえも無い。 その結果日本では、新規事業者やユーザが既存事業者に接続を求め、接続価格・サービス価格の引き下げを求め、あるいは設備・サービスのアンバンドル提供を求めても、満足できる結果は得られないことが多い。新規事業者が交渉に時間と手間を費やし、その後に政府当局に提訴することを考えても、提訴のための手続・様式、提訴後に裁決に到るまでの手順等が明らかに定められていないので不安・不確実性が大きい。(司法との比較で言えば、実体法である民法・刑法は定められているが、手続法である訴訟法が欠落している状態にあたる。)その結果多くの場合、「泣き寝入り」になってしまう。新規事業者はビジネス意欲を失い、ユーザには強い不満が残ることになる12。 他方既存事業者の側では、競争を促進するために進んで自社の設備・サービスをアンバンドルし、安価に提供する動機はもとより無い。法規に明示されていないかぎり(違法にならないかぎり)、競争進展に抵抗し、自社の利益を守り利潤の確保に貢献することが、社員としての義務であり、また自社株主の利益を守ることにもなる。  実際問題として、情報通信ネットワークは多数・多様な要因を持つ複雑・巨大な存在であり、地域ごとの事情、歴史的事情などの特殊性も多い13。このような環境でシステムが適切にアンバンドルされ、接続を含めた諸サービスが適切な価格で供給されるためには、その旨の動機を持つ新規事業者の要求を組織的・合理的に「活用」し、ケースごとの提訴と審理・裁決を通じて新規参入・公平競争(Level playing field)実現のための条件を見出し、これを積み重ねてゆく他は無い。 したがってそのための体制がゼロに近い日本で競争推進の眼目だけを定めた法規定を作成しても、実効は少ない。「掛声」だけの措置になってしまう。かりに詳細な規則が作られても、現実のケースでは、規則に当てはまらない条件や境界領域的な事情が発生し、これをめぐって既存事業者と新規事業者の利害が対立する。この対立を規制当局が裁決し、多数の裁決結果を積み重ねる(つまり多数の「前例」を公的に形成する)ことができなければ、公平競争条件の具体的内容は作られないのである。 ただしもとより、競争推進という考え方さえも入っていない現行法規に比べれば、競争法規の制定によって何らかの進歩は見られるであろう。長期的には相当の前進を期待できるかもしれない。問題は公平競争環境整備のスピードであり、「貴提案」は実効スピードの点で不充分であると考えざるを得ない。 VI. 日本では既存事業者組織の上下分離によって公平競争環境を創ることが望ましい 筆者は、「電通審への意見」において、『(1)事業者業務の、「サービス」と「伝送インフラ」への上下分離、(2)「アクセス用伝送インフラ」の、「伝送媒体」と「スペース・設備」への上下分離、(3)「アクセス用スペース・設備」の「リース・オークション」による供給』を軸とする改革を提案した14。これは、前節に述べた「日本における公平競争環境形成の困難」を、事業者組織の変更によって構造的に解決するための提案である。 アクセスサービスにおける公平競争形成の困難という問題を突き詰めれば、それは、既存事業者が希少なアクセス用スペース・設備を独占的に保有し、そのアンバンドルと内外無差別の提供を拒む動機が強いこと、つまり既存事業者が独占力を持つ要因が、(独占力が必ずしも存在しない)他の要因と上下統合して供給されていることから生ずる15。 したがって、この場合、独占力を持つ要因と他の要因が区別して供給されるように既存事業者の組織・会計を分離することにより、上下統合から生ずる問題のうちのかなりの部分が解消される。つまり、(電話・インターネットサービスのように)競争の可能性がある業務と、(アクセス用設備やスペースのように)独占要因が残ってしまう業務を切り離す。これによって、後者の独占力を利用して前者への他事業者の参入を阻み(不当な参入阻止)、あるいは後者から得られる利益を前者の供給に注ぎ込むこと(上下サービス間の内部補助)を防止するのである。その結果、後者における独占要因自体は残ることになるが16、前者における競争は促進されるのである。 見方を変えれば、電気通信分野における既存事業者の業務範囲は、たとえば交通分野で、「道路公団が全国の高速道路網を掌握しながら他方でトラック運送業務を兼営している」場合に相当する。この場合、強力な「道路・トラック運送公団」は、トラック業務において、一般の「トラック運送業者」に比較し、格段に有利な立場で営業できる。この事態が不合理であること、高速道路スペースの供給業務と、トラック運送業務の分離が望ましいことは明らかであろう。 電気通信分野は、最近における技術進歩・需要増大のために急速に高度化・成長した。かつてのアナログ電話会社と比較した現在の既存事業者は、田舎道を小型車で搬送していたトラック業者と比較した「道路・トラック運送公団」である。既存通信事業者業務を上下分離することの合理性、それが日本全体にとって長期的に有利であることは、この例からも納得されるであろう。 また既存事業者自体にとっても、前向きに考えれば上下分離を受け入れる理由がある。たとえば現在の東西NTTは、アクセス部分という独占要因を抱え込んでいるという理由で業務範囲に制約を受けており、インターネットサービスのように成長著しい分野に進出することができない。これは、重しを引きずりながらレースに参加するランナーと同じ立場である。上下分離によって独占部分を切り離し、IT革命の担い手として自由な市場競争に参加することが望ましいのではないか17。 VII. 米国で「上下分離」が議論されないのは、司法省とFCCの間の業務分担を含む法的・歴史的背景による これまでの議論から生ずるであろう疑問は、「もし事業者業務の上下分離が合理的かつ長期的に有利な方策であるのならば、何ゆえに情報通信と同政策の先進国であるアメリカにおいて上下分離策が提案されないのか(?)」であろう。実は、学界においては、(筆者の提案内容と同一ではないが)上下分離策が議論されている18。 しかしながら、米国の実務家は、法的な根拠の無い(つまり法律が変わらない限り実現可能性の無い)事項を議論の対象としない。(米)司法省は、独占禁止法と判例に基づき、同法違反を理由として私企業の分割を命ずる権限を持っている。しかし、FCCや州の公益委員会は、新サービスの供給や企業合併など新たな事態が生じたケースにつき(法規定あるいはその趣旨に基づいて)分離会社要件を課すことはあっても、それまで「合法的に」存続し、事業を続けてきた私企業(事業者)について、直接にその組織分割等を命ずる権限を保有しているとは考えられていない。したがって、現時点において、たとえばLECの上下分離は議論の対象となっていない。しかし、現在の通信法1条、2条を広く解すれば、FCCにそのような権限があると主張することも不可能ではない。いずれにしても、もしそのような事態が生ずれば、「FCCが通信事業者である私企業に対して組織変更命令を出す権限を持っているか否か」について連邦裁判所に提訴され、その判決によって権限の有無が確定することになる19。  情報通信と近接するコンピュータ分野では、1970年代に(米)司法省がIBMを独占禁止法違反で訴追し、ハードとソフトの「アンバンドリング(上下分離)」が実現した。周知のようにその結果は、今日のPCの時代まで続いている。またコンピュータ・ソフト分野では、同じく(米)司法省が1998年からマイクロソフト社によるOS(Windows 98)とブラウザ・アプリケーションの上下統合(から生じた結果)を独占禁止法違反として訴追中(一審は司法省の勝訴、控訴中)である。筆者は、通信分野においても、時日の経過にともなって、「上下分離が合理的」であるとする考え方が少しづつ浸透するものと予測している。 VIII. 日本では米国におけるよりも事業者組織の変更が「容易」であり、この利点を生かすことが望ましい もとより米国の通信分野で上下分離が問題になっていないからといって、日本でこれを考慮するべきではないことにはならない。前述のように、日本では規制当局への提訴の積み重ねによる公平競争環境形成の可能性が無い(少なくとも短期的には)。しかしながら、日本の情報通信の進展のためには早急な公正競争環境の生成が不可欠である。そのための方策として、既存事業者業務の上下分離が有力なのである。 米国で採用されている「競争目的の規制」は、公平競争環境を実現するための方策としては、いわば「その場しのぎの処置、パッチワーク」である。それは計画経済要素、マイクロ・マネジメント要素を持ち、そのためのコストが高い。米国は、法的・歴史的制約の中でやむを得ずこの方式を取っていると見ることもできる。  これに対し筆者が提案している「事業者業務の上下分離」は、問題を根本的・構造的に解決し、病因(競争阻害要因)そのものを取り除く「外科手術」にあたる。たしかにそれはドラスチックな方策であり、組織改変時に高いコストを払わなけらばならない。しかしそれは一回限りのものである。また政府当局から見れば、組織改変は「マクロ的処置」であるため、数千名の規制要員を半永久的に必要とする米国方式にくらべれば、コストははるかに低いと言うこともできる。  日本の場合、既存事業者とりわけNTT(グループ)諸会社については、直接あるいは間接に特殊会社として規定されているので、上下分離のための会社分割は可能であろう(実際前回の「NTT組織見直し」の際には、地域・長距離間の会社分割が実施された)。NTT DoCoMoの場合、特殊会社ではなく、また一般の株主も同社の株主に入っているので問題になるかもしれないが、株主総会の議決という方式をとれば、法律上の問題は生じないのではないだろうか。NCCの場合には、政府当局は直接にその組織分割を命じる権限を持っていない。したがって、事業法(新競争法)等による間接規制、たとえば「上下会計分離」が考えられる。  以上を要するに、日本の場合、政府当局は(司法的手段に依ることなく)既存事業者(NTT等)の組織形態を変更する強大な権限を保有している。これは政府当局の規制権限が、省庁設置法等により包括的に定められているからである。数年前に、この権限を行使した「過剰規制」について、政府当局への強い批判が生じた。したがって現在でも、政府当局の「権限行使」に対する警戒感が残っているかもしれない。しかしながら、「上下分離」のように公平競争環境の形成に資する政策については、政府が進んで権限を行使することが適切であるものと筆者は考える20。 なおNTTの「特殊会社方式」(とそれに基づく多数の規制)は、事業者の自由な創意工夫を阻害し、機動的なビジネス行動を制約するので望ましくない方式であるが、他方で「独占要因を持つ巨大な事業者を、一般の事業者と同じく野放しにはできない。」とする議論にも一理はある。筆者の意見は、「もしそうであるにしても、複雑・多様化したNTT業務のすべてを特殊会社方式でカバーする必要は無く、むしろ有害である。特殊会社方式は、現NTTの独占要因部分のみに適用すればよい。」である。 具体的には、前述の「アクセス用設備・スペースの供給業務」(VI節参照)について、特殊会社方式の適用が考えられる。実際この業務は、地表・地下・海底などの公有スペースや、「公益事業者特権」によって使用権を取得したスペース(つまり公有スペースに準じるスペース)、あるいは共同溝、下水溝、とう道など公的性格の強い設備・スペースの供給をおこなうのであるから、これを完全な私企業に任せることは適切でない。特殊会社、公社、独立行政法人などの公的性質を持つ機構に任せるか、私企業の場合には強力な規制を加えることが望ましい21。 IX. 「アクセス用設備・スペースの供給」について自由参入・公平競争を成立させる唯一の手段はオークションである。柔軟性確保のためには「リース・オークション」が望ましい なお、公有スペースの供給は、有線・無線を問わず、またスペース種別の如何を問わず、すべて(リース)オークションによる供給とするべきである。オークション以外に、新規参入を保証し、公平競争環境を敏速に成立させる手段は存在しない。公有スペース等(使用権)の再販売を認めれば公平競争環境の成立は可能であるが、実現のために時間がかかる。他方、オークション後の公有スペース等(使用権)の再販売は、積極的に認めるべきである。また、スペース使用の柔軟性を確保するために、リースオークションの採用が望ましい22。  上記の議論から出てくる帰結であるが、たとえば公有の下水溝の使用権を無料あるいは低価格で一般の事業者に割当てることは望ましくない。それは、そのかぎりではユーザに低価格の光ファイバ・アクセスサービスを提供できる一因となるかもしれないが、第1に参入の自由が失われ、また第2に、代替的なサービス(たとえば無線アクセス(次世代携帯電話を含む))のビジネスを不安定にし、Level playing fieldの形成を妨げるからである。「公的政策によっていつ自分の足許を掬われるかもしれない。」という不安定な事業環境は、新規参入のリスクを高め、投資意欲を減退させる。その結果、ユーザにとって長期的に高くついてしまう。「ただほど高いものはない。」のである。 X. 「経団連提案」に対する修正意見 上記議論をまとめ、「貴提案」について下記のように具体的な修正意見を述べたい。  A. まず第1に、「II. 骨格」11.3項は筆者の提案する「上下分離による公平競争環境の形成」政策を部分的に排除するものであるから、これに反対する。これを、たとえば「いわゆるゼロ種事業制度の導入を含め、『上下分離』による公正競争環境、Level playing field形成のための政策を採用するべきである。」のように置き換えられることを希望する。  B. 「前文」3.項および「I. 問題点」6条の、I、II種区分の廃止に同意する。しかし、廃止後にどのような「区分」を考えるかについて、具体的な提案が必要である。区分が定義されなければ、市場支配力の有無を判断する市場シェアの計算ができない。実際問題としても、たとえばケーブル事業者を区分に含めるか否かなどの決定を迫られることになる。筆者は「電通審への意見」の中で、この点について上下分離と整合性のある具体的な提案をおこなっている。  C. 「I. 問題点」1条のうち、「利用者利益の保護」は、たとえば食糧供給について実現されているように、少なくとも平時においては事業者間競争によって間接的に達成されるべきものであり、法規定あるいはそれに基づく規制行動によって直接に保証されるべきものではないと考える。ただしもとより、(災害などの)非常時の措置は必要である、そのために必要な事項は、平時と区別して規定することが望ましい。したがって同条では、たとえば、「災害等の非常時における利用者の生活・業務の確保」のような文言を使用することが望ましい。  D. 「II. 骨格」1.項の「法の目的」に、「市場競争だけでは実現できない目的(たとえばユニバーサル・サービスの実現、基礎研究への助成など)について、法規定に基づく措置を講ずること。」を付け加えるべきではないか。 1 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2000/054.html、2000年11月6日閲覧。なお、本稿に引用したWebページは、すべて2000年11月6日閲覧のものである。 2 「IT革命を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方に関する意見募集」、2000年 8月22日(http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/denki/000822j601.html)。 3 http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/jpn/publication/200009c.html、あるいは、http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/PDF/denki/0922j604103.pdf。 4 「電通審への意見」から見れば、本意見はそれを補足・強化するものである。 5 なお貴提案のうち、「I. 問題点」において筆者が賛成するのは、『「・・・」との意見があるがどうか』 の記述の「・・・」の部分についてである。筆者が賛成しない少数の項目については、後述X節を参照されたい。 6 その結果を報告した最近のリポートとして、" FEDERAL COMMUNICATIONS COMMISSION RELEASES DATA ON HIGH-SPEED SERVICES FOR INTERNET ACCESS -- High-Speed Lines to the Internet Increased 57% During the First Six Months of Year 2000 For a Total of 4.3 Million Subscribers (News)," Federal Communications Commission, U. S. Government, October 31, 2000 (http://www.fcc.gov/Bureaus/Common_Carrier/News_Releases/2000/nrcc0054.html)とその背景文書を参照。 7 またもとより、日本の情報通信の急速・大幅な進展のためには、低料金アクセスの充実だけでなく、アプリケーション(たとえばeコマース)など他の分野の充実も必要である。しかしアクセス・サービスは、インターネット利用のために必須であり、加えてそのためにユーザが支払う金額が、インターネット利用料金の中で大きな比重を占めている。これらの理由から、低料金アクセス・サービスの実現は、日本の情報通信の進展のために現時点で最重要の要件である。 8 低料金アクセスサービスの普及は、その規模の点から、政府補助金などの行政手段では達成できない。携帯電話の普及時に見られたように、ユーザ加入の増加とサービス料金の低下が、好循環となる形で進行しなければならない。普及の主たる推進力になるのは、事業者間の競争だけである。 9 ただし州レベルでは「公益事業委員会」の形をとっており、それは通信だけでなく、電力をはじめとする公益事業(public utilities)の規制に当たっている。 10 通信法9条(47USC159)。1995年当時で、たとえば公衆通信事業者については、年間の州間通信(つまりFCC担当部分)粗収入の0.088%のregulatory feesを徴収している(47CFR1.1154(1995年当時))。(もしこれを同年のNTTに適用すると、年間約70億円(=7,908,578百万円×0.00088)になる。) 11 なおFCCの場合、事業者は競争阻害行為の是正を求める提訴だけでなく、その基盤であるルール(FCC規則、47CFR)内容の改正を申請する(petition)ことも可能であり、FCCは申請内容をすべて公式に審理する(パブリックコメント、ヒアリング等を含むproceedings の軌道に乗せる)義務を負っている。なお公式審理を受ける場合は、所定の申請料・手数料を支払わなければならない。費用は「実費」に基づいて決められており、間接的ながらFCCの財政を支えている(通信法8条)。 事業者だけでなくユーザも提訴・申請をおこなうことができる。ユーザからのFCCへの訴え(complaints)は年間1万件近くに達するが、費用・手間節約のため大部分は非公式に処理される。しかし公式に審理手続きに乗るものも、年間1000件を越えるとのことである(本パラグラフの内容は、FCC政策局長Robert Pepper博士の講演による。(鬼木甫「最近の米国電気通信産業事情について(研究会報告:情報化の促進および阻害要因に関する研究会:Dr. Robert Pepper米国連邦通信委員会政策局長発表の邦訳)」、『情報通信学会誌』、Vol.13、No.3、1995年11月、pp.56-64。)(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/jpn/publication/199511a.html)を参照)。 これらの点を含めたFCCの規制業務と日本の行政当局の業務の比較については、鬼木甫「情報通信産業における競争と規制――日米比較と規制情報の伝達」、『ジュリスト』、No.1099、1996(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/jpn/publication/199610b.html)を参照。 12 今回の郵政省によるパブリックコメント募集(註2参照)に対して出された個人意見の中には、この種の不満を述べたものが相当数含まれている(http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/denki/000922j604.html)。 13 たとえばNTTの局舎スペースの配置や混雑度は所在ごとに千差万別であり、そのどの部分を、どの程度の価格で新規事業者に提供するべきかについては、ケースごとに決める他は無い。 14 註3参照。 15 この点については、「電通審への意見」末尾に挙げた筆者の論文に加え、林紘一郎「IT産業を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方に関する意見」、2000年9月14日、(http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/PDF/denki/0922j604108.pdf)、およびその背景となった同氏の論文を参照されたい。 16 しかし残された独占要因から生ずる問題までもオークションの採用によって解決できる(下記IX節参照)。 17 米国でもこの理由から、1990年代半ばのロチェスター電話会社(独立系)のように、自ら上下分離を実施した(ネットワーク会社とサービス会社に2分割)例もある。 18 たとえば、Stephen J. Downs, "Asynchronous Transfer Mode and Public Broadband Networks: The Policy Opportunities," Telecommunications Policy, 18 (2), 1994, pp.114-136。この論文で扱われている技術的背景は現在では古くなってしまっているが、論文の経済的・政策的内容は、現在のインターネットについても成立する。なお最近の論文として、Joshua L Mindel and Marvin A. Sirbu, "Regulatory Treatment of IP Transport and Services," Paper presented at the 28th Annual Research Conference on Information, Communications, and Internet Policy(TPRC), DC, USA, September 23-25, 2000, 25pp. を参照。 19 企業分割ではないが、1996年の通信法改正後、FCCが(本来は州の管轄事項であった)LECの「接続・アンバンドル義務」に関与することの合法性が争われ、最高裁が大要においてFCC権限の拡張を認めたことがある(Supreme Court of the United States, "AT&T Corp. et al. v. Iowa Utilities Board et al., "Certiorari to the United States Court of Appeals for the Eighth Circuit, No.97-826, Argued October 13, 1998; Decided January 25, 1999)。これは、同改正前後から接続問題をめぐって争われた最大の案件でもあった。 20 しかしながら、政府当局が「包括的規制権限を保有」する体制が長期的にも適切であるか否かは、別の問題である。筆者は、むしろ否定的見解を持っている(註(11)に挙げた筆者論文を参照)。本文の意見は、「現時点において政府東京は既存事業者組織変更を含む包括的権限を持っているので、本件についてはこれを活用するべきである。」との主張である。 21 もとより、公的組織において生じやすい非効率・腐敗などの不公正の防止策を講ずる必要があることは当然である。しかしながら、公的組織において非効率・不公正発生の可能性があることが、公的性格を持つ業務を私企業に委ね、他市場における競争の阻害要因となることを容認してよい理由にはならない。 22 公有スペース供給方式に関するより組織的な提案として、國領二郎『下水道管きょ等公共空間のアクセス通信網への活用について』、2000年9月25日(http://www.kbs.keio.ac.jp/kokuryolab/papers/2000002/softa.doc)を参照されたい。また、リース・オークションの必要性を含む周波数オークションについては、鬼木甫『「『電波法の一部改正に伴う電波法施行規則、無線局免許手続規則及び無線従事者規則の各一部改正案』『電波法の一部改正にともなう関係省令の改正等』についての意見表明―― とくに『事業譲渡にともなう無線局免許承継・認定計画承継が周波数資源に実質的な私的所有権を成立させることを防止する必要』について」、郵政省(パブリックコメント募集)への意見表明、2000年8月、23pp.。』(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/jpn/publication/200008b.html)、および「米国における周波数資源の管理体制の変遷――政府の直接管理から『実質上の私的所有権』の成立へ:1910-1993」、『大阪学院大学通信』31巻9号、2000年12月(To appear)、18pp.(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/jpn/publication/200009a.html)と、そこに挙げられた文献を参照されたい。 Hajime Oniki 11/05/00 - 1 - oniki@alum.mit.edu www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/ D:\AaE0-Adm\AA-Web\oniki\download1\200011a.doc