IT革命の基盤としてのビジネス情報・社会経済情報 二十一世紀の日本への提言 (財)情報通信学会関西支部支部大会 2000年11月27日 鬼木 甫(大阪学院大学) I. 「幕末と明治維新」、「第二次大戦と戦後経済成長」の比較――社会・経済システムの情報特性 A. 幕末と明治維新 1. 幕末時の問題 固定的幕藩体制、前例の支配と腐敗 硬直した社会制度、身分制度(世襲、クローズド型) 経済制度(株仲間、組合、クローズド型) 家内工業、手工業、職人型技術(習うより慣れろ) ・情報特性  前例・繰返し・慣習と「暗黙の強制」 ケースごとの音声言語による伝達・命令 ほとんどすべて非定型情報 2. 明治・大正期の発展 近代国家体制、四民平等(オープン型) 普通教育の普及、競争的人材登用(オープン型) 国家組織、法治体制(オープン型) 富国強兵、軍事国家、植民地を求める、軍事偏重の重工業 ・情報特性   「読み書き能力」の一般的普及 団体行動能力 近代国家の最小限の法令(国家組織、個人財産) ただし基本的人権や言論の自由はなし B. 第二次大戦と戦後経済成長 1. なぜ日本は第二次大戦にとび込んだのか 植民地獲得による膨張 軍事政権と閉鎖的集団 批判を許さない国家一体主義(神国思想) 外の世界の情報を拒否し、内にこもる(クローズド型) ・情報特性   軍部支配を阻止する法的メカニズムなし (合法的支配であった) 軍部組織自体は「階層型合議体」で運行  リーダーの不在(リーダー選出ルール・権限規定なし、名目リーダーを使用)  意志決定能力の不足(決定手順・ルールの不在) 2. 戦後の経済成長 文化国家・「経済国家」への目標切り換え 中高等教育の普及、競争的人材登用(オープン型) 輸出重視と貿易による経済膨張 リーン生産技術(高品質の製品) ・情報特性   組織運営の基本は戦前体制(1940年体制)を踏襲    音声言語による伝達重視(文書による伝達の軽視)   「ものづくり経済」、「キャッチアップ経済」には適合(小グループ単位の協同)   改善の重視、創造は不振 II. 平成不況・停滞の特色 A. 硬直した社会制度(クローズド型) 1. 終身雇用  a. 労働が職場に固定(クローズド型) 職場ごと・企業ごとの業務情報(企業間標準が形成されない) 労働者の経歴情報・能力情報が客観化されない b. 学歴社会、受験戦争、学校教育・青少年心理への影響 2. 縦割組織  a. 「広域型決定」の困難(人事、予算) b. 機能的分業の困難(「分野ごとの一括請負型分業」に依存) 専門家を活用できない、「全員が素人」にとどまる c. セクショナリズム d. 閉鎖型自治 3. 男性社会 a. 女性への実質的差別、女性労働力ポテンシャルの遊休化 b. 人口再生産力の低下(長期的人口減少) B. 組織の劣化・機能低下 1. 組織機能が外部環境の進歩・変化・複雑化に追いつかない a. 音声言語・非定型ルール・前例による組織運営 b. 「法令と現実の不一致」の出現・拡大 法令・ルールの形骸化・無力化 法令・ルールの軽視と「人間的な運営」とを混同・同一視する傾向 「改革の提案」と「組織への反逆・破壊」を混同・同一視する傾向 c. 法令・ルールの有効な改革・改善手続が規定されていない 現行運営方式から利益を得ている階層の利益 d. 改革の手がかりが無い 「形になっていないものは変えられない」 [例外成功ケース:「もの作り」チームでの提案制度――提案は文書形式であった] 2. 企業組織 ―    経理、人事、業務分担、    株式市場の非成立、間接金融(銀行貸し出し)依存 経済・ビジネス改革の停滞 3. 政府・地方公共団体 ―    人事、予算、決算、なわばり型の業務分担(詳細権限規定なし)    予算比率の固定化 なぜ官僚が権力を握れたのか(?) 権限規定が包括的 現実に関する情報の独占 4. 大学 ―    全学評議会、役職・管理職、講座制・教科目編成・内容決定    「キャンパスの雑草・ごみ」「教員1人1人でPCを設定する苦労」 5. 議会・国会 ―    運営規則の弱体化・欠落 審議・決定能力の減退 6. 国家 ―    憲法の空洞化、行政組織への立法権限の実質的「委譲」 7. 医療 ― 「医療労働」管理の歪み 医療事故多発の原因 医療業務の複雑化と客観的手順整備の遅れ 8. 司法 ― 司法業務の遅れ、消極性 「司法情報」がクローズド型 9. 政治 ― 政治体制の固定(保守党政治) 多党化現象(党内ルールがあいまい、個々の議員に投票の自由がない) 10. 情報ネットワーク ―    「何をネットワークに載せるのか(?)」 C. 「IT革命」とは(?) 外側からの輸入技術(平成の「黒船」) 国内の組織体制とIT技術の不適合 組織情報が客観化(disembodied)されていないのでネットワークに載せることができない 日常活動(個人レベル)の情報手段としては適合 III. 平成不況・停滞の情報特性 A. 従来型組織の特色 伝統・習慣・不文律の支配 現状「打破」エネルギーが結集できない 従来型組織の受益者(少数) B. 広域協力が成立しない 縦割り型組織(それぞれ閉鎖型) 外部に対して閉じこもる 機能集団が作れない 地域・職能区分集団だけになってしまう 例: 大学は学部・学科ごとの自治、予算配分組織 官庁は所轄ごとに分割(内閣の形骸化)、行政改革は「省庁統合」になってしまう 企業の中のコンピュータ系と通信系(と放送系(電子メーカー)) C. リーダーシップの不在、責任・権限所在が不明確 グループメンバーの直接協議と非定型合意 IV. 組織形成・運行の「道具箱 (toolbox ) 」――情報手段 A. 情報手段の分類    ・レベル1:      A.音声(表情、身振りなどを含む)      B.文字、記号、数字、表    ・レベル2:      A.直接会話・対話、会議、電話、テレビ会議、テレビ電話      B.文書送付・配付・交換(手渡し、郵便、Eメール、Web )    ・レベル3:      A.合意・決議(結論のみを書いた議事録)、暗黙の合意、慣習・前例、常識(暗黙の多数決)の適用、口頭指示・示唆 B.法律、規則、命令、マニュアル、組織内規則、内規、契約、合意文書、文書記録、データベース、統計資料 B. 日本型組織の情報特性    ・「音声型手段(A型手段)」への依存度が極めて大  「文書型手段(B型手段)」を極端に軽視・排除 A・B間のアンバランス ・直接的、非定型的、感性・感情的 非論理的 無条件決定が支配(条件付決定の欠落) 役割分担度が低い(ジェネラリストが多数) 不文律・前例の支配、暗示・暗黙同意の多用(明示表現の忌避) V. 「組織統治(ガバナンス)技術」を獲得しよう 二十一世紀の日本への提言 A. 情報化社会の基盤 1. 社会・経済活動のためのルールの客観的記述(文書、表、様式など) a. 記録・保存・更新可能な媒体を使用 組織化(分類、ナンバリングなど) b. ルール変更手順をルールの中に入れる c. ルールと現実が合わなくなったときの処置をルールの中に入れる 2. 社会・経済活動の客観的記録 a. 記録の作成と組織化・保存のためのインセンティブ b. 組織情報の公開の原則 組織情報は「プラスの外部性」を持つ プライバシー保護、企業秘密の保持は「例外扱い」とする 3. ITは手段にすぎない 光ファイバーやインターネットを構築するだけでは情報化社会にはならない コンテンツ(文化、学術、芸能、マスコミ型情報)の充実だけでは問題は解決しない B. 長期政策 1. 教育(学校教育、社会教育) 文書、表、様式等の作成・理解の訓練 論理的思考・表現の訓練(ものごとを順序だてて表現) 事実の認識と評価と情緒的反応を区別する訓練 2. 立法・司法分野 C. 当面の政策 1. 社会経済活動の客観的記述のための形式・様式の作成 企業活動記録 政府・公的組織記録 2. 同上実施のためのインセンティブ規制 Hajime Oniki 11/28/00 - 1 - oniki@alum.mit.edu www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/ D:\AaE0-Adm\AA-Web\oniki\download1\200011c.doc