電波の利用状況に関する情報提供の考え方について (総務省総合通信基盤局によるパブリックコメント募集1への意見表明) 2001年6月19日 鬼木 甫(おにき はじめ) 大阪学院大学経済学部教授 〒  大阪府 電話 Fax 自宅: 〒 大阪府 電話 目次 I. まえがき II. 無線局情報データベースの提供について III. 電波の利用状況を表す統計情報等の提供について IV. あとがき I. まえがき  このたび総務省が、「個々の無線局の免許に関する情報を記録したデータベースを広く一般に提供すること」の検討を開始されたことについて、まず全面的な賛成の意を表明し、併せてその英断に敬意を表したい。 筆者を含む「通信と放送の研究会」は、本年1月31日に、『IT革命を実現させる電波政策に関する提言』をおこなったが、同提言の第3項目は、「電波資源を競争的に活用するために、『無線局免許内容を保有するデータベース』を一般に公開すべきであり、政府当局はそのための検討を開始すべきである。」であった2。総務省による今回の検討開始は、上記項目と同一方向を目指すものであり、これが早期に実現したことを喜びたい。将来の日本におけるIT社会の建設のために、本検討が「公開促進の方向」で進められることを強く望むものである。 A. 情報公開についての全般的な考えについて  「個々の無線局免許に関する情報を記録したデータベース(以下『無線局データベース』と略す)の提供」(以下「本提供」と略す)は、電波資源を利用するための研究開発を促進し、また電波資源を利用するビジネスを活発化させることを目的とする。来たるべきIT社会において、電波資源が大きな役割を担うことに異論は無いであろう。電波資源を有効に活用するための必要条件の1つは、日本の電波資源全体の状況がよく分かること、すなわち「周波数の割当ての透明性の確保」であり、「本提供」はそのための基本ステップである。これについて「提言」では以下のように述べている: 「現在の政府当局による電波資源の管理では、その使用状態の概略のみが公表されているだけで、詳細(どの電波資源を、誰が、何の目的に、どの程度使っているか)については非公開になっている。電波資源は国民の共有資産であるから、それに関する情報は、原則として(いくつかの公共的な理由で非公開が望ましいものを除いて)公開されるべきである。また、すでに述べたように、この情報が非公開になっていることが、電波を使うビジネス・技術についての創意工夫を阻害している。インターネットが普及した時代においては、国民の誰もが手軽にアクセス・ダウンロードできる形で公開するのが常識であろう。」  「旧来の方式では電波の割当が政府当局の裁量に拠っているため、新しいビジネスや新しい技術を開発しても、必要な電波の割当を受けることができないリスクが伴う。その結果、開発に着手する誘因自体が弱められてしまう。また、電波資源の割当の詳細に関する情報が非公開であるため、中小メーカー・ベンチャー型のメーカーは、どの電波資源について新製品の開発機会があるかについての判断がつかず、結局開発意欲自体が生じないことになってしまう。なおこれらは、電波という社会共有の資源を必須要件とするビジネスや製品の特殊事情から生じている。この制約が存在しない一般の製造業・サービス業と比較して、新機軸・新技術の創出環境が異なっていること、つまりそこでは、新機軸・新技術の創出に政府当局が責任の一端を担っていることに注意されたい。」3 B. 日本社会全体の利害と個別電波利用者の利害について  言うまでもないが、「本提供」については、日本社会全体の利害と、現在電波を利用している個人・事業者の利害が相反する側面がある。現在電波免許を受けている者、とりわけ大規模事業者のように専門担当者を抱え、電波資源配分・利用の現状に通じている者にとっては、「本提供」は直接の利益を及ぼさず、むしろ「既得権」を損ずるという不利益の方が大きいかもしれない。「本提供」によって利益を得るのは、電波を利用してビジネスを興す可能性を持つ潜在的事業者、新しい電波利用技術を開発する可能性を持つ研究者・事業者である。いずれも、大企業あるいは大企業所属の研究者より、小規模ベンチャー型の事業者・研究者に新しい機会をもたらす。さらに究極的には、これらの新規参入・研究開発の恩恵を受けるユーザ(電波を利用して供給されるサービスの消費者)に利益をもたらす。しかしながら、これらの潜在的事業者・研究者や一般ユーザは、「本提供」について詳細なコメントを寄せるための情報や時間的余裕を持っていないことが多い。これに対し、現在電波を利用している事業者、とりわけ大規模事業者は、自己の利害にかかる「本提供」についてコメントを出す動機が強く、またそのための情報や余裕(人員や時間)を持っていることが多い。  これらの結果として、本件に関し、「公開は慎重に進めるべきである。」という反対意見・消極的見解のコメントが、現在電波の割当を受けている大規模事業者から多数寄せられ、これがあたかも多数意見であるかのごとく見える結果になる可能性がある4。また後に述べるように、「本提供」は、総体的には日本社会全体にとって望ましい効果をもたらすが、一部において不測のトラブルを生ずる可能性もある。この種のトラブルの可能性だけをことさらに強調して、「本提供」のデメリットが大きく見えるようにコメントを書くことは容易である。しかしながら、国民全体の利害を考慮して決められるべき本件が、国民全体のごく一部にすぎない直接の利害関係者による「各論反対」的な意見に左右されてはならない5。  本件について寄せられるコメントの評価は、コメント作成者の立場を考慮してなされるべきである。少なくとも、直接の利害関係者(現在電波割当を受けている者やこれと密接な利害関係を持つ者)と、それ以外の者(一般消費者・ユーザ)によるコメントを区別することを要請したい。 II. 無線局の情報データベースの提供(「本提供」と略す)について A. 基本点  本意見の冒頭に述べたように、「本提供」は日本社会全体の利益を増大する。したがって、原則として、「無線局データベース」内容を、なるべく早期に、なるべく詳しく、なるべく広範囲に、なるべく多様なかつ使いやすい方式で公開することが望ましい。したがって、「即時・全部公開」が原則であること、この原則の制限は、国民全体の利益を守るために必要であると認められた場合に限ることを、まず明示すべきである。  しかしながら他方、現状においては「無線局データベース」内容のほとんどすべてが非公開であり、現時点での電波の利用やそのための社会のしくみ(公的・私的活動方式、たとえばビジネスの進め方、公的サービスの供給方式)は、非公開の状態を前提として組み立てられている。電波資源は、土地資源と同種の社会活動用インフラ(下部基盤)であるから、土地の利用状況の公開(土地登記・閲覧制度)等の結果から類推すれば、電波利用の内容を一挙に公開しても、かりに上部活動(電波を利用して組立てられているネットワーク仕様やソフトウェア・コンテンツの仕様・内容)を一般に公開した場合と比べて、「ショック」は小さいかもしれない。しかしながら、電波資源は、広汎・多様な目的のために、無数の活動主体によって利用されている(通信・放送目的の利用は全体の一部にすぎない)。したがって、現在の「全部非公開」から、一挙に「原則全部公開」に移行すると、一部に不測のトラブル(たとえば通信妨害。インターネットにおける不法侵入に類似する事態)を生ずる可能性が大きい。  したがって「本提供」は、これをなるべく早期かつ広汎に実現することを目的としながらも、そのために必要な各種措置に関するノウハウを集め、トラブル防止のための制度を構築しながら進めるべきである。いわば、「急いで、しかし足許を用心しながら」進めるべき事項である6。そのためには、下記のポイントが有用であろう: 1. まず小規模、低価値の対象から実験的に公開を進め、これを加速度的に拡大する方策を探る。 2. トラブル防止のために、電波利用の現場から広く衆知を集める(パブリック・コメント方式を採用する)。 3. 公開方式の構築・実施については、特に理由があるものを除き、そのプロセス・記録をすべて公開する。これは、(前項の)衆知を集めるための前提条件であり、かつ部分的・私的利害の影響を排除するためにも有用である。 B. 「本提供」実施手順の例  上記を考慮し、以下に「本提供」実施のための手順の例を述べる。もとより下記例は素案(思いつき)であり、その採用のためにはより詳しい検討が必要であることを断っておきたい。 1. 諸外国における類似の情報公開の実情の調査  筆者が知るかぎりで、「無線局データベース」内容を全面公開している例は無いが、もしあれば、まずその経験・結果等から学ぶことが有用である。 2. 「本提供」によって生じ得るトラブルの調査  パブリックコメント方式により、また主として現在電波免許(使用承認)を受けている者へのアンケートにより、周波数帯ごとに、「本提供」を実施したときにどのような種類のトラブルが生じ得るか、同防止策(方式、コストなど)として何が考えられるかについて、情報を収集・整理・公表する(結果の一部についてはセキュリティ上の理由により公表を控える)。 3. 「本提供」によって生じ得るメリットの調査  パブリックコメント方式により、周波数帯ごとに「本提供」の実施から生ずるビジネス創成、技術開発上のメリットに関する情報を収集・整理・公表する(一部公表を控える)。 4. 「本提供」の周波数帯ごとの評価  上記2、3項の実施から得られたデータを使用し、各周波数帯の各使用方式について、「本提供」による社会全体へのメリットの大きさに応じてランク付けをする(たとえばランク=0は軍事・警察用、ランク=10は公開の効果が最も高い場合)。原則として、ランクの高い順に公開を進めることとする。 5. 「本提供」の試行  上記において高ランクを付せられた周波数帯・使用方式について、「本提供」を試行する。また試行結果(とくにトラブル発生状況)について、情報を集積、公表する。なお、試行については、(電波使用料の軽減・免除などの)経済的インセンティブを付けた上で、免許保有者から自身の免許内容の公開を申出る途を開くことも考えられる。必要であれば複数回の試行をおこなう。 6. 「本提供」の本格実施  上記試行の結果を勘案し、必要な措置を講じた上で、一定ランク以上の周波数帯・使用方式について「本提供」を実施する。 7. 「本提供」のための情報システムの開発・テスト  上記2.−5.と平行して実施する。第5項の「試行」は、同情報システムの実施テストを兼ねる。 C. 法的措置・予算措置  「本提供」は複雑・大規模なプロジェクトであり、国民の共通利害・個別利害に影響し、かつその実施のためには相当の予算・機構・人員を必要とする。上記B.5の試行段階程度までは、現在の行政機構内部で進行させることができるかもしれないが、トラブルを防ぎ、個別利害から生ずる紛争等を処理できる本格的なシステムを作るには、本プロジェクトのための固有の予算・機構・人員を準備することが望ましい。またそのためには、関係する権利・義務を定め、違反者への罰則を作り、かつその上で生じ得る諸ケースを処理するための手順を定めておく必要がある。これらについても「試行錯誤」方式を採用し、パブリック・コメントによって衆智を集め、年月の経過とともに順次に整備することが望ましい。 1. 立法措置  「本提供」については、基本原則・実施方式の大要を法律で定め、細部については省令等によって具体化することが望ましい。「試行」段階までは立法措置なしで進めることができるかもしれないが、本格実施の際には、行政措置だけでは不充分であろう。法律による具体的な授権が無い状態では、政府当局が個別事業者等からの私的利益に基づく要求を、国民全体の利益の立場から斥けることが困難である。また、「本提供」による情報公開を悪用する行為を、罰則によって防止することもできない。下記の予算・機構等についても立法措置が有用であろう。 2. 予算  「本提供」が本格的に実施される際には、そのために必要な予算を「独立採算原理」によってまかなうことが望ましい。具体的には、電波利用者から、「本提供」のために必要かつ十分な経費を毎年度徴収することが考えられる。独立採算が望ましいのは、同予算が日本の「電波資源」を効率的に利用するためのものであり、これを直接的には電波利用者から徴収し、最終的には(少なくともその一部を)一般ユーザが負担することが合理的である(社会全体の資源配分を歪めない)からである。 3. 機構・人員  「本提供」に必要な機構・人員も、長期的には上記予算によってサポートすることが望ましい。また機構は、単に情報公開業務に当るだけでなく、そこから生ずる違反の防止・摘発にも当たり、請願(たとえば何らかの妥当な理由に基づく一時的公開停止)を処理し、また各種の紛争(民間事業者間の、および民間事業者と公的使用者間の)を解決する必要がある。そのためには、「本提供」にかかる専門職も必要であろう。(なお機構上は、これらを現存の電波監理業務の一部とする、今回新設される紛争処理業務に含ませることも考えられる。しかしその場合でも、それらのための費用は、独立採算として利用者・一般ユーザから徴収することが望ましい。) III. 電波の利用状況を表す統計情報等(「電波利用統計」と略す)の提供について  「電波利用統計」については、本意見で詳しく論ずる余裕がない7。ここでは筆者の見解を短く述べたい8。  まず、「無線局データベース」を公表すれば、これを利用して民間事業者が電波利用統計を作成・販売できることを指摘したい。つまり基本的・長期的には、「電波利用統計」は一般からの需要に応じて民間で作成されるものと期待できる。この場合、政府が公的資源を使って統計作成業務に当たる必要は無い。  したがって、政府による「電波利用統計」の作成は、下記の場合を主とするのが適切と考える。 1. 「無線局データベース」が巨大・複雑であるため、その提供当初において民間事業者による統計作成が困難な場合にこれを援助するためのもの。 2. 事業者からの需要だけでは作成が経済的に困難な統計項目(たとえば、マクロ的視点からの利用統計)。 IV. あとがき  上記のように、「本提供」は日本国民全体に長期的に大きな便益をもたらすが、それは他方で、多くの努力と相当の予算を必要とするプロジェクトである。短時日に手軽に実現できる目標ではない。  もし、「本提供」と同種のプロジェクトが他国においてまだ実施されていなければ、「無線局免許データベースの提供」という点で日本が世界の最先端に立つことになる。この場合、現在電波を利用している事業者から、「他国においてまだ実施されていない。」という理由で「本提供」に反対する意見が出される可能性がある。しかしながら、他国において実施されていないという理由で日本での実施を見送っていたのでは、日本は永久に世界のトップに立つことはできない。他国に先立って有用なプロジェクトを実現し、そこから得られた知見やノウハウを他国と共有することによって他国に貢献し、同時に日本を豊かにすることが望まれる。他国の後を追うだけの「後向きの意見」に引きずられることなく、日本が世界各国からリーダーとして尊敬される国になれる方策が採用されるよう強く希望するものである。 1 総務省 総合通信基盤局:『電波の利用状況に関する情報提供に係る意見の募集』2001年5月30日(http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/sogo_tsusin/010530_1.html、2001年6月19日閲覧) 2 『IT 革命を実現させる電波政策に関する提言』、2001 年1 月31 日、提案者「通信と放送の研究会」、共同代表:鬼木甫、奥野正寛(以下「提言」と略す)(http://www.telecon.co.jp/ITME/page7.htm)。 3 「提言」の『本文』pp 13、5。 4 電波を利用する大規模事業者の社員が、個人的には「本提供」に賛成の意見を持っていても、自己の所属する企業の利益を守るという職務義務に忠実であることが要求されるため、個人的意見に反しながら「本提供」に反対するコメントを作成する場合も考えられる。 5 現在の日本社会全体の問題(情報通信分野にかぎらない)が、このような「各論反対」圧力に屈してきたことから生じたことは、すでに広く同意されている。 6 この理由で、本意見募集(注1参照)の「参考資料:規制改革推進3か年計画(平成13年3月30日閣議決定)」II. 1 (3) ア.において、平成13年度を「提供方法の検討、システム開発」、平成14年度を「システム開発、提供開始」として実施予定を指定しているのは、「本提供」が直線コースを進むかのような印象を与え、不適切(ミスリーディング)である。本文で述べたように、「本提供」は、試行錯誤(トライアルズ・アンド・エラーズ)方式を採用し、「提供方法の検討」「システム開発」「提供実施」について経験からフィードバックし、小規模から大規模に拡大する方法で臨むことが必要である。したがって、「全体システム」の中に、「フィードバックのための具体的制度」を組み込む必要がある。この点は、一般に大規模システムの構築・変革において不可欠の要件である。(周波数に関し、この種の試行錯誤を省いて3Gオークションを一挙に実施したEU諸国は、高価格落札、構成国相互間の落札価格の大きな格差などの困難を招来してしまった。) 7 本コメント提出期間が極端に短い(公表後3週間程度)のは残念なことであった。 8 なお下記を参照されたい:鬼木甫『「電波資源データベース」と「電波資源利用統計」の作成・公開について(提案概要)』2001年1月(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/noframe/jpn/publication/200101a.html) Hajime Oniki 06/21/01 - 1 - oniki@alum.mit.edu www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/ D:\AaE0-Adm\AA-Web\oniki\noframe\download2\200106a.doc