電波オークション制度の特質――米国の現状(概要) 大阪学院大学経済学部教授 大阪大学名誉教授・同先端科学技術 共同研究センター客員教授 鬼木 甫 第34回定例会 1996年9月19日 日本プレスセンター (改訂:1997年5月)  今日は、電波オークションについてお話させて頂きます。放送電波ではなく、3年ほど前からアメリカで始まった移動電話用電波のオークションです。ニューヨーク・タイムズなどで、史上最高金額のオークションとか、経済学の勝利とかいうタイトルが出ましたが、日本には情報があまり入って来ません。だが、アメリカと日本の制度が大きく異なることは、警戒信号だと思います。ケーブルテレビ事業では、制度の差から大きな日米格差が生じましたが、電波でも同じことにならなければよいがと心配しています。  最初に、電波オークションがなぜ国民全体に利益をもたらすかを説明し、後半で、現在のアメリカの事情を申します。まず、経済資源としての電波の性質を考えます。電波は、コップや本と違って再生産不可能な「自然」資源で、物理法則の応用によって利用可能になります。電波の量は、全体として有限ですが、使っても電波自体は減りません。また、電波は1つの場所では排他的にしか使えず、共用ができません。ただし、技術進歩によって、たとえばディジタル技術で情報を圧縮して、今までの半分か3分の1の電波で通話できるなど、実質上の「共用許容度」は増えます。この場合を含め、一般に電波を使うためには、「研究開発」が必要です。発信、受信の器具を製造し、さまざまの働きをする半導体を設計するなどの開発が必要です。最後に、電波には使用権を設定することができます。  こうした性質を並べてみると、電波が土地と似ていることが分かります。土地も再生産不可能な自然資源で、埋め立てなどで増やすことはできますが、それには開発が必要です。土地の存在量も決まっていて、使用しても減りません。それから、自分が使う土地スペースを他人が使うことはできず、共用は不可能ですが、技術進歩によって高い建物を作り、立体的にスペースを共用することはできます。土地を使用するためには開発が必要で、住宅地には道路をつくり、水道・電気・ガスをひかなければなりません。土地の所有権・使用権は、もちろんすでに確立されています。土地は目に見えるが、電波は目に見えないという点では違いますが、両者が持っている性質は酷似しています。土地に関するわれわれの知識や経験が、電波について役立つのではないかと考えられます。  土地を参考にして、電波の歴史を辿ってみましょう。電波はまだ100年くらいしか歴史がありませんが、どの国でも「公有」形式で使われてきました。軍事使用との関係があったためです。第2次大戦後は軍事の必要が減少し、民間の電波需要が出てきたため、「免許」を与えて公有電波の使用を認める制度が成立しました。この間、研究開発が進んで使える電波は増えましたが、他方では、電波の必要も増えて、少しずつ混雑も生じ、現在では電波不足の時代に入りはじめています。  この傾向は将来も続き、携帯電話・PHS用を初めとする電波需要が増え、あと10年も経つと、電波を使いたくとも使えない人や企業が多くなると予想されます。土地については、都市化・工業化の進展にともなって数百年のオーダーで「土地不足」が進みましたが、電波については変化のスピードが大きく、数十年のうちに「電波不足」が出てくるわけです。  現在の制度では、電波はすべて「公有」です。これを「免許」の形で個人・企業に割り当てて使っています。「免許料」は実際の「経済価値」よりはるかに低く、実質上は無料と言うことができます。そのため、免許を持っている人はよいが、使えない人が多数出てきて、代価や使用料を払うからこちらによこせ、という形で圧力が強くなることが予想されます。将来、これをどうするかが、電波割当に関する政策問題です。アメリカは、他国に先駆けて1993年に通信法を改正し、電波の使用免許は公的規制下に残したまま、その所有権に相当する「権利」を市場価格で民間に譲渡する方向に歩みはじめました。そのための電波オークションですが、しかしそれはまだ電波全体の1%にもならない、本当に僅かな部分です。しかし、電波について市場メカニズムのすぐれた機能を活用する方向に動き始めたのです。  電波をオークションで配分すると、どのような経済的影響が起きるでしょうか。私がここで強調したいのは、オークションによって電波を使用する産業への新規参入の可能性が増大することです。移動電話で言うと、電波使用権を「無料」に近い免許の形で渡すと、それでおおむね事業者が固定し、免許が切れた後も新規参入は実質的に不可能になります。それは「無料」の電波から生ずる既得権益が大きく、強い参入阻止の圧力が出てくるからです。しかし、新規参入がないと、長期的に産業が停滞してしまいます。オークションを含む市場メカニズムの下では、新しい優れた技術を持っている事業者が、他より高い料金を支払うことによって参入できるので、産業が進歩するわけです。現在の日本の状態について心配になるのは、移動電話の急速な普及とともに、将来の進歩を阻む「既得権益」が大量に作り出されている点です。電波オークションの他の側面での「影響」についても議論されていますが、先を急ぎましょう。  アメリカの現状について話します。アメリカでは電波の使用に関して、エコノミストが40年来、少数意見を主張していました。電波を無料で配分するのは、公有地を無料で使わせるようなもので、第一に不公正・不公平であり、第二に資源配分を歪めて国民全体に損失をもたらしていると述べていました。  アメリカでは、最初は「競合申請」方式で電波を割り当てていました。一見したところ現在の日本の制度に近いのですが、日本では申請の「競合」が顕在化していない点や、「使用権」の第三者への「譲渡」を実質上認めていない点が違います。アメリカでは申請して割当に漏れた事業者からの苦情が多く、裁判沙汰も増えたので、1984年に通信法を改正して「くじ引き(ロッタリー)」方式を採用しました。アナログ移動電話(セルラー)用の電波は、大部分この方式で割り当てられたものです。くじ引きは一応公平ですから、裁判沙汰はなくなりましたが、くじに当たった人から実際の事業者への「使用権」の譲渡に手間と時間がかかり、またくじに当たった人はたまたま巨利を得ることになるのは不公平、とする不満が出て、1993年に再度通信法を改正し、電波オークションを採用することになりました。  この法律改正は、1993年財政調整法、つまり政府赤字を無くすための諸政策の1つとして議会を通過しており、また1998年9月まで5年間の時限立法になっています。ところが法律条文には「政府収入の最大化を唯一の目的としない」という一見矛盾する条文が入っており、またFCCにいくつかのオークション方式のテスト運用を義務づける条文も入っていて、オークション導入に反対が強かったこと(電話会社、放送界など)、同推進派も初めてのことで自信がなかったことなどを窺わせます。  電波オークションと言うと、現在の移動通信事業者や放送事業者の電波使用免許期限が終わった直後から新しい制度が開始される、という具合に理解されやすいのですが、アメリカの場合は、もっと緩やかなものです。既存サービスでなく、新しく開始されるPCS(日本のPHSに当たる。ただしアメリカでは通信方式を統一せず、数種類の異なる方式が平行して使われている)のために、政府保有の遊休電波を拠出し、オークションにかけて免許を与えるというものです。したがって、1993年通信法改正に基づくオークションの結果直接に損失を受ける民間事業者はいません。  またオークションの規定は、事業開始時の初回ライセンスについてだけで、移動電話の免許期限10年が到来した後の免許更新については、オークションを規定していません。次の10年間使用し続けるか、あるいは免許を返却して電波「使用権」を他者に譲渡するかの選択になります。「使用権」を譲り受けた事業者は、使用方式に関する免許だけを新たに取得する必要があります。土地を購入した者が、その上に作る建物(つまり土地の使用方式)についていくつかの認可等を得る必要があることと似ています。つまり、オークション落札者は電波の無期限使用権を入手することになり、このことは米国で「実質上の電波私有」がはじまったことを意味します。(ただし、「私有財産権」として保護しているわけではありません。)これはきわめて大胆な政策決定であったと思います。私は、「電波使用権(期限付)」のオークションは推進させるべきと考えていますが、土地に関するわれわれの経験から、電波の(無期限)使用権まで導入することには懸念を覚えます。土地私有制度が、土地の所在から生ずる外部性や希少性と調和しない点があることを多くの人が認めています。電波についても、土地と同じような外部性・希少性の発現が予測されるからです。  私の聞いておりますところでは、第一回目のオークションは1994年の7月に実施され、アメリカ全国を対象にする10本の狭帯域PCS用電波を入札したとのことです。「オープン・ビッド」方式で、他者の入札価格が全部わかります。また「同時繰り返し」方式で、すべての参加者が10本のそれぞれに入札し、これを繰り返して最高価格が上昇しなくなるところで入札を止めるわけです。第二回目は同じく1994年の秋、2ヶ月かかって地域別の狭帯域PCS用電波30本分が入札されました。  三回目のオークションがアメリカ史上最高金額オークションとして話題になったものです。豊富なサービスを提供できる広帯域PCSで、大都市のMTA(大都市周辺商業圏)で、それぞれ10チャンネル程度の容量を持つ電波帯域を計102本分入札したとのことです。最高値に到達するまで、1日2回の入札で3ヶ月程度かかり、総落札金額は70億ドル程度であったとのことです。  1997年の9月、つまり今から1年後に、FCCはPCS用電波オークションの実施結果の評価書を議会に提出することになっています。私はまず間違いなく「大成功」と評価され、議会は現行法の期限を延長するか、あるいは新たに条文を設定して、オークション方式を継続することになると予想しています。他方、放送用電波については、現行法ではオークションにかけることを認めていません。しかし、将来については、議論が分かれており、議会内外でオークション導入の賛成派と反対派が議論を続けています。放送事業は、従来のアナログからディジタル方式への転換期に当たるので、その際の電波の再割当と搦んで、このオークション方式が問題になってくると考えています。