情報経済論(鬼木)各章概要・項目 II. 経済主体の行動と情報――不確実性とリスク克服の努力 D. 「財」としての情報 1. 「知的財産権」の成立基盤 a. 経済社会の長期的な成長・発展とそれぞれの時代の基幹産業   第1次産業(農林漁業)   第2次産業(工業、鉱業、建設業)   サービス産業を主体とする第3次産業 b. 社会経済制度の変遷と「所有権」 (i) 近代以前    村落集団の共同作業    生産手段の共有    入会権や漁業権 (ii) 資本主義システム    「私的所有権制度」や「利潤追求の自由」      近代工業生産の発展に応じて作られてきた    自他の財産を区別       生産物の帰属先を明確化      個別主体の努力を経済的に評価    私的所有権を絶対視    人間や施設・機器のサービスの帰属は、私的所有権制度の枠内で処理 c.  情報化の進展と「知的財産権」の成立 (i) 情報化の進展    「情報財」が占めるウェイトが上昇    「情報財」の内容・形式も多様化・複雑化      従来型の所有権制度のフレームワークに収まらないケースが続出    知識・情報・技術などの知的生産物・情報財      その生産・所有・取引に関し通常の財と異なる特色を持っている    「知的財産権」の必要 (ii) 「情報財」の特色    情報財の新規生産(たとえば研究開発)は困難    コピー・複製・学習等によって多数のユーザーが低コストでそれを使用できる      情報財の社会的有用性を高めている      情報財の生産者への報酬を減少させ、生産コストの回収を妨げる (iii) 「特許権」・「著作権」の設定    発明・発見の当事者、文学・芸術作品の作者を保護 (iv) 最近の事情と問題    知的財産権の保護の必要が強調される機会が増大      知識・情報の生産量が飛躍的に増加      情報手段が質・量ともに大幅に進歩      先進国間および先進国・途上国間において情報財の交流が増大    知的財産権の保護が、無条件に必要との主張が強くなる      通常の財の所有権がすでに確立されている状態の中で知的財産権の考え方が        出現してきた    先進国において知的財産権制度が確立    途上国側の知的財産権制度が不十分      知的財産権が途上国等によって「海賊的に使用されている(pirated)」と主張       GATTウルグアイ・ラウンドにおけるTRIP協議 (v) 私的所有権について    私的所有権の保証は資本主義システムの基盤だが絶対ではない      租税徴収・所得再配分制度や社会福祉政策    知的財産権保護のプラス面とマイナス面      知的財産権についても、その無条件の容認や一方的な保護の推進は、社会全        体の進歩と安定のために貢献するとは限らない。      知識・情報は、近代工業社会において通常の財の所有権が成立するはるか以        前から存在      人類の存在と一体不可分      人間社会における知識・情報の共有は、その存在と発展のための基盤    近代工業社会の成立に伴って通常の財の所有権が成立      これを「準用」して「知的財産権」の考えが生まれた 2. 「著作権・特許権の経済学」(伝統的理論) a. 矛盾する2つの目的のバランス   知的財産の生産者(発明・発見の当事者や文芸作品の著作者)の利益   知的財産のユーザーである社会全体の利益 b. 知的財産の保護期間   知的財産の生産者とユーザーの利害は相反する   保護期間が長すぎると知的財産の生産者は多額の独占利益を享受     ユーザーの側で高い使用料を長期間支払い続ける必要が生じ、知的財産の普及が       遅れる   保護期間が短かすぎると、知的財産の生産者の利益を阻害     新しい情報財を生産するインセンティブが失われる   社会全体として望ましい保護期間     両者の要求の中間点     価値判断の導入が必要 c. 知的財産権保護のための「組織コスト」 (i) 「制度コスト・組織コスト」    市場取引の例      取引場所      貨幣・金融・保険制度    取引費用、組織コスト、制度コスト      (取引コスト・ゼロの仮定による分析が多い) (ii) 制度・組織自体の変更や改廃が問題となる場合    制度・組織コストを明示的に考慮する必要      例:「社会主義論争」        「組織の経済学」    現在の特許制度      発明・発見について新たな知識・情報・技術自体すなわち「純粋なアイディ         ア」は保護しない      具体的な生産物、あるいは生産のための具体的な手続きの記述だけを保護      「アイディア」が、他者(late comers)によってたやすく踏襲(盗用) (iii) どの範囲の知的財産を保護するべきか    保護することの「社会的便益」      「そのために必要な組織コスト」    知的財産自体の性質と保護の程度が関連    特許権・著作権が認められる範囲と期間      例:コンピュータ集積回路        ソフトウェア        インターネット上を流れる多様な情報    知的財産権保護に必要な実務の行政コスト      モニターコスト      司法・警察コスト      教育・広報コスト      「私的コスト」 3. 財・サービス間のインターフェースにかかわる知的財産権 a. 現状における問題点   長期にわたる「知的財産の独占供給を保証」する結果を生じている b. 理由   暗黙の前提:     新たな発明・発見や文芸作品が持つ経済的価値は、社会全体(あるいは産業全体)       の経済活動の中でごく小さなウェイトしか持たない     独占供給を許しても、独占から生ずる害悪は限られている   知的財産権保護のための前提が必ずしも満たされない場合     知的財産の保護がその直接の生産者の保護にとどまらず、結果的にその周辺の       財・サービスの生産者による独占的供給までも保護する c. PC(パーソナル・コンピュータ)の場合 (i) PCの特色    部分システム間の連携が重要    特定の部品のメーカーが他部品の仕様を事実上特定することができる    中心となる部品について独占力を獲得すれば、事実上コンピュータ全体の生産に       ついて独占力を獲得できる (ii) コンピュータ・メーカー、ソフトウェア・ベンダーの行動    良い製品を低価格で供給することが競争市場の本来の目的    知的財産権制度やコンピュータ・システムの技術的特性を利用して、パーソナル      コンピュータ市場に独占力を築くことを目標とする競争が支配 (iii) 戦略的地位にある部品    CPU(中央処理装置)    BIOS(基本入出力システム)    周辺機器ボード用バス仕様    OS(オペレーティング・システム)のインターフェース仕様      バス仕様とBIOSが標準化され、競争的に供給 (iv) 米国の実情    OSの独占状態(マイクロソフト社)    大規模なソフトウェア市場が成立    マイクロソフト社OS→ソフトウェア間提携    CPUの独占状態(インテル社)     CPUを除いて他のハードウェア市場でも競争が進んだ    価格低下と性能向上が実現    BIOSがメーカーごとの知的財産として保護 (v) 日本の実情    ソフトウェア市場がハードウェア・メーカーごとに分割    PCの供給    メーカーごとに分断された独占市場    最近はWindows OSの普及によりハード市場の分断は解消