講義ノート
創造的な問題解決の思考法
− 大学生活で何をしようとするのか? 
  中川  徹 (大阪学院大学) , 2000年 6月 5日
  『大阪学院大学通信』 2000年 9月号掲載予定。
   [大阪学院大学通信教育部の許可を得て, 本ページに掲載 2000. 6.19]
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 まえがき (『TRIZホームページ』への掲載にあたって,  中川  徹, 2000. 6.19)

   この原稿は, 小生が大阪学院大学で行った講義の一つをまとめたものである。 標記のように, 当大学の通信教育部の機関誌『大阪学院大学通信』に掲載予定のものであるが, 同誌の許可を得て, 本ホームページに先に掲載する。同誌上でのまえがきは以下のようである。

 本稿は, 大阪学院大学の全学部の 1年次生を対象にした講義 (登録受講生 200名弱) をまとめたものです。2000年 5月 8日, 15日, 22日の 3回 (各90分) の講義の内の 2.5回分です。最後の 0.5回は「発明問題解決の理論 (TRIZ) 」[1]についてまとめて紹介しましたが, 本稿では省略しました (もちろん, 本稿の内容には, TRIZの思想を反映しているところが随所にあります)。
   大学で教育を担当する小生にとって, TRIZの考え方をどのように学生に伝えるのか, さらに, より一般的に創造的な思考法をどのように学生に学ばせるのかが, 大きな課題である。この講義はその中の一つの試みである。この講義ノートを掲載するにあたって, 大阪学院大学の概要と, 小生が模索しつつある教育の計画について簡単に紹介させていただきたい。

   大阪学院大学は, 1940年に関西簿記研究所として発足し, 1952年関西経理専門学校を開設, 1963年に大阪学院大学商学部を開設, 以後順次拡張・発展してきている。現在は, 4大学院研究科, 8学部 (流通科学部, 経営科学部, 経済学部, 法学部, 外国語学部, 国際学部, 情報学部, 企業情報学部) と通信教育部, および短期大学を持つ。全学生11,000人を擁する総合大学である。小生は, 本年に開設された情報学部に属しているが, その他の学部の講義も担当している。

   本稿の講義は, 全学部向けの共通科目の一つで, 1年次生を主対象としたものである。「コンピュータと情報社会」という全体テーマで, 約10名の教員が2,3回ずつ分担講義する形式である。この中で, 小生は, 問題解決の一般的な思考方法を語っている。入学後 1ヶ月余りの新入生に対して, 「大学生活で何をしようとするのか?」をしっかりと考えてほしいと思い, それを例にして, もっと一般的な思考の方法を述べているのである。TRIZを知っている読者なら, この講義のいろいろなところにTRIZの思想が反映されていることを読み取られるであろう。

   一方, 情報学部の1回生の必修科目として, 「情報科学序説」を講義している。そこでは, 学部のカリキュラムのオリエンテーションをし, パソコンの使い方のデモ, パソコンの機能の概要と内部構造の簡単なモデルを説明したのち, 「情報」とは何かを話している。広い意味の「情報」の概念, 分類による概念の形成, 概念の階層と抽象化/具体化, 情報の図的表現, 手続き型のモデルとしてのフローチャート, 実際問題の処理の表現法, などを話して, 最後の回に創造的な問題解決法としてTRIZを話す予定である。自分の頭で考えて, 情報を処理し,表現できることが, コンピュータを使う前に必要なことを繰り返し話しているのである。 (あるパソコン好きの学生の感想は, 「情報とは一見関係ないようなことも情報なんだ。」)

   また, 情報学部の1回生のゼミは, 専任教員19名が担当して, それぞれ6〜8名の少人数の演習を週1回,1年間行う。小生のゼミでは, 「創造的な問題解決の思考法」をテーマにして, 毎回共同演習をしている。本稿で話したようなことを, 具体的な問題で実際に体得しようとしているのである。1回生たちには, ブレーンストーミング法はできたけれども, ブレーンマッピング法は手こずってしまった。概念の抽象化や体系化を理解するために, いまはもう少し時間をかけて回り道をしようとしているところである。

   このように,いろいろな機会に問題解決の考え方を話していき, 情報学部の 3回生のゼミではじめて, TRIZの思想や体系をきちんと取り上げることにしようと考えている。いまから 2年先の計画である。

   創造的な問題解決のための思考法について,今後も折にふれてこのような講義ノートを掲載したいと考えている (直接にはTRIZをとりあげていない場合もあろうが) 。また, 別途, ロシアにおける子供向けの (TRIZベースの) 創造性教育を (ロシア語からの英訳で) 紹介できるように準備中である。TRIZの考え方が, 企業技術者だけでなく, 教育の世界にきちんと紹介されていくことを期待している。
 
 
本ぺージの先頭 はじめに 3. 問題をとらえる 4. 問題を解く意欲と動機 5. 問題を分析する 6. 解決策を考える 7. 解決策を具体化する 8. 試行とフィードバック 9. 実践の継続




 
本稿は, 大阪学院大学の全学部の 1年次生を対象にした講義 (受講生 200名弱) をまとめたものです。2000年 5月 8日, 15日, 22日の 3回 (各90分) の講義の内の 2.5回分です。最後の 0.5回は「発明問題解決の理論 (TRIZ) 」[1]についてまとめて紹介しましたが, 本稿では省略しました (もちろん, 本稿の内容には, TRIZの思想を反映しているところが随所にあります)。


1.  はじめに

 この講義は, 総合科目(1) で, 「情報社会とコンピュータ」を全体テーマとして, 通年で約10名の先生方が分担して講義しています。これから 3回は, 講義要項に書いていますように「情報の活用と創造的思考法」というテーマで私が話します。

  このテーマは, 総合科目(1) の中では少し異質で, コンピュータのことも情報社会のことも直接には話しません。コンピュータで情報を処理する前に, 皆さんが自分の頭で考え, その考えをきちんと表現できるようにすることが, もっと大事だと私は考えるからです。この講義では, 自分の頭で行う情報処理, 特に, 人生の大事な問題を解決していくための思考方法, について話します。

2.  人生の大事な問題には「正解」がない

  (1) 皆さんは, 小学校以来, 高校までの教育で, 「教科書」にある問題を解くことを学んできました。沢山の演習問題にはそれぞれ「正解」があって, その「正解」を出す方法を理解し, その「正解」にできるだけ速く到達することが, 学習の目標であったわけです。

  しかし, 皆さんのこれからの人生において, 本当に大事な問題, 特に人生の岐路や仕事での別れ道になるような問題は, 「正解」など決まっていない種類の問題です。教科書にも書いてない, なにが本当に選ぶべき答えなのかをだれも知らない, ような問題です。

  その多くは, 「何が問題なのか」さえはっきりしていません。明確に期限 (締め切り) があるかと思うと, 期限もはっきりしていないで時機を逃してから気がつくといった問題のほうが多いでしょう。

  例をあげましょう。新入生の今の皆さんにとっては, 「大学生活で何をしようとするのか? 」が, そのような人生の実問題だろうと思います。皆さんの一人一人にとって, 誰かほかの人が「正解」を知っているわけでなく, 本を読めば「正解」が書いてあるわけではありません。

  「正解」がないのですから, 自分自身で考えて新しく解いていかなければならないのです。ひとりひとりが創造的に解かねばなりません。
 

  (2) そのような, 広くて漠然とした, そして人生の岐路になるような大事な問題を解く方法は, どこで身につけるのでしょうか。

  それは, いわゆる「人生の智恵」として, 大部分を「教室外」で多くの体験を通して身に付けるのです。ですから, 「教室の優等生」よりも, そうでない人達のほうが「人生の智恵」を豊かに持っていることが多いのです。

 しかし, 「教室内」の勉強がそのような「人生の智恵」を何も教えてないのかというと, そうではありません。非常に沢山のことを伝えているのだけれども, 「正解」のない問題を解くという観点でまとめて話されることがほとんどないだけです。

  人生や仕事の上で遭遇する「正解」のない大事な問題を, 積極的に・創造的に解決する思考の方法を理解し, 身につけておくことは, 誰にとっても必要なことです。そこで, そのような方法を, 「教室外」だけでなく, 「教室」でももっと明確に伝えておくことが有益だろうと思って, 精一杯, この講義をいたします。
 

  (3) 思考の方法」というのは, 基本的には,頭の中のことですから, 分かりやすく説明することは容易でありません。ただし, 幸か不幸か, 人間は頭の中だけで考えると限界があり, 思考の素材や中間過程をおもてに出して (例えば紙に書いて) 作業するほうが生産的です。そこで, 思考の過程をどのように表現しつつ進めればよいのか, を説明していきましょう。

  問題解決の全体の流れは, つぎのようです。

    問題をとらえる
   問題を解く意欲と動機をもつ
    問題を分析する
    問題の解決策を考える
  問題の解決策を具体的にする
    解決策を試行・チャレンジし,フィードバックする
    実践を継続し,段階的に上昇する


  この講義では, 先程の例 (「大学生活で何をしようとするのか? 」) を例題として説明します [本稿では, 例を扱っている部分は ( [ ]内に) 斜体字で書きます。ときどき, 別の例も使いますので注意下さい] 。また, この課題で, 各自, 自分の問題を分析し,  6月 5日までにレポートを提出して下さい (書式・枚数自由, ワープロ使用推奨) 。

3.  問題をとらえる

  (1) まず, 何が問題なのかを, 意識することが最初です。どんな人生でも, 学生の皆さんにとっても, 毎日毎日のいろいろな用事やできごとで時間が過ぎていきます。皆さんにとって, いまちょうど考えるとよい大事な問題は何でしょうか?

   [勉強の問題, クラブの問題, 恋愛の問題など沢山あるでしょうが, 今回は, 「大学生活で何をしようか? 」という問題を中心に考えてみましょう。]
  (2) つぎに, その問題の範囲を考えてみるのが必要です。どんなことを考えないといけないのか, 大まかな項目を列挙しなさい。 (数名の学生に順次当てて, 言わせる。ただし, 発言は必ずしも多くないので, 原稿執筆時に補った。以下同様。)
   [勉強, クラブ活動, バイト, パソコンの習得, ... ]       
  (3) 問題の項目がはっきりしてくると, それに関連した情報を集めることが必要です。実際の自分の問題に直接関わるような資料や実データがまず大事です。沢山の本が書店にも, 大学図書館にもあります。最近はインターネットで世界中の最新の情報を集めることもできます。    
   [実資料: 講義要項, 加入を考えているクラブの練習状況, ... ]
  インタネットで情報を集めるには,[Yahooなどの] すでに分類してある情報を見るだけでなく, キーワード検索 (自分の調べたい項目のキーワードを入れて網羅的に検索する方法) を使って調べることが大事です。インターネットでは, 最新の情報を広い範囲で大量に探すことができますが, その代わり, 浅い知識しか得られないことに注意すべきです。どんな分野やテーマでも, 本当にじっくり理解するには,しっかりした本を読むことが大事です。「人生の智恵」のためには,多くの「古典」があります。
 

 (4) つぎに, 問題の設定を考える (問題の範囲を明確にする) ことが必要です。どんな問題を扱うときでも, 「大きな問題」の設定と, 「小さな問題」の設定があります。その中でどんな範囲に問題を設定するのが適当かを考えるのです。

 問題範囲の設定が大事になる理由は, すべてのものごとがそれぞれ「システム」を成しているからで, 問題を階層的な「システム」として捉えることが大事だからです。「システム」とは, 一般に, 「いくつかの構成要素 (例えば, 部品) とその間の関係から成り立っているもの」のことです。
 

   [パソコン:   本体 (CPU とハードディスクなど), キーボード, ディスプレイ, 電源, ソフトウェアなどからなる「システム」]


  ある「システムA 」の一つの構成要素B ( 部品) も,よく見るとまた沢山の構成要素 (部品) からできているのが分かります。ですから, B もまた「システム」であって, B を(A の)「下位システム」といいます。一方,「システムA 」の周りを見渡すと,いろいろなものが存在し・関係していて,それらはより大きな「システムC 」の構成要素になっていることが分かります。このとき,C を(A の)「上位システム」と言います。このような,システムの上位・下位の関係は,多くの場合に,容易に数段階を考えることができます。

       

  このような状況で, 問題を「小さく絞る」ことは,問題を「下位のシステムで考える」ことです。それは, 考える範囲を小さくしますから, 考えやすくなり, 自分なりの解決を出しやすく, 具体性や実現性が増すという効果があります。しかし, その一方で, 関連する他の問題を扱わない (考えない) ことになり, そのような面では現状維持で, 場合によっては大事な問題が残ったまま (悪影響が続く) になる危険があります。

  一方, 問題を「大きく考える」ことは, 問題を「上位のシステムで考える」ことです。それには,より広い範囲のことを考えるだけの視野と知識を持たねばなりません。それだけ, 考えることが広く・浅くなり, 多くの場合に自分だけではコントロールできないことを含みますから, 自分で考えた結論も不確定であいまいなことが多くなります。しかし, その一方の良い面は, 新しい可能性が出てくることです。狭い範囲で考えると現状の問題点を解決できないことでも, 広い範囲で考え直すと新しい解決策が得られて大きく発展することが多いのです。

  このように, どんな問題でも, 「階層的なシステム」を形成していることを意識し, その中で適当な範囲に「問題を設定する」ことが大事なことです。
 

  (5) つぎの段階は,「問題の本質」を見ることです。いま考えようとしている問題の中心の課題とその性格が何であるかを考えます。

  問題の「性格」というのは, 例えば, つぎのようなものがあります。
  (a) いま何らかの原因で, 悪い状況・困難・障壁があるのか?
  (b) 周りの状況がよく把握できていないことが問題なのか?
  (c) なんらかの明確な選択を迫られているのか?
  (d) 広く緩い選択枝の中で方向・目標を設定することが必要なのか?

   [問題は? :   何を勉強してよいかわからない。
                    なんだか気力がわかない。 ...  ]


 この「問題の本質」については,「問題を分析する」過程でより深く考えましょう。ほんとうは, すぐ上に書きましたような「問題の性格」に応じて, 問題解決の思考の過程もかなり変わってくるでしょう。今回の講義では, 少し一般的に, 「何かの悪い状況・問題点があって, それを克復しつつ, ある目標と解決策を見出したい」という場合を想定しておきましょう。

4.  問題を解く意欲と動機をもつ

 問題を解くためには,「問題を解くための技術や方法」よりも前に, 皆さんの「」の方が大事です。問題に対処し解決していく意欲と動機を持たねばなりません。−−この部分は特に,「教室での勉強」ではなく,「教室外での体験」を通して,身に付けるべきことです。講義の形では抽象的な言葉でしか説明できません。
 

 (1) まず第一は自分の可能性を信じることです。自分が意欲を持って努力するときに,いろいろな可能性が開けてくる。自分自身が向上し,いまの自分よりも少しずつ力がつき,それを発揮できるチャンスも出てくることを信じることです。自分の夢や望みがなんでもかなえられると思うのではありません。いまの自分よりも,心や身体や技量の点でひとまわり自分が成長できる可能性を信じることであると思います。
 

 (2)自分を客観的に見ることが, つぎに大事です。自分の良さと悪さの両方の面を見ることです。良い点・優れた点だけを見て, 自惚れて自分はなんでもやれる, 人より優れていると思っていると, 大きな失敗をするでしょう。逆に, 自分の悪い点・劣っている点ばかりを見て, 消極的・閉鎖的になったり, やけくそになっていると, 本来できるはずのこともできなくなります。良い点と悪い点の両方を, 自分の心で反省できることが大事なのです。

  何らかの問題・壁に直面しているときに, その問題の原因を家族・友達・学校・社会などのせいにするだけでなく, 自分の内面と行動を反省してみることが大事です。

  ただ,このときに難しいのは, 「反省」がともすると「思い詰める」ことになることです。「思い詰める」のでなく, 自分の心の緊張を解き, 気持ちを静めるということができて, はじめて本当に自分の良さと悪さを見れるのでしょう。
 

 (3)つぎには「感動する心」を挙げたいと思います。美しい音楽でも, スポーツでの体験でも, テレビの出演者の話でも, パソコンの便利さでも, 宇宙望遠鏡の写真の神秘でも, なんでもよいのです。その中のすばらしいものに感動する, 痛ましいことに涙することです。そのような感動が, 大学生活をはじめ, 自分の将来を決めていく原動力になるからです。
 

  (4) 問題を意識し・解決していくには, 「きっかけ・動機をつかんで集中する」のが効果的なやり方です。

  思いがけないことが「きっかけ」になり, 新しい方向に進む「動機」になることが多いものです。いろいろな人がその人生を振り返って, 自分の人生のいくつかの曲がり角が, たまたま見たものや, 偶然の人との出会いがきっかけになったことを話しています。

 ただ,そのような「偶然」を「きっかけ」に変えるのは自分なのです。皆さんは,毎日沢山のできごとに会い,沢山のものを見,沢山の人達に出会っています。それら多数の中の何かに「感動して」,それを「きっかけ」にして人生が変わったとき,人はそれを「偶然」だったと言っているのです。

 このようなきっかけと動機を得たときには,そのテーマに「集中する」のが効果的です。何かをマスターしたり,何かを考え出したりするには,片手間に長期間やるよりも,集中して短期間でやるほうが,はるかに良い結果が得られます。明確な動機を持って集中してやっているときは,見るもの・読むものがすっと頭に入ってきて,多くの情報が頭の中でしっかり関連づけられて記憶され,それらをフルに活用して問題解決ができます。

  [集中して学ぶことが効果を挙げる典型は, 語学訓練です。皆さんは中学・高校と週 3〜 5時間程度の英語の授業を 6年間続けてきました。このような段階で,  1ヶ月間, 英語を集中的に学び, 英語だけを聞き・話す生活環境を経験すると, 飛躍的に使えるようになります。集中することの効果とともに,実際の生活上で英語でコミュニケーションできたことの経験が大きいのです。本学では, 海外語学研修のプログラムをいろいろ持っていますから, 参加するとよいでしょう。もっと良いのは, 海外のきちんとした語学教育の機関に, 自分一人で (周りの日本人に全く頼らずに) 参加することです。]
 (5) また, 「視野を広く持ち, 柔軟に考える」ことが大事です。「視野を広く」というのは, 問題の中身の検討に入る前に必要な基本的な姿勢と予備知識のことであり, 「心」の問題, あるいは日頃の「心がけ」の問題です。

  自分の経験などに閉じこもっていては解決できない問題が, 全く異なる観点から考えたり, 他の分野の知識を使ったりして, 鮮やかに解決できる場合があります。このようなものに気がつくかどうかは, そしてそれを柔軟に取り入れられるかどうかは, 自分の視野と心の持ち方によるのです。

  いままでと違う考えや他の分野の技術などを取り入れようとしますと, 当然, いままでのものをいろいろ変更して, 調整せねばなりません。取り入れるものにも欠点があり, 未知部分に対するリスクもありますから, それらを克復していかなければなりません。従来のものの一部を止めることに対するマイナスや反対もあるでしょう。これらの技術的・内容的な問題とともに, 心情的な問題, 時間的な逼迫の問題もあるでしょう。それらをも含めてなお, 「柔軟に」解決していく心構えが必要なのです。
 

  (6)感情に関わる問題・問題点」が, 最もデリケートで困難な問題ですが, やはり乗り越えるべきことです。

  まず第一は,自分自身の感情に関わることです。学科目の好き嫌い, 仕事の好き嫌い, 自分のメンツ, 優越感や劣等感, ライバル意識などがあって, 理性的には「するとよい, しなければならない」と分かっていることに対しても, 感情的には「したくない」と思う場合が多くあります。さらに, 対人関係での自分の感情, すなわち, 相手に対する好き嫌い, いじめと復讐の気持ち, 恋愛感情などが, 問題の解決を困難にする主要原因になる場合も多くあります。

  これらは本当にデリケートですが, やはり自分が努力して「乗り越える」か, あるいはそれが無理なら, 「迂回する」か「くぐり抜ける」か,あるいは「離れる」かをすべきでしょう。

  このような自分の感情の問題が, 大きなストレスになる場合には,信頼できる人に相談するとか, カウンセラーなどの専門家に相談するなどがよいでしょう。

  第二は, 関係する他者の感情に関わることです。自分の行動が相手に痛みを与え, 相手が傷つく/ 激怒する/ 悲しむ/ 遠ざかるなどの, 感情を伴う反応が予想されることも多いでしょう。あるいは, 自分が予期せずに相手を傷つけることもあるでしょう。

  他者の感情の問題は, 自分ではほとんどコントロールできませんから, 一層デリケートで困難な問題です。自分が誠意ある行動をすることが第一で, それを前提にして, 理性的な行動を貫くことがよい場合もあれば, 理性的な解決を避けて感情面を十分配慮した行動をとるのが適切な場合もあるでしょう。
 

  (7) 心の問題で大事なことは,「人に話すこと, 人の話を聞くこと」です。話すことと聞くことの両方が大事です。

  「人に話す」ことは, 自分の気持ちや考えを, 話して聞いてもらうことです。話すためには, 言葉にして, 明確にしなければなりません。この効用には二面あり, 自分自身が話すことの直接の効用と, 相手が聞いてくれて, それを理解し, 反応してくれることの効用とがあります。

  自分の頭の中でいろいろ考えていても, それだけでは多くの場合に堂々巡りをしてしまって発展しません。言葉にして話すと, それなりに順を追って話さねばなりませんし, 「だからどうなんだ」というところまで話さねばなりません。これは, 自分の考えを明確にするのに大変役立つのです。もちろん, 話だけでなく, 図や文として書けばもっと効果があります。

   [コンピュータのプログラムの開発において, 設計書やプログラム中の誤りを見つける (バグを取る) のは, 重要な工程です。このとき, グループで誤りを見つけるのに, 開発者が順番に説明をしていく方法も採用されます。説明していく途中で, 開発者自身が自分の誤りを見つけることも多いのです。]
  相手が聞いてくれることの効用は大きなものです。分からないところを質問してくれると, 問題や解決策が一層明確になります。相手が理解した上で, 別の見方でのコメントをし, 賛成や反対の意見を言ってくれると, 解決策を改良できるでしょう。また, その相手が, 他の人達に対しても自分をバックアップしてくれたりします。

  自分の感情に関わる問題では, 人に話を聞いてもらうことは, 特に大事です。怒りも悲しみも, 人に話すと, すっとして不思議に静まるものです。他者の感情に関わる問題では,信頼できる第三者に話を聞いてもらうと,より冷静で客観的な立場からの助言をうけることができるでしょう。

  人の話を「聞く」ことは, 注意を集中して「聴く」ことでなければなりません。その人が言わんとすることを, きちんと理解する。そして同時に, それについて自分の頭で考え, 質問や意見が言えるようにすることです。他の人の話を聞くことによって, 自分が吸収し, 成長するのです。

  しばしば見られる悪い例は, 「話好きで, 活発な人」が一人で得意げに話しまくっていることです。よく聞いてみると, 同じことを繰り返ししゃべっていたり, 関係のない友達の友達のことをつぎからつぎへとしゃべっていたりします。このような話し方は, 同席の他の人達の発言・話を封じているのです。また, このような人は, 他人の話を「聴く」姿勢と能力に欠けているのです。

  もう一つの悪い例は, 逆に「ほとんど発言しない人」です。相対的に無口で, 話し下手であっても, それは性格としてかまいません。しかし, 発言を求められたとき, 意見を聞かれたときには,表現がうまくなくてもしっかり自分の考えを言えるようにしなければなりません。また, 直接求められなくても, 自分の考えが異なる場合, 自分や全体ににとって大事な場面では, 自分から発言できねばなりません。このようなときにも発言をしないでいると, 友達や仕事のグループの中で忘れられ, 無視されていく結果になります。
 

  (8) 大きな問題を解決するには,問題を考える段階でも「積み重ね」が必要なことはいうまでもありません。問題の背景に対する理解, 解決の種々の方法に対する理解などは, 特に積み重ねが必要な部分です。積み重ねの上に立って集中して解決を図る, また, そのような解決努力をくり返して積み重ねるのです。
 

  (9) 転んでも, また起きる」。人生の問題であれ, 勉強や仕事の問題であれ, いつもいつもうまくいくわけではありません。災害に会うことも, 経済不況で深刻な就職難が続くことも, 病気になることも,思いきって実行したことが失敗に終わることもあります。転んでも, また起きる。「七転び八起き」の精神で闘うことです。このような精神的な強さは, 長い人生の問題では非常に大きな違いになって現われるでしょう。私自身には, 言えるほどのものはありません。他人から見ると, エリートコースを何の苦労もなく歩いてきたということでしょうが, それでも起伏の中で努力してきたのです。
 

  (10)  もう一つ「心」の問題としてお話ししたいのは, 「ゴールは一つではない」ということです。人生の目標 (ゴール) は, 人それぞれにある (掲げる) ものです。みんなが同じ型のゴールを目指す必要はないし, 一つのゴールに多数の人が競争で走っているわけではないのです。このことは, 最初に言ったこと, 人生の大事な問題に「正解」はないというのと同じことです。この「ゴールは一つではない」ということを理解すると, 問題解決のための「心」がずっと自由になり,それだけ積極的で生産的な問題解決ができるようになるのだと思います。

5.  問題を分析する

  問題をとらえ, 問題を解くための意欲と動機をもち,「心」の準備ができたところで, 具体的に問題を分析する作業を説明しましょう。
 

  (1) 最初に, 「現在の状況を図に描いてみる」とよいでしょう。問題が技術的なことや, 具体的なことの場合には,このような図は描きやすく, それだけ有効です。
 

  (2) 少し抽象的な問題では, 「現在の状況を言葉で書き出してみる」のがよいのです。社会的な問題, 人間関係の問題, 社会制度の問題などに使うと特に有効でしょう。

  言葉で書き出すときに, 短い文 (10文字〜30文字程度) で書き出すのが有効です (キーワードだけで書き並べる方法もありますが, その後の分析があまり有効でありません) 。まず, 問題を含んでいる現在の状況について, 調べた事実, 自分やその他の人の考えなどを, 要点だけ書いていきます。順不同で, できるだけ多く挙げると後で考えやすくなります。

  [・  何を勉強すべきか, よくわからない。
  ・ なんとなく気力がわかない。
  ・ パソコンを使いこなせるようにしたい。
    ・  一時間目の授業には20〜30分遅刻していくことが多い。
  ・ パソコンはいまはネットサーフィンとゲームに使っている。
    ・  授業中によく雑談して, 先生に叱られる。
  ・  寝不足の原因は, バイトとゲーム。
    ・  授業以外には特別な勉強をしていない。     ...]
  (3) 書き出した事実・考えの中で, 言っている内容が互いに近いものをグループ化してまとめていきます。

  ここの具体的なやり方は, 川喜田二郎のKJ法[2]を用いるのがよいでしょう。それには,上記で書き出すときに,文を一つずつ小さなカード(例えば,2 cm× 6cmのポストイットカード) に書きます。カード全体 (数十枚〜百枚弱が扱いやすい) を(机の上または黒板の)模造紙上に広げて, 見渡せるようにします。内容・主張が似ていると思うもの同士を近いところに順次まとめていきます。似たものが何枚かまとまったら, それらを一つのグループとし, そのグループを包括するような簡潔な文を作って,それを新しい一枚のカードにします。この操作を階層的に繰り返して, 全体で数グループにまで煮詰めていくのです。なお,作業の途中で思い出した事実や考えがあるなら,随時カードを追加してもかまいません。
 

  (4) つぎに, 主要な事実や考えの間の相互関係を考え, 関係を (図的に) 明示します。ここで言っている関係には,原因・結果の関係, 並列関係, 対立・選択関係, 包含関係, 時間的前後関係などいろいろあります。

 具体的なやり方としては,さきほどのKJ法の続きがあります。上記で得られた最上位のカードを模造紙上に適切に配置して,その相互関係を明確にします(とりあえず薄く鉛筆で書いておくとよいでしょう)。さらに,各上位カードが代表している下位のカード群を同様にその部分に配置します。これを繰り返して,全カードを一覧の形に配置します。配置が完了してから,それぞれのグループを丸く囲み,カード間またはグループ間の主要な関係を(マジックインクなどで)書き込みます。このようにして,一枚の図ができあがります。

 KJ法では,このようにして出来上がった図を,適切だと思う順番に簡単な説明を加えながら「読み下す」ことをやります。もともといろいろ雑多な事実や考えが記述されているのに, その全体を関連づけてすうっと読み下せるのです。KJ法のこれらの操作を適切に実行できるまでには,かなりの研修・練習が必要ですが,慣れると非常に便利な思考の道具になります。

 KJ法はいろいろな関係にある情報をそのまま全体として扱っていますが,いくつかの種類の関係に注目してそれらを個別に扱いますと,一層分かりやすく深い分析を行うことができます。以下には,それら個別の関係の分析方法を説明しましょう。
 

  (5) 問題を生じる「原因を逆上って分析」します。何か困った状況が生じているときには,その状況をひき起こしている原因を考え, その原因を無くすべきです。そこで, 「状況  <==  原因」の形に記述していきましょう。原因が一つでなく複数ある場合も多くありますし, また, 一つの原因には,その奥にさらに原因があるものです。そこで, 「状況  <==  原因  <==  その原因  <==... 」というように, 連鎖的に記述していきましょう。
 

  [  何を勉強すべきか, よくわからない。
    <==  講義のカリキュラムを読んでもピンとこない。
     <==  講義内容を書いている用語が分からない。
        <==  分野の内容を知らないのだから用語も知らない。
      <==  どんな講義・勉強が将来必要・有益なのかが分からない。
     <==  講義内容や分野の内容の関連や発展が分からない。
   <==  自分の将来の目標がはっきりしていない。
    ...                         ]


  (6) さらに, しようとすることの「目的を深くかつ大きく考えます」。これは, 問題を解決する方向を考えるために必要なことです。目の前のことを解決することが大事なのか, もう少し深く反省して, あるいは, もっと広い視野で考えて問題を解決する新しい方向が大事なのかを考えるのです。ここでは, 「当面の目的  ==>  その目的  ==>  さらに上位の目的  ==> ...」の形に記述しましょう。
 

  [  パソコンを習得したい。
   ==>  就職のときに有利になる。
     ==>  これからの時代は仕事のツールとしてパソコンが必須。
       ==>  仕事にパソコンを生かしたい。
         ==>  将来, 経営・営業関係の仕事につきたい。       
                  ...                   ]


  ここの記述例は, まだまだ皮相的なことに終わっている感じがします。それでも, これらを書き出すことによって, もっと違う観点, 深い観点が必要になることを, 自覚できるようになるものです。

  これらの目的を書き出してみますと,何段か上位の目的 [例えば, 経営・営業関係の仕事をしたい] を達成するためには,当面したいこと (するべきこと)  [上例で, パソコンを習得したい] の他にも, いろいろな面を合わせて計画しなければいけないことが分かってくるでしょう。場合によっては,今しようとしていることよりも, 他のアプローチのほうが大事だというようなことが分かってきます。これらが, 「目的を深くかつ大きく考える」ということの目的なのです。
 

  (7)時間による変化を取り入れて」考えます。問題が重要であるほど, その解決策の実行に長期間かかりますし, また解決策の効果は長期間に及ぶことが期待されます。今回の例題では, 大学生活だけで 4年間, その後の自分の将来への影響を考えれば, 自分の全生涯という期間を頭 (の片隅) に入れて, この問題を考えねばなりません。このような長期間のことを考えると, 時間とともに起こるいろいろな変化を考慮にいれなければなりません。

  まず第一は, 自分自身の変化, 特に自分自身の成長です。自分がいろいろなものを身につけ, 実力を蓄えて, 成長できることをまず信じることです。

  第二は,家族など自分の直接の周りの環境・状況の変化です。もちろん, 予期できないことも一杯起こるでしょうが, ある程度は予想できることも多いでしょう。例えば, 皆さんは, 基本的には,大学卒業と同時に自立するのが当然です。大学を卒業すれば, もう子供ではなく, 立派な大人でなければならないのですから, 経済的にも精神的にも自立してやっていけることを目標にすべきでしょう。親に経済的に依存して, バイトの仕事で稼いだお金をすべて自分の小遣いにして, 気軽に暮らすことを良しとする最近の風潮は, 自分をも日本をも滅ぼすものです。

  第三は, 社会や技術の急速な進展と変化です。情報技術の急速な発展を起爆剤として, 産業も社会構造も, 急速に変化し, グローバルな競争が激化しています。一方で, 世界の人口増, エネルギー問題や環境問題, 日本における急速な高齢化などが深刻な影響を与えつつあります。皆さんは, これらの社会に対応でき, その社会を担うための勉強を, 今しているはずです。
 

  (8) また, 「空間・場所による変化を取り入れて」考えます。これは同じ「時」であっても, 自分がいる「空間」が変われば, いろいろなことが (すっかり) 変わることを意味しています。住まいが変わっても, 所属のゼミやクラブが変わっても, 違うことがいろいろ出てくるでしょう。海外の大学に 1ヶ月とか 1年とか研修に行くことができれば,自分がするべきこと, できることがすっかり変わるでしょう。「空間」の変化というのは, こういう自分にとっての環境の変化を意味しています。

  それから, もう一つの意味は, 自分だけのことでなく, 他の大学の学生のことや, 世界のレベルでの学生達のことを, 考慮するべきことです。自分のすぐ周りの友達も同様に遊んでいるからそれで良しと考えるのではなく, 世界の同世代の若者達が, ある国では最先端の環境で, また別の国では貧弱な環境だけれども必死になって, 勉強していることを考えておいてほしいと思っています。
 

  (9) これまでのいろいろな分析を基にして, 「問題点の核心を見つけ出す」のが, 問題を分析する主要なことです。これは, 「問題を捉える」段階の(5) で書きました, 「問題の本質を見る」ことに対して, 分析の結果を踏まえて, 一層明確な答えを出すことを意味しています。

 ここの答え方は, (前に書きました) 「問題の性格」に応じて, つぎのようにすべきでしょう。

  (a) いま何らかの原因で, 悪い状況・困難・障壁がある場合:
    ==>  悪い状況を起こしている「原因の体系」 (4.(5) 参照) を示し, 特にその主要原因を明らかにします。

  (b) 周りの状況がよく把握できていないことが問題の場合:
    ==>  現在得られている情報を整理し, 把握できていない部分を指摘します。 (4. (2)〜(4) 参照)

  (c) なんらかの明確な選択を迫られている場合:
    ==>  現在得られている情報を整理し, 特に, 問題解決の「目的の体系」を考察して示します。 (4. (6)参照)

  (d) 広く緩い選択枝の中で方向・目標を設定することが必要な場合:
  ==>  上記の(c) と同様です。

6.  問題の解決策を考える

 以上の分析をベースにして, つぎは, 問題に対する解決策を考える段階になります。いくつかの方法を説明しましょう。
 

  (1) まず最初に, 問題の解決策をできるだけ広く考えて, 列挙するのがよいでしょう。従来からの対策にいろいろ改良を加える考え方だけではだめなことが多く, 抜本的な解決策を考え, また, 他の事例や分野での方法を参考にすることが必要です。

  このように広く考えて列挙するために, グループで行う方法として, 「ブレーンストーミング法」がよく知られています。これは, 一人が司会と記録をして, 複数の人達に自由奔放にどんどんアイデアを言わせていく方法です。そのときに, 「自由奔放, 批判をしない, 先の人のアイデアに乗っかること推奨, 質より量を求める」ことをルールにします。要するに, 参加者の思考と発言にできるだけ抑制的な要素を働かせないようにするのです。こんなアイデアはつまらないと思われるだろうとか, これじゃ恥ずかしいとか, 関係が薄いとかいった気持ちで, 普通の会議などでは発言せずに抑制してしまうようなものまで, ありのままに出させるようにします。ひとしきりのブレーンストーミングは30分程度で打切ります。その結果を整理してから, 何かよいヒントになるアイデアがあったろうかと改めて選択します。

  ブレーンストーミングは有名ですが, その使い方と効果についてはいろいろ問題があります。手軽で, 一見非常に沢山のアイデアが出るけれども, 得られるアイデアの質があまり高くないことが最大の問題です。この講義で説明しているような段階を追った検討プロセスの中では, もう少し理性的に考えるアイデア出しの方法を採用する方が適当だろうと私は思っています。
 

  (2) 先に分析した「問題点の原因に対応した解決策」を考えます。問題を起こしている原因 (の体系) を, 先の5.(5) で書き出していますから, それを使います。この原因の一つ一つに対して, それを克復したり,回避したりする解決策を考えていき, それらを書き出していきます。

  [講義のカリキュラムを読んでもピンとこない。
    ==>  カリキュラム全体の内容を先生に解説して貰う。
    分野の内容を知らないのだから用語も知らない。
      ==> 分野全体をカバーしたやさしい入門書をまず自分で読む。
  自分の将来の目標がはっきりしていない。
    ==>  自分の将来目標を自分でもっとはっきりさせるのが先決。  ]
  (3) いままでの「先人の解決策の例」を参考にする。これはあたり前のことです。どんなに自分自身の問題であり, 「正解」というものがないのだ, と言っても, 同様な問題をほとんどすべての人達が経験し, それぞれに解決を試みてきたのです。

  ただ, 「先人」と言っても, すぐ一年上の直接の先輩を見習おうというのは安易な発想です。そのような先輩がやっていることが, 結果的・大局的にすぐれた解決策であったのかどうかはまだ分かっていないからです。やはり, 学ぶに値するずっと上の大先輩を見習うべきでしょう。いろいろな本で紹介されている, 若いがしっかりした人達, 学界や産業界のリーダー達, そして歴史上の偉大な人達の, 思想と経験に学ぶべきでしょう。

  問題が (人生の問題というよりも) 技術的な問題や, 経営・運営の問題などの, 個別の分野の問題であれば, それぞれに対応した問題と解決策の事例集などが蓄積されてきていますから, そういったものを参考にするのも有効でしょう。ただもちろん, 自分の問題が直接取り上げられていることはありませんから, あくまでも参考にするだけです。
 

  (4)自分ができることから始めて, 解決策を具体的に書き出してみる」のが, 一つの典型的な方法です。このやり方には, 具体性があり, 実現性があるのが, 多くの場合の強みです。

  しかし, この方法は明確な限界を持っています。この方法で書き出して, それで良い解決策ができるのなら, 最初に掲げた「問題」というのが, ちょっともやもやしていただけで, 本質的な困難点を持っていなかった易しい問題であったということになるでしょう。本当に大きな問題に対しては, つぎに述べる方法の方が有効です。
 

  (5)目標・理想をまず考え, それを達成するためにするべきことを考えていく」のが, もう一つの方法です。大きな問題, 本質的な問題, 現状でさまざまの困難がある問題などに対しては,こちらのアプローチの方が有効です。目標・理想を考えることによって, 努力するべき方向を最初に明確にするのです。そうすれば,どの部分の困難を克復するように努力するのがよいのかが, 明瞭になるのです。
 

 (6) 問題に対する「解決策を整理・体系化しつつ, さらに解決策を見出していく」のがつぎに有効です。この段階に適した方法として「ブレーンマッピング法」[3]を紹介しましょう。

  「ブレーンマッピング」の方法は, 「概念の階層性」を有効に使うことをその鍵にしています。いま, いくつかの類似の解決策を考えついたとすると,それらをまとめて, 一つの「一般化」した表現で記述して, 一般化 (「抽象化」) した一つの解決策と考えます。このように一般化すると, その中に含まれる個別の解決策で, いままでまだ言ってなかったものを簡単にみつけられるようになります (これは「具体化」です) 。このような「抽象化」と「具体化」の過程を行ったり来たりして考えるのは, 非常に用途が広く強力な方法です。少し訓練を積むと, 一つの具体的な解決策から, すぐにそれを一般化した解決策を表現できるようになります。また, 具体化/ 抽象化の同じ階層で, 違う解決策の表現を考えることも容易になるものです。そこで, 「ブレーンマッピング」では, 下図のような順番で, 解決策の案をどんどんと拡張していくことができるようになるのです。

 

 「ブレーンマッピング」により得られた解決策は, その過程において自然に階層的な体系に表現していくことができます。そこで, この体系を繰り返し検討していくと, 非常に網羅的で体系的に, 多数の解決策の案を出していくことができます。それらの解決策は, 質が高いものが多いのです。 (この「ブレーンマッピング」が非常に生産性が高く, 質が高いので, 前項(1) で書いた「ブレーンストーミング」は (一度経験した上で) 使うのを止めるとよいと私は思っています。)

 また, このブレーンマッピングの体系的な方法を, 前項(1) の「目標・理想をまず考える」方法と結合させることも有効です。その場合には,目標・理想を簡単な文で表現して最上段に置き, 順次具体化のためにブレークダウンしていく方向に使います。

7.  問題の解決策を具体的にする

  前節の段階での「解決策」は, まだ漠然としたアイデアの段階のものでした。その多数のアイデアの中から適切なものを選び, それをもっと具体的にして, 実行可能な形にまで煮詰めるのが, 本節の段階です。
 

 (1) まず, 前節で得られた多数の「解決策」 (のアイデア) の方向を評価して,実行を検討するに値するもの (複数) を選択します。

  ここでの選択の評価基準としては,実現性・経済性・期待される効果などが大事です。また, その「解決策」の人間性・社会性・将来性などの評価もしておかねばなりません。問題解決の技法を使って, いろいろ考え出すことができても,採用するかどうかは, 人間としての自分自身が判断するべきことなのです。
 

  (2) つぎに, 利用できる「資源」を考えます。

  企業においては,利用できる「資源」として,「ヒト・モノ・カネ」の三つが挙げられることがあります。人材が第一, 設備や材料などのモノが第二, そして, 資金とその運用が第三というわけです。

  大学で生活する皆さんにとっての「資源」とは何でしょうか。私は「人・情報・時間」の三つを挙げたいと思います。第一は, 先生や友達などのヒト, 第二は授業・本・インターネットなどから得られる情報, そして第三が自分の生活と勉学の時間です。この中で特徴的なのは, 「時間」です。「時間」は大事な資源でありますが, 何に使っても使わなくても同じように減っていき, 取り返すことも他から借りて来ることもできないのです。自分の「時間」をどのように使うのかが, 大学生活で何をするのかを決めるということです。
 

  (3) さらに, 「具体的な解決策の手順のアウトライン」を書き出していきます。「手順」を書くということは,時間を追って解決策の進行を描いていくことです。このときには,前節の(7) で説明したような時間によるさまざまな変化の可能性を, よく考慮することが大事でしょう。

8.  解決策を試行・チャレンジし, フィードバックする

 前節で解決策が具体的になりましたから,つぎは,それを実行に移す段階です。どんなに考えていてもなにもやらなければ,なんの役にも立ちません。
 

 (1)解決策を実際に試してみる」段階では, ふつうは最初小規模に始めます。製品開発の技術的なことでも, 小規模な実験を行い, 徐々に修正しつつ試作を重ねていくのと同じです。実際に少しやってみて, その感触をつかむのです。どんなに小規模であろうと, 実践と試行をスタートすることが大事なのです。

  もちろんこのときに, 「チャレンジ (挑戦) する」という精神がなければなりません。恐る恐るやったのでは, うまくいくはずのこともうまくいかなくなります。
 

  (2) ついで, 「試行の結果を見て, 良いところを伸ばし, 悪いところを修正する」ことを繰り返します。この過程を「フィードバック」といいます。いろいろ修正しながら, 本来の解決策の精神に沿った方向に一歩一歩進めていくのです。
 

  (3) 実行しながら, 考える」ことを繰り返して, 「新しい道が開けてくる」ように心がけます。これはまた, 「走りながら考える」と言われているやり方です。

  皆さんの中には,「走りながら考えるのは, 走り出す前に十分考えてない証拠であって, 良くないやり方だ」と思う人がいるかもしれません。もちろん, 走り出す前にも (この講義で話してきましたようなやり方で) 良く考えるわけですが, 対外的なことや将来のことは何もかも分かるわけではありません (ほとんど予測できないという場合も多いでしょう)。未知の状況があるときに,実際の行動を始めずに考えてばかりいると, どんどん時機を逃し, どんどん消極的になってしまいます。だから, ある程度のリスク (危険) を覚悟して, 思い切って走り出すのです。走り始めると, どんどん周りが見えてくるようになります。行く手が見えてくるようになるのです。

  「走りながら考える」を続けていきますと, 自分が変わっていきます。そして,それを見て, 周りが変わってくるのです。対人関係がまず変わるでしょう。行動環境や社会環境なども少しずつ変わってきます。そして, このようにしていると, 「新しい道が開ける」チャンスが出てくるものです。それは「偶然の出会い」としてめぐってきます。そのような「偶然」をチャンスとして生かせるのは, 自分の方にそれだけの「心」と実際的な準備ができていたからなのです。
 

  (4) 実行に移す最初の段階で, 小規模な実験が適当ではなく, 「思い切って, 飛び込む」場合もあります。就職など, 自分の社会的立場が大きく変わる場合に典型的に起こります。

  「思い切って飛び込む」のは, 自分の決心を明確にし, それを社会的な責任を負う形で表わすことを意味します。自分が全力で新しいものをやっていくという宣言です。もちろん, 失敗したら, 自分が失うもの (例えば財産や名誉など) も多いでしょう。だからこそ, 失敗しないように全力でやるのだという決心を, 社会的に示すのです。

  「思い切って飛び込む」のはまた, チャンスを全力でつかむための方法です。チャンスというのは, ぐずぐずしているとすぐに過ぎ去ってしまいますから。

9.  実践を継続し, 段階的に上昇する

  前節での初期の試行の段階を経て, 解決策を本格的に実行・実践する段階での考え方について, 話しておきましょう。
 

  (1) まず, 「Plan - Do - Check - Action  のサイクル」を繰り返して, 実践していきます。この「PDCAサイクル」というのは, 品質管理運動の中で提唱され, 世界中の多くの企業で実践されてきたものです。PDCAサイクルの中の各過程はつぎのようです。

  Plan  (計画):  問題の把握, 分析, 解決策の生成, 解決策の具体化など。本稿の2.〜7.節で説明したもの。
  Do    (実行):  解決策の試行・実行
  Check  (評価):  試行・実行結果の評価と検討
 Action (行動):  試行・実行結果の問題点の改善行動, つぎの段階 (サイクル) の準備
  品質管理の運動では, 少人数のグループでこのPDCAのサイクルを継続的に実践していきます (「PDCAサイクルをまわす」といいます) 。もちろん, その考え方は, 今回の皆さんのように, 個人で考えつつ実践していく場合にも適用できるものです。
 

 (2) 実践においては,「継続した活動・実践」が最も大事なことです。人生の大きな問題は, いままで述べてきましたように「考えて解決策をつくる」ことは大事ですが, その解決策をちょっとやってみただけですぐにやめるのでは, 何の意味もありません。粘り強く継続的に実践することが, 最も大事なことです。

  一回試してみて, ちょっとうまくないところがあったからやめてしまう, というのでは, 人生において何もできません。皆さんの場合でも, 最初のうちは親からのサポートなどで生活ができるかもしれませんが, 経済的・精神的に自立できず, そのうちに自分の生活が乱れる・壊れることになるでしょう。

  目標に対して, 持続して頑張ることが大切なのです。多くの人々が苦しさに耐えて生活し, 自分の人生をつかみとってきているのです。

  継続と積み重ねが, 自分の「力」になっていきます。考察力, 洞察力, 実行力, 知識の蓄積, 体力, 精神力, ... などを, 積み重ねの中で獲得していくものです。これらの力を身につけるには,日頃からの心がけが大事であることはいうまでもありません。

  大学生活の例でいうなら, 「授業には欠席・遅刻をしない」, 「授業に集中し, 雑談などをしない」, 「たばこを喫わない」, 「パソコンの技術を基礎からしっかり身につける」, 「専門のために自分で本を読んでいく」などのことは, 当たり前のことで, それをしっかり継続・実践しながら, 自分の人生のために「力」をつけていくわけです。
 

  (3)PDCAサイクルを実践しつつ, 段階的・らせん的に上昇」していきます。何事でも (大学生活でも),  最初に計画した通りに長期間実行するというのが良いのではありません。いろいろな区切り (例えば, 学期の区切り) があり, 状況の変化があります。そのような区切りや変化の状況に対応して, 自分の計画を見直します。

  通常は, 最初に掲げた大きな目標や方向の中で, 実践のしかたを改良・変更していきます。ときには,大きな変更が必要になり,Plan (計画) の段階からもう一度練り直す場合もあります。これらの見直しや変更によって, 段階的に進展していくのであり, PDCAのサイクルを回しながら, 「らせん的に」上昇していくのであると表現されているのです。

  さらに, 場合によっては, 目標自体を大きく変更するかどうかを判断しなければならないかもしれません。それは, 人生の新しい大きな問題ですから, 本稿で話しましたような心構えと方法で, もう一度真剣に考えるべき段階になったのでしょう。新しい心構えを持ち, いまの問題から逃げないで, もう一度新しく取り組むとよいでしょう。
 

10.  おわりに

  以上は, 人生の大きな問題に主体的・創造的に取り組むために, 私が「教室」で話せる精一杯のことです (もちろん, この講義は, ずいぶん格好をつけた, 背伸びした話し方になっていますが) 。皆さんは, 「教室」での学習とともに, 「教室外」での体験を通して, 人生への取り組み方を体得して下さい。

  本講義を参考にして, 自分自身が「大学生活で何をしようとするのか? 」について考え, レポートを提出してください。考えて書いてみること自体が, 皆さんにとって有益であろうと思っております。

  これで講義を終わります。
 

参考文献:

[1]  『TRIZホームページ』, 編集: 中川  徹, http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/。

[2]  『発想法』, 川喜田二郎, 中公新書, 1967年。

[3] "The Creative Problem Solver's Toolbox -- A Complete Course in the Art of Creating Solutions to Problems of Any Kind", Richard Fobes, Solutions Through Innovation, USA (1993)
 
 
 
本ぺージの先頭 はじめに 3. 問題をとらえる 4. 問題を解く意欲と動機 5. 問題を分析する 6. 解決策を考える 7. 解決策を具体化する 8. 試行とフィードバック 9. 実践の継続

 
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最終更新日 : 2000. 6.19   連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp