TRIZ論文

技術と制度における運動と矛盾についてのノート

高原利生 ()

『TRIZホームページ』 論文
2012年11月 22日 受理、2013年7月30日 微修正 

掲載:2013. 8. 4; 更新: (リンク訂正)2015. 4. 4

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編集ノート (中川 徹、2013年 7月28日)

本論文は、昨年の第8回日本TRIZシンポジウムの後で、日本TRIZ協会が発表の論文誌化を計画したときに、投稿いただいたものです。同協会では論文誌発刊を昨年末に断念しましたため、著者が『TRIZホームページ』での論文発表を希望し、今回の発表になりました。もっと早期に掲載するとよかったのですが、私の多忙のため9か月遅れになり、著者にも読者の皆様にも申し訳なく思います。

著者の高原利生さんは、定年退職後のこの10年間ほど、「差異解消の理論」(=問題解決・課題達成の理論)について、独自に考察され、論文を発表してきておられます。本『TRIZホームページ』では、その論文を散逸させないように、「高原利生論文集」を2回にわたり掲載しました。

高原利生論文集: 『差異解消の理論』 (2003-2007) (論文14編所収; 解題付)(2008. 3.30)

高原利生論文集(2): 『差異解消の理論 (続)』 (2008-2012) (論文13編所収; 解題付)(2013. 3. 7)

著者の考察の経過や独自に構成されてきた概念・用語については、これらの論文集解題や論文を参照ください。

今回の論文は、著者独自の大きな構想に従い、矛盾と弁証法についての考察をきちんと述べています(全20頁)。(論文タイトルを理解するために)著者のいくつかの用語を、中川の理解する範囲で、ここに大まかに補っておきます。

粒度: 認識における空間・時間的、意味的な広がり・大きさ。

オブジェクト: 知覚できるものすべてについて、ある粒度で認識したもの。存在するもの (ものと心)および相互作用。

属性: オブジェクトの持つ性質(内部構造を含む)(とその値)。

相互作用: (存在間の) 関係 = (存在間の) 作用= (一つの) 運動= (時間軸上の) 過程= ( 結果として) 変化

技術: 人間の自然への働きかけを媒介する手段(すなわち技術手段)、およびそれを作り、利用、運用する過程の総体。

制度: 人間の共同体への働きかけを媒介するもの(すなわち共同観念)、およびそれを作り、利用、運用する過程の総体。

運動: オブジェクトおよびその関係の変化。 位置的運動に限らず、物理的、化学的、有機的、社会的運動、人間の行動、観念の運動を含む。

矛盾: 従来の矛盾の概念をすべて含んで、ここに拡張した概念。外部との関係を持つ二項(属性または値)の関係の生成と運動(変化)。

なお、PDF 版を正論文として扱い、このHTMLページは、編集者による紹介を意図したものとご理解ください。

注: 青色フォントは、具体例と引用を示す(著者)。節番号は階層化しているが、階層区切り記号を省略している (例えば、531.節は、5.3.1 節の意味)。
   「概要」は2013年7月30日追加提出。

 

目次

概要

1.  はじめに

2. 物々交換

21. 物々交換の概要
22. 物々交換以前
23. 物々交換の成立
24. 宇宙の知的生命体の物々交換
25. 物々交換についての従来の矛盾の問題
    1) 概要、  2) 何もない状態から始まる矛盾が扱えない、
    3) 従来の矛盾の外からの原動力の扱いがない、 4) 結論

3.基本概念

31.事実、オブジェクト
32.価値、機能、属性、構造、粒度
33.技術と制度

4.粒度と網羅の管理

41. 粒度、網羅の相互規定と意義
    1) 原理的関係、 2) 粒度と網羅の意義、 
    3) 正しい粒度と正しい網羅の相互規定の全体が開く可能性、 4) 演繹と帰納を統合する網羅
42. 粒度、網羅の管理対象
    1) 粒度、網羅の管理対象、 2) 実用の場面の管理対象
43. 粒度特定の方法

5. 運動:世界の要素

51. 世界の最小近似モデルの粒度
52. 運動の前提:網羅、原動力、二項、
    1) 運動の網羅、 2) 原動力と二項
53. 運動の構造
    531. 運動の型、 532. 運動の要素、 533. 運動の型と要素の関係、
    534. 型と要素の関係の運動の生成の場合の例
54. 運動の機能
    1) 運動の構造の総括、 2) 運動の原動力と機能
55. 総括と六種の運動

6. 矛盾

61. 概要
62. 個々の矛盾の説明
     二変数の両立の運動、  二変数の両立の生成、  
     一変数の差異解消 (新機能生成、不具合解決、理想化)、
     一変数の差異生成 (新機能生成、不具合解決、理想化)、
           「論理的」変化を行う運動
63. 総括
64. 矛盾解決の典型的流れ

7. 従来の矛盾との関係

71. マルクスの矛盾
72. エンゲルスの矛盾と三つの法則
73. アルトシュラーの矛盾
74. 矛盾に関する付言 

8. 世界

9. あとがき

謝辞

参考文献

 

論文(和文) PDF     論文概要(和文) PDF    

英文ページ   論文(英文) PDF 

 

本ページの先頭 論文先頭 1.  はじめに 2. 物々交換 3.基本概念 4.粒度と網羅の管理 5. 運動:世界の要素 6. 矛盾 7. 従来の矛盾との関係

8. 世界

9. あとがき 参考文献 論文PDF 論文概要PDF 論文(英文)PDF 高原利生論文集(1) (2003-2007年) 高原利生論文集(2) (2008-2012年) 英文ページ

 

技術と制度における運動と矛盾についてのノート

高原 利生 ( )

A Note on Movement and Contradiction in Technology and Institution
TAKAHARA Toshio ( )

『TRIZホームページ』 論文
2012年11月 22日 受理 (掲載: 2013年 8月 4日)

 

概要

マルクスの資本論は、物々交換が定着していて、商品がすでにあるという前提から始まる。マルクス以後、マルクスを解釈する立場からの矛盾、弁証法が世に普及した。しかし、マルクスが語らなかった推定六千年前の物々交換成立は、人類の歴史の大半を費やした最大の画期的発明、最大の変革、最大の運動だった。この変革、運動を扱わねばならない。
TRIZの創始者アルトシュラーは、マルクス、エンゲルスの矛盾を、「技術的矛盾」「物理的矛盾」として対象をほとんどの運動に広げた。しかしまだ少し足らない。
全ての運動を扱うように、アルトシュラーの矛盾を拡張し、全ての運動を扱う最少モデルを求めたい。

技術とは、技術手段の生成と、その運用、保守の運動の全体であるように、根源的網羅思考の結論の一つによれば、「あるもの」は、「あるものの本質の生成と運動」である。世界近似の最小モデルの「本質の生成と運動」と言う時の「本質」とは「二項とその間の運動」ととらえる。「二項とその間の運動」の生成と運動が矛盾である。最初の物々交換は、二人の間の物々交換が初めて生まれたのである。「二項とその間の運動」を生成するのは、「二項とその間の運動」の外部からの運動だけである。
最小の近似モデルであるから、「二項とその間の運動」の二項の各項の属性数は2 以下、属性の値の数も2 以下になる。この最小モデルの機能は限られる。2 という数の片方が目標、もう片方が現在を表わす一変数の差異解消か、2 という数の両立を表わすかである。一変数の差異解消は、通常の変更作業 (新機能生成、不具合解決、理想化という目的実現行為 )である。二変数の両立は、属性の両立については「技術的矛盾」 の拡張で、値の両立については「物理的矛盾」の拡張となる。

この矛盾は、マルクス、エンゲルスの使い方や、TRIZにおける定義と完全な上方互換性を持ち、従来のTRIZの豊富な結論の体系を変更せずそのまま活用でき、同時に、問題点を解決し、新たな展開の可能性を開く。
この運動の構造である矛盾、弁証法と、粒度と網羅を基礎とした根源的網羅思考が、両輪となって新しい方法と哲学を作る。

 

1. はじめに

弁証法は、もともとギリシャの対話の術であり、自己内対話である思考の方法でもある。

今の弁証法は、残念なことに、ヘーゲルの「正反合」か、マルクスの自律矛盾 [MAKINO] か、エンゲルスの「三つの法則」になってしまった。これらは、狭い範囲、一面、粒度でしか正しくない。アルトシュラーのTRIZの弁証法は、これらを含む大きな論理を持っている。

弁証法の中核をなすのが、矛盾である。筆者は、ヘーゲルとも、マルクスとも、エンゲルスとも異なり、アルトシュラーともやや異なる矛盾概念の展開を行ってきた。[FIT2011] [FIT2012] [TS2012]

本稿は、二章で、従来の矛盾で扱えない運動の例として、物々交換の誕生から教訓を引き出し、次いで三章で、粒度と網羅の管理、四章以降で、その粒度と網羅からの、運動、矛盾の定義の根拠について述べ、この矛盾は、運動の構造に等しく世界の最小近似モデルであることを示す。時間空間の生成など人間が関与できない領域を除き、技術、制度に主眼を置いた検討である。

 

広まっている定義が問題ないなら、再考の必要はない。ある定義に固執するのも、サルトルのように定義は物事を固定して捉えるとして排除する[SRTR] のも、ともに正しい。TRIZの分離原理は、双方の要請を満たす。

定義は、網羅された内容から粒度を定められ、常に意識できる簡潔なものであることが望ましく、かつ、詳細な検討の展開が可能な内容を持っている必要があり、既存の定義との関連が明確でなければならない。

本定義は、マルクス、エンゲルスの使い方や、TRIZにおける定義と完全な上方互換性を持ち、従来のTRIZの豊富な結論の体系を変更せずそのまま活用でき、同時に、問題点を解決し、新たな体系は新たな展開の可能性を開く。本稿中に行っている定義の批判は、既存のものが「ない」ことの批判であって、今、あるものは概ね正しい。ただ少し足らなかっただけである。

本稿は、運動と矛盾概念の、従来との違いを検討したノートである。

 

2. 物々交換 [TS2010]

21. 物々交換の概要

道具の発明が、労働、技術をもたらした。言葉の発明が、情報交換をもたらした。道具と言葉は、以前から多くの人によって人間を人間にしたものとして扱われてきた。これらはそれぞれ労働、情報交換の手段である。はじめて道具や言葉が作られ使われたことがあったと同様、人類史のある段階で、はじめて、道具や言葉と同様の重要さを持つ物々交換が行われた。[TS2010]

資本論第一巻第一章は、物々交換が定着していて、商品がすでにあるという前提から始まる。そして、商品の使用価値と(交換)価値という二つの属性が、矛盾の運動の結果、(交換)価値という属性が貨幣になって独立するという壮大な論理の物語である。[DC]

この物語の前に、マルクスが語っていないもう一つの物語がある。それは、平和的な物々交換普及というもう一つの物語である。闘って勝ったほうが相手の持っていたものを手に入れるというルールが一般化しても不思議ではなかった。しかしそうならなかった。平和的な物々交換の普及という奇蹟が起ったのである。物々交換は、人類史上最大の画期的発明であり、人類最初の経済制度であった。自然発生的な家族制度、分業、言語を別にすると、最初の制度である。この発明の奇蹟に比べれば、マルクスが分析した貨幣誕生も、道具が普及し今日の技術の隆盛を見たのも、言葉が普及したのも、当たり前のことが自動的に起こったに過ぎない。なぜ、物々交換が実現したのか、謎を解かねばならない。

 

22. 物々交換以前

強奪であれ、平和的な物々交換であれ、これが成立する条件として、自己と他者があり、所有意識があるのは自明と思われている。しかしそうではない。

物々交換がなく強奪の意識しかなかった時代には、自共同体意識、他共同体意識の区別のない漠然とした観念しかなかった。この強奪は、漠然とした共同体との一体化意識のような意識が発現させたもので、強奪に所有意識は関係しない。今の時代の強盗行為とは全く実行に際しての意識は異なっており強奪は「悪」ではなかった。強奪される相手共同体が他者であるという意識は育っていなかった。この強奪は、木になっている果物を取るように相手からものを持ってくる行為であった。

強奪が定着し、平和的な物々交換が成立しなかった架空の歴史を我々は想像することができる。別の共同体の生産物を手に入れるには、相手との戦いが必要で、その都度、多くの犠牲者が出た。一方で、相手との戦いは、他共同体所有意識、他共同体意識、ついで自共同体意識を生んでいった。

生産物が、あり余っていれば、余っている生産物を強奪され、相手の生産物を強奪しても、何も問題が生じない。しかし、実際は、生産物の増加は、人口の増加に使われ、余剰が生じることはなかった。また、この場合、他共同体所有意識、他共同体意識も発生しなかったであろう。したがって自共同体意識も発達しない。

より未開の時代と異なる、強奪の時代の意識の意義は、平和的な物々交換を準備したことであろう。より未開の時代は、個と共同体との漠然とした融合的一体化意識しかなく、それは正確には共同体意識でも一体化意識でもなかった。対象化と一体化も、個と他も分離していない。しかし、自共同体所有意識と他共同体所有意識、自共同体意識と他共同体意識の区別の萌芽がわずかに見えてきた。この芽の成長と蓄積こそが変化であった。長い強奪とそれへの相手の抵抗の繰り返しの中で、自分の共同体と違う他の共同体という観念と所有という観念が芽生え出す。これが、その後の物々交換に必要だった。

 

23. 物々交換の成立

物々交換のためには、自分の共同体の持っているものを相手に与え、相手も同じことを同時にするという共同観念の生成が必要である。ここから、経済についての共同観念の発展の歴史、経済制度の歴史が始まる。

物々交換の成立には、次の三つが必要だった。

1.自分の前にあるものが自分の共同体の所有であり、相手の前にあるものが相手の共同体の所有であるという認識

2.自分の共同体の所有物を相手に与え、相手も同じことを同時にするという物々交換予定像

3.いつ、どこで、どのぐらいの量を受け渡すかという物々交換実行の場所と時間の予定像

両者を考慮したこの共同観念を、別々の共同体の代表が共有することが物々交換という画期的制度の始まりである[TS2010]。奇蹟としか言いようがない最初の物々交換の成立がどうして起こったのかは、今となっては謎である。

図1. 物々交換の各段階(年は想定)

謎の解決のための仮説は、次のようなものである。

女系社会が男系に転換したとされる仮説の「女性の世界史的敗北」と同時期またはそれ以前だったと推定される最初の物々交換でも、物々交換の交渉者は武力に優れた男であり得る。物々交換の交渉が成立しない場合は、相手を殴り倒さないといけないかもしれないので。したがって、二つの共同体の交換の代表者が男と女であった可能性があり、この二人の恋が最初の物々交換を可能にしたのではないか [IEICE2012] ?たまたま、両共同体に、生産物がやや余っている時期と、恋によって生じた、お互いが相手にプレゼントを与えたい感情が重なるという極めてまれな条件が生じた。これが、強奪によって生じるいさかいで死者が増えるのをどうすればいいかという、共同体リーダーの悩みの種であった問題を解決した。物々交換が成立すれば、共同体双方の生産力が向上するという認識は、当時はなかったと思われる。この認識不足を埋めたのが恋だった。こうして、物々交換頻度の増大が、分業による全体の生産力の増大をもたらし、自分の共同体の生産力の増大になっていく。これは、当時は、道具の改良と共に、人の生命という価値の最も重要な客観的増大手段だった。

こうして、最初の物々交換は奇蹟的に成立した、それにしてもよくぞやってくれた、というのが仮説である。

 

最初の物々交換成立までの第一段階の結果、その最初の行為をする二人の代表者の観念に、この共同観念が共有された。共有は、両立の一種で、両立したものが同じ属性の同じ値を持つ場合である[FIT2011] [TS2011]

物々交換という制度は、構成メンバーの観念間の矛盾と、ものの、ものとしての属性と制度としての属性の矛盾の二つの矛盾に担われる[TS2010]

次に、第二段階で、物々交換の成功の継続は、物々交換を、次第に継続的必然的なものに変えていく。つまり、物々交換を直接担う共同体双方の先進メンバーが、一時的に偶然の物々交換を可能にしたが、その継続は、一時性、偶然性の程度を下げていき、それが、物々交換を次第に継続的、必然的なものに変えていく。

この過程は、ある共同体では成功し、ある共同体では失敗するが、成功する共同体は次第に増えて行く。

この過程が難しいのは、第一に、自他共同体の双方が、同じ自共同体所有意識、自共同体意識、他共同体所有意識、他共同体所有意識を持っていないと成功しない過程だからである。

この過程が進行するためには、第二に、当時は自然条件、環境条件の変動が、緩やかであったという偶然の歴史的事情もあったかもしれない。この条件のもとでは、物々交換と分業が進んでいけば、単純に生産力が増して共同体は発展を続けていくが、物々交換が成立しなかった共同体は、分業も発達せず低いままの生産力しか持たず衰退していく。

共同観念として物々交換という制度が定着し、被交換物に、差異解消の矛盾が(交換)価値という属性を定着させ商品が成立する[TS2010]

その後の第三段階から「資本論」が始まる。貨幣が誕生し、その後、他者意識、自己意識、所有意識の世界も開いていく。

 

24. 宇宙の知的生命体の物々交換

物々交換は、偶然の奇蹟によって生じ、地球では普及した。しかし、宇宙の他の知的生命体ではそうではないかもしれない。

地球の今は、空間的に環境差があり、そこに小さな個体が分散して生きているという条件がある。地球の今は、たまたま、空間的に、山があり平野があり川があり海があり、多様で豊かな自然を持ち、環境差が大きい星である。そこに小さな生命個体が生まれた。そのため、環境差に適応して進化が進んできた。分業も生じた。

別の星では、環境差がないかもしれない。この場合、異なった労働、生産物の発生、地域差による分業が発生しないかもしれず、発生するにしても時間がかかる。物々交換は生じないかもしれず、生ずるとしても、展開には時間がかかる。

別の星では、人口が増えず、生産物があり余っているかもしれない。この星では、物々交換はなく、欲しい人が欲しい生産物を自由に持っていく。

また、別の星では、個体が大きく、分業、物流の機能は、巨大生命体に内蔵されているかもしれない。

地球では、そうでなかった。たまたま、地球では、空間的に分散して知性を持った個体が、別々の種類の労働をして、別々の種類の生産物を得るようになった。そして、平和的物々交換が誕生した。生産と消費が分離し、それぞれの労働、物々交換、コミュニケーションが発展していく。物々交換は貨幣を媒介にして間接的になり、さらに間接化が進む。労働も分業が高度化していく。

 

25. 物々交換についての従来の矛盾の問題

1) 概要

弁証法論理学にとって不運なことに、マルクスは、資本論を、物々交換がすでに普及し、交換されるものが商品になっていることを前提にし、商品の分析から始めてしまった。マルクスは、なぜ商品の分析から始めるかを、説得力をもって語り、我々はうっかり納得させられてしまう。

資本論は、物々交換による交換制度が成立した後の論理の物語である。彼が、物々交換成立までの過程を省いたことで、何が得られなくなったか?彼の貨幣誕生の論理のどこに問題があるか?

 

従来の弁証法的矛盾の定義は、名前さえ付いた対立物二項がすでにあり、すでに両立していて、その二項の自律運動が、法則によった運動形態を生み出すのであった。

物々交換には、交換を行う人の観念間の運動と、被物々交換物の内部の運動の二種ある。

物々交換の成立に至る第一段階は、物々交換が成立するためのある共同体のリーダー間でのみ、物々交換を行う共同観念が共有される時までの段階である。共同体の二人のリーダーの観念という二項と、その間の関係、運動という従来の矛盾の原型が、何もないところから生じる。これに付随して、ゆくゆくは商品となる当の被交換物においてだけ、何かのために有用であるというものとしての属性に「交換可能性」という制度上の属性が付加される。

物々交換の成立の第二の段階で、人々の観念には、共同観念として交換制度が定着する。これが共同観念の矛盾の解である。一方、被交換物の矛盾は、使用価値というものについての質的属性と、(交換)価値という制度についての量的属性が対立物として定着し、商品が成立する。

そして新たに成立した商品の運動による、第三の段階の新たな矛盾が始まる。第三の段階の商品の矛盾は従来の矛盾で扱える。そして、貨幣が誕生する。商品の矛盾だけでなく、共同観念の矛盾も、第一段階、第二の段階を引き継いだ矛盾が、全員に展開され進行し、交換制度が定着する。

 

マルクスの問題は二つ、第一は、商品成立以前に第一段階、第二段階があることを無視し、その運動を検討しないこと、第二は、この第三段階で、流通の効率を求める外部運動を考慮に入れず自律運動として扱ってしまう[DC]ことだ。

 

2) 何もない状態から始まる矛盾が扱えない

第一段階、第二の段階の、何もないところから始まる物々交換の成立も、矛盾の運動で扱わねばならない。なぜならこれも運動だから。従来の自律矛盾との統一的な考え方を生みださねばならない。従来の弁証法的矛盾からはこれは外れてしまう。

物々交換は、人の観念間の運動、矛盾であると同時に、被交換物内部の運動、矛盾である。これは、マルクスが扱わない第一段階、第二段階も、第三段階も同じである。都合六つの矛盾の内、マルクスが、扱うのは、第三段階の被交換物、商品の内部の運動、矛盾だけである。

 

マルクス以降も、残りの五つを矛盾として扱った人はいなかった。マルクスが、商品から始めたことで、その後の論者の頭からこれは外れたのである。

ヘーゲルは、種子の発展の自律矛盾を述べた。マルクスもこのヘーゲルの影響から抜け出せなかった。

 

3) 従来の矛盾の外からの原動力の扱いがない

マルクスは、商品の分析から始めることによって、交換制度の誕生の論理をとらえ損ねたが、もう一つ、マルクスのとらえ損ねたものは、彼が、矛盾の原動力を正当には述べなかったことである。彼は、物々交換の第三段階で、流通の効率を求める外部運動を考慮に入れず自律運動として扱ってしまい[DC]、物々交換の一面しか分析しない。

外からの原動力を扱わないことが、何もないところから始まる矛盾もうまく扱えないことにつながる。ここで「外」というのは、狭い意味の従来の矛盾の「外」という意味である。外からの運動が、何もないところから矛盾の対立物の原型を生じさせ、やがて外からの力の持続に伴って対立物になり結果として従来の矛盾が形成される。

 

矛盾の形成の場合が、原動力が、外からの運動である極限である。もう一つの極限は、「すべての事物の運動の原動力は事物自身の内部矛盾にある」ように見える極限である。例えば、植物の種子のように、内部に今までの歴史を凝縮させている場合であるが、この場合でも、発芽等を起動するのも外力と従来の矛盾内部の力の双方であり、全体の運動を進化の粒度で変化させるのも外力と従来の矛盾内部の力の双方である。

 

マルクスが矛盾として扱った、物々交換第三の段階で貨幣が誕生する検討でも、彼は、自律矛盾の展開を行うだけで、交換効率追求の要請という外からの原動力を無視する。この運動は、本来、商品内部の運動と外からの原動力の双方を考えないと問題の全面的分析はできない

矛盾の原動力には、外からの運動とそれを受ける従来の矛盾内部の力の二つがある。外からの運動に二種あり、客観的力と人間の価値実現の意図的努力である。

 

4) 結論

要するに、矛盾が、全ての運動を扱うことができなかった。

当時のマルクスに完全な正しさを求めるのは無理である。しかし、もし、マルクスが、物々交換の開始を検討していたら、結果として、現在のものに対する態度、特に所有意識の不十分さは解消していたかもしれない。さらに、物々交換の前提となる分業についての根本的な概念把握もでき、「分業は悪」という間違ったメッセージが長期に渡って続くこともなかったかもしれない。分業によって得られる高度さを維持しながら、一体性を回復する論理も完成の域に近づいたのではないか?これらの点は本稿の課題ではないが。

 

マルクスから学ぶべきは、本稿で述べる粒度、網羅への彼の態度であり、個々の結論ではない。しかし、マルクスやエンゲルスの書いたものを解釈するだけの読み方が続いた。

アルトシュラーまで、彼の矛盾概念を大きく変えた人は現れなかった。

 

3.基本概念 [FIT2005][TS2007][TS2008]

前提となる次の基本概念の概略を整理しておく。

31.事実、オブジェクト

オブジェクトは、世界の観念上の静的単位で、知覚できるものであり、存在: システムオブジェクト、と相互作用(=運動):プロセスオブジェクト、の二つがある[KNT] [EPM]。さらに種類という面から、存在を、ものと心(自分の心と、他人の心のうち認識可能な物理的実体に担われたもの)に分ける。

 (存在間の) 関係 、 (存在間の) 作用、 (一つの) 運動、 (時間軸上の) 過程、 (結果としての) 変化は、同じものを、違う属性の粒度で見たものである。まとめると次のとおりである。

1.物 :存在

2.(固定化してとらえた)  「観念」:存在

      21. 実体に担われ認識できる観念内容

      22. 私の精神

3.(存在間の) 関係 = (存在間の) 作用= (一つの) 運動=( (時間軸上の) 過程= ( 結果として) 変化

運動は位置的運動に限らず、物理的、化学的、有機的、社会的運動、人間の行動、観念の運動を含む。

作用は必ず相互作用である。

運動について分かっている前提を整理する。

実用上、運動しているかどうかの認識は、通常は、変化を観測できるかどうかによっている。その上で、運動を、ある状態にあり、同時にある状態にないという「論理的」矛盾として理解する。運動を直接観測できない観念について、やむを得ず、変化が観測できれば、運動と理解することによって思考や感情の運動を扱う。

一般的運動の場合、変化の観測を用い、その属性が「ある状態にある」と同時に「ある状態にない」ということを次のように表現することができる。これは、運動の構造を示さない、最も粗い密度での運動表現で、論理的矛盾に似ている。通常の意味の論理的矛盾ではなく、「論理的矛盾」的矛盾、ないし「論理的」的矛盾であるが、これを「論理的」矛盾と書くことにする。

Aが一般的 (位置的、機械的、化学的、有機的、生物的、社会的) 運動をしているとする。

ある時点t で、Aがcという値の「ある状態」にあり、時点t +冲で、Aがcに等しくないc +冂という値である時、Aは「ある状態にない」。

冲 をゼロに近づけていくと、冂がゼロに近づいていき、冲 をゼロに限りなく近づける極限で、冂がゼロに限りなく近づいていくことを、「ある状態にある」かつ「ある状態にない」という。

 

オブジェクトの組み合わせであるオブジェクト世界が、現象に対応する。変えられるものは認識できるものの中にある。[FIT2004]

 

32.価値、機能、属性、構造、粒度

オブジェクトは、機能構造という面からは、粒度によって全体から切り取られ、属性を持つ。

属性は、内部構造と(狭義の)属性を持ち、を持つ。

ここでの「値」は、(狭義の)属性の場合、温度20度のような量的な、または赤のような非量的なある値で表現される。

「値」は、内部構造が細胞分裂の時のように変化しつつある時は、内部構造の具体的状態も値である。

また、変化しているかどうかは、粒度に依存し、粒度は視点に依存している。

(狭義の)属性は外部に対しては機能となり、変化しやすい状態としにくい(最狭義の)属性からなる[TS2007] [TS2008]。状態と(最狭義の)属性の差は、相対的で、風呂の場合、水位は状態、バスタブの形は属性であるが、バスタブの色は、場合によって、どちらにもなる。

図2. オブジェクトの構造

属性は、分かりにくい。分かりにくい理由の一つは、属性の粒度特定が、価値、機能、属性の歴史的な関連の連鎖を、大局的根源的に判断して行われるべきもので、かつ、長い目で見れば変化しており、また、無意識のうちの判断で行われるからであろう。

今の私の価値観と属性は、次のような連鎖を経た相互規定の関係にある。

今の行為の目的は、無意識の価値を具体化したものになっており、価値は無意識の行為の規定要因である。何かの意味は価値に規定されている。機能は運動、行為の意味である。属性は、機能に一対一に対応する客観的なものである。つまり、究極の価値から他のより粒度の細かい価値が展開される。

意図する私の機能と意味から、

1) 意図しない私の機能と意味→その可能性の機能と意味、属性、

2) 他人の機能と意味→その可能性の機能と意味、属性

という階層と相互規定があり、機能が属性に次第に展開されていく。

こうして、主観的なものが、次第に客観的な属性にまで長い歴史の末に、展開された。この階層は、

価値→目的→機能→(単なる) 意味→属性

という大きな意味の階層の一部であり、次第に意味が薄れていく。それぞれにも、究極の価値→より小さな価値といった階層、目的の階層、機能の階層がある。

相互規定は、究極の価値も日常の意味の歴史を総括して得られることをも、今の目的が、大きな価値、今の物事の意味の総体に規定されていることもあらわす。上の系列の矢印は逆向きでもある。

価値←目的←機能←(単なる) 意味←属性

今の私の価値観と意味は同時決定されており、かつ変化している。

粒度とは扱う事物の空間的時間的範囲と抽象度、密度とは扱う事実のきめ細かさである[FIT2005] [TS2007] [TS2008]

 

33.技術と制度 [TJ200306] [TS2008] [TS2009]

人類誕生以来、人は、個人の領域以外に、技術の領域と制度の領域を持つことになった。これは、それぞれ人間の自然、共同体への働きかけを媒介、仲介するものとしてそれぞれ技術手段、共同観念を持つ(なお、科学は、人間の体系的認識に関する共同観念であり、認識にはこの他に芸術があるが、いずれもここでは扱わない)。

技術とは、技術手段とそれを作る過程、それを利用、運用する過程の総体である。制度とは、共同観念とそれを作る過程、それを利用、運用する過程の総体である。技術においては、技術手段を作る過程を経て技術手段が生まれる。人はこの技術手段に人と「対象」の間を仲介させ、利用、運用し、人の「対象」に対する働きかけや「対象」からの働きかけを改善する。制度においては、作る過程を経て共同観念が生まれる。成員全体の共同観念を利用、運用することによって、「対象」に対する働きかけはスムーズに行われる。

図3.  技術と制度

 

 

4.粒度と網羅の管理

事実の変更のための思考の必要条件は、価値を前提に、

第一にオブジェクトの「正しい」粒度、
第二にその粒度での網羅の全体性、
第三にオブジェクト間の論理として矛盾の論理

である。

第一と第二は、従来、本TRIZシンポジウム等で述べてきた根源的網羅思考[TS2009] [FIT2010] [TS2010] [FIT2011] [TS2011] の形式的根拠を与えるものになっている。

 根源的網羅思考は、既存の観念を含む事実に謙虚であり、同時に、既存の観念と自己を相対化し批判しながら、オブジェクト世界の、粒度と構造を見直し続ける。

41. 項で、粒度、網羅の相互規定と意義、42. 項で、その粒度、網羅管理の対象についての準備をした上で、43. 項で、オブジェクト粒度特定、5. 項で、これに沿って、運動のオブジェクト粒度特定、定義と、その内部の網羅の検討を行う。

 

41. 粒度、網羅の相互規定と意義

1) 原理的関係

サブオブジェクト、オブジェクト、それら間の関係、オブジェクトの運動を、以下、オブジェクト等ということにする。

11) 網羅の原理

粒度と網羅について、次の網羅の原理がある。

網羅の原理オブジェクト等の網羅は、全体のオブジェクト等の粒度と オブジェクト等の粒度に依存する。

制約の数より変数が一つ多いので、同時にしか決まらない。

全体のオブジェクト等の内部構造は、オブジェクト等の粒度、オブジェクト等間の関係である。

時間、空間の粒度は分かりやすいが、属性の粒度が分かりにくいので、その例をあげる。袋に入った100個のボールが、様々な色を持っているとする。色毎に分類する場合、赤、橙、紫、等の30種に分けるか、100個全て別の色と見るかは、オブジェクトの粒度の把握による。この場合、粒度は色という属性の抽象度である。この例では、全体オブジェクトの粒度が決まっているが、オブジェクトの粒度と網羅が相互規定のため決まらない。

虹を何色と見るか?日本では7色とされるが、アメリカでは6色、ベルギーでは5色とみるらしい。[HDK]

12) 型(種類)という粒度と網羅

全ての個別のオブジェクト等の網羅が不可能な場合、型(種類)が使える。

種類(型)は、全体についてオブジェクト等の網羅ができている前提で、次の制約を満たすものである。

オブジェクト等適度の粒度の種類に分類して、
1. 異なった種類に対しては異なった形式的処理ができ、同じ種類には同じ形式的処理ができ、
2. 種類が、漏れなく重複なく全体を網羅できる、
そういうあまり多くない分類の種類ができれば、型(種類)の分類ができたという。

型(種類)は、それ自体、有益な認識である。個別の網羅が不可能な場合でも、網羅を可能にする大きな利点がある。

 

2) 粒度と網羅の意義

粒度と網羅の実用上の意義を羅列する。

21) 粒度特定の二つの意味

粒度特定は、思考や議論の前提として、物事を固定してとらえる定義という面と、物事の再把握、変更という面の二面が、ともに重要である。

22) 選択の場合、完全な網羅からの粒度選択が不可欠

候補の中から選択の場合、網羅された全空間から特定されず粒度に抜けがあると、その粒度は、認識、変更の「正しい」ことを保証しない。抜けた中に、「正しい」またはより「正しい」ものがあるかもしれないからである。

50人の中から一番背の高い人を選んでも、他の50人の中にもっと背の高い人がいる可能性がある。

23) 適正な粒度が正しい論理に不可欠

これは、粒度と論理の関係である。

思考、議論のためには、粒度、網羅の意識は、不可欠で、これなしの思考は間違い、議論は、かみ合わない。[FIT2011]

第一に、どんな事実と価値の粒度のもとでも、例がありさえすれば、一見正しい論理で任意の結論が作れるから、自分自身であれ、自集団であれ、他に対してであれ、人は易々と騙されてしまう。例があれば人が易々と納得してしまう理由は謎である。どんなものにも例はあるので、一見「正しい」論理で結論はいくらでも作れる。

第二に、事実と価値の狭い粒度、一面で、正しい論理を使って出た結論を、言う側も聴く側も、全ての粒度、面、場合で正しいと思い込み、思いこまされる。

世に横行する殆ど全てが、基本は、この二つのどちらかまたは組み合わせである。これに、感情に訴え、過剰な単純化や、論理をすり替える変形が付け加わる。

この意味でも事実と価値の粒度の正しさは必須である。正確には「世に横行する殆ど全て」がそうであるというのは、正しくなく、本稿を含めた「全て」が、と言うのが正しい。これは変更持続を求める「根源的網羅思考」の根拠でもある。

思考、議論において、オブジェクト、価値の粒度を明示することは、上記の様々な意味で極めて望まれることであるが、実際には、意識すらされない。[FIT2011]

 

3) 正しい粒度と正しい網羅の相互規定の全体が開く可能性

粒度と網羅の相互関係について、
   網羅が粒度を規定する場合
   粒度が網羅を規定する場合
   両者の相互関係が全体を高度化する場合
を述べる。

31) 粒度から網羅へ

粒度が確定されれば、その粒度の正しさによる、空間時間、属性の面の全面性の程度が、網羅される要素の認識、変更の有用性を決める。

32) 網羅から再び粒度へ

ある粒度で、要素が網羅されていないとすれば、不足を満たす網羅は、この粒度におけるより完全な認識、より正しい粒度を再確定し、また、法則認識、新しい変更可能性を開く。

33) 粒度と網羅のサイクルによる高度化

上の二つを行きつ、戻りつしながら、粒度や網羅の中から高度の認識を得る思考サイクルが起動する。

後の、量質転化の法則の拡張例や生産力と生産構造の矛盾の発見は、このサイクルによる網羅の中からの法則性の発見であった。本稿の後半では、これによる運動、矛盾の粒度確定と内容展開例を示す。

 

4) 演繹と帰納を統合する網羅

網羅、型の網羅は、厳密な帰納を可能にし、それが、演繹と同等の厳密な論理を構築する可能性を生じさせる。

 

42. 粒度、網羅の管理対象

粒度の管理対象を検討する。

1) 粒度、網羅の管理対象

粒度、網羅の管理対象は、認識、変更の対象全てであり、判断、変更のための認識、問題、そのための法則を含む判断、基礎となる価値である。

このうち、価値の粒度とは、価値が、空間的には、誰のための、どのような時間範囲の、どのような細かさの属性のものかということである。

誰のためとは、自分、家族、グル−プ、日本人、人間、全生命のため等である。

どのような時間範囲とは、今、明日まで、一年後まで、100年後まで、一万年後まで、太陽消滅時まで、太陽消滅後等である[AJMK]

どのような属性とは、生命、自由、愛等で、従来、価値論で取り上げられてきたものや、具体的な目的実現に表現されるものである。

この三つのそれぞれの粒度を、通常、人は意識しない。それぞれの粒度の中の複数の価値は、両立しないことが多く、それゆえ、例えば、わが身を捨てて大きな価値を実現することは美談となる。

 

2) 実用の場面の管理対象

これを受け、オブジェクトの粒度、網羅の管理対象は、実用上、次の場面で現れる。

a. 基本概念定義

定義を基に認識と変更を進めていくためには、定義と、構造と運動の網羅的展開の相互規定が完成されている必要がある。このため、粒度は、三つの面全部であるべきである。後の、運動、矛盾の例の検討では、時間的網羅による粒度確定した仮定義から、構造と運動の網羅的展開を行い、それを抽象して定義とした。

b. 事実認識の判断、問題の判断

b1. 扱う全体の粒度特定

b2. 構成する部品粒度特定

多くの場合、部品特定は、既存のものから選択する。

 

43. 粒度特定の方法

粒度特定には、大きく分けて、外から言う方法、内から言う方法、網羅による方法がある。
   外から言う方法は、外部に対しどういう他と違う作用、機能をもつかを言う。
   内から言う方法は、他と違うどういう内部構造(要素の粒度と要素間関係)を持つかを言う。
これらは、粒度を狭めはするが、唯一の粒度特定には使えない。

 

本質的な唯一の粒度特定は、網羅によるものである。

全体オブジェクト等は、オブジェクト等の空間的網羅か時間的網羅により特定できる。

空間的網羅による粒度特定は、オブジェクト等の網羅を行うものである。例えば、「人間とは何か?」という問いには、例えば、全ての人間を数え上げればよい。

時間的網羅による粒度特定は次のようなものである。

時間的範囲を極限まで広げた網羅がある。極限まで広げたこの時間粒度の中で変わらないものが本質である。この粒度では、あるものとは、あるものの本質の生成と生成された運動の過程の総体である。

技術とは、技術手段の生成と運動(設計、製造、運用、修理)の総体である。制度とは、共同観念の生成と運動(設計、製造、運用、修理)の総体である。最初の「生成」は始めての生成で、設計、製造はその都度の「生成」で、紛らわしい。

 

5. 運動:世界の要素

51. 世界の最小近似モデルの粒度

世界の近似の最小モデルを求めたい。これは基本概念であるから、時間的網羅、空間的網羅から追及を行い、粒度の確定と、「あるものの生成と運動」という認識から要素の網羅を図って内容展開の両方を行いたい。

まず時間的網羅により、世界近似の最小モデルの「本質の生成と運動」と言う時の「本質」とは何かを考える。

第一に、この「本質」を、認識の要素の静的なオブジェクトである存在や運動とすると、商品分析から始めてしまうマルクスのようになってしまう。ここでのマルクスの運動は、存在がある前提で、それとの間の関係で、一般的に理解されているものに等しい。この理解でも、すでにあるものの分析ならある程度はできる。しかしここでは、物々交換の歴史からの教訓から、「すでにある」ものから始めるという前提を外し、その生成も考慮しよう。物々交換という制度の最初の生成で分かったことは「二項とその間の運動」が、全く何もない状態から、丸ごと同時に生成されることであった。ここでは、二項の存在と運動は切り離せない。最低限、「二項とその間の運動」を単位としなければ、物々交換が始まる論理を分析できない。故に、とりあえず、「二項とその間の運動」の「生成と運動」と、とらえる。「本質」とは、「二項とその間の運動」であった。

第二に、物々交換の歴史からのもう一つの教訓として、外部からの運動を考慮しなければならない。そしてまた「二項とその間の運動」を生成するのは、「二項とその間の運動」の外部からの運動だけである。

 

この二点に注意し「二項とその間の運動」の「生成と運動」の網羅を試みる。

 

52. 運動の前提:網羅、原動力、二項、

1) 運動の網羅

運動の網羅については、

1. 運動の型の分類根拠と運動の型の網羅、運動の内部構造の型の分類根拠と内部構造の型の網羅、
2. 運動が、価値の一致を前提としているか対立を前提としているか、
3. 矛盾の解の型の分類根拠、解の型の網羅、
4. 特に技術と制度の区別とその中での、運動の領域の型の分類根拠、領域の型の網羅、
5. 運動の法則の網羅、

ができれば全体像が定まる。本稿の検討は、1. に限定する。[TS2011]

運動の型の分類の根拠の要件は、内容的に客観的事実の運動と人間の行動、思考の全運動を網羅できることである。運動は、ものの位置的運動に限らず、機械的,化学的,有機的,生物的運動も社会の制度的運動も、行動や思考を含む全ての運動である。

 

全運動網羅のための手段の第一は、理想的には歴史の全てを総括することである。

このための第一の視点は、次のようなものである。もともと、低次だが一体であったものが、間接化、媒介物の分離によって高次化したのが人の第一の歴史だった。一体だったものが、分離のために解体して生じた疎外を、対象化、分業で得た高次化の利点を保持したままで再び一体化によって解消しようとするのがまだ本格化しない人間の第二の歴史である。

第二の視点は、この歴史に介入して問題を解決してきたTRIZによって得られた多くを含む解を網羅することである。

 

手段の第二は、全運動の形式を網羅することである。

これにはいくつかの視点がある。第一は、矛盾の要素である対立項、相互関係の可能性を、認識できる全てのオブジェクト種類である、もの、観念、運動に開放することである。

第二の視点は、その矛盾の様々な粒度を網羅することである。
第三の視点は、その矛盾の様々な密度を網羅することである
。[FIT2011] [S2011]

 

2) 原動力と二項

運動の原動力には、運動モデルを構成するa. 自律的力(二項間に働く力)、b. 二項の外部からの力がある。
b.二項の外部からの力には、
   b1. 人が介入しない自然の客観的力、
   b2. 人の価値に規定された意図的力、
   b3. 人の価値に規定された力が働いているが長い時間で人の意図が隠れ客観的力のように見えるもの、
   b4. それらの複合体
がある。
重力などの純粋なa.とb3.の差は相対的である。b4. それらの複合体には、a−b3.までの力の副作用とそれを修正しようとする力が含まれる。

要するに、原動力は、自然の客観的力、人の価値に規定された意図的力、副作用、修正作用である。

 

運動は、一項に属しているように見え、自動車は単独で運動しているように見えるが、しかし、何かに対する運動であること、または原動力つまり運動の構造を考えることのいずれも、二項を必要とする

運動の構造の要素は、二項の属性、値、内部構造である。二項は、二オブジェクトのそれぞれの二属性か、一オブジェクトの二属性か、一オブジェクトの一属性の二値になって現れる。

 

この前提のもとで、運動の展開を始める。

 

53. 運動の構造

531. 運動の型

運動の型は、どのような粒度かを前提に、

オブジェクトの質的変化でない属性変化

オブジェクトの別の質のオブジェクトへの変化

オブジェクトの生成:オブジェクト数を0から1にする、またはなる変化

オブジェクトの消滅:オブジェクト数を1から0にする、またはなる変化

オブジェクト数の変化(0から1になる、すること、1から0になる、することを除く)

の五つに分類される。

質的変化の反対は量的変化ではない。「質的変化でない変化」を一語で表わす用語はない。質的変化でない属性変化は、(狭い意味の)属性の、オブジェクトの質的変化を伴わない量的変化と、オブジェクトの質的変化を伴わないオブジェクトの内部構造の変化から成る。

企業の人員の追加や組織変更という内部構造の変更をしても企業という質は変わらないことがほとんどである。

生成とは、オブジェクトが0から1になることである。無から存在が生じるのではない。粒度としてオブジェクトが見えるようになることである。

オブジェクトが1から0になる消滅とは、存在が無になることではなく、粒度としてオブジェクトが見えないようになることである。粒度はこの型の上位概念である。

 

532. 運動の要素

運動のそれぞれの型を構成する運動の要素には次のものがある。

1) オブジェクト内部の変化、変更

オブジェクト、サブオブジェクトであれ、その内部の、

11. (狭い意味の)属性の、オブジェクトの質的変更を伴う外部作用による量的変化、変更

12. オブジェクトの質的変化を伴うオブジェクトの内部構造の関係の変化、変更

13. (狭い意味の)属性の、オブジェクトの質的変化を伴わない外部作用による量的変化、変更

14. オブジェクトの質的変化を伴わないオブジェクトの内部構造の関係の変化、変更

 

2) オブジェクト全体の変化、変更

オブジェクト、サブオブジェクトであれ、その全体を対象とする、

21. 追加、除去、( 除去+追加の単純な合成である)取り換え

22. 媒介化

23. 組み合わせ、分割

これらの合成で、オブジェクトの運動の型が実現される。

 

533. 運動の型と要素の関係

運動の要素が運動の型を合成する簡単な概要を次に記す。運動のどのような原動力によるかは触れていない。

1) オブジェクト質的変更でない属性変更

13. (狭い意味の)属性の、オブジェクトの質的変更を伴わない外部作用による量的変更

14. オブジェクトの質的変更を伴わないオブジェクトの内部構造の関係の変更

によって実現される。

 

2) オブジェクトの質的変更による別の質のオブジェクトへの変更、
4) オブジェクトの消滅および
5) オブジェクト数の変更(0から1になることを除く)

11. (狭い意味の)属性の、オブジェクトの質的変更を伴う外部作用による量的変更

12. オブジェクトの質的変更を伴うオブジェクトの内部構造の関係の変更

21. 追加、除去、( 除去+追加の単純な合成である)取り換え

23. 組み合わせ、分割

によって実現される。

 

3) オブジェクトの生成

11. (狭い意味の)属性の、オブジェクトの質的変更を伴う外部作用による量的変更

12. オブジェクトの質的変更を伴うオブジェクトの内部構造の関係の変更

21. 追加、除去、( 除去+追加の単純な合成である)取り換え

22. 媒介化

23. 組み合わせ、分割

によって実現される。

 

以上については、TRIZや今までの検討で、かなり検討が進んでいる。例えば、TRIZの40の発明原理は、構造について、基本原理、ダイナミック原理、構造原理、置き換え原理、[機能・属性変化について、プラス原理、マイナス原理、等化原理、「反」原理を持つ[TS2008]、多様な解釈を許容する有用な原理である。

 

534. 型と要素の関係の運動の生成の場合の例

しかしオブジェクトの生成は、今まで検討不十分である。生成とは、他のものと違った論理が必要であるので、内容を検討しておく。TRIZの40の発明原理にも、仲介はあるが、単なる追加や、二項と関係の同時生成がない

1) 同じオブジェクト世界での生成

経験上、オブジェクト生成の方法には次のものがある。これは網羅でなく、ただ思いつくものを羅列しただけである。網羅は、今後の課題である。

11) 媒介による方法1:ものの媒介化

本稿で触れた、商品の使用価値と(交換)価値の矛盾が、貨幣という実体の独立によって解決する例がある。この例は、矛盾が、つまり二つの対立項が、その片方の属性、この場合(交換)価値、を実体化して解とするものである。

また、例えば、自分と対象という対立項と作用を良くする意図という相互作用によって矛盾を作り、手の作用機能のある属性の独立、実体化により、道具という技術手段による媒介化という解を見つける[IEICE2012]

両者は、生成されるオブジェクトがものであること、属性の実体化であることが共通している。但し、貨幣は、貴金属であったときだけ「もの」であったが、その後の通貨や紙幣は、ものに担われた共同観念になっている。

人が介入しない自然の力、人の力が働いているが長い時間で人の意図が隠れ、客観的力のように見えるもの、人の意図的力、その複合体によるものがある。

12) 媒介による方法2:共同観念の媒介化

ものの媒介化でなく、共同観念の媒介化が行われ、観念というオブジェクトが、独立する場合がある。物々交換の形成の場合、最初の形成に限らず物々交換が行われる場合はいつも、物々交換という共同観念が、行為者二人に共有されており、その都度、共同観念オブジェクトが生成されている。これは制度がすでにあるという前提でのオブジェクト生成である。

意図的観念による政治的、経済的等の集団の形成も、既存の制度がすでにあるという前提で、個々の政治的、経済的等の共同観念共有の生成を行うことである。

最初の物々交換では、物々交換という共同観念を最初にまず作らねばならないという困難があった。

これは特別の扱いをする必要がある。それは、二項と関係の同時生成の必要があるということである。できている政治的制度に誰かを加入させようとする時、変数は、相手という変数は一つである。しかし、物々交換制度を最初に作る場合、二項と関係という三つの変数が同時生成される必要があった。

13) 自然法則的生成

塵や隕石がお互い間の引力によって集まり、地球という質を形成する粒度になった時、地球というオブジェクトが0から1になり生成された。これは客観的力による合成である。

化学変化や閾値を超える変化によるオブジェクト生成で、別の質のオブジェクトが生まれる。蒸気、水、氷は、同じ水と見る粒度もあり、別々のオブジェクトと見る粒度もある。化学変化が二項間の関係であることは言うまでもないが、閾値を超える変化は一つのオブジェクトの変化のように見えるが、この場合も、その変化を起こさせている外部の何かがある。

人が介入しない自然の力、その意図的利用によるものがある。

14) 意図的合成、組み合わせによる方法

部品が組み立てられ自動車になった時、自動車という新しい質が生じ、自動車オブジェクトが0から1になり生成された。これは人間の意図的力による合成である。作文、作曲、映画の製作などもこの行為である。

人の意図的力によるものである。

15) 分割による方法

分割により新しくできたものが独立したオブジェクトになる場合である。

 

2) 異なったオブジェクト世界間における「生成」

実験室では、実世界とは違うオブジェクト世界で、実験を行う。そこでは自由にオブジェクトを追加し、取り去り、取り換える。

これも、無から存在が生じるのではない。二つのオブジェクト世界を一つのオブジェクト世界として見る粒度では生成も消滅もされていない。しかし、一つのオブジェクト世界の粒度で見れば、オブジェクトは生成され、消滅している。無から存在が、存在から無が生じるように見え、「生成」「消滅」が行われる。

実世界の共同観念の制度のオブジェクト世界でも、同様のことが起きる。制度とは、共同観念の共有であるから、メンバーが同意すれば、容易に実験が行える。制度は全て実験といってもよい。

実世界のもののオブジェクト世界でも、例えば部品が故障した場合、一旦、製品を別の実運用外のオブジェクト世界におきさえすれば、部品の除去、追加、つまり取り換えは自由にできる。実運用外オブジェクト世界では、オブジェクト「生成」「消滅」が起こっていると考える。

なお、本稿では、人間の常識的世界に限定していて、ビッグヴァンなどによる時間や空間の生成は対象にしていない。おもいやりと平和を実現する制度、安全な原子力[AJMK]が、常識的世界の課題であるのに対し、時間や空間の生成の構造解明は、本稿の対象外の重要課題である。

 

54. 運動の機能

1) 運動の構造の総括

最小の近似モデルであるから、「二項とその間の運動」の二項の各項の属性数は2 以下、属性の値の数も2 以下になる。そうすると、関係する二項は次のいずれかの型に分類できる。

二オブジェクト二属性、二オブジェクト二属性二値

一オブジェクト二属性、一オブジェクト二属性二値

一オブジェクト一属性二値

このうち二オブジェクト二属性二値は、二オブジェクト二属性に含めて考える。一オブジェクト二属性二値は、一オブジェクト二属性に含めて考える。また一属性二値を単に二値と略す。そうすると、次の三つの型ができる。

二オブジェクト二属性、

一オブジェクト二属性

一オブジェクト二値

これを、

二属性、二値

と略記することがある。

 

2) 運動の原動力と機能

21) 通常の密度の運動の機能

まず、通常の密度での運動の機能を述べる。

2 以下のオブジェクト数、2 以下の属性数、属性の2 以下の値の数とすると、この最小運動モデルの機能は限られる。2 という数の片方が目標、もう片方が現在を表わすか、2 という数の両立を表わすか、であり、他にはない。

前者は、差異解消のための変更の場合であり、変数は一である。
後者は、両立の場合であり、変数は二である。

客観的な運動だけでなく人間の思考や行動を含めた全ての運動における二項の関係は、広い意味の差異解消、つまり一変数に対しては、ここでの狭い意味の差異解消か、という変更、二変数に対しては、両立のいずれかをもたらすものであることは、驚くべきことである。両立が、広い意味の差異解消であるのは、後に述べる「論理的」矛盾の表現における差異解消であるからである。

以下で実運動というのは、実世界の運動と観念の運動の双方を含む。ここでの検討は、最小モデルについてである。両立は実際には複数の変数に対して行わないといけないが、そのための基礎となる。

 

実運動、一変数の差異解消の構造は、次のようになる。変数は一で、属性と値の場合がある。

二オブジェクト二属性、

一オブジェクト二属性

一オブジェクト二値

これは、通常の変更作業 ([TS2007]で述べた新機能生成、不具合解決、理想化という目的実現行為 )である。

 

実運動、二変数の両立の構造は、次のようになる。変数は二である。両立は属性、値について行われる。

両立の属性についての矛盾は、TRIZの「技術的矛盾」 の拡張で、

二オブジェクト二属性

一オブジェクト二属性

の場合である。これには、生じてしまった副作用を解消する場合と、事前の、副作用を起こさない両立の場合がある。両立の一種に共有がある。共有は、両立の一種で、両立したものが同じ属性の同じ値を持つ場合である[FIT2011] [TS2011]

「技術的」矛盾の例: もし私が[テーブル] の [機械的耐久性] を向上すると [持ち運び易さ] が悪くなる。 [CVLC]

両立の値についての矛盾は、TRIZの「物理的矛盾」の拡張で、

一オブジェクト二値

の場合である。同一値を同時には取れないため、事後に生じてしまった副作用を解消する、自然現象の波の復元作用のような、過剰対応への反作用の場合と、事前の、副作用を起こさせない両立の場合があり得る。後者には、TRIZの分離原理により値の分離が必要となる。

「物理的」矛盾の例: [機械的耐久性] を満足するために[天板] の [厚み]は [厚く] なければならないが、[持ち運び易さ]を満足するには[薄く] なければならない。[CVLC]

22) 運動の有無を表現する密度での表現

上の実運動を別の粗い密度で見た表現がある。これは、差異解消であろうが両立であろうが、運動し変化しているかどうかだけを表現する。この場合、差異解消、両立を区別せず、両立の運動の場合も、変化だけを表現する。

この運動の構造を表わさず、表現するだけの表現は、一見、論理的矛盾に似ている。論理的矛盾とは、存在しかつ存在しないとか、岡山にいて同時に大阪にいるとかの、実在の矛盾ではないものである。

ここでの表現が、この論理的矛盾に似ているのは、運動し変化しているかどうかだけの表現として、位置的運動の場合、位置属性が「一点にあり」同時に「一点にない」、一般的運動の場合、その属性が「ある状態にある」と同時に「ある状態にない」という表現をするからである。いい表現がないので、とりあえず、「論理的」矛盾とカッコ付きで表現しておくことにする。「論理的」矛盾は、広い意味での実在の差異解消を表現する表現である。通常の意味の論理的矛盾は、本稿では扱わない。

 

この広い意味で差異解消する変化の「論理的」矛盾の表現は、

一オブジェクト二値

である。変数は一である。

この一オブジェクト二値は、上の狭い意味の差異解消の一オブジェクト二値と異なる。狭い意味の差異解消の一オブジェクト二値は、目標値と現在値という実値であったが、ここでの一オブジェクト二値は、狭い意味の差異解消における変化、または両立の場合の二つのそれぞれの値変化における「ある状態にある」と「ある状態にない」ことの表現である。実際の運動の構造を表わさず、運動、変化があるかないかという論理構造だけの表現である。従来の差異解消[FIT2011] [TS2011] [FIT2012] [TS2012] は、これも含めて扱っていた。

 

55. 総括と六種の運動

これまで展開と網羅を続けてきた「運動」を、世界近似の最小モデルとして、外部との関係を持つ二項の関係の生成と運動と再定義する。この各要素の内容は、当初より、今までの検討内容を得て豊かになっている。項は、とりあえず、存在オブジェクトである。たまたま従来の矛盾を含んでいることも明らかで、それらを体系化し拡張したものであることも容易に分かる。

今までに大きく言うと6種の運動が登場した。

1. 「論理的」運動である運動。
2. 存在と運動という対でとらえられる静的オブジェクトの要素である運動。
3. 「運動と生成」と併記する時の運動。これが、2と同じかもしれない
4. これを総称する運動。
5. 「二項とその間の運動」という全体で運動の構造を表わす運動。
6. 外部との関係を持つ二項の関係の生成と運動という矛盾と同義の運動。

 

6. 矛盾

61. 概要

世界の単位としての運動の最小の近似モデルは、そのまま、矛盾の定義となる。(二項の間の)運動(の生成と運動)を矛盾と言い換えることは、今となっては、どうでもいいことである。しかし、運動が多義でありすぎること、この矛盾は、従来の矛盾の定義を全て含んでいることから、矛盾という言葉を残しておきたい。

つまり、矛盾は、外部との関係を持つ二項の関係の生成と運動である[FIT2012] [TS2012] [CGK2012]。 
前に述べた運動の機能と構造は、同時に矛盾のものである。

この要素はそれぞれ次のように網羅されている。

外部との関係とは、
   第一に、二項が外部に対して持つ機能、
   第二に、外部が二項に対して持つ機能で、
      1.外部運動だけが可能にする二項の生成と、
      2.外部運動の二項の運動への作用である。
二項の生成は、外部運動しか行えない。外部運動に客観的力と人間の意図的努力がある。

二項は、二オブジェクト二属性、一オブジェクト二属性、一オブジェクト二値のいずれかである。

 

62. 個々の矛盾の説明

外部とのかかわり、二項の生成と運動を、マルクスの資本論での矛盾の問題点の改善を説明しつつ、[TS2011]の成果と対比しながら(緑字のイタリック体で, 3.4 の記述との対比内容を示す)、説明する。

以下の説明では、世界近似の最小モデルである「あるものの生成と運動」という視点から、矛盾の生成と運動に分け、

実運動の両立構造
   二オブジェクト二属性
   一オブジェクト二属性、
   一オブジェクト二値
を、
   10) 二変数の両立の生成
   11) 二変数の両立の運動
と分け直して扱う。この二つは、TRIZの「技術的矛盾」[FIT2012] [TS2012] 「物理的矛盾」である。

運動の差異解消構造
   二オブジェクト二属性
   一オブジェクト二属性
   一オブジェクト二値
を、
   00) 一変数の差異生成
   01) 一変数の差異解消
と分け直して扱う。これは、通常の変更作業 ( 新機能生成、不具合解決、理想化 ) [FIT2012] [TS2012] である。

「論理的」矛盾の変化表現
   一オブジェクト二値 
を、
    2)「論理的」変化 [FIT2012] [TS2012]
と扱う。

 

00) 01) 10) 11) は、[FIT2012] [TS2012]で付した記号である。内容は今回見直した。


11) 二変数の両立の運動

すでにある一オブジェクトまたは二オブジェクトの二属性の両立(又は共有)が、自律的か、客観的力、人間の意図的努力のいずれかまたは全部によって行われる運動である。[FIT2012] [TS2012]

運動の内容は、両立(又は共有)を可能にし続けるか(お互いがお互いの条件であり続ける)、よりよい両立になっていくか、より悪い両立になっていくか、いずれかである。

 

例1:生産力と生産関係は、それぞれが、複数のサブオブジェクトからなる複合体であるが、矛盾としては、一つのオブジェクトの二つの属性でありこの11)の矛盾の型に該当する。

例2:マルクスは、資本論第一部第一章を商品がすでにできているところから始める。彼はここで、使用価値と(交換)価値という、対立項が既にできている状態から貨幣の誕生する物々交換の第三段階の過程を説明する。

第三段階の被交換物の使用価値と(交換)価値の矛盾は、11)の矛盾の型に該当し、(交換)価値が実体化し、貨幣として分離独立し解決される。

オブジェクトの二属性、二値は、ほとんどがどちらも同一種類のオブジェクトのものである。しかし、物々交換第三段階においては、極めて例外的に、ものの属性である使用価値と共同観念の属性である(交換)価値が、異種の二属性として矛盾を構成する。これをどうとらえるべきか検討不十分である。

10) 二変数の両立の生成

一オブジェクトまたは二オブジェクトの二属性の両立(又は共有) 生成を、客観的力[IEICE2012]、人間の意図的努力[FIT2011] [TS2011]のいずれかまたは全部によって行う運動である。これは関係を作る運動である。共有は、両立したものが、同じ属性の同じ値を持つ場合である。

運動の内容は、一オブジェクトまたは二オブジェクトの二属性、両者の関係の生成である。生成と見えるものは、ゼロからの生成ではない、あったものが見えるようになっただけである。

これには、エンジン出力大と軽量化の両立の例のように、既にあるオブジェクトについての二属性の関係の生成の場合と、物々交換の開始の例のように、一見、全く対象オブジェクトのない状態から、矛盾を作っていくかどちらかである。

 

自分の行為の相手か行為の対象を決める場合と、客観的に対立項二項が決まる場合がある。どちらの場合も、網羅された候補がありその中から選ぶのか、網羅されていないが候補がありその中から選ぶのか、候補がないが選ばなければならないのかが問題で、この一般的解決方法はまだない。

[TS2011]に、新たに二属性の両立(又は共有) 生成を、客観的力によって行う運動を追加[IEICE2012]した。

 

マルクスが、下記の例を矛盾として扱わない問題が改善する[IEICE2012]

客観的力による両立(又は共有) 生成例:初めての物々交換の成立において共同体代表者の観念に物々交換という共同観念が共有される第一段階の運動。この段階で使用価値と(交換)価値という二つの属性の二項の両立もできる。

物々交換には、自分の前にあるものと相手の前にあるものがそれぞれの共同体の所有であるという認識像と、自分の共同体の所有物と相手の所有物の同時物々交換予定像から構成される共同観念を、代表者がお互いに事前に持つことが必要だった[TS2010]。最初の物々交換成立までの第一段階で、対立項がない状態から、その最初の行為をする二人の代表者の観念という対立項に、この共同観念が、矛盾の解として共有されるに至る。

図4. 物々交換の第一段階

初期には、自分の共同体にはないが他の共同体にはある生産物は、略奪しか得る手段がない時期が長かった。

最初の物々交換が成功し、生成されて初めて矛盾が見えるようになる。しかし、物々交換を生じさせる運動、矛盾の運動がなかったわけではない。生成と見えるものは、ゼロからの生成ではない、あった運動が見えるようになったのである。

共同体リーダーのペアに、略奪から物々交換への転換という可能性があった中から、ある共同体のリーダーが、「最近、相手から何かを持ってこようとすると、抵抗を受け、働き手が死んでしまうことが多い。なんとかしなければ」と感じ、略奪についての問題意識が生じた時が、矛盾の開始である。矛盾の二項は、問題と感じた自分の意識と別の共同体のリーダーの意識である。やがて、ついに、ある二つのグループ間で、ある時、略奪から世界最初の物々交換への転換が行われた。この最初の物々交換の成立までが、物々交換の第一段階である。最初の成功したグループの二人のリーダーの共同観念共有という解ができ、第一段階は終わる。

さらにこの矛盾が起こす運動は、もう一つの矛盾である被交換物の対立項を準備した。二人の代表者の観念という対立項に、共同観念共有が生じた瞬間に、被交換物に、使用価値というものとしての属性に加え、交換可能性という制度上の属性が加わり、矛盾が生成されるという、不思議な生成の仕方をする。

図5. 物々交換の第二段階

 

外部運動に二種あり、現実の客観的力と人間の価値実現の意図的努力である。物々交換成立の場合、人間の価値実現の意図的努力として、人的損失を少なくしようとする共同体の代表者の意図的努力と、相手のことを思いやる価値があった。

意図的努力による両立(又は共有) 生成例:エンジン出力大と軽量化の両立。

以下、緑のイタリック文字は[TS2011]の該当項の記述を示す。

[TS2011], 3.4項

b)  一または二オブジェクトの二属性の矛盾
   11) 
      111) 112)
   21)
      211)  「技術的矛盾」1, TC1
          2111) TC11,   2112) TC12
      212) 「技術的矛盾」2, TC2
          2121) TC21,
          2122) TC22
               21221) TC221,  21222) TC222
   22)  一体型矛盾

   20)
      202) 「物理的矛盾」2, PC2 従来のTRIZの物理的矛盾


01) 一変数の差異解消 (新機能生成、不具合解決、理想化)

一オブジェクトまたは二オブジェクトの二属性の、または一属性の二値の差異解消を、自律的か、客観的力、人間の意図的努力のいずれかまたは全部により行う運動[FIT2011] [TS2011]一変数の変更は、矛盾としては二属性または二値になる

00) 一変数の差異生成 (新機能生成、不具合解決、理想化)

一変数(一オブジェクトまたは二オブジェクトの二属性の、または一属性の二値)の差異生成を、自律的か、客観的力、人間の意図的努力のいずれかまたは全部により行う運動[FIT2011] [TS2011]

 

自律的か、客観的力による例:化学変化。物々交換の普及に伴い(交換)価値が確定していく物々交換の第二段階の運動。この第二段階および第三段階で、代表者または共同体のメンバーの観念が変容していく運動。マルクスはこの運動を分析しなかった。

意図的に行う運動例:今の室温をある温度に変える運動の全体。人の室温変更行為は、別の種類の矛盾である。

[TS2011]
20)
    201) 「物理的矛盾」3, PC3 通常の変更

 

2) 「論理的」変化を行う運動

一変数(一オブジェクトの一属性の二値)の「論理的」差異解消の表現。[FIT2011] [TS2011]

実運動を別の粗い密度で見た矛盾である。これは、差異解消であろうが両立であろうが、運動し変化しているかどうかだけを表現する。

この場合、差異解消、両立を区別せず、両立の運動の場合も、変化を表現する。つまり、両立の場合、二者のそれぞれが変化している。差異解消の場合、運動オブジェクトの値が変化している。

10)  PC1 実運動の変化そのもの
これを物理的矛盾と扱ったのを訂正する

 

63. 総括

実運動、一変数の差異解消の構造は、変数は一で、属性と値の場合がある。

これは、通常の変更作業 ([TS2007]で述べた新機能生成、不具合解決、理想化という目的実現行為 )である。

実運動、二変数の両立の構造は、次のようになる。変数は二である。両立は属性、値について行われる。

両立の属性についての矛盾は、TRIZの「技術的矛盾」の一般化である。両立の一種に共有がある。共有は、両立の一種で、両立したものが同じ属性の同じ値を持つ場合である[FIT2011] [TS2011]。

両立の値についての矛盾は、TRIZの「物理的矛盾」である。

22) 運動の有無を表現する密度での表現

この広い意味で差異解消する変化の「論理的」矛盾の表現は、変数は一である。

 

二属性矛盾と二値矛盾、または二変数矛盾と一変数矛盾の差は、一つの物事を見る密度のに過ぎない場合がある。物々交換の第三段階の商品の矛盾を、マルクスは、二属性、二変数矛盾、両立の矛盾と扱ったが、交換効率を向上させる二値矛盾、一変数矛盾、差異解消の矛盾と見ることもできる。

変更とは、この二つの矛盾の実現手段を作ることである。

 

なお、この他に、相互依存する二つの異なった認識[TS2011] がある。本質と現象、一般と特殊などは、従来、矛盾として扱われている[TRSW]。これらは相互依存する二つの異なった認識であり、矛盾ではない。ただ、これらを差異ととらえ、例えば本質や一般を追求していく思考運動を展開する場合に限り、ともに観念空間内にある対立項も相互作用も、その結果の運動も、矛盾の要素として扱うことができ、全体を矛盾ととらえることが可能である。[TS2011]

 

64. 矛盾解決の典型的流れ

認識の結果、客観的変化を表現する矛盾、変化に関係のない関連の知識が得られる。人間の意図的努力による矛盾の運動手段生成が、変更の行為である。その解が、両立(またはその一種である共有)か、(狭義の)差異解消を、つまり(広義の)差異解消ができ、問題を解決する。

差異生成と差異解消、両立の関連の典型例と、典型的な流れの概要は、人による変更作業について、次のようになる[TS2012]。解の手段に、TRIZの検討結果を使うことができる。[PD] [SSAA]

現在、認識として、自分の偶然の個々の事象の個別認識、自分の個々の事象の大局認識と個別認識、自分の世界の大局認識と個別認識がある。実現は、必要な時間空間の価値の粒度、行動の主体の可能な時間的余裕度などの粒度、変えられないもの、変えやすいものの区別の粒度に依存する。

 

1. 問題が、一変数矛盾として認識される。差異生成である。ここでの「問題」は、「不具合」という狭い意味だけでなく、「新しい機能を作る必要がある」、TRIZの「理想化をしなければいけない」という場合を含む広い意味である。目的の型は、視点により、新機能生成,問題解決,理想化という (狭義の) 差異解消の型の三つの粒度のいずれでも定式化され得る[TS2007] [TS2008]

この解消の行動を起こす。

 

一変数矛盾として認識される二値の例は、室温という属性が、今、35度という値なので、28度という値にする場合である。二属性として認識される例は、文句ばかり言う属性の人間を、謙虚で建設的な批判性を持った属性の人間に変える場合である。

なお、問題、差異解消の矛盾と、それを実行する行動の矛盾は別のものである。室温の例では、温度を高める手段を実行するのは、別の矛盾である。

酸容器浸食の例:腐食性の酸で試料をテストしている状況で、容器の腐食を防止するというTRIZの古典的例題を考える[TS2006] [RH] [LB]

「もの」、システムオブジェクトの網羅

試料、酸、容器(属性1:材質、属性2:重さ、属性3:形、属性4:大きさ、属性5:内部構造、属性6:コスト)、空気

運動、作用、動作、過程、プロセスオブジェクトの網羅

試料テスト、試料の保持、容器取替え

(狭義の) 問題解決の粒度での目的

1. 単位時間あたり容器取替えコスト
     (1が2,3を含んでいる。)

2. 酸が容器を腐食するというプロセスオブジェクト削除
     (2の変形 容器の削除)

3. 容器取替えというプロセスオブジェクトの削除

理想化の粒度での目的

最小資源でという制約を実現
   1. 試料が自分で酸を抱く
   2. 腐食後の容器の自動復元

新機能の粒度での目的

酸が容器を腐食しないという新しい機能を実現する。[RH] [TS2010]

行動の例:酸が容器を浸食するというプロセスオブジェクトの削除のために、容器の除去をする。

 

2. 差異解消として行われる変更が、副作用がなく、外部の変化もなく、その変更だけで終わり、もしくは、より良い価値に基づいた差異解消が持続する。

 

3. 差異解消が、意図的行為の場合であれ、客観的な変更であれ、一般的には副作用が生じる。その結果、変化の副作用結果の認識が二変数矛盾、TRIZの「技術的矛盾」による属性の両立の必要を生じる。

酸の容器浸食の例:容器の除去が行われると、容器が酸と試料を保持しているという機能削除という副作用が生じ酸の試料浸食が実現できなくなる。試料テストと容器除去の両立のために試料に酸を接触させる解がある。

 

4. これが解決すれば終わり、もしくは、より良い価値に基づいたより良い両立が持続する。

 

差異解消、両立の手段が分からない場合、 対立項があるが変換できない場合、新しい対立項がいる場合がある。これには、自分の行為の相手か行為の対象を決める場合、客観的に対立項二項を選ぶ場合がある。どちらの場合も、網羅された候補がありその中から選ぶのか、網羅されていないが候補がありその中から選ぶのか、候補がないが選ばなければならないのかが問題となる。

 

機能と構造の新しい変換原理がいるレベルの場合。TRIZの「物理的効果」の知識ベース、「機能目標から実現手段を探す」知識ベースなど、個別的、領域依存的な、機能と構造間の変換原理、内容と形式間の変換原理、既存の意味の変換を伴う原理や40の発明原理のうち既存の意味の変換を伴う原理の場合である。

酸浸食の問題は二段階に分けられる。

第一段階:容器なしで、酸と試料の接触ができるか?一瞬の接触で、本質的にテストは可能であり得る。容器なしに酸が試料をテスト、浸食することは、試料の上に一瞬でも酸が触れればあり得る。たまたま乗っているのは表面張力かもしれないが、一瞬でも触れれば触れたということだ。

第二段階:この論理解の持続的実現手段は何か?このための場は、重力、遠心力、人工重力、表面張力、風圧、気圧、液圧、浮力、重力を前提とした流れ、重力を前提とした循環流れなどがあり、これらの場を利用する解があり得る[SSAAN]

また、疑似解、近似解ならある場合、根本変革はできないが、改良なら可能な場合がある。改良を、運用だけに限るかも検討に値する。

 

7. 従来の矛盾との関係

71. マルクスの矛盾

カント[KNT]、マルクス[EPM]によるオブジェクト[FIT2004]は、存在と関係であった。世界の静的要素であるオブジェクトならこれでよい。しかしマルクスは、矛盾を説明する時、世界もこうとらえてしまった。これで何が問題か?

 

あるものの本質は、その本質の生成と運動の過程の総体である。ここでオブジェクトの要素が関係し合い運動している世界は、存在と関係の生成と運動の過程の総体ととらえなければならない。マルクスはオブジェクトまではとらえたが、世界をこうとらえなかった。

 

マルクスの弁証法の記述を忠実に読む牧野の定義によると、弁証法的矛盾とは、「自然や社会の事物が、相互に前提し制約し合うと同時に相互に否定し排斥し合う対立物を含み、この対立物の相互媒介と相互排斥関係の発展の中で、対立物の自己否定・自己止揚への運動が引き起こされ、このことによって当の事物の現状が否定されて、より新しい、ないしより高い運動形態が生み出される、ということを示すものである。」[MKN, p.4]  「“すべての事物の運動の原動力は事物自身の内部矛盾にある”という唯物弁証法の命題」と述べられる [MKN, p.235]。つまり「発展」を前提にした自律矛盾が、マルクス、牧野の矛盾である。この欠点は、外部からの運動を扱えず、生成を扱えない。

また実際上の問題点としては、個々の人間の意思が消えた粒度での法則性だけを重視しやすい欠点がある。

これに対し本稿では、全ての運動を矛盾ととらえたかった。特に、不可能に見えることであるが、オブジェクトがないという前提での二変数の生成を矛盾ととらえたかった。全く何もないところから何かを作る論理を作りたかった。ここでオブジェクトがないという意味は、オブジェクトを確定する粒度が定まっていない、オブジェクトを認識できないという意味であり、客観的にオブジェクトの元になるものが存在していないという意味ではない。生成のために必要なのは、二項の外部の力であった。本稿は、オブジェクトを確定する粒度を定めようとした。

この粒度確定の力はマルクスによるものであるが、彼はそれを著述の中では、明示的には書き残さなかった。

 

72. エンゲルスの矛盾と三つの法則

エンゲルスは、運動は、矛盾を生成しないあいだは、条件として作用し、矛盾を生成したときには、運動発展の桎梏となるので、運動発展のためには、この桎梏を解消し画期的変化を起こす必要があると述べている[DI]。これは、画期的変化を起こすものに矛盾を限定する。一つの考え方であるが、全ての運動をとらえない。

 

エンゲルスの矛盾についての考え方は、いわゆる三つの法則に代表される。初期のTRIZジャーナルのいくつかの論文[PDなど]でも、当時旧ソ連で教えられていた三つの法則がTRIZに寄与していたと述べられている。

三つの法則とは、「対立物の統一と闘争の法則」「量質転化の法則」「否定の否定の法則」である。いずれも矛盾に関するものであるが、一面だけ正しい。従来のテキスト[特に[ADCなど] には、ごく一面を全面的粒度に拡張してある単純な記述が多い。

 

対立物の統一と闘争の法則は、運動、矛盾を定義したものであるので、以下のように変える。対立物の統一と闘争というのは、運動そのものの単なる表現に過ぎないにも関わらず、一般には理解困難である。

 

「量質転化の法則」は、属性の量と構成要素の量の変化によってオブジェクト全体が別の質に変化するという法則である。これを下記のように、網羅的に一般化する。[FIT2009]

この従来の「量質転化の法則」を、要素の変化と内部の構造変化の全体を明示的に視野に入れて「属性と構造、質的変化の法則」というべきものと拡張する。従来の「量質転化の法則」に比べて、要素の変化と内部構造の変化が全体の質変化をもたらすことが加わる。全ての量、要素の数、要素間の関係が同一でも、要素そのものが別のものに置き換わると、また他のものが同じでも要素間の関係が変化すると全体は別の質のものに変わりうる。これで、新しい質を生ずる全ての要因が網羅された。

次に時間粒度を広げて、オブジェクトに新しい質を生ずるという前提を外す。つまり、属性、要素そのもの、要素の数、要素間の関係の変化が、全体を、質的、非質的に変化させる。これは、「属性と構造、質的,非質的変化の法則」というべきものである。

例えば「物作り」において、全て「属性と構造、質的,非質的変化の法則」に従って、部分を集積しそれを機械的、化学的、有機的に組み合わせて新しい製品という質が出来上がる。

いずれの場合も、属性と構造の変化がオブジェクトの全体変化にどう作用するかの構造は明確になっていない。

「属性と構造、質的,非質的変化の法則」が、一オブジェクトの変化の型を網羅する法則である。

 

「否定の否定の法則」は、一面を全面的粒度に拡張してある典型で、これが成り立つ場合もあるというものは法則ではないという意味で、法則ではない。

 

73. アルトシュラーの矛盾

存在と関係の生成を、TRIZの創始者アルトシュラーはどうとらえていたか?アルトシュラーは、矛盾をどうとらえていたかということである。

アルトシュラーもマルクスも二変数の両立の運動を矛盾ととらえていた。アルトシュラーの矛盾の、マルクスの矛盾との違いは、アルトシュラーは、二変数の生成と両立を矛盾ととらえていたということである。さらに、アルトシュラーは、二変数の矛盾と一変数の矛盾を区別して扱った。アルトシュラーのとらえた世界は、ヘーゲル弁証法の影響から抜け出していないマルクスの世界より大きい。

また、アルトシュラーは、技術の世界に限定されていたとはいえ、現実を具体的に分析し有用な法則を見出した。彼は、マルクス、エンゲルスを解釈するだけの哲学者や論理学者の態度より優れていた。

 

しかし、アルトシュラーのとらえた世界は、まだ全世界ではない。これは、TRIZが、技術の世界から始まったので、制度には十分適用できないという意味ではない。本質的にTRIZは、全ての分野に適用可能である。TRIZに欠けているのは、ただ、アルトシュラーが二変数の生成と両立を矛盾ととらえたのは、オブジェクトが既にあるという前提のもとであったことである。エンジンの出力を大きくすると重量が増す、エンジンの出力大と軽量化の矛盾は、エンジンがあるという前提を必要とする。

また実際上の問題点としては、マルクスの自律矛盾が、個々の人間の意思が消えた粒度での法則性だけを重視しやすいのに対し、技術のトレンドというすぐれたアプローチはあるものの、人間の行為による「因果関係」が引き起こす不具合の矛盾に重点を置きすぎる欠点がある。

 

74. 矛盾に関する付言   

TRIZの40の発明原理に、仲介はあるが、単なる「追加」や、「二項と運動の同時生成」がないので、加えるとよい。しかるべき見直しの時の参考にしていただけるとよい。

 

なお、TRIZにおける「技術的矛盾」は、今までのどの文献でも、例えば「もし私がテーブルの[機械的耐久性]を向上すると [持ち運び易さ]が悪くなる」事態を指している。[例えばCVLCスライド]  つまり、「望ましい機能が実現できるが,その機能の副作用によって不具合が生じる」ことを意味している。これは、因果関係の結果をただ述べているに過ぎず、既存の矛盾概念に適合しない。「望ましい機能が実現でき,その機能の副作用によって不具合が生じることがない」二項の両立という本来の矛盾概念に合致するよう、定義を修正すべきである[TS2006]。「技術的矛盾」という名称も適切でない。

TRIZの技術世界に流布している「オブジェクトはもの」という「常識」も直した方がよい[TS2010]。Fey [TJ] のオブジェクトの定義はオブジェクトがもの以外であることを排除しないが[TS2010]、挙げられている例がものばかりであることが誤解の流布を生んだ。

 

8. 世界

矛盾は、世界の全ての運動を実現する。矛盾という粒度の単位の一つ以上の合成が世界の任意の現象を近似する。次の図は、近傍の関係しか図化していない簡略表現である。

図6. 世界の簡略化された近似モデル

 

 

9. あとがき

運動のモデルを、外部とのかかわりを持つ二項の関係の生成と運動ととらえ、これが世界の近似モデルの単位、弁証法論理の単位であることを示した。従来とは、外部とのかかわりを持つことと生成を含む点が異なる。

矛盾は、見る密度により、二変数矛盾か一変数矛盾である。運動が、つまり位置的運動だけでなく、化学反応や人間の思考や行動も全て、広い意味の差異解消、つまりここでの狭い意味の差異解消、両立をもたらすものである。

一変数に対しては、通常の変更作業という差異解消 ([TS2007]で述べた新機能生成、不具合解決、理想化という目的実現行為 )である。

二変数に対しては両立なのであった。両立は属性、値について行われることがあり得る。
属性についての矛盾は、TRIZの「技術的矛盾」である。両立の一種に共有がある。共有は、両立の一種で、両立したものが同じ属性の同じ値を持つ場合である[FIT2011] [TS2011]
値についての矛盾が、TRIZの「物理的矛盾」を含むのであった。

再定式化した運動、矛盾は、マルクス、エンゲルス、アルトシュラーの体系を彼らの内容を全て含みつつ批判するものである。これ自体も、いずれ批判されるべきものである。属性、運動などの基本的用語が多義に使われており、分かりにくいが、そのまま使った。

 

批判の方法として意図したことは、粒度と網羅の管理から、論理的に運動、矛盾の粒度確定を行い、同時に運動、矛盾の詳細の展開の基礎を与えることであった。しかし、粒度と網羅の相互規定のために、正しい粒度設定と正しい網羅を求めるためには、両者を行きつ、戻りつしながら、解を求めていかねばならない。同時決定を行うシステム設計では、粗い解から、順次細かい解に絞り込んでいかねばならない[IPSJ1994]。記述は、行きつ、戻りつすることができないので、不十分な記述になっている。また、この総合判断はまだ定式化できない。

ここでの検討は、最小モデルについてである。両立は実際には複数の変数に対して行わないといけないが、そのための基礎となるはずである。たまたま、二変数だけの両立問題もある。人の粒度では、謙虚さと批判性の両立、経済制度では、財政健全化と経済成長の両立が世界と日本の課題になっている。この多変数への拡張のための合成の論理、総合判断の定式化、外部との関わりを含む分析、生成の論理、問題の矛盾と解決のための人の行動の矛盾を分けた検討が課題である。新しい世界が開く多くの課題が残っている。

 

この矛盾は、技術、制度の方法の基礎であり、生き方に密着した弁証法論理が生まれる基礎になる。この弁証法と、粒度と網羅を基礎とした根源的網羅思考が、両輪となって新しい方法と哲学を作る。粒度と網羅の管理は、運動、矛盾の検討に限らず、思考と議論の基礎になる。

 

謝辞

この数年、大阪学院大学名誉教授中川徹博士、Ellen Domb博士、安井結菜からの励ましが生きる支えであった。
特に、本稿の掲載に当たり、中川徹先生からいくつかの御指摘をいただいて修正を行ったことを付記する。

また2012年、榊原病院田村健太郎心臓血管外科部長、水田真司医師、高橋生医師、草地、田茂井、山内各看護師ら各位、おかもと内科小児科医師岡本一徳博士ら各位に命を救っていただいた。皆様に厚くお礼を申し上げる。

 

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[IPSJ1994] 高原他, “情報システム方式設計業務における総合決定”, 情報処理学会48回全国大会, 1994.

[TJ200306] TAKAHARA, “Application Area of Thinking Tool or Problem Solving Tool”, The TRIZ Journal, Jun.2003.

[FIT2004] 高原, “オブジェクト再考”, FIT2004,2004. 高原利生論文集、『差異解消の理論』 (2003-2007)所収.
http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2008Papers/TakaharaPapers2003-2007/TakaharaBiblio080323.htm

[FIT2005] 高原, “オブジェクト再考3−視点と粒度−”,FIT2005. 2005. 同上

[FIT2006] 高原, “オブジェクト世界の構造化表示方法−オブジェクト再考4−”, FIT2006、2006. 同上

[TS2006] 高原, “機能とプロセスオブジェクト概念を基礎にした差異解消方法―またはBALL氏の“階層化TRIZアルゴリズム”についてのコメント―”, 第二回TRIZシンポジウム,2006. 同上

[TS2007] 高原, “機能とプロセスオブジェクト概念を中心にした差異解消方法その2”, 第三回TRIZシンポジウム,2007. 同上

[TS2008] 高原, “オブジェクト変化の型から見えるTRIZの全体像−機能とプロセスオブジェクト概念を基礎にした差異解消方法 その3−”, 第四回TRIZシンポジウム,2008.
http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2009Papers/TakaharaTRIZSymp2008/Takahara-TRIZSymp2008-090708.htm

[FIT2009] 高原, “弁証法論理の粒度,密度依存性”,  FIT2009,2009.

[FIT2010] 高原, “TRIZと生き方における対立物の構造と根源的網羅思考”, FIT2010,2010.

[TS2010] 高原, “TRIZの理想―TRIZという生き方?その2―”, 第六回TRIZシンポジウム,2010.

[FIT2011] 高原, “弁証法論理再構築”, FIT2011,2011.

[TS2011] 高原, “一体型矛盾解消のための準備的考察―生き方の論理を求めて―”,  第七回TRIZシンポジウム, 2011.

[IEICE2012] 高原, “物々交換誕生の論理 ― 矛盾モデル拡張による弁証法論理再構築のための ―”,  2012年電子情報通信学会総合大会, 2012.

[FIT2012] 高原, “粒度、網羅の管理と関係、運動の管理”, FIT2012, 2012.

[TS2012] 高原, “根源的網羅思考と矛盾”, 第八回TRIZシンポジウム, 2012.

[AJMK] 高原AMAZON書評, 鰺坂、牧野編著「マルクスの思想を今に生かす」学習の友社, 2012.

[CGK2012] 高原, “矛盾における制約充足の型”, 電気・情報関連学会中国支部連合大会, 2012.


本ページの先頭 論文先頭 1.  はじめに 2. 物々交換 3.基本概念 4.粒度と網羅の管理 5. 運動:世界の要素 6. 矛盾 7. 従来の矛盾との関係

8. 世界

9. あとがき 参考文献 論文PDF 論文概要PDF 論文(英文)PDF 高原利生論文集(1) (2003-2007年) 高原利生論文集(2) (2008-2012年) 英文ページ

 

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最終更新日 : 2015. 4. 4  連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp