TRIZ論文 (和訳): 
技術開発におけるTRIZの役割
 Don P. Clausing  (前 MIT) 
  TRIZCON2001  基調講演 
   Altshuller Institute 第 3回TRIZ国際会議, 2001年 3月25-27日, ウッドランドヒルズ, カリフォルニア州
 :中川  徹 (大阪学院大学) 2001年 5月 2日
  [許可を得て掲載: 2001. 6.19]
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編集ノート (中川, 2001年 6月19日)

   本論文は, 今年3月の国際会議TRIZCON2001において, 基調講演として発表されたものである。

   著者のクロージング博士は, 昨年までMITの教授であり, トータルな品質開発/技術開発を提唱し, 米国における技術革新の運動を指導してきた大御所である。その博士がこの論文を「TRIZが強力なツールであることをわれわれはみんな信じている。」という文で書き始め, トータルな技術開発の中でのTRIZの役割を論じている。TRIZをすでに学んだ読者には, 博士が述べる技術開発の全体的な視野が参考になる。一方, 博士の全品質開発の思想を知る読者にとっては, 博士が述べるTRIZの評価と位置づけが参考になるであろう。含蓄の深い重要な論文である。

   本論文の和訳と本『TRIZホームページ』への掲載を許可いただいたことに対して, 著者クロージング博士, および Altshuller Institute に厚く感謝する。 なお, 英文の原論文はTRIZ Journal に掲載される予定である。

    著者: Don P. Clausing 博士  (マサチュセッツ工科大学製品開発技術革新センターを2000年夏に引退)   連絡先: dontqd@mediaone.net
    学会: Altshuller Institute for TRIZ Studies       http://www.aitriz.org/

    なお, 上記国際会議 TRIZCON2001 については, 小生の報告を参照されたい。この報告中には, 本基調講演の概要と小生のコメントも記述している。

   翻訳にあたって, 節に 1. や1.1などの番号を付けた。また, [  ]内は原著者による文献引用の他に, [特に緑色で示した部分が] 訳者の注/補足をも示している。図の一部では, キーワードは英文のままとし, その和訳を図の横に付けた。
 
 
 本ページの先頭  1. はじめに  2. 全技術開発  4. (1) 統合した技術戦略  5. (2) コンセプト開発  5.6 TRIZの寄与  6. (3) ロバストネスの開発  7. (4) 技術の選択・移転・統合  参考文献  TRIZCON
報告(中川)
 英文ページ


要約
 

TRIZが強力なツールであることをわれわれはみんな信じている。しかし, それをどのように使えばよいのだろうか?

新製品の開発においてTRIZは本質的な違いをもたらす。しかしながら, しばしば見られる二つの問題がある。

1) TRIZを「銀の弾丸」 [何でもできるもの] にしようとする。
2) TRIZの真価を発揮するような活動に必ずしも使われていない。


まず, 第二の問題から考えよう。たしかに, TRIZは生産ライン上の問題を解決するのに非常に役に立つ。しかしそれがTRIZを適用する最善の時だろうか? 生産ライン上でTRIZを適用するのは, TRIZを問題対処アプローチの一部にしていることである。問題対処は旧式のアプローチであり, われわれが最小限にすべきことである。この20年間の生産的な潮流は, 問題対処から問題予防に移行することであった。われわれはTRIZを問題予防アプローチの最前線に取り入れたい。新技術の開発にこそTRIZの主要な役割がある。

そこで第一の問題を考えよう。TRIZは非常に強力であるが, 他の多くの活動もまたしっかりうまくやっていかねばならない。われわれがTRIZと組み合わせたいツールにはつぎのものがある。QFD [品質機能展開], 機能分析, 再利用性計画, オブジェクト指向アプローチ, Pughのコンセプトの進化・選択, パラメタ設計とトレランス設計 (田口メソッド), 設計審査 (design inspections), ロバスト試験 (robust testing)。一次元的な [一つの側面だけを見た] 改良は必ず大きな欠陥がある。バランスのとれたツール群の完全なセットが, 成功するのに必要である。

われわれは技術開発を4フェーズで行う。(1) 技術戦略, (2) コンセプトの生成と選択, (3) ロバスト設計, および (4) 選択と移転 である。TRIZは, 技術戦略とコンセプト生成のための強力なツールである。技術開発こそTRIZにとって本質的な適用の時である。 それは, 機能を実現する新しいコンセプトを発明するための最も自然な時である。TRIZをその他のツール群, 特にロバスト設計, と組み合わせれば, 新しいすばらしい技術がどんどん出てくることが期待される。


 

1.  はじめに

1.1  TRIZの現状

1990年代のはじめにTRIZは旧ソ連から現れ始めた。当初は宣伝ばかり大きく, 中身はほとんどなかった。今や, Altshuller Instituteなどの組織のおかげで, 中身が宣伝と一致してきた。

そこでわれわれはみんな, TRIZが大きくユニークな能力を持っていることを認めるに至った。この学会には多くの成功事例の報告がある。しかしながら, 経済先進国のあいだでは, TRIZはまだほんのわずかのインパクトしか与えてきていない。

1.2  なぜTRIZがもっと使われないのか?

TRIZは明らかに, 新技術の革新的開発を大幅にスピードアップさせる測り知れない潜在能力を持っている。TRIZの広範な利用を遅らせているのは何だろうか? 二つある。
     1.  統合の不足
     2.  実施の弱さ

1.2.1  TRIZの役割とその統合

TRIZを「銀の弾丸 (silver bullet)」 として紹介されることがいままであまりにも多かった。必要なものには何にでも成功をもたらすというのである。しかし,TRIZであろうと他のものであろうと, 「銀の弾丸」などはない。TRIZはそれが最も生産的である役割で使われねばならず, 生産的なプロセスに組み込まれなければならない。TRIZの周りに他の生産的なプロセスの諸要素が必要であり, それらがTRIZと一緒になって働いて, はじめて成功を達成できる。 このような統合的枠組みを, 全技術開発 (Total Technology Development) としてここに提示する。

1.2.2  実施

TRIZの実施のためには, 「核の生成と成長 (nucleation and growth)」 のアプローチが暗黙の内にずっと取られてきた。 このアプローチにはそれなりの役割があるが, それだけでは決して成功しないだろう。

1.3  全技術開発 (Total Technology Development, TTD)

技術開発を製品開発から分離すること, そして, 明確に区別され定義された技術の流れが, はっきり区別された製品の流れへの明確なインタフェースを持つようにすること (図1参照) が, Clausing [1994] によって提案され, さらに Schulz [1998] によって発展させられた。
 

製品の流れ 
 
 
 
 

  技術の「釣り上げ」
 
 
 
 

技術の流れ 

       図1.  製品と技術の流れの分離 (Clausing [1994] から改訂)

「新技術の釣り上げ」 として図1に示しているように, 製品プログラムの中に技術を挿入するのは, 新技術が整い次第いつでも可能になる。すなわち, 新技術が優越性, ロバストネス [頑健さ], 成熟性について適当なレベルに達したときである。これにより, 全技術開発は製品プログラムに技術を迅速に組み込むことを可能にし, 製品プログラム内での品質・コスト・納期の不確かさを減少させるであろう。ロバストで成熟した技術だけが製品プログラムに移転されるだろう。 これが信頼性を格段に高め, 商品化における問題解決フェーズを減少させる 。

技術開発のサイクルタイムを短縮し, 早期に技術のロバストネスと成熟度を上げることにより, 優越・成熟した技術たちを製品プログラムへ移転可能な状態に速やかにすることができる。技術開発における時間ギャップ/成熟度ギャップ (図2参照) を克服することが, システム開発を成功させる鍵である。 それによって企業は, 競争相手たちよりも優先した技術をより早く導入できるからである。かくして, TTDはより早くより優れた技術を市場に提供するだろう。
 
 

利益/コスト

この技術の上限
 

成熟度ギャップ

時間ギャップ
 
 
 

 

     図2.  S カーブをスピードアップする [Schulz and Clausing, 1998]

TTDが「全」技術開発と呼ばれるのは, システム工学的観点に基づき, 技術開発のすべての本質的な側面を捉え・組み込むことを目指しているからである。

新技術たちは, 製品だけでなく, 製品の生産過程をも改良する。 またときには, 製品と技術開発のための新技術など (例えば, この論文の内容 [を開発する技術] など), もう少し広い意味で話すことがある。しかし, 本論文では, もっと物理的な製品とプロセスに関する技術に限定して話を進めよう。

一般に, さまざまの研究・開発活動は非常に広い範囲をカバーしている。 新しい知識やさらには新しい研究分野を創造するための非常に基礎的な研究から, 既存の技術だけを取り入れて, 得られた製品を迅速に市場に投入するような, 典型的な製品開発の活動まである。提案している枠組みを本論文の文脈の中でよりよく分類するために, 研究・開発の4基本領域を区別し, 図3に示す。
 


       図3.  研究・開発活動の 4タイプ   (Clausing [1999] より採用)

最初の二つの領域, すなわち基礎研究と応用研究は, 新しい知識や新しい技術的可能性を作り出すことを目指す。技術開発が目指すのは, 前の二種の活動によって提供された知識や技術的可能性を基礎にして, 基本的な改良を実現することである。 第4のタイプである商品化は, 技術開発が提供する改良を市場に移転することを目指す。通常, 製品開発と呼ばれているタイプの活動と同等である。

 

2.  全技術開発 (TTD)

全技術開発 (TTD) という観点は, 私の著書『全品質開発』 [Clausing, 1994]  の第7章として提示され, その後, 私が指導した, Armin Schulz, Michael Frauens, Clemens Bauer, およびSiddhartha Sampathkumarの学位論文において拡張されてきた。 Schulzは全技術開発の完全なスコープをさらに発展させ, TRIZをその中に組み込んだ。Frauensは技術戦略の技術的側面について研究し, TRIZに特に注目した。 Bauerは完全な技術戦略を研究して, Real Option Theory を強調した。 Sampathkumarはラジカルで [いままでの考えを] 打破するような技術について研究した。 これらの学生たちの研究を参照するのに, 本論文では彼らの名前だけを挙げる。 関連する文献は本論文末尾の参考文献のセクションにリストする。

Clausing [1994] の第 7章および Schulzによるその後の拡張によって, つぎのような方法論たちが統合された。

これらの方法は, Clausing [1994] が提案した技術開発の基本プロセス (図4参照) における明確に区分されたフェーズにそれぞれ帰属された。
 
        図4.   技術開発の 4段階
 

3.  技術開発の枠組み

3.1  全貌

[技術開発の] トップレベルのプロセスは 4つの主フェーズからなり, それぞれがまたサブプロセスを含んでいる。これらはすべてSchulzに詳しく議論されている。 トップレベルのプロセスの4フェーズはつぎのものである。
    フェーズ1.   統合的技術戦略
    フェーズ2.   コンセプト開発   (Concept Work)
    フェーズ3.   ロバストネス開発
    フェーズ4.   技術の選択・移転・統合

3.2  フェーズ 1

技術戦略を作って, どんな機能を改良するための新しい技術を作るべきかを決定する。 また, 顧客に見えて, 改良すると最も有益な特性が何かを定義する。 [このフェーズの] 最終成果は選択したプロジェクトに資金を与えることである。

3.3  フェーズ 2

コンセプト生成の段階では, 改良すべき機能を検討して, その機能を提供するいろいろな手段のうちで, 必要とされる改良のベクトルに従うと思われる手段を見つける。ついで, コンセプトの進化・選択の段階で, 最善のコンセプトたちを選択し, 以後の開発に回す。

3.4  フェーズ3

種々のコンセプト [の選択肢] たちは, ロバストネス開発において, 新しい技術のロバストネス (頑健さ), 柔軟さ, および成熟性を達成するために最適化される。 これは, いかなる製品プログラムに移転するよりも前に必要である。最も重大なクリティカルなパラメタたちをロバストな値に設定することによって, 新技術コンセプトの頑健設計が得られる。

3.5  フェーズ4

技術コンセプトの選択肢たちを, Pughのコンセプト選択手続き [Pugh, 1996] に基づいて評価する。 技術の成功の4側面に基づいて選択基準を定義する。すなわち, 優越性, ロバストネス, 成熟性, および柔軟性である。 製品開発プログラムに移転するように選択した技術を, その後それぞれの製品 (開発) プログラムの中に組み込む。

さて, TRIZは上記のフェーズ1とフェーズ2に適用可能である。そこで, 本論文では, これら二つのフェーズに集中して考えよう。 (TRIZをロバストネスの開発にも適用しようという研究が進行中である。コンセプト開発の過程にコンセプトのロバストネスを含めることになるのであろう。)

 

4.  フェーズ1.  統合した技術戦略

技術戦略は, 最も重要な長期的技術ニーズを決定する。 新技術はなんらかの機能についてその性能を改良することを目指す。改良の典型的なタイプは, (1) 機能性, (2) 信頼性, (3) コスト, そして (4) サイズ である。 機能性というのは, 機能が定性的によりよく達成されること, 例えば, プリンタでより鮮やかな色彩が得られることである。 信頼性, コスト, およびサイズに関しては自明であろう。

技術戦略が決定するのは, どの機能を改良するためにわれわれが働くべきか, われわれの基本的なアプローチはどうあるべきか, という点である。 つぎのような一連の決定をしなければならない。

  1.     その機能は顧客にとってどれだけ関心があるか?
  2.     われわれはそれを格段に改良できるか?
  3.     われわれの競争相手はそれを格段に改良できるか?
もしこれら 3つの質問に対する答えが否定的であるなら, この技術を改良するために働きたいとは思わないだろう。

まず第一の質問に対して, 顧客たちはその機能にあまり関心がないという答えであれば, その新技術は金銭的に大した益がないだろう。例としてプリンタの紙送り装置を考えよう。紙送り装置はプリンタの機能についての顧客の認知を増加させるものではない。紙をだめにすることでプリンタの価値を減ずるかもしれないが, それは重大な問題ではない。紙送り装置の信頼性の低さ, コスト, サイズが全システムにとってすべて小さな因子にすぎないならば, その改良は顧客からあまり認識されないだろう。そうすると, 新技術に対する動機はあまりないだろう。

もしその機能が顧客にとって関心が高いもの (例えば, 印刷品質) ならば, われわれは質問2と質問3を出す。 ここで, 「すべてのものはもうすでに発明されてしまった」 と信ずるよく知られた傾向に屈しないように, 注意しなければならない。長期的に見れば, 何らかの新しい発明の可能性が必ずあるだろう。 そこで, 質問2と質問3を使って, 今後 N年 (例えば, N年 = 5年) に渡るわれわれの技術開発の優先順位を決める。 改良が可能で, その改良が顧客に違いを引き起こすような, そんな機能を選択することを試みる。 もしわれわれの競争相手の方が先行しているなら, その改良は特に不可欠である。

より緻密にするために, われわれはつぎのことをやりたい。

1.   すべての機能を篩にかけ, さらに改良を検討する価値があるものだけを選択する。
2.   可能性のある開発パスの候補を考え, 各開発パスに対して達成可能な改良を推定し, さらに推定した改良を実現できる確率を推定する。
3.   その改良による市場利益を推定する。この推定は競争状態の影響を強く受ける。
4.   投資モデルを適用し, われわれが実際に活動して最も利益があるだろうパスを選択する。


4.1  すべての機能を篩にかける

最初の篩分けは, Schulzによる二つのグラフを適用して行う (図5, 図6参照)。
 
 

 

市場の
成長
 

  非常に
速い
 

 速い
 
 

 普通
 
 

 遅い
 
 

 縮小中

市場セグメント A
 

顧客満足主要
  パラメタセット 2
 

顧客満足主要
  パラメタセット 3
 
 
 

顧客満足主要
  パラメタセット 1
 

顧客満足主要
  パラメタセット 4
 

弱  並以下   並 
          並以上  強
 

市場での強さ 

Pi = 製品i 

 収入への寄与
 

 低い  非常に大
 

 競争の程度: 

多数の競争で複数が支配的
多数の競争で支配的なものなし
少数の大きな競争者
少数の小さな競争者
ほとんど競争なし

     図5.  市場での位置

図5はその製品が重要かどうかを決めるのに使う。 もっと厳密にいうと, 重要な製品のどのパラメタが重要であるかを決めるのに使う。

ついで, 図6は, 重要な製品の重要なパラメタに, どの技術が本質的な寄与をするかを決定するのに使う。
 
 

顧客満足
への
寄与 
 
 
 

 核心
 
 

高い
 
 

 普通
 
 

 低い
 
 

  無視
できる


 


 
 
 

製品プラットフォームA

   関連主要特性
       T2
 
 

   関連主要特性
       T1
 
 
 

   関連主要特性
       T3
 

関連主要特性
   T4
 
 

 弱   並以下   並 
              並以上   強
 

技術的強さ 


技術 i 

成熟度 
 
 
 

   成熟
 

優越性の程度: 

  出現期 
  類似 
  競合的 
  普通

       図6.  技術的位置の分析

図5と図6の [今後の]研究は, それらの論理的な使い方を明確にするだろう。より詳細はSchulzを参照されたい。

この予備的な篩分けですでに十分なことが多い。ある種の技術が今後開発すべき自明な選択肢となるであろう。

さらに分析が必要な場合には, 残りの 3ステップを進めていく。

4.2  可能性のある開発パスの候補を決定する

一つの新しい技術が商業的に益になるだろうと判断したら, そのつぎに, それがなんらかの形で手に入るかどうかを見る必要がある。つぎのような数種のパスが利用できる。

    1) 現在のSカーブを発展させる
       a) システムの下位レベルにおける新しい発明 (または新技術を他から導入)
       b) ロバストネスの改良
       c) 設計詳細の改良
    2) 新しいSカーブへの移行
       a) 新しい発明
       b) 外部技術の持ち込み

一つの発明が, 新しいSカーブに移行させる場合と, 既存のSカーブ上で上昇するのに寄与する場合があることが分かる。例えば, 最初の篩分けでコピー機/プリンタの紙送り装置に今後の技術開発の好機があると認識されたとすると, 紙のスタックの力を制御するフィードバックシステムを発明して, 紙送り機能の信頼性を改良することができるかもしれない。これはXerox社で1970年代末に実際に行われた。これをスタック力の機能に対する新しい一つのSカーブであると考えることもできるが, 摩擦-遅延紙送り装置全体に対する既存Sカーブで上昇することであると考えることもできる。

摩擦-遅延紙送り装置についての機能トリーの主要部を図7に示す。
 

      図7.  摩擦-遅延紙送り機構に対する機能トリーの一部

「スタックに力を与える」という機能を新しいSカーブに移行させるような一つの発明を実現させることが決定された。
 


     図8.  下位レベルでの新しいSカーブが 上位レベルの機能を既存のSカーブ上で向上させる。

[図8に示すように] 下位レベルでの「スタックに力を与える」という機能に対して Sカーブ1からSカーブ2に移行することが, 上位レベルでの「紙を送る」という機能に対しては, 既存のSカーブ上で元の位置Oから改良された位置 L-L I (下位レベルの発明) に向上させた。

Xerox社で1970年代末に開発したもう一つの改良案は真空波形紙送り装置 (VCF) である。これは当初, 摩擦-遅延紙送り装置に対するSカーブとは異なる新しいSカーブであるとみなされても良かった。しかしながら, VCFには真空紙送り装置という先行するものがあった。そこで, VCFは真空紙送り装置に対するSカーブを一層発展させたものであると見なすのが最も適切であった。これはまた, 下位システムのレベルで新しいSカーブに移行することによってなされたものである (VCFのCという字がそれを表す)。

紙送り装置全体に対して新しいSカーブに移行することは, 電磁気力を使うことでできるかもしれない。これは, プロッタ上で紙をしっかり押さえるのに使われてきた。だが, 私が知っているかぎりでは, まだだれもこれを紙送り装置にうまく使うコンセプトを発明していない。

[以上の議論から] 一般的な開発パスをつぎのように再定式化できる。

1.  発明
2.  ロバストネスの改良
3.  設計詳細の改良
4.  外部技術の持ち込み
通常, 上記の2-4項の選択肢は, 既知の工学的アプローチによって十分評価できる (ロバストネスに関してはさらに後で述べる)。ここでは1項の発明に集中しよう。

それで, 発明することについては, 一体どんなパスがわれわれに開かれているのだろうか? ここではFrauens [2000] に従って述べよう。彼が開発した一つの広範なアプローチは, TRIZツールと情報を持ち込むためのインタネットの使用とを特徴としている。 Frauensはつぎの表を開発した。
 
 

   質  問   プロセスのステップ
われわれの技術的能力は
  どうであるか?
一つの技術に関連して, 技術革新の期待されるレベルを判断する
一つの技術に関連して, 技術革新の実際のレベルを判断する
競争と技術的限界に比較して, 企業の実能力を判断する
われわれの技術的能力は
  どうあるべきか?
問題を同定し, 定式化する
将来の可能性を同定し, 評価する
問題と可能性を優先づけして, 順序立てる
この技術的能力を
  実現するために, 
われわれは
  どの技術を
    追求しようとするのか?
優越した解決策コンセプトと技術のリストを創り出す
コンセプトの技術に関連して, 理想性とリスクとを判断する
候補のリストを狭め, 可能性の枠組み内に解決策を位置づける

これらのステップはTRIZの助けによって作られた。TRIZの主公理は「技術システムの進化は客観的法則により支配される」 ことを主張する。われわれはこの公理を, TRIZの具体的なツール群と一緒に使う。その中には, 進化の法則 (それによって, われわれの現状をSカーブのαβγフェーズ上に位置づける) および理想性の推定がある。詳しくはFrauens [2000] を参照されたい。これはVictor Feyの仕事に大きく基礎付けられている。

このプロセスの最終成果は, われわれが納得して従うことができる開発パスのセットYである。それぞれのパスには, そのパスに従って進むと達成できるだろうと予測される改良X, および, その改良を (われわれの戦略の時間的予測以内に) 達成できるであろう確率p がある。 技術的観点からは, この情報 (Y, X, p) がわれわれの技術戦略を完成させるのに必要なもののすべてである。

4.3  市場利益を推定する

有望だと同定したすべてのパスに対して上記の情報 (Y, X, p) を得たなら, そのつぎに, それぞれのパスの市場へのインパクトの見込みを評価する必要がある。初期の篩分けがすでにわれわれに相当な洞察を与えてくれている。 多くの場合にそれで十分である。

本質的な質問はつぎのようである。 もしわれわれが, (成功確率pを計算するのに使った) 時間フレーム内に改良Xをうまく達成すれば, われわれの市場シェアはどれだけ増大するだろうか? 経済学では, これはUtility functionと呼ばれている。このアプローチはBauerが骨格を書いている。

ここには, 企業で使われている簡単なアプローチをスケッチしておこう。 われわれがこの製品についてすでにある期間ビジネスしているならば, われわれは自分たちのデータを使って顧客選好モデルを作ることができる。このモデルを使うと, もしわれわれがある機能をXにより改良すると, われわれの市場シェアがある一定量増えるであろうということが分かる。 これは本質的に, 経済理論の落し穴のないUtility function である。

市場分析の最終結果として, 技術改良X は金銭面での改良$ に変換された。言い換えると, (Y, X, p) => (Y, $, p) 。

4.4  投資モデル

いまやわれわれは, 投資モデルを適用して, われわれの改良が投資に値するかどうかを判断する必要がある。われわれが考慮しなければならないのは, 市場利益というものがすぐに生じることはなく, 新技術で生産されてから後にようやく始まることであり, さらに通常の普及と置き換えの時間サイクルによって遅延されることである。

伝統的に, 投資モデルは, discounted cash flow (DCF)に基づいたROI [Ratio of Investment] を用いていた。しかしながら, このモデルは批判にさらされてきた。

現在では, 投資モデルとしてreal option theory を使う潮流がある。これは, 金融のoption theoryを実際のもの, 例えば技術開発, に適用したものである。

ROI/DCFの代わりにreal option theoryを用いることを正当化する理由は簡単である。 ROI/DCFが仮定していたのは, われわれが一つの決定をし, それからずっと遅れてその結果を知ることである。

開発仕事の進み方はそうでない。われわれは中間的な決定を多数回する。 もし開発がうまく進んでいないなら, そのプロジェクトを中止できる。残りの投資を費やす必要がない。

もう少し違う言い方をすれば, われわれは仕事の最初の小部分に投資する。そうすると, 成功確率pについてもう少しよく知ることができる。その仕事が成功しそうかどうかの知見を発展させ続けるというオプションを, われわれが買ったのだと言ってもよい。後続の判断時点において 成功確率pが十分速く大きくなり続けるならば, われわれはその仕事を継続する。そうでなければ, われわれはそれ以後の投資をやめてしまう。

要するにこれが, 技術開発への投資の意思決定に対して real option theoryを使うことの, 背後にある論拠である。より詳細はBauerが記述している。

 

5.  フェーズ2:  コンセプト開発

いまや, 技術戦略がわれわれの仕事の焦点を絞ったので, つぎに創造的な仕事をする時である。創造的な仕事 (コンセプト開発) はつぎのように行う。

1) コンセプトを生成する。
     a) ニーズを理解する
     b) ニーズに適合すると約束される既知の効果 (あるいは効果の組み合わせ) を適用する
          i) 既知の工学的デバイス
          ii) 既知の科学的効果
2) コンセプトたちを進化させ, 最善のものたちを選択する
これらをどのようにやるかを最初にTRIZなしで議論し, その後にTRIZの寄与を持ち込もう。

5.1  ニーズを理解する

新しいコンセプトを生成しようという多くの (おそらく大部分の) 試みが, ニーズを理解していないために軌道をはずれる。ニーズが理解されていなければ, 創造性は何か他のニーズ, 現在の文脈では無用のニーズ, を満たすのが精々であることは, ほとんど確実である。

技術戦略はニーズを広い言葉で提示する。[それからさらに] 改良すべき特定の機能に焦点を絞ることが, 本質的な重要性をもっている。さらに, 最も利益になるだろう改良の方向を知ることが重要である。例えば, もし技術戦略が主要ニーズを信頼性の向上であると同定したとすれば, そのとき, コストを下げることを第一義とするコンセプトは, 良いけれども, 最大の利益を出す方向にはない。技術戦略におけるニーズの同定は, 資金を与えるための決定に主として使われるのが普通である。コンセプト開発の仕事を開始するときに, われわれはニーズをずっと詳細に調べねばならない。

改良すべき機能を理解し, 改良すると最も有益だろうような顧客に見えるパラメタを理解するのに加えて, われわれはその物理 [的メカニズム] の現状を理解する必要がある。 われわれが改良したい機能を実現するなんらかのシステム構成要素がある。それがどのように働くのか? より上位のシステムにおいてそれがどんな役割をもっているのか? クリティカルな機能パラメタはどんな値をもっているのか? そして, これらの値は改良の生産的な方向として何を示唆しているのか? 弱い創造性は, 現在の物理に関して "hand waving" な理解に基づいている。

まとめると, 「ニーズを理解する」というのは, つぎのことを意味している。

1.  どの機能を改良すべきかを知る
2.  その機能に関連しているもので, 顧客に見えるどの特性を最も改良する必要があるのか?
3.  現在の物理を理解する (もっと一般的には, 現在の運用 (操作) の詳細を理解する)


5.2  既知の効果を適用する

ニーズをはっきり理解すれば, つぎにそのニーズに合うような既知の効果を適用することに努力する。われわれは例えば, 「ああ, このニーズなら, フィードバック制御でできる」と言うだろう。あるいは, 「この部分を二つの違う材料で作ればよい。材料の性質として均一である必要がないのだから」。また, あるいは, 「非弾性歪みは0.1% だけだ。随分小さいから, 簡単なプロセスで除ける」 などと言うであろう。何らかの仮定でするのとは違って, 現状の物理 [的メカニズム] を定量的に理解してすれば, しばしば一つの発明に到達する。

5.3  事例研究

Xerox社において1970年代末に, われわれは摩擦-遅延型とよばれる紙送り装置をもっていた。それはうまく働いたけれども, 高速の複写機やプリンタに使うにはその信頼性が十分でなかった。われわれは基本コンセプトを変えずに, システムの下位レベルで改良することを決定した (図8参照)。 下位レベルの機能の一つは「スタック力を適用する」であった。 スタック力が小さすぎると, 紙が送られないミスが起こる。しかしながら, スタック力が大きすぎると, 複数枚の紙が送られるミスが起こる。そこで, スタック力が大きい必要があり, そしてまた, スタック力が小さい必要がある。 多くの実験データを分析した結果分かったのは, わずか0.3 ポンドのスタック力で大抵の場合に (すなわち95%の場合に) 一番上の紙をうまく送ることができることであった。そして, その程度の小さなスタック力なら, 複数枚送りは実質的に決して起こらなかった。そこで, スタック力が0.3ポンドだけのときに起きる, ほんの数パーセントの紙を送らないミスに対して, 何をしたらよいだろうか?

このデータのおかげで, フィードバック制御システムがほとんど自明の発明になった。一つのセンサを紙送りの適切な場所に設ける。もし, ある指定した時間までに一番上の紙がその場所に達しなかったならば, アクチュエータを起動してスタック力を0.7ポンドまで増やす。私はこれで特許を取り, それはうまく働いた。あなたのXerox複写機やプリンタの中を覗いて, それがまだあるか見てごらんになるとよい。

まとめとして, つぎの5点に注目されたい。

  1. 紙送り装置全体の機能 (「紙を送る」) の改良を試みるのでなく, システムの下位レベル (「スタック力を適用する」) での発明を試みるという, 明確な決定をした。
  2. 顧客に見える特性で, 最も改良が必要なもの (「信頼性」) を明確に同定した。
  3. 既存の状況に対する詳細なデータが非常によく知られていた。もし, 0.3ポンドという小さなスタック力が50% の場合にしかうまく紙を送らないのだったら, フィードバック制御システムは実現できなかったであろう。
  4. 0.7ポンドの力が要るのは, 特定のときだけであることが, 認識されていた。
  5. 既知の工学的効果 (「フィードバック制御」) を適用した。


5.4  進化させて最善のコンセプトたちを選択する

多くの場合にわれわれは有望なコンセプト一つを開発するとうれしいと思う。しかしながら, もっと完全なアプローチは, 複数の, さらには, 多数のコンセプトを開発し, そして, それらを進化させて比較し, ついには一つまたは二つのコンセプトに収束するまでに至らしめ, それらを新しい製品の中に取り込ませていくことである。これをするのに非常に成功したことが証明されてきたプロセスが, Pughの「コンセプトの進化・選択プロセス (Concept Evolution and Selection Process)」である。

     図9.  Pughのコンセプト進化・選択マトリクスの例。 ジャイロスコープの懸垂 [Khan, 1989]

図9にPughマトリクスの実例 [Kahn, 1989] をジャイロスコープの懸垂の例で示す。もともと15のコンセプトがあった。その後でハイブリッド・コンセプト 12Aが追加され, 最後の列に示している。18の評価基準があり, 各行の先頭に示しているが, それを書き出すと以下のようである。

頑丈さ    部品の数    部品の種類数    部品の工作しやすさ    材料
作りの一貫性    組み立ての容易さ    誤差トルク    他との適合性 (compatibility)
軸方向の硬さ    半径方向の硬さ    バランス    チューニング    線形性 (linearity)
今後必要な開発    損失    時間的な劣化    温度による劣化


一つのコンセプトを選んで, 基準コンセプトすなわちデータ・コンセプトとする。第1回の試行ではコンセプト1を基準に選んだ。 他のすべてのコンセプトを各評価基準についてこの基準コンセプトと比較し, それを + [優], - [劣], S (ほぼ同じ) で判断した。マトリクスはさらにもう2回試行した。すなわち, コンセプト8を第2回の基準とし, そして, コンセプト12を第3回の基準とした。 評価チームはコンセプトを進化させ, ハイブリッド・コンセプト12Aに収束した。

これらのコンセプトのうち4つを図10に示した。これらはすべて同じ詳細さのレベルて描かれていることに注意されたい。 それは, 機能を実現するために必要な基本的な物理を表現するのにちょうど十分なレベルである。
 
 

     図10.  Khanのコンセプトたち

基本コンセプトはジャイロスコープ作用を提供するローターである。システムが傾くと, ローターはその慣性によって傾くことに抵抗する。ローターとシャフトの間の角度が [システムの] 傾きを表し, 補正動作をするのに使うことができる。あるいは逆に, ローターを強制的にシャフトに追随させるように何らかの外力を作用させると, その追随に必要な力の大きさが傾きを表す。

ローターとシャフトの間の機械的な連結が, 傾きに際して無視できる程度の力しか与えないことが重要である。認識できる効果がある力は, シャフトからローターに伝えられるトルクだけでなければならない。そうでなければ, ジャイロスコープの基本機能がだめになってしまう。

だから, ここでの課題は, 連結部から伝えられる傾きのモーメントが無視できるように, ローターを回転させる懸垂機構を設計することである。 [分析] チームは評価基準を作った。すべてのプロセスには基準コンセプトとの比較を用いるから, 評価基準の値を定量的に指定する必要が全くない。例えば, 「半径方向の硬さ」という評価基準を考えよう。チームはコンセプト一つずつに対して, 「このコンセプトは基準コンセプトに比べて, 半径方向の硬さという面でより優れている (この場合には, 硬さがより小さい) だろうか?」という質問を自問する。

このようなやり方で, チームはコンセプトたちを進化させ (evolve), 考慮の対象として残すコンセプトを少なくしていく。そして, チームは最終的な (一つの) コンセプトに収束する。結局, チームはコンセプト12Aを選択し, どのような理由でそれを選択したかを[明確に] 知っている。このように詳細なコンセプト開発の結果, チームはその選択理由の正当性を主張でき, 以後それを成功させることにエネルギーを集中できる。

このプロセスは企業において非常に強い実績を作ってきた。Pughプロセスの詳細の記述は, [Clausing, 1994] と [Pugh, 1990, 1996] にある。

5.5  創造的な環境

Stuart Pugh は創造する仕事は創造的な環境でなされねばならないことを強調している。この点はどんなに強調しても, 強調しすぎということはない。 もし, 朝出勤したときに, 帰るまでにやり上げなければならない官僚的な仕事が13件あったとしたら, われわれはどれだけ創造的でありうるだろうか? また, 新しいアイデアがいつもいつも嘲笑されていたとしたら, 発明が出てくるだろうか? 創造的な環境は不可欠である。

 

5.6  TRIZ - それが何をもたらしたか?

コンセプト開発についてここまでに記述したものはすべて, TRIZ以前に存在したものである。TRIZがコンセプト開発をいかに変革してきたか? この学会全体の要点は, 「TRIZがコンセプト開発の最善のアプローチを大幅に変革した」 ことである。

しかしながら, いままでに言ったことのすべてが, TRIZの世界においてもやはりあてはまっていることに注意されたい。 いままでに記述したすべてのことから われわれはいまなお利益を得ることができる。いまやTRIZが, われわれがそのいくつかのステップを実行するのを助けてくれる。いままでに書いた基本的なプロセスを, われわれはやはり使う。すなわち,

1) コンセプトを生成する。
    a) ニーズを理解する
    b) ニーズに適合すると約束される既知の効果 (あるいは効果の組み合わせ) を適用する
        i) 既知の工学的デバイス
        ii) 既知の科学的効果
2) コンセプトたちを進化させ, 最善のものたちを選択する


さて, 私はこの学会に参加しているすべてのTRIZエキスパートたち (すなわち, 私以外のすべての参加者たち) から助けて貰わなければならない。 私には, TRIZは基本的に 3つのことをするように見える。

  1. 物質-場分析と矛盾分析を使って, ニーズをよりよく理解する。
  2. ニーズ [を理解するステップ] の後にもう一つのステップを挿入する。すなわち, 有用と思われる高次の抽象化のアプローチを同定する [ステップ]。 例えば, ニーズの時間による分離。
  3. TRIZは科学的効果のデータベースを用いる。


5.6.1  物質-場分析

物質-場は, ある一つの機能を発揮するのに必要な最小限のシステムのモデルを表現し, 一つのオブジェクトと, 一つのツールと, 一つの「場」からなる [Fey, 1998]。機能は, 機能の対象と機能の相互作用 (例えば, 紙を送る) とから構成され, 機能宣言文ではそれぞれ名詞と動詞で表現される。選択すべき設計パラメタは, 一つのツール (例えば, 紙送りベルト) とその「場」 (例えば, スタック力 + 摩擦) とから構成される。ここで, ツールはハードウェアの概念を示すが, 機能を発揮するための基本的な物理的原理は, 選択した「場」で定義される。これら [の関係] を図11に示した。

図11は, 物質-場分析と機能トリー図 (図7) との関係を理解するのを助けてくれる。機能トリー図はハードウェア・トリー図と一緒に用いる (拙著『全品質開発』を参照)。 そこで, 物質-場モデルと伝統的な機能トリー図とは, 両方とも同じ情報を提示する。

機能トリー図はより良いコンセプトを開発するのに有用であることが証明されてきた。 機能に注意を集中することにより, 製品開発の人々は Rube Goldbergの漫画 (私が若かった頃に日曜の新聞で人気があった) の中のデバイスから離れていった。この動きは理想性が増大する方向であったと言ってよいだろう。

発明を導くのに有用な物質-場モデルには, それに関連づけられた発明原理がある。機能トリー図を活用してきた人達すべてにとって, 物質-場モデルは各自の方法論をさらに強化するのによい機会であろう。
 

   図11.  物質-場モデル。紙送り装置を例として。
 

5.6.2  矛盾の分析

紙送り装置の場合に, われわれは [スタック] 力を大きくかつ同時に小さくすることが必要であった。これが矛盾であり, フィードバック制御システムによって緩和されたものである。一般に, 要求の中の矛盾を同定することは, そのニーズを識別するのに非常に助けになる。これはTRIZの主要な特長である。主たる矛盾を完全に無くす試みは, 創造性に対して主要な貢献をするものであることが示されてきた。

5.6.3  高次の抽象化のアプローチ

Xeroxの紙送り装置におけるスタック力の事例において, 私がニーズを時間によって分離したことに注目されたい。私は自分では, [TRIZ流に] 「ニーズの時間による分離を試みよう」 と考えたわけではない。 私は単純にそうしたのであり, 私がニーズを詳しく理解したとき, その解決策をすぐに思いついたからである。 これは驚くに当たらない。なぜなら, 発明家たちがすでにやっていたことを, Altshullerが [TRIZという] カタログに集めたのだから。

そこで, 「TRIZは, 何も完全に新しいことをするようにわれわれに教えているのでない」 と言ってよいかもしれない。 TRIZはわれわれに, すでに知っていることを, もっと体系的なやり方で, ずっと高いヒット率でやるように, 助けてくれているのである。TRIZは, いままでのすべての経験を活用するようにわれわれを助ける。

5.6.4  既知の効果の適用

この事例で私は, フィードバック制御システムという既知の効果を適用した。TRIZの観点からすると, フィードバック制御システムはおそらく理想性を欠いている印なのであろう。

TRIZは既知の科学的効果を適用することに注力している。このことは, (フィードバック制御システムなどのような) 現在すでに既知の工学的効果たちの中には無い, 新しいタイプのデバイスを創造する潜在能力をもっている。

 

6.  フェーズ3.  ロバストネスの開発

ロバストネスは, システムの性能を理想的な機能に近くなるように保つ。 [フェーズ2の] コンセプト開発が完了すると, 新しい技術は実験室の好都合な条件下ではうまく働く。挑戦すべきは, すべての条件下で, それがうまく働く (理想に近く働く) ようにすることである。

6.1  活動

すべてのシステムは, その運用の間, さまざまなパラメタにより支配されている。 Phadke [1989] が, 図12に示すPダイアグラムを導入した。
 

信号因子:  意図したとおりの応答をシステムから得られるように, ユーザまたはオペレータが設定する。

ノイズ因子:  システムの性能を減ずる因子であり, 制御できない因子である。ノイズ因子にはつぎの3つのタイプがある。

1. 外部 [ノイズ因子]  (環境条件)
2. 内部 [ノイズ因子]  (生産プロセス内の変動)
3. 劣化 [ノイズ因子]  (システムのライフサイクルの間における性能の劣化)


制御因子:  クリティカルな機能パラメタで, その値はシステム設計者により設定され, また, それはノイズに対するシステム感度に強く影響する。システムの目標とする性能を達成するのに, ロバスト設計においては次の二つの主要な方法がある。

(1) パラメタ設計:  コストに関係しない。 ノイズに対してシステム感度が最低になるように制御因子の最適値を決めることに焦点を絞る。
(2) トレランス設計と仕様化:  コストに関係する。より高品質の部品を使うことにより, ノイズ因子に対するトレランス幅を小さくすることに焦点を絞る。
制御因子を調整することは, 通常, システムのコストに影響を与えない。そこで, 制御因子はロバストネスを実現するための鍵であり, 最善の値になるように決定すべきである。 トレランス因子と調整因子 (Adjustment factors) は制御因子のタイプを指定するものである。トレランス因子を調節することはシステムのコストに影響するが, 調節因子の設定はシステムの性能に影響するだけであり, (性能の) ばらつきには影響しない。

応答:  意図したシステムの出力である。この出力はユーザが意図した範囲の中にあることが期待される。目標値からのいかなるずれも, 品質のロスを招き, それは品質ロス関数に従う。

    図12.  システムに影響を与える諸パラメタの分類 [Phadke, 1989]

理想的な機能 (ideal function) は信号と応答との間の理想的な関係である。それは (つぎの性質を持つ):

1.   システムの目的についての簡潔な宣言
2.   精密な物理的/心理的宣言
3.   線形の関係が望ましい
4.   最良の定義が最適化を能率的にする
5.   S/N比が理想的機能からのずれを表す


パラメタ設計は, システムの性能を支配するクリティカルな機能パラメタの公称値を最適化する。パラメタ設計の重要なステップはつぎのようである。

  1. 理想的性能を定義する
  2. S/N比を定義する最善の方法を選択する
  3. クリティカルなパラメタを同定する
  4. 性能を理想からずれさせるようなノイズのセットを作る
  5. 予め計画した実験を行い, 制御パラメタを体系的に最適化して, システムの性能を理想的な機能にできるだけ近く保てるようにする。


成功の鍵はノイズを早期に導入することである。

  1. [ノイズを導入して] 性能を理想から離すようにする。
  2. 早期にやる。工場や顧客がノイズを導入するのを待ってはならない。
  3. PDT [パラメタ設計チーム] は, このようなノイズを導入するスキルを開発する必要がある。
  4. マネジャはこれをプロセスに組み入れて, 適切な程度までそれが行われているかをチェックする必要がある。


技術者たちのもともとの性向は, 彼らの新しい発明をノイズから守ろうとする。この性向を克服して, ノイズを早期に導入することが, 致命的な重要さを持つ。

例えば, 先に記述したXerox社の紙送り装置は, そのロバストネスを非常にしっかり改良した結果, Sカーブ上でさらに上まで向上させた (図13の L-L I から Rの位置まで)。その結果, 非常にロバストな紙送り装置ができ, 1981年に生産が行われた。それ以後, 多数の複写機やプリンタに柔軟に適用され, 広い範囲のスピードに対してなにも追加の開発を必要としなかった。
 

         図13.  ロバストネスによってSカーブ上でさらに向上する

ロバストネスは新しい発明の基本的な信頼性を達成する。それは, 技術移転, 柔軟性, および商品化の時間短縮を非常に容易にする。

 

7.  フェーズ4.  技術の選択, 移転, および統合

技術が成功裏に開発された後は, 「これで仕事が終わった」 と思う自然な傾向がある。しかし, これほど真実から遠いものはない。技術の選択と移転は, しばしば困難で乗り越えがたい障害となる。

7.1  技術の選択

新しい技術的コンセプトが製品プログラムに入る資格を持つためには, 考慮しなければならない評価基準がいくつかある。一般に, つぎの4側面が満たされなければならない。


一つの新しい製品に対する技術を選択するには, Pughのコンセプト選択を再び使う。今回考えるべき選択肢は, 新技術, 現行技術, そして外部からの購入である。

7.2  技術移転

基本的に, 技術の一つ一つの移転は, 多次元的な観点を必要とする。これはすでに国際宇宙大学(ISU) の研究で指摘されている [ISU, 1997]。 成功した技術移転は, つぎの4つの側面からなる。


Clausing [1994] は, 「製品技術部門と技術開発組織との間のライバル関係に陥る不幸な傾向」を指摘した。文化的障壁, 「ここで発明されたものでないから」 [という意識], その他 (other dysfunctions) が, うまく技術移転をする確率を低くする (図14の上部に示した)。 そしてこれは, 技術開発の成功をも危うくする。これらの問題は主として組織内の競争本能に基づくものであり, 適切な組織環境によって克服すべきものである。

そこで, 技術を製品プログラムに移転するためのもっとも成功するアプローチは, 「人々の移転」を基礎にしている。Clausing [1994] は技術移転チームを作ることを提案している。そのチームは製品開発と技術開発との両方からの技術者たちにより構成される。これはさらに, 新技術を製品プログラムに組み込むために必要な知識の移転を一層増強するだろう。これは図14の下部に図示するとおりである。技術開発の全プロセスを通じて適切な開発チームを組むことにより, 新技術の受容がさらに増大するであろう。
 

    図14.  人々を移転することにより技術移転を強化する ([Clausing, 1994]から採用)
 

8.  実施 (Implementation)

TRIZを実施する現在のアプローチ, すなわち 「核の生成と成長」 [つまり, 草の根のアプローチ], は成功しないであろう。TRIZは全 [技術開発] プロセスに統合されなければならない (本論文はその一つのやり方を推奨している)。そして, 組織のトップが指導する主要な改善活動として実施されなければならない。
 

9.  まとめ

TRIZは, 新しい技術の開発の過程で最も生産的になる。TRIZは全技術開発のプロセスに組み込まれ, ロバスト設計などの他の強力なアプローチと連携したときに, 最も成功する。
 

謝辞

本論文の多くの部分は, 私が1998 - 2000年に指導した学生たちの学位論文に基づいている。Armin Schulz, Michael Frauens, Clemens Bauer, およびSiddhartha Sampathkumar。

私のTRIZのわずかな理解に対して, 私はVictor Feyに非常に多くを負っている。Victorが私の理解に責任があり, その理解の小ささは私の責任である。

 

参考文献

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著者略歴

Don Clausingは30年間企業で仕事をしたのち, 1986年にMIT教授となった。MITで製品開発に関する初めてのコースを開いた。それは, 基礎的なコンカレントエンジニアリング, 田口メソッド, QFD, Pugh のコンセプト選択, 技術のreadiness, 再利用可能性, 効率的管理などを, 全体的な開発プロセスに統合したものであり, 米国において現在標準的なものよりも, 低い製造コスト, 高品質, 短い開発期間を達成するものである。Clausingの著書『全品質開発』は1994年3月にASME出版から出版された。1996年には, MITの製品開発技術革新センタ (CIPD) の共同創立者となった。Clausingは2000年夏にMITを引退した。

 
 本ページの先頭  1. はじめに  2. 全技術開発  4. (1) 統合した技術戦略  5. (2) コンセプト開発  5.6 TRIZの寄与  6. (3) ロバストネスの開発  7. (4) 技術の選択・移転・統合  参考文献  TRIZCON
報告(中川)
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最終更新日 : 2001. 6.19     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp