TRIZ技術ノート 
"発明"を支援するソフト登場
科学技術原理をリンクし,複合技術を提案
     中川 徹 (大阪学院大学)
   日経メカニカル, 1998年11月号(No.530), pp.26-31
 
     (同誌の許可を得て本ページに転載 1998.12.12)
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まえがき  「TRIZ ホームページ」への転載にあたって (1998.12.12  中川)

  本稿は, 表記の表題で日経メカニカル誌の「クローズアップ」記事として掲載され
たものを, 同誌の許可を 得て転載したものである。転載に当たり, レイアウトをHTML
用に調整し, 誌面欄外の注は緑色のフォントで関連の節の後ろに入れた。

  記事の趣旨は, 同誌のまえがきのとおり, 同誌編集部からの依頼に応じて,
Invention Machine社の新しいソフトを試用して評価・紹介することであった。そのソフト
は, 評価時点(98年8-9月)では, 「IM Phenomenon V1.0」 であった。推敲の過程で,
編集部の希望により, TRIZの予備知識を前提としないこと, IM社の主要ソフトTechOptimizer
の予備知識も前提としないこととして, 平易な紹介を目指した。また, IM Phenomenon
の新機能の中で, 最も重要な「ビルディングブロック機能」にテーマを絞った。その結果,
記事の内容が, 98年 9月に新たに発売された, IM Phenomenonのローエンドバージョン
Invention Magic」の機能を過不足なく説明することになり, 誌面では「Invention Magic」
を対象としたものとして記述している。なお, このソフトの画面はもともと英語であるが ,
三菱総合研究所の協力により, 誌面では日本語で表記された。

   また, この「ビルディングブロック機能」は, IM社のTechOptimizer Pro の最新バー
ジョンV3.0に完全に組み込まれており, その日本語版が三菱総合研究所から1999年
1月下旬に発売される予定であるという。
 

まえがき   (日経メカニカル誌 編集部)

米 Invention Machine (IM) 社は, 技術開発を支援すための新しいソフトウェア
「Invention Magic」を開発した。同ソフトの主要な機能は多数の技術原理を
データベース化しておき, それらを"レゴ" (IM社は「ビルディングブロック」と名づ
けた)のように自由自在に組み合わせて,ユーザが新しい技術コンセプトを考案
する思考過程を支援することである。IM社製ソフトに詳しい専門家が実際に
使用し,使い勝手を評価した。
 


はじめに

 技術者はともすると自分の専門分野に知らずしらずのうちに閉じこもり,視野が狭く
なりがちだ。さまざまな分野や,一見関係のない業種で使われている技術が,自分
の問題を解決するヒントになりうるにもかかわらず,である。広い分野の技術原理と
応用事例を学び,それらを組み合わせて,直面している問題を解決することを目指し
たいものだ。

 そのような時,技術目標に沿って関連する他分野の技術内容が検索できる技術デ
ータベースがあれば便利だ。それも,技術を単発的に検索してくれるだけでなく,技
術を組み合わせた状態で提示してくれればなおありがたい。それを可能にするのが,
ここで紹介するソフト「Invention Magic」である。

 同ソフトの主要機能は以下のようである。

@科学技術の広範な分野にわたる原理(Effect,効果)および技術応用事例
(Example)のデータベース。力学・電磁気・熱・光・化学の分野に強いが,応用可能分
野はもっと広い。技術分野からの検索,技術目標からの検索(逆引き検索),キーワ
ード全文検索などが可能。

A一つの技術(原理または応用事例)に対して,それを実現するために遡って前段の
技術*(原理または応用事例)を自動的に検索し,結合したものを新しい複合技術コン
セプト群として提示する機能(ビルディングブロックのConnect機能)。

B一つの技術原理に対して,その出力の効果を左右する各パラメータを制御するた
めの技術群(原理と応用事例)を自動的に検索して提示する機能(ビルディングブロッ
クのControl機能)。

 この順に,実際の画面を見ながら,機能と仕組みを説明し,ユーザーに役に立つ使
い方と意義について考察したい。
  * 前段の技術:  図1の例で説明する。熱伝達を向上する技術の前段に表面を
       濡れなくする技術がある。そのさらに前段として,表面を撥水性物質で
       コーティングする技術へとさかのぼる。技術的な機能目標を実現するの
       に,既知の技術原理や応用事例を一つだけ適用すれば済むことは稀である。
       一つの技術を 使うためには,それが要求するいろいろな技術的設定を満
       たさなければならない。その目処がつかなければ,所詮は絵に描いた餅
       である。多くの場合,複数の技術を組み合わせ,派生するさまざまの困難
       を克服して一つの技術体系を作る。

原理と応用事例のデータベース

 同ソフトは,物理・化学・幾何の分野の広範な科学技術原理と,それらの工学的・
産業的な応用事例を含む広範なデータベースを持つ。項目数は約3400件だ。

 その取り上げ方は,実践的かつ技術的である。原理を示す場合,どのような設定を
すればどのような結果(効果)が得られるかを端的に記述し,その原理を図を用いて
簡単に説明し,関係式や参考文献などを載せている。科学的な理論体系の説明はし
ない。

 検索方法は後述するとして,まず表示画面の例を図1に示す。この画面の右半分
には,「液滴状凝縮による熱伝達向上の効果」という原理を文章で説明している。
〔図1〕熱交換において器壁で上記を凝集させる場合,その器壁の表面が濡
    れる場合よりも,濡れずに液滴となる場合の方が熱交換の性能が高
    くなるという効果(注: 実際のソフトは英語。以下の図も同様)


 その説明を読むと,熱交換において器壁で蒸気を凝集させる場合,その器壁の表
面が「濡れる(wettable)」場合よりも,「濡れず(unwettable)に液滴となる」場合の方が
熱交換の性能が良くなる効果があるとしている。「濡れない」というのは,表面が水を
撥いて水滴が表面を転がる性質をいう。

 原理を説明した左側には上下二つの説明イラストが示されている。上は巨視的な
(物体レベルの)イラストで,下が微視的な(構成粒子/分子レベルの)イラストである
「濡れる」表面の場合と「濡れない」表面の場合が対比して描いてある。

 二つのイラストは両方とも動画である。イラストの左上の三角形のボタンをクリック
すると動画が動き出す。3〜10秒間の簡単な動画である。凝集して液が溜まっていく
様子が濡れる表面の場合と濡れない表面の場合で同時に比較される。この原理に
よる効果が分かりやすく強く印象に残る仕組みだ。

 原理の説明には,その応用事例が一つまたは複数必ず挙げられている。図1では,
「発電所のコンデンサパイプの処理方法」という事例が一つ挙がっている。事例には
ハイパーリンクが張ってあり,事例名をクリックすると新しい画面が開き,説明図を備
えた図1と同様な形式の詳細な記述がある(図2)。


 〔図2〕火力発電所の凝集パイプの処理方法を説明した例の図


 図1の原理の説明を読み進んでみよう。この効果で,「濡れないで液滴となる」表
面の場合には,「濡れる」表面の場合に比べて熱交換の効率が10〜100倍に増える
ことが記されている。

 原理(図1)の説明はスクロールした画面に続き(図3)。この効果を定量的に表す
関係式が示されている。表面に疎水性膜を塗った場合の有効熱伝導係数αが,疎
水性膜の厚さdと熱伝導率λ,飽和温度Ts,および表面と蒸気の温度差dTとで,
表されるという。


  〔図3〕濡れずに液滴となる表面の場合,濡れる表面の場合に比べて熱交
         換の効率が10〜100倍に増える
 この関係は理論式というよりも,実験による経験式のようである。膜の厚さが薄いと
いう条件が記されており,参考文献としてハンドブックの書名,出版社名,発行年を
挙げている。

原理と応用事例の一覧表示法と検索法

 データベースの命は蓄積内容とともに検索方法にある。見つけ出せないものは無
いのと同じだからだ。同ソフトは複雑な一覧表示法と検索法を持っている。

 技術原理/応用事例(項目)の表題(タイトル)は,内容を比較的良く言い表している。
全ての表題あるいは選択された関連項目の表題の一覧を表示する方法として,次の
3種類を採用している。

(a)表題名のアルファベット順の一覧
(b)技術の目標機能の細分類をアルファベット順に従って分類した,表題名の一覧
(c)技術の目標機能の階層分類に従って分類した,表題名の階層的な一覧

 (c)の,技術の目標機能の階層分類とそれを利用した検索法(逆引き検索)は,以下
の通りである。

 同ソフトは,TRIZの考え方*を導入して,技術の目標機能からそれに関連する技
術項目を検索すること,すなわち技術データベースの逆引きを大事にしている。この
ため,技術目標を「何を,どうする」の形式で階層的に分類しており,その最上層は次
の21大分類である。

「物質を」: 生成する,保持する,動かす,結合する,分離する,形作る,相変化させる,
               蓄積する,測定する,消滅させる
「パラメータを」: 変化させる,増大させる,減少させる,安定化する,測定する
「場を」:    生成する,保持する,分離する,蓄積する,測定する,消滅させる

 これらの分類の下にさらに中分類があり,全部で189の目標機能の表現がある。
例えば,大分類「パラメータを,変化させる」の中には,中分類「電磁波の吸収度合い
を変化させる」「化学的特性を変化させる」「色を変化させる」―と言った具合。それぞ
れの中分類に属する原理/応用事例を検索できる。

*   TRIZの考え方:   ほとんど知られていない物理的・化学的・幾何学的原理, 
             あるいは別の面では良く知られた原理の"知られざる面"を利用するこ
             とがTRIZではよくある。


キーワードによる表題/全文検索

 技術項目の表題を対象にして,キーワード検索することができる。例えば「熱的
(thermal)」で表題検索をすると,技術原理28件と応用事例14件を検出する。表題
に「thermal」を含む技術原理を,中分類ごとに表示する機能もある。

 自由にキーワードを指定して全文検索ができる。図1の画面の左部は,「熱」「伝
導」「液体」の3個のキーワードをAND検索した結果を示している。検索は,各原理
および応用事例の全文検索で行われ,これらのキーワードを文章の中で同時に含
む原理と応用事例を検索する。

 この例では37の原理/応用事例がリストアップされた。この中から選択した原理が
画面の右に表示され,検索キーワードはカラー表示されている。語句を分離しないで
熟語としてキーワードを探すには,“”で囲めばよい。


技術データベースを「探索する」

 収録している技術分野は,数学(幾何),力学,熱学,光学と電磁波,電気,磁気/電
磁気,物質と材料,物質と「場」の相互作用,化学,粒子物理である。

 このようなデータベースの分野的特性を理解しておくことは,使いこなすために大
事なことである。自分の専門分野に関する項目を見ると物足りなく感じる。けれども,
自分が知らない分野の原理や事例が実に多いことを思い知らされる。前に述べた検
索法は,広範な科学技術データベースを縦横に活用できるように工夫されている。

 はっきりした目標や用語を用いて,絞り込むように「検索」するだけが有効な活用法
ではない。問題意識を持ちつつ自分の視野を拡げるために,もっと緩やかな気持ち
でヒントとなるかもしれない原理や応用事例をいろいろと「探索」することが,同ソフト
の利用法としては一層重要だということを強調しておきたい。

 データベースにある技術や事例は既に公知のもので,各分野の専門家には当たり
前のことばかりである。それらを学んで同じ分野に適用するのでは,目の前の技術
的課題を解決できたにしても技術の革新はできない。創造的な技術革新ができるの
は,いままでだれもが想像もしなかった異分野に適用して,新しい解決を見出した場
合であると思う。

 本記事で取り上げた図1の「濡れ」の例は,実は,ヒートパイプの問題で検索をして
いてたまたま出会った技術である。それを取り上げたのは,この効果が筆者には驚
きだったからである。

 冷たいものの表面に水滴ができる現象は,ビールビンや缶ジュース,アパートの壁
面の結露などの形で日常しばしば目に触れているはずである。しかし,表面が「濡れ
る」か「濡れない」かで,このように熱交換の性能(すなわち,冷たいビールが温まる
速さ)が大きく変わることを自覚したことがなかった。もし尋ねられたら,逆の答えをし
たのではないかと思う。

 私事だが,10年程前のある冬,アパートの壁面が結露して困った時があった。工
務店が「結露防止塗料」を塗り,つるつるした壁面をざらざらな感じに処理した。それ
で結露がおさまったのは不思議だった。この不思議を10年ぶりに解いてくれたのが,
同ソフトの説明だったのである。

 このような,日常目に触れているけれども見落としているさまざまの原理や事例を
学び・体得していくことが,技術革新の創造性を培う道であると,改めて思った次第で
ある。

ビルディングブロック機能

 同ソフトの最もユニークな機能は,ユーザーが今注目している原理(効果)または応
用事例について,それを実現するための手段(原理または応用事例)や制御する手
段(原理または応用事例)を,自動的にリストアップすることである。IM社CEOの
Valery Tsourikov氏はこれを「技術のビルディングブロック・アプローチ」であると言っ
ている

 その仕組みについては未公表だが,同ソフトの出力結果を読み,IM社の概要説明
に照らし合わせてその内容を分析してみよう

 同ソフトはデータベースの全ての原理を一つひとつの「ビルディングブロック」にして
いる。各ビルディングブロックは一つの「入力」と一つの「出力」を持つ。

 例えば図1の例の原理では,「入力」は「表面の非濡れ性」であり「出力」は「熱交
換の増大」である。この「入力」「出力」の定義や考え方について,IM社はドキュメント
に明確に記述していない。

 筆者が理解する範囲では,「入力」とは,その原理/応用事例を実現するための主
要手段,投入する物質や作用や性質などを意味する。また「出力」とは,その原理/
応用事例の結果として得られる目標機能,主要効果,得られる物質や作用などを意
味している。

 注目する原理(または応用事例)を指定して,図1の上部のツールバーにある
「Connectボタン」をクリックする。すると,同ソフトは,この原理の「入力」に相当する
ものを「出力」として持つような,別の原理や応用事例を検索して,それらを前段に結
合して表示する。

 例えば,図1の原理から図4に示す画面が得られた。図4の画面で右側の図は,
親にした図1の原理の説明図であり,左側の図は,結合された前段の技術の1番
目のものを説明する図である。
 

   〔図4〕 画面の右側の図は,図1の原理と同じ説明図で,これを親にした。左側
      の図はそれに結合した前段の技術を説明する図。ここで示しているのは
      「撥水性物質」が「非濡れ性表面」を作るという「疎水性」の応用事例。
 

 ここに示されているのは,「撥水性物質」が「非濡れ性表面」を作るという,「疎水性
化」の応用事例である。すなわち,二つの技術(応用事例と原理)を因果関係でシーケ
ンシャルに結合して,

  前段:  入力: 撥水性物質
        出力: 非濡れ性表面
  後段:  入力: 表面の非濡れ性
        出力: 熱交換の増大

というリンクをはった。その結果,「撥水性物質を用いて熱交換の増大を実現する」と
いう方法を提案しているのである。

 このようなリンクが113件得られたことを図4の下部は表示している。図4に表示
されている初めの3件が2段のリンクで得られたものである。

 第2,第3のリンクの前段は,それぞれ次のようである。

     第2例の前段: 入力: 表面張力
                   出力: 濡れの角
     第3例の前段: 入力: 水酸基群
                  出力: 表面の疎水性

となっている。さらに,4件目以降はこれら2段のリンクの前に別の技術(原理または
応用事例)をさらに結合して,3段のリンクを形成したものである。
 

ビルディングブロックのControl機能

 ビルディングブロックには,「入力」と「出力」のほかに「制御項目」がある。「制御項
目」は技術原理(効果)の「出力」を左右するパラメータであり,基本的には原理につい
ての「式(Formula)」(図3参照)から自動的に抽出されるという。

 一つのビルディングブロックに複数の「制御項目」があってもよい。例えば,図1の
原理に対する「制御項目」としては,「膜の厚さ」と「温度勾配」の二つが選ばれている。
なお,応用事例の場合には,その結果を表現するような関係式は持たないから,「制
御項目」の概念はない。

 ユーザーは, 注目する技術原理を指定してから, ツールバー中の「Control ボタ
ン」をクリックする。すると, この原理の「制御項目」に対応する「出力」を持った別の
原理または応用事例が示される。その画面の例を図5に示す。
 

  〔図5〕 画面の右側の図は,図1の原理と同じ説明図出これを親にした。熱交換
      の効率は膜の厚さに依存する。膜の厚さを変える一つの方法に電気泳動
      による膜を生成するものがある。左の図は電気泳動による膜の生成を
      説明した図。
 

 図5の画面の右図が注目している原理であり, 左上に長円で示されているのが
「制御項目」である。二つある「制御項目」のうち, 上の方の「膜の厚さ」に “対応す
る” 「出力」を持った技術 (原理または応用事例) の一つが, 左の図に示されてい
る。

 ここでは「電気泳動による膜の生成」という応用事例である。コロイド状の電解質に
電場を掛けると,電導性の基板上に薄膜が析出する。この技術によって,膜の厚さを
調節しながら薄膜を生成できるという。

 このように,後段技術の「制御項目」と前段技術の「出力」との間にリンクを作ること
により,新しい複合技術(同ソフトでは「新しいコンセプト」と呼ぶ)が提案される。 図5
の例では画面上部の表題が示すように,「コロイド性電解質」が「膜の厚さ」を変化さ
せることができ,「膜の厚さ」が「熱交換の増大」を変化させることができるという,「新
しいコンセプト」を提案している。

 図5の左側の図の右上隅にある矢印ボタンをクリックすると,同じ制御項目に“対
応する”別の原理や応用事例が次々に表示される。また,左上の丸い囲みで示され
ている別の「制御項目」をクリックすると,その制御項目に“対応する”原理や応用事
例が示される。

 図5の例の場合には,「膜の厚さ」に対応する技術が9件,「温度勾配」に対応す
る技術が5件出てきた。
 


リンクの作成の仕組みについて

 このように同ソフトは,技術のビルディングブロックの間にリンクを張って新しい複合
技術を提案する機能を実現したのである。このように前段技術を探し求めてリンクを
張ることは,技術者が頭の中で常に行っていることであり,その重要性は直ちに理解
されよう。

 このような機構の成否のポイントは,リンクを張るための判断基準,すなわち,後段
の「入力」に“対応する”前段の「出力」を選定する方法である。

 このような判断基準を作る場合に考えられる最も簡単な方法は,「入力」や「出力」
の表現に使うキーワードを限定した上で,キーワードをマッチングすることである。

 ただ,このマッチングは融通が効かないことが多い。例えば上記の例で,「表面の
非濡れ性」と「非濡れ性の表面」とでさえマッチングしないことになる。融通を効かせ
るには,これらのキーワードの意味をソフトウエアが理解しなければならない。

 判断基準の第2の方法として考えられるのは,キーワードの関連度をあらかじめ
求めておくことであろう。関連度を調べるには,例えば,厖大なテキストデータベース
を統計的に分析して,キーワードのAとBが同じテキストに現れる頻度を計測すると
いったことが行われる。

 しかし,このようなキーワードの関連度は非常に漠然とした概念でしかない。もし,
このような判断基準でリンクを張った複合技術を提案しているのなら,あまり意味の
ある提案になるとは考えられない。

 同ソフトがこれらの判断基準よりもはるかに高度な判断基準を持っていることは確
かである。図4のように,「表面の非濡れ性」に対して「非濡れ性の表面」「濡れの角」
および「表面の疎水性」を“対応する”と判断しているのである。

 表面の「濡れ」の物理学を少し学んだことのある読者なら,これらがリンクするに値
する概念であることを認められるであろう。これらの判断は,日常的な言葉の意味を
理解するだけでは不十分である。高校や大学教養課程の理科知識よりも高度な技
術的な理解が必要なことは明らかである。

 表面が「濡れる/濡れない」は表面の分子と水分子との親和性/疎水性および水分
子の凝集力や表面張力に関係するものであり,「濡れ」の程度は表面に置かれた水
滴の縁の接触角で表現されるのである。

 IM社はこの判断基準の仕組みを公表していないが,Tsourikov氏は「IM社は,科
学技術文献を自動解読し,それを意味概念ネットワークに表現し,要約文を作成する
技術を持っている。11万語の概念辞書を開発しており,しっかりした意味分析が可
能である」と言っている。

 これらの意味分析を基盤にして「入力」「出力」などが言葉づらでなく技術的な意味
を伴って表現され,その意味を理解してリンクを張る判断がなされていると思われ
る。
 

ビルディングブロック機能は役に立つか?

 同ソフトのビルディングブロック機能を使えば,任意の技術 (原理または応用事例)
から出発し,その技術の前段として必要なさまざまの技術を自動的に探索し,リンク
させた「新しいコンセプト」群 (複合技術群) を提案できる。

 このような前段技術の候補を網羅していくことは,人間には困難なことである。知識
が広くないだけでなく,一生懸命思い付こうとしても考える範囲が限られてしまうのが
実際である。人間の思考は,リンクして意味があると予想する範囲しか探そうとしな
い。

 一方,マシンの思考はデータベースに収録された全てを候補として逐一検討し,リ
ンクする意味があるかどうかを判断してふるいにかける。だから前節で議論したよう
に,リンクの機構を作りリンクを作る判断基準(選択基準)さえ確立すれば,複合技術
のリストアップは非常に強力なものになる。

 実際,同ソフトは膨大な数の複合技術をたちまちリストアップする。図4の113件
の複合技術を提案するのに5分もあれば済んでしまう。これらの複合技術の中には,
いままでに人間が考えつかなかったものも多いに違いない。

 以上に吟味したように,同ソフトのビルディングブロック機能は非常によく考えて作
られており,技術をリンクする際の高度な判断基準を備えていると,筆者は評価して
いる。Connect機能による2段のリンクと,Control機能によるリンクは,共に非常に
有用な情報を与えてくれる。これらの情報は新しい技術(複合技術)を探索する場合,
非常に良質で高能率である。

 上記のように,一つの技術を基にしてそれを実現するための前段技術を明らかに
することが,ビルディングブロック機能の本来の働きである。有効に利用するには,こ
の本来の使い方をするのがよい。それは,同ソフトの出力に対して一つひとつリンク
の中身を吟味しつつ,前段技術を検討していくことである。

 この使い方は,科学技術データベースの検索法として,上記に述べた3種の検
索法よりも良質で高能率の,第4の検索法を提供している,と見ることもできる。検
索された結果をユーザー自身が判断して行かねばならないのは当然である。

 この使い方は,技術者が自分の問題の解決法を模索する場合の,健全で典型的
な思考過程に沿ったものである。
                
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最終更新日 : 1998.12.12    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp