TRIZ論文(翻訳) 
製品フローに創造的思考を注入する
     Ed Sickafus  (Ford Research Laboratory) 
    第1回TRIZ国際会議,
    1998年11月17-19日, ロサンジェルス

   訳: 中川 徹 (大阪学院大学, 1998.12.26)
    (ASI, TRIZ Institute, および著者とFord Motor Co.の許可を得て, 
     翻訳し, 本ページに掲載 1999. 1.22)

 For going back to the English page, press: 
 訳者まえがき  「TRIZ ホームページ」への翻訳・掲載にあたって (1999. 1. 6,  1.22.  中川) (注: 99. 2.18)

 本論文の原題および出典は以下のようである。

  "Injecting Creative Thinking into Product Flow"

    Ed Sickafus
    Ford Research laboratory, Dearborn, Michigan, USA

  Proceedings of 4th Annual International TPD Symposium - TRIZ Conference,
  Held at Industry Hills, California, USA, on Nov. 17-19, 1998, pp. 129-132.
  Co-sponsored by American Supplier Institute and The TRIZ Institute.

本論文の翻訳および本ホームページへの掲載については,
  American Supplier Institute  のDr. Shin Taguchi,
  The TRIZ Institute (The TRIZ Journal)  のDr. Ellen Domb,  および
  著者 Dr. Ed Sickafus と Ford Motor Company
から,それぞれ電子メールにより許可を得た。快諾いただき感謝する。
(なお, 本ホームページを許可なく複製・転載することは禁じられている。)

本論文に対する訳者の所感は, 第1回TRIZ国際会議参加報告に記したとおりであり,
TRIZを企業活動の中に導入するための実践として非常に参考になる。日本における
TRIZの普及と実践のためにこの論文が広く読まれることを願って,ここに掲載する。

なお,原論文には節の見出しが付けられていないので,読者の便宜のために訳者が
主要キーワードを赤の太字で示した。

(注(99.2.18): 英語の原論文は原著者のホームページに掲載された
         http://ic.net/~ntelleck/Inject.htm

また,本論文の実践のベースになっている SIT法(Structured Inventive Thinking)に
ついては,TRIZを簡略化した方法であるということだけで,訳者はまだよく知らない。
適当な資料が得られれば,後日紹介したい。 (1999. 1. 6)

(199.1.22  SIT法を著者が発展させたUSIT法についての教科書が入手できたので,
近日中に本ホームページで紹介したいと考えている。)
(注(99.2.18):  USIT法の教科書のEllen Dombによる書評を参照されたい。)




 

製品コンセプトから製品出荷までは真っ直ぐな,よく分かったパスである。そのパス
の端から端までの所要時間もまたよく分かっている−−大変よく分かっているので,
具体的な事業計画として作られている。

上記の二つの文−−企業にとってのアップルパイ調理法−−は,現実性に欠けている。
製品開発のパスもタイミングも,問題だらけであり,落し穴,地雷,迂回,行き止ま
り,および1日24時間の限界などがある。企業技術者たちは,Job-1 キャンペイン
の奮闘の際中にあり,日常的な問題を解決する必要に迫られ,ときには奇跡的な発明
が実現して助けてくれないものかと思っている。


    図1.製品コンセプトから製品出荷までのパスは,真っ直ぐでよく分かっているけれ
            ども,障害,迂回,やり直しの場合に多く遭遇する。
 

コンセプトから製品までの過程は消耗な仕事であり,スケジュールをこなすための毎
日毎日の奮闘の中で,手持ちの大部分の資源を消費し,革新的な思考や創造的な問題
解決のためにはわずかの時間しか残らない。この状況を一部解決してくれる答えが,
工学的設計の問題解決のための新しい方法論,「構造化発明思考 (Structured
Inventive Thinking, SIT)」,を戦略的に適用することである。

(注:  構造化発明思考SITに関するより詳しい説明は, つぎのWebページを参照のこ と:
       http://ic.net/~ntelleck )
   [訳注: このWebページは最近更新され,情報がよく分かるようになり始めた。]

ミシガン州デアボーンにあるフォード自動車の研究所でこの 1年間行なった実験は,
SIT専門家チームが, 助力を必要としている製品技術者たちの所で,技術革新を注入
できるかどうかを見定めることであった。

世界中の事業上の問題に対してSITを適用する責任を課せられて,チームは,品質保
証,製品改良,製造,その他の問題に「概念的に("conceptually")」取り組んだ。チー
ムがカストマに提供するものは,コンセプトである。すなわち,図1に示すコンセプ
トから製品までのパスにおいて最初の枠の中に入るものである。新鮮で革新的なコン
セプトは,しばしば,差し迫った,それでいてまた代わり映えのしない,毎日毎日の
技術問題状況においては,進展を遅らせる障害となる。

フォード研究所のSITチームの目的は,実世界の問題を取り上げ,それを概念化し,
分析し,そして,速やかに多数の概念的解決策を見出すことである。カストマの助力
を得て,これらのコンセプトはふるいに懸けられ,最も適切なものを選んで,その後
の評価に懸けられる。それから,カストマがそれらを評価し,それ以後のすべての技
術開発を行なう。汎用性,速さ,新鮮な観点,機能を越えた機敏性,複数の代替案,
そして革新性が,チームとその生産物を特徴づける。

典型的には,問題を定義し,チームを教育し,SITプロセスを適用し,結果を作りだ
すのに,カストマと共同の2時間のチームミーティングが3〜4回必要である。カス
トマの参加は,プロセスを通じて継続され,カストマの上司への最終報告書の執筆も
同様に共同で行なわれる(最終報告書の作成のためには,さらに2時間のミーティン
グと6時間の執筆時間が必要である)。最終報告書に添付して,評価用紙がカストマに
渡される。解決策のコンセプトをひとつひとつ批評し,それらの中のどれを実行に移
し,どれを一時棚上げにし,どれを却下するかを,報告としてチームに戻すことが求
められる。

SITチームの最終的な得失 (収支決算)をどのように決めるかは,興味深い問題である。
チームの有用性は,満足したカストマ達,評判,そして作りだされた特許申請の数に
よって,部分的には証明できよう。しかし,その価値を量る有効な測定法を定義する
ことはもっと難しい。当研究所副社長のW.F. Powers博士が,面白い測定法を提案し
た。「会社が年間1億ドルの得(節約)をするようにせよ。」−−ストレッチ(準備体
操)のゴールが,突然,ストレスのゴールになった。いうまでもなく,これ(SITチー
ム)は実験であり,実際的に実現可能な目標がどんなものであるかは誰も知らない。
それで,提案された測定法に疑いを挟む理由はなかった。

ここで留意いただきたいのは, 解決策の事例はSITの有効性を量る尺度と考えられて
いず,その結果,それらはSIT チームの価値を量る尺度としても使われなかったこと
である。SIT の価値を量る尺度でない理由は,問題の解決策というのは,問題に固有
のものであり,解決策を見つけるのに使った方法論に固有ではないからである。解決
策の事例がチームの価値を量るのに使われなかった理由は,SIT チームの解決策コン
セプトが実際に製品にまで到達するかどうかのほうが,もっと重要な関心事とみなさ
れたからである。

価値に焦点を絞るために,チームは,検討を依頼される問題ごとに,カストマにとっ
てのコスト(cost-to-customer)の情報を集め始めた。関心があるのは,その問題が未
解決のままで残ると,いくらのコストになるかである。この値は,SIT チームを投入
するのに使われる「人参(the "carrot")」と呼ばれている。ただ,会社にとっての実
際の価値は,全く違ったものかもしれないし,しばらくの間は分からないものかもし
れない。

ここで,一つのコンセプトが,その実際の価値を計上できるまでに,通らなければな
らないプロセスを考えてみよう。

・ SIT チームの概念的解決策が創られる
・ コンセプトがカストマに移転され,第一水準のフィルタにかけられる。
・ フィルタを通過したコンセプトが,技術的実現性とコストについて評価される
・ 選択されたコンセプトについて,プロトタイプの設計と制作
・ テストと設計の検証(verification)
・ 生産有効性の検討(production validation),そして,
・ 製品製造

熟練した製品技術者との討論により,上記のプロセスの一つのレベルにあるコンセプ
トが,その次のレベルで成功する可能性を,かなりの程度予測することができる。そ
れは,図2に示すような,絞りこんでいく関数になる。

  

   図2. 一つのプロジェクトの一つの解決策コンセプトが,最終的に製品にまでうま
        く到達する確率は,それらの現在段階に依存する。各段階の幅は,その
        前の段階から ここに到達したコンセプトの割合を示している。

SIT チームを評価するのに,あるプロジェクトに対していくつのアイデアが生成され
たかはあまり重要でなく,最終的に一つの製品にまでうまく到達した(プロジェクト)
がいくつあるか,あるのかないのか,が重要である。そのため,図2の縦軸には,コ
ンセプトの成功の確率ではなく,プロジェクトの成功の確率を用いている。

図2の横軸をコンセプトの数から"carrot dollars"(「人参」の金額)に変えると,SIT チ
ームの各種プロジェクトの価値の可能性(potential value)の図を導くことができる。
一例を図3に示す。
  
  図3.プロジェクトの現段階で計測したSIT チームの価値(二つのプロジェクト例に
      ついて)

図3のプロジェクト23は,品質保証問題に対する "field fix" (運用時の手直し)に関
わるものである。それはいま設計検証 (design verification)段階にあり,最終の検証
に向かって着実に進行している。プロジェクト22は,ある品質保証問題の解決に当
たって生じた製品改良に関わるものである。それは製品として採用されたけれども,
一時的な解決策である。もっと良い設計が設計検証段階にあり,将来,プロジェクト
22を置き替えるだろう。よって,プロジェクト22の最終的な価値金額は, この置き
替えが起こるまでは分からないであろう。

もちろん,SIT チームのプロジェクトのすべてがこれら2例のようにうまくいったわ
けではない。いくつかの他プロジェクトの「人参金額」は非常に魅力的であったが,
採用に向けての進展は遅々としている。このような遅い進展速度が,コンセプトから
製品へのプロセスにおいてむしろ普通である。このこととSIT チームの実験の新しさ
とを考え合わせると,現在の結果は一層魅力的に見える。チームの週ごとのプロジェ
クト記録は,各プロジェクトを把握するだけでなく,チームのポートフォリオの正
味の「人参金額」をも把握している。チームがその「ストレス」目標をちょうど達成
していることを,われわれは誇りを持って記しておく。

上述のように,SIT チームの資源を投入するのを正当化するのには「人参金額」が使
え,製品適用にまで到達したコンセプトに対して,実際の価値金額を追々付加してい
くことができよう。しかし,これは一つの疑問を生ずる。SIT チームの一つのコンセ
プトに対する最終価値金額のうち,そのいくらを,SIT チームのものだというべきか
また,いうことができるのか?SIT チームが提供するものは,コンセプトである。そ
れは,これから評価し,設計/制作し,試験されなければならない裸のコンセプトで
ある。多数の技術者を含む,相当な資源が関わらなければ,一つのコンセプトが製品
にまで到達することはできない。誰が最終的な評価(credit)を得るのか?この実験全体
とその結果がもっとよく分かるまでの,暫定的な手続きとしていま行なっているのは,
SIT チームを,コンセプトを完成にまでもたらせたより大きなエンジニアリングチー
ムの参加者であると評価することである。だから,評価は,より大きなチームに対する
ものとして適宜(as appropriate)共有されている。

技術問題(engineering problems)に対して複数の解決策コンセプトを迅速に生成する
ことを支援するというこの新しいリソースを,社内の技術者たち(technologists)に伝
達することは遅々としており,それはSIT チームを呼ぼうという彼らの動機づけが遅
いのと同様である。その潜在的な理由として想定されることは,Not-Invented-Here
症候群〔注:自分達が発明したのでないからいやだという心理〕,敗北を認めねばなら
ないこと(特に,永年の懸案でその解決に進展がなかったような問題に対して),そし
て,提供されるものが,裸の,技術的に未検証(unengineered)の解決策コンセプトに
すぎないという新しい考え方に付随するカルチャショック,などがある。もっと現実
的な理由としては,時間がないこと,問題解決に対して低い優先度しか与えられてい
ないこと,技術開発プロセスの開始時点での解決策コンセプトの重要性がよく理解さ
れていないこと,などが挙げられる。

SIT チームリソースの伝達(communication)は,3つのルートを通して行なわれてい
る。まず,SIT の3日間のクラスが,毎月研究所で教えられ,また,年に1回,海外
の技術施設で教えられている。SIT 卒業生たちがSIT チームのカストマの主要供給
源である。また,SIT 教室に加えて,SIT ユーザグループミーティングが毎週開かれ,
社内の問題が持ち込まれて分析され,SIT の実践技術の向上に役立っている。ここで
の問題がSIT チームに引き継がれることもある。第3のルートはSIT チームメンバ
が行なう個人的な接触を通すものであり,メンバは社内中を探して,問題の追跡・絞
り込みをしている。

SIT が,問題解決に技術革新を注入するための,並外れて有効な方法論であることは,
早くに認識された。そして,社内トレーニングプログラムを始めるに至った。いま,
徐々に明確になってきたのは,SIT の専門チームが,SIT を用いて,製品フローに技
術革新を注入できることである。

               
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最終更新日 : 1999. 2.18    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp