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マルチメディア産業の方向性と制度的課題

大阪学院大学経済学部 教授

(社)国際経済労働研究所 理事 鬼木 甫

1.はじめに

「マルチメディア」産業では、最近の通信技術の発展をベースにして、多様なコンテンツを多様な手段で広い範囲の受け手に伝えることを目的としている。電気通信(テレコム)産業はその代表であり、また、半導体産業、パーソナルコンピューター産業や、より広く考えれば、放送、出版、マスメディア関連の産業も含まれる。将来の情報化社会の中心であり、社会経済活動の基盤として、またマクロ経済の総需要の牽引車として、その成長が期待されている。

これらのマルチメディア産業のうち半導体産業は、「産業のコメ」として、通産省による研究開発の支援のもとに1980年代の大幅成長を達成し、日米貿易摩擦を引き起こすまでになった。マルチメディア産業には、このように米国と対等に競い合うレベルに達したものもある。しかしながら、残念なことに、テレコム産業、パーソナルコンピューター産業、ソフトウェア産業では、日米格差が拡大しつつあるとの指摘がなされることが多い。これまで日本は、製造業で米国と対等なレベルに達したが、情報分野では、日米格差が大きいのである。これは一見不思議なことで、日本人がモノづくりが上手であるからといって、情報分野が元来不得手であるとは思えない。以下では、このような日米格差が何から生じたかについて、筆者の試論を述べる。

2.産業の成長を規定する2つの側面

一般に産業の成長を規定する要因には、産業の生産物・サービスに対する需要側の要因と、供給側の要因とがある。需要側については、マルチメディアに対する需要は十分にあるだろうから、日米格差は供給側の要因によって生じたのであろう。したがって、日米の供給側の要因のどこに相違があるかを考えてみたい。

供給側の要因としては、まず産業の生産を支える技術、産業の生産要素となる資本や労働や経営資源、実際の生産活動を担う企業組織、そして、企業活動の枠組みを提供する規制環境の4個が考えられる。

このうち第1の技術要因について日米格差が大きいとは考えられない。多くの分野で、日米両国とも世界のトップレベルで研究開発に従事しており、(少数の例外はあっても)全般的に日本が米国に大幅におくれていることはないと考えられる。このことは、製造業での日本の実績からも類推できる。

第2に、産業活動を担う労働力や経営者の質についても、日本が米国に大きく劣っているとは考えられない。製造業などで見られるように、労働力についてはむしろ日本が上である。米国は、1980年代に日本の「優れた生産方式(リーンプロダクション)」を見習って、自動車産業などの製造業で日本に追いつくことを試みたほどである。

したがって、マルチメディア産業で日米格差を生じさせた要因としては、マルチメディア企業組織のあり方と、マルチメディア産業の基盤を提供する規制環境の2つが考えられる。以下では、両者のうち規制環境の日米間の相違について考えてみよう。

3.規制環境に見る日米格差

情報通信分野に関する日本の規制当局は郵政省であり、米国のそれはFCC(連邦通信委員会)である。この両者は機構も似ており、担当業務も(細かい点で差はあるが)大部分は共通する。その結果、郵政省もFCCと同じ仕事をしていると主張されることが多い。表面的にはそのとおりだが、仕事の仕方、つまり規制のやり方を細かく見ると、日米間で大きな差があることがわかる。筆者は、この規制のやり方の差が長期的に大きな影響を及ぼし、マルチメディア産業の日米格差を生んでいるのではないかと考えている。その概要は以下のとおりである。

日本の規制に比べて米国の規制の特色は、法律が詳細に作られていること、法律の下にさらに詳細な「規則(ルール)」があり、すべての規制がルールに則って実行されていることにある。さらにこれに加え、法律・ルールをそれぞれのケースに適用・実施するための「行政文書」があり、年間数十〜数百万ページの行政文書が発表され、蓄積され、組織され、「規制データベース」を形成している。つまり一口に言えば、米国の場合は、産業界から見たとき、規制当局がどんな法律・ルールに基づき、何をどのような手続で許可したり、禁止したり、制限したり、あるいは推進したり、将来のあり方を予想したりしているか、すべて明らかになっている。

他方、日本の場合には、規制当局の発する情報が米国とくらべて極端に少ない。郵政省は優秀な人材の集まりだが、実際に進めている規制の内容については、同省内部で詳細に検討して実質的な決定を下している。しかしながら郵政省による決定は、通常の場合、結論だけが一枚の紙に短い文章で書かれており、そこにいたる背景やそれがどのような法律・ルール(政省令)に基づいてなされたか、なぜそのような決定を行ったかなどの理由も説明されない。場合によっては、記者会見時の口頭説明、マスコミによる解釈が付せられることもあるが、それは規制当局の責任にはならず、周辺からの推測になる。つまり日本の規制は、実際にどのような規制がどのような理由と方針で行われるかについて、あいまいな部分が多く、企業側から見た時に不明確な部分が大量に残っている点に特色がある。

このように両国の規制方式の特色を比べてみると、米国の場合は、企業側にとって規制をめぐる事柄が明らかであるので、新しい事業を企画したり、新しい技術を開発するときに安心して進むことができる。日本のように、思いもよらぬ規制当局の横槍が入って、これまで長年計画していた事業が水の泡となったり、新しい技術が規制当局しか知らない何か他の理由(しかし国家全体から見れば妥当な理由)のために実現できないなどの不安が少ない。日本の場合には、新しい事業を考える事業者は、技術・経営の内容だけでなく、その新しい事業に対して規制当局がどのように考えているか、どのような方針を出してくるかを推測し、場合によっては規制当局に直接に接触して、自己に有利な結果を引き出すための運動をしなければならない。優れた技術によって、ユーザの役に立つ製品・サービスをなるべく安く提供するという本来の事業目的の他に、規制当局の出方を推測してなるべく将来の損害を少なくするという余分な神経や労力を使わなければならない。企業内では、規制当局との接触に長じた社員が出世し、ユーザの役に立つ製品・サービスを提供することに長じた社員は失望し、働く意欲を減退させることになる。

このような両国のマルチメディア産業環境・規制方式の相違によって、1年や2年では差が出ないかもしれないが、5年・10年経つと、新規企業・新規製品サービスの出現に大きな差が出てくることになる。筆者は、このような規制環境の差がマルチメディア産業の日米格差を生んだ主要な理由の一つではないかと考えている。

4.日本型規制を克服するために

今回の行政改革会議の中間報告では、現在の郵政省を郵政三事業と放送通信分野とに分け、郵政三事業は外庁に、そして放送通信分野は国家行政組織法3条による委員会に組み替えることが提案されていた。後者は、米国FCCの組織形態を表面的に見習ったものと考えられる。しかしながら、最終報告ではこの案は一部変更になり、放送通信分野は、現在の3局を2局に編成替えして総務省に所属させることに決まったようである。

筆者は、このような種類の組織編成替えは、組織業務の内容に触れないかぎり、どちらにしても日本のマルチメディア産業の将来に大きな影響を及ぼすことはないであろうと考えている。前述のように、日米格差の主要な要因は規制という仕事の仕方にあり、同業務を郵政省あるいは総務省の下に所属させるか、委員会方式にするかなどのこととは直接には関係しない。今回の行政改革会議の報告自体は、日本国民に行政分野で大きな問題が残っていることを示した点で(教育的)意義があったと考えるが、マルチメディア産業の将来に関しては、プラスにもマイナスにも大きな影響はないと判断している。

結論として、日本のマルチメディア産業の将来のためには、前記のように、規制情報の乏しい日本型方式が米国との格差を生んでいると考えられるので、この点を改革する必要がある。すべての面を一挙に改革することは不可能であろうが、法律・ルール・行政文書の大幅整備を進めて、企業側に創意工夫・新規参入のインセンティブを与え、長期的にマルチメディア産業を成長させる方向に動くことに希望したい。


「マルチメディア産業の方向性と制度的課題」、『国際経済労働研究Int'lecowk』、No.876、1998年1月、pp.11-13。


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Hajime Oniki
ECON, OGU
2/11/99
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