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『地上デジタル放送懇談会』中間報告〜新デジタル地上放送システムの形成〜について

1998年7月31日

鬼木 甫

大阪学院大学経済学部教授

大阪大学名誉教授

目次

I. 全体方針について――オープンで公平・公正な競争の必要

II. 「ディジタル化のメリット」について(「中間報告」2章3(1)-3、(2)-1)

III. 地上ディジタル放送導入について(「中間報告」3章)

V. 他メディア(他インフラ)との公平・公正競争について

VII. 結語

『地上デジタル放送懇談会』中間報告〜新デジタル地上放送システムの形成〜について

1998年7月31日

鬼木 甫

大阪学院大学経済学部教授

大阪大学名誉教授

I. 全体方針について――オープンで公平・公正な競争の必要

 「放送のディジタル化」は、放送サービスの量と質を大幅に拡大する可能性をもたらしている。ディジタル放送の導入は、二十一世紀の発展のために放送産業の制度的基盤を確立する機会である。

 従来の地上放送体制は、媒体(周波数資源)が限られていたこと、技術進歩が緩やかであったことから、「護送船団方式」をとっていた。今回の地上放送のディジタル化は、媒体容量を大幅に拡大し、また、(衛星、ケーブルテレビ、通信網などの)他媒体との競争の可能性も増大している。金融をはじめとする他分野(教育、医療、法曹サービスなどを含む)の経験から明らかなように、護送船団方式は長期的に産業の体質を弱め、遅かれ早かれ必要となる調整・再建時のコスト・苦痛を増大させる。地上放送のディジタル化に際しては、護送船団方式を脱し、将来の発展のための合理的方式、すなわち「オープンで公平・公正な競争システム」に向けて変革を進めるべきと考える。

 しかしながら、今回の「『地上デジタル放送懇談会』中間報告〜新デジタル地上放送システムの形成〜」(以下、「中間報告」)では、残念なことに、従来の体制を地上ディジタル放送に大要コピーする内容になっている。視聴者すなわち国民の利益、放送事業者の長期的利益のために、オープンで公平・公正な競争環境を作ることを基本として、将来の放送制度を構築されるよう望みたい。

 いうまでもなく、政府・行政当局の役割は、「事業環境の整備」にある。リスクとリターンを伴う事業内容自体の選択は、事業者自身によってなされるべきことである。これらのことは、全体主義・社会主義経済の失敗をはじめとする多数の経験から、現在では広く合意されているところであり、市場経済の枠内で営まれるかぎり、放送事業もその例外ではない。上記の基本的観点が、最終報告書で考慮されることを望みたい。

 なお、筆者は本年4月に、「放送衛星4号(BS−4)後発機に係る制度整備について――電波監理審議会への意見表明」(以下、「BS−4意見表明」)をおこなった。同「BS−4意見表明」は衛星放送に関するものであるが、その大部分(同II節全体、III節A、B、IV節A、C、D、E)は、地上ディジタル放送にも該当する。したがって、本意見表明では重複を避け、「BS−4意見表明」で述べられていない事項についてのみ、筆者の意見を表明する(なお「BS−4意見表明」については、 http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/jpn/publication/199804a.html を参照)。

II. 「ディジタル化のメリット」について(「中間報告」2章3(1)-3、(2)-1)

 ディジタル化のメリット、とりわけ利用・視聴方式の多様化、高度化は、最終報告書ではさらに強調されるべき、と考える。コンピュータにおけるソフトウェアの発展と、ソフトウェアを利用して実現された情報活動一般の拡大から類推すれば、ディジタル化による放送の多様化、高度化には無限の可能性が含まれており、多くの例を挙げて理解をはかることが望ましい。

 一例として、「視聴者による有料(PPV)・無料方式の選択」サービスが考えられる。つまり、番組に伴うコマーシャルの量(ゼロを含む)・内容(分野、様式など)と、それに対応する視聴料について、視聴者が自己の好みで即時的に選択できるような放送である。将来、圧縮度が高まれば、さらに多様な選択が可能になるであろう。そのための視聴者用ソフトのダウンロードも近く実現するだろう。これらのために必要なソフトの開発は、現在の技術で充分可能であろう。(つまり将来においては、無料放送チャネルと有料放送チャネルの区別自体が無意味になる――あるいは、「チャネル」という概念も意味を持たなくなるかもしれない。)

III. 地上ディジタル放送導入について(「中間報告」3章)

 まず、原則的なこととして、行政当局は、「アナログ放送からディジタル放送への移行を事業者に強制」するべきではなく、「新たにディジタル事業環境を整備し、既存事業者・新規事業者が自己のビジネス動機から自発的に移転・参入することを期待」する方式を採るべきと考える。今回「中間報告」の提案では、現在の制度がほとんどそのままディジタル事業分野にコピーされているので、従来からの「護送船団方式」が大部分温存されてしまう。「オープンで公平・公正な競争環境」実現のための方式として、下記A、Bを提案したい。

A. 地上ディジタル放送用に使用するべき全帯域を設定し、既存・新規事業者の区別なく同一の競争条件で同帯域の使用を認める。参入事業者から、帯域の市場価値にあたる代価(経済的使用料)を徴収する。(代価は、「使用料オークション」で決めることが適切と考える。くわしくは、「BS−4意見表明」III.A、Bを参照)。

B. 既存(アナログ)放送事業者がディジタル放送に参入するか否かは自由とする。参入した場合でも、サイマル放送を実施するか否かは自由である。ただし、サイマル放送期間中は、ディジタル放送用帯域のうち、SDTVの1チャネル分(現時点では1〜2MHz、将来技術進歩により減少し得ることを予告しておく)の使用料の一部(たとえば50%)を減額する(サイマル放送停止の時点で、減額停止、全額支払とする)。なお上記以外について、従来の(アナログ)放送免許はそのまま継続する。上記と関連して、「中間報告」3章2(導入プロセス)2)で述べられている6MHz帯域幅の無料供与は、優遇に過ぎると判断する。

 上記IIに述べたように、ディジタル放送のもたらす便益はアナログ放送とは比較にならないほど大きいので、たとえ帯域使用が有料であっても、長期的に放送事業者がディジタル放送に移転してくることは確実である。また、移転による利潤増加を保証できるほどの便益の差が無ければ、多額の投資を実行してディジタル放送に移行する意味は無い。上記提案のポイントは、ディジタル放送への参入・移転から生ずるリスクとリターンを受け入れるか否かは、事業者がおこなうべきビジネス決定とする点にある。行政当局は、自らリスクを取ってビジネス決定をおこなうべきではなく、ビジネス環境の整備と、必要な公的措置(標準放送方式の選択、ユニバーサル放送の実現など)を担当するべきである。

 なお、ディジタル放送事業者については、「インフラ」と「サービス・番組供給」を分離(上下分離)することが望ましい。できれば構造分離、少なくとも会計分離が必要である(くわしくは「BS−4意見表明」II.Cを参照)。

V. 他メディア(他インフラ)との公平・公正競争について

 上記Iで述べたように、地上放送は近い将来において他メディアとの競争にさらされることになり、またそのような競争(「インフラ間競争」)が放送産業をダイナミックに進歩させる(くわしくは「BS−4意見表明」II.Cを参照)。この場合、インフラ間で公平・公正な競争条件が成立していることが必要であり、その確保は行政当局の責務の1つである。

A. 衛星放送と地上放送間の公平・公正競争

 衛星放送は、広域放送のための低コストのメディアである。一般に、周波数や衛星軌道などの「自然資源」は、土地などの「スペース」と類似した経済的性質を持つが、衛星放送の出現は、たとえば、「東京湾に土地隆起から新たな『半島』が生じ、これを整備してビジネス用地として使えるようになった」事態にたとえることができる。衛星軌道スペースと衛星放送用電波が「新たな半島」に、地上放送電波が「近辺の土地」に当たる。この新たな用地は公有地となるであろうが、もしこれを営利目的に無償で使用させれば、近辺の経済活動の一部が壊滅するだろう。新たな用地を無償提供することは、もとより富の分配上から社会正義に反するが、同時に、近辺の土地に投下された資本の償却が終わる前にこれを無用化するという理由で、資源配分上の浪費を生ずるのである。したがって、新たな用地を提供する際には、オークション等の方法で、用地使用者がそこに生じた経済価値を(この場合は公有地を所有する公的機関に)支払うためのメカニズムを設定する必要がある。

 これと全く同一の理由で、衛星軌道上スペースと衛星放送用電波の経済価値を、衛星放送事業者が負担する仕組みが必要である。これを欠いた状態で衛星放送を発足させると、地上放送との間に大きな経済的不均衡を生じ、これまで地上放送用に投資された資本が「無駄に捨てられる」ことになりかねない。現在、衛星放送のあおりから、「地域の地上放送事業者の経営が困難になる」と予測されているが、その理由は、上記の「新半島の近辺のビジネスが壊滅する」理由と同じである。もしこれが現実化すれば、不公平な競争から「地域の放送事業者」に不当な困難をもたらすだけでなく、利用価値のある資本を表面上無用化して浪費させるという非効率を生むことになる。

 上記の理由で、地上放送と衛星放送との間の公平・公正競争を担保するシステムを早急に準備する必要がある。最も望ましい方策は、衛星軌道と電波のオークション有料化であるが、その他にも次善・三善策として、「公平・公正競争のための負担金・補助金」が考えられる。

B. 地上放送と「ケーブルテレビ」「通信系インフラ」との公平・公正競争について

 衛星放送について上記に述べたことと類似する理由で、ケーブルテレビや通信系インフラが使用するスペース(架空線・電柱用スペース、トンネル・とう道などの地中スペース)についても、原理的には、それを使用する事業者がその経済価値を支払うためのメカニズムを作る必要がある。また、通信系事業者の立場からすれば、放送事業者の使用する衛星軌道スペース、電波が無料であることは、公平・公正競争に反することになる。一般にいずれのインフラについても、供給が制約された(公有の)自然資源・スペースの使用については、すべてその使用料を支払う必要がある。そのようにしてはじめて公平・公正な競争市場が整備され、事業者が自己の全力を発揮し、そこから生ずる果実を国民全体が享受できるのである。

VII. 結語

 上記の諸提案は、長期的に望ましい方策であるが、当面直ちに実施することは困難と考えられる(無理に実施するとショックが大きく、かえってコスト高になる)ものもある。そうであっても、放送産業について長期的な方向を示し、既存事業者・潜在的事業者にとっての不確実性を減少させることは有用・重要である。最終報告書においては、少なくともこれらの事項に関する判断が示される必要があると考える。


「『地上デジタル放送懇談会』中間報告〜新デジタル地上放送システムの形成〜について」、郵政省放送行政局放送政策課への提出意見(平成10年7月31日)、1998年7月31日、5pp.。


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Hajime Oniki
ECON, OGU
2/11/99
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