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鬼木 甫
本章では、情報通信産業における競争政策・公的規制のフレームワーク、とりわけその「見直し」の必要について考察する。
情報通信産業においては、急速な技術進歩の結果、多数の新製品や新サービスが供給さており、事業者にとっても、消費者・ユーザにとっても、産業環境の変化が急速である。その根底には「ディジタル化」の浸透と、それによる製品・サービスの生産コストの低下、情報内容の豊富化・多様化、情報やサービスの制御・加工の自由度の増大などがある。
競争政策・公的規制のフレームワークとの関係では、情報通信産業において代替・統合サービスや代替手段が続出していること、すなわち「融合あるいは統合(convergence)」と呼ばれている現象を特筆しなければならない。それは、新しいサービスや手段が出現する結果、従来において別個の産業領域とされ、それぞれ別個の公的規制・独占禁止政策が適用されていた分野が融合あるいは統合されるため、政策のフレームワーク自体が崩れてしまう現象である。
一般に、競争政策・公的規制においては、その適用範囲があらかじめ定められている。法律によってそれが明示されていることもあり、あるいは常識に基づいて、当初からその適用範囲が明らかな場合もある。いずれにしても適用範囲が不明確では、政策自体が意味をなさない。たとえば「独占」状態は、売上金額等の「シェア」によって定義されることが多いが、あらかじめシェア100%が何を意味するかが明らかでなければ、独占の意味自体が不確定になってしまう。供給価格の規制においては、その規制が適用されるべき事業活動の範囲が明確になっていなければならない。「内部補助」が問題となる際には、事業体内外を移動する資金の流れについて、どこからどこまでが「内部」あるいは「外部」であるかが明らかになっていなければならない。
通常の競争政策・公的規制の議論においては、上記の意味の「フレームワーク」は当初から自明であり、フレームワーク自体の変動・変更の必要は、あまり生じなかった。しかしながら、情報通信産業においては、「融合と統合」の結果、従来のフレームワーク、たとえば事業の境界やサービスの定義自体が不明確になることがある。また、実際の経済活動が変化する結果、従来の境界や定義が不適切になってしまうケースが生じる。以下、いくつかの例を挙げる。
(1) 有線電話アクセスをPHSで代替(移動アクセス): 最近の携帯電話やPHSの普及の結果、固定電話に加入しないで済ませる世帯が増大しつつある。すなわち、通信ネットワークに対する「アクセス」が、固定電話だけでなく、移動電話によっても達成できるようになった。その結果、「アクセスに関するユニバーサル・サービス」、すなわち、「すべての人が適切な価格で電話をかけ、また電話を受けることができるようにすること」の意味を見直す必要が生じている。
(2) 通話・データ通信のためのアクセスをCable TV用ケーブル・衛星通信・WLLで代替(広帯域アクセス): 上記と同様に、通常のアクセスの代わりに、ケーブルテレビ用ケーブルを使用し、あるいは衛星通信やワイヤレス・ローカル・ループ(WLL)で広帯域サービスを含むサービスに拡張することが始まっている。この場合、ケーブルや衛星通信事業者が部分的に通話・データ通信のためのアクセス・サービスを供給することになり、たとえばケーブル事業者に与えられているフランチャイズ権(地域を限定して事業をおこなう権利(*1))との関連が問題となる。ケーブル事業・衛星通信と「広帯域」通信の融合のケースである。
(3) 長距離電話やオフィスからの電話をインターネット電話で代替(低価格): 現在、従来の電話の中継部分、とりわけ国際電話をインターネットで代替し、またオフィス用電話をLANを含むインターネットで代替する「インターネット電話」が、低価格を看板として急増中である。その結果、従来電話事業に課せされていた規制、たとえばユニバーサル・サービス義務をどの程度までインターネット電話に課するかという問題が生じている。
(4) 地上放送・衛星放送を衛星通信で代替(静止衛星軌道資源の有効利用): わが国においては、通常の「衛星放送(BS)」に加え、通信衛星を活用する衛星放送(CS)の普及が始まっている。放送事業においてこれまで課せられてきた放送局の「集中排除」原則や、放送番組に関する規律などが、どの程度までBSあるいはCS放送に適用されるかが問題となっている。
(5) 地上放送をCable・衛星・光ファイバーなどで代替(周波数資源の節約、低価格): 近い将来において、従来の放送すなわち「地上放送」の一部を、電波を使用せずにケーブルや光ファイバーで実現することが予想されている。現在すでに存在する「インターネット放送」は、その原初形態である。この場合にも、放送に関する規制がこれらの「放送類似のサービス」にどの程度まで適用されるかが問題となる。
本論文は、上記の例が示すような競争政策・公的規制のフレームワークの見直しの必要について、組織的な考察をおこなうことを目的とする。従来の政策は、いわば「自然発生的」に存在した産業・サービスの区別に依存していた。急速な技術進歩が従来のフレームワークを突き崩している以上、新しいフレームワークを考える必要がある。そのためには、産業や業務・サービスを規定する要因は何か、それらの要因と技術進歩はどのように関連するかについて考察を進め、将来においてさらなる技術進歩が実現し、現在は考えられていない新しいサービスが出現した場合においても存続できるような競争政策・公的規制のフレームワークを設計することが望ましい。本論文は、このような課題へのアプローチの試みである。
以下、第II節においては、まず考察の前提として、競争政策・公的規制の諸政策が必要となる理由を考察し、次いでIII節において、競争政策・公的規制フレームワークについてこれまで生じた問題を概観する。第IV節では、情報通信事業・サービスの性質についてより踏み込んだ考察をおこない、技術進歩から生ずる諸変化に対して「中立的」なフレームワークを設計するための基本方針を提示する。最後に第V節においては、前節で提示した原理にもとづいて、新しいフレームワークを作成し、若干のケースについて、それがどのように適用されるかを明らかにする。
競争政策・公的規制の主要な目的は、第一に競争進展のための産業環境の整備、第二に競争市場だけでは達成できないさまざまな目的の充足にある。議論の前提を明らかにするため、本節ではまず、情報通信産業において競争政策・公的規制が必要とされる理由を明らかにしておこう。
競争的市場環境の形成・維持を阻害する最大の要因は独占である。情報通信産業においては、歴史的理由による独占の形成(時間の経過にともなって事業体が特定の分野においてシェアを拡大し、独占力を持つにいたる場合)に加え、さまざまな理由で独占が形成される。それらの主要なケースを以下に列挙しておこう。
情報通信産業においては、製品やサービスの標準化による生産コストの低落・普及拡大の程度が大きい。とりわけLSIやコンピュータ・ソフトウェアのように、初期投資のコストに比較して大量生産のコストが低い場合、またユーザの側から見た使用効率が標準化によって高められる場合、標準化が独占の形成を助けることが多い。標準化は、プラスとマイナスの両面の影響をもたらす。プラスの効果は、生産コストの低下と普及拡大にある。マイナスの効果は、標準化の必然的な結果としてもたらされる競争の阻害、すなわち新製品・新サービスの出現が困難となることである。
競争政策・公的規制の観点からは、営利企業が標準化がもたらす独占力を行使して、不当な利益を消費者・ユーザあるいは(潜在的)競争企業から入手することを防止する必要がある。標準化が公的機関によって制度的に実現される場合(de jure standardization)には、この点について異論が少ない。しかしながら、市場における競争の結果として成立する標準化(de facto standardization)の場合には、当然のことながら、競争に打ち勝つことによって企業が独占力を入手するため、独占利益のすべてがその企業の努力の成果であると考えられやすく、競争政策・公的規制の発動に抵抗を生ずることがある。しかしながら、消費者・ユーザの観点や経済発展の観点からすれば、標準化にともなう独占が制度的に形成されたか、市場競争の結果形成されたかは問題でなく、そこに生ずる市場独占力とその結果としての独占利益の当否の観点から措置されるべきものである。もちろん、標準化にともなう独占が、私的企業の利益と直接に結びつかない場合、競争政策・公的規制が発動されるべき理由はない。
(i) PCのOS(Microsoft Windows95・98)
この種の独占の典型的なケースは、パーソナル・コンピュータ(PC)のオペレーティング・システム(OS)における(米)マイクロソフト社の独占であろう。同社のOSであるWindows95・98は、PC市場において独占力を保有しており、その状態から生じ得るさまざまな結果が独占禁止を担当する(米)司法省の注目を呼び、独占禁止のために諸政策が適用されている。1998年10月に始まった同社OSとインターネット用ブラウザ・ソフトウェア(IE: Internet Explorer)の抱合せ販売に関する訴訟は、その一つの現れである。
(ii) インターネットのTCP/IP、仕様設定(RFCシステム(*2));IPアドレス、ドメインネームの割当
インターネットについては、それが民主的・分権的に形成・使用されていることとは別に、標準化をともなう独占要因が存在する。たとえば、インターネットにおけるデータ伝送上の標準であるTCP/IP方式の設定、インターネットのIPアドレスやドメイン・ネームの配付は、集中的に運用されている。しかしながら、それらの集中要因は、従来においてはむしろインターネットの成長を促進する方向に作用した。今後においても、それらが私企業の営利活動と結びつかないかぎり、同様の役割を演ずるであろうと考えられる(*3)。
情報通信分野においては、大規模設備や高価格のシステムが使用される結果、費用逓減現象がいたるところに見られる。そのため、特定分野の設備やサービスが費用逓減であり、かつ大規模な先行投資がおこなわれた場合には、同分野の事業で独占が生じ、しかも新規参入が困難であることが生ずる。
(i) 電話アクセスライン、通信用インフラ(管路、とう道、電柱など)
典型的な例は、電話事業者による電話アクセスラインの独占や、通信用インフラとして使われる管路・とう道・電柱などに関する独占である。電話の場合には、これらの要素が電話サービスを受けるための必須要件(essential facilities)であるため、「ボトルネック独占」とも呼ばれる。
この種の独占から生ずる競争の阻害を防止するため、さまざまな公的規制が採用されている。ボトルネック独占状態にある事業者に対し、独占下の設備・ネットワークについて接続の義務を課し、またそれらの設備をアンバンドルして供給する義務を課するなどである。
なお、前述のPC用OSも、先行投資と費用逓減による独占と見ることができる(ただし、この場合は、ボトルネック独占とはなっていない)。
(ii) 衛星放送における "Sky" グループ
最近において、衛星放送の分野で、マードック氏の率いる "Sky" グループが各国で主導権を確立しつつある。西ヨーロッパの一部においては、実質上の独占を形成している国もあり、また、米国および日本を含むアジア諸国においても、独占形成を目指す同グループの活動が目立っている。衛星放送は、地上放送と比較して初期投資が低く、かつサービス供給費用が極端に低い新技術であることから、地上放送に対して有利な体制を築く可能性があり、その独占形成について各国の規制当局が注目している。
情報通信産業においては、その業務の必要上、特別な「共有資源」が必要となる。それは、「スペース」的な性質を持つ自然資源であり、地上・地下・空中・海底・静止衛星軌道に加え、電波周波数などである。われわれの日常の経済活動が地表上に建設される建物を使用し、土地スペースが日常業務に必要な資源となっているのと同じ意味で、これらの資源は情報通信業務に必須である。
日常生活や業務に使用される土地は、大部分の国において、私有財産として供給されている。これに対し、情報通信活動のための資源は共有(公有)資源である。それは第一に、情報通信が(運輸・交通と同様に)社会的な性格を有し、そのために必要な資源の所有形態として共有が自然であったことによる。また、第二に、情報通信技術は近年において急速に発展し、これらの資源に関する必要もそれにともなって短期間内に生じたので、資源の供給体制に市場メカニズムが入り込む時間が少なかったこともその理由の一つである。
最近、主要先進諸国では、電波周波数資源と静止衛星軌道資源について市場メカニズムのもたらす競争環境の利点を認め、オークション等による分配方式を採用しはじめている。しかしながら、わが国においては、この問題についてまだ論議さえもおこなわれず、立ち遅れに近い状態にある。
いずれにしても、これらの資源について、(オークションの実施方式等を含め)何らかの公的政策が必要である。
競争環境の維持と独占の防止は、情報通信産業における競争政策・公的規制の主要な内容を占める。しかしながら、他の産業やミクロ・マクロ経済におけるのと同様に、競争市場が、情報通信産業において望ましいと考えられるすべての目的を達成するわけではない。同産業における特別の事情・理由から、競争促進に加え、公的規制による実現が期待されているいくつかの項目がある。それらはおおむね下記の3グループ、すなわち、公平性の維持(ユニバーサル・サービスの実現)、情報内容(コンテンツ)に関する規制と支援、および産業政策に分けて考えることができる。
周知のように、通信産業は、元来公営あるいは規制下の独占企業によって構成されていた。その結果、テレコム・サービスは、供給コストの如何にかかわらず、すべての地域で一様に、かつ同一条件で供給されることが多かった。また、同時に、低所得の加入者に対する援助も行われた。テレコム産業においてはこれらを「ユニバーサル・サービス」と呼び、場合によっては、同産業が競争環境でなく、公営企業あるいは規制下の独占企業によって構成されることを支持する理由としても使われた。
今日においては、ほとんどすべての国で、テレコム産業に競争が導入されている。その結果、特段の措置が取られないかぎり、テレコム・サービスの価格は地域ごとのコストを反映して決まり、コストの低い都市地域と、コストの高い非都市地域との間で同一サービスに対する供給価格の格差を生ずる。テレコムサービスは、初等教育や医療・福祉等と同じく、人間生活に必須のサービスであるとする考え方が拡大し、ユニバーサル・サービスが重要な政策目的の一つとなった。
ユニバーサル・サービスの実現は、競争市場の機能と矛盾する要求であり、ユニバーサル・サービスの実現のためには、競争市場メカニズムの一部を制限する政策が必要となる。その結果、市場に歪みを生じることもある。
わが国においては、これまでNTTがテレコム・ネットワークに対するアクセス・サービスを独占的に供給していたことから、ユニバーサル・サービスの要求は、明示的な政策目標とならなかった。しかしながら、1999年に予定されているNTT再編成によって、同社が東西に分割されることになり、東西地域間のサービス価格の格差の是正という形で、ユニバーサル・サービスが政策検討の対象となっている。
情報通信ネットワークを通じて供給されるコンテンツについて、児童・青少年の保護、差別禁止、防犯等の目的から規制が必要とされることがある(たとえば米国のVチップ)。これらは、情報通信ネットワーク以外の手段で供給されるコンテンツ(書物、新聞、雑誌等)と共通する部分もあり、また放送のように、不特定多数によるコンテンツの入手が可能であることから規制が必要となる場合もある。
また、従来、放送メディアにおいては、電波周波数資源の供給量が制約されていたことから、自由な参入が実現できず、そのため、放送番組が政治的な目的で一部のグループの利益のために利用されることを防ぐ必要があった。これが、「放送番組の政治的中立性」のための規制である。また、選挙時の公共放送のように、中立性を維持しながら、放送メディアによる政治的見解の広報が要請されることもある。
さらに、わが国における「公共放送(NHK)」サポートの議論に見られるように、教育・研究・医療・文化等の分野において、放送メディアを市場メカニズムによる需要供給だけにまかせず、これらの分野の活動の促進に使用するべきであるとする意見もある。これは、コミュニティ図書館や各種の文化活動に対する公的支援と同一性格のものである。
情報通信産業あるいはその一部に、国全体にとっての「戦略的」価値を認め、公的政策によってその開発・成長を支援することがある。まず、研究開発については、歴史的経緯とテレコム産業の重要性から、その費用の一部を公的に負担することが多い。
また、特定のサービスや技術が将来の発展につながると考えられる場合、その開発・実現を公的政策によって支援することがある。わが国では1980年代末に、米国にキャッチアップすることを主要目的として、通産省主導の下に、LSI(大規模集積回路)の開発支援が実施された。その結果、わが国のLSIメモリの生産が急進し、米国との間に貿易摩擦を生じるまでになった。
米国においては、1990年代初頭のクリントン・ゴア政権の発足とともに、情報通信分野への公的支援が強化された。連邦予算によるコンピュータの開発(High Performance Computing Act)、国家科学基金(NSF: National Science Foundation)によるTCP/IP方式の開発支援、インターネット・バックボーンの供与に加え、最近にいたって次世代インターネット(NGI: Next Generation Internet)のための技術開発や、電子商取引への課税免除方策(Internet Tax Freedom Act)などが実現されつつある。
上記のように、情報通信産業においては、競争政策・公的規制が必要とされるいくつかの理由があり、米国ではこれまで多数のケースについて同政策が実施されてきた。わが国においては、従来キャッチアップを国家全体の主要目標としてきたこともあり、情報通信産業においても、産業政策のウェイトが大きかった。しかしながら、1980年代中葉から、同産業における競争環境の整備がはかられることになった。
ところが、米国においても、わが国においても、競争政策・公的規制のフレームワークとしては、歴史的に形成されてきた産業・事業・サービス分類がそのまま採用された。しかしながら、第1節で述べたように、本分野の技術進歩は、これらの伝統的な区分を打ち破る方向に作用している。この場合、旧来の法律・規定によって新しい展開に対応すると、多数の例外規定・矛盾解消策などによって政策体系が複雑化する。その結果、旧来の区分・フレームワークを前提とすること自体が困難になり、従来のフレームワークを修正する方向で、あるいは実質上新しいフレームワークの下で実施されることもあった。
本節においては、過去における競争政策・公的規制を、実施フレームワークとの関連で概観する。本論文が次節において提案する新しいフレームワークは、これらの歴史的経験から生じた問題を解決することを目的とし、また、実際に採用された解決方策をさらに押し進めることを試みるものである。
1960年代中葉から、大企業や政府・公共団体における事務計算、大学・研究機関における技術計算のために、汎用コンピュータの需要が増大した。(米)IBMは、その卓越した技術によって、世界の汎用機市場で、独占的な地位を確立した。(ただし、日本市場においては、通産省の国内コンピュータ・メーカー保護政策が功を奏し、日本IBMは3分の1程度のシェアを獲得するに留まった。)
米国においては、国内コンピュータ市場を独占するIBMに対して、司法省が分割を含む訴追をおこなった。IBMは最終的に分割を免れたが、同意審決により、コンピュータ・ソフトウェア(OSを含む)を同ハードウェアからアンバンドルして販売することになった。本ケースは、本論文の提案に含まれる「情報通信業務の上下分離」の最初のケースであった。
米国の電話市場は、戦前から(旧)AT&Tが9割以上のシェアを持ち、実質上の独占状態にあった。米国司法省は、1950年代から、(旧)AT&Tの分割を含む訴追を重ねたが、1972年に開始された3回目の訴追の結果、1982年の同意審決によって、1984年に分割が実現した。ただし、当初、司法省は、(旧)AT&Tによる通信機器製造と電話サービス、および研究開発業務と電話サービスの「垂直統合」の解消を目指していた。しかしながら、1982年の同意審決は、(旧)AT&Tの業務のうち、独占要因の強い地域電話サービスを本体から分離した上で7地域に分割し、本体と製造・研究開発業務の垂直統合を温存した(ただし、1995年にいたり、AT&Tはみずから3分割を実施し、製造部門と研究開発部門を切り離した)。
上記措置の結果、地域電話会社が、アクセス部分に独占要因を保有したまま存続することになった。地域電話会社は、その独占要因のため、そしてまたその事業力・資金力が大きかったために、規制当局にとって「問題発生の源」となった。FCC等による規制努力のかなりの部分が、いかにして地域電話市場に競争を導入するか、独占力を保有した地域電話会社による他分野への進出要求をどのように取り扱うかの検討に費やされた。地域電話会社による移動通信への進出、情報サービス(Enhanced Services)への進出、ケーブルテレビ等広帯域事業への進出、そして自己の営業区域内における長距離サービス(In-Region Inter-LATA Services)への進出等の問題である。1996年における米国通信法の大幅改正時にも、地域電話会社にかかわるこの問題に多大のエネルギーが割かれた。そして同改正後も、地域電話会社による他分野への進出の前提条件となる接続条件等について、FCCによる検討や連邦裁判所における争訟が続いている。
地域電話会社をめぐるこのような問題の続出は、1984年の(旧)AT&Tの分割の仕方が適切であったか否かについて、疑問を生じさせるものである。本論文における新しいフレームワークの提案は、この問題の直接の解決にまでは到っていないが、この問題の存在を考慮に入れている。
わが国においては、1985年のNTTの(部分的)民営化と、長距離電話サービスを主とする通信市場への新規事業者(NCC)の参入開始以来、情報通信分野の規制を担当する郵政省が、NTTについて米国(旧)AT&T分割と同種の分割を実施することに強い執着を示し、結局、1997年にいたって、その分離・分割が実現した。ただし、それは「持株会社」方式による「不完全」な分離・分割であり、地域電話サービスは、長距離サービスから分離した上で、東西日本に2分割されることになった。また、地域・長距離サービスの区分は、県内・県間であるか否かによるものとされた結果、NTT地域電話会社は、米国の地域電話会社よりもはるかに多くの「長距離サービス」を自己の営業領域に持つこととなる。米国において生じた事態から予想すれば、上記NTT再編成の結果、わが国においても、地域電話会社の独占力をめぐって米国において生じたのと同程度あるいはそれ以上の問題が生じる可能性があると考えられる。
米国における競争政策・公的規制の大きな問題は、上記のように地域サービスと長距離サービスの区分の問題であったが、これに加え、電話を主とする基本サービスと、電話回線上で供給される「情報サービス・高度サービス(Enhanced Services)」の区分も、1980年代中葉から重要な問題となった。この問題は、"Computer Inquiries I, II, III" と呼ばれる案件として検討された。当初(旧)AT&Tの分割以前においては、この問題は通信界の巨人(旧)AT&Tと、情報処理分野の巨人IBMとの間の相互参入と業務の切り分けの問題、すなわち上記2大企業がそれぞれ自己の本来の分野における独占力をどの程度利用して相手の業務分野に参入することができるかという問題であった。通信分野においては、(旧)AT&T分割の結果、地域電話会社の情報サービスへの参入には制限が課され、他方、(独占要因がない長距離サービスのみを担当する)AT&Tは、情報サービスを自由に供給できるようになった。1996年の通信法改正によって、地域電話会社の情報サービスへの進出について規制緩和が進められた。しかしながら、地域電話会社の独占力保有のために、同制約が完全に取り外されたわけではない。
基本サービスと情報サービスの区別は、本論文が提案する新しいフレームワーク(上下分離)の基本要因の一つである。
わが国においては、1985年の電気通信事業法によって、電気通信事業にI種とII種の区別が設けられた。それは、米国における基本サービスと情報サービスのようなサービス区分ではなく、事業者の種別である。II種事業は、伝送設備を持たない(すなわち交換と情報サービスのみをおこなう)事業者であり、I種事業者には、伝送サービスを加え、すべてのサービスが許される。
したがって、I種事業者に対しては何らのサービス制限も課していない(ただし、価格を含めて認可制)ので、I種・II種事業者間に事業能力の格差を生じ、その結果、情報サービス事業について公平競争(equaling)が担保されない産業環境が作り出された。
I種・II種事業の区別が大きな影響を与えたのは、NTTによるインターネット・サービス「OCN」の開始(1995年)である。同サービスは、米国での分類に従えば高度情報サービスを含むが、地域電話サービスにおける独占力を有するNTTが(分離子会社要件さえも課されず)同サービスに対してそのまま参入を認められた。この政策は、すでに発足していたII種事業者であるISP(インターネット・サービス供給事業者)との公平競争の要件を満たさず、またNTTはOCNの会計分離データを公表されも要求されていない。本政策を支持する唯一の根拠は、インターネット分野における「幼稚産業保護」目的の産業政策である。しかしながら、幼稚産業(幼稚事業)の定義や同政策の存続条件・期間なども示されていない。ただし、初期におけるISPのサービス供給価格が高水準に設定されたこともあり、NTTのOCNサービスは、それをはるかに下回る価格で供給された。そのため、一般ユーザ・消費者からのNTTによるインターネット事業への参入に対する批判は生じにくいという事情があった。
最近にいたって、伝統的な基本電話サービスの代替手段、代替サービスが次々に出現している。ケーブルテレビでのアクセスに使用される同軸ケーブルを(広帯域を含む)電話アクセスに兼用すること、新しい無線技術を利用して(同じく広帯域を含む)無線アクセスを実現することがそれである。さらに、通常の電話サービスの長距離伝送部分をインターネットによって代替する(オフィス用電話においてはLANによるアクセスサービスの代替を含む)「インターネット電話サービス」が、極端な低価格で供給されており、近い将来において、電話サービスの市場で大きなシェアを占めるものと予測されている。これらの新しい事態の結果、一方においては、電話アクセス市場に競争が導入される可能性がもたらされている。しかしながら、他方においては、これまで地域電話会社が一部負担していたユニバーサル・サービス費用を、これらの新しいサービスにも課するべきか否かという問題が生じている。この種の問題については、当事者の利害が相反しており、米国FCCによる検討は長い時間を要するものと予測されている。
コンピュータの分野においては、前述のようにIBMと司法省との同意審決でソフトウェアのハードウェアからのアンバンドリングが実現した。1980年代初頭から、汎用コンピュータに対してパーソナル・コンピュータ(PC)の成長が始まった。PCは、当初は企業向け市場、1990年代に入って個人・家庭向け市場で急速な成長を遂げ、コンピュータの大衆化を実現し、販売台数はもとより、販売金額においても汎用コンピュータ市場を上回るに到った。IBMの独占力は、汎用コンピュータ市場の相対的縮小とともに低下した。
コンピュータ市場の主役となったPCについては、汎用コンピュータの結果を受け継いで当初から、ハードウェアとソフトウェアの分離はもとより、ソフトウェア内のオペレーティング・システム(OS)とアプリケーション・プログラム(AP)が分離した形で発展した。PC市場においては、1990年代までに、PCハードウェアの主要部品であるCPUについてインテル社が、OSについてマイクロソフト社が、それぞれ独占力を獲得した。しかしながら、その他は、ハードウェア市場においても、AP市場においても、競争環境が成立した。
1990年代中葉に至り、米国司法省は、OS市場におけるマイクロソフト社の独占に対し、同社のOSとAPの一種であるインターネット・ブラウザとの「抱合せ販売」が違法であるとして訴追を開始し、1998年10月からまず連邦ワシントン地裁において審理が開始された。マイクロソフト社は、独占的地位にある同社のOS(Windows95・98)を基盤として、AP市場やオフィス・家庭における情報サービス市場への進出を企図している。将来においては、同社による事業展開、すなわちOS市場の独占力の他市場への行使が公正競争要件を満たすか否か争われることになると予想される。この理由で、今回のマイクロソフトのケースは、過去において展開されたIBMと(旧)AT&Tをめぐる訴訟と同一規模に発展するものと予想されている。
本論文で提案される新しいフレームワークは、コンピュータ分野と同種の考えを情報通信分野一般に拡げるものである。コンピュータ分野において競争環境を維持し、創意工夫と新規参入を促進するために、OSとAPの上下分離が必要であり、今回のマイクロソフトのケースは、その実現のための第一歩と考えることができる。同種の理由で、情報通信分野一般について、競争環境の維持、新規参入の保証のために、上下分離は、効果的な競争政策・公的規制のフレームワークを提供するものである。
本節においては、従来の経過や、そこにおいて生じた問題を念頭におきながら、競争政策・公的規制のための新しいフレームワークを提案する。
新しいフレームワークを選ぶ際の選択規準は、第一に、それがより簡明な競争政策・公的規制の適用範囲を示すものであること、すなわち与えられた目的(たとえばユニバーサル・サービス)を達成する上で、政策実施に際して生ずる複雑度や相互依存を避けるものであることである。
望ましいフレームワークの第二の規準は、それが可能なかぎり、技術進歩について中立であることである。これまですでに生起した技術進歩はもとより、将来生じ得る技術進歩についても、フレームワーク変更の必要がなるべく生じないことが望ましい。
もとより、厳密な意味で理想的なフレームワークが存在するか否か、存在するにしてもそれを具体的に示すことができるか否かは、疑問であろう。本節の提案は、そのような理想的フレームワークに近づくための一つのステップである。
まず第一に、どのような種類の対象について競争政策・公的規制を適用するかである。従来の考え方によれば、それは「事業体」であった。地域電話事業者、長距離電話事業者、放送事業者などの事業体について、競争政策・公的規制が適用された。しかしながら、情報通信技術が進歩し、事業体の業務が複雑・多様化すると、規制対象を事業体として特定するだけでは済まない。多くの場合、実際には、事業体がおこなっている多数の業務のうちの特定の業務が規制の対象となる。たとえば、地域事業者による電話アクセス業務、長距離事業者による電話コールの伝達業務、あるいは電話コールに付随する制御業務(シグナリング業務)などである。
このように考えると、競争政策・公的規制のためのフレームワークの「素材」は、事業体ではなく、事業体が従事する業務、あるいは他の事業者やユーザに対してなされるサービスでなければならないことが結論される。したがって、情報通信の多様な「業務・サービス」について、これをどのように区分し、どのような規準でまとめて、競争政策・公的規制の対象とするかが、第一のステップである。
従来のフレームワークにおいて生ずる困難は、技術進歩がもたらす新しい業務やサービスが、旧来の業務と類似の性質を持ち、その一部を代替することから生じている。ケーブルテレビにおけるアクセス用同軸ケーブルが、電話アクセス用にも使用されることから生ずる競争政策・公的規制の問題は、要するに、ケーブルテレビ用同軸ケーブルが、電話アクセスラインと同じ機能をより効率的に実現し、それを代替することから生ずる。もとより、その理由は、ケーブルテレビ用同軸ケーブルが、電話アクセスラインが持つ「性質」を兼ね備えるようになったからである。
上記から、望ましいフレームワークを見出すために、情報通信分野における業務・サービスの「性質」に着目するべきことが分かる。問題は、どのような種類の「性質」が重要かである。当然のことながら、重要な性質とは、それぞれの業務・サービスが情報通信ネットワークの全体の中で、受け持つ役割に依存する。
従来の経験やネットワークの発展経過、とりわけディジタル化の傾向から、われわれは下記の2種類の「性質」が、競争政策・公的規制のための新しいフレームワークの形成に適すると考える。
第一は、ある業務・サービスが、情報通信ネットワークを水平的に見た場合に、その中でどのような位置を占めるかである。それは、情報通信ネットワークを2次元のグラフと考えたとき、その業務・サービスがネットワーク内の情報の流れについてどのような位置にあるかで決まる。たとえば、その業務・サービスが末端のユーザに近い位置にあるか、あるいは中継サービスのようにユーザから離れているかである。また、ネットワークの中心部分を流れているか、あるいは、ネットワークの制御機能にかかわるかなどの性質である。業務・サービスのこのような区分を、本論文で、「ネットワーク構成区分(水平区分)」と呼ぶことにしよう。水平区分は、たとえばアクセスと中継、信号伝送とネットワーク制御、伝送設備と送受信機器の区別などである。
次に、第二の区分は、情報通信ネットワークを上下方向(垂直方向)の階層(Layers Stack)として見た場合のものである。情報通信の分野において、上下方向の区別が重要であることは、コンピュータにおけるハードウェアとソフトウェアのアンバンドリング、基本サービスと情報サービスの区別、最近におけるマイクロソフトのケースでのOSとAPの区別などに現れている。これまで生じた公的規制・独占禁止のためのフレームワークにかかわる問題の多くが、業務・サービスが上下階層区分の中でどの位置を占めるかにかかわっている。この見地からの区分を、本論文で、「レイヤ区分(上下区分)」と呼ぶことにしよう。この区分と、前述のネットワーク構成区分(水平区分)とは、相互に独立である。具体的な例は、ハードウェアとソフトウェアとコンテンツ、インターネットにおけるIPとTCPとセッション用ソフトウェア、衛星放送における静止衛星軌道と衛星とトランスポンダと放送番組の区分などである。
図1は、上記の2種類の区分、すなわち水平区分と上下区分を示したものである。図の第一行を左から右に読むと、それは水平区分、すなわちそれぞれの業務・サービスが、末端の加入者から見て平面グラフと考えたネットワークのどの位置にあるかを区別するものである。
まず、加入者は、平面グラフ内の1個のノードである。加入者に情報をわたし、また、加入者から情報を受け入れるのは、「アクセス経路」であり、それによって、「アクセス・ノード」と加入者が結ばれる。アクセス経路は、業務・サービスの種類によって、一方向(放送型)と双方向(通信型)に区別される(もとより、両者を兼ねるアクセス経路も存在する)。放送型経路には無線と有線が、また、通信型の経路は、固定の場合と移動の場合が区別される(より正確には、固定−固定、固定−移動、移動−移動の3種類の経路を区別することができる)。
アクセス経路によって加入者と結び付けられるネットワーク上のノードが「アクセス・ノード」である。具体的には、電話サービスの加入者局、インターネットのISP、放送サービスの放送局(より正確には電波を発射する無線局)である。
次に、複数のアクセス・ノードを結合するために「中継経路」がある。距離によって、近距離と遠距離を区別することが可能であり、また、それぞれ経路が有線の場合と無線の場合が考えられる。さらに、中継経路自体が「中継ノード」によって仲介されることがあり、また、ネットワーク全体の機能を制御する「制御ノード」も考えることができる。
情報の内容まで考えてノードを区別すれば、加入者に対して情報を供給する「コンテンツ供給ノード」を挙げることもできる(場合によっては、コンテンツ供給ノードは、加入者の一種類と考えることもできる)。
次に上記の水平区分に対し、上下区分を構成する要因は、図1の第1列と2列に示されている。まず水平区分は、「設備・インフラ」、「ネットワーク」、「サービス」の3層に大別することができる。
さらに、上記3層の内容をより細かく区別することもできる。図1の第2列を下から順に読むことにしよう。まず、情報伝送のためには、何らかの物理的スペースが必要であり、それらは「共有資源・特権スペース」と呼ばれる(*4)。
次に、多くの場合、情報伝達のために何らかの設備を構築し、実際に情報伝達の役を果たす媒体を設置・格納する必要がある。そのような設備を、「基盤設備」と呼ぶ。通信事業におけるトンネル(共同溝・とう道)やそこに設置される管路、そして地上の電柱などが基盤設備にあたる。衛星通信や衛星放送の場合は、衛星自体が基盤設備である。
情報の伝送媒体は、基盤設備の上に設置される。通信においては、伝統的な媒体である銅線、同軸ケーブル、そして最近においては光ファイバーが使われる。無線通信においてそれらに相当するのは「電波」であり、これは人工的に製作された伝送媒体ではなく、自然界に存在する物理現象の利用法の一つである。もとより、電波のこの性質は、有線伝送に対する無線伝送の優位性を示す。
次に、それぞれのノードにおいて、情報の発信と受信、その処理・変換等のために、さまざまな設備が使用される。加入者の手元には、電話端末や移動端末、テレビとラジオ、そしてパソコンやセットトップ・ボックス(STB)が備えられる。通信事業者は、業務に応じて、交換機やルーター、無線基地局、アンテナのような通信設備を持ち、放送事業者は、地上局・地球局・衛星局のような伝送設備、そして、コンテンツ供給事業者は、スタジオや放送設備などを設置する。これらは、情報通信ネットワークの物的な基盤を形成する設備とインフラである。
上下区分においては、設備インフラの上にネットワーク全体の管理運用という業務が存在する。電話加入者番号やインターネットのIPアドレス、ネットワークの中を流れるさまざまな形のトラフィック(パケット、フレーム、セルなど)、ネットワーク全体を制御する制御信号(共通線信号)などの管理がある。どのようなネットワークにおいても、この階層の仕事は、ネットワークを一体化して運用するためのサービスであり、下層の設備インフラ、上層のサービスと比較して「グローバル性」ともいうべき特別の性質を持っている。また、ネットワーク層の業務は、下層の設備インフラサービスと上層のサービスの仲介することにある。
最後に、最上層のサービスは、それぞれのサービスが担当する業務の特色に応じて3層に分けられる。そのうちの最下層は、情報伝送サービスである。ネットワークを使用する電話サービス(2者間通信)、専用サービス、会議サービス(多者間通信)に加え、電子メールやWWWのようなインターネット・サービスがそれである。わが国の衛星放送においては、「委託放送サービス」が、この情報伝送のレイヤに属する。
「情報生産・供給」の業務は、情報の内容自体にかかわるサービスである。典型的には、放送業務における番組作成、インターネットにおいて情報発信をおこなうWWWサイトの機能がそこに含まれる。もし、この図を狭い意味の情報通信だけでなく、書籍・雑誌・新聞などの伝統的な媒体にまで拡大すれば、「情報生産・供給」レイヤには、雑誌・新聞の記者や書物の著作者の仕事か含まれることになる。
最後に最上層のカストマー・サービス(代行)は、個々の消費者・ユーザ・加入者に対して、上下区分における各層の業務を代行する。テレコム・サービスにおける「ワンストップ・ショッピング」がこれにあたる。わが国の「通信」衛星放送(CS)においては、「プラットフォーム」というカストマー・サービスが知られている。ただし、実際のプラットフォーム業務は、ネットワーク層のチャネル管理や設備インフラ層のうち、加入者が保有するSTBの供給・管理も受け持ち、上下統合されたサービスを供給している。このような「プラットフォーム業務」をどのような原則で規制するべきかは、現在わが国で、CS放送に関する規制政策で懸案となっている。
図1のように、水平区分と上下区分という2個の座標軸にしたがって、情報通信ネットワークにおける各業務・サービスを分類することができる。このような分類の結果、水平区分軸と上下区分軸によって区切られた2次元の行列が得られる。それぞれの行列の要素は、水平・上下の両軸において、同一区分に属する業務・サービス(あるいはそのための設備・機器)である。すなわち、図1の区分は、それぞれの業務の持つ性質、とりわけネットワークにおいてそれが果たす役割に着目して、同種のものを同一要素内にまとめ、類似のものを近接要素内に配置したものである。
情報通信産業における競争政策・公的規制のためのフレームワークの第一の原則は、図1において、同一要素内に分類された業務・サービスは、(同一の性質を持つのであるから)それらを区別せず、同一の事業条件・事業環境の下におくべきであるということである。たとえば、アクセス経路に使われる光ファイバー、同軸ケーブル、銅線、電波は、それらが同一の役割を果たすかぎり、同一事業環境に置くべきである。このことは、それらの媒体相互間の公平な競争を認めることを意味する。同一の役割を果たす伝送媒体のうち、特定の対象を優遇し、あるいは特定の対象を差別することは、(他に特段の理由がないかぎり)競争促進という目的に適合しない。
上記から明らかなように、図1のスキームによる情報通信サービスの基本的なポイントは、同じ性質のサービスは同様に扱い、異なる性質のサービスは、性質の相違に応じて、これを扱うということである。したがって、将来における技術進歩の結果、新たな業務・サービス・設備等が出現しても、これをその性質に応じて図1の適切な場所に配置することにより、新しい業務・サービスに対する競争政策・公的規制の在り方を決めることができる。もし技術進歩によって、水平区分あるいは上下区分の座標軸自体が変化させられることになれば、もとより、図1のフレームワーク全体を見直す必要が生ずる。しかしながら、図1は、ネットワークのすべての水平区分およびすべての上下区分を網羅するように作られており、通常の技術進歩によってそれらの区分自体に大きな変更が加えられることはない。すなわち、図1のスキームは、上記の意味で技術進歩について中立的である。
もとより、図1に示された水平区分および上下区分の程度は、技術進歩のレベルやサービス展開の水準にしたがって決められるべきものである。図1においては、水平区分13個と、上下区分8個が示されているが、もとよりここで、104 (= 13 x 8) 個の業務・サービス区分を採用することを主張しているのではない。すなわち、区分の精粗は、技術進歩・サービス展開について中立的ではないことに注意されたい。
一般に新しい技術の開発、新しいサービスの提供時には、かなりの程度の「内部補助」、すなわち旧サービス供給からの利益の新技術・サービスへの投入が必要である。もともと、企業活動とは、企業を構成する諸生産要素の統合によって実現されており、本質的に「内部補助」を含んでいる。また、それぞれの生産要素は、それが置かれた生産環境において何らかの「独占力(独自性)」を持っている。それは、「分業・協業の利益」の別の表現にほかならない。したがって、内部補助の存在自体を不公正競争要因として排除することはできない。新技術の開発・新サービスの提供についても同様であり、多くの場合、内部補助の程度はより強いであろう。
他方、「内部補助」が大規模におこなわれると、構成競争を阻害することになる。1998年のマイクロソフトの訴追は、OS(Windows95)とAP(IE)の一括販売(抱き合わせ販売)が、多数の人によって公正競争を阻害すると考えられるようになったことを示している。これはコンピュータについて、OS層とAP層を「上下分離」することを意味する。また1996年の米国通信法改正とそれを受けて作られたFCC規則案が、自由参入による競争促進を旗印として掲げる一方で、地域電話事業者による「地域内長距離サービス」の供給を制限しているのは、「アクセスサービス」と「近距離中継サービス」を「水平分離」していることを意味する。
上記を要するに、競争政策・公的規制フレームワーク設定のための水平・上下区分の「妥当な程度」は、その時点での技術水準・サービス展開度(市場規模)に依存し、関係者の多数が「おおむね正しい」と考える内容によって決められるべきである。もとより、厳密な客観的基準を挙げることはできない。かなりの主観が入る判断とならざるを得ない(*5)。
図1に占めされた区分は、現在時点で考えられる最も細分化された区分である。実際には、水平・上下区分は、図1よりも簡単であってよい。たとえば、水平区分を単純化して、加入者とアクセスと中継とその他に4区分することができるであろう。上下区分については、第1列に示されているように、設備インフラとネットワークとサービスの3分割、あるいは下部構造(設備インフラとネットワーク)とサービスの2層構造で考えることもできる。
上記をまとめると、2つの座標軸にしたがって業務・サービスを区分し、これを政策フレームワークの基本単位とする。ただし、基本単位の「大きさ」は、技術進歩・サービス展開の程度に応じて調整するということになる。もとより、一般に技術が進歩し、サービスが展開され、市場規模が拡大すれば、基本単位は小さくなる(より細分化される)傾向がある。
本節においては、図1の区分(あるいはそれを適当に統合した、より粗い区分)が与えられたものとする。これに加え、特定の公的規制・独占禁止の目的(たとえば、ユニバーサル・サービスの実現)が与えられたものとする。その場合に、競争政策・公的規制のフレームワーク中のそれぞれの要素に、どのような原則で政策を適用するべきかについて論ずる。
まず、競争環境がなるべく広く成立するように、競争政策・公的規制を設計するべきである。具体的には、フレームワーク中のそれぞれの業務・サービスについて、可能なかぎり規制を加えることなく、競争原理に服する区分が多くなるようにする。たとえば、ユニバーサル・サービスを実現するためには、何らかの手段で、都市地域と非都市地域の事業者の収支に手を加える必要があるが、その際において、手を加える区分の領域を最小限にとどめるように区分を決めるのである。区分の「大きさ」の規準としては、それぞれの区分に帰せられる「付加価値」を使用することが考えられる。すなわち、本項の原則は、競争制限的政策の影響を受ける業務・サービスから生ずる付加価値の合計が最小化されるように区分を設定することである。
図1(あるいはその簡略化)については、同一事業者が複数の区分に属する業務・サービスを実施することの可否、すなわち区分への新規参入や区分間の兼業が問題となるであろう。一般に新しい分野への進出や新規参入は、その分野の競争を促進するから、新規参入と兼業は原則として自由とするべきである。ただし、特定の区分における業務から得られた収入を原資として他区分に参入することは、区分間の「内部補助」を意味し、競争構造を歪めることになる。したがって、新規参入や区分間兼業の場合には、参入に必要な資金を外部から調達することを義務づけ、内部資金の流用は禁止するべきであろう。そして、そのための要件として、少なくとも異なる区分の業務・サービスについて会計分離を求めることが必要である(この点を強調すれば、図1の水平区分と上下区分の疎密の程度は、「適切な」会計分離の程度によって決められるとすることもできる。)。
事業者がある特定の区分において独占的地位を獲得している場合は注意を要する。まずその区分において、独占価格・独占利潤の成立を防ぐための措置が必要であろう。また、そのような独占価格・独占利潤を利用して他区分に参入し、兼業を実現することを禁止するべきであろう。そのためにも、会計分離は必須の要件である。
しかしながら、すでに述べたように、新技術の開発や新規事業の開始には、ある程度の「内部補助」が必要である。すべての新規参入業務・サービスを外部資金に依存することは、外部資金の供給者が、新しい業務・サービスについて十分な情報を持たないかぎり、困難であろう。新規参入の促進と、内部補助から生ずる市場の歪みの最小化は、必ずしも両立しない。したがって、実際には、中間の妥協点を求める必要がある。適切な妥協点の決定は困難な仕事である。事業者が現在従事している業務・サービス市場におけるそのシェア、新規参入業務・サービス区分におけるシェアなどが、内部補助の許容度を決めるためのパラメタとして考えられる。当事者(たとえば事業者と規制当局)間の意見が対立する場合には、第三者(司法当局)の判断に依ることが必要となる。しかしながら、いずれにしても、新規参入のための「内部補助」は、会計分離の原則の下に(すなわち内部補助金額を明示する条件の下に)実施される必要がある。また、内部補助を認める期間についても、制限を設けることが必要であろう。
図1の水平区分の各項目と上下区分の各項目は、それぞれの業務・サービス間の親疎の度合いに応じて配列されている。たとえば、水平区分において、加入者はアクセス経路に直接に接しており、また、アクセス経路とアクセス・ノードも直接に接している。他方、加入者は、中継経路や中継ノードとは間接的に関連しているにすぎない。上下区分においても、同様に、業務・サービス間の関連の度合いによって項目が配列されている。共有資源・特権スペースは、そこに設置される基盤設備と密接な関係がある。また、情報伝送サービスと情報生産・供給サービスは密接に関連している。しかしながら、情報伝送サービスと設備インフラ、とりわけ基盤設備や共有資源・特権スペースは、間接に関連しているにすぎない。情報は媒体によって伝送され、その伝送媒体が基盤設備上に設置されているからである。
図1の区分において、情報通信の事業者が隣接区分に参入し、あるいは隣接区分を兼業するのは、自然であろう。ここで問題となるのは、事業者が、隣接していない区分について新規参入を求めた場合に、これをどのように扱うべきかである。
一般に、特定の事業者が非隣接区分を兼業する場合には、その中間に位置する区分の業務・サービスにその需要と供給の両面から影響を及ぼすことができる。いわば、挟み打ちのケースである。その結果、非隣接区分を兼業する事業者は、その中間の区分の業務・サービスに携わる事業者に対して強い圧力を加えることが可能となり、またそのような影響力を行使して、自己の利益を増大させる動機を持つことになる。この理由で、非隣接区分での兼業は、他に特別な理由のないかぎり、禁止するのが適切であろう。事業拡大を意図する事業者は、まず隣接区分への進出を試みることが有利であり、そのような機会を放棄して、一足飛びに非隣接の業務・サービスに参入することは、競争環境の整備という観点から合理性を持たないからである。
Downs, Stephen J., "Asynchronous Transfer Mode and Public Broadband Networks: The Policy Opportunities," Telecommunications Policy, 18 (2), 1994, pp.114-136.
Esbin, Barbara, "Internet Over Cable: Defining the Future in Terms of the Past," OPP Working Paper, No.30, Federal Communications Commission (USA), August 1998.
Oniki, Hajime, "Japanese Telecommunications as Network Industry: Industrial Organization for the BISDN Generation Technology," Telematics and Informatics, 11 (3), 1994, pp.205-215.
鬼木甫「ネットワークとしての電気通信産業――広帯域通信(BISDN)時代における電気通信産業組織」、南部、伊藤、木全編『ネットワーク産業の展望(郵政研究所研究叢書)』第7章、日本評論社、1994年3月、pp.151-188。
鬼木甫「電気通信産業の『上下分離』構造について――問答形式による解説」、『InfoCom Review』(株)情報通信総合研究所、No.5、1996年2月、pp.2-25。
鬼木甫「情報通信のインフラ整備と競争メカニズム」、『経済セミナー』、No.504、1997年1月、pp.22-31。
A. ネットワーク構成区分 (水平区分) B. レイヤ区分(上下区分) |
加入者 アクセス経路 アクセスノード 中継経路 中継ノード 制御ノード コンテンツ供給 |
|
一方向(放送型) 双方向(通信型) (加入局・放送局) 近距離 遠距離 ノード |
||
無線 有線 固定 移動 有線 無線 有線 無線 |
||
サービス |
カストマー・サービス(代行) |
プラットフォーム ワンストップ・ショッピング・サービス |
情報生産・ 供給 |
WWWサイト WWWサイト 番組作成 |
|
情報伝送 |
委託放送 電話サービス(2者間接続)、専用サービス、会議サービス(多者間接続) |
|
[CATV] インターネットサービス(電子メール、WWW) |
||
ネットワーク |
ネットワーク管理・運用 |
加入者番号・IPアドレス管理 トラフィック管理 共通線信号 |
チャネル管理 ローミング管理 [受託放送・配信・中継] |
||
映像信号伝送 音声信号伝送 |
||
ビット列伝送 パケット・フレーム・セル伝送 |
||
設備・インフラ |
電話端末・移動端末 加入者交換機・ルータ 中継交換機、ルータ |
|
テレビ・ラジオ 無線基地局装置 多重化装置 |
||
設備 |
パソコン(PC) ヘッドエンド スタジオ・放送設備 |
|
アンテナ、トランスポンダ 地上放送設備 地球局設備 |
||
伝送媒体 |
電波 同軸ケーブル 銅線 電波 電波 |
|
光ファイバ 光ファイバ |
||
基盤設備 |
衛星 電柱(架空スペース) 管路(地下・海底) 衛星 |
|
トンネル(共同溝・とう道) |
||
共有資源・特権スペース |
衛星軌道上スペース 衛星軌道上スペース |
|
地上・地下スペース 地下・海底スペース |
註:[]は、そのサービスの一部のみを指定していることを示す。
A. ネットワーク構成区分 (水平区分) B. レイヤ区分(上下区分) |
加入者 アクセス経路 アクセスノード 中継経路 中継ノード 制御ノード コンテンツ供給 |
|
一方向(放送型) (放送局) ノード |
||
無線 無線 |
||
サービス |
カストマー・サービス(代行) |
プラットフォームA(ppc.ppv 管理、課金) |
情報生産・ 供給 |
番組作成 |
|
情報伝送 |
委託放送 |
|
映像信号伝送 |
||
ネットワーク |
ネットワーク管理・運用 |
プラットフォームB(チャネル管理) |
|
||
ビット列伝送 |
||
設備・インフラ |
テレビ・ラジオ スタジオ・放送設備 |
|
プラットフォームC(セット・トップ・ボックス(STB)[供給]) 衛星局設備 |
||
設備 |
アンテナ、トランスポンダ 地球局設備 |
|
[受託放送・配信・中継] |
||
伝送媒体 |
電波 電波 |
|
基盤設備 |
衛星 衛星 |
|
[受託放送・配信・中継] |
||
共有資源・特権スペース |
衛星軌道上スペース 衛星軌道上スペース |
|
[受託放送・配信・中継] |
註:[]は、そのサービスの一部のみを指定していることを示す。
「情報通信産業における競争政策・公的規制のフレームワーク」、『競争政策と情報通信産業――持株会社と独占禁止法上の市場の捉え方――』、社団法人生活経済政策研究所、1998年12月、pp.64-89。
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