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「ベンチャー環境」形成のための提言

大阪学院大学経済学部

鬼木 甫

 最近になって、企業や政府機関のホームページが急速に充実していることを、多くの人が感じておられると思う。「ベンチャー支援」について、「四国通産局」のホームページを調べたところ、当方の予想以上の内容が盛り込まれていた。「Support! 企業支援」(*1)のページが、ベンチャー支援関係のホームページになっており、そこから各種のページが見られる。主なものを挙げると、「四国ベンチャー支援リンク集」、「支援施策応募カレンダー」、「支援策一覧表」、「新規事業支援」、「ベンチャー企業支援」などである。四国自慢の日本一・世界一の「企業紹介」も入っている。盛り沢山のページから、企業支援・ベンチャー支援に向けての強い意欲を読み取ることができる。もとよりその背後には、最近における日本経済の不振、とりわけ米国との格差の増大傾向への憂慮があるだろう。われわれ日本人の将来の「生活」が懸かっている問題である。

 支援策の具体的内容は、一覧表で見ることができる(*2)。目的別に分けると、創業支援(資金支援、保証、研修など)、技術開発支援、情報化支援(ハード・ソフト開発、Y2K対応)、人材確保・雇用促進支援、販路開拓支援、金融収縮対応(貸し渋り対応)などである。Y2Kや貸し渋り対応分は別として、上記の大部分はベンチャー支援の性格を持っている。予算ばらまきとの批判はあるにしても、常識的ではあるが意欲的な施策と言うことができる。これらの点は高く評価したい。

 しかしながら、筆者は、ベンチャー企業の本格的成長を、上記のような個別企業への直接支援によって実現できるか否かについて、悲観的な見解を持っている。個別的・直接支援よりも、むしろ「ベンチャー環境」を整備するための政策が必要・有効ではないかと考えている。以下においてその理由を述べ、「ベンチャー環境整備」のための提言をおこないたい。

 まず、出発点として、「ベンチャー・ビジネス」の特色を考えてみよう。「ベンチャー」の用語は、冒険を意味するアドベンチャーと同じ語源を持ち、危険・リスクを冒しつつ成功時に得られる多額の利益を目指すビジネスを意味する。したがって、ベンチャー企業が、公的資金による支援や債務保証によって「安全性」を目指すことは、失敗の危険を受け入れながら大きな利益を求めるというベンチャーの本質と相容れない。つまり、ベンチャー・ビジネスは「失敗する」のが普通であり、成功ケースは全体の一部であるという性質をもっている。

 それでは、成功よりも失敗の可能性が大きいビジネスが、(たとえば米国において)どのようにサポートされているのであろうか。それは、「平均の法則」あるいは「大数の法則」の応用である。仮に四国が「ベンチャー・アイランド」になって、4県で毎年1,000件のベンチャー・ビジネスが創業されたとする。ベンチャーの成功率を10分の1とすると、そのうち100企業が生き延び、成功して、それぞれ大きな利益を上げる。残りの900企業は「討死」する。しかしながら、ベンチャーの成功から得られる利益は非常に大きいので、四国全体として見れば、成功した100企業がもたらす利益によって、失敗した900企業の損失を補って余りあるのである。これがベンチャー・ビジネスの本質であって、成功率10分の1の創業を社会全体としてサポートできる理由である。

 実際大企業では、企業内でベンチャー的な研究開発を実現している。大企業の研究所では、年々多数の研究開発プロジェクトが実施されており、成功するのはそのうち一部にすぎない。しかしながら、成功プロジェクトから得られる利益が大きく、他の大多数の失敗プロジェクトにかかった費用をまかなうことができる。これは、大企業が相当の規模と資金を持ち、数十個あるいは数百個の研究開発プロジェクトを同時に実施できるからである。しかしもとより、大企業は組織として動くので、組織保全などの動機から企業内で保守性を生じ、社員が保身に走りがちになって、ベンチャーに必要なアイディア・創意工夫自体が生まれにくくなるという欠点がある。大企業の外で、自由な環境から生まれる独立のベンチャー企業が意味を持つことになる。つまり、「ベンチャー環境」とは、大企業の中で実現されているリスキーな研究開発と創業を、大企業外で実現させるための環境である。

 「ベンチャー環境」を具体的に考えるために、ベンチャーをサポートする資金がどのように供給されるかを考えてみよう。「ベンチャー・キャピタル(エンジェル)」と呼ばれる投資事業体は、ベンチャー・ビジネスに投資する。もとより、投資結果がすべて失敗し、利益を上げることができなければ、ベンチャー・キャピタル自体が存続できない。大多数の投資は失敗に終わっても、一部に成功ケースが出て大きな利益をもたらし、それによって失敗ケースで失った投資資金を(少なくとも長期的、平均的に)回復できなければならない。したがって、ベンチャー・キャピタルの条件は、第一にある程度の資金サイズを持っていることである。

 次に、ベンチャー・キャピタルの条件として、個々の投資対象の評価能力が高くなければならない。自分の資金の投資対象となるベンチャー・ビジネスがどの程度の成功率を持っているかについて、かなりの程度まで正確に推定できなければならない。もとより、評価の正確度を100%にまで高めることはできない。しかしながら、ベンチャー・キャピタルは、自己の投資対象について、他の資金供給機関たとえば銀行や保険会社よりもはるかに深い知識を持ち、通常の資金供給者の及ばないほどの評価ができなければならない。したがって、ベンチャー・キャピタルは、それぞれの分野の専門家でなければならないことが結論される。このような仕事は、銀行員のように、全体を広く浅く知っているジェネラリストには向かない。(もとより、ジェネラリストを必要とする仕事は他に存在する。)それぞれの分野で長く開発や営業に従事し、その分野の技術や市場動向に通じているスペシャリストの仕事である。つまり、ベンチャー・キャピタルは、銀行のように多種類の事業に投資するのではなく、それぞれの得意分野に投資する事業体である。

 同じことをベンチャー・ビジネスの側から見よう。それぞれのベンチャー・ビジネスは、自己の開発結果や創業計画を専門家の立場から積極的に評価してくれる資金供給者を求めることになる。それは、とおり一遍の事業計画書や開発成果の展示だけではできない。自己のビジネスの特色・ポイントを十分にアピールし、なぜ他企業と比較して自己の創業が優れているか、成功の可能性が高いかを知ってもらわなければならない。また、ベンチャー・ビジネスの成功は当事者の意欲だけでは不可能で、能力と努力の双方が伴なわなければならない。それは、厳しい競争環境である。

 上記のように考えると、「ベンチャー環境」の整備のために必要な方策が出てくる。最も重要な方策は、優れたベンチャー・ビジネスが自己の潜在力をアピールできる「場」、ベンチャー・キャピタルが優れたベンチャー・ビジネスを選別できる「場」を作ることである。ベンチャー・ビジネスの側から言えば、自己の創業計画をなるべく広い範囲の人に知ってもらうことが望ましい。自己の創業計画を理解してくれる人が、仮に徳島県にはいなくとも、四国全体では見つかるかもしれない。四国内では理解する人はいなくとも、日本全体あるいは世界全体のどこかにいるかもしれない。つまり、ベンチャー・キャピタルの供給者すなわち「エンジェル」を、なるべく広い範囲から見出すことが必要である。そのための「場」として、インターネットのWWWは、最適の手段であろう。同じことは、ベンチャー・キャピタルについても成立する。

 四国通産局のホームページの中にも、企業紹介のページは含まれている(*3)。しかし、とおり一遍の紹介しかなされていない。たとえば愛媛県の欄には、21企業が「日本一」として紹介されている。ここで必要なのは、単に日本一と名付けるだけでなく、どのような理由で日本一なのかを、投資家に向けて具体的にアピールすることであろう。できれば、日本語だけでなく、英語のページも出して、世界各地の「エンジェル」にアピールして欲しい。

 そのような情報展示には、専門技能が必要である。企業の経営者が片手間にホームページを作っても、あるいは自らの企業の紹介文を書いても、それには限界がある。専門家の育成や、あるいは企業が自己をアピールするためのマニュアルの提供、ホームページのひな型の提供などが、公的施策として望まれるであろう。さらにまた、提供された情報が広い範囲に流通するための方策も有用であろう。これらが「ベンチャー環境」整備のために必要な第一の方策であり、まずこれを提言したい。

 「ベンチャー環境」整備のための第二のポイントは、「ベンチャー・ビジネスの後始末」である。上記のように、ベンチャー・ビジネスの大部分は失敗に終わる。もし失敗が少ない、つまり安全性の高いプロジェクトだけを選ぶとすれば、それはベンチャーではない。既成路線にしたがって事業をすすめる通常の企業ということになる。問題は、ダイナミックに変化する現在においては、過去の路線を継承する企業だけでは、国全体としての競争力が保てないことにある。もとより、保守的な企業も社会には必要であるが、それだけでは不十分なのである。安全一方のプロジェクトだけでなく、失敗の可能性が大きいプロジェクトも投資の対象にしなければ、競争力を保持できないのである。

 ベンチャー・ビジネスは大部分が失敗に終わるから、失敗ビジネスを上手に後始末しなければならない。残念ながら見込み違いに終ったベンチャー・ビジネスを停止・閉鎖し、そこに残された人員や資産を合理的に再配置するためのフレームワークが必要である。もし失敗ケースに対して過大な罰(ペナルティ)を与え、「失敗を許さない」雰囲気をつくれば、誰もベンチャー・ビジネスに手を出さなくなってしまう。残念ながら、これが現在の日本の状態である。社会通念としても、あるいは法制度(破産法規定)の面でも、この「後始末」メカニズムを整備することは、きわめて重要である。(ベンチャー・ビジネスが盛んな米国では、大企業向け、中小企業向け、消費者向けなどに破産規定が整備され、破産ビジネスは、「連邦破産裁判所」裁判官と呼ばれる専門家によって処理されている。)

 四国通産局で日本の破産法規定を整備することは困難であろう。しかしながら、失敗ベンチャーの「後始末」を契約によっておこなうことは可能であろう。つまり、ベンチャー・キャピタル投資側とベンチャー・ビジネス起業家が詳細な契約を結び、ビジネスが成功したときの利益を円滑に分配し、失敗したときの処理をトラブルを生じることなく進めるための契約を実現するための施策である。具体的には、そのような契約の「ひな型」の提供が考えられるであろう。これが本稿による第二の提言である。       (終)

(*1)
http://www.shikoku.miti.go.jp/shien/index2.htm
(*2)
http://www.shikoku.miti.go.jp/shien/ichiran1/sogyo.htm
(*3)
http://www.tri-step.or.jp/tri_net/company_info/no1_shikoku/no1_company.html

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「『ベンチャー環境』形成のための提言」、『四国地域における情報化施策アクション・プログラムに関する調査研究(地域産業及び中小企業の活性化に関する調査研究:10-9)』、(財)産業研究所・(委託先)株式会社オージス総研、1999年3月、pp.49-52。
E-mail: oniki@iser.osaka-u.ac.jp
Web: http://www.crcast.osaka-u.ac.jp/oniki/
http://www.osaka-gu.ac.jp/php/oniki/ (ミラー)
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Hajime Oniki
ECON, OGU
04/12/1999
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