TRIZ解説:
TRIZ(発明問題解決の理論)の
 意義と導入法 
     中川 徹 (大阪学院大学)
     1998年 5月17日          [訂正: 1997年の表記はミス  (2001.7. 4)]
     (大阪学院大学『人文自然論叢』 37号 1-12頁, 1998年 9月)
     (三菱総合研究所ホームページに掲載 1998. 5.29)  
English translation version is posted.  Click the Engl. button shown above. (Feb. 18, 1999)
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要約:

  「発明問題解決の理論 (TRIZ) 」は, 旧ソ連で1946年以来開発体系化され, 冷戦後に
西側に知られるようになった, 技術革新のための方法論である。その思想は, 「技術の
改良・革新・発展には,分野や時代を越えて共通する要素があり,そのエッセンスを多
数の事例の中から抽出して,分類し検索可能にすることにより,さらに新しい技術の発
展を容易にすることができる。特に,優れた技術革新事例を,矛盾を突き詰めてそれを
解消するというパターンとして理解することにより, 新しい創造的な技術革新のヒント
が得られる」というものである。実際につぎのものがすでに体系づけられ, 適用・実践
されている。

(a) 技術システムの発展の方向
(b) 技術目標から種々の手段を検索する科学技術の逆引きデータベース
(c) 「発明の原理」40項目
(d) 「矛盾解消のマトリクス」:   改良側面39項目×阻害側面39項目のマトリクスの各
  枡目に対して, 矛盾解決に用いられた「発明の原理」を世界の特許から抽出し, それ
  ぞれのトップ 4原理をリストアップしたもの。

最近は, 米国でTRIZのソフトウェアツール化が進展して, 急速に普及し始め, 日本でも
昨年から本格的な導入が始められている。

  本論文は, TRIZの概要を紹介して, TRIZが今後の世界の技術・産業・教育に大きな影
響を与えるものであることを述べる。また, 技術現場としての企業への導入法を述べ,
教育での取り組みの必要性を考察する。
 
 
はじめに 歴史と最近の状況 TRIZの思想と体系 TRIZのソフトツール 企業での導入法 教育・研究とTRIZ 参考文献


1.はじめに

 グローバルな技術競争が激化している中で, 技術開発における創造性を求める声は大
きい。独創的なアイデアや革新的な技術をどのようにして生み出すのか? 創造的能力を
どのようにして高められるのか? は大きな問題である。これに対して従来, 創造的なア
イデアを得た経過は,科学者の集中的な思考の後のなにげないときの「ひらめき」や,
実験的模索における「副産物」として説明されることが多く,偶然に左右され,精神主
義的にならざるをえない説明しか行なわれて来なかった。

  ところが, 最近, TRIZ (トゥリーズ) という旧ソ連生まれの方法が, この問題に非常
に明確な解答を与えていることが知られるようになった。TRIZは,「発明問題解決の理
論」の意味のロシア語の英語表記での頭文字である。創造性を高めるには, 「創造的な
技術革新の事例のエッセンスを抽出し, 体系化して学ぶことだ」と主張し, その体系化
を実現したのである。TRIZはロシアにおいてすでに50年の歴史と広範な実践を積んでお
り, 冷戦後に西側に伝わって, 最近, 新しい展開を見せている。その方法論は, 技術目
標を実現するための実践的な立場から科学技術の体系全体を整理し直したものであり,
深い洞察を含んでいる。今後, 世界の技術・産業界に広範な影響を与えると予想され,
科学技術教育に対しても大きな見直しを要請するものである。

  筆者は, 昨年 5月末にNordlund博士(MIT) の講演で初めてTRIZを知り, この一年間,
特に前職の富士通研究所において,TRIZの習得と導入に努めてきた。本論文では, TRIZ
の概要を紹介するとともに, その意義と導入の方法について述べる。


2.TRIZの歴史と最近の状況

2.1 TRIZの歴史

  1946年にGenrich Altshuller (当時20才) が, 特許審査に携わる中で, 発明には典型
的パターンがあることを認識して, TRIZ理論の基礎を築いた。スターリンへの提言は入
れられず, シベリアの強制収容所に送られて研究を続けた。 5年後に釈放されてTRIZの
著作を発表し, 以後TRIZ学校がソ連各地にできた。1974年から再び弾圧されたが, ペレ
ストロイカによって陽の目を見た。この間, 数千人の研究者・技術者が参加して,  250
万件といわれる世界の特許を内容的に分析して, TRIZの体系を作り上げたという。
1980年代以後, 特に, 冷戦終了後に, 旧ソ連のTRIZエキスパート達が西側に移動して,
欧米にTRIZをもたらせた。スウェーデン, 米国, イスラエルなどで活発に導入されて
いる。特に米国では, TRIZのソフトウェアツール化が進められ, 多数のコンサルタント
会社が活動を始めており, 製造業の企業に導入されつつある。日本では, 昨年から本格
的な導入・普及活動が始まったところである。

2.2   TRIZの入門書・文献・WWW 情報

  TRIZの参考書はロシア語以外は極めて限られている。英語でも, Altshullerの著書の
英訳書[1, 2]のほかは少数の紹介書[3] や研修テキスト[4] などがあるだけである。こ
の中でWWW による情報提供が注目される[5?9]。特に, 1996年からWWW 上で "The TRIZ
 Journal" [5] が月刊で刊行され, 毎月初めに 5編程度の論文や事例紹介などの記事を
載せている。品質管理の関連の学会でTRIZのセッションが開かれ始めており, 1998年11
月に初めてのTRIZの国際会議が米国で開かれる予定である。

  日本語による紹介は, 1996年 4月の日経メカニカル誌の翻訳記事[9] が最初であり,
1997年末に入門書 3種[10 ?12] が相次いで出版された。このうち, [11]が読みやすい。
これは, [1] の和訳であり, Altshuller自身が, TRIZの考え方を高校生にも読めるよ
うに書いたものである (説明の技術の例は1960年頃までのもの) 。つぎに[10]を読むと
よい。TRIZの全体像をより詳しく体系的に説明している。わかりやすい部分と, 要約し
すぎてわかりにくい部分がある。TRIZには, 逆説的な, 禅問答的な, 馴染みにくい部分
があるが, それは, 固定観念を打破しないとブレークスルーが得られないことに関係し
ている。

  畑村らの[12]は, 入門書ではあるが, 的確なTRIZ批判をも含んだ本である。この本の
中のFey とRivin によるTRIZ解説の部分は[3] の和訳であり, 上記の[10]と同様のスタ
イルで書かれている。ただし, その解説の例が古く (やはり1970年以前の技術の記述),
また, 思いつきだけと感じられる特許の事例も多く, 本当の実用になった技術かどう
か疑問な点がいろいろある。これらの点を畑村らが詳細に検証・批判している。また,
畑村ら自身が独立に作り上げてきた (TRIZに似た部分を持つ) 「創造設計原理」を説明
している。[12]はこれらの様々の要素を含んでいるので, TRIZの入門書として最初に読
むと消化できない (TRIZの良さが分からない) と思われる。TRIZをかなり勉強した上で,
もう一度読み直すとよい, 含蓄のある解説書である。

2.3  TRIZのソフトウェアツールの状況

 旧ソ連のTRIZ専門家が米国に渡ってTRIZのソフトウェアツール化を開始したのが,
Invention Machine 社[13]である。パーソナルコンピュータ上で動くTechOptimizer お
よびIM Phenomenon というソフトウェアパッケージを開発・販売しており, 実用のレベ
ルになっている。また, Ideation International社[14]もTRIZの研修内容をソフトウェ
アツールにしている。日本では, 三菱総合研究所[15]が, IM社の総代理店となり, ソフ
トウェアツールの日本語化のためにコンソーシアムを作り, TRIZの普及活動を行なって
いる。
 


3.TRIZの思想と体系

TRIZはすでに膨大な体系をなしているので, その全貌を紹介することは困難であるが,
その基本的な思想はつぎのように理解される。

3.1   技術指向: 具体的かつ抽象的

 TRIZは科学技術の広範な分野を対象としているが, その基本は「理学指向」や「工学
指向」でなく, 「技術指向」である。科学技術の体系をフルに活用して, 技術的な問題
解決を行い, 新しい技術を創り出していくことが, TRIZの目標である。

  このために, TRIZはものごとを非常に具体的かつ網羅的に捉える。例えば, 物質の諸
状態としては, 気体・液体・固体の三態だけでなく, エアロゾル, 泡, 粉体, 多孔質そ
の他の多様な状態をあげ, また, 熱的・電気的・磁気的・光学的などで特徴的な性質を
持つ状態を列記して, 常に考慮の対象としている。また, 物質に対置して, 物理的な場
や力や相互作用 (以上を総合してTRIZでは「場」と呼ぶことがある) を考え, 力学的・
電気的・磁気的・熱的・光学的な「場」を扱っている。

  これらの多様なものを分類・整理して,総合的・統一的に扱うために, TRIZでは抽象
的な思考も活用されている。例えば, 上記の 5種の主要な「場」について, 物質の特性
を利用した「場」の相互変換, 「場」の「構造化」 (増減, 反射, 透過, 屈折, 干渉な
ど), 「場」の蓄積 (例えば, 力学的エネルギーの蓄積) などを扱う。このように, 具
体性と同時に抽象性が導入されていることが, TRIZを非凡な体系にしている (この特徴
は本 3節の他の項目全てに顕れている) 。

3.2   技術システムの発展の方向

 技術システム (あるいは人工的システム) には,分野や時代を越えて共通する, いく
つかの発展の方向があるというのが, Altshullerの洞察の一つである。その発展の方向
の一つは,「単一のもの (機能部品など) が, 二つになり, 複数になり, 多数となり,
さらにより高次の一つのものになる」という方向である。例えば, ラジオのスピーカに
おいて, 単一のものから, 二つのステレオになり, 複数のサラウンディングになり, 多
数のスピーカーからなる立体音響となる。同様に, 単発の銃から, 二連発の銃になり,
レボルバ銃, そして自動小銃になるなどである。また, 別の共通方向として, 「システ
ムの作動部分 (例えば, ベアリングのボール) が, 単一のものから, 分割された複数の
もの (二連のボールベアリング) になり, 細分化がさらに進んで, 極めて小さい部品 (
マイクロボール軸受け),  分子レベルの部品 (ガス軸受け),  そしてついには物質でな
く「場」による部品 (磁場軸受け) に至る」という。同様に, 柔軟化, 時間特性のダイ
ナミック化など, 十数件の発展方向が挙げられている。TRIZは, 具体的事例を挙げつつ,
技術の発展方向がこのような抽象的なレベルで共通性を持つことを示し, この発展の
方向に沿って考えることにより, 技術革新の先取りができることを教える。

3.3   目標から手段を検索する科学技術の逆引きデータベース

 技術指向とは, 技術的な目標の達成, 技術的問題解決を目指すことである。技術者は
どういうことを実現したいのか (すなわち, 目標) をまず持っている。それをどのよう
にして実現するのか (すなわち, 手段) を探し求めているのである。自分がよく知り,
よく使っている手段でそれが達成されるなら問題はない。いままでの手段では達成でき
ないより困難な目標の場合, あるいは新しい課題の場合に, 技術者はより高度な手段,
あるいは新しい手段を必要とする。個人の知識やその業界での技術では解決できない場
合にしばしば出会う。

  科学技術の体系は, このような場面に直面している技術者にとって, 解決の指針を見
出すための拠り所のはずであるが,現状ではその活用が容易でない。科学にしても工学
にしても, その理論は「条件設定→結論」の形式で表現され, 具体的な応用法について
も「手段→効果」の形式で述べられる。このような形式の記述が, 膨大な科学技術体系
の細分化された分野ごとに蓄積されているのが現状である。技術者が目標とする効果を
実現するのにどのように手段を設定するべきかは, 各技術者がこの科学技術体系を身に
つけた上で, 自分で「目標 (効果) ←手段」の形に捉え直して, 適用することが求めら
れている。この結果, 思い付く手段は比較的狭い範囲に限られ, その目標にとってすぐ
れた手段かどうかは分からず, 技術革新は困難な模索と試行錯誤の仕事になる。

  TRIZは, この問題の解決策として, 科学技術の体系に関して, 「目標→手段1,手段2,
... 」という検索が可能な逆引きデータベースを作り上げてきた。百科事典や科学技術
データベースの索引などの検索機能として実現するレベルではなく,もっと基本的な方
法で実現したのがTRIZである。TRIZでは, さまざまの技術の「目標」を体系的に分類し,
階層的に構成した。その最上位の階層はつぎのようである。

    物質を:     得る, 保持する, 保護する, 除く, 動かす, 分ける, 性質を測る,
                性質を変える
    「場」を:   生成する, 蓄積する, 吸収する, 空間配置を変える, 性質を測る,
                性質を変える

目標の表現はさらに下の階層に細分化され, 例えば, 「物質の表面の性質を変える」,
「液体混合物の成分を分離する」などのレベルで 283種の目標が記述されている。そし
て, それぞれの目標に対して適用可能な科学技術の種々の原理とその具体的な適用例が,
すでに検索された形で蓄積されている。

  TRIZのこの逆引きデータベースを用いると, 専門の知識だけからは思い付かなかった
ような手段をヒントとして得ることができる。専門分野の固定観念に囚われず, 他の分
野の知識や技術を柔軟に導入することが, 技術革新のための重要な鍵になる。

3.4   「発明の原理」 40 項目

  Altshullerは, 特許の分析から, 「発明の原理」を40項目抽出している。例えばつぎ
のようなものがある。

   発明の原理 1:   細分化   (ものの分割, 組み立て式, 極限までの細分化)
  発明の原理 2:   摘出     (有害な部分の摘出除去, 有用な部分の抽出)
  発明の原理 4:  非対称性 (ものを非対称にせよ)
  発明の原理40:   複合材料                            など

これらはAltshullerがその感性によって抽出し, 定式化したものであり, TRIZのエッセ
ンスの一つである。

  発明の原理の中には,一見当たり前と思う部分もあり, 意外な部分もある。非対称性
の原理などは, 意外な, 逆説的な部分である。科学技術の通常の原理が対称性を高くす
ることを薦めるのに対して, 逆転して, 敢えて非対称にすることがブレークスルーに繋
がることがあることを指摘しているのである。技術革新を困難にする第一の理由が心理
的慣性(例えば,骨身に染みついている高対称性への指向)であるとTRIZでは言ってい
る。発明の原理は抽象的な言葉で語られ, 分野や時代を越えたものになっている。発明
の原理の全体を, その説明と具体的事例についてじっくり読み, 味わうことが, TRIZを
理解する王道である。この発明の原理が真価を発揮するのは, 次項の矛盾解消マトリク
スにおいてである。

3.5   技術的矛盾の解決: 矛盾解消のマトリクス

  技術的問題においては, ある側面を良くしようとすると, 別の側面が悪くなる状況が
しばしば起こる。この場合に, 最も普通の解決策は, この状況をトレードオフとして捉
え, 両側面とも適当なところで妥協した折衷案を取ることである。また, もう少し踏み
込んだ解決策が, 「最適化」である。最適化とは, 与えられた問題の制約条件を明らか
にし, また目的関数と呼ばれる評価尺度を設定して, この制約条件の中で評価を最大に
するような手段を選択することである。選択可能な手段をパラメタを含んだ形で表現し,
数学的な関数最適化の手法を用いたりする。「最適化」はこのように数学的な装いを
持って, 高度に技巧化されているけれども, その盲点は制約条件の捉え方と手段選択の
範囲の表現である。これらの設定は現状を反映するのが通常であり, その結果現状の中
での適合となり, 技術的なブレークスルーをもたらさないことが多い。

  TRIZでは,上記のような技術的問題を「技術的矛盾」として捉える。そして, その矛
盾をできるだけ先鋭化して, 矛盾を突き抜けたところに, ブレークスルーを求めようと
する。矛盾を回避するのでなく, 解消させて初めて, 技術革新がもたらされると考える。
このような技術革新が, 科学技術の歴史の中でたびたび実現されており, それが記録
されているものとして特許に注目したのである。TRIZは, 特許の分析から, 「技術的矛
盾」の解消策をつぎのように抽出し定式化した。

  まず,技術的矛盾を表現するのに, 対象システムのどの側面を改良したいのか, そし
て, それを改良しようとすると別のどの側面が悪化するから問題であるのかを記述する。
これらの側面の表現として,39項目を選んでいる (例えば, 可動部分の重量, エネル
ギー消費, 使いやすさ, 信頼性など) 。このように設定した39側面×39側面のマトリク
スが, 技術的矛盾の表現の場となる。Altshullerらは, 特許の技術革新の事例を一つ一
つ分析して, 各事例が解いた問題をこの39×39のマトリクス上に位置づけ, 解決手段の
エッセンスを上記の40項目の発明の原理を使って表現した。この分析を蓄積して, 39×
39の各枡目ごとに, 最もよく用いられた発明の原理のトップ 4項目をリストアップした。
この膨大な作業の結果得られた一覧表を「矛盾解消のマトリクス」と呼び, TRIZのノ
ウハウの真髄をなす。

  自分の問題を解決したい技術者は, その問題をまず改良側面×阻害側面で記述し, 矛
盾解消のマトリクス上に位置づける。矛盾解消のマトリクスは, その枡目の問題に対し
て従来の技術革新に用いられた発明の原理トップ 4種 (およびその適用事例) を示すの
で, それを自分自身の問題の矛盾解消のヒントとすることができる。

  TRIZの「矛盾解消のマトリクス」は, 技術革新・ブレークスルーの事例を, 新しい問
題のために「再利用」する方便であるといえる。事例の個別の記述や, 自由表現による
記述だけでは, 再利用のためにうまく検索することができない (厖大な検索が必要にな
る) 。TRIZでは, 39種の側面の対立と, 40項目の発明の原理という, 抽象化された表現
を枠組みとして用いたことにより, 非常に多数の個別事例を統一的に分類・表現するこ
とができ, 再利用可能なノウハウとして凝縮することができたのである。

3.6   システムの改良の諸方法

  TRIZでは, 対象の技術システムを改良するに当たって, システムの機能分析をして,
問題を絞り込むことを薦める。すなわち, 対象システムの中で問題とする部分システム
を, つぎの 2形態のどちらかに絞り込む。

  (a) オブジェクト1 ──→アクション──→オブジェクト2
  (b) オブジェクト───→測定される特徴

このそれぞれに対して, 問題解決の方法を模式化して分類している。

  (a) に対し:   付加物 (物質または場) との相互作用による方法
          相互作用を, 生じさせる/ 無くす/ 乗ずることによる方法
  (b) に対し:   測定のためのマークを使う方法, 迂回的方法

  これらの諸方法が細分化して説明されており, 多くの事例も上げられている。

3.7   発明問題解決のアルゴリズム (ARIZ)

 TRIZには,上記の他にまだ様々の手法が作られている。例えば,

    理想最終形の考察:   目的を最も端的に実現した究極の理想形を考え, その実現を
        阻む要素を考えることにより, 技術的矛盾を明確化する。

  物質- 場解析:   対象システムの機能を「物質 (サブスタンス) 」と「場」とを用
    いて簡潔に表現し, その模式の変換によって対象システムの改良の方法を検討
    する。 (上記3.6 に関連)

   物理的矛盾とその解消:   技術的矛盾をさらに突き詰め, 「見え」かつ「見えない
    」などの論理矛盾 (「物理的矛盾」) を導出する。このような物理的矛盾に対
    しては, 矛盾状態の空間的分離, あるいは時間的分離という, 標準的矛盾解消
    策が知られている。

 さらに, 本節3.1〜3.7 の全ての方法を網羅・包含して, 多数の繰り返しを含む問題
解決のアルゴリズムとして表現し, ARIZ(「発明問題解決のアルゴリズム」)と呼んで
いる。ARIZは, 年代ごとに少しずつ改良・変形を受けたバージョンがある。これらがど
こまで有効であるか, また, そこまでの体系化・形式化が適切であるかについて, 筆者
はまだ十分の認識を持たないので, これ以上は言及しない。

3.8   TRIZによる問題解決の方法論のまとめ

 以上のTRIZによる問題解決の方法論を大掴みにまとめると, 図1の図式で表すことが
できる。
 
 

  上段は従来からの科学技術体系の情報の世界である。そこには, 「設定→効果」の形
式で表現され蓄積された厖大な科学技術原理の情報 (データベース) があり, また, 個
別の技術改良事例が「問題設定→解決方法」の形式で蓄積されて, 厖大な特許 (あるい
は論文) のデータベースをなしている。

  一方, 最下段は, 個々の技術者にとっての自分の問題の世界である。技術者は, 自分
の具体的な問題を抱えて, 解決したいと考えている。その場合に,自分の問題のシステ
ムを記述し,その問題点を明確にするのが,まず第一の段階であろう。そこから,自分
の問題の解決策をどのようにして見いだすことができるのかが問題である。

 この状況において,TRIZは,図の中段に示すように,複数の手掛かりとなる方法を提
供したのである。技術発展の方向の認識,目標から手段を見つける技術の逆引き,問題
を対立側面の矛盾として捉えて発明原理をヒントとして得る「矛盾解消マトリクス」,
発明原理とその事例などである。また,技術者が自分の問題を明確に把握するのを助け
て,TRIZの世界に導き入れるための問題把握のサポートも提供されている。TRIZはこれ
らの諸方法を導入することによって,技術者が自分の問題に対して,科学技術の情報を
フルに使って問題解決を行なうことを,仲介しているのである。
 


4.TRIZのソフトウェアツール

4.1   Invention Machine 社のTechOptimizer

  筆者はInvention Machine 社のソフトウェアツールTechOptimizer Pro V2.51 を試用
・習得した。このツールはWindows95 のノートパソコン上で動き,  3.1?3.6 に述べた
TRIZの手法を実装している。構成モジュールとその機能の概要は以下のようである。

    Predictionモジュール:   技術発展のトレンド (3.1, 3.2節),  システムの改良の
                            諸方法(3.6節)
    Effects モジュール:     技術の原理と応用事例の逆引きデータベース (3.3 節)
    Principlesモジュール:   発明の原理, 矛盾解消マトリクスと事例 (3.4, 3.5節)
    TechOptimizer モジュール:   機能分析, 問題解決の管理, レポート機能
    Feature Transferモジュール:   システムの特徴の転用

このツールに収録されている原理や事例の分野は, 幾何, 力学, 熱学, 光学と電磁波,
電気, 磁気/ 電磁気, 物質と材料, 物質と「場」の相互作用, 化学, 粒子などである。
技術事例の大部分が1970年頃までのものであるが, マイクロエレクトロニクス分野が
(V2.51で) 特別に新しく追加されている。TRIZの説明の中の事例の古さがたびたび批判
されてきたが, ソフトウェアツールの世界では急速に現代化が進行している (IM社の新
ソフトウェアIM Phenomenon も今後注目のこと) 。

  ツールTechOptimizer の動きは軽快であり, 検索で待たされることはない。各原理や
事例などは, カラーの図があり, 説明は簡潔で分かりやすい (今は英語版だが, 日本語
版も年内に出される予定である[15]) 。データベースの内容は, 自分の専門分野を見る
と物足りなく感じるが, 専門外の分野からは学ぶことが非常に多い。

4.2  実地適用経験

  筆者は, このツールの種々の機能やデータベースの内容を約 1ヶ月自習し, その後,
一つの課題で実地適用を試みた。テーマは諸部門から出されていた検討予定課題数件の
中の一つで, 「発熱体を蝶番を通して冷却する方法」というものであった。筆者の専門
分野ではなかったが, 実地適用を試みてから丸一日でかなり一般的な (特許要素を含む
と自分では思っている) 解決策を見出すことができ, 翌半日で汎用性のある提案書を書
き上げて担当部門に提出することができた。この実施例でのTechOptimizer の具体的な
寄与は, システムの機能分析により問題の絞り込みを促したこと, ヒートパイプという
冷却法の原理や事例を (非専門で知らなかった自分に) データベースが興味深く教えて
くれたこと, 種々の一見関係ない事例がこの問題の解決策をバックアップしたこと, な
どである。筆者はこの自分の体験を通して, TechOptimizer というソフトウェアツール
が確かに実用のレベルで役に立つこと, そして, TRIZのアプローチが非常にしっかりし
た問題解決法の土台を与えてくれていることを, 改めて認識することができた。
 


5.企業におけるTRIZの導入方法

  以上に述べたように, TRIZは, 技術開発・技術革新のために新しい重要な方法を提供
しているが, 企業の現場に導入しようとすると, 日本ではまだほとんど知られていない
ために, 多くの困難がある。企業の現場で出される質問・懐疑や問題点を以下に列記し,
その克服の方向を述べる。

(a) 「超発明術」とかもてはやされても眉唾でないか? ───

    まやかしものではない。この懐疑を解くためには, 基本的な紹介記事や入門書など
  を活用し, 着実な理解の拡大を図るしかない。

(b) 冷戦の頃の旧ソ連の技術では古くて役に立たないのでないか? ───

    TRIZの基本的な考え方が方法論・枠組みとして重要であり, 役に立つ。西側諸国で
  は, 技術的創造性を高める方法がこれまで確立されなかったので, やはり新鮮である。
  その考え方の中核部分をしっかり取り入れることが重要である。

(c) 自分の分野の最新の技術が事例として掲載されてなければ役に立たないのではない
 か? ───

    TRIZを使う目的は, 技術を学ぶことよりも, 自分の技術課題の解決のため
  に新しい発想を得ることである。このためには,他の分野の事例, 基本的・典型的な
 事例が役に立つ。もちろん, 技術の説明を全体的に現代化することは有益であり, ソ
 フトツールのメーカだけでなく, ユーザを含めた改良の取り組みが必要である。

(d) TRIZを実地に使って役に立ったという事例の報告が少ないではないか? ───

    西側諸国では適用の歴史が浅いことと, 企業機密の面があって, まだ事例報告は
  少ない。それでも, ユーザ会や学会での報告が出てきている。フォード自動車での事
  例報告[16]が非常に参考になる。この例は, 自動車のフロントガラスの取付部 (モー
  ルディング) の雑音 (きしみ音とがたつき音) を除いた事例であり, 数年間の懸案問題
  をTR IZを適用して解決した。問題解決のプロジェクトの全体像と解決過程の考察の
  プロセスが詳細に記述されている。

(e) ソフトウェアツールがないとできないのか? ───

   TRIZの考え方を理解する方がツールよりも重要である。理解すれば, ツールがなく
  ても, 杓子定規の適用でなくても, 活用できる。もちろん, ツールがある方が便利であ
  り, 学ぶことが多い。

(f) ソフトウェアツールを与えられても使いきれない。面倒で使ってられない。───

   TRIZの体系の理解を先行させることが適当である。入門書やツールの使い方のテ
  キストも必要である。また, もっと実際的には,社内に先駆者がいると, この障害が低く
  なる。

(g) 開発に忙しくて, 新しい技法の導入などしておれない。───

    企業の中で少数の核となる人を育て, 先行させることが必要である。その際, 適当
  な実地課題を選び, 実際に解いてみると, 説得力ができる。

(h) 研究所で使うのか? 事業部の現場で使うのか? ───

    技術課題を解決しようとする場なら, どこででも使えるし, 使うのがよい。技術の初
  期計画の段階, 設計検討の段階, 問題が生じた後の問題解決の段階, 特許の網を張
  る段階など, それぞれに使える。

(i) 本当に有効なのか? ───

    有効である。しかし, このように質問する人は, 突き詰めると, 自分で体験しないと
  信じない。筆者自身は, 聞いて・読んで理解し, 実際に体験して, TRIZの有効性を信じ
  るに至った。興味を持った人は, ともかく自分で聞き, 読み, 試行してみることだ。
  企業はそのための試行環境を用意するとよい。

  上記のような質問や問題点を考えるとき, これは, 導入しようとする個別の企業の問
題ではないと, 筆者は感じる。TRIZの技法は将来の技術革新に強力な方法と指針を与え
るものであり, TRIZの導入・普及運動は, これまでに品質管理運動が果たしてきたのと
同じ規模の影響を技術・産業界に与えるものであろうと考える。米国の大企業の一部は
すでに数年の導入経験を持ち, 実施例を出し始めている (フォード自動車の事例では,
品質管理部門が 4年間の導入経験を持ち, 対象技術部門と共同のプロジェクトチームを
組んで解決した[16]) 。いま, 日本でも, 先駆者を作り, テキストを作り, 良いソフト
ウェアツールを作り, 良い実地適用プロジェクトを作り, 良い成功事例を作り, オープ
ンな情報交換の場を作って, 全体的な理解を向上させていくことが, 求められていると
考える。
 


6.教育・研究とTRIZ

  TRIZはまた, 教育や研究に対してもインパクトを与えるものである。科学教育が, 教
えられたことを理解するだけであってはならず, 自分で観察し, 考察・創案し, 実験・
試行するものでなければならない。科学や技術を用いて, 自分のまわりの問題を解決す
るように, 新しい課題に挑戦して矛盾を克服して新しいものを創造するように, 教育し
ていかなければならない。TRIZの「技術指向」は, このような姿勢を作らせ, 思考の方
法を身につけさせるものである。

 なお, TRIZを使うにあたって, TRIZの一覧表やソフトウェアツールを「機械的に適用
する」ことは, TRIZの本来の趣旨ではない。TRIZのいままでの成果を固い教条的なもの
であるかのように扱うと, 創造的であるはずの問題解決をも, 無思考の非創造的な作業
にしてしまう危険がある。TRIZのエッセンスを理解して, あとは自由に使うのがよい。
歴史上の創造的な技術開発事例を学び, それらを使って, 自分の頭で創造的に考えるこ
とを訓練するのが, TRIZの本来のねらいである。

  研究面の課題には, つぎのものがある。

・  TRIZの適用分野として, 情報分野や生物分野への拡張, さらにサービスなどの社会
  的分野への拡張を検討すること。

・  上記の拡張と並行して, TRIZの枠組みと各種の分類のカテゴリを再吟味すること。

・  ソフトウェアツールに実装するTRIZ手法の範囲を拡大すること。

・  各種の問題解決技法・設計技法とTRIZを比較し, より有効な方法を模索すること。

・  技術革新のためのTRIZ導入普及運動をリードする考え方を確立すること。

 これらは, グローバルな技術開発競争が激化している現在において, 技術・産業界の
行方をも左右する重要な課題であると考える。
 


参考文献

[ 1]  "And Suddenly the Inventor Appeared:  TRIZ, the Theory of
        Inventive Problem Solving", G. Altshuller (H. Altov), Children's
        Literature, USSR (1984), English translation by Lev Shulyak, Technical
        Innovation Center, Inc., USA (1994), p. 171.
[ 2]  "Creativity as an Exact Science:  The Theory of the
        Solution of Inventive Problems", Genrich Altshller,
        (English translation by Anthony Williams) ASI American Suppplier
        Institute, 1988.
[ 3]  "The Science of Innovation: A Managerial Overview of the TRIZ",
        Victor Fey and Eugene Rivin, The TRIZ Group, Michigan (1997), p. 82.
[ 4]  "An Introduction to TRIZ: The Russian Theory of Inventive
        Problem Solving", Stan Kaplan, Ideation International (1996), p 44.
[ 5]  The TRIZ Journal             http://www.triz-journal.com/
[ 6]  American Supplier Inst.      http://www.amsup.com/
[ 7]  TRIZ Empire Home Page,  http://home.earthlink.net/?lenkaplan/
[ 8]  The TRIZ Experts Home Page, http://www.jps.net/triz/triz.html
[ 9]「超発明術"TRIZ"の実像 (上) だれでも導出できる独創性, (下) 問題を一挙に解
    決する」:
    Glenn Mazur,日経メカニカル, 1996.4.1, No.477, pp. 38-47 (1996),
    1996.4.15, No.478, pp. 47-54 (1996)
[10]  超発明術TRIZシリーズ 1,   入門編「原理と概念に見る全体像」,
      アルトシューラー著, 遠藤・高田訳, 日経BP社刊, 1997年12月, 定価4571円。
[11]  超発明術TRIZシリーズ 2,   導入編「やさしい事例に見る活用法」,
      アルトシューラー著, シュリヤク英訳, 三菱総研訳, 日経BP社刊, 1997年
        10月, 定価3333円。
[12]  実際の設計選書, 「TRIZ入門」思考の法則性を使ったモノづくりの考え方,
        V.R. Fey, E.I. Rivin著, 畑村洋太郎, 実際の設計研究会編著, 日刊工業新聞
        社刊, 1997年12月, 定価2000円。
[13]  Invention Machine Corp.      http://www.invention-machine.com/
[14]  Ideation International Inc.  http://www.idiationtriz.com/
[15]  三菱総合研究所IMプロジェクト  http://internetclub.mri.ne.jp/IM/
[16] Windshield/Backlight Molding  --  Squeak and "Buzz" Project TRIZ Case Study
        Michael Lynch, Benjamin Saltsman, Colin Young  (Ford Motor Company)
       American Supplier Institute Total Product Development Symposium,
          Nov. 5, 1997, at Dearborn, Michigan, USA.
        The TRIZ Journal, Dec. 1997
        http://www.triz-journal.com/archives/97dec/dec-article5.html
 
 
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最終更新日 : 1999. 2.18    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp