TRIZ 研究ノート: 特許に学ぶ

TRIZで学ぶ特許:

「オーセチック繊維の製法 −
縦に引っ張ると横にも膨らむ人工繊維

(米国特許 6,878,320)

中川 徹 (大阪学院大学)
  研究ノート, 2005年7月 6日 (追記: 2005年9月12日)

発表追加: 中川 徹, IMユーザシンポジウム (2005琵琶湖), 2005年12月2日  

    [掲載: 2005.10.26] [掲載追加: 2005.12.21]

For going back to English pages, press  buttons.


編集ノート     (中川  徹, 2005年 9月12日)

本稿は、「TRIZで特許を学び、特許でTRIZを学ぶ」ことを目的としてはじめた共同研究において、その研究の記述のしかた (すなわち、研究のしかた) の先行例を作ることを目的に記述したものです。

その共同研究は、<三菱総研グループ> エム・アール・アイ システムズ主宰の「知識創造研究会 創造手法分科会」で始めているものです。これを始めた趣旨、そのやり方、現在の進行状況などは、別ページに詳しく記述しておりますので参照ください。

本稿で取り上げた特許事例は、2005年4月に特許登録された米国特許 6,878,320号です。この特許を、Darrell Mannは e-zine 2005年5月号に「今月の特許」として紹介しています。Darrell Mannの特許分析と記述のスタイルを学ぶために、Mannの記述を翻訳して別ページに掲載しています。

本事例について、Mannの記述を学習・翻訳した後に米国特許の原典を読みましたところ、特許の技術的な解決策の要点に関するMannの解釈に基本的な疑義が生じました。このような誤りを避けるために、本件ではまず米国特許を全文和訳し、この和訳を適宜やさしく書き直して使いつつ、TRIZを用いた考察を記述しています。

本稿の大きな目的は、特許分析の記述スタイルを作ることでした。このようなスタイルに関することについては、本稿の [ ]内に注釈の形で書いておきます。ただ、本稿は「意を尽くそうとして」書いているうちに随分長くなってしまいました。長さに関しては、後日、いろいろな原稿ができてから、最終的に編集するときに考える必要があると思っています。ともかく、一つ一つの特許を学ぶことがいまやるべきことです。私は、この特許を学んで、また、本稿の分析を書いてみて、自分自身大変有益であったと思っています。

目次:

はじめに

A. 特許明細書に基づいて本発明を学ぶ

A1. 特許の書誌情報など
A2. 特許の概要
A3. 特許の請求項
A4. 発明の背景 (技術分野と従来の技術)
A5. 本発明の要点
A6. 図の簡単な説明
A7. 望ましい実施例の詳細な記述
A8. 望ましい実施例 (その2) 効用および用途

B. TRIZの観点を入れてこの特許を学ぶ

B1. オーセチック特性とオーセチックな微細構造
B2. オーセチック微細構造を作るための考え方
B3. TRIZの「物質-場モデル」と「リソース」の考え方からの考察
B4. 温度設定の考え方
B5. 非定形な高分子の粒とTRIZの非対称性の原理
B6. 押出成形に際して引っ張らない
B7. 回転の問題 (スクリュとSpinning)
B8. オーセチック繊維の性質・特性
B9. 今後の課題

編集ノート追記 (中川 徹、2005年12月21日)

 

上記の共同研究の提案の趣旨と本ページの内容とをまとめて、下記のように発表しましたので、そのスライドをPDFファイルで掲載いたします。

TRIZで特許を学び、特許でTRIZを学ぶ 〜知識創造研究会創造手法分科会での共同研究の提案の趣旨とその記述例」,
中川 徹, エム・アール・アイ システムズ主催, IMユーザシンポジウム (2005琵琶湖), 2005年12月2日, ラフォーレ琵琶湖 (滋賀県守山市)。スライド (PDF) [スライド20枚, 4スライド/頁。44KB]

ページの先頭 はじめに A.特許で学ぶ A4. 背景 A5. 発明の要点 A6.図 A8. 効用・用途 B. TRIZの観点で
B3. 物質-場 B4. 温度設定 B7. 回転の問題 B8. オーセチック繊維の特性 B9.今後の課題 Mannによる特許紹介 特許分析の共同研究 IMユーザシンポジウムでの発表(PDF)

 

 


研究ノート: TRIZで特許を学び、特許でTRIZを学ぶ

オーセチック繊維の製法
縦に引っ張ると横にも膨らむ人工繊維

米国特許 6,878,320
Aldersonら、2005年 4月12日

分析記述: 2005年 7月 6日 大阪学院大学 中川 徹
[2005年 9月12日 追記]

 

はじめに

この米国特許に記載されている発明は、「オーセチック (Auxetic)」な性質をもつ人工の繊維の製法である。一つの材料が「オーセチック」であるというのは、その材料を縦に引っ張ると、普通のものとは違って、横にも膨らむという性質を持つことをいう。そのような材料は、縦に縮めると、横にも縮むのである。通常の材料は、消しゴムなどのように、縦に引っ張ると横には細くなり、一方縦に圧縮すると横に膨らむ。

オーセチックな性質をもつ人工の材料は、1987年から知られていたということで、そのような材料の典型は、特殊な圧縮加工をした発泡樹脂である。オーセチックな性質というのは、材料そのものの性質というよりも、材料の内部の微細構造、あるいは材料のマクロの構造に依存する。オーセチック材料は、その特異な性質から、マットレスや衝撃減衰材などとして初期に利用され、その後新しい用途が開けてきている。

本発明は、従来バルクなものしかつくることができなかったオーセチック材料を、新たに繊維状につくる方法を開発したものである。これにより、オーセチックな特性を利用した新しい応用が開かれる可能性がある。

Darrell Mann は、彼の月刊のメールマガジン『Systematic Innovation e-zine』の2005年 5月号において、本発明を「今月の発明」の欄で取り上げている。MannはこれをTRIZでいう「レベル4」の発明の一つであろうと述べ、その新規性と応用の発展性を高く評価している。

[記述スタイルに関する注: 本稿では、まず発明者の説明を使ってできるだけ忠実に本発明を記述し、その後で、発明の意図、過程、意義などをTRIZの観点を加えて分析しよう。前半部分は「発明に学ぶ」が中心であり、後半部分で「TRIZを基礎にして発明を学び」同時に「発明を材料にしてTRIZを学ぶ」ことになる。(なお、Darrell Mannの上記の紹介記事において、本件の技術の要点に関するMannの記述には一部に誤解があると、筆者は考える。この点も明かにしながら、この発明を学ぼう。)]

 

A. 特許明細書に基づいて本発明を学ぶ

[記述スタイルに関する注: 以下は、特許明細書をベースにして、本発明を「発明者」の観点で説明したものである。ただし、つぎの点に注意されたい。
(1) 本稿は、本発明の考え方を学ぶことを目的としているので、特許の全貌を細部まで記述することはしていない。特許請求の範囲や実施例の詳細などは、特許そのものを参照されたい。
(2) 特許明細書の言葉遣いは、権利範囲の確保を目的として、硬い表現で、網羅的で、冗長である。本稿では、発明の考え方を明確にすることを目的として、できるだけ平易な表現に書き直す。
(3) 米国特許明細書には、細部の項目建てが明確に表示されていない。本稿では、分かりやすくするために、項目の見出しおよび項目番号をつけた。これらは [ ] に囲んで示す。
(4) 本稿の分析者が挿入した説明および簡単な補足を、[ ] に囲んで示した。 ]

 

A1. 特許の書誌情報など

米国特許番号: 6,878,320
特許登録日: 2005年 4月12日

発明の名称: オーセチック材料 (Auxetic Materials)
発明者: Kim Lesley Alderson (Liverpool, 英国)、Virginia Ruth Simkins (Lancashire, 英国)
帰属: The University of Bolton (Bolton, 英国)
申請日: 2002年 1月29日 (PCT 申請日: 2000年 3月 6日)

A2. 特許の概要

フィラメントあるいは繊維形状をもつオーセチック高分子材料を製造する。当該オーセチック高分子材料は負のポアソン比を持っており、それを伸張あるいは圧縮した方向に垂直な方向に対して伸張あるいは収縮するという性質を持っている。当該材料の形成過程には、加熱した高分子粉末を融着し押出成形することを含み、その融着と押出成形がオーセチック繊維をつくり出すように紡糸する効果を持つ。典型的には、当該粉末を、表面はある程度融けるだけ高く、しかし粉末内部が融けるにはまだ十分高くないような温度に、加熱する。

A3. 特許の請求項 [主要部のみ]

請求項1. オーセチック材料を形成する方法であり、加熱した熱可塑性の粒状高分子材料を融着・押出成形する段階を含むもので、その融着と押出成形はオーセチックな性質を持つ繊維状の材料を製造・紡糸する最中に実現されるもので、また、その材料を紡糸する以前に高分子材料を圧密あるいは焼結することが全くないことを特徴とする。

請求項2. 請求項1に従った方法であって、押出成形の後に引張りの段階を別途含まないで実行されることを特徴とする方法。

請求項3. 請求項1に従った方法であって、その方法を実施するときの温度が、高分子粒の融着が起きてフィメントをつくることができるのに十分高いが、(高分子) 粒が実際に融けて完全に合体して液状になることがないような温度であることを、特徴とする。

[以下 請求項 4. 〜 9. 省略]

A4. 発明の背景 (技術分野と従来の技術)

本発明は合成オーセチック材料に関する。すなわち、負のポアソン比を持つ高分子材料に関するもので、それは、引張り荷重を与えて一方向に伸張させたとき、それに垂直な方向に伸びることをいう。また、一方向に圧縮すると、それに垂直な方向に縮む。

合成オーセチック材料は1987年から知られている。その最初の例は、米国特許 4,668,557に記述されたもので、オーセチック材料が開気泡(open-celled) の発泡高分子として作られた。

さらに近年、オーセチック材料は、高分子ゲル、炭素繊維複合積層板、発泡金属、ハニカムおよび微細多孔質高分子として、形成されてきた。

特許広報WO 91/01210 が記述している高分子材料は、微小繊維が節で相互連結されたオーセチック微細構造をもつ。この材料は、高分子粒子を高温高圧で圧縮して [例えば、110-125℃、約0.4気圧で10-20分間圧縮、その後押出成形装置内で160℃で20分間焼結する]、圧縮された高分子をダイを通して引張りつつ押出成形することにより変形して、オーセチック材料の円柱状の棒を製造する工程によって得られている。

このようにして得られた材料の微細構造は、微小繊維が節によって相互に連結されていて、その材料が伸ばされたときには、横に拡張して空孔が増大することができ、それによってオーセチック特性を持つ。

オーセチック材料が興味深いのは、平面応力破壊靱性や剪断耐性などの機械的な性質の強化が予測されている結果による。この強化は、超高分子量ポリエチレンのオーセチック微細多孔質のブロックに対する、凹み抵抗力と超音波減衰に関する試験によって、実際に実証されてきた。

オーセチック材料 [のポリエチレン] と通常のポリエチレンとを比べると、低負荷時の硬度が3倍に増大し、また、超音波の減衰係数 (すなわち、超音波信号の吸収の割合を示すもの) の大幅な増加 (これも 3倍に増加) が示された。

既知のオーセチック材料は、比較的低いアスペクト比 [すなわち、縦横の長さの比率] の物体の形でつくられてきており、オーセチックな多孔質高分子の場合には、圧縮、焼結、および円錐台形のダイからの押出成形という3段階からなる処理プロセスによって、粉末からつくられてきた。

いままで、繊維形状 (典型的にはその直径の少なくとも100倍の長さを持つもの) にすることは、うまくできなかった。[分析者注: 後続の説明で発明者は、「フィラメント」および「繊維」という二つの語をほぼ同意味で並べて使用しているが、簡単のために「繊維」という語だけを用いる。]

A5. 本発明の要点

本発明の目的は、繊維形状をもつオーセチック材料を製造する有効なプロセスを提供することである。

また、本発明の一つの側面として、繊維形状のオーセチック高分子材料を提供している。

本発明では、加熱した熱可塑性粒状高分子材料を融着と押出成形からなる方法で、オーセチック材料を形成する方法を提供しており、その方法において融着&押出成形がオーセチック特性を持つ繊維状の材料を紡糸・製造する効果を持つ。

このやり方において、融着&押出成形による紡糸法を使うことが、驚くべきことに、繊維形状をもつオーセチック材料を製造する有効な手段を提供するのである。このプロセスが、(上述の既知プロセスで作るのと同様に) 繊維と節からなるオーセチックな微細構造をつくりだすこと、ただし、既存技術におけるような圧縮と焼結の両段階を別途必要としないこと、が分かった。

最も望ましいのは、本発明のプロセスを実施するのに、別途の圧縮あるいは焼結段階を使わないことであり、融着および加熱が、紡糸プロセスの押出成形の一部分としてだけ行われることである。また、押出後に別途の引張り段階を使わず、機械的処理の仕上げが、すべて押出成形の最中に行われる。

この紡糸プロセスは、望ましくは、高分子粒が繊維をつくるのに十分なだけ融着を起こす高温で、しかし高分子粒が実際に融けて液体状に一体化してしまわないような温度で、実施する。このような温度領域は、通常、典型的な示差熱分析 (DSC) での拡散吸熱を参照して定義され、この吸熱の低温側になる。

繊維がオーセチックであるためには、その最高溶融温度および示唆熱分析から導いた結晶化率が、原材料の高分子粉末のものとできるだけ近い値であることが望ましいと考えられている。そこで上記のような温度設定が重要である。

それらの粒子は、小粒径で表面が粗い粒子で、特に、不規則な形状と大きさをもつ粒子で、ある一定範囲の粒径分布をもつものであり、例えば、粒径が 300 μm ±10% であるものが望ましい。

このプロセスは、標準的な溶融押出成形装置を使い、押出成形板 (紡糸口金) は、例えば、直径0.55 mm の孔を40個もつものにして、実施できる。

この装置は、バレルゾーン、アダプターゾーン、ダイゾーンという3つのゾーンをもち、それぞれを独立に温度制御できるものにしておくとよい。バレルゾーン自身がさらに3個のサブゾーン (注入、圧縮、および計量のサブゾーン) をもっていて、独立に温度制御できるようになっていてもよい。ただし、全体を共通温度にしてもよい。

望ましくは、ピストン押出成形でなく、スクリュー押出成形を使い、例えば、10 rpm で実施する。

生成した繊維を集めて冷却するのに、適切な装置を用い、望ましくは、その際に明かな引張力を与えないことである。冷却は空冷で行い、あるいは/同時に、繊維を冷却ローラのまわりを通らせてもよい。押出成形した熱い繊維は、冷却ローラと押えローラの間を通し、その繊維上の適当な高さ (例えば、5 mm) のところにエアナイフを備えるとよい。さらに他のローラを備えて、冷却した繊維を垂直降下部や集積点などに導いてもよい。これらのローラは、比較的低速度 (例えば 5 m/分) で動かし、顕著な引張力がかからないようにする。

このプロセスをポリプロピレンに適用することができ、その場合には、例えば 159 ℃ の温度を使うことができる。その他の高分子材料、例えば、ナイロン、その他のポリオレフィンあるいはポリアミドの材料を使うことができ、特にポリエチレン (例えば、超高分子量ポリエチレン) を使うことができる。高分子材料には、任意の他の適当な材料 (例えば、フィラー (充填材) や他の高分子など) と混合あるいは組み込みをしてもよい。

このプロセスは、連続した単繊維、あるいは短い繊維を製造するのに適用でき、さらにそれらを縒り合わせ (または他の方法で組み合わせて) 多繊維の糸をつくることができる。

これらの繊維状の材料は、単独で、あるいは任意の他の適当な材料と組み合わせて、織物、編み物、あるいはフェルト [不織布] などの、織物構造に形成できる。

本発明に従って作られた繊維は、複合材料中に使って、エネルギー吸収特性や繊維の引き抜き抵抗力を強化する素材として、用いることができる。

本発明に従って作ったフィラメントや繊維から作った、あるいはそれらを組み込んだ、織物構造は、防御服に使うことができる (そこでは、凹み抵抗特性や低速衝撃抵抗を強化していることが有利である)。そのような織物構造はまた、保健 [医療など] 用途にも使えるだろう。これらの他にも、本発明の材料が有利に使える応用がさまざまにある。

そこで本発明はまた、繊維状のオーセチック材料を提供し、さらにそのようなオーセチック材料でつくられた織物構造物を提供する。

A6. 図の簡単な説明

以下には、例示だけを意図して、添付の図を参照しつつ、本発明を説明する。

図1は、本発明のプロセスを実施するのに使った一つの形式の装置の模式図である。


図2は、本発明のプロセスで作られた繊維の構造を表す模式図である。

 

A7. 望ましい実施例の詳細な記述

図1に例として示すのは、本発明のプロセスを実施するのに用いた通常の溶融押出成形装置である。

1. 粉末溜、 2. バレル、 3. 注入用アルキメデススクリュー、 4. 注入ゾーン、 5. 圧縮ゾーン、 6. 計量ゾーン、 7. アダプター部、8. ダイ、 9. 冷却ローラ、 10. 押さえローラ、 11. エアナイフ、12-14. 案内ローラ群、15. ガイドレール、16. 巻き取りローラ

本発明の一実施例として、ポリプロピレン粉末の場合に、バレル2の三つのゾーン4-6、アダプター7、およびダイ8のすべてを通して159℃の一定温度に維持した。(通常は第一ゾーン4から第三ゾーン6へと温度が高くなる (ゾーン間の温度差は10-20℃、アダプターとダイでは上記の温度になる) ようにするとよい。)

この例でのポリプロピレン粉末は、300 μm 未満の粒子径をもち、個別粒子の直径は径の中央値の回りで±10% の範囲内にある。すべての粒子は不規則な形と粗い表面とをもっている。使用した高分子は、Plast-Labor S.A. (CH-1630 Bulle, スイス) が製造した、Coathylene PB 0580 である。

スクリュ3を、比較的低速の10rpmの速度に制御して回転させた (これは,スループット3.6.g/分に対応する)。スムーズな繊維特性を達成できる範囲で、スクリュ速度をできるだけ遅く選び、また温度をできるだけ低く選んだ。

温度を高分子の融点より低くし、粒子がその独立性を失うことなく、連続した流体を形成するように融着するようにした。このようにして、装置は通常の溶融押出成形装置から導いたものであり、プロセスは「溶融」あるいは流体紡糸の形をとっているが、溶融押出成形が起こっているわけではない。

特に、ある程度の表面溶融が起こるだけ十分高く、しかし粒子内部の溶融が起こるほどには高くないようなある一つの温度で、粉末粒子は一緒に焼結される。

材料はダイ8を通して流出し、ピンチローラ9と10で取り上げられるが、そこでは特別な引張力がかからないようにする。それにより、材料は紡糸あるいは押出成形されるが、有意には引っ張られることはない。この例では、毎分2 m の低速で生成した繊維を動かした。

上記のプロセスの結果として、ダイ8からつくりだした繊維状の材料は、微小繊維17が節 [高分子粒] 18でリンクされているという、図2に示したような微細構造をもち、それがオーセチック特性をつくりだす。

この微細構造がオーセチック特性を示すことは知られていたが、いままでそれをつくるには、高分子粉末を圧縮して焼結し、さらにそのあとで比較的大きな径の円筒状のロッド (例えば、直径10〜15 mm) として延伸押出成形でつくられていた。驚くべきことに、このオーセチック微細構造を、上記の「溶融」紡糸プロセスによって、別途の圧縮や焼結段階を使わず、またダイの幾何形状に関して特別な注意を払わないで、得られることが本発明で分かったのである。

原材料のポリプロピレン粉末は、示差熱分析の結果によると、149℃で融けはじめ、165℃で完全に溶融し、粉末の結晶化率は47.8 %であった。一方、本実施例で生成した繊維は、156℃で融け始め、165℃で完全に溶融し、結晶化率は45.5 % であった。結晶化率があまり減少していないことが特徴である。

生成したこの繊維の微視的組織の分析により、それらがオーセチック特性をもっていることが分かった。すなわち、これらの繊維は、微細繊維がモジュールに接続している構造をもっていた。また、それらの繊維を伸ばすと、微細繊維が横方向に拡張することを引き起こした。

なお、対照実験として、より高い温度 (ダイ部の温度 168℃) とより大きなスループット (6m/分) で処理したものは、結晶化率が24.8 %に減少し、微視的組織の分析でも、オーセチック特性をなんら示さなかった。

A8. 望ましい実施例 (その2) 効用および用途

得られた繊維状のオーセチック材料は、[複合材中の] 強化用繊維として、あるいは織物構造物として、利用可能であり、広い範囲の応用に適した有利な性質をもっている。

可能な応用のいくつかを、以下に列挙しよう。

オーセチック繊維は、複合材料中の強化用繊維として使うことができる。例えば、ポリオレフィンマトリックス中にポリオレフィンのオーセチック繊維を入れる。オーセチック繊維は、繊維の引き抜きに対する抵抗力や、繊維の破壊靭性を強化し、エネルギー吸収特性を強化する。音、超音波、および衝撃のエネルギーを吸収し、建物の遮音壁、潜水艦やその他の乗り物などの本体部品、自動車などのバンパーなどをつくるのに適した、優れた複合材料を可能にする。オーセチック材料はまた、衝撃に対して局所的に密度を増加させるという応答をするので、それによって凹みに対する抵抗力が強化される。

オーセチック繊維は、その優れたエネルギー吸収特性と衝撃抵抗特性の結果として、それ単独であるいは他の材料と組み合わせて、人の防御服または防具をつくるのに利用できる。衝突用のヘルメットや防具 (例えば、防弾チョッキ) がその応用例である。

そのような応用では、オーセチック繊維でつくったオーセチックなマクロ構造の形に、その防護材料を作ることが望ましいだろう (すなわち、階層的なオーセチック材料である)。これにより、単一成分の防護材料で、エネルギー吸収と凹み抵抗を組み合わせた役割を果たすことができ、二つの課題を達成するのに別成分の材料の複数層を使うということをしないで済む。

これらの性質はまた、スポーツ用防具の強化にも役立つだろう。すねあて、膝あて、バッティンググラブなど。オーセチック繊維で防具を作り、通常のものと同じ保護性能で、一層軽く、一層薄くできる可能性がある。

オーセチック材料は、孔のサイズ/形および透過性が変化する性質をもつから、通常の (非オーセチックな) 材料に比較したとき、さまざまな点でより優れた濾過/分離性能を持つに至る。非オーセチックな多孔質材料に引張荷重を与えたとき、荷重を与えた方向に孔は伸びるが、荷重に垂直な方向に孔が縮み、全体として空隙率は普通減少する。他方、オーセチック多孔質材料の場合には、孔は荷重方向にもそれに垂直な方向にも広がるから、空隙率が大きくなる。そこで、オーセチックなフィルター材料の効用は、トラップされた粒子を解放することを含む (これは、洗浄可能なフィルターの可能性、および、特定のサイズや形をもつ粒子/細胞/分子などの一定量を制御して解放するような機能をもつフィルターや膜 (例えば、薬の投与材料) をつくる潜在能力に導く)。さらに、フィルターの汚れによる圧力の増大を補償するように自己調整するフィルターの可能性を含む。

微細多孔質繊維を、布フィルターに利用したり、また、中空構造にして、分離用の材料として使われてきた。2相の混合物 (例えば、固体と液体) を [中空] 繊維の真中を流し、1相は繊維の壁を通り抜け、他相は真中を引き続き流れていくようにする。例えば、人工肺臓に使われ、患者の血液から二酸化炭素を除去し、新鮮な酸素を患者に供給する。これに対応するものをオーセチック材料でつくれば、[対象物の] 選択性や洗浄可能性の点でずっと優れた性能を持つことであろう。

ポリプロピレン繊維は、その高い強度と軽量性 (すなわち、水に浮く) の利点によって、ロープ、コード、漁網などの応用に用いられている。ロープを強化する通常の方法 (例えば、繊維同士をねじるなど) に加えて、オーセチック効果は、ロープや漁網の強度特性を一層強化することができるだろう。

オーセチック繊維が2本隣接している場合には、張力を適用した方向への伸びは、(ポアソン比が負だから) 直径方向にも同時に拡大し、繊維間の直径方向への圧縮を引き起すので、それは長さ方向への圧縮に変換され、作用した張力負荷による伸張と直接に拮抗する。このため、この場合の繊維の長さ方向への伸びは、全体として、繊維のヤング率から期待されるものよりも小さくなる。このために、オーセチック繊維でつくったロープや漁網は、強度特性が強化されている。

強度の強化に加えて、オーセチック繊維は、凹みに対する抵抗が強化されているという特性のおかげで、磨耗に対する抵抗力も改善されている。ロープや漁網が、使用中に砂粒が入り込んでくる効果に対抗するような、磨耗耐性が強化されていることに導かれる。磨耗耐性が改良されていることは、繊維の他の応用 (例えば、シートカバーなど) でもまた有用であろう。

自然に起こるオーセチックな生物材料というものも知られている。例えば、牛の乳房の皮膚、猫の皮膚、およびある種の形の骨などである。生物材料の代替合成品を開発するに際して、オーセチックな機能を検討しておくことは、本物と合成材料との機械的性質を十分にマッチさせるために望ましいことである。現在では、生医学用の繊維材料として、軟骨、外科用埋め込み物、縫合用アンカー、あるいは筋肉/靱帯アンカーなどがあり、微細多孔質構造の追加の効用として、繊維内での骨の成長を促進する。オーセチック繊維の利用は、機械的性質の十分なマッチングを保証すること、負荷がかかる構成要素 (例えば、軟骨) の強度や磨耗耐性の改良、および「アンカー」特性の改良などの、効用に導くであろう。

オーセチック繊維は、傷の治療における包帯や押さえパッドにも使うことができる。包帯が傷に対する圧力を維持して傷が膨張するのを防ぎ、包帯のマクロ孔を通して傷が呼吸することができる一方で、傷の感染を防止することが重要である。理想的には、傷を治療する適当な薬剤を用いて、包帯が傷を治すことができるようにするとよい。

オーセチック繊維でつくった筒状の包帯、あるいはパッド、あるいは紐を、手足の回りに使うことができる。オーセチック繊維は、傷が膨張した場合でも、オーセチックな包帯が傷に与える圧力および呼吸可能性を維持するように振る舞う傾向があるだろう。

さらに、もしオーセチック繊維が傷を治療する成分を「含んでいる」場合には (すなわち、傷を治療する成分の粒子を最初にオーセチック繊維の微細構造の中にとじこめていれば)、傷の膨張によって繊維の長さや厚みが拡張すると、繊維の微細な孔が開き、その結果、当初の傷の膨張に対処するように、傷を治療する成分を解放することを可能にする。

この他のさまざまな応用は以下のようである。

難燃性 (fire-retardent, FR) 繊維 -- 延焼を遅らせる成分を繊維の孔に組み込んでおく。それには、処理中に繊維を伸ばして、延焼遅延成分を取り込ませ、処理後に延伸を解除して孔を閉じる。

薬物配送用繊維材料 -- 難燃性繊維と同様であり、薬物の分子または粒子を繊維内に閉じ込め、その後に孔を開けるように繊維を引っ張って薬物を解放する。

孔の中に追加の成分を含める必要のあるようなその他の繊維 (例えば、染色可能にするための染料分子)

複合繊維 -- このうちの一つ以上の成分がオーセチック繊維であるもの (例えば、一つのオーセチック繊維の回りに染色可能な繊維を巻き付け、オーセチック効果と染色可能な性質とから得られる効用をもつような繊維をつくる。)

繊維のシール -- シールおよびガスケットの応用において、オーセチック特性に基づく利点を活用する。

上記の実施例は例としてだけ記述したものであり、本発明がその詳細記述に制約されるものでないことはもちろんである。

 

B. TRIZの観点を入れてこの特許を学ぶ

[記述スタイルに関する注: さて、以上は、発明者による特許の記述に基づき、素直に記述したものである。これからは、TRIZの観点を入れつつ、分析者・学習者として、この特許を検討し、学んでいこう。]

B1. オーセチック特性とオーセチックな微細構造

まず、ポアソン比について、Van Nostrand社 の『科学・技術大百科事典』の記述を引用する。

「弾性物質でできている棒を十分な力で引っ張ると伸びる。単位の伸び、(単位長さあたりの伸び) がひずみで、いま、sと表わす。同時に横向きの大きさが縮む。単位あたりの縮みをc とする。比c/sは弾性限界内で物質固有のものであり、ポアソン比と呼ばれている。弾性に方向性を持たない物質の場合は有名な数学者 [すなわち、ポアソン] によって値が0.25であると示された。一般に、鋼では0.30という値が使われている。しかし、最近の注意深い測定では、よい平均値として0.28が得られている。アルミ合金では0.33が通常に使われている。ポアソン比が0.50以下では引き延ばしによって体積が増える。0.50で、金属の塑性変形の場合のように体積変化が起こらない。」

このポアソン比の値がマイナスになる物質を「オーセチック材料」という。

オーセチックな特性というのは、材料 (物質) そのものというよりも、そのマクロあるいはミクロの構造に起因するという。本発明での微細構造の模式図 (図2) が、オーセチックな特性を示すのは、以下 (図3) のように考えると理解できる。

これで見ると、高分子の粒の間を繋いでいる微小繊維 (架橋部分) のトポロジカルな構造が鍵を握っているようである。繊維全体が引っ張られたときに、微小繊維が縦方向に並ぼうとし、粒 (すなわち、節) の幅があるために微小繊維の横の間隔が開こうとしていることが分かる。

従来技術によるバルクなオーセチック材料の微細構造も同様に、粒の間をこのような微細繊維が結びつけている構造であると思われる。

B2. オーセチック微細構造を作るための考え方

では、このような微細構造をどのような基本的な考え方でつくるのか? 上記の特許は発明者がこれをどのように考えていったのかは、ほとんど記述せず、実現した結果だけを書いている。そして、その結果に対して、発明者自身が「surprisingly (驚いたことに)」という言葉をこの特許文書で2度使っているのが印象的である。ちょっとしたアイデアで、やってみて、成功してからより深く考えたという印象を受ける。以下には、これに至る考え方を考察してみよう。

従来技術でバルクなオーセチック微細構造を高分子材料で作るための考え方は、以下のようであろう。
(a) 高分子粒子を圧縮する。粒子を球体と近似すると、その最密充填の詰まり方になるだろう。
(b) この高分子を高温にして、粒の表面だけが融けた状態 (粒の内部はまだ融けていない) にする。隣同士の粒は接しているところで融着するが、あちこちに隙間は残っている。
(c) これを押出成形しつつ延伸する。粒子間が引っ張られて、微小繊維ができ、また、粒子間の空隙が拡大した状態になり、その状態で冷却されて、固定する。

この従来のやり方をそのまま使って細い繊維状 (たとえば直径0.55 mm) にしたときには、適切なオーセチック特性を示す微細構造が形成されなかったという。本特許の対照実験での例でみると、装置の温度が高分子の融点よりもやや高く (あるいはずっと高く) 設定されていることが問題のようである。

本発明の考え方のポイント (すなわち、成功に至った最初のヒント) はつぎのようであろう。
(a) 温度を高分子の融点以下にして、粒の表面だけ融かし、粒の内部が融けないことを保証する。
(b) 高分子粒の間に融けた高分子で橋ができれば、それが微小繊維 (のもと) になるだろう。
(c) この状態の高分子粒を、極めて遅い速度で細い孔から押出成形する。粒は一度に1粒か2粒が間隔を置いて出てくる (その間は微小繊維で繋がっている) 程度である。
(d) 押出成形に際して、でてきたものを引っ張らない。引っ張った状態で固定したものは、オーセチックな微小構造の特徴である、微小繊維の繊維軸方向からの傾きをなくさせてしまうからである。

本発明の特許文書を読み取って、この (c) の状態を推定した根拠は、つぎのようである。

スループット: 3.6 g/分 (40孔) = 0.09 g/分 (孔) = 1.5 mg/秒 (孔)
速度: 2m/分 = 33 mm/秒
孔: 径 = 0.55 mm φ, 断面積: 0.24 (mm)2
高分子粒: 径 ≒ 0.3 mm φ, 断面積: 0.071 (mm)2, 体積: 0.014 (mm)3, 重さ: 0.014 mg
繊維内高分子数: 押出数: 100 個/秒 (孔)、 平均押出間隔: 0.33 mm

この推定から考えると、特許明細書の図2は、模式図であるとともに、かなり実際の状況であるように思われる。(特に、このような微細構造が横に (多数) 並んでいることはあまり考えられない。)

ここで、発明者自身が「驚いたことに」といっている理由を考えてみると、上記の (c) の状態で出てくる高分子粒とそれを繋ぐ微小繊維が「ひとりでに」オーセチック微細構造のトポロジーを持ったことであろう。これは、実験したり、あるいはシミュレーションしたりしてみないとわからない。非常に興味深いことである。

B3. TRIZの「物質-場モデル」と「リソース」の考え方からの考察

このケースでTRIZの物質-場モデルを描こうとするとなかなか難しい。それでも、直感的な記述は以下のようである。

本件で、「オーセチックな性質を持つ繊維をつくるためには、図2のような微細構造を創り出せばよい」という目標は、既存技術の考察から分かっていたと考えられる。そこで、「図2のような微細構造をつくりだすためには何が必要か?」と考える。この微細構造が、「高分子の粒と高分子の微小繊維があって、図2のような (特別な) 相互配置をすること」 であることは分かる。

そこで、「高分子の粒」と「高分子の微小繊維」とを組み合わせることを考える。

(本発明では取り上げられていないが) これらを「別個のもので作る」という考え方があるかもしれない。(特に、本発明の結果を考察すると) 「高分子の粒」を部材と考え、「高分子の微小繊維」を部材間を結合するものと考えることができる。部材の方を少し高融点の高分子とし、結合を作るものをそれより少し低融点の高分子とすれば、本発明の主要点である温度設定をこれらの融点の中間に取ればよい。ただし、この場合には、高分子の粒の間の「空隙」をどのように確保するのか (すなわち、トポロジをどのようにして実現するのか) の問題が残る。

本発明での選択は、「高分子の粒」と「高分子の微小繊維」とを「同じものからつくる」という考えである。すなわち、「高分子の粒」の一部 (すなわち、表面部分) から、「高分子の微小繊維」をつくるという方針を取っている。実際には、「粒」の表面部分を融解させて、それが自然に「微小繊維」になるようにするという選択である。

これは、TRIZの物質-場モデルで、S1 (高分子の粒) に対して、S2 (高分子の微小繊維) が (オーセチック構造を作るという) 作用 (機能) を持っているが、その作用 (機能) が不十分であるとして表現できる。そして、S1 (高分子の粒) 自身を修正したものを、このS2 (高分子の微小繊維) にする。他のものを導入しようとせずに、自分自身を修正するという考え方は、TRIZの好みの (すなわち、いままでに多くの良い発明が生まれた) やり方である。本ケースでは、粒の部分と微小繊維の部分の一体的な結合 (すなわち、切れ目がないこと) は、強度的な性質として当然に要求され、本解決策の有利な点である。

これはまた、TRIZの「リソース」の考え方、すなわち発明標準解の中に一貫して導入されている考え方とよく対応している。解決策を探索するときに、「リソース」(資源) をどこに求めるかに関して、「自分自身」に求める、すなわち、対象オブジェクトであるS1自身を修正して用いるというのが、TRIZの薦める第一の指針である。

ただし、この発想 (「自分自身を修正して用いる」) ことは、本発明で開始したものでなく、先行技術ですでに使われた方法であったといえる。その意味で、本発明の発明者には、いわば当然のことと考えられていたかもしれない。

B4. 温度設定の考え方

上記のように、「高分子の粒」の一部から、必要とする「高分子の微細繊維 (架橋部分)」をつくりだそうとし、「粒」の大きさを保って、オーセチックな微細構造のトポロジをつくりだそうと考えると、「粒全体を融かしてしまわない」ことは、当然の方策である。結局、押出成形の瞬間において、「粒全体は形状を保っていて、粒の一部 (すなわち、表面のみ) が融けている状態」にすることがポイントである。特に、「粒と粒との接触点で高分子が融けて、融着しており、それが架橋構造 (微小繊維) をつくるもとになる」ことが大事である。また「この融着部分で融けている樹脂の粘性が高く、それが伸びて切れにくい」ことも大事な要素であろう。この粘性の観点から、樹脂を加熱する温度を「表面だけが融解するできるだけ低い温度に保つ」ことの重要性が理解できる。

高分子樹脂の通常の押出紡糸工程においては、融点よりも高温にすることはメリットがある。基本的に樹脂を液状にして、一本の連続した繊維として押し出すのであり、均一性、流動性、生産性などの点で融点よりも高温の方が都合がよい。しかし、それは連続体の場合である。本発明で必要とするのは、特別な微細構造を持った (その意味で連続体ではない) ものである。この考えの切り換えが随分本質的なのであろう。

温度が低い場合の問題は、全体の流動性、押し出される繊維の均一性、生産性 (スループット) などであろう。「オーセチック微細構造」を形成することを第一の目的にして、これらのパラメータを勘案して、温度を調整したのが、本発明である。

なお、生産性を良くしようとすると、温度を少し高くして、過渡的な現象として高分子樹脂の表面を融解させることが考えられる。しかし、上記のように、融解している樹脂の粘性が高い方がよいことを考えると、そのようなやり方は、拙速でうまくいかないのであろう。ともかく、ここの温度設定が、本発明の中心である。

B5. 非定形な高分子の粒とTRIZの非対称性の原理

本発明で、原料の高分子の粒を、定形 (例えば、球状) ではなく、「不規則な形と粗い表面をもつ」方がよいと述べているのは、注目に値する。この粒に対して、TRIZの発明原理4. 「非対称性の原理」を適用したものだともいえる。粒径に関しては、300 μm 以下で、ばらつきは ±10% といっている。形状に関して、なぜ非定形な方がよいのかの理由を、発明者は述べていない。その理由として考えられるものは以下のようであろう。

(a) 不規則な形で粗い表面を持つ場合には、(球形に比べて) 尖端部や表面が融解しやすい。
(b) できた繊維を全体として軽量にしたい。それには、粒は、サイズを維持して、球形でない方がよい。
(c) オーセチック構造では、空隙があることが有効であり、球形よりも適している。

B6. 押出成形に際して引っ張らない

通常の高分子樹脂の押出成形による紡糸の場合には、引っ張ることはしばしば行われる。それは、より細い単繊維を作ることと、「延伸」して高分子の鎖を繊維方向に揃えることによって繊維の強度が増大するからである。

また、従来法でバルクのオーセチック高分子材料をつくるときにも、この延伸をしている。その意図は、圧密・融着させていた高分子の粒を互いに引き離すことによって、粒間を架橋する微細繊維を形成しようとするのである。

ただし、この発想には、やや難点がある。最初に粒が圧縮されて互いに接していた部分で粒子間の架橋が形成されるとして、それを押出方向に延伸しても、必ずしも図2のような「オーセチック微細構造」のトポロジになるように有利には働かないように見える。(オーセチック微細構造のパターンがもし部分的にあったとすると、それを繊維方向に伸ばす役割をする。ただし、伸ばしすぎた状態で固定すると、もうオーセチックな性質を示さなくなる。)

その意味で、本発明が、押出成形した繊維を「引っ張らない」といっているのは、重要な発想の転換であるといえる。押出で出てきたときにオーセチック微細構造のトポロジになっているなら、そのままで冷却固定し、引っ張らない方がよいと判断したのである。

B7. 回転の問題 (スクリュとSpinning)

発明者は、押出成形の際に、ピストン型ではなく、アルキメデススクリュを使って押し出すことを薦めている。その理由は明示していないけれども、B4節で議論したような、融点以下の温度設定にしていることと関連していると考えられる。高分子粒は表面は融解しているが、内部は固体のままであり、バレル内の原料が液体状ではないことが本方法の特徴である。このような状態では、単に一方向に圧力を掛けるピストン型ではなく、全体を回転させつつ押していくアルキメデススクリュの方が適切なのであろう。

なお、本特許の分析にあたって、Darrell Mann は彼の『Systematic Innovation e-zine』の2005年5月号において、「この発明のエッセンスは、回転を導入したことにある」としている。もちろん、上記のアルキメデススクリュの利用は「回転の導入」ではあるが、この発明のエッセンスというほどの位置づけではない。

中川は、Mann の解釈には、(多忙の中での仕事だから) 誤解 (早とちり) があったと考えている。その原因は、特許文書の概要に出てくる、spinning という言葉である。概要中に以下の文がある。

"The process for forming the material involves cohering and extruding heated polymer powder so that the cohesion and extrusion is effected with spinning to produce auxetic filaments."

中川は最初、Mannの文章に引っ張られて、つぎのように訳した。

「当該材料の形成過程には、加熱した高分子粉末を融着し押出成形することを含み、その融着と押出成形がスピンの効果によってオーセチック・フィラメントをつくり出すようにする。」

しかし、今はつぎの訳が正しいと考えている。

「当該材料の形成過程には、加熱した高分子粉末を融着し押出成形することを含み、その融着と押出成形がオーセチック・フィラメントをつくり出すように紡糸する効果を持つ。」

この違いは、spinning という単語の意味の広がりに由来するものである。Longman 英々辞書によると、つぎのようである。

spin 動詞:
(1) 速くぐるぐる回る
(2) (綿などを) よじって (糸に) 作る
(3) 糸のような形状に作る

この(1)(2)の意味では「回転」の動きを想定しているが、もっと広い意味の (3) では必ずしも「回転」を意味しない。単に押し出して糸状にすることも含む。Darrell Mannは恐らく、(1) の意味でのスピンのことと解釈したのだと思われる。

本件の特許明細書では、押出成形に際して、出てくる繊維そのものにスピンをかける (ねじる、回転させる) といった操作を全くしていない。また、ところどころに出てくる、spinning という語を注意して調べてみると、全部、上記の(3)の意味で言っていると解釈してよいことが分かった。本稿では「紡糸する」と訳している。以上のことから、Mann が「回転の導入が本件のエッセンスである」といっているのは、単純な誤解によるものだといえる。

[追記 (2005. 9.12 中川): Darrell MannがTRIZシンポジウムのために来日してくれた機会に、8月31日に小生はMannと二人だけで5時間ほど対話し、本件についても議論した。Mannは、この「オーセチック繊維」の発明者Kim Aldersonさんと直接に面識があり、この発明 (と関連の技術) についてもよく知っているという。そして、「アルキメデススクリュを使ったことが、この発明のポイントであった」と、発明者自身がいっている、とMannはいう。-- 発明者がそのように感じていることは、もちろん動かすことのできない事実であろうが、それでも本節での小生の議論はこのままでよいと考えている。押出成形で出てくる繊維そのものに回転の動きが与えられているわけでないから、「この発明での本質が回転を与えること」というのは、本質と細部との捉え方・区別に適当でない点があると思う。]

B8. オーセチック繊維の性質・特性 (応用のための基礎)

Darrell Mann は、この発明を高く評価して、TRIZでいう「レベル4の発明」の一つであろうという。この発明が、新しく大きな応用分野を開き、今後さまざまな付随的な特許が出てくるだろうという。たしかに、本発明で製法も面白いものであるが、ここで新しく実現された「オーセチック繊維」の新しい可能性、さまざまな応用に関する本特許の記述は非常によく書かれていて、参考になる。その論理の展開も説得力がある。以下には、その応用の考え方を (TRIZをベースにしつつ) この特許の記述 (特にA8節) を吟味していこう。

まず、既存技術のバルクなオーセチック材料の性質については、発明者はA4節で簡単に述べている。平面応力破壊靱性や剪断特性などの機械的性質の強化、凹み抵抗力、超音波減衰の強化など。これらは、オーセチック繊維についてはそのままで当てはまるわけでないが、参考になる。

オーセチック繊維の基本的で特徴的な性質は、「縦に引っ張ると、横にも伸びる」ことである。しかし、それが本発明でつくった単繊維としてあるだけでは、どんな効用があるのかは分からない。それをいろいろな利用形態ごとに、この基本的な特徴がどのような振る舞いをするのか (どのような特徴のある性質を示すのか) を考察し、その応用の分野と具体的な応用の可能性について考察している。このあたりの論理が非常に参考になる。

発明者の記述を一覧表の形にまとめなおして作ったのが、表2である (別紙: Excel ファイル)。横には、利用形態、特徴のある性質、応用目的/応用分野、そして応用例とした。一方縦に並べたのは利用形態の各種であり、基本的には発明者が記述した順序であるが、一部を並べ替えている。

オーセチック繊維の性質と用途
利用形態 特徴のある性質 応用目的/分野 応用例
複合材料中の強化用繊維 繊維の引き抜きに対する抵抗力を強化    
エネルギー吸収特性を強化 音・超音波の吸収 建物の遮音壁、潜水艦の本体部品
繊維の破壊靱性を強化 衝撃のエネルギの吸収 乗り物の本体部品、自動車のバンパー
凹みに対する抵抗力の強化    

繊維として (単独/他と組合せ)

(オーセチックなマクロ構造も使って)

エネルギー吸収特性/衝撃抵抗特性に優れる  防御服、防具 衝突用のヘルメット、防弾チョッキ
スポーツ用防具 すねあて、膝あて、バッティンググラブ
ねじった繊維として (単独/他の繊維と) 強度特性が強化   ロープ、漁網
磨耗に対する抵抗力が大きい   シートカバー
フィルター材料 孔のサイズ/形の変化、透過性の変化    洗浄可能なフィルター  
特定サイズの粒子/細胞/分子を通す機能性フィルター 薬の投与のためのフィルタ
自己調整フィルタ  
中空構造の分離用フィルタ 人工肺臓の機能性の膜
微細多孔質構造として 機械的性質のマッチング、強度と磨耗特性、アンカー特性の改良 生医学用の繊維材料 軟骨、外科用埋め込み物、縫合用アンカー、筋肉/靱帯アンカー
一定圧力で傷を押さえる、呼吸可能性  治療用の材料 包帯、傷の押さえパッド
  筒状の包帯
微細多孔質に添加物を加えて 微細な孔の大きさの自動変化 薬添加の包帯 傷の治療薬を含めた包帯
微細な孔に組込み容易   難燃性繊維  
薬物配送用繊維材料  
染色可能にする繊維  
複合繊維 (他の繊維と)   繊維のシール シール、ガスケット

第1の利用形態は、バルクの複合材料中にこのオーセチック繊維を強化用繊維として加える (埋め込む) ことである。そのときに発現する (と期待される) 性質は、従来のバルクのオーセチック材料で実証されてきた性質と基本的に同じである。エネルギー吸収特性の強化、破壊靱性の強化などの性質が期待され、音や衝撃を吸収するための応用が考えられている。構造物としての形状や構造その他の特性を満たすためには、バルクのオーセチック材料よりも、本発明のオーセチック繊維を強化用繊維として用いた複合材料の方が、作りやすく使いやすいに違いない。

第2には繊維として (要するに糸の形で)、単独または他の繊維と組み合わせて、用いることである。上記と同じようにエネルギー吸収特性や衝撃吸収特性の良さを活用して、それを活かす応用 (防具など) を考えている。また、繊維をねじってロープ状にしたときに、横幅を互いが強く拘束しているために、オーセチック特性がロープの強度特性を強化するだろうことに注目している。

第3のグループは、本オーセチック繊維を (単独または他の繊維と組み合わせて) 使って織物構造を作って利用することである。発明者が「織物構造」といっている中には、通常の布などの「織物」、そして「編み物」、また織らずに使う「不織布」などの形態がある。特許の記述において、上記のA5節 (「要点」) ではこれらの「織物構造」に言及しているが、A8節 (「用途」) では必ずしもこれらの区別に言及せずに、より詳細の利用形態 (フィルター材料、微細多孔質構造など) について論じている。織物・編み物・不織布の形態は具体的な目的に応じて適当に使い分ければよいということであろう。

ここでまずフィルター材料としての利用を取り上げている。フィルタが引っ張られる (特に圧力を受ける) ときに、孔のサイズが拡大し、透過性が増大するというのが、特異で貴重な性質である。この性質を使うと洗浄可能であったり、透過度の自己調整といった機能が期待される。また、孔のサイズを予め指定し、また引っ張りにより調整できることを利用して、特定サイズの粒子/細胞/分子などを通過させるという選択性・機能性のあるフィルターが考えられている。医学・保健の用途への展開を例示している。

微細多孔質構造としての利用においても、張力 (とくに膨張圧力) をかけたときに微細な孔が大きくなる特徴に、新しい応用が期待されている。ここでも、外科手術に使われるさまざまな応用が例示されている。

さらにこの微細多孔質構造の孔の中に活性な添加物を加えるという応用が示されている。オーセチック繊維 (オーセチックな微細構造) の場合には、全体に引っ張り力を与えることで、微細な孔のサイズを容易に (制御しつつ) 拡大できるため、この活性物質の孔への組込みと放出を容易に制御できることが大きなメリットである。ここでも、医学・保健分野での応用が例示されている。なお、「微細多孔質の孔に活性なものを加える」というのは、TRIZの進化のトレンドの一つとして取り上げられ、注目されてきたものである。

ここに整理した、発明者による用途・応用の記述は非常に優れたものであると思う。オーセチックな微細構造のレベルから、単一の繊維のレベル、複数繊維のレベル (特に他の繊維と組み合わせたもの)、複合材料に埋め込んだレベル、織物構造にしたレベル、その織物構造を実際に使うレベルなど、いくつものレベルで応用のシステムを考察していっている。これは当然のことだが、TRIZでの思考法、視野の持ち方にも対応するものである。また応用についてこのような大きな視野を持つことは、製法の開発に対しての需要を明確にし、意義付けを明確にすることだから、製法の研究・開発者にとっても大事なことであると考える。

B9. 今後の課題

以上のように、本発明は非常に興味深いものである。Darrell Mann はこれを「レベル4の発明」と評価し、さらに付随した多くの発明を生み出すだろうと述べている。どのようなことが、今後に残された問題なのかを、ここで考えてみることも有益であろう。

まず、本発明の製法自身には、まだ不明確で、十分に制御できていないと思われる点がいくつもある。すなわち、オーセチックな微細構造を制御した形 (例えば、網目のサイズ、微小繊維 (架橋部)の太さ、など) で確実に (ばらつきなく) 製造するための、ノウハウも、さらに基本的な考え方もまだできていないと思われる。なぜ、本発明の方法で「必然的に」オーセチック微細構造ができるのかがまだ分かっていない。生産における信頼性 (確実性)、制御性、スループットなどがこれからの課題であろう。

第2の課題は、本発明で作られる繊維の単繊維としての性能の問題である。この単繊維自身は、図2のように、原料の高分子の大部分が粒のままで残っており、それを微小繊維 (架橋部) が繋いでいる。そこで、単繊維の強度に寄与するのは、この微小繊維の強度 (とくにその太さに依存) だけである。この点で、単繊維の重量あたりの強度があまり強くならない面があるのでないかと考える。(ただ、引っ張りのエネルギーが多数の斜めになった微小繊維の内部エネルギーとして吸収されるため、各微小繊維にもろに張力がかかるわけでないことが強みである。) また、この微小繊維の太さにはムラがかなり大きいと思われるから、鎖の最も弱い部分で切れることを考える必要がある。また、図2の模式図でみると、繊維には多数の粒が横に張り出している形になっている。複合材料などの中に埋め込む場合には好都合の可能性があるが、通常の糸として使う (製品を作るのに使う) 場合に扱いにくさがあると思われる。

第3の課題は、本発明でも指摘しているような、応用を開拓していくことであろう。その中でさまざまな新しい製法、製品、そして機能が生まれていくものと思われる。この点はもう述べる必要がないだろう。

第4の課題は、もうすこし違う形状のオーセチック材料を作ることであろう。従来、バルクのものが知られている (その製法を本発明をもとに再考してみることも面白いであろう)。そして今回、繊維状のものが作られた。もう一つ面白いと思うのは、「面状のオーセチック材料」である。上記の応用においても、繊維状のままでなく、面状 (布、フィルター、膜など) にして使っている例が多い。図2の模式図に示されているオーセチック微細構造が、横に並んだ網目状 (メッシュ) で生成できると非常に有益であろうと考える。横にも並んで大きな面になればそれに越したことはないが、数列であっても規則的に並んだ帯状のものが生成できると面白いと思う。一つの夢として、図4にそのイメージを示す。(このような、バルク、線、面、...という考え方は、TRIZの発明原理17「もう一つの次元」の適用でもあり、いくつかの進化のトレンドでも現れる考え方である。「TRIZでなくても思いつく」と考える人たちも多いであろうが。)

[追記 (2005. 9.12 中川): 上記のメッシュの模式図は、本発明の特許説明書を学んだ段階での理解によるものである。その後、オーセチック材料に関するいくつかの文献を読んだ結果、オーセチックな性質を示すメッシュの基本的な構造は下図5のようであると理解するにいたった。このような「オーセチック・メッシュ」を工業的に生産できれば大いに応用が発展するだろうと思う。]

 

以上


発表スライド

「TRIZで特許を学び、特許でTRIZを学ぶ
〜 知識創造研究会創造手法分科会での共同研究の提案の趣旨とその記述例 〜」

中川 徹, 2005年12月2日,

IMユーザシンポジウム (2005琵琶湖),
エム・アール・アイ システムズ主催, ラフォーレ琵琶湖 (滋賀県守山市)。

本ページの内容 (1)〜(6) と上記 (A) の特許分析例とをまとめて、下記のように発表しました。そのスライドをPDFファイルで掲載いたします。

スライド (PDF) [スライド20枚, 4スライド/頁。44KB]

 

ページの先頭 はじめに A.特許で学ぶ A4. 背景 A5. 発明の要点 A6.図 A8. 効用・用途 B. TRIZの観点で
B3. 物質-場 B4. 温度設定 B7. 回転の問題 B8. オーセチック繊維の特性 B9.今後の課題 Mannによる特許紹介 特許分析の共同研究 IMユーザシンポジウムでの発表(PDF)

総合目次 

新着情報

TRIZ紹介

参 考文献・関連文献

リンク集

ニュー ス・活動

ソ フトツール

論 文・技術報告集

教材・講義ノート

フォー ラム

Generla Index 

ホー ムページ

新 着情報

TRIZ 紹介

参 考文献・関連文献

リ ンク集

ニュー ス・活動

ソ フトツール

論文・技 術報告集

教材・講義 ノート

フォー ラム

Home Page

最終更新日 : 2005.12.21.     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp