TRIZ論文: TRIZ シンポジウム 2009 基調講演
TRIZ: 必要だが不十分。 市場およびすべてを包括する理論

Darrell Mann (Systematic Innovation Ltd., 英国)
スライド和訳: 小西 慶久

日本TRIZ協会主催 第5回日本TRIZシンポジウム、2009年9月10-12日、国立女性教育会館、埼玉県比企郡嵐山町

紹介: 中川 徹 (大阪学院大学)、
英文: 2009年11月22日、和訳: 2010年4月17日
掲載:2010. 4.18

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編集ノート (中川 徹、2010年 4月 17日)

本稿は、昨年のTRIZシンポジウム2009 での Darrell Mann の基調講演です。非常にスケールの大きい、深い研究の蓄積から話されている、すばらしい講演です。スライドの全文を英文と和文 (小西慶久さん訳) で掲載しています(PDF)。本件の掲載に関して、著者、小西さん、およびシンポジウム主催者の日本TRIZ協会に感謝します。

また、中川が、TRIZシンポジウムの「Personal Report」 (英文、2009.11.23 掲載) の一部として書きました、講演の紹介文を和訳してここに掲載します。なお、 [ ] 内の記述は中川による補足、注釈を表します。まずこの紹介を読んでから、著者のスライド全文を読まれることをお薦めします。

著者Darrell Mann 氏には、TRIZおよび「体系的革新」の分野での多数の論文と著作があります。昨年のTRIZシンポジウムの機会に、同氏に『TRIZホームページ』基金から功労賞を贈呈いたしました。別ページを参照下さい


[1] 論文概要

TRIZ: 必要だが不十分
市場およびすべてを包括する理論

Darrell Mann (Systematic Innovation、英国)

概要   [和訳: 中川 徹  2010年4月16日]

TRIZのトレンドが示唆するところによれば、すべてのシステムはその複雑性が増大しついで減少するというフェーズを継続して進んでいく。世界 (世の中) に関する人類の理解もまた同様なパターンに従っている。ときには、例えば20世紀の間そうだったように、知識がますます専門化され細分化されるのが主要なパラダイムであった。また別のときには、例えはルネサンス期のように、知識の断片が合成され統合されることが起きる。

TRIZ研究者たちの仕事が少なくとも一部に寄与したおかげで、統合する時代がまた始まったかのように見える。技術の世界に対して地図を作り統合するためにTRIZが行なったのと同じことを、他の人たちが他の世界について行なっている。例えば、生物学の世界でMargulisが、物理学でEinstein が、社会史でStrauss & Howeが、心理学で Graves が、文学でBrooker が、宗教でWilbur が、そして経済学で Mandelbrot および Gilmore & Pine が行なっている。

本稿でしようとしているのは、これら多くの特定分野での「すべてを包括する理論」の間のさまざまな両立性と矛盾とを吟味することである。そして、これらの分野依存の包括理論たちを、より高いレベルでの統一包括理論へと合成することが可能になるような、新しい時代にわれわれがまもなく入るという可能性を探ろうとしているのである。

明瞭にTRIZを出発点とした商業的なイノベーションの成功事例が欠如しているように見える。この認識から、本稿で特に注意を払おうとしているものは、TRIZのツールキットの中で唯一つ欠如していて、かつ最大のものと著者が信じているものである。それは、一般的には「人口」、そして特定的には「顧客」についての人類学的な研究である。ここでわれわれが示すのは、イノベーションの試みの大多数が失敗する理由は、選択された解決策が必ずしも「間違っている」からではなく、むしろ、それが「間違った」問題に対する「正しい」解決策であったり、あるいは間違ったタイミングでの「正しい」解決策であったりするからだ、ということである。

この失敗を論じるにあたり、「顧客たち」の、有形・(そして特に) 無形の動機とタイミングを決めるものとを正しく理解する必要がある。そこで本稿では、8年に渡る研究プログラムで得た主要な知見のいくつかをまとめて話そう。その研究は、「何か新しいものにお金を費やそうと人々に動機づけるもの」のDNA を発見することを目指した。本稿の最後の章では、いくつかの仮の結論と推奨とをまとめて、企業がそのイノベーションの成功率を増大させる助けにしようと思う。


[2] 発表スライド全文:

英文発表スライド (56 スライド、PDF 2.2 MB)    (公開、変更禁止、コピー許可、印刷許可)

和文発表スライド (訳: 小西慶久) (56スライド、PDF 3.0 MB)    (公開、変更禁止、コピー許可、印刷許可)


[3] 発表の紹介 (中川): 

「Personal Report of The Fifth TRIZ Symposium in Japan, 2009, Part A. Keynote Lectures 」
中川 徹 (2009年11月22日) (英文ページ) から抜粋。

Darrell Mann (Systematic Innovation Ltd., 英国) [EI02 K-2] が、第3日午前に第二の基調講演を行なった。その演題は、「TRIZ: 必要だが不十分。 市場およびすべてを包括する理論」であった。これは驚くばかりの大きなタイトルである。われわれシンポジウムの組織者は、Darrell Mann を招待するにあたり、彼の仕事と活動が非常に広範に渡ることを知っていた。そこで彼に、特定のトピック (例えば、IT/ソフトウェア分野のTRIZ (または体系的革新)) ではなく、体系的革新についての彼の大きなビジョンあるいは大きな視野での思想を話してほしいと依頼したのだった。彼の基調講演の主たる内容を、(なかなか難しい作業であるが) ここに紹介したい。この基調講演に対しては、フルペーパを要求せず、作成されていないので、(全56枚中の) 約20枚のスライドを使って説明する。[発表スライドは日本TRIZ協会の公式サイトに英文と和文で公開掲載された (2009. 12. 6)] [本ホームページにも掲載する (2010. 4.16)]。

この講演の主たる動機は、「一体なぜ、90%以上のプロジェクトがその製品を市場に出すのに失敗するのか?」、そして、「そのような製品のうちの90%以上が、一体なぜ、市場で失敗するのか? (すなわち、イノベーションに失敗するのか?)」を、明らかにすることにある。著者 (Mann) が注目しているのは、イノベーションをサポートするべきツールが非常に多数存在すること (左下スライド参照)であり、また、それ以上の数のビジネス書が出版されている (右下スライド)こと [そして、それなのに成功していないこと] である。これらの問題を明らかにするために、また、何らかの有効な方法を確立するために、著者はこの8年間、研究者のチームを率いて、広範でかつしっかりした研究を行なってきた、という。

 

状況を明確にするためには、なにか適当な「世界の地図」(あるいは「すべてのものを包括する地図」)を持っていることが必要であると、著者は信じている。そのような地図の一つを下記のスライドに示す。左上のスライドが4箱の基本スキームを示し、それは内面的世界/外界との別、単数/複数の別によって区分されている。著者はこれらの4箱をビジネスシステムにとっての基本機能であると理解し、(TRIZのセンスでシステムを「完全」にするために)「制御」機能を追加している。このようにして、4箱は製品の生産と市場への提供のためのツールと手段を表すものと理解される (右上のスライド参照)。この枠組みによって、著者は(前述の) さまざまなツールや方法を分類し、その結果をスライド (左下) に示した。各箱での最も有用なツールを選んで、著者は「5つのイノベーションDNA鎖」を示している (右下のスライド)。この図の右上の箱にアルトシュラーの写真があるのが分かるだろう。

  

 

これらの多数の方法やビジネス書に含まれる無数のアイデアを、著者が分類したスライド (下図) は実に素晴らしいものである。図に示されているように、この表は「あらゆる考え (洞察) を一ヶ所に」まとめることを意図したものであり、その形式は化学における元素の周期律表から採用したものである。第一の洞察 (すなわち、水素の位置のもの) は Tr (トレンド)であり、第二 (ヘリウムの位置) はId (理想性) である。第2行に並べられた洞察は、Sd (スパイラルダイナミックス) 、Fa (機能分析)、Nl (NLP: ニューラルリンギスティックスプログラミング)、Ip (発明原理)、Fd (機能データベース)、Sf (ソフトウェアファクトリ)、Sl (SLP: 賢い小人たちのモデリング)、およびFu (機能性)である。この図は8年間にわたる著者の研究の成果であり、まだなお進行中のものであると、著者は言う。

さて、これらの考えを基礎にして、イノベーションが成功するための要件について議論しよう、と著者はいう。彼はその中心命題をつぎのスライドに示している。「イノベーションが起こるのは、顧客の声とシステムの声とが合致するときである」。そして、著者が確信しているのは、イノベーションを起こすためのわれわれにとっての中心課題は顧客の声を正しく見出すことであり、だから、われわれにとっての中心的な研究課題は、真の顧客の声を見出す効果的な方法を確立することである。

著者が本稿で提示しているアプローチは、模式的に次のスライドにまとめられている。[このスライドもまた「世界の地図」(世の中のマップ) というタイトルがつけられているが、その理由は、いままでのスライドに示されてきたすべての考え (あるいは洞察) を著者はこの枠組みで位置づけたいと思っているから、であろう。] このアプローチによると、われわれはまず左の下向きの三角形で示されている諸ステップに従って、顧客の声を明確にし、さらに、さまざまなトレンドが近い将来に直面するだろう矛盾を特定する。それからわれわれは、そのような矛盾を解決することを試みて新しい製品を実現していくべきであり、それには上向きの三角形中の諸ステップ ([本稿の課題ではないので] 詳細には何も示されていないけれども) を辿って、システムの声を実現していくべきである。

第一のステップ、すなわち、顧客の声を明確にするための「メタ」レベルでの考察、は比較的明確である (右のスライドを参照)。それは、顧客がその仕事で実現したいと望んでいる機能を明確にすることである。

第二のステップ (すなわち、「メガ」レベルの考察)に対しては、著者は複数の方法を一緒にして使うことを提案している。
(a) その第一の方法は、顧客 (すなわち、消費者) のライフサイクル と、あなたの国 (あるいは、あなたが興味を持っている世界) の人口の変化とを考えることである。

 

(b) このステップの第二の方法は、顧客の世代の特徴を考えることである。著者は、W. Strauss & N. Howe (1997) の「世代循環」のアイデアを採用している。その基本的な考えは、「あなたの両親による育てられ方が、今度はあなたの子どもの育て方に影響する」ということである。第二次世界大戦後の米国と英国の場合について、「4世代循環モデル」が提案されている (左下のスライド)。人々の世代の特徴とその年令に応じた行動の変化とを仮定して、人々の文化的な変化の特徴が、模式的に歴年と年令とに関係づけられて示されている (右下のスライド)。これが意味しているのは、特徴づけられた世代の境界において、若者や成人の人々の文化的変化が起こることである。[世代の特徴づけは、もちろん、国によって違うだろう。だが、世代循環と世代のシフトというアイデアは広く適用可能と考えられる。]

 

(c) 第3の方法は、人々の特徴的な行動を考察することであり、これには「スパイラルダイナミックス (Spiral Dynamics)」 (下図参照) が基礎として用いられる。著者Darrell Mann は、Clare Graves のスパイラルダイナミックスの仕事を高く評価して、それを「社会的・心理的な分野でTRIZに対応するもの。世の中の動き方を研究し蒸留したもの」だと言っている。スパイラルダイナミックスは人間の思考/行動を8つのレベルで特徴づけ (その色コードがつけられている)、スライド(下の右上) に示しているようである。人間の行動は典型的に二つの方向に動機づけられる。すなわち、快楽の追求と、痛みの回避である (左下スライド参照)。すべての人も人間の組織も、これらのレベルを追って螺旋的に上に成長していき、(下のレベルのものは) その内部の層として包み込まれていく。ある一つのレベルの人々は、そのレベルの特徴的な価値判断を持っており、その結果、顧客の一つのグループであるとみなすことができる。右下のスライドでは、人々を特徴づけるのに、スパイラルダイナミックスでのレベルと世代循環でのパターンを使っている。人々の行動のいくつかの例がその枠組みで示されている。例えば、「Ms. Independent」は、「科学的」レベルにある「放浪者」タイプの女性たちであると、理解される。人々をこのように特徴づけることは、その人々の価値観に基づいてるから、安定的であり、重要である。

  

 

さてようやくわれわれは、顧客の声を明確にするための第三のステップ、すなわち、「ミクロ」レベルのステップに到達した。ここでわれわれがしたいのは、顧客たち、社会、あるいは市場のさまざまなトレンドを捉えることである。しかしながら、「われわれがなにかの関与している論理的なトレンドを一旦見つけても、将来はすぐにそのトレンドから外れてしまう」と著者はいう (左上のスライド)。一つの例として、「今欲しい/クレジットでの生活」というトレンドをスライド (右上) に示している。そして著者は、このトレンドを強化する多数のトレンドと、また同時に、これに対立する他の多くのトレンドを書き込んでいる。著者が行なった研究は、まずそのようなトレンドを1000件リストアップすることであり、そしてそれらの間にある強化する関係と対立する関係とを考えることであった。スライド(左下) はそれらの相互関係 (のほんの一部分だけ) を例示しており、「すべてのものが他のすべてのものと繋がっている」というタイトルをつけている。著者が示唆しているのは、「関連するトレンドの間の対立 (矛盾) が、われわれを (Boris Zlotin がその基調講演で論じたのと同じ) 「クリティカルポイント (分かれ道)」に連れてくることであり、 イノベーションを実現するためにはその矛盾を解決する必要がある」ということである。著者Darrell Mann のアプローチ、すなわち、顧客の声とシステムの声とを合致させるやり方を見つけて実現するというアプローチの枠組みの図を、この紹介文の最後に再度掲載しておく。

 

 

*** [中川所感] この基調講演は非常に広範で非常に深い研究に基づいている。われわれはこの講演から、また著者のいくつもの著作から、多くのことを学ぶことができる。

--- 別ページに掲載しましたように、『TRIZホームページ』基金は、(この第5回TRIZシンポジウム2009 の機会に) Darrell Mann 氏に、TRIZと体系的革新の分野での同氏の永年にわたる貢献と尽力に感謝して、功労賞を贈呈いたしました

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最終更新日 : 2010. 4.18     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp