TRIZ/USIT適用事例
中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造: 火災時に窓を開放する階段室
中川  徹,大阪学院大学
2000年 8月 7日, 15日, 24日
     [掲載: 2000. 8.24 ]
     [序文の英訳掲載: 2000. 8.24; 全文の英訳掲載: 2001. 2.28]
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まえがき (中川, 2000年 8月15日)

   本稿は, Y. Salamatov原著のTRIZ教科書 "TRIZ: The Right Solution at the Right Time"の和訳作業の最中に, その演習問題から思いついて書き上げたものです。その教科書の問題43では, 高層ビルの火災における救助の困難さを記し, 緊急避難用の「重力エレベータ」という案の改良を求めています。この演習問題の訳を推敲しながら, 何かもっと本質的な改良をしなければと思ったのが, きっかけです。

注: TRIZ(トゥリーズ)が初めてという読者は, このページの最後部(D)の注釈を参照下さい。


   数年前に小生は, 米国映画「タワーリング・インフェルノ」をテレビで見ました。高層ビルの火災を扱い, 現代社会に大きな問題提起をした映画です。エレベータは使えない, 避難階段は途中階で火に巻かれる, 人々は火に追われて屋上に追い詰められるという状況です。何か良い方法を考えなければと思ったものでした。

   翻訳作業をしながら, 「やはり避難階段の確保が大事だ, 階段が煙突にならないようにすることが根本だ」と考えました。そして, 「煙突にならないようするには, 階段の各階に大きな窓をつければいいんだ」と思いついたわけです。手元にあった伝言メモの用紙にちょこちょこと走り書きをしました。この8月 1日のことです。

   メモ書きの件が次第に気になり, 「階段に窓をつけるというのは, 簡単な方法だが, 非常に有効に違いない」と考えるようになりました。そこで, きちんと考えを書き出してみようと思い, 朝から取りかかったのが 8月 7日です。書き始めてすぐに, 特許出願の依頼のために使う「発明説明書」の形式(前職の富士通研究所で使っていた形式)にするとよいと思い, その枠組みに従って, いろいろ推敲しつつ, 書き進めました。6時間ほどで書きあげたのが, 本稿の(B)に掲載するものです。

   この執筆作業中にいろいろなことを考え, 原稿の中に表現していきました。使った考え方は, TRIZですか, USITですか,と聞かれても, 困ります。それらを含めて, いままでのすべての経験と素養とが背景となって, 思考・執筆作業をしたのです。ただ, 明確なことが二つあります。

   第一は, 問題設定で, 「煙突にならない避難階段を確保する」というように設定したことが, 本稿のすべてを決めており, これにはUSITの方法論が明確にバックにあったと感じます。

   第二は, 解決策を, 「平常時には快適で便利な(建物内の)階段, 火災時には大きく外に開かれた避難用階段兼救助基地」というようにしたことであり, これは明確に, TRIZの「時間による分離原理」を使って矛盾を解決したのです。TRIZの原理を使っているという意識は, 発明説明書を書き始めてすぐから非常に明確になってきました。

   もしかしたら, 特許になるかもしれないと思い, 念のために, インタネットで特許庁の特許検索をしてみました。「避難 AND 階段」で検索して56件の特許がありましたが, 引っ掛かりそうなものはありません。また, いままで見たビルで, 階段を本稿のような位置づけで設計しているものは見たことがありません。

   特許にするのも個人的には魅力でしたが, 適当な協力企業を見つけて, 特許化とその後の権利行使のための膨大な手続きをすることを考えると二の足を踏みました。それに, 特許化しようとすると, しばらくの期間アイデアを秘密にする必要があり, 社会で実現されるのが遅くなります。1週間考えて, 「特許化は狙わない, 積極的に公表して, 日本と世界での早期実現を目指す」 と決心しました。幸い, 本件はどこにも許可を取る必要なく公表できる状況にあります。

   このような趣旨で, 本稿を『TRIZホームページ』に掲載する次第です。

   本稿は, つぎのような構成にして, TRIZ/USITの適用事例として掲載・発表します。

(A)  きっかけと背景                                                                         (中川, 2000. 8.24)
(B) 発明説明書: 中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造     (中川, 2000. 8. 7)
(C) 思考の過程とTRIZ/USITの影響                                                  (中川, 2000. 8.24)
(D) 注: TRIZとUSITについて (初めての読者のために)                        (中川, 2000. 8.24)
   (B)がアイデアの本体ですので, 建築や防災の観点から本論文の内容を知りたい方は,それを直接お読み下さい。このアイデアが今後一層重要になる中高層建築の防災に役立つことを切に願っています。

   (A)はこの問題を着想するまでの経過, (C)は問題を分析し, 解決策をまとめるまでの流れを再構成したもので, 特に, 問題解決の技法TRIZおよびUSITの考え方を利用したしかたを述べたものです。これらの三部作により, TRIZやUSITを適用するということが, 小生のこのケースではどういうことであったかを明らかにしたいと考えます。TRIZについて初めての読者は, (D)の簡単な注釈をお読み下さい。TRIZという考え方が有効だったのだと分かっていただければ幸いです。

   ご感想・ご意見などを, 電子メールでお寄せいただけると幸いです:    nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp
 
 
本ページの先頭 A. きっかけと背景 B. 発明説明書 B3. 解決策 C. 思考過程と
TRIZ/USIT
C3. 矛盾と解決策 D. 注 英文ページ



(A)  きっかけと背景                 (中川, 2000年 8月24日)

1.  Salamatovの教科書の演習問題:

    まえがきに記したように, 本件のきっかけとなったのは, Yuri SalamatovのTRIZ教科書の (英訳書からの)和訳作業である。 この教科書はTRIZのいろいろな面をきちんと体系的に説明しており, 翻訳作業は自分にとって非常に貴重な勉強の機会でもある。その教科書の66〜67頁にある問題43 (の和訳)を採録すると以下のとおりである。
 

問題43.   新しいビルはどんどん高くなってきて、20階、30階、50階、100階建てのビルが出現している。しかし、救命技術は実質上何ら変化していない。今日利用可能な最長のはしご車でも12階までしか届かない。また、[火事のとき、]階段やエレベータは巨大な煙突と化してしまうので、窓を通してしか人を救出できない。火の手はたちどころに広まり、超高層ビルを燃え立つろうそくに変えてしまう。ロープ、はしご、自動エレベータ、そして現在日本で製造されているハイテクの“空飛ぶ円盤”と言える小型ヘリコプターまで装備している救出隊も、当てにするのはやめたほうがよい。火の付いた建物から緊急避難する簡単で信頼性の高い方法が必要である。

 “救命チューブ”というものが発明された。弾性のある布でできており、グラスファイバーで補強されている。不使用状態での直径は人間の平均幅よりやや小さい。肘を張り出したり両膝を動かしたりすることにより、降下速度を調整できる。残念ながら、誰もがこの名案を活用できるわけではなく、このシステムはいくら訓練したとしてもお年寄りや子供には勧めることができない。G. ビルチンスキーがこのシステムを改良した(ソビエト連邦特許第1 024 098号)。
 

      .
 
G. ビルチンスキーが発明した重力降下装置

[人が乗ると]弾性チェンバー(1)が凹み、パイプ(2)を通して過剰な圧力が蓄圧器(3)に送り込まれる。その結果、ピストン(4)が押しやられ、ばね(5)が圧縮される。受けとめチェンバー(6)から人が出ると、ばねが伸びてピストンが元の位置に戻り、つぶれたチェンバー(1)に空気が流れ込んでそれを膨らます。

 あなたにはさらに改良を加えてもらいたい。技術システムの発展過程には終わりがないのだから。このシステムでは何がまずいか? もっと効率を上げ、大きさと重さを減らし、新たな機能を付け加えることを試みなさい。火事になるとは限らず、その場合、システムが用いられないことになってしまうから。


この問題記述の導入部分は切実感がある。ただ, 緊急降下装置, 特にこの図のビルチンスキーの装置は, 繰り返し見てもうまく動きそうな感じがしない。何か間違っているなぁと思いながら, このページを最初に読んでから, もう1年以上が経っていた。
 

2.  背景の知識と経験

   ビルの火災に関しての背景の知識を列挙してみると, 常識のレベルで, いっぱいある。[おそらく, 読者の皆さんにももっともっといっぱいあるだろう。] そのうちのいくつかで印象の強いものを書き出してみると以下のようである。

(1) 米国映画 「タワーリング・インフェルノ」:   テレビで見たのはずっと昔, 5年前か10年前か覚えていない。アメリカの高層ビルが火事になる。スプリンクラーは十分に機能しない。火はダクトを伝わって予期しないほど速く上階に燃え広がる。エレベータで逃げようとした人達は, 途中階で閉じ込められ, 天井を破って脱出する。階段は煙突状になって火と煙が入り, 逃げられない。非常階段を登っていった消防士も危うく火で逃げ場を失いそうになる。何人もの人達が火に追われて屋上まで逃げる。ヘリコプターを使おうとしても, 火に伴う激しい風のために, うまくいかない。屋上の給水タンクを爆破して水を溢れさせ, ようやく火が治まった。 --- この映画は, 大きな反響を読んだ。現在の高層ビルが火事になったときに, 起こりうるだろうことがリアルに描かれている。この問題提起に対して, どんな解決策があるのか?

(2)  緊急降下装置:  今いる大学の研究室は, 8階建てのビルの 4階にある。エレベータホールの近くのラウンジの窓にスローダウンという緊急降下装置が備えてある。ベルトを身体の周りに回して, ロープにぶら下がって降りる。ケースに書いてある説明書きを読んだことは何回かあるが, 実地に練習・体験したことはない。非常時以外触ってはいけないものであり, 練習 (訓練)の機会はほとんどない。本当に火事になったときで, やむを得ないときには「決死の覚悟で」使うのだろうと思う。最近, 同様の装置のデモの実地中継で, TBSの女性キャスターが5階から墜落し重体を負った (ロープの固定がはずれたため)。その他にも, チューブ状のものの中に入って滑り降りるタイプのものがあるのを知っている。このような形式のものを10階から使うときは, 怖いだろうなと思う。20階になると使えるのだろうか?

(3) 高層ビルの階段:  中層から少し高くなると, エレベータで上下するのが, 平常時の通常の方法になる。このようなビルで一つ二つ違う階に行くのに, 階段を使おうとすると探すのに苦労することがある。階段は目立たないところに設けられており, 防火扉がしてあって 「非常用階段」と書いてあり, 平常に階段を使うと何かこそこそしているのを咎められそうな雰囲気がある。大抵, 窓もなく, 倉庫の中のような感じである。ホテルの階段も似たようなものである。

(4) 日本で起きた高層ビルの火事の惨事としては, ホテルニュージャパンの火災がある。逃げ場を失って沢山の人達が亡くなった。このとき, 一人の人が窓から窓へ伝わって逃げて助かったという記事を読んだ。その後, 大学の学科の同期会で, それが自分だと同期生がいうのでびっくりした。

(5) 3階建てや4階建ての小さな建物では, 建物の外壁に非常階段をつけていることが多い。内側からだけ開く鍵をしてあるが, いろいろな都合で (近道だからとか, 門限逃れだとかで) 中の住人が非常階段の鍵をあけたままにしておくことがあり, いつも防犯上の盲点になる。

   また, 「煙突効果」に関してもいろいろなバックがある。小さい頃に薪で風呂を焚いた経験がいろいろあるから, 煙突の効果は知っている。工学的な炉の燃焼の問題でも, あるいは, 空冷装置に自然に空気の対流が起こるように煙突の効果を取り入れるなどの問題も見聞している。-- [注:  そう言えば, いままで, 「煙突にして効果を上げる」という問題をいろいろ考えてきたけれども, 「煙突効果を無くしなさい」という問題にはほとんど出会ったことがないように思う。]
 

3.  問題に対する着想

   今回のアイデアの直接のきっかけは, 上記の演習問題の図を見ていて, 「この図はどうもよく分からないし, うまくいきそうにない」と考えたことである。

  -   このようにまっすぐな筒にすると, 階段と同じように煙突になりそうだなぁ。--  [注: 自分はそのときそう思った。ただ, この装置を建物の外壁に付ければ, 煙突ではなくなると今は思う。]
  -   人が乗る部分は, いくつ設置してあるのだろう。乗りたい所にあって, 降りていくときに他のが邪魔になってはいけないのだから。
  -   一人が降りるとその後どうするのだろう。乗り物をつぎの人のために上に上げないといけないが。--  [注: もし,リング状にして多数設置すれば,いいのかもしれないと, 今は思う。]
  -   空気の圧力をリザーブして使うというのは, あまりうまくいきそうにない。


   ともかく, この図のアイデアは技巧に走りすぎている。実際に動くものができたとしても, 使わないようなものにしか なりそうにない。もっと, 本質のところに戻って考えなければいけない, と考えた。

   エレベータは閉じ込められる危険があって使えないとしたら, 人間が本当に自分で行動できるのは, やはり階段だな。階段をもっと使えるようにするのがよい。階段が煙突になって使えないということだが, ... そうだ, 煙突にならなくすればよいのだ。

   「煙突にならなくすればよい」と着想すれば, その後の答えは自明であった。途中に大きな開口部を作れば, そこで煙突は切れる。上から下まで一つなぎの階段であっても, 各階ごとに大きな開口部を設ければ, もはや一本の煙突ではなく, 煙突効果は生じない。これは, おそらく小学生か中学生の理科で学んでいることであろう。
 



(B) 発明説明書: 中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造
 

中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造

                  2000年 8月 7日    大阪学院大学    中川  徹  

  発 明 説 明 書

1.発明の名称: 

      中高層建築物における火災時の煙突効果を防止した階段室の構造

2.従来技術とその問題点

2.1  発明の利用分野

       数階以上の高層建造物全般の設計に関わるもので, 火災や地震発生時の避難対策を予め考慮した設計および建築構造に関わり, とくにその階段室の構造に関わる。

2.2 従来技術

  高層建築物において他の階への上り下りのためには, 通常, (a)エレベータ, (b)エスカレータ, および(c)階段が用いられる。しかし, 火災や地震が発生したときに緊急に避難するための階の上り下りに関しては, エレベータを使用禁止とするので, (エスカレータは一部利用可能な場合もあるが,) 階段がその主要な役割を担う必要がある。

  その階段に関しては, 建物内の階段では階段室自体が煙突になる場合があるため, 建物外壁に非常用階段を設けることが多い。ただし, 建物外部に階段をつけると, 日常的な盗難防止・侵入防止の問題が新たに発生し, その観点からも階段の構造を検討する必要がある。

  これらの観点から, 高層建築物における避難通路としての階段の構造は, つぎのように分類できる。

(A) 「内階段」:  建物内部に設置されている階段。
  (A1) 内階段非分離形式:
その階のフロアと階段とが火災対策としては分離されていないオープンな形式

  (A2) 内階段分離形式:
その階のフロアと階段とが火災対策として分離されており, 階段が明確な階段室を形成している形式。

(B) 「外階段」:  建物の外壁に設置されている階段
  (B1) 外階段非常用形式:
階段は完全に建物外部として扱い, 階段と建物との間に通常は鍵をかけて通行を禁止する。非常時のみ内部から鍵を自由に開けることができる。

  (B2) 外階段外部通路形式:
階段部分は, 盗難・侵入防止の観点からは, 建物外部と して扱い,階段・踊り場・通路などは, 外部から自由に 利用できる。建物の内部への出入りは, 各階/各室で適当な鍵を用いて管理しているもの。低層および中層のアパート建築などでよく使われている形式。

  なお, 火災がひどくなってから, 高層建築の各階に取り残された人々の避難と救出のためには, 非常用降下装置, 梯子車, へリコプター, などがある。しかし, これらは, 火災発生の初期・中期における適切な避難が出来なかった場合の緊急処置であり, このような処置の必要をできるだけ少なくすることが, 本発明の意図である。

2.3  問題点

  高層建築はますます高く・大きくなり, 広範に利用されつつある。しかし, 火災が発生すると, 火は一つのフロアで広がるだけでなく, 非常に早く上層のフロアに広がり, 上層に取り残された人々を救助することが極めて困難になる。高層建築において, 火は空調や各種配線のためのダクトを通って上階に広がるだけでなく, エレベータやエスカレータや階段などが煙突の役割を果たして火が広がることが知られている。

  エレベータは火災や地震の発生時には, 使用禁止にするのが現在の基本である。駆動・制御系統の故障により閉じ込められるのを防ぐこと, また, エレベータ室が煙突となって熱・煙・有毒ガスなどに曝される危険があるからである。

  エスカレータは, 火災発生初期などには利用可能の可能性があるが, 被害が広がると停止すると考えられる。停止しても, 階段としての役割をすることは可能であるが, 滑りやすいという難点がある。

  そこで, 階段が使えるかどうかが, 非常に大きな意味を持つ。階段が使えれば, 人々は周りの状況を判断しつつ, 自分で行動できるからである。そこで, 前述の分類に従って, 階段の問題を検討すると以下のようである。
 

(A1) 内階段非分離形式:
火災が発生した階で, 火および煙・有毒ガスがこの内階段に入ってしまう。このような階段では, 上階へ瞬く間に火が回ることになる。よって, 現在の中高層建築では, このような形式の階段は避けられている。高層建築内の店舗&舶ェなどでも, 階段やエスカレータを平常はオープンな感じにしておき, 火災時には防火シャッターで分離するのが普通である。
(A2) 内階段分離形式:
火災時を想定して, フロアからは耐火性の防壁で分離し, 建物内の通路に対 しても防火扉を設置する。フロアからは分離し, 階段室として独立させ, それを上下に連ねた構造をしているのが普通である。現在の高層建築の階段の基本的な構造である。しかし, 火災が起きている階で防火扉が閉じられなかったり,  壊れたり, 不完全であったりすると, そこから火・煙・有毒ガスが入り, 上層までずっと昇ってしまう。

現在の多くの高層建築では, このような階段室はエレベータ室の近くの目立たないところにあり, 外壁で覆われ, 窓もないことが多い。このように閉鎖した構造になっているのは, 平常時の空調などの配慮によるものであろう。 このように分離された階段室が閉鎖構造であることが, 煙突効果を引き起すことにもなる。

(B1) 外階段非常用形式:
この形式の階段は, 非常用にだけしか使わない。このため, ふつうは簡単な (粗末な) 構造が用いられており, 必ずしも点検・保守が行き届かないことになる。また, 盗難・侵入防止のための鍵の扱いが問題になる。内部からは非常時に備えていつでも誰でも開けられるようにしておき, 外部からは開かない仕組みにしてある。それで, たまたま内部から開けられ放置されていると不用心になる。

この形式は, 多くの場合に外壁にむき出しで取り付けられているので, 煙突効果がなく, 熱・煙・有毒ガスなどが充満することがないのが長所である。ただし, 本格的な高層建築では, 美観上の観点からあまり採用されない。

(B2) 外階段外部通路形式:      
この長所は(B1)と同様に, 閉鎖的ではないから, 煙突効果がなく, 熱・煙・有毒ガスなどが充満することがない点である。

問題は, 常時使う外階段があり, すくなくとも階段の各階の踊り場までは建物の外部と同じになるので, 建物の内部への出入りを規制するために, 鍵などの防犯設備を備えることが必要になる。各フロア単位またはフロア内の各室の単位で利用者の独立性が高いときには, それでよいが, 複数のフロアを一つの事業所として利用するような場合には, 不便である。また, 階段部分は基本的に屋外であり, 風雨に曝され, 空調などが利用できない。


  以上のような問題点をより大局的に見ると, 結局, 平常時の利用のしやすさ・快適さ・防犯安全性に対して, 火災や地震などが発生した非常時における利用の確実性・安全性・有効性などを, どのようにして両立させるかが問題であると言える。大まかにいうと, 内階段の方式(A1)(A2) は平常時を優先させて非常時に弱い。外階段の(B1)は平常時に使わないで, 非常時専用であるが, 付け足し的であり, 本格的な高層建築の主要設備というわけにいかない。外階段の(B2)は火災対策としては長所があるが,階段は外部として扱うので, 適切な建物の用途が限られる。

2.4   課題

  本格的な中層・高層建築に設けるべき階段で, 平常時にも利用しやすく, 快適で, 防犯の安全性が確保されており, また, 火災や地震が発生したときにも, 安全で確実・迅速に避難できるための避難路として, 設計・建造されているものが必要である。特に, 火災発生時に, 煙突効果を生じないで, 火災の火・煙・有毒ガスなどの充満がないことが大事である。

  また, 火災や地震が発生したときに, 階段が避難路だけでなく, 一時的な避難場所となりうること, 階段の任意の階から緊急救助が可能なこと, 建物の被害の様子を避難中の人が自分の目で判断できること, 建物の周りや外の状況を判断できることなどが, 副次的な機能として, 同時に望まれる。

3.従来技術の問題点を解決するための手段

  上記のように問題を整理すると, つぎのような基本的な考え方ができる。

 (1) 平常時の便利さを考えると, 「内階段」の方式を基本とする。

その階段は常時使っているもので, 風雨に曝されることなく, 空調もできており, 防犯上も問題がない。
 (2) 防火,延焼くい止め, 避難路の確保などのために, 「内階段」の中でも, 「分離方式」を基本として採用する。
各階のフロアからは, 耐火性の壁あるいは防火扉で分離する。
その階が燃えていても, 防火扉で仕切っており, 階段室は延焼しない。
また, 火・煙・有毒ガスなどを, 防火扉でできるだけくい止める。
階段室は, 不燃性材料を用い, 有毒ガスなどが発生しないように建築する。
防火扉の下部, 床から10〜30 cmの部分に耐火ガラスの窓を設けるとよい。
      真っ暗になった室内から, そこに非常口があることが分かる。
      外部から消防や救助隊が扉を開けずに中の状況を覗くことができる。
      下部にあるので, 炎の影響を受けにくい。室内の避難者を床の方に誘導できる。
 (3) 火災および地震の発生時には, 階段室の窓などを大きく外部に開放する。
 「内階段」の構造に, 非常時だけ「外階段」の構造を取り入れることである。
このためには, 階段室を外部に向いた窓を持つ位置に配置しておく。
これは, まず第一に, 煙突効果をなくす役割をする。高層建築の下から上への一本の筒 (煙突) であった「内階段」に対して, 各階すべてで穴が開いたことになり, 煙突は一階ごとに分断されてなくなる。
煙突効果がなくなると階段室が火の上階への延焼通路となるのを防げる。
階段室に入ってきた煙や有毒ガスは, 開口部から外部に逃げるので, その階および上下の階の階段室に充満することはなくなる。
階段室では新鮮な空気を吸える。このため, 火災の中でも一時的な避難場所となりうる。
  (4) 非常時に, 階段室で開放した窓を緊急救助の出入り口として利用する。
避難者・負傷者などと外部の消防・救助隊などとの連絡口
緊急降下装置の設置場所
消防隊・救助隊などの進入口 (梯子車, ヘリコプタなども使える)
また, ここから建物の外壁全体が見渡せるようにすると, 避難者が的確に安心 して避難できるようになる。
見渡せるためには,外壁からすこし張り出していることが一案であるが, そうでなくても凸面鏡が(火災時だけ)張り出して設置されるようにできていれば,それでもよい。
  (5) 非常時に, 階段室の開口部の開放を建物制御室から操作できるようにする。
階段室の現場でも操作可能とするが, 混乱している時に避難者が操作することは難しいと思われるので, 建物制御室から操作可能にしておく。
開ける方向には, 現場と制御室のどちらからでもできるようにする。(閉める方向は, 現場優先とする)
平常時に現場で開けた場合には, 制御室で警報が表示されるようにする。
開口部は, 平常も透明のガラスとし, そこが非常時の開口部であることを利用者が知っているようにする。
開口部のガラスは, 割れても怪我をしないように, 割れる時には,粉々になるようにする。


  本発明の要点は, 中層・高層建築の階段として最も一般的に採用されている「内階段分離形式」の階段に, 非常時には外部に開口する開口部を備え, 非常時にはこの開口部を開放して, 「外階段」と同様になるようにし, 階段が煙突の効果を持たず, 安全な避難通路として確保され, 同時にこの階段を避難・救助の基地としようとするものである。

4.実施例
                                        (未完)

5.効果
                                        (未完)

6.特許請求の範囲(案)
                                        (未完)

以 上
 



(C) 思考の過程と TRIZ/USITの影響        (中川, 2000年 8月24日)
 

1. 問題の設定とUSIT法

 本件を考え始めたきっかけと, その最初の着想については, すでに(A)に記述した。その過程はすべて直感的に頭の中でやったのであるが, その過程を辿りつつ, もう少し論理的に説明してみよう。

   まず, Salamatovの演習問題の出題の文章を分析してみよう。それには, 文の構造が分かりやすくなるように, 改行や字下げをし, 冗長な部分を省略したりしてみるとよい。
 

問題43.

新しいビルはどんどん高くなってきて、 20階、30階、50階、100階建てのビルが出現している。

しかし、救命技術は 実質上何ら変化していない。

   今日利用可能な最長の はしご車でも 12階までしか届かない。

   また、[火事のとき、]
            階段や
            エレベータは   巨大な煙突と化してしまうので、
                       窓を通してしか人を救出できない。

   火の手はたちどころに広まり、超高層ビルを燃え立つろうそくに変えてしまう。

   ロープ、はしご、自動エレベータ、 そして  小型ヘリコプターまで 装備している救出隊も、
                                 当てにするのはやめたほうがよい。

火の付いた建物から緊急避難する
           簡単で信頼性の高い方法が必要である。

     “救命チューブ”というものが発明された。
                    残念ながら、お年寄りや子供には勧めることができない。

      G. ビルチンスキーがこのシステムを改良した。

     あなたにはさらに改良を加えてもらいたい。
            このシステムでは何がまずいか?
            もっと効率を上げ、大きさと重さを減らし、新たな機能を付け加えなさい。
            火事になるとは限らず、その場合、システムが用いられないことになってしまうから。


   この論理を整理し直して示すとつぎのようになろう。

      高層建築が増えている。(20階〜100階など)

      → 火災対策が必要

          → 避難および救命対策を取り上げる

                 →  通常の手段を用いた避難

                           →  エレベータによる避難       × 煙突になるから  [制御・駆動が止まる恐れあり]
                           →  階段による避難               × 煙突になるから

                 →  消防による救出活動

                           →  はしご車による救出           △ 12階までしか使えない
                           →  救助隊による救出 (ロープ, はしご, ヘリコプターなど)     △ あまり期待できない。
                           →  窓からの救出活動

                 →  緊急避難の手段

                           →  救命チューブによる緊急避難                                × 誰にでもは使えない。
                           →  ビルチンスキーの重力エレベータによる緊急避難      × 改良の余地が多い。
                           →     新しい緊急避難方法の提案

   このような論理で, この演習問題は緊急避難の手段の改良に進んでいるわけだが, その技術の見通しは明るくないように見える。

   もう一度元に戻って, 避難・救命対策を考え直して みると, 一番多くの人々を火災の初期の段階で救出するには, 上記の「通常の手段を用いた避難」において有効な対策を立てることが本筋であると思われる。なぜこれがだめということになったかというと, 「火災時には煙突になるから」であった。これをもう一度見直してみる。すなわち, 「煙突になる」のは必然だろうか, ならない方法が作れないだろうか, と考えたのである。それが, 本件の問題の捉え方の鍵になった考えである。

   このように, 大づかみの問題 (本件では, 「高層建築の火災における避難・救命方法」)に対して, 従来のアプローチも含めて, 全体的な問題の構造を考える (すなわち, 問題をシステムとして捉える)のがやはり大事なことである。そして, いま具体的に提案された方法 (本件では, 「ビルチンスキーの緊急避難装置の改良」)の位置づけを考え, 全体の中で反省してみることが必要である。

   このような考え方は, USITの問題設定の考え方とよく対応していると思う。USITの問題設定の方法は, このような問題体系を考えた上で行っているのである。例えば, 解決すると大きな成果が期待されるものを問題として選択するという姿勢は, 問題の一番大きな所・本質の所の解明を目指すことになる。USITの問題設定においては, このような観点を, グループの討論 (とリーダの指導)を通じて考えている。これにより, 問題を持ち込んだ担当者の当初の問題意識よりも, より本質的な問題を捉えることができている。

   また, USITでは, 何が問題なのか, 根本原因は何か, 問題の(物理的)メカニズムは何かといったことを, 問題設定の過程で考察・議論する。本件で言えば, 「どうして避難や救命活動が難しいのか」を考えることである。そして, 「避難が難しいのは, エレベータが使えず, さらに階段までも使えないから」ということを明らかにする。どうしてそれが (特に階段が)使えないのかと質問して, 「煙突になるから」と分かる。「では, なぜ煙突になるのか, そのメカニズムは何か」と尋ねると, そこに, 閉鎖された筒状の階段の問題が浮かび上がってくることになる。そこまで問題を突き詰めた結果, 本件の問題設定は極めて自然に出てきたし,着想も容易に得られたのである。
 

2.  発明説明書の執筆の過程

   この「発明説明書」という書式は, 特許申請のための準備として, 弁理士に説明するための資料の書式である。しかし, それは特許の申請書の主要部分とほとんど同じである。発明者がきちんとこの説明書を書けば, 特許部門や弁理士がほんの少し手直しし, 拡張するだけで, 特許申請書が出来上がる。

   その主要部の記述項目は, 以下のようである。

1.  発明の名称
2.  従来技術とその問題点
   2.1  発明の利用分野
   2.2  従来技術
   2.3  従来技術の問題点
   2.4  解決すべき課題
3.  従来技術の問題点を解決するための手段      (新しい発明の基本的な考えの説明)
4.  実施例
5.  効果
6.  特許請求の範囲 (案)
   本件では, 小生は一週間前に走り書きした小さなメモだけを使って, ワープロでこの発明説明書を執筆していった。執筆順序はこの書式通りである。しかし, 実際の執筆活動は, 少し書いてみると, 書いたものの後半はもう次の項目に書くべきことだと気がつくことが多かった。そこで, 後半を次の項目の下書きとしてまわし, 今書くべき項目を補足・拡張するという作業を繰り返した。

   執筆作業で最も重要だったことは, 従来技術をきちんと体系的に書き出すことであった。いままでいろいろ見聞していること (読者の誰でもが小生と同じように見聞していること)を, 論理性を持たせて書き出す作業をした。その結果として, 避難通路としての階段の構造を, まず2分類し, さらに 全体で4分類したのであった。

(A) 建物内の階段         (A1) フロアと階段が非分離
                                 (A2) フロアと階段を分離    (「階段室」)
(B) 建物外壁の階段      (B1) 非常用階段
                                 (B2) 外部通路形式
   このような, 階段の分類は簡単なことのようであるが, 大事なことである。「分類」というのは, 概念規定をしているのである。それは, いままでのさまざまの形状と構造の階段について, 適切に分類したものでなければならない。霞が関や新宿の高層ビル, デパート, ホテルの建物, 大学の建物, 高層アパート, 雑居ビルなど, いろいろのものを思い出しながら, その特徴を捉えて, 概念整理をする。いままでのものが, 基本的には,すべてどれかに入るように分類を考える。そして, もっと大事なのは, 自分が今から「発明」として提案しようとするものが, これらの従来の概念では納まらない新しい範疇のものであることを, 主張できるように, この枠組みを考えねばならないのである。

 また, 従来技術の項および従来技術の問題点の項を書くときには, 火災時における避難・救命の諸方法を概観した上で, 階段を有効に使うことの必要をまず記述している。これは, 問題の位置づけと絞り込みを記述しているのであり, 問題設定で考えたことを論理的に説明することになる。ここの位置づけをしっかり書いておけば, 問題の重要さ, そして問題が解決されたときの効果 (有効性)の主張に一層の説得力ができる。

  従来技術の問題点について, さらに, 階段の4種の分類に従って, 論理を進める。それらの 4種を火災発生時の避難通路として見たときの, 問題点を記述するわけである。すると, (A1)では火が回りやすいためにだめであり, (A2)の「階段室」形式のものが, 延焼防止を目指し, 避難通路を目指していながら, 少しでも煙が入ると煙突効果のために使えなくなるという問題を抱えているのだと分かる。避難の観点だけから言えば, 建物外壁に付けた階段(B1)(B2)は問題がない。

  それなら, そのような外階段を採用すればそれですむかというと, そうはいかない。建物の外壁に付けた階段には, 防犯上の問題が現われる。非常階段(B1)は内部から開けて放置される危険がある。外階段の外部通路の形式(B2)が高層アパートなどでよく使われているが, それはアパートの各戸ごとに鍵を持って独立して管理しているからである。このような形式をもっと一般の用途の中高層ビルにそのまま使うわけにはいかない。

  このようにして, 従来技術の問題点の記述を進めていく作業は, TRIZで問題を突き詰めて行く過程と近いものであり, 小生の頭の中では, TRIZのいろいろな考え方をフルに使いながら作業を進めていった。そこで, 発明説明書に書いた 従来技術の課題の項目と, 従来技術の問題点を解決するための手段については, 次項にTRIZの考え方をおもてに出しながら説明しよう。

3. TRIZによる矛盾の導出

  前項の分析で明らかなことは, つぎの点である。階段を「避難通路」の目的にするには, 建物内の「階段室」の形式(A2)ではなく, 建物外壁に付ける形式(B1)(B2)が望ましい。しかし, 「防犯」の観点と, 「日常の使いやすさと快適性」の観点からは, 圧倒的に建物内の形式がよく, 建物外壁につけることは(限定用途以外)一般には採用しがたい。

  この記述は, TRIZにおける「技術的矛盾」の記述そのものである。われわれは建物という技術システムを考えており, そのサブシステムとしての「階段」という技術システムを扱っている。その「階段」システムにおいて, 避難通路としての機能を良くしようとすると (外壁に付ける方向になり), 防犯性と快適性という面が悪化する。すなわち, 「技術システムの一つの面を改良しようとすると, 別の面が悪化する」という形の矛盾であり, TRIZではこれを「技術的矛盾」と呼んでいるのである。

   このような技術的矛盾に対して, 実地の多くではトレードオフを考える。しかし, なかなか適当な妥協点が見つからないから, 結局は, 低層建築では外付けの非常階段, 中高層では火災時の問題を抱えたままの「階段室」形式が広く採用される結果になっている。これを打破することが, 今回の課題なのである。

   ここで, 上記の「技術的矛盾」をもう少し注意して考えると, 別の観点が自然に出てくる。それは, 平常時と, 火災時とを区別して考える考え方である。階段は, 日常の使用においては, 使いやすく, 風雨にさらされず, 空調が効いており, そして, 防犯対策も確実であってほしい。問題は, 火災の発生時であり, そのときに階段を避難通路として確保する必要がある。火災の最中に, 風雨だとか, 防犯だとかを問題にする人はだれもいない。

   このような, 時間的な特徴を考えることは, USIT法では 「空間・時間特性の分析」として, 必ず行う。長い平常の時間があり, 突然火災発生の緊急時が発生する。この緊急時に備えて, 平常時においてどのようにしておくかが, 災害対策ということである。

   このように考えると, 階段の設計に対する要請をつぎのように記述することができる。「階段は, 平常時に使いやすく, 風雨にさらされず, 空調が効いており, 防犯対策もできているためには, 建物内になければならず, 一方, 火災発生時に避難通路として確保するためには, 建物の外壁に取り付けていなければならない。」

   この記述は, TRIZにおける「物理的矛盾」の記述そのものである。TRIZでいう「物理的矛盾」とは, 「技術システムの一つの面に対して, 正方向と逆方向の反対の要求が同時にある矛盾」をいう。本件の例では, 「階段」というシステムに対して, 平常時のさまざまな要求は, 「建物内」にあることを要求して, 火災対策としては, 「建物外」にあることを要求しているのである。一つの階段が, 「建物の中にあり, 同時に建物の外にある」という矛盾した要求下に置かれているのである。

   TRIZでは, 問題を突き詰め, 「技術的矛盾」の形で, そしてさらに「物理的矛盾」の形で定式化することを薦める。特に, 「物理的矛盾」に対しては, TRIZは非常に明確な解決のための原理を与えている。それは「分離原理」である。問題が「正方向と逆方向の反対の要求が同時にある矛盾」にぶつかったというが, 「本当に同時に (一緒に)ですか?」とTRIZは尋ねるのである。良く考えれば, 反対の要求を空間で分けられませんか? 時間で分けられませんか?その他の条件で分けられませんか?と尋ねる。本件の場合には, 平常時と火災時という明確に異なる時間帯に対して, 正逆の反対の要求 (建物内/建物外)があるのだということは, 自明である。

   分離原理を使ったTRIZの物理的矛盾の解決策の指針は明確である。時間で分離できる場合には, 「正の要求がある時間帯には正の要求を満たし, 逆の要求がある時間帯には, 逆の方の要求を満たせばよい。」 すなわち, 本件の場合でいえば, 「階段を, 平常時には, 使いやすく, 風雨にさらされず, 空調が効いており, 防犯対策もできているように, 建物内に置き, 一方, 火災発生時には, 避難通路として確保できているように, 建物の外壁に置く。」というのである。これが何を意味するか, 一体どうすればそれができるのかを, その次に考える。

   TRIZでのこの段階で, どうすればそれができるかは, 通常, 何らかの物理的 (化学・生物・社会的)原理の導入が必要になるのだと, Salamatovはいう。ここでは, 「階段を, 平常時には, 建物内に置き, 火災発生時には, 建物の外壁に置く」という「謎」を解決すればよい。

  もちろん, 本件の場合には, 大げさに言わないでも, 「階段の各階に大きな窓 (開口部)を作っておき, 火災時にそれを開放すれば, 建物の外壁に置いたのと同様の効果がある」というのは常識的な知識から出てくる。

   しかし, どうしてそれで良いのかというと, 実は, 「煙突効果」 (という物理的原理)に裏打ちされているからである。建物内の階段が火災時に良くなかったのは, 煙突効果のために,火や煙が回りやすくなり, そこを避難通路に使えなかったからである。外階段の形式は, 煙突効果を避けることを意図して,予め設計されているのである。

  もっと本質的には, 「煙突効果」というのは, 筒状部が上下に長く伸びている場合に, 下部 (あるいは中間部)で熱い空気があると, 筒内に下から上への強い空気流が発生することである。この効果は, 筒の途中に開口部を付けると, 実効的にそこで「煙突」が分断され, 空気流の発生は局部的になり, また全体として弱くなる。このような物理的効果を知っているから, 上記のように「階段の各階に窓を作れば良い」という案が, 科学的な裏付けを持ち, 期待するような効果を発揮するだろうと考えているのである。

   このように, TRIZでは, 矛盾の定式化の後で, 科学技術の諸原理を参照して解決策を作り出すのだと考えている。しかし, 科学技術の原理の考察が, このように後の段階でのみ使われるものではないであろう。TRIZを簡易化したUSITの方では, 問題設定の段階で, 問題の物理的なメカニズムを考えさせ, 根本原因の分析を行っている。

   だから, USIT流のアプローチでは, 本件で問題を考え始めた初期に, 「建物内の階段が, 火災時に煙突になり, 避難路として使えない」ということが問題だとなると, そのメカニズムを考える。そして, 「煙突効果」について考察し, 上下に長い筒状であるのが問題なのだということを理解する。「それなら, 窓を作って, 筒を分断すればよいんだ」と考えるのは, ほんのもう一歩である。
 

4.  解決策の構成と技術の付加

  上記のように矛盾を解決して, 基本的なアイデアが明確になったので, 次にするのは, そのアイデアを膨らませ, かつ技術的なことをいろいろ考慮して, 一貫した, そして実現可能性がある解決策にまとめていくことである。この作業は, 「発明説明書」の「従来技術の問題点を解決するための手段」の項目を執筆することにより行った。もちろん, いろいろ推敲しながら書き進んだのであり, アイデアが出てくる順番と記述の順番とは異なっている。それでも, 基本的な思考は, この記述の順序であったと言える。

   この基本の考えを, 「発明説明書」に書いたままに, 主要行だけ抜き出して書くと以下のようである。

(1) 平常時の便利さを考えると, 「内階段」の方式を基本とする。

(2) 防火,延焼くい止め, 避難路の確保などのために, 「内階段」の中でも, 「分離方式」を基本として採用する。

(3) 火災および地震の発生時には, 階段室の窓などを大きく外部に開放する

(4) 非常時に, 階段室で開放した窓を緊急救助の出入り口として利用する。

(5) 非常時に, 階段室の開口部の開放を建物制御室から操作できるようにする。


   これは要するに, 大原則から徐々に細部になるように書いて行ったものである。内階段とし, 分離式の「階段室」形式とするまでは, 従来法の(A2)と同じであるが, それを基本として採用した上で, (3)で火災時に階段の窓などの開口部を大きく開けることを提案している。この提案が, 本件の解決策のエッセンスである。ここで, (1)(2)の項目を記しているのは, 平常時の基本の形を記しているのであり, これらを含めて一つの案をなしているのである。

  (4)は, 階段の開口部に, 緊急救助の出入り口・基地としての機能をもたせ, それを付加価値として主張しているのである。TRIZでは, 技術システムの一部分 (一つのサブシステム)に新しい解決策が持ち込まれると, それを活かすように他の部分を再考し, さらには, 上位システムの改良にまで進むことを薦めている。本件では, 火災発生時に階段を避難して降りるだけではない。火災発生時にも, かなりの程度まで安全な場所として階段を確保している。その場所を積極的に消火活動や救助活動に利用しようというのである。外部に大きく開いた開口部を持っているので, 活動担当者の安全確保と外部との連絡が用意になり, また, このような活動の状況を外から消防関係者が直接把握できる利点がある。

  (5)は, この設備の制御のしかたに関するものである。技術システムの設計では, それをどのように制御するのかを必ず記述することが必要である。近代的な高層建築をイメージして, この機能を記述している。また, 火災という非常の場合に, その場にいる人の判断で行動できることを考えている。

  なお, これらのアイデアを書き出していく段階で有益であったのは, USITの「空間・時間特性の分析」に対応して, 時間軸に沿っていろいろな場合を考察することであった。特に, 火災発生の際の時間的な特性についても, さらに詳しく見て, 小さな火災の発生 (そして, その段階での避難), 火が一つのフロアに広がり始めた段階 (その段階での緊急避難), 火が複数階に延焼した段階 (その段階での緊急避難と救命活動), 階段室に火や煙が入ってしまった段階 (その段階での避難と救命活動)といったように, 細分化して考えることが有効であった。このように時間帯を分けて考えると, 問題点や取るべき対策が段々明確になってくる。

   本件の場合には, この解決策の記述には, すべて常識的な知識でこと足りた。問題が異なれば, もっと専門技術知識が必要になることも多い。それでも, 解決策のエッセンスは専門家でなくても書ける部分がかなりあるのだろうと思っている。

5.  発明説明書で未完の部分について

   上記の「発明説明書」でまだ書けていないことの第一は, 「実施例」である。特許のための書式としては, この場合なら, 実際に建築していなくても, 設計例を示せば十分である。本件では, 設計例を敢えて書かなくても, たいていの人には十分分かってもらえると思う。ただ, もちろん, 実効があり, いろいろな観点から優れたものにするためには,専門家がいろいろ設計して, 改良していくことが大事である。

  残っていることの第二は, 「効果」の記述である。これは本来は, モデル実験などをして確認すべきことである。期待どおりの効果を出すための望ましい設計のしかたを指針として明らかにすることも大事であろう。

  なお, 書式には, 最後に「特許請求の範囲(案)」を書くようになっている。これを書くためには, 従来の技術と従来の特許をよく調査した上で, 独自のアイデアとして何を請求するのかを書かねばならない。その書き方も, できるだけ一般的な用語を使って, 不必要に範囲を狭めず, 自分の請求範囲ができるだけ広くなるように書く必要がある。実際にはなかなか難しいので, 案を書いた上で, たいていは特許部門とか弁理士に頼んで仕上げてもらうことになる。
 

6.  技術の確立のために今後すべきこと

   まえがきに書いたように, 本件は解決策の基本を作り上げた今の段階で, 特許化をねらわず, 積極的に公表することに決めた。実際に模型で効果を確認し, 実際に設計し, 建築をしていくこと, さらに効果があるなら設計の指針を示していくことなどは, 建築関係の人達, 消防・防災関係の人達に委ねるのがよいと思うからである。

   多くの方が広く検討して下さって, よい防災対策にしていただけると幸いである。
 



(D) 注:  TRIZとUSITについて  (初めての読者のために)

   TRIZ(トゥリーズ)は, ロシア生まれの技術開発の方法論であり, 「発明問題解決の理論」といいます。アルトシュラーという人が1946年に着想し, 50年かけてその弟子たちとともに草の根組織で樹立したものです。冷戦終了後, ロシアの専門家達が欧米に移住して紹介され, 注目を浴びています。日本にも1997年から本格的に導入されています。

   技術の立場から, 科学技術の体系を見直し, 技術システムの進化の法則, 発明の原理, 発明の標準解, などを含んだ新しい体系を作りました。問題を突き詰めて, 「矛盾」を導出し, それを解決することを指導原理とし, 妥協を排してブレークスルーを行うための思考法を作り上げています。また, TRIZの開発とともに蓄積された膨大な知識ベースが, パソコンで動く便利なソフトツールとして開発されています。

   TRIZは強力な方法論ですが, 膨大な体系をなしており, そのため却って, 欧米日での企業技術者への浸透に時間が掛かっています。そこで, TRIZの精神を受け継ぎながら, 問題解決の過程を簡易化しようとしたのが, 米国で開発されたUSIT (「統合的構造化発明思考法」)です。問題設定・問題分析・解決策生成の3段階からなる簡明なプロセスを提案しています。

   日本では, TRIZは日経メカニカル誌, 三菱総合研究所, 産業能率大学, 東京大学畑村教授などが, 導入普及に尽力しており, 企業の技術者の中に少しずつパイオニアが育ってきた段階です。また, 小生は, 非営利の立場で, TRIZおよびUSITの普及のためにホームページを開き, いろいろな情報を掲載しています。

   TRIZ関連の情報は, まず, 小生の「TRIZホームページ (英文名: "TRIZ Home Page in Japan")」を参照されることをお薦めします。また, その中のTRIZ紹介の解説論文を参照ください。
      URL:  http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/
 
 
 
本ページの先頭 A. きっかけと背景 B. 発明説明書 B3. 解決策 C. 思考過程と
TRIZ/USIT
C3. 矛盾と解決策 D. 注 英文ページ

 
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最終更新日 : 2001. 2.28    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp