創造性研究古典復刻: 等価変換理論 
創造的思考の方法論
  - 主に等価変換理論について
 市川亀久彌 (故人, 元同志社大学教授)
 原典: 『Energy』, 第3巻第4号, 特集「人間と創造力」, 5-9頁, 1966年10月1日,  監修:園原太郎、市川亀久彌, 発行:エッソ・スタンダード石油, 編集人:高田宏 
 復刻: 中川  徹 (大阪学院大学)   [掲載: 2001. 9.26 ]  無断転載禁止
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編者まえがき (中川  徹, 2001年 9月25日)

本『TRIZホームページ』は, 旧ソ連で G. S. アルトシューラーが約50年を掛けて開発した創造的問題解決の技法TRIZを, 理解し・普及させることを目的としてきました。西側世界に永く知られずに開発されてきたTRIZの中に, 深い洞察と大きな可能性を私は見たからです。

しかし, 創造的な問題解決の方法論は, 世界でも日本でも古くからさまざまに研究されてきており, その中の優れたものを理解し, 正当に評価することは大事なことです。私自身もそのような方法論に関心を持ち, ブレーンストーミング法, 川喜田二郎のKJ法, 中山正和のNM法, ケプナー・トリゴー法, 富士通のEPG/CNAP法などを勉強・試用しましたけれども, 本式に学んだり研究したりしたわけではありませんでした。それでも, 日本には世界的にユニークな創造的問題解決の方法論の流れがあると感じておりました。

そのような中で, 昨年来, 川嶋浩暉さん (元日立建機) が,  市川亀久彌の等価変換理論について, 注意を喚起下さり, 今回ここに復刻しました1966年の解説のコピーを見せて下さいました。川嶋さんの推薦のメッセージは以下のようです。

等価変換理論は、TRIZの数々の手法が、それぞれどのような役割を果たすのか説明でき、またTRIZでの事例が自分の問題に結びつく [ようになる] 理論であると思います。等価変換理論の分かりやすい本は、NHK出版の『創造性の科学--図解・等価変換理論入門』 (1970年) ですが、絶版になってしまいました。(川嶋浩暉, 2001. 6.12)

私は1972-73年に掛け28日間  [6時間/日, 週1回] の市川先生の講義を受講しましたが、技術発達法則、直感のメカニズム、等価変換理論等TRIZにも共通する数多くの優れた洞察があったように思います。当時は第11回目でしたのでトレーニングコースは少なくても10年以上は続いたようです。(川嶋浩暉, 2001. 9.17)

私は, 市川先生のこの解説記事に感銘を受け, 当大学図書館にあった蔵書 5冊などをざっと目を通しました。Webサーチをして, 田辺恵吾さんの「知恵まんだら」サイトの中に等価変換理論の分かりやすい紹介があるのを知ったのもこのときです。これらの結果, 1966年のこの解説記事が最もコンパクトで分かりやすいと思いました。そこで, 川嶋さんにご助力いただき, 本ホームページへの転載を出版元と著者に願い出た次第です。

出版元は, 1966年当時のエッソ・スタンダード石油社からいろいろ変遷して, いまは, エクソンモービルビジネスサービス (有) 社が継承しています。その広報渉外部に蔵書されていた現物を借り出しさせていただき, カラーで編集された記事の図版をイメージスキャナで取り込ませていただきました。原典のレイアウトは縦書きで, 図は欄外に配置されていますが, 本サイトでは横書きで, 図をテキスト内に配置しました。テキストは中川が入力したものです。

著者の市川亀久彌先生は, 残念なことに, 昨2000年 8月26日に逝去されたとのことでした。私は先生とは面識がなかったのですが, 夫人の市川美智子様に手紙をし, 三女の伊丹はるみ様とメールで連絡して, 今回の掲載の許可をいただきました。いままで全く関係がなかったTRIZのサイトに, 無償で掲載許可をいただき, 心から感謝しております。

本件の掲載に関して, ご許可いただきました方々, またご助力いただきました方々に厚く感謝いたします。

著者:   市川亀久彌先生 (故人);  著作権継承者: 市川美智子 様 (京都市左京区在住)。  伊丹はるみ様。
出版元:   エクソンモービルビジネスサービス有限会社    (東京都港区)     (担当: 伊沢久美子様)
川嶋浩暉 様 (TRIZ コンサルタント,  元日立建機勤務)       E-mail: kawahmes@pa2.so-net.ne.jp
中野順一様 (関西国際大学) (等価変換創造学会代表幹事)
なお, 市川亀久彌先生は1915年生まれ, 1938年京都大学工学部・青柳塾卒, 1944年『獨創的研究の方法論』出版, 1965年-1981年 同志社大学理工学研究所教授。1963年から, (財) 大阪科学技術センターにて長期講座「企業における創造性開発コース」 (以後14回), および1964年から 「創造性開発ゼミナール」 (以後13回) を開催した。またこれらのコースの修了者を中心にして, 「創造性開発研究会」を組織し, 以後何回か名称を変えて, 1985年以後「等価変換創造学会」 がいまも活動を継続している。 主著は 『創造工学 - 等価変換創造理論の技術開発分野への導入とその成果』 (1977年, ラティス刊)。

この市川先生の解説記事により, 日本における独創性研究の大きな源流の一つを, 『TRIZホームページ』の読者の皆さんとともに学び, 今後に活かして行きたいと思います。最後になりましたが, 市川亀久彌先生のご冥福をお祈りいたします。



創造的思考の方法論

  - 主に等価変換理論について

                      市川亀久彌
 
図1.  創造的思考の論理としての等価変換方程式

はじめに

文明とか文化とかいわれているものは, いつの時代にか, 何人かの手によって, 発明, 発見, 創作されてきたものばかりである。したがって, 創造的労働から絶縁した人類の歴史というものはない。メソポタミヤや, エジプトに存在したとされている人類最古の文明でも, 要するに何もなかったところへ, 当時の古代人たちがそれを造りあげたものである。

ところが, その後の長い間に創造的な仕事, 建設的な大業績といったものは, わたくしたち常人の近よれない, 特殊な神秘的活動とされてきたのである。なかでも, インスピレーションなどという用語や概念は, 何ごとによらず, 偉大な価値をもつ物ごとを創造するための心のヒラメキとして, いまなお, ある種の伝説的な迫力をもち続けている。

けれどもまた, 翻って学問の歴史を別の角度からひもといてみると, いかなる大天才たちの仕事でも, 要するに現実に現れて, かつ, わたくしどもの眼や耳に触れるものである以上, その発想の合理的筋道は, なんらかの形において, 解明可能なるものとの考え方が現れているのである。スタンフォード大学のポリア (Polya, G.)  の研究によると, このような徴候は, 紀元前300年, ギリシャにおける幾何学者のパップス (Pappus) の書きものにまで遡ることができるという。
 

創造理論の系譜

周知のように, 17世紀の大天才であったデカルト (Descartes, R.) の著作とか, 前世紀から今世紀にかけての大数学者ポアンカレ (Poincare', H.) などの著作の中に, 創造的発想のメカニズムに関する, 数々の貴重な見解が残されている (巻末文献解題参照)。

20世紀の40年代にはいってからは, 前記ポリアによる 『いかにして問題を解くか』 (1945年), また, いまは故人のウェルトハイマー (Wertheimer, M.) による 『生産的思考』 (1945年), それから筆者による 『独創的研究の方法論』 (1944年) などが相継いで公刊された。おもしろいことに, この 3著者による方法論的内容は, それぞれ専門を異にするにもかかわらず, 極めて相似した発想が含まれていたのである。

戦後の, 激しい技術革新下における創造理論は, 量的にみるとアメリカがもっとも盛んである。それは主として技術開発, 企業経営などの問題に関連して, 自国の産業界の要望に密着した形をもって現れてきた。有名なオズボーン (Osborn, A. F.) によるブレーン・ストーミング法。G・Eの技師ファンゼ (Fange, V.) による企業内技術開発手法。あるいは, ハーバードのゴードン (Gordon, W. J. J.) による, シネクティックスといわれているものの提唱などは, その代表的なものである。
 

高知能と高創造との区別

創造的思考の方法論を検討するに当たって, 第一に区別しておかなければならないことは, 才能における高知能と, 高創造とは別の次元に属するものである, という理解である。1950年の終わりから現在にかけての, マッキノン (Mackinnon, D.), ゲッツェルス (Getzels, J.  W.), ジャクソン (Jackson, P.), トーランス (Torrance, E. P.) などの公表した心理学上のデータは, それぞれニュアンスを異にしていながらも, アメリカの才能評価における従来の常識に, 痛烈な批判を投げかけたことで有名である。すなわち, 彼らの実測データによると, 知能の高いもの, 必ずしも高創造力をもたないということ。また, 低いIQの持主でも、 優れた発明業績をあげていることなどが示された。筆者もまた, 1944年の前掲書において, 思考の探索確率の立場から, 高創造と高知能の問題に端緒をつけ, ついで1963年には, 思考のアナログ・オパレーションとディジタル・オパレーションを区別する見地から, 高知能と高創造の, 本質的な相違を技術論的に明らかにした。これはおそらく, 将来の教育方法論の問題とか, 才能評価の問題に, 重大な方法論新原理を提起しているものと確信する。これによって, 頭が良いとか悪いとかいっても, 従来のような, 一般的な才能評価のものさしは, 十分に意味をなさないことが判明した。それは人を使うものにとっても, また, 人に使われるものにとっても, いまや, 重大な出来ごととして注目に価するものである。
 

創造的人間のパーソナリティー

要するに創造的労働は, 機械にあらざる人間がやることであり, 当然, それに適した人間のパターンが問題となるはずである。筆者が考えている創造的人間とは, 大雑把にみると次の 9項目に要約される。

(1) 労働における高い自発性 (主体性の確立)
(2) 新しい視野からものをみる (観点の変革)
(3) 物ごとの, 枝葉末節でなく根本を掴む (本質の把握)
(4) ロングスケールでものをみる (大局的観点)
(5) 時代の流れに対する感受性 (時代感覚)
(6) 現代にあきたらない精神 (創造的ロマンティシズム)
(7) 権威にこだわらない (非権威主義 -- 反権威主義に非ず --)
(8) 新しさへの憧憬 (強い好奇心)
(9) 仕事に対する熱中性と持続性 (湯川博士の指摘された"根性")
などの特徴を綜合したものといえよう。

要するに, あらゆる創造的な業績というものは, 上記のような創造的人間が, 後述する創造の方法論を無意識の中に活用して, その結果実現したものとみなされるわけである。
 

アナロジー理論

創造的思考の全体的な構造は, 次に表示するような, 大別して 3種類のブロックわけが至当であると思われる。

 
 
  創造過程の 3ブロック
(1) 創造的直観による問題の提起 (問題の発見)
(2) 問題解決のためのアイデアの獲得 (定性的) 
(3) 確立したアイデアによる問題の実際的解決 (定量的) 
ところで, 今日までに開発されているクリエイティブ・テクニックは, 押しなべていうと, 右[上]のブロック中, (2) (3) ブロックについて威力を示しているものであり, (1) に関しては, いまだ不十分というほかはない。この (1) ブロックに関しては, わたくしどもの研究集団が, 本年の 4月にようやくその論理構造を明らかにしたばかりであり, 実用的な技術的展開は, 今後の研究に委ねられているものである。

かくして, 創造の方法論がみずからの有効性を顕示する (2) (3) ブロックでの, 中心的なテクノロジーが問題になるのである。これは従来比喩だとか, アナロジー (類推) だとか称される, 心理学的な一種のプロゼクション・メソッドにあるものとみなされてきた。このことは, 1944年〜45年にかけて公表した前掲書において, ポリアや筆者などが, それぞれ独立に指摘してきたところである。事実, 厳密な方法論的定義を求めるのでなければ, 上記のアナロジー思考なるものは, 創造的思考過程における第2ブロックで, 重大な役割を果たしているものと考えてよい。具体例に則していうと, ニュートンの万有引力の発見過程におけるリンゴの自然落下のイメージ, 湯川秀樹博士による中間子論発見過程における電磁場と光量子, 田熊常吉氏による田熊式ボイラーの発明過程における血液循環, などの創造的発想過程における役割をみると, それまで, よく知られていたことがらとしての <熟知系> が, 上記に示したような内容のもとに, それぞれの思考の出発系になっていることが明瞭である。これは, 従来からの心理学用語にあてはめていうと, アナロジーといわれている思考方法に一番近いものである。

プリンストン高等学術研究所長であるオッペンハイマー博士も, 確か数年前であったと思うが, 科学上の創造的な発想過程における思考方法として, アナロジーの役割の重要性を指摘されていたときく。また, ソ連では, 哲学者のコールマン氏がサイバネティックスを論じた雑誌論文の中で, ほぼ同様な見解を述べていたと記憶する。前記の湯川秀樹博士も20年ほど以前に, 中間子論の発想には, アナロジー的な思考が介在しているとの見解を, 自らの体験として筆者に語られたことがある。

事実, 科学史をその気になってひもとくと, ファラデー電磁気学, 金属内電子の自由運動論, ベンゼン核の発見, エディソンによる蓄音機の発明, などの中に, 前述のよう意味あいでの, アナロジー的発想は枚挙にいとまがないのである。

ところが, このアナロジー概念は, 厳密に検討してみると, 論理的には以外にも模倣的思考の性格をもっているということ。また, 過去の業績を説明する場合は常につじつまが合うけれども, 未来に向かって, プロダクティブに活用してゆくと, しばしば, 重大な欠陥として, 模倣的思惟に落ち込んでゆくことが明らかとなった。

かくして今日, 創造の技法として取りあげられている限りのアナロジー概念は, 文学的形容とか, 比喩とかいわれている世界の中でみるような, プリミティブな内容のものではない。そこには, なんらかの意味で創造的思考独自の内容が付与されたり, あるいは, 修正再定義されたりしているものである。別項の, 大鹿・金野両氏の紹介によるシネクティクス論は, 一貫してアナロジー概念の立場に立った創造論であるけれども, その内容は当然のことながら, 単純アナロジー論を越えた, 創造技法上の細かい考慮が付与されている優れた創造理論のひとつである。
 

等価変換理論

筆者が1955年に提唱した <等価変換理論> なるものは, 上記にみたような, アナロジーという用語にまつわる創造理論としての論理的矛盾や, 思考技術上のあいまいさから脱出を計るため, 創造的発想過程における前述の第 2素過程と第 3素過程とを, 改めて純技術論的に検討して, 一つの体系にまとめあげたものである。あとから分かったことであるが, その論理構造は, 湯川秀樹博士が1965年に提唱された認識論としての, いわゆる 「同定理論」 なるものの, 方法論的なスペシャル・ケースとみなされるものである。

説明の順序として, 日本発明史上のできるだけ単純な実例をもって出発してみよう。第 2図は, 半世紀ほど以前まで, わが国の農業技術の中に生きていた 「櫛の目式稲こき機」 の姿である。この手作業による稲こき機の能力は, 歴史的にみて新たな技術改革を求められていた。果たせるかな, 大正 3年にはいってから, 第 4図にみる回転ドラム式の稲こき機が発明された。

ところで, この場合の発明者の頭脳に現れた発想のプロセスは, 大要次のようなものである。

ある日, 農業技術の改善に関心をもっていた岩田氏は, 稲のよく稔ったあぜ道を, 折りたたんだこうもり傘を振り廻しながら歩いていた。ところが, すこしのはずみで傘の先端がたれ下がった稲穂に激突した。すると, どうしたことかパラパラと, 稲を離れた <もみ> が前方に飛散した。氏はこれだけの偶然の経験で, 大要第 4図にみるような新型稲こき機の着想を得たという。
 
図2.  大正の始めまで使われていた稲こき機 図3.  こうもり傘の先金具に打たれた稲穂 図4.  現代の稲こき機の原型としての回転ドラム式稲こき機

方法論的にみると, これはまず第 3図にみる経験的事実として, <衝撃を与えて稲こきをする> という, 新しい稲こきの原理が発見されたことである。これを仮に, イプシロン (ε) という符号によって表わす。ところが, この (ε) がどのようして実現してきたものであるかというと, これは, <角 [かど] のない, 細い金属棒の素早い運動> によるのである。いまこれを (c) という符号で表しておく。かようにみてくると, 第 4図にみる新型の稲こき機は, 肝心の原理部分をすべて, 第 3図の経験的事実の中に見出すことが可能となる。

ところで第 4図にみる, 回転ドラム系と, ほとんど同じ構造を持つものとしては, 当時の紡糸用糸捲機とか, ロクロとか, 捲上げ機というものがあるし, 足踏みクランク機構のごときも, スティーム・エンジンなどを持ち出すまでもなく, 足踏みロクロとか足踏み回転砥石とかがみられる。

かくして, 第 4図にみる回転式稲こき機の発明は, 第 3図の経験を出発系として, いかにして, (c)  (ε) 抽象をなし得るか。また, この(c)  (ε) 抽象に, 前述した回転ドラム系の諸機能を, いかに組み込んでゆくかということの中に求められるものである。これは, 第 5図にみるような, 筆者の提起した等価方程式のもつ論理構造に, 大局的にみて一致を示すものである。すなわち, 式中の Aは, こうもりの先端金具で打たれた稲穂。サフィックスの O (オミクロン) は, 手に握られた傘の往復運動系。B は回転式稲こき機。サフィックスの τ (タウ) は, クランク・シャフトを持つ回転ドラム系である。また矢印で, 上方に捨てられている ΣSca-i は, オミクロン系の特殊化的条件群である。具体的にいうと, 手に握られたこうもり傘であるとか, 傘の先端金具といったことがらである (実のところ, この ΣSca-i の廃棄のプロセスが忘れられたり, または十分でないときには, 先にもみた単純アナロジー論の矛盾が顔を出してくるのである)。
 
 

    .
図5.  特殊化的条件との関係を示した等価方程式

式中 ΣScb-i が矢印で挿入してくるのは, 選ばれた回転ドラム系の特殊化的条件群 (タウ系の条件群) を導入せよという符号である。また, 式中の中間項である (c)  (ε) は先にみた通りである。

第 7図は, 同じく日本人による回転油衡型油入遮断機の発明例である。その原理は, 図にみるごとく開路時の大きな電極間アークを, 左上の油ポンプによって起こされた流圧によって, 吹き飛ばす構造をもっている。これは, 当時の遮断機の小型化に貢献したものであるが, その発想上の出発系となっているものは, 実のところ第6図に示したような行水中の経験である。すなわち, 発明者が行水中に行った水のかき廻しが, 意外にも大きな流圧を肌に感ぜしめたことによるのである。これも前者と同じく, 等価変換思考 (以下ET法) の論理を満足して成功したものであることは, いまさら論ずるまでもない。
 
 

図6.  行水中に熱いお湯をうめているところ
図7.  回転油衡型油入遮断器

第 8図は, 古来よりわが国で発達した「謎々」の例である。これは詳しくみていただけるならば直ぐに分かるように, ET方程式中のAとBとの間に適当な(c)  (ε) を設定して, 両者に等価関係を確定する言語の遊戯である。
 
 

図8.  謎々の一例 (やぶれ障子とかけて何と解く ...)

等価関係の発見という命題について, 話しを少しばかり進めると, 自然といわず, 社会と言わず, 宇宙のあらゆる出来ごとは, 観点をかえて, 抽象的なところにまで踏み込んでゆくならば, 意外なところに, 意外の等価関係が発見できるものなのである。第 9図は太陽光線が当たっている樹木の写真。これに対して第12図は, 高電圧をかけられた電線から, 空気中にコロナ放電が起こっているときの写真である。もとよりこれだけでは, いまだ何の等価性もみえないが, 第 9図から葉を落とした写真としての第10図と, 第12図の放電を, 一ヵ所で詳しく写真乾板上に, 特殊な方法で感光させた第11図とを比べると, 驚くなかれ, 図に見るような何人も否定することのできない等価性が現われてくる。それはほかでもない, 両者に均等分布の法則が働いているからである。すなわち, 前者は, 太陽光線の均等分布に対応した, 生長点 (梢) の均等分布が現れたものであり, 後者は, コロナ放電物質たる陰電子が, クーロン則によって相反撥するために, 電子密度の一番少ない空間に向かって, 放電が成長していったことによるのである。
 
 












 


 
 


 
 












 

図9.  葉をつけた樹木
図10.  梢だけになった樹木
図11.  写真乾板上に作ったコロナ放電跡 (ニューランド・スコープより)
図12.  高圧ターミナルに現われたコロナ放電 (岩波・科学事典より)

かくして, 例えば上述のように均等分布則の働いているところ, 対象の如何にかかわらず, 均等分布にまつわるすべての等価関係が, 適当なアブストラクションを行うことによって現われてくるのである。これは, 創造の方法論としての等価変換思考方法が成立するための認識論てきな根拠である。

次は, 話題をかえて服飾デザインの世界に立入ってみよう。第13図と15図は, 前者が白バラで後者がウェディングドレスである。例によって, この両者間に等価関係を設定してみると, およそ第14図にみるようなものとなる。すなわち, 清潔感, 優雅感, 気品感, という条件を備えた美感として, 両者は等価関係を確立していることになるのである。したがってもし, 第 5図に示した等価方程式の概念をこれに挿入してゆくと, 当然, 白バラを出発系 (AO) として, ウェディングドレスの (Bτ) が設計できることになる。端的にいうと, 等価関係と, 等価変換との間には, 表裏一体の関係が成立っている。
 
 
  図13.  白バラ
図14.  白バラとウェディングドレスとの等価関係
図15.  ウェディングドレス

はなはだ荒っぽい議論になって恐縮だが, 第16図〜第22図は, わたくしどもの人間の頭脳がそれを意識すると否とかかわらず, 自然や宇宙の存在の仕方そのものが, 適当なアブストラクションを通ずると, 根源的に等価性を内在しているものであるという説明例を示したものである。
 
 

図16.  眼球とカメラの間の
          等価関係
図17.  音波通信系と
          マイクロウェーブ通信系
            との間に現われた
          等価関係
図18.  原子模型と
          天体模型
             の間に現われた
           等価関係

第16〜18図は, ご覧くださっただけでお分かり願えるとして, 第19〜21図について注目してみると, 始めの二つのものは人間と, エビ類との, 血液中にある有機触媒としての血色素。あとのものは, 植物が光合成をするためのクロロフィルの分子構造をスケッチしたものである。それは, Fe, Cu, Mgなる金属元素を中心核として, それぞれのNに立体交叉結合を示している。これには単なる偶然の一致より以上の, 重大な生化学的意味が含まれていると, わたくしは思う。
 
 
図19.  人間の血液中にある血色素
図20.  カニやエビの血液中にある血色素
図21.  植物の葉の中にある葉緑素

第22図は, 物理的世界における電気回路系の出来ごとと, 機械力学系の出来ごととの間にある, 本質的な等価性を, 微分方程式の形態にアブストラクションして確立したものであり, 周知のように, アナログコンピューターとか, 航空機シミュレータとかいったものは, 広い意味で, かかる等価性を最初の足がかりとして出現してきたものである。
 
 

図22.  並列機械系と
          直列電気系の
               間に現われた
          等価関係

次は, 典型的な歴史的発明例について考えよう。第24図は, 故ローレンス博士が1939年にノーベル物理学賞を受賞したサイクロトロンを示したものである。これは第23図に示した分割陽極マグネトロンを出発系とし, これの因果関係を, 逆向きにしたET法として現われているのである。筆者はこれを逆ET法と呼ぶ。
 
 

図23.  分割陽極マグネトロン (岡部金次郎博士発明)
図24.  ローレンス博士の発明によるサイクロトロン

最後に示す例は, フィードバックET法と呼ばれる例である。第29図は, 目下, 京都大学で研究開発中の核融合用超高温プラズマ発生装置の外観である。その成否の鍵の一つを握る独特のプラズマ閉込[とじこめ]磁場は, 英国のカラム核融合研究所員である筆者の友人宇尾光治博士が, 京都大学在職中に発見されたものであり, その構想の概要は, 第25〜28図にいたる思考プロセスを経ているという。これはET法の立場に立って眺めると, 問題を別の系にETして解決方法の等価モデルを発見し, 再び逆変換して解決を計るという, 典型的なフィードバックET法に該当しているものといえよう。
 
 

図25.  トーラス型放電管 図26.  右放電管内の磁力線分布

 
図27.  右磁力線分布を, 等電位面分布に等価変換して解決方法を確立 図28.  右の等電位面分布を磁力線分布の問題に逆変換して新閉込磁場を発見 (宇尾光治博士, ヘリオトロン磁場の発見)

 
図29.  京都大学で実験研究中の, 超高温プラズマ発生装置。その閉込磁場には,右のヘリオトロン磁場が用いられている。目下の推定プラズマ温度40万度

[最後の] 図は, 上記で解説したET思考方法を, 広範な技術的要請に答えるための方策として, これ一望の下に思考流れ図としたものである。筆者の影響下にあるトレーニング機関では, すでに本フローチャートをもって, 各種の技術開発が組織的に行われている。



いずれにしても, 冒頭で述べてきたような永い歴史的な背景に立つ創造理論の現代的水準は, もとより十分な段階にまで到達したとはいえないけれども, その学問的体系性を, 幸いにして確立し得たかのようである。

                                               (同志社大学教授・創造工学)




 
 
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最終更新日 : 2001. 9.26    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp