TRIZ紹介 |
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TRIZ(発明問題解決の理論)の紹介
- 創造的問題解決のための技術思想 - |
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中川
徹 (大阪学院大学),
日本創造学会第23回研究大会,2001年11月3-4日, 東洋大学 (東京都文京区白山) |
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[掲載: 2001.11.16] [英訳掲載: (中川 徹) 2002. 1.7] |
TRIZ(発明問題解決の理論)の紹介
Introduction
to TRIZ (Theory of Inventive Problem Solving)
創造的問題解決のための技術思想
中川
徹 (nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp)
大阪学院大学情報学部:大阪府吹田市岸部南2-36-1
1. はじめに要約: TRIZはロシアで生まれた技術思想であり, 創造的な問題解決のための技法である。特許の分析から, 発明の原理を抽出し, 技術システムの進化の法則を明らかにし, 矛盾を解決するための一般的な問題解決プロセスを明確にした。TRIZの普及の鍵はその簡易化にある。TRIZのエッセンスを簡潔に表現し, また, やさしい問題解決プロセスUSITを紹介する。
旧ソ連の民間で開発され, 冷戦後に西側に知られ, 最近注目されているTRIZについて紹介する。TRIZは, 「発明問題解決の理論」という意味のロシア語名称の略号を英語綴りにしたものであり, 発音は英語のTreesと同じである。
旧ソ連で1946年に, 海軍の特許審査員G.S. アルトシュラー(当時20才) が, 多数の特許の中には, 似た発想や類似の考え方が, 別の分野で, 別の時代に, 別の問題で適用されていることに気付いた。"独創的" な発明にも, 自ずからパターンがあると認識した。そこで, 優れた特許から, 発明のパターンを抽出し, それを学ぶことによって, 誰でも発明家になれるだろうと考えた。試行錯誤と偶然のひらめきに頼らなくてよくなるだろうと考えた。
彼はこの発想をスターリンに提案するが, その結果反体制的であるとして, 強制収容所に送られる。その後も, 当局の抑圧の中で, 彼は特許の研究から, 発明の原理を抽出し, ボトムアップに, 技術の新しい見方と, 技術課題に対する問題解決の技法をつくり上げていった。1970-74年に毎週日曜日に開講する研究所で弟子を養成した他は, 全く私的な草の根組織で研究・普及活動をしたのである。
彼は, 特許の事例を多数集めて, 「発明の原理」 (発明のアイデアのポイント) を抽出し, さらにそのような発明をするための方法 (彼は「発明のアルゴリズム」と呼んだ) を考え出し, その方法を他の問題に適用して有効性を検証していった。それは, すべて手作業で行われた, 実証的な研究であった。
1990年頃, アルトシュラーの弟子たちは, 旧ソ連中で200のTRIZスクール (公的な研究室/コースだったり, 私的なグループだったりする) で教え, 総計約7000名の学生が学んでいたと言われる。
ソ連の崩壊と冷戦の集結で, 多くのTRIZ専門家たちが, 米国や欧州に移住し, 西側諸国にTRIZが知られるようになった。米国で, TRIZの知識ベースを収録したPC上のソフトツールが開発され, 研修やコンサルティングなどを通じて, 大企業への普及が始まっている。
日本でも, 1996年に日経メカニカル誌が取り上げて以来, 製造業を中心とする企業で関心が高まり, 導入が試行されている。
しかし, 日本での初期の導入活動には, つぎのような問題点・弱点があった。(a) 「超発明術」というキャッチフレーズが懐疑と誤解をもたらせた。(b) TRIZの中身の情報が1970年代の教科書をベースにしたものが多く, 言葉の壁のために, 適切な情報が少なかった。(c) ソフトツールは知識ベースとしては優れたものであったが, 問題解決の思考プロセスをガイドできなかった。
本発表は, これらの問題点・弱点を正す方法を示すことを主目的として,
TRIZの全体像を簡単に紹介したい。本発表の内容は, 著者の編集するWWWサイト『TRIZホームページ』
[1] に繰り返し書いているので参照されたい。
2. TRIZの技術認識の概要
TRIZでは, 前述のように多くの事例の分析を基礎にして, 技術体系全体に対して, いくつもの新しい観点を作りだしている。
(1) 技術指向: アカデミックな科学技術の持つ抽象指向でもなく, また, 技術現場の即物的な具体指向でもなくて, これらの両方を同時に備えた「技術指向」の立場を作り出した。技術現場のための抽象性を持つ。(2) 技術システムの発展の歴史を分析し, 技術システムの諸要素の発展の方向を導き出した。また, 技術システムの発展が「理想性の向上」の方向であるとの法則を明確にした。ここで, 「理想性 = 主機能/(質量 + エネルギー + サイズ)」と考えている。
(3) 技術目標から手段を検索するための体系を作り出した。科学技術がその原理を述べるとき, 「条件設定 → (自然法則) → 効果」の形式を取る。一方, 技術現場での要求は, 自分が欲しい目標機能を実現する手段を見出すことであり, 科学技術の原理の記述形式とは逆方向であるために, 解決手段を見つけることが困難になる。TRIZでは, 技術目標の表現法そのものを階層的に体系化し, それらの技術目標に対する既知の実現手段を記録・蓄積して, 「目標機能→実現手段」の形式の知識ベースを開発した。
(4) 発明の原理40項目を抽出した。「細分化」, 「分離・摘出」,「局所的性質」など, 40の原理に対して, それぞれいくつかのサブ項目を持ち, それぞれに複数の適用事例を記録・蓄積している。
3.
TRIZの問題解決技法の概要
TRIZの本来の目的は, 問題解決のための方法を作り出すことであり, 前節の技術に対する認識を基礎としている。その結果, TRIZは「発明のノウハウ」のレベルをはるかに越えた技法の体系を作り上げた。
(5) TRIZの問題解決の基本モデルは, 下図のようである。自分の問題から, 個別に考えて, 自分の問題の解決策を見出すことは困難が多く, 試行錯誤に陥ることになる。そこで, 予め研究・蓄積しておいた多数の問題解決のモデル (ひな型) を使って, 自分の問題を適当なモデルの問題に抽象化する。そのモデルの解決策は分かっているから, それを自分の問題のケースに当てはめて, 自分の問題の解決策への具体化を図る。(6) 問題の本質を「技術的矛盾」の形式に表現して, その解決策のヒントの一覧を作った。「技術的矛盾」とは, システムのあるパラメタ (側面) を改良しようとすると, 別のパラメタ (側面) が許容できないほどに悪化する場合をいう。TRIZでは, この表現形式を明確にするために, 39種のパラメタを選定して, 39×39の問題のマトリクスを作った。そして, 多数の特許を調べて, 各特許がどのような「技術的矛盾」の問題を扱ったのか, そして40の発明原理のどれを用いて解決したのかを調べた。この分析を蓄積して, 上記の39×39の各枡目で, 最もよく使われた発明の原理の上位4種を書き並べた。このようにして得られた一覧表を「アルトシュラーの矛盾マトリクス」と呼ぶ。これは, TRIZが達成した膨大な研究成果である。
ユーザは自分の問題がこのマトリクスのどの枡目に該当するかを考え, 4種の発明の原理を自分の問題に対するヒントとして得る。このヒントを生かすためには, 柔軟な思考が必要である。
(7) 「物理的矛盾」の概念を作り, それを解決する「分離原理」を明確にした。「物理的矛盾」とは, 技術システムの一つのパラメタ (側面) に対して, 正・逆の二つの要求が同時に存在する場合をいう。このような状況は, 通常で言えば「にっちもさっちもいかない」解決不能な矛盾である。ところがTRIZは, 「物理的矛盾」にまで問題を突き詰めると, ほとんど確実に解決できることを示した。それは, 矛盾する要求をより詳しく吟味することにより, 「同時に」と言いながらも, 要求を時間的に分離したり, 空間的に分離したり, その他の条件で分離したりできることが分かる。そうすると, 分離したそれぞれの条件化で, 各要求を満たすことを考えればよい。これを「分離原理」という。
(8) 問題を緻密に分析し, まず, 「技術的矛盾」の形式に表し, さらに再定式化を繰り返して, 「物理的矛盾」の形式に導く手順を明確にした。これをARIZ と呼ぶ。
(9) 問題のシステムを, 「物質-場分析」と呼ぶ表現法で機能分析を行い, どのような場合にどのような解決法がいままで有効であったかを, 「76の発明標準解」の形にまとめた。
4.
TRIZの学習・普及の課題
以上に述べたように, TRIZは技術に対する新しい認識の面でも, 問題解決の技法の面でも, 膨大な知識体系を蓄積しており, 教科書・ハンドブック・ソフトウェアツールになっている。その内容は, 高度で豊富であり, 技術革新の大きな力に成り得ることは間違いない。
ところが, 1990年代の米国でのTRIZの普及は遅々としていた。その理由は, TRIZの内容が貧弱だからではなく, 逆に, あまりにも膨大で豊富だったからである。
2節・3節で述べた内容はすべて膨大な知識ベースを成しているから, それを理解し, 覚えるには大変な努力と時間を要する。覚えないで済ますには, これらの知識ベースをいつも手元で使えるようにしておかねばならず, 設備が要ったり, 煩わしかったり, さらに, うまく使えなかったりする。
旧ソ連では, 自分から望んで来た学生・技術者に対して, 大学院レベルの2年間の教育を施して, TRIZ専門家を育ててきた。しかし, 欧米でも日本でも, 企業技術者にそれだけの時間的余裕がない。できれば, 3日間程度のセミナーで基本を習得し, 実践できるようでありたい。
この実情を考えると,
TRIZのエッセンスとして何を教え・学ぶのか, そして, どのように簡便に実地で使えるようにするのかが,
TRIZの普及の鍵であることが分かる。
5. TRIZのエッセンス
そこで, TRIZが抽出した沢山の原理や技法をさらにまとめて, TRIZのエッセンスとは何かを理解する必要がある。それは, 知識ベースのレベルでなく, 思想のレベルでTRIZを理解することである。
著者は, サラマトフのTRIZ教科書
[2] を翻訳して, ようやくその思想が理解できた。本年3月の国際会議TRIZCON2001のときに,
著者は「50語で表現したTRIZのエッセンス」という1枚のスライドを示した。それを
(英文での構文を残して) 和訳すると, 以下のようである。
TRIZの認識:
「技術システムが進化する 理想性の増大に向かって, 矛盾を克服しつつ, 大抵, リソースの最小限の導入により」 そこで, 創造的問題解決のために,
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このように, TRIZのエッセンスを理解し,
そのエッセンスを取り入れた問題解決プロセスを習得すればよいのである。
6. やさしい問題解決プロセスUSIT
伝統的なTRIZの問題解決プロセスは, 3節で述べたように随分難しい。そのTRIZプロセスの簡易化は, 1980年代にイスラエルで試みられ, 1995年に米国フォード社のシカフスによって改良され, USIT (統合的構造化発明思考法)が作られた。著者はこれを1999年に習得し, 日本国内で普及活動をしている。
USITのプロセスは, 図のような明確なフローチャートで示される。内部の各方法には明確なガイドラインが示されており, 習得が容易である。
USITの適用には, 問題を持つ技術者たちとUSIT法を習得した者とが作業グループを作り, 問題解決に当たるとよい。ハンドブックもソフトツールも一切用いない。実地の問題で, コンセプトレベルの解決策を複数確実に生み出すことができる。
7. おわりに
以上に述べたように, TRIZはロシア生まれの新しい技術思想である。技術的な問題を創造的に解決するための技法を豊富に持っている。これを習得すれば, 技術界・産業界・学界において, 技術革新の大きな力が生まれるに違いない。
その習得のためには,
(a) TRIZの思想・体系をTRIZ教科書で学ぶ,とよい。
(b) やさしい問題解決プロセスUSITを適用する,
(c) TRIZの知識ベースをハンドブックやソフトツールなどで活用する,
TRIZは, 技術分野での創造的問題解決だけでなく,
サービスなどの非技術分野の問題解決にも適用され, また, 創造性教育の実績も
(ロシアでは) 豊富に持っている。今後, 日本においても大きなインパクトを与えるものと期待される。
参考文献:
[1]
『TRIZホームページ』, 中川徹 編集: URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/
[2]
『超発明術TRIZシリーズ5 思想編: 創造的問題解決の極意』, Yuri Salamatov
著, 中川徹監訳, 三菱総研訳, 日経BP社刊, 2000年11月。
編集ノート(中川 徹, 2001年11月16日)
本論文は表記のように日本創造学会の研究大会で発表したものです。同学会は20年近くの歴史を持っているようですが, 私は今年の夏に入会し, 今回はじめて研究会に出席し発表しました。出席者の人たちをよく知りませんでしたので, 本発表はTRIZに関する予備知識は"ちょっと聞いたことがある"程度と想定して記述しました。頁数もA4 2段組で4頁と制限されていました。このような制約の中で「TRIZの紹介」を書きました。書いてみて, 非常によい機会だったと思いました。本ホームページも随分蓄積が増え, 国内でも海外でも多くの方々が読んでくださっており, ついついいままでの蓄積を前提にした記事が多くなっています。全く新しい人がまず読んで下さるとよいページを作っておくことは大事なことでした。今回, 創造学会の許可を得て, この記事をホームページに掲載できるのはありがたいことです。 2年ぶりで, 『TRIZホームページ』のTRIZ紹介の最初の記事として掲載いたします。編集ノート (中川 徹, 2002年 1月 7日): 英訳して掲載しました。
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最終更新日
: 2002. 1. 7 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp