TRIZ(USIT)適用事例
USIT法の適用事例報告 (1) 
ゲートバルブからの少量の漏水の検査法
  中川 徹 (大阪学院大学)
  1999年 7月 2日
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はじめに

   この適用事例は, 1999年 3月に行われたUSIT法研修セミナーにおいて, Dr. Ed
Sickafusの指導のもとで, 小生とRavi Chona (Texas A&M 大学) とが問題解決を図った
ものである。この「ゲートバルブからの少量の漏水の検査法」の問題は, Ravi Chonaが提示し
た演習問題である。同氏の了解のもとに, セミナーで作成した手書きOHP シートを清書
して, 分かりやすく説明を加えた。USIT法の適用のしかたを具体的に理解するため
の資料として読んでいただきたい。

   なお, 上記のUSIT法研修セミナーの参加報告を, すでに本ホームページに掲載し
ている。USIT法の概要およびセミナーの概要について, まずその参加報告を読んで
から, 本適用事例の報告を読んでいただきたい。また, 「USIT法の適用事例報告
(2) 高圧ガス入り溶融ポリマーから多孔性樹脂を成形する場合の発泡倍率の増大」を今
回同時に掲載した。USITの問題分析法の第2の方法を適用したものであり, 本適用
事例と相補関係にあるので, ぜひ参照いただきたい。

   本件の適用事例は, 上記の研修セミナーの第 2日に行ったものである。当日は, 参加
者10名が 4チームに分かれて, それぞれ持ち込みのテーマで並行して問題解決を図った。
問題解決には,問題定義, 問題分析, および解決コンセプトの生成という 3フェーズを
段階的に行った。その各フェーズでは, 講師が方法の概要を説明した後に, 各チームが
並行して演習をし, その結果を順次全員に発表し, 討論・指導を受けた。この 3フェー
ズを午前 8時から午後 5時までの丸 1日で行ったのだから, 本件そのものについては正
味 3時間程度で行った問題解決の成果である。

   なお, ここに記述している図が, もともと手書きOHP シートとして当日作成したもの
を後日(3月17日) 清書したものであり, 本件の本文は, 今回, 当日の発表者の説明や討
論内容・指導内容を補足して, 適用事例として分かりやすく説明したものである。
 
 

1. USIT法の概要

   USIT法 (Unified Structured Inventive Thinking)は, TRIZを大幅に簡略化
した技法であり, 技術的な問題解決の最初のフェーズである「コンセプト生成」の段階
に的を絞った方法論である。1980年代にイスラエルでTRIZを簡略化したSIT法
(Systematic Inventive Thinking)が作られ, 1995年からFord社でDr. Sickafusが導入し
て改良し,USITと呼んでいる。Ford社への導入の論理および現在の社内普及・適用
活動について, Dr. Sickafusが詳しく学会発表をしている。それらの学会発表論文 2編
を本ホームページに翻訳掲載済みであり, 参照されたい。

   USIT法の技法は, その簡潔なフローチャートで表現される。セミナー参加報告に
掲載したフローチャートをここに再掲載する (図1 参照) 。USITの適用は, このフ
ローチャートに従って明確なステップを踏んで行う。以下には, 標記の問題に対して,
このフローチャートに従った問題解決の過程を具体的に述べる。
 
 

      図1.  USIT法のフローチャート (USIT研修セミナー報告(1997.3.30, 中川)より一部編集して再掲)

 

2.第1段階: 問題の定義 (図2 参照)
 

段階1-1: 問題状況の説明

 まず,最初に, 取り上げた問題についての状況説明を,問題の提案者(Chona 氏)が
行った。概略, 以下のようである。

 「この問題は, 高圧ゲートバルブの製造における検査方法の問題である。ゲートバル
ブは高い機械工作精度が要求され, 製造の最終段階でバルブの漏れを検査する必要があ
る。ゲートバルブの実際の用途は石油だとかガスだとかいろいろであるが, 検査には簡
単さのために水を用いる。高圧をかけたときに, 少量の水漏れがあるかどうか, 1分間
に 2〜3 滴程度までの確認を行いたい。検査の際には,ゲートバルブの低圧側はなにも
接続していないので, ゲートバルブの管内端面を観察できるものと考えてよい。」
 
 

     図2.  問題定義の段階 (第1段階) で作成したOHP

段階1-2: 問題設定

   問題状況の説明を踏まえて, 「問題設定」を簡潔な文として表現する。この際,問題
を一つに絞ることが大事である。解決したい問題の問題点と目的・目標を表現する。
(図2 の「問題設定」の項を参照)
 

段階1-3: 図解

   問題の説明図を簡略に描く。ここで, (ゲートバルブなどの) 技術的詳細を図にする
必要はない。実際, 課題提案者はもっと詳しい構造を知っているけれども, 問題のエッ
センスを示すためには, 図2 の「図解」欄の図の程度で十分に伝わる。図2 の右図は観
察可能な端面で, 2箇所から少量の水漏れが生じていることを表現している。
 

段階1-4: オブジェクトの選択

   問題のシステムを記述するのに必要なオブジェクト (構成要素) を列挙する。この段
階では, 関連すると考えるものをどんどん列挙している。 (図2 の「オブジェクト」の
項を参照)
 

段階1-5: 根本原因の考察

   問題を生じている根本原因, あるいは, 問題を困難にしている根本原因を明示する。
この根本原因の認識が誤っていると, 問題解決の努力が別の方向に向かってしまうので,
問題の状況を客観的に観察し, 事実関係をよく認識しておく必要がある。

   当初, 小生は, 根本原因として, 「水が透明(transparent) である」と書いた。目で
見て, 透明だから良く見えないというつもりだったのである。それに対して講師の助言
があった。「目で見て透明というのでは, 方法を狭く限定して考えすぎている。もっと
いろいろな方法を考察の対象にすることを考えよ。 "透明" というように, "   " で括
って表現しておくと良い。」
 

段階1-6: 最小限のオブジェクト群の抽出

   ここで, 段階1-4 の関連オブジェクトの列挙から一歩進めて, 本件の問題解決のため
に必要なシステムを「最小限のオブジェクト群」で記述する。問題記述の冗長な部分を
削ぎ落とすのである。本件の問題では, 結論として, 図2のように「水 (水滴) 」がこ
のシステムの最小限の (必要十分な) オブジェクトとして抽出された。

 ここの段階の認識は重要である。この課題は, 「ゲートバルブの検査」の問題として
スタートしたのであるが, 解くべき問題を絞っていくと, 「水 (水滴) の検出」 (水滴
で代表されるような少量の水の検出) の問題に還元された。ゲートバルブの検査時点で
漏れて来る少量の水の検出が本課題の目標ではあるが, つきつめると, ゲートバルブが
どんな構造をしていようが, 何十気圧の高圧を懸けていようが, あるいは, ゲートバル
ブであろうと他の部品であろうと, すべて関係ないのである。ともかく, 少量の水が滲
み出してくるのを検出することが課題なのである。

   このような課題の絞り込みは, 二つの大きな効果をもたらす。一つは, 問題解決の発
想を自由にし,より広範な解決策を見つけることを可能にしてくれることである。第二
は, 得られた解決策の適用範囲が (最初の問題に限定されずに) ずっと広範囲に渡るこ
とをよく認識できることである。
 
 

3.第2段階: 問題の分析(閉世界法とUniqueness分析)

   第 2段階では,問題をさらに分析する。USIT法は図1のフローチャートで示すよ
うに,大きく二つの問題分析の方法を持っている。一つは,この課題に適用した「閉世
界法」であり,他は(適用事例報告(2) で説明する) 「Particles 法」である。どちら
を使ってもよいし, 両方使ってもよい。ただ, 一般論で言えば, 「閉世界法」は, 問題
を抱えている現システムが明確であり, その改良を目指す場合に適している。他方の「
Particles 法」は, 課題の目標は明確であるが, まだどのようなシステムを構成すれば
それが実現できるかが明確でないような場合に適する。本件の場合は, 「閉世界法」を
使うことに最初からなっていたが, 結果として非常に適切であったと思う。

 なお, 問題分析過程の後段に, Uniqueness分析を必ず行う。
 

段階2-1: 閉世界法: 閉世界ダイアグラムを作る (図3 参照)

   閉世界法では, 最初に問題のシステムを, 「閉世界ダイアグラム」という図式で記述
する。これは, 段階1-6 で抽出した必要最小限のオブジェクト群を使って, システムと
しての機能を表現するものである。

   なお, USITでは, オブジェクトと属性と機能とを, つぎのように定義している。
 「オブジェクト」:  名詞で表わされ, それ自身で存在し, 相互作用して「属性」を
                            変化 (あるいは防止) させる。
 「属性」:   形容詞で表わされ, 「オブジェクト」を特徴づける。
 「機能」:   動詞で表わされ, 「オブジェクト」間で相互作用する。
 
 

     図3.  問題分析の「閉世界ダイアグラムの作成」段階 (段階2-1) で作成したOHP

段階2-1-1: 閉世界ダイアグラムのオブジェクトの上下関係を判断する

   閉世界ダイアグラムでは, システムを構成する (複数の) オブジェクトを, そのシス
テムの機能的目的を発現するための重要性に応じて, 上下に並べる。オブジェクトAが
オブジェクトBの直ぐ上にあるためには,つぎの条件をすべて満たしていることが必要
である。
 ・ Aが(Bよりも)より重要なオブジェクトである。
 ・ BはAを益する関係であり,BがAの属性を変化(あるいは防止)させる。
 ・ BはAに物理的に接触している。
 ・ Bが存在する主たる理由はAである。もしAが除去されると,Bは無用になる。
 ・ システムの本来の設計において,Aが(Bよりも)先に来た。 

 本件の場合には,段階1-6 で得た必要最小限のオブジェクトが「水 (水滴) 」だけで
あったから, これを最上位に一つだけ置くことが考えられるが, それではこのシステム
の意図が表現できない。そこで, 講師の指導により, 図3 のように, 「インフォメーシ
ョン」を最上位の「オブジェクト」として導入した。すなわち, 水自体がこのシステム
(すなわち検査システム) の目的ではなく, 水が存在するという情報がシステムの目的
であると認識したのである。

   なお, 「インフォメーション」を「オブジェクト」と見なすのは, USITにおいて
実践的に選択されてきた便法である。「インフォメーション」を「オブジェクト」の仲
間に入れることによって, いろいろなシステムの記述が簡便で適切になることが, 経験
的に分かってきたからである。なお, この点はTRIZにおけるシステムの記述として,
「二つのオブジェクトとその間の相互作用」という形式の他に, 「一つのオブジェクト
とその属性の測定」という形式が使われていることに対応する。この後者の形式を表現
するのに, USITでは, あるオブジェクトが, 「インフォメーション」という (便宜
的な) 「オブジェクト」を生成するという表現をしているのである。
 

段階2-1-2: 閉世界ダイアグラムに「機能」を書き加える

   閉世界ダイアグラム中で, 直接の上下関係にあるオブジェクト間での「機能」を (そ
れぞれ一つに絞って) 書き込む。ここで「機能」を一つに絞ることは,扱っているシス
テムの本来の設計意図を明確にするための努力である。ダイアグラムをできるだけ単純
に表現することが, 本質を理解する鍵であると, USITでは認識している。単純にし
て本質を理解すれば, 問題解決のための発想がそれだけ自由になるとUSITでは考え
ている。
 

段階2-1-3: 閉世界ダイアグラムに「オブジェクトの属性」を列挙する

   閉世界ダイアグラム中の各「オブジェクト」について, そのオブジェクトが持ってい
るさまざまな属性を列挙する。ダイアグラム中の「機能」に関係すると思われる属性は
もちろん, すぐには関係しないと思うような属性も, できるだけ広範囲に列挙するとよ
い。図3 のように, 各オブジェクトの下に書き並べていく。

   なお,ここで描いた「閉世界ダイアグラム」は, 扱っているシステムの本来の設計意図
を表現しているものであり, ここには,システムのどの部分や機能が欠陥・不具合・
弊害などの問題を持っているのかは表現していない。問題解決者には,「問題部分」を
表現したいという欲求があるが, USITの閉世界ダイアグラムは (まだ?)そのような
表現をしていない。
 

段階2-2: 定性変化グラフ (Qualitative Change Graph) を作る ( 図4 参照)

 定性変化グラフというのは, システムの目的とする機能, または, 現システムで問題
となっている効果が, 各オブジェクトの各属性とどのような依存関係にあるかを, 粗っ
ぽく定性的に捉えるための, ひとつの表現法である。

   グラフは, 図4 のように左右に二つ描き, その縦軸は左右同じにする。縦軸にとる
のは, システムの目的とする機能 (正表現) または現システムで問題となっている悪い
効果 (負表現) であり, どちらにとってもよい。横軸は, 関連する各オブジェクトとそれら
の諸属性をこれから列挙していこうというのである。左のグラフは, 属性と機能とが正の
並行関係にある (右上がり) 場合, 右のグラフは, 属性と機能とが逆の依存関係にある
(右下がり) 場合を示す。これらの依存関係は, 簡単のために直線で描いているが,
厳密に解釈せず,「定性的に」粗っぽく解釈するのでよい。(「横軸の左の点と右の点
で考えると,縦軸の値は右上がりの関係である」というだけのことでよい。)
 
 

     図4.  問題分析の「定性変化グラフの作成」段階 (段階2-2) で作成したOHP

   本事例では, グラフの縦軸に「インフォメーション生成」という「機能」を取った。
「水」というオブジェクトの属性について, 図3 の下段に列挙したものを, この「機能」
と正の依存関係を持つか, それとも, 負の依存関係を持つかで分類していく。例えば,
水が「液体」であるという属性について, さらに「液体の体積」に注目すると, 体積が
増えればインフォメーションが増えるから, 「正の依存関係」と判断して, 左の図の下
段にこの属性を記入する。また, 水が無色であり透明であるという属性は, この属性の
程度が強くなればインフォメーションが得にくいのだから, 「負の依存関係」と判断し
て, 右の図の下段に記入する。段階2-1-3 で列記した属性をすべてこのようにチェック
し, また, 途中で新たに気がついた属性もどんどん書き込んでいく。正/ 負の依存関係
がないものは, 無関係であるとして図4 には記入しなくて良い。 (本事例では, オブジ
ェクトが一つだけであったが, もし複数あれば, 各図の横軸のところにそれらのオブジ
ェクトを横に並べ, その下にそれぞれの属性を書いていけばよい。)

   定性変化グラフの作成は, システムの「機能」または問題を生じている「効果」と依
存関係にある諸属性を列挙し, 正または負の依存関係に分類していく作業を意味する。

   このグラフは, つぎのように考えることを促すものである。
   ・ システム「機能」の発現が弱い場合 (例えば, 右上がりのグラフで, 当該属性が
        左端部にある場合) について, 「機能」の発現を強化する方法を考えられないか?
 ・ 問題「効果」が強い場合について, 問題「効果」を減少する方法を考えられない
        か?
  ・ 「機能」の強化のために一つの「属性」をある方向に変化させようとすると, 別
        の属性が連動して変化し, その結果として「機能」の強化を妨げる状況が起こるこ
        とがあるか? −−これは, TRIZにおける「技術的矛盾」の場合に対応する。
これらの考え方を刺激されることによって, 分析者は問題解決のための方策を少しずつ
頭の中で考えるように誘導されている。
 

段階2-3: 「オブジェクト- 属性- 機能」宣言文 (省略)

 図1 のUSIT法のフローチャートでは, この段階が記述されているが, 今回の研修
セミナーでは省略された。

    注: USITの教科書によれば, この宣言文(OAF宣言文) は, つぎの形式の文である:
            「オブジェクトOaの属性Aa と オブジェクトObの属性Ab とが,
                 機能F に関わり (support し),                 
                 その機能F が オブジェクトOcの属性Ac に作用する (affect) 。」
       
   図式的にいうと, つぎの形式を持つ:


                                        
    なお, ここで, オブジェクトOcは, オブジェクトOaまたはObと等しいこともあ
     り, 異なることもある。

    このOAF 宣言文の集合体をまとめて図式化したものを, 後の問題解決の 4つの
        技法での観点整理に使う。ただ, 随分難しい図式化であり, 今回の 3日間の研
        修セミナーでは, 最初から省略され, 一切説明されなかった。
 

段階2-4: Uniqueness分析: 機能の空間的・時間的特性の分析 (図5 参照)

 問題の状況を認識するために, 二つの定性的なグラフを描く。グラフの縦軸は, シス
テムの「機能」または問題の「効果」を表わす。横軸は, 一つのグラフでは「空間」の
特徴を捉えたものであり, 他のグラフでは「時間」の特徴を捉えたものである。このグ
ラフも厳密な関係を書こうとするのではなく, 定性的な依存関係を捉えることが肝要で
ある。
 
 

     図5.  問題分析の「Uniqueness分析」の段階 (段階2-4) で作成したOHP

   本事例では, 縦軸は「漏れ」 (すなわち検出すべきインフォメーションの量) を表わ
した。空間特性としては, ゲートバルブの内壁の円周に沿ったものを考え, バルブの縁
の所々から漏れが生じることを表現している。また, 時間特性としては,検査の加圧後
の経過時間を採用し, 水の漏れが徐々に蓄積され, ある程度の時間を経た後は, 誰の目
にも明らかになるという状況を示した。できるだけ早い段階で (少量の漏れの段階で)
検出できることが, 本検査システムの目標である。

   このUniqueness分析は, 空間的および時間的特性の分析を通じて, TRIZにおける
物理的矛盾」の検出を試みていると解釈される。「物理的矛盾」が認識されれば, 「
空間的分離」または「時間的分離」を主としたいくつものTRIZの標準的な解決策を
参考にして, 比較的容易に解決策の案を導き出すことができよう。
 

 注意: ここまでの段階を,問題定義と問題分析として記述してきたが,これらの段
    階の文やグラフを書き出している過程で,さまざまな発想が刺激され,実際に
    は,つぎのコンセプト生成の段階でのアイデアの種が自分の中にできてきてい
    る。それが明確に意識されたら,図の横にでも,あるいはメモ用紙にでもちょ
    っと書き込んで,あとで忘れないようにしておくとよい。
 
 

4.第3段階: 問題解決のコンセプト生成

 USITには,図1に示すように,4種の問題解決方法がある。Dr. Sickafus の説
明によれば, つぎのようである。

(a) Dimensionality法: 属性に注目する。
     ある属性を活性化する/ 非活性化する。
    可変な属性を固定 (一定) にする, あるいは, 一定の属性を可変にする。
    時間的属性から空間的属性へ, また空間的属性から時間的属性に変換する。 

(b) Pluralization 法: オブジェクトに注目する。
    オブジェクトを複数にする (掛け算する)/あるいは分割する (割り算する) 。
    無限大や無限小の極限を考える。  

(c) Distribution法: 機能に注目する。
    機能を再配置する (切り替え, 代替, 重ね合わせ, 分離, 複合など)

(d) Transduction法: 属性- 機能- 属性のリンクに注目する。
    二つの機能を属性を介してリンクさせる。
      属性- 機能1 - 属性- 機能2 - 属性

   USIT法ではこれらの方法を適用するための厳密なガイドラインは持っていない。
どれからでもよいから適切と思うものから適用していけばよいとしている。また, 得ら
れた解決策を一般化することを薦めている。何か一つの具体的な着想が得られれば, そ
れを一般化して表現するとともに, そのカテゴリに属する他のいくつもの着想を連鎖的
に獲得しようというのである。また, 上記の 4種の方法を繰り返し繰り返し適用してい
くことを薦めている。ともかく, 技術的な詳細に関わらずに, また可能性の有無のチェ
ックにこだわらずに, できるだけ自由な発想で, 多くのコンセプトを生成することを薦
めている。
 

段階3-1: Dimensionality 法の適用によるコンセプトの生成

   この「漏水の検査」の問題, あるいは, もっと適切には, 「水の検出」の問題では,
水というオブジェクトの諸「属性」に注目する「Dimensionality法」をまず適用するの
が適切であると判断した。そして, 図4 の定性変化グラフの下段に書き出した諸属性の
一つ一つを手掛かりにして, 水の検出法を洗いだして行った。その結果が図6 および
図7 に記述したものである。
 
 

     図6.  コンセプト生成の「Dimensionality法」の段階 (段階3-1) で作成したOHP

 

     図7.  コンセプト生成の「Dimensionality法」の段階 (段階3-1) で作成したOHP (その2)

   この結果は, 自分でも驚いたほど, つぎからつぎへと方法をリストアップできた。ど
んな属性でも (蒸発するとか, 中性 (pH=7) だとかでも), その属性を手掛かりにして
(こじつけでもよいから) 何かの方法を作りだすことができた。この過程で特に有効だ
と思ったことは,日常生活でのさまざまの事例を思い出し, 結びつけてくることである。
このことの有効性は, TRIZのさまざまの適用でも感じたことであり, このテーマ
の特性ではないと思っている。なお, 水の面による光の反射だとかもセミナーで討論し
たが, この図7 には省略した。
 

段階3-2: Pluralization 法の適用によるコンセプトの生成

   Dimensionnality 法でどんどんコンセプトを出して行ったあとで, 次にPluralization
法を適用した。これは, Uniqueness分析における「空間的」特性の分析から誘発された
ものである。図5 に示すように, 水の漏れはゲートバルブの内壁の円周に沿ってところ
どころで起こる。どこで起こるかは予測できない。この状況で水を検出するためには,
一つの検出法を使って円周をぐるりと一周して確かめるのが基本的な方法である。それ
を, もっと効率的にするには,円周のどこで水漏れが起きても直ちに検出できるように
したい。要するに一点用の検出方法から, 多数点 (連続点) での同時検出を考えるので
あり, それは, 検出器を「多数化」する, あるいは「並列化」することである。これは,
Pluralization そのものである。
 
 

     図8.  コンセプト生成の「Pluralization法」の段階 (段階3-2) で作成したOHP

   図8 はPluralization の一端を示している。すでに得たさまざまの「試験紙」を使う
方法は, 直ちに並列化でき, ゲートバルブの内面全体に対応する円形の試験紙を作れば
よいことが分かる。これは, 検出が効率化されただけでなく, 水漏れの位置情報と量の
情報をも容易に提供する。

   電極を円周に配置しているのは, 円周に沿ったどこででも, 外側の電極と内側の電極
との間に通電が起これば, 水を検出できるという案である。実は, (今になるとどう考
えていたのかはっきりしないが, 電極の直列接続のイメージを持っていて, 自分でもも
う一つすっきりしていないままで) 小生が全員の前でこの絵を描いたところ, 参加者の
一人が, 「ああそうか, 並列化する良いアイデアだ」と言ったのであった。
 

4.2 コンセプト生成に関する補足

   セミナーの当日は時間的制約があり, 上記までで, コンセプト生成を終えた。本質的
なことは一応これでできているように思う。いくつかの点の説明を補足しておきたい。

(1) 図6 のDimensionality法でのアイデアの中で, 解決策が複数のものを組み合わせ
   ている部分がある。例えば,
   蒸発熱 → 熱した棒を接触させて蒸発させる。
         → 蒸発のときの音を聴く
            → 蒸発の時の音を小型マイクで拡大して聴く
   これらは,機能をリンクさせるという「Transduction法」を無意識のうちに実行してい
   るものである。一つのアイデア (あるいは技術) をさらに有効にするためにどんどん拡
   張していっているのである。

(2) 図6 で硫酸銅の試験紙を使う案を書いている。これは, 裸の銅イオンは無色であ
   るが, 水を吸って水和した錯イオンになると青色になるという知識があって, それを使
   っている。何らかの技術知識があると, より具体的になるという例である。もしこのよ
   うな技術知識を持っていなければ, 「水を吸うと発色するものを使う」といったアイデアに
   なるだろう。そこに具体性がなくても, ともかくアイデアとして書いてみることである。
   具体的な手段は, 後で技術知識を持つ人に補ってもらうことができる。

      また, ここで, 「水を吸うと発色するもの」という一般的な言葉を使っていることが,
   上記の「Generification (一般化) 」の例であり, アイデアを拡張する上で大事であ
   る。このカテゴリの中でいろいろな試薬を探す道が開ける。また, 「水を吸うと脱色す
   るもの」, 「水を吸うと変色するもの」などというように発展できる。このような発展
   のさせ方は, 発想を拡大するときの常道である。例えば, 「水を吸うと音を出すもの」
   という (抽象的なアイデアとしての) キーワードを思いつけば, 例えそれがありそうに
   なくても, 記述してみるとよい。実際, 上記の「熱した棒」は, 「水を吸うと音を出す
   もの」として, 日常誰もが知っていることである。                
 
 

5.まとめ

 本適用事例では,「ゲートバルブの少量の漏水の検出」という問題を,「少量の水 
(水滴)の検出」という問題に絞り込んで,USIT法の「閉世界法」を適用して問題
解決を図った。この事例では,USITにより,短時間で非常に豊富な解決策のコンセ
プトを生成することができた。

 この事例で特に有効であったUSIT技法の要素は,つぎの点である。
 (1) 問題定義段階で, 最小限のオブジェクト群に問題を絞り込んだこと。
  (2) 「閉世界ダイアグラム」を描いて,オブジェクトの諸属性を書き出したこと
 (3) 問題解決のDimensionality法が, 解決策の観点を豊富に与えた。
 (4) 空間特性のUniqueness分析から, Pluralization 法への明確な指針が得られた。
 (5) Trunsduction法による連鎖的展開と, 一般化 (Generilication) による発想の拡
大が, 解決策を発展させることに有効であった。

   セミナーにおける小生の自戒の一つは, 「問題解決過程の中間時点で, 何か一つ
のアイデアを得て, それが良さそうに思ったときにも, それにこだわりすぎてはいけな
い。これがベストだと思いこみすぎてはいけない」ということである。自分の思考過程
をもう少し客観化し, (USITあるいはその他の) 問題解決のプロセスを適切に踏ん
で, できるだけ自由な気持ちで, さまざまのコンセプトを生成することが望ましい。

   この点で, TRIZなどの「教科書問題」は非常にやりにくい。すでに教科書に書い
てある「答え」が「正解」であり, そこに辿り着くのが正しいのだという先入観がある
と, なかなか自由な発想ができないからである。同じ問題でも, 背景の状況が変われば
また別の解決策が良くなることがある。この点で, 現実の問題で真剣に問題解決を図ら
ないといけないと思う。
                                       
   なお, この適用事例をまとめながら今回認識したのは,USIT法が非常に効果的に,
問題解決策空間の「幅優先探索 (Breadth-first search) 」を支援していることであ
る。問題解決策の空間が, いま, 仮想的にトリー構造をしていると考える。試行錯誤の
方法は, このトリー構造の末端部分近くを, 個別的にまた飛び飛びに探索しているのだ
ろう。一方, 専門分野の技術者は往々にして, このトリー構造の一つの部分木で「深さ
優先探索 (Depth-first search) 」をしていると思われる。これに対して, USITは,
この問題解決策空間のトリー構造を (部分的にながら) 明らかにして, そこで幅優先
の探索をしようとしているのだと思われる。この認識は, 技術的な問題解決の初期段階
で, 複数の解決策コンセプトをできるだけ迅速に生成しようというUSIT法のねらい
を, 抽象化して述べたものであろう。ただ, 自分にとっては, 非常に重要な認識である
と思い始めている。
 

   最後に, この適用事例を指導頂いたDr. Ed Sickafus と, 問題解決のパートナー
Ravi Chona に改めて感謝する。

                                                                                             以 上
 

             
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最終更新日 : 1999. 7. 3     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp