TRIZフォーラム:  セミナー参加報告 
USIT法研修セミナー 参加報告

  講師:  Dr. Ed Sickafus (Ford Scientific Lab.)
   時:      March 10-12, 1999

  報告者:  中川  徹 (大阪学院大学)  1999. 3.30

名称:     USIT法研修セミナー (USIT Training Seminar) 
時:    1999年 3月10日〜12日   (8:00 〜17:00)
所:       デトロイト (Novi Hilton Hotel, Novi, Michigan, USA)
主催:     NTELLECK社 (Grosse Ile, Michigan, USA)
講師:     Dr. Ed. Sickafus (Tech. Director, NTELLECK; Ford Scientific Lab.)
               email:  "ens" <ntelleck@ic.net>, esickafu@ford.com

概要:

  USIT法 (Unified Structured Inventive Thinking,  統合的構造化発明思考法) は,
TRIZを簡略化したイスラエルのSIT法(Systematic Inventive Thinking,  体系的
発明思考法) を改良して, Ford社のSickafus博士が開発・適用しているものである。Ford
社では4 年間で 800名の技術者を訓練し, 実地適用の実績を持つ。今回がFord社外者を
対象にした初めての研修である。小生他10名が参加した。

  USITは, 技術開発・問題解決のための最初の段階であるコンセプトの生成を行う段
階に集中した技法である。問題定義のための技法, 問題の分析のための二つの方法 (「閉
世界法」と「Particles 法」),  および, 解決策のコンセプトを得る 4種の技法とからなる。
これらの技法を使用するのに, 明確な流れ (順序) が作られており, 用語の概念がしっかり
規定されており, また, 各技法が単純化されている。技術的詳細を扱わないので, TRIZ
流の知識ベースを使わず, また, TRIZの発明の原理に対応する部分も大幅に簡略化さ
れている。Ford社においては, 技術部門から持ち込まれた問題に対して, USITの専門
チームが当該技術グループと合同で,  2〜3 時間のセッションを4〜5 回持つことで, そ
の問題のコンセプト生成までを行うという。

 当研修では, 講師がいろいろな問題を例に挙げつつ, 技法の概念を説明し, また, 別の例
題を用いて講師の誘導に参加者が答えつつ問題解決を図っていく。さらに, 各参加者には
自分の問題を持ってくることが要請されており, 2名または 3名のグループで, USIT
法の手続きを踏んで問題解決を行った。「講師の説明,  4グループ並行の20〜30分の演習,
そして60分の共同発表・討議」を 3回繰り返すことで, 各問題の問題定義・分析・コン
セプト生成を実際に行い, 技法を習得した。上記の二つの問題分析法に対応して, この演
習を 2セット行ったので, 計 8題の実地問題で演習した。

  講師の説明が明快であり, 沢山の事例で技法を繰り返し学んだこと, また, 自分の問題に
ついて問題解決のやり方を習得できたことなど, 大変有益であった。説明のテンポは随分
速かったが, 小生は予めUSITの教科書をかなり読んでいたので, 内容を確実に理解す
ることができた。

  USIT法の習得は, TRIZよりもはるかに容易である。また, 適当なエキスパート
が育てば, Ford社のように, 技術者グループと共同で問題解決を図るやり方が実践できる
ものと思われる。なお, Ford社では, コンセプト生成後の技術検討の段階には別の技法が
あるものとしているが, 日本の状況では, 技術者自身がコンセプト生成と技術的検討の両
方を(段階を追って)行うように, 技法を改良・構築していく必要があると考える。

(1) 資料と背景

  USIT法のFord社への導入の考え方については, つぎの 2編の論文が最近発表され
ており, 小生はこれらを本ホームページに翻訳紹介してきている。
  [1] "Injecting Creative Thinking into Product Flow", Ed Sickafus
          First TRIZ International Conference, 1998 年11月, ロサンジェルス
 [2] "A Rationale for Adopting SIT into a Corporate Training Program",
          Ed Sickafus, TRIZCON99: First Symp. on TRIZ Methodology & Application,
          1999年 3月, デトロイト

  USIT法の内容については, 手頃な論文が発表されていないのが残念であるが, 詳細
教科書が出版されている。
  [3] "Unified Structured Inventive Thinking -- How to Invent", Ed Sickafus,
         NTELLECK, Grosse Ile, Michigan (1997). 488頁。

  この教科書の出版社NTELLECKは, Ford社の承認のもとに, Sickafus博士がUSIT
法の普及のために興したものという。つぎのWWW サイトに, 同博士が教科書の案内, 論
文の紹介, セミナーの企画などを載せているので参照されたい。
    http://ic.net/~ntelleck

  今回のFord社の社外に対するUSIT法研修セミナーは, Ford社の承認のもとに特別に企
画されたものという。小生は昨年11月の学会以後Sickafus博士の論文の翻訳などで連絡
を取っていて, 本件研修セミナーの企画を打診され, 直ちに参加を希望した。同博士の熱
意とFord社の好意により, この技法がFord社の内部に止まらず, 世界的に広がる道がで
きたことは嬉しいことである。

(2) 研修プログラム

第 1日 午前:   USIT法の概要説明
      午後:   閉世界法による問題の分析 (説明と小演習)

第 2日 午前:   根本原因の分析法    実地問題グループ演習A-1 ( 問題定義)
      午後:   演習A-2 ( 閉世界法による分析),  演習A-3 ( コンセプト生成)

第 3日 午前:   Particles 法の説明  実地問題グループ演習B-1 ( 問題定義)
          午後:   演習B-2  (Particles 法によ分析),  演習B-3 ( コンセプト生成)

(3) USIT法の概要

 USIT法の全体構成は, つぎのような流れ図によって明確に示される。 (注: この流れ
図はSickafus博士の原図に, 中川の解釈を入れて一部修正したものである。)



 

(4) USIT法における問題定義プロセス

  つぎのプロセスを追って進む。

  ・  一つの問題を取り出す

  ・  短い文で問題を表現する

  ・  簡単なスケッチを描く

  ・  根本原因を文で表現する   (必要なら, 根本原因分析を行う)

  ・  関連のオブジェクト群をリストアップ   (限定的技術用語を避け, 一般化)

 ・  問題に関与する最小限のオブジェクト群に絞る

  なお, 問題を捉える際に, 技術の詳細, 数値, 図面, 仕様, コスト, 納期などを, 考慮の外
に置くことが指示される。コンセプト生成段階ではこれらを考慮せずにできるだけ幅広く
考えるようにする。そして, 得られた多数のコンセプトを, 後続の技術的検討の段階にお
いて, これらの詳細をも考慮して具体化するとともに,「技術フィルタ」として具体案をセ
レクトするのに用いる。

(5) USIT法における「閉世界アルゴリズム」による問題分析

  USIT法の問題分析技法には二つあり, どちらを使ってもよい。どちらかというと,
(問題がある) 現行システムを改良するアプローチに向いているのが, 本法である。つぎの
ように進める。

 ・  閉世界ダイアグラムを構成する。
         (これは, 現システムのオブジェクトとその間の機能を表現したもので, 元の
           設計者の意図を表現する。)
           [TRIZの物質- 場分析に対応する。]

  ・  「定性変化グラフ」を作る。
         (このグラフの縦軸には, 「問題」となる効果を取る。横軸は, システムの各
          オブジェクトで関連する諸特性を書く。これらの諸特性を増加させたとき,
          問題の効果が, 増大する/ 減少する/ 無関係に分けることが, この定性変化
         グラフを描く目的である。)
           [TRIZの技術的矛盾の導出を簡略化した]

(6) USIT法における「Particles 法」による問題分析

  この方法は, TRIZの"Smart Little People" を取り入れたものである。"People"を苛
酷な状況に置きたくないという無意識の心理が分析者に働くのを避けるため, イスラエル
のSIT 法以後"Particles" と呼ぶのだという。つぎの手順で進む。

  ・  問題状況のスケッチを描く

  ・  理想解の状況のスケッチを描く
         [TRIZのIdeal Final State に対応する。]

  ・  上記の中間状況のスケッチを描く

  ・  中間・理想解状況のスケッチ中に, "Particles" ( 魔法の粒子) を配置する。
         (基本的には,変化が必要な所に配置する。)

 ・  上記の"Particles" に達成して欲しい行動 (Actions)を記述する。
     (行動群を, AND またはORの条件を指定しつつ, 階層的に詳細化する。この詳
           細化した図をSickafusはAND/OR Tree と呼んでいる。)

 ・  上記の詳細化した個々の行動をするための, "Particles" の性質の可能性を列挙する。
          (この性質として, 自然法則に従ったものを記述する。ここが魔法ではない。)

  これらの図表の作成の過程で, ろいろな着想が誘発される。それらの着想は, すでに
コンセプト生成に近いものであるから, 着想を大事に記憶し, メモをする。

(7) USIT法の「Uniqueness」分析

  USIT法では, 上記の閉世界法またはParticles 法の後に, もう一つの分析過程を置い
ている。これを「Uniqueness分析」という。

  ・  問題状況 (および理想解状況) の問題となる効果の空間特性を定性的に描く。

 ・  問題状況 (および理想解状況) の問題となる効果の時間特性を定性的に描く。

  これらの空間/ 時間特性を明確にすることにより, 問題に対する解決策の方向の示唆が
得られる。すなわち, 空間/ 時間分離などである。この意味で, Sickafus博士はこれを分析
技法と問題解決技法の中間に位置づけている。
     [TRIZの物理的矛盾の導出とその解消策に対応する。]

(8) USIT法の問題解決技法とコンセプトの導出および報告

  つぎのような 4種の方法を適宜かつ繰り返し用いればよい。

  ・  Dimensionality法:   オブジェクトの属性に注目し, 操作する。
    属性を活性化/ 不活性化する。
         可変属性と不変属性の切り替え。
         時間と空間の変換など。

 ・  Pluralization 法:   オブジェクトに注目し, 操作する。
        オブジェクトを多数にする/ 分割する。
        オブジェクトをゼロから無限大まで。

  ・  Distribution法:     機能(functions) に注目し, 操作する。
        機能を再配置する (切り替え, 変更, 重ね合わせ, 分離, 複合など)

 ・  Transduction法:     機能と機能をリンク・連結する。

 これらの問題解決法は, TRIZに比べると非常に単純化されている。容易に記憶でき
る程度であり, また, システムのどのような面に注目し, 操作するのかが整理されていて,
分かりやすい。
       [TRIZの発明の原理やその他の解決技法とのさまざまの関連がある。この点
        を今後もっと明示できるとよいと思う。研究課題である。]

  USITでは, これらの技法で得られたコンセプトを, さらに「一般化する」(Generify)
することを薦めている。具体物にとらわれずに, それを機能的・属性的に抽象化すること
により, より柔軟で応用性ができるという。 

  なお, USITでは, 上記の分析や問題解決のさまざまの段階でアイデアが出てくるか
ら, それを書き留めていって, 最後に複数のコンセプトとしてまとめていく。これらのコ
ンセプトには, 技術的詳細は必要ない

(9) 実地問題のグループ演習

  今回の参加者は, 小生 (大学) の他, Texas A&M Univの機械科から教授他 4人, U.
Michiganの品質管理の教授 1人, コンサルタント 2人, 企業技術者 2人であった。演習
で行った持ち込みの実地問題テーマにはつぎのようなものがあった。

  ・  キャタピラで, 軟弱路面でも進行でき, 硬い路面でも路面を傷つけないもの。
 ・ 電気トースタで両面が均等に焼けない問題
 ・  高圧ゲートバルブからの少量の漏水の検出
  ・  触媒の周りに反応で生成する水の除去方法
 ・  ロックゲート式運河で, 船を安全・迅速にロックに入出させる方法
 ・  スキーリフトの空席時の横風スイングの回避
 ・  高圧ガス入り溶融ポリマーから多孔性樹脂を成形する場合の発泡倍率の増大
  ・  車両上で潤滑油を 2年間均等に絞り出すための仕組み

  講師のSickafus博士は, 実験物理学者であり, これらのさまざまな問題に対しても, そ
の広く深い学識からのアドバイスには示唆されることが多かった。分析の段階ではあまり
顕著でないが, コンセプト生成の段階になると, 技法の知識よりも, その人が素養として持
っている科学技術知識の広さと質がそのまま問題解決の成果に顕れるのだという。

(10)  USITはTRIZ方法論の一つか? Yes!

 以上に述べたように,SITUSITはTRIZを非常に簡略化したものである。そ
こで,イスラエルの人たちはSITという名を使い,Sickafus博士はUSITの名を使っ
ている。しかしながら,少なくともこの「TRIZホームページ」においては,SITも
USITも,TRIZ方法論の中の一つのバージョンであるとして扱っていきたい。

小生の最近の理解では,TRIZの近年の発展の最重要課題は,TRIZを世界中のずっと広
範囲の技術者たちが使えるように適応させることである。Altshullerが創出したさまざま
の知見と技法を使うための手続きを明示すること, 技法を簡易化すること, 知見や技法を
使いやすいソフトウエアとして実現すること, などはすべて, TRIZの現代化のために
現在世界中で追求されていることである。それらは, Altshullerが確立した「古典的TRIZ」
を乗り越えて, S-カーブ上で, 新しい世代のTRIZを創り出すための努力なのである。
このような認識のもとに, USITを現代のTRIZ方法論の一つのファミリメンバとし
て扱うことが自然であると小生は考える。
 

  以下に当日の写真 2枚を掲げる (鮮明でないのが残念であるが)。
 

 

  また, 今回の研修の成功を受けて, Sickafus博士は社外向けセミナーの第 2回を 5月初旬
に計画しているとのことである。小生は,特にTRIZをすでに学習した人たちに,
ぜひ薦めたい。
 

[1999. 7. 7.  追記(中川) :   このUSIT研修セミナーで小生が扱った2件の実地問題の適用事例を
       本ホームページに掲載した。ぜひ参考にされたい。適用事例報告(1), 適用事例報告(2) ]
 
 
本ページの先頭 USITの全体構成図 Sickafus論文1(98.11)  USIT Seminar 
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最終更新日 : 1999. 7. 7    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp