TRIZ解説

TRIZ適用事例1:
TRIZ技法活用による技術課題のイノベーション的解決

有田 節男 ((株)日立製作所)、
津波古 和司 ((株)HGSTジャパン(旧(株)日立GST) 

日本規格協会『標準化と品質管理』、
Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 25-30
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
掲載:2013. 5. 8  [許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 3月21日)

本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 8編 (全53ページ) 中の第4の記事です。総説の記事3編の後を受けて、TRIZの適用事例5編の最初に位置しています。TRIZ特集については親ページ を参照下さい。

日立グループは、1997年以来TRIZを (その他の開発・設計プロセス工学技術と共に) 積極的に導入し、TRIZ適用事例が4500件を越えているとのことです。本稿には、ハードディスク開発部門でのアプローチを紹介し、ハードディスクの面上の傷に対してリカバリする方法を開発した経過を説明しています。また、第2の事例として、韓国の Hundai-Kia Motors での、エンジンの改良事例を紹介しています。これは、第6回TRIZシンポジウム2010で発表されたものです。先行する他社特許を徹底して調査した上で、それを回避しつつ、より優れたものを開発していったプロセスを丁寧に説明したものです。大いに参考になる事例です。

本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版 を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるように (著者から提供された Word原稿に基づき) HTML形式でも記述します。本件の掲載を許可いただきました、(財)日本規格協会と 著者の有田節男氏と津波古和司氏、そして事例を発表された韓国の Dr. Hong-Wook Lee に厚くお礼申し上げます。

本ページの先頭 PDF 目次 論文先頭(HTML) 1. 実問題へのTRIZ適用 2. 事例1: ハードディスクの問題 3.事例2: 可変圧縮比エンジン 参考文献 特集親ページ 英文ページ

   『標準化と品質管理』掲載    PDF版  (1.9 MB)

目次

1. 実問題におけるTRIZ適用法

TRIZの課題解決技法、TRIZの適用事例

2. 日立GSTでのハードディスク開発におけるTRIZの適用事例

技術用語とTRIZのパラメータ、TRIZの発明原理とHDD特許、ハードディスクの構造とハードエラー事例、技術的矛盾の定式化と矛盾マトリックスの適用、発明原理の適用、エラーリカバリの解決策

3.Hyundai-Kia Mortors R&D における TRIZ利用の可変圧縮比エンジンの開発コンセプト

先行他社の特許を回避する必要、アイデア創生プロセスの全体像、トリミングによる先行特許の回避、別アイデアの創出による補強、潜在的な問題点の検討、機能の拡張、新しい方式の提案

参考文献


解説:

TRIZ適用事例1

TRIZ技法活用による技術課題のイノベーション的解決

有田 節男 ((株)日立製作所) 
津波古 和司 ((株)HGSTジャパン (旧(株)日立GST)) 

日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 25-30
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法

 

1. 実問題におけるTRIZ適用法

実問題にTRIZを適用するにあたっては、まず問題を定義し、次にTRIZの課題解決技法を適用して問題を解決することが重要である。日立製作所では、図1に示すように、問題解決、未来予測、不具合分析に分類してTRIZの課題解決技法を適用するようにしている。本稿では、これらの課題解決技法を駆使し、かつ問題を解決するためにユニークな工夫を図った適用事例について紹介する。

図1 TRIZの課題解決技法

多くの企業ではTRIZの適用事例を所有しているが、中々公開されていないのが現状である。本稿ではこれまでに日本TRIZシンポジウムで発表された公開事例の中から、分かりやすくかつ大きな効果を得た、TRIZの典型的適用事例 2件(日立GST社及び韓国の現代・起亞自動車)について述べる。

まず、日立GST社 (現HGSTジャパン) のハードディスク製品開発におけるTRIZの適用であり、製品分野に特化した技術パラメータを定義し、これを用いた技術矛盾マトリックスと40の発明原理を利用して問題を解決した事例を紹介する。

次は、韓国の現代・起亞自動車において可変圧縮比エンジンの開発コンセプト創出にTRIZを適用し、単なる特許回避のアイデア創出にとどまらず、代替案の創出、予想される不具合の回避、機能の拡張と様々な視点でアイデアを創出した事例である。

2. 日立GSTでのハードディスク開発におけるTRIZの適用事例 [1]

社内のTRIZ教育で真っ先に習得するのが矛盾マトリックスと発明原理である。よってハードディスク(HDD)の製品開発において、まずエンジニアが試みることは、問題解決に技術矛盾マトリックスを適用する機会が多い。そしてTRIZの初心者のエンジニアがまず迷うことは、技術的問題をどうやってTRIZの問題に置き換えるかである。

すなわち普段使っているHDDの技術用語とTRIZが取り扱う矛盾パラメータに置き換えることに戸惑うエンジニアが多いということである。そこで表1にあるようなHDD用語とTRIZ矛盾パラメータとの相関表を作成した。これはごく一部ではあるが、この表を参考にすることによって、TRIZ初心者でも業務で直面する技術問題をTRIZの48のパラメータに置き換えて考えることができるようになった。

表1.  HDD技術パラメータとTRIZの矛盾パラメータの相関表

また発明原理の理解を助ける目的で、表2にあるようなTRIZ発明原理とHDDですでに使われている特許および新技術の相関を示す表も作成した。これら2つの表により、技術問題をまずTRIZ矛盾パラメータに置き換え、そこから発明原理を選択し、さらに解決策(特許)に置き換えるといった一連の流れを通常業務において気軽に行えるようにTRIZ初心者教育に組み込んだ。この手法は当社におけるTRIZを使った問題解決の最も主流のものとなっている。 

表2. HDD特許とTRIZ発明原理

次にこの手法を使って技術問題を解決した過去の事例を紹介する。図2図3に簡単な説明が示してある。HDDはヘッドが回転するメディアの上を数ナノメートルの高さを飛行しながら、メディアに書かれた情報を読む(リード)のだが、メディアの上に傷などの突起物があるとヘッドがそれにぶつかり、データを読むセンサー部分にダメージを与えたり、データである信号にノイズがのって、正確に読み取ることができなくなる。そこでこのような突起物をどうするかが大きな技術問題となった。

図2 HDDの内部構成

図3. スライダーのリードハードエラーのメカニズム

まず図4でこの技術問題をTRIZの矛盾パラメータで置き換えてみる。改善したいパラメータとしてスライダーの飛行高さを選んだ。これは矛盾パラメータにおける“移動物体の長さ・角度”に対応すると考えた。HDDの新製品において容量を増やすにはどうしても飛行高さを低くせざるを得ないという宿命を持っている。そのためにそれまで見えなかったさまざまな小さな傷などの突起物が見え始めたりする。

図4. 矛盾マトリックスの適用1

悪化するパラメータとして、電気信号上の雑音の増加、読み取りセンサーへのダメージの増加を選び、これらに対応する矛盾パラメータとして“雑音”と“信頼性・ロバスト性”を選んだ。

図5には、矛盾マトリックスから導出された発明原理“もうひとつの次元”が示されている。これをもとに考えだされたアイデアが低回転エラーリカバリー方法である。HDDのヘッドは、常に一定の高さを維持して飛び続ける。すなわちメディアと平行した1次元の直線上を移動していることになる。そのためエラーを読み取る繊細なセンサー部分と同じ高さの突起物があると、どうしても一番弱いセンサーがダメージを受けてしまう。そこでヘッドが移動している直線とは別の次元、すなわち垂直方向を利用することになる。

図5 矛盾マトリックスの適用2

図6に示すように、メディアの回転数を落とすことによりヘッドの飛行高さを意図的に下げて、突起物にヘッドの頑丈な部分をぶつけることにより突起物を破壊するといったアイデアである。この方法は当時画期的にHDDの読み取り精度をあげることに成功した。そしてこのアイデアは、米国および日本で特許として登録されている。

図6 低回転エラーリカバリー方法 (特許)

技術問題を会議でTRIZ用語に置き換えて、矛盾マトリックスを眺めて、ひとつひとつの発明原理をもとに解決策がないかを思案する、その間約30分程度であった。いろいろやって行き詰まった時の切り札としても役立つと確信する。

3. Hyundai-Kia Motors R&D におけるTRIZ利用の可変圧縮比エンジンの開発コンセプト創出例 [2]

ガソリンエンジンの圧縮比を大きくすると熱効率は向上するが、エンジン出力はノッキングにより低下する。この工学的矛盾を解決するための基本的考えは既にあり、エンジンの圧縮比を運転状態に応じて制御することが知られている。複数の他社重要特許があるが、これらを回避するアイデアを創出することが本開発の狙いである。マルチリンクタイプの可変圧縮機は大量生産の点で優れており、韓国の現代・起亞自動車ではこの方式の特許を回避する方式を検討した。

現代・起亞自動車によるTRIZ利用の可変圧縮比エンジンの創生プロセス全体像図7に示す。まず、特許回避のアイデア創生のために、TRIZの一手法であるトリミングを適用した。開発者らは、コンパクト化で問題となるコントロールリンクを削除し、既にあるリソースを利用してこの機能を代替することを考えた。

図7.  TRIZ利用の可変圧縮比エンジンの創生プロセス

トリミング問題からのアイデア創出においては、図8に示すように、まずコントロールリンクを廃止し、かつコントロールリンクの機能を既にあるリソースを利用して生成することを考え、軌跡を維持する方法を捜し出すことを検討した。TRIZの発明原理14「局面原理」と発明原理15「ダイナミックス性原理」からヒントを得て、コントロールリンクを廃止して、この機能をコントロールスロットで果たすアイデアを創生した。

図8. トリミング技法利用によるコントロールスロット方式の創生

TRIZではシステム中に存在するリソースを利用して要求される機能を達成させるという重要な考えがある。上記の検討プロセスでは、既に複数の他社重要特許がある中から、コントロールリンクの機能をシステム中のコンポーネントを活用して代替することで、従来システムとは異なるシステム構成を創出することにTRIZが効果的に活用されている。

これで可変圧縮比エンジンの創生プロセスが完了したのではなく、更に本アイデアに関して対抗戦略を検討し、図9に示すように、コントロールスロットをアッパーピンに連結する別アイデアを創出し、攻めるアイデアにまで内容を高めた。

図9. コントロールスロットをアッパーピンに連結する別アイデアの創生

さらに、現代・起亞自動車の開発者らは創生した図8のアイデアに潜在的な問題点がないかを検討し、コントロールスロットの構造に着目した。コントロールスロットとコントロールピンとの隙間が適切か、コントロールスロットの均質性の確保は大丈夫か、スロットの熱膨張による変形はどの程度になるかを検討した。ARIZを用いて、隙間が減少すると、コントロールスロットはピンウォールをガイドするが、摩擦が増大すると考えた。逆に隙間が増加すると、摩擦は小さくなるがピンをガイドすることが困難になることも考えた。

この技術矛盾を解決するために、小さな賢人達のモデルを用いてコントロールスロットとコントロールピンとの接触状況を評価し、コントロールピンの形状を変更することを検討した。結果として、図10に示すように発明原理13「逆発想原理」を利用してコントロールスロットをコントロールバーに置換するアイデアを創生し、予想される問題を事前に解決するようにした。

図10  コントロールスロットをコントロールバーに置換するアイデアの創生

さらに、開発者らは、図11に示すようにコントロールスロットの機能を拡張することを考え、IFOS (Inverted Function-Oriented Search) により、コントロールスロットの取付け法を工夫してバルブの変位量を変更可能な可変変位エンジンを創出した。

図11 可変変位エンジンの創出

以上のように、本TRIZ適用事例では、単なる特許回避のアイデア創出にとどまらず、代替案の創出、予想される不具合の回避、機能の拡張に至るまで様々な視点でのアイデア創生を図っており、TRIZ適用法及びシステム構築網羅性として大いに参考になる。

参考文献

[1] 有坂 寿洋、津波古 和司、鈴木 博之:開発エンジニアのためのTRIZ推進活動とその実務適用例、第3回日本TRIZシンポジウム予稿集、2007年9月  [注:『TRIZホームページ』掲載: 2008. 3. 9]

[2] Hong-Wook Lee, Won Gyu Kim 他3名:TRIZを用いた可変圧縮エンジンの開発コンセプト、第6回日本TRIZシンポジウム予稿集、2010年9月  [注:『TRIZホームページ』掲載: 2011. 9.19]

 

 

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最終更新日 : 2013. 5. 8  連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp