TRIZ研究ノート:  ASIT(2) 
イスラエルのSIT法とその利用 (2)
ASITの五つの思考ツールとその適用例
 Roni Horowitz (start2think.com, イスラエル) 
 出典: TRIZ Journal, 2001年 9月号
 和訳: 中川  徹 (大阪学院大学) 2001年12月 1日
      [掲載: 2001.12.10]
 

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編集ノート (中川  徹, 2001年12月 2日)

本稿は, イスラエルのASIT法 (Advanced Systematic Inventive Thinking) の開発者である Roni Horowitz の解説記事を翻訳したものである。この解説は, TRIZ Journalに掲載されたものであり, 本編を含めて 3編よりなるシリーズの第2編である。原題は "ASIT's Five Thinking Tools with Examples" である。和訳・掲載を許可いただいた著者およびTRIZ Journalに厚く感謝する。

     著者:  Dr. Roni Horowitz (start2think.com, イスラエル)  email: Roni.Horowitz@start2think.com      WWW:  http://www.start2think.com
     TRIZ Journal: 編集者  Dr. Ellen Domb,   http://www.triz-journal.com/

本編では, ASIT法の5種の思考ツール (問題解決技法) の適用法を, 一つずつの例題で説明している。例題は技術的なものから非技術的なものまでさまざまである。技法の適用が, 非常に明確で単純なステップになっていることがASITの特長である。

本ホームページに, 第1編, 本編(第2編), 第3編 および Dr. Horowitzの1997年の論文を和訳掲載しているので, 参考にされたい。特に, ASIT法の位置づけや Dr. Horowitzのプロフィール, Webサイトなどについて, 第1編およびその編集ノート(中川)を参照されたい。
 

本ページの先頭 1. 統合法 2. 乗算法 3. 除算法 4. 対称性の破壊 5. オブジェクト除去 結論 第1編 第3編 Horowitz論文1997



 

ASITの五つの思考ツールとその適用例

はじめに

このシリーズの解説(1) (TRIZ Journal 2001年8月号; [和訳, 本ホームページ2001.9.11掲載])において, TRIZからASITに進んだ主要な4ステップについて記した。そのうちの一つのステップは, TRIZの40の発明の原理をASITの5種の思考ツールに変換するものであった。その5種とは, 統合 (Unification), 乗算 (Multiplication), 除算 (Division), 対称性の破壊 (Breaking Symmetry), およびオブジェクトの除去 (Object Removal) である。本稿では, ASITのこれら5種の思考ツールについてさらに詳しく説明し, それぞれの分かりやすい適用例を示そう。これらの事例で広い多様な領域をカバーし, 応用可能な分野が広いことを例示しよう。

(前稿に書いたように) TRIZの40の発明の原理をASITの5種のアイデア生成ツールに, つぎのようにして簡略化した。すなわち, 特定の問題だけに関わる原理を除去し, あまり使われない原理を除去し, 類似の原理たちをグループにまとめた。

個々の技法を詳しく述べる前に, ASITの5種の思考ツールをまず簡単にまとめておこう。

  1. 統合 (Unification):  既存の構成要素の一つに新しい使い方を与えることによって問題を解決する

  2.  
  3. 乗算 (Multiplication):  既存のオブジェクトのコピーでわずかに変容させたものを, 現在のシステムに導入することにより, 問題を解決する。

  4.  
  5. 除算 (Division):  一つのオブジェクトを分割して, それらを部分として再編成することにより, 問題を解決する。

  6.  
  7. 対称性の破壊 (Breaking Symmetry):  対称的な状況を非対称な状況に変換することにより, 問題を解決する。

  8.  
  9. オブジェクトの除去 (Object Removal):  一つのオブジェクトをシステムから除去することにより, 問題を解決する。
それぞれのツールを適用するには, 5段階のプロセスを用いる。第1ステップは, 問題世界を定義するもので, 問題のオブジェクトたちと環境中のオブジェクトたちを列挙する。第2ステップは, 思考ツールの適用の準備であり, 関連するデータを集め, 少数の簡単な決定を行う。第3ステップが, 実際に思考ツールを適用する段階であり, アイデアが生まれるところである。第4ステップで, そのアイデアが一つの文として捉えられ, そして, 第5ステップで, それが拡張され, 4〜5個の文に詳細化される。

それでは以下に, 思考ツールの詳細な記述と, その適用例を説明しよう。

 

1.  統合 (Unification) 法

つぎの問題を用いて, 統合法 (Unification tool) を例示しよう。(TRIZの古典的な事例である。)

種々の (金属) 材料が酸性環境に耐えるかどうかをテストする実験は, 以下の仕様による。さまざまの圧力と温度を試料 (金属の立方体) に加える。試料は検査されるべき材料で作られ, 一つの金属容器の中に置かれる。(その容器は, 酸の容器として使われると同時に, 環境条件を制御するのにも使われる。) 試料を容器から取り出してから, 酸がどのようにその試料に作用したかを検査する。問題なのは, 酸が容器をも攻撃するために, 容器自身も被害を受ける (酸に侵される) ことである。
統合法を用いてこの問題を解こう。
注: 解決技法を説明するにあたって, 本稿ではつぎの形式を一貫して用いる。[和訳では特に,解決技法の指示項目を, 赤色で示した。] 中括弧{ }内 [和訳では{ }内で青色] で記したのは, ツールの指示に従った問題解決者の応答を示す。[原文で] 小さいフォントの部分は [和訳では黒色の字下げで示し],  関連するステップの追加説明である。
ステップ1.  問題世界を定義する

    問題オブジェクトを列挙せよ。

{酸, 容器}
問題オブジェクトは, 望ましくない効果を生じるのに実際に関わっているものをいう。このために, 「試料」は問題オブジェクトに含めない。「試料」は害を与えず, 被害を受けることもない。
    環境オブジェクトを列挙せよ。
{試料, 空気}
ステップ2.  統合のために準備する。

    望ましくない効果を定義せよ。

望ましくない効果は, 問題を非常に短く, 事実に則して記述したものである。通常, 「オブジェクトXがオブジェクトYに作用して, どういう被害を与える」という形式で記述する。
{酸が容器を攻撃する}
この定義が全く単純で創造性を要求していないことに, 注意されたい。問題解決における間違った段階で, 問題解決者があまりにも利発に振る舞おうとすることを, ASITは防いでいる。
    望ましくない効果を無くすような, 望む行動を導け。
望む行動は, 通常, 望ましくない効果に「...を妨げる (防ぐ)」という語を加えることによって導かれる。望ましくない効果の記述から, 望む行動への記述に進むことは, 小さな自明のことのように見えるけれども, その重要性は主として心理的なものである。すなわち, 事実の記述から, 行動の記述へ転換するのである。
{酸が容器を攻撃するのを妨げる}
読者の中には, 「これはすでに解決策に非常に近い」という人がいるかもしれない。私の返事は, 「解決策はわれわれが求めているものではないか?」である。心理的法則であれ, なんであれ, 「解決策を見つける試みをする前にわれわれは堂々巡りをしなければならない」 と宣言しているものはない。
    望む行動を遂行するための一つのオブジェクトを選べ。
{試料}
もしあなたがTRIZの講師なら, コースの参加者のつぎのような反応をよく知っていることだろう。「先生は解決策をすでに知っているから, 「試料」を選んだのでしょう。」

たしかに, 私が解決策を知っていたことは認めざるをえない。しかし, 本当に, 「一つずつのオブジェクトを, 解決策に到達するまで, [順番に] 選んでいく」というのが, この方法の考えである。ここでは簡潔さのために, 解決策に導くオブジェクトを選んだのである。

ステップ3.  統合 (Unification) を適用する。

    選択したオブジェクトが望む行動をしているところを想像せよ。つぎの点に留意のこと:
        -  選択したオブジェクトを変容させることができる。
        -  その他のオブジェクトたちを変容させることができる。

ここではわれわれは単に, 「酸が容器を攻撃するのを, 試料が妨げている」ところを空想すればよい。(この行動を助けるのに, これら三つのオブジェクトのそれぞれを変容させてもよい。)
ステップ4.  あなたのアイデアの核心を一文で定義する。
{試料が酸を容れてしまい, その結果, 酸が容器と接触するようになるのを妨げる。 }
ステップ5.  アイデアを3〜5の文に詳細化する。
{試料にドリルで孔を開け, その孔に酸を注ぎ込む。このようにして, 酸は容器に接触することはない。試料は十分大きい必要があり, 酸が漏れないようでなければならない。}
(ステップ2〜5を, 満足できるアイデアに到達するまで繰り返す。)

 

2.  乗算法 (Multiplication tool)

乗算法をデモするのに, 私は意図的に非技術的な問題を選んだ。ASITの思考ツールたちが本当に一般的に適用できることを示したかったからである。

問題はこうである。

あなたの子供が家に帰ってきて, あなたは子供の幼稚園での今日のできごとをみんな知りたいと思っている。あなたが「今日はどうだった?」と尋ねた。息子は, 「良かったよ」とだけぶっきらぼうに答えて, テレビをつけた....
ステップ1.  問題世界を定義する。

    問題オブジェクトを列挙せよ。

{子供, その子の今日一日の物語, テレビ, 親}
    環境オブジェクトを列挙せよ。
{幼稚園}
ステップ2.  乗算のために準備する。

    望ましくない効果を定義せよ。

{子供が親に物語を話さない}
この定義が全く単純で創造性を要求していないことに, 再度注意されたい。問題解決者はあまりにも速くにあまりにも利発になろうとする傾向がある。ASITはそれを防ごうとしていくる。
    望ましくない効果を無くすような, 望む行動を導け。
今度は何かが起こるのを防ぐという必要はなく, 逆に, 何かが起こるようにする必要かある。
{子供に自分の物語を話させる}
    望む行動を遂行するための一つのオブジェクトを選べ。
{物語}
ステップ3.  乗算 (Multiplication) を適用する。

    選択したオブジェクトの新しい複製で, 少し変容させたものを問題世界に追加し, それがあなたの望む行動をしているところを想像せよ。つぎの点に留意のこと:
        -  新しいオブジェクトは既存のものと全く同じでなくてもよい。
        -  新しいオブジェクトと元来のオブジェクトとの間に望む相互作用があってもよい。

ここではわれわれは単に, 「新しい物語を持ち込んで, 子供に彼自身の物語を話すようにさせる」ところを想像すればよい。
ステップ4.  あなたのアイデアの核心を一文で定義する。
{幼稚園での一日の一つの新しい物語が, 子供に彼自身の物語を話すようにさせる。 }
ステップ5.  アイデアを3〜5の文に詳細化する。
{私たちは自分の子供につぎのようにいう。「いいよ。幼稚園でなにがあったかお前が話さないのなら, 私が代わりに話してあげよう。」そして, その子の幼稚園での生活について知っているこまごましたことや事実に基づいて, 物語を話し始める。子供は自分自身の物語にに引きつけられ, 物語の中のこまごました間違いをすべて訂正するだろう。 }
注:  私は実際にこれをやってみた。それは完璧にうまくいった!
(ステップ2〜5を, 満足できるアイデアに到達するまで繰り返す。)

 

3.  除算法 (Division tool)

除算法をデモするためにつぎのような問題を使おう。

登山家たちは, 気圧を測定するための高度な電子式の気圧計を使う。気圧計の製造元は, その製品に対する沢山の苦情を受けた後で, その装置の中の小さな電子部品が山岳地帯の極寒に対して敏感なことを見つけた。その製造元は寒さに耐える新しい気圧計を開発しようと決めた。調査した結果すぐに分かったのは, 寒さの影響を受けるその小さな部品の代替品を見つけるのが不可能そうなことであった。その製造元がほとんど諦めかけていたとき, 技術者の一人がその問題を解くすばらしいアイデアを思いついた。
ステップ1.  問題世界を定義する。

    問題オブジェクトを列挙せよ。

{気圧計, 寒い空気}
    環境オブジェクトを列挙せよ。
{登山家, 山, 氷, 雪}
ステップ2.  除算のために準備する。

    [訳注:  つぎの2つのサブステップが原文に記述されていないが, 実行すべきものであろう。]
                      望ましくない効果を定義せよ。
                      望ましくない効果を無くすような, 望む行動を導け。

    [望む行動を遂行するために] 分割すべき一つのオブジェクトを選べ。

{気圧計}
    このオブジェクトの部品たちを列挙せよ。
{ディスプレイ, 電子部品, 結線, 圧力センサ}


ステップ3.  除算 (Division) を適用する。

    一つの部品がその他の部品たちから離されたことを想像し, つぎの条件下で何が起こるかを考えよ:
        -  その部品が別のところに移される。
        -  その部品が他の部品たちとは別の扱いを受ける。
        -  その部品が異なる時間帯に現れる (または消える)

{その電子部品を別の所に移したらどうなるだろう? }
ステップ4.  あなたのアイデアの核心を一文で定義する。
{その電子部品を登山家の身体の所に移す。 }
ステップ5.  アイデアを4〜5の文に詳細化する。
{その電子素子を気圧計の他の部分から分離し, 登山家の身体の所に移す。登山家の身体は37℃に保たれている。その素子は気圧計に電線で結合される。製造元はその素子を身体に取りつける手段をもった気圧計を提供する。 }
[訳注:  つぎの一文も原文では省略されている。] (ステップ2〜5を, 満足できるアイデアに到達するまで繰り返す。)

 

4.  対称性の破壊の方法 (Breaking Symmetry tool)

つぎの問題で, 対称性の破壊の方法をデモしよう。

普通のローソクは, 燃えているときに蝋が蝋が垂れ, 周りを汚す。燃えなかった蝋がローソクの側面を滴り, 蝋の滴が周りを汚すのである。ローソクの蝋が滴るのを防ぐ方法を提案せよ。
ステップ1.  問題世界を定義する。

    問題オブジェクトを列挙せよ。

{蝋, 熱, 炎}
    環境オブジェクトを列挙せよ。
{芯, 空気}
ステップ2.  対称性の破壊のために準備する。

    [訳注:  つぎの2つのサブステップが原文に記述されていないが, 実行すべきものであろう。]
                     望ましくない効果を定義せよ。
                            望ましくない効果を無くすような, 望む行動を導け。

    [望む行動を遂行するために] 非対称にすることができる一つのオブジェクトを選べ。

{蝋}
    このオブジェクトの [属性の] 変数たちを列挙せよ。
{半径, 長さ, 融点, 色}
ステップ3.  対称性の破壊 (Breaking Symmetry) を適用する。

    一つの変数を選択せよ。選択したオブジェクトがこの選択した変数に関して [以下の状況で] 異なる値を持つことを想像せよ。
        -  さまざまの異なる場所で
        -  さまざまの異なる時に

{蝋が異なる場所で異なる融点をもつとするとどうなるだろう?}
ステップ4.  あなたのアイデアの核心を一文で定義する
{ローソクの外縁部の蝋が, 内部の蝋に比べて高い融点を持つ。 }
ステップ5.  アイデアを4〜5の文に詳細化する。
{ローソクの外縁部は, 融点が高いので, 内部の蝋に比べて数分遅れて融ける。このため蝋の薄い壁が [外縁に] でき, 融けた蝋が滴るのを防ぐだろう。 }
[訳注:  つぎの一文も原文では省略されている。] (ステップ2〜5を, 満足できるアイデアに到達するまで繰り返す。)

 

5.  オブジェクトの除去の方法 (Object Removal tool)

つぎの問題で, オブジェクトの除去の方法をデモしよう。

ヘリコプタが技術的な問題を起こしたとき, 現状では, パイロットがヘリコプタから脱出することができない。考えられる案は, パイロットを上方に放出し, そしてパラシュートで降下することである。しかし, これは [現在]不可能である。なぜなら, ローターにぶつかる危険があるから。
ステップ1.  問題世界を定義する。

    問題オブジェクトを列挙せよ。

{パイロット, ローター}
    環境オブジェクトを列挙せよ。
{空気, ヘリコプタ}
ステップ2.  [オブジェクトの] 除去のために準備する。

    [訳注:  つぎの2つのサブステップが原文に記述されていないが, 実行すべきものであろう。]
                      望ましくない効果を定義せよ。
                      望ましくない効果を無くすような, 望む行動を導け。

    [望む行動を遂行するために] 除去する一つのオブジェクトを選べ。

{ローター}
ステップ3.  [オブジェクトの] 除去 (Removal) を適用する。

    選択したオブジェクトが問題世界から除去されていることを想像せよ。

{ローターを除去するとどうなるだろう?}
ステップ4.  あなたのアイデアの核心を一文で定義する。
{パイロットが放出される直前に, ローターが除去される。 }
ステップ5.  アイデアを4〜5の文に詳細化する。
{パイロットは脱出する決心をしたのだから, そのときには, ヘリコプタは機能していず, ローターは実際もはや不要になっている。ローターの軸に爆薬を仕掛けておき, 脱出の直前に爆発するようにすればよい。 }
[訳注:  つぎの一文も原文では省略されている。] (ステップ2〜5を, 満足できるアイデアに到達するまで繰り返す。)

 

結論

本稿はASITの5種の思考ツールについて述べた。これらのツールが普遍的で, 広く適用でき, 分野に依存せず, 容易に学習できることを示してきた。ここの例題では, 思考ツールたちをその純粋な形で適用しており, 各問題を解くのにただ一つのツールを適用した。二つ以上のツールを適用することもまた可能である (例えば, オブジェクト除去法で一つのオブジェクトを除去し, ついで, それが持っていた作用を統合法 (Unification) によって充足するなど) けれども, それは本稿の範囲を越える。

本シリーズの次稿では, 新しい製品を発明するために, ASITのツールたちを適用する方法について述べよう。
 

参考文献
 


 
本ページの先頭 1. 統合法 2. 乗算法 3. 除算法 4. 対称性の破壊 5. オブジェクト除去 結論 第1編 第3編 Horowitz論文1997

 
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最終更新日 : 2001. 12.10     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp