TRIZフォーラム | |
「札寄せ」しながら考える (12) 〜 日本社会の貧困を考える [A] 高齢者の貧困化 (7) 政策の検討と提言 (完) | |
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中川 徹 (大阪学院大学)、2016年 1月 6日 |
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責任編集: 中川 徹(大阪学院大学) | |
掲載: 2016. 1. 7 |
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編集ノート (中川 徹、2016年 1月 4日)
本ページは、藤田孝典著『下流老人』をテキストとして、その第7章を、「札寄せ」ツールを使って「見える化」したものです。この本の最終章です。本ページの趣旨については、親ページ(日本社会の貧困を考える、[A] 高齢者の貧困化)を参照ください。
原著第7章の構成は以下のようです。
『下流老人−一億総老後崩壊の衝撃』、藤田孝典著、朝日新書520、朝日新聞出版、2015年 6月30日刊、pp. 199-208。
下流老人は国や社会が生み出すもの
日本の貧困を止める方策は?
制度を分かりやすく、受けやすく
生活保護を保険化してしまう?
生活の一部をまかなうものとしての生活保護
住まいの貧困をなくすこと
未来の下流老人をなくす−若者の貧困に介入せよ
下流老人の問題に希望はある−貧困・格差と不平等の是正へ
人間が暮らす社会システムをつくるのはわたしたちである
この最終章において著者は、「最後に、わたしなりの下流老人に対する提言をまとめておきたい。・・・わたしたちの社会をどのように構築し直していけばよいのか、やや挑戦的、試行的に述べたい。」と書いています。
いつものやり方で「見える化」を試みました。最終章での論理を (跳びがなく) 明確にすることを心がけましたので、抜書きの密度が少し高くなっています。札寄せの図では、「問題状況の認識・基本認識 → 検討・考察 → 提言(と補足)」という著者の考察の過程を左から右への流れで表現し、また、提言自身の段階的な順番と内部構成の論理的順番(したがって、その提言のベースになった問題状況の認識と考察の対象項目)を上から下への流れとして、二次元的に表現しました。(このような表現法は、やりながら作り上げたものです。)札寄せ図の詳細版(3頁)を作った後で、もっと全体を一望できる必要があると考え要約版(1頁)を作るのに苦労しました。最後に、この要約版を見ながら「まとめ」を文章化しました。
きちんと読むには、PDF版をご覧ください。要約版PDF(1頁)、詳細版PDF(3頁)。
このHTMLページには、まず、要約版について、縮小全体図を示し、その後に、文字を読めるサイズにした拡大画像を掲載します。
ついで、詳細版の縮小全体図と、拡大画像を掲載しています。
また、最後に、中川のまとめ(「見える化」の図を文章化したもの)、および所感を記述しました。
本書の「見える化」図PDF版の全体を収録したものも参照ください。
『下流老人』(藤田孝典著) 「第7章 一億総老後崩壊を防ぐために 」
「見える化」ノート(要約版)、(7) 政策の検討と提言、中川 徹、2016年 1月 4日
全体図(要約版)
拡大図 (要約版) (上・中・下)
『下流老人』(藤田孝典著) 「第7章 一億総老後崩壊を防ぐために 」
「見える化」ノート(詳細版)、(7) 政策の検討と提言、中川 徹、2016年 1月 4日
全体図 (詳細版)
拡大図 (詳細版) (第1頁上下)
拡大図 (詳細版) (第2頁上下)
拡大図 (詳細版) (第3頁上下)
まとめ (「見える化」した図を文章化する) (中川 徹、2016. 1. 5):
著者(藤田孝典氏)が本章に記述している提言(とその論理)をまとめて文章化すると、以下のようです。(「要約版」の図を見ながら、さらに簡単にしています。)
(1) いま、「下流老人」(生活保護基準相当で暮らす高齢者)が大量に生まれており、約6〜7百万人と推定される。また、若者の雇用や生活環境が急速に劣化し(非正規雇用やワーキングプアなど)、低所得化が進行している。下流老人の貧困だけでなく、若年層の貧困、子どもの貧困などが広く存在し、それらが連鎖して、日本社会全体の貧困が進んでいることが、問題なのである。これらの下流老人やワーキングプアの若者たちを生み出すのは、国であり、社会システムである(当人個人だけの問題ではない)。
==> 国や政府が、日本に貧困が広がり、進行しつつあることを認め、格差是正や貧困対策を本格的に打ち出すことが、何よりも必要である。
(2) 「健康で文化的な最低限度の生活」は、憲法が保証する基本的人権(の一つ)である。これが社会保障を進めるための基本認識である。この意味で、生活保護をはじめとする社会保障を受けることは、権利であるという認識を確立し、浸透させる必要がある。下流老人が多くいると同時に、富裕な老人も多くおり、資産家・高所得者もあって、貧富の格差が大きいのが実情である。これは、(税制による)所得の再分配機能を高めて、社会保障を手厚くしていくことが、必要であり、また、可能であることを意味する。課税のしかたについては、資産や所得を総合的に議論して、決めるべきことである。
==> 上記の基本理念のもとに、「貧困対策基本法」を法制化し、国民の貧困化を予防し、貧困から救済するための方策を、国家の重要戦略として建てるべきである。
(3) すでにある生活保護の制度を受けることに対して、国民に(権利ではなく)「恥ずかしいことだ」という意識が植えつけられている。上記(2)の理念に基づき、制度を分かりやすく、受けやすくすることが、まず最初に必要である。
==> 政府や自治体はまず、(下流老人に限らず)生活困窮者に対して、「生活保護で救済できる」ことをきちんと知らせ、保護申請に来るように誘導することを、するべきである。
(4) 現在の生活保護は、(困窮して、資産などをすべて使い果たしたのちに〉8種の扶助(生活、住宅、医療、教育、介護、葬祭、生業、出産)をセットで提供する「救貧制度」である。「貧しくなってから救ける」もので、「貧しくなることを防ぐ(防貧)」観点がないことが問題である。実際、生活相談に来る多くの人は、「生活保護のうちの一部でも補助してくれれば、生活がかなり改善し、生活保護を受けなくてもやっていける」と話す。
==> 生活保護制度を「扶助項目ごとに分解」して、社会手当の形で、もっと受給しやすくする。これによって、(旧来の)生活保護の一部分を扶助することにより、生活を成り立たせ、資産のすべてを失わなくてもよいようにする。
(5) 下流老人には住宅費の負担が想像以上に重い。また、若者たちも住宅ローンを組んで高額な住宅を買うことはできなくなっている。ところがいままで、(住宅購入の支援制度はあるが)低所得者が民間賃貸住宅を借りるための支援制度がない。住宅政策を改め、低所得でも誰もが住まいを失わないですむようにするべきである。
==> 家賃の(一部)補助を進める(これは上記(4)の扶助の一例である)。高齢者や低所得者が楽になり、若者が家庭を持ちやすい環境を作ることができる。これは、少子化対策などに有効であり、ヨーロッパ各国で成功事例がある。
(6) 若者の雇用や生活環境の悪化のため、厚生年金に加入できず、国民年金の未納者が約4割ある。また、仮に40年間国民年金を掛け続けても、将来得られる年金は約6.6万円で、生活保護の生活扶助費と同程度しかない。これらのことは、国民年金制度が、破綻しつつあることを示している。この状況では、給与が低くて苦しい生活をしている若者に、国民年金の掛け金を無理に払わせないのが良い(生活を維持する方が大事)。
==> 国民年金保険料の減免措置があることを告知し、(無届の未納ではなく) 減免申請を薦めるべきだ。
(7) 上記(1)(6)の状況で、現在の若者の多くは、高齢になると下流老人と化す (これは、現状では避けようがない)。いまの国民年金制度は破たんしつつあるから、これに代わる社会保障制度を構築して、若者たちの老後を保障するようにしなければならない。そうでないと、将来に大きなコスト増が生じ、社会不安が起こる。
==> 国民年金制度に代わる新しい制度を構築し、老後の生活を最低限(すなわち、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」)保証するようにしなればならない。それは、現役時代の報酬に関係なく、(低収入だった人も含めて)すべての人に保障するものでなければならない。
(8) 上記(7)を実現するためには、税金を投入して、すべての人の最低限度の生活を保障することを考えざるをえない。
==> それは結局、生活保護制度の生活扶助に相当する。それならいっそ、国民年金制度を廃止し、(上記(4)で述べたような新しい) 生活保護制度の生活扶助に一元化するとよいのでないか。
(9) 上記の(1)(6)(7)で言っているのは、「今、日本社会の貧富の格差が大きくなり、貧困が拡大して、一部の富裕層を除いて、「一億総老後崩壊」の状況になる危険が大きい」ことである。上記に提案しているすべての対策案は、税金で賄って国から支出することを含意している。税金によって、富の再分配を図る、富んでいる所・人から徴収して、貧しい所・人に分配する。このような徴収・分配・利用のやり方を決めるのは政治であり、その意思決定を促すのはわたしたち国民である。
==> 真に住みやすい社会を構築するために、何を選択し、何を訴えていくべきか?国民がともに考え、行動していくことが必要である。
所感 (中川 徹、2016. 1. 6):
昨年7月以来、藤田孝典さんの『下流老人』を何回も読み、「見える化」の図示をしてきて、いま、最終章の図を作り上げ、まとめの文章化をしました。藤田さんのこの本は、実践に基づき、非常にきちんと考察して書かれていると、改めて思います。最終章の提言も、説得力があります。賛同します。
また、片平 彰裕さんの「札寄せツール」を使わせていただいたことで、本書の論理を非常に明確にすることができました。文章だけで理解しようとし、まとめて表現しようとするよりも、はるかに明確にできました。私自身が明確に理解できましたし、その理解を読者の皆さんに分かりやすく示すことができたと考えています。議論の土台として使っていただければ幸いです。
「札寄せしながら考える」というシリーズを始めた意図は、いままで私が研究し普及を図って来ました「創造的な問題解決の方法(TRIZ → USIT → CrePS)」の適用分野を、技術分野から、社会や人間を含むもっと広い分野に拡げる試みをすることでした。日本社会の貧困問題という大きくて輻輳した問題に取り組み、試行してきました。「札寄せツール」を使いこなして、複雑な問題を「見える化」できてきたことが大きな成果です。ただ、それはまだ、入口にしかすぎません。
いま、考えていることを簡単に列挙しまスト、次のようです。
(a) 「下流老人」の問題において、最初で最後の問題は、私たちの「意識の問題」だと思います。下流老人(あるいは生活困窮者)になったのは、「考え・努力が足りないのだ」、「自己責任だ」という意見(意識・感情)です。-- 昨年12月に「読者の声」のページに掲載しましたメールでの討論をお読みください。
これは非常に深い、根本的な問題を含んでいます。「競争社会における(最低限の)保障」、さらには、「競争と分かち合い」、「競争と愛」などの矛盾関係と言い換えることができます。「勝ち負けの世界の中での愛の倫理」の問題でもあり、「基本的人権」の問題でもあります。
このような「矛盾」は、TRIZで学んだ「管理的矛盾」、「技術的矛盾」、「物理的矛盾」のどれでもない。もっと深い、人や社会の問題中にはある意味でどこにでもあるが、本当には(人類社会が)よく理解できていない(だからよく対処できていない)別の形式の「矛盾」であるように思います。(b) (日本社会の)実際の貧困の問題を考えると、特に1990年以降の政府の経済・社会政策が、経済界の要求を受けて、上記の「競争」を中心としたものであったことが、明白です。その中で、日本社会に貧困が拡大していった。その貧困の拡大を抑止することは、基本的人権を守ることと同じです。給与の向上、労働条件の改善、富の再分配などを考える必要がありますが、それは直ちに経済の問題、企業利益の問題などに関連します。経済界の人たちは、(本書の提言などを)「経済を知らない一般人の理想論に過ぎない」というでしょう。それなら、「基本的人権(や人間の幸福)をきちんと考えた、経済のあり方」を経済人や政治に関わる人たちに聞きたいものと思います。
(c) 「日本社会の貧困を考える」というテーマの取り掛かりとして、私は、高齢者の貧困をまず取り上げました。本書藤田孝典著『下流老人』は、その全貌をきちんととらえた優れたテキストでありました。私は、次に、現役世代・若者世代の(労働環境を中心とした)貧困の問題を考えようと思います。ドキュメンタリーな記述だけでなく、事実、背景、制度、考察・提言などをきちんと解説したテキストを探しています。適切なテキストがありましたら、教えてください。さらにその後で、子どもたちの貧困を考えるつもりです。これを最後にするのは、子どもたちの貧困はその親たちの貧困を反映したものだからです。
(d) 日本社会の貧困を抑止・解消するためには、「国・政府による政策が第一に必要である」という本書の提言はそのとおりと思います。ただ、その政策のための財源となる富を持つのは、企業・資産家と(かっての「総中流」以上の)高齢者層です。この一般の(すなわち「中流」(以上)と意識している)高齢者たちが、その富(の一部)を有効に社会に還元するやり方がないだろうかと、考え始めています。私有財産として自分の子どもや孫に相続させるのは一部分、税金に払って国や地方自治体の一般的な使途(必ずしも自分が最適と思わない使途)に配分されるのも一部分でよい。その他の一部分で、自分の判断と意思で社会に有効に還元する(そしてもちろん自分の老後も確保する)良いやり方を作れないだろうかと考え始めているのです。これは自分がそのような(中流以上の)高齢者層に属しており、自分の老後のことを切実に考えなければいけない状況にあるからこそできることです。
(e) ともかく、上記(a)〜(d)のすべてのことは、 「創造的な問題解決の方法」の研究と実践につながることと考えています。その意味で、この『TRIZホームページ』で引き続き(他のテーマとも織り交ぜながら)掲載していく所存です。
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最終更新日 : 2016. 1. 7 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp