TRIZ/USIT 解説・紹介

連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ

第6回  TRIZ/USITのやさしい適用事例(2)
書店で万引きを防ぐ方法

中川 徹 (大阪学院大学)
InterLab (オプトロニクス社), 2006 年 6月号 (No. 92), pp. 43-46

許可を得て掲載。無断転載禁止。  [掲載:2006. 6. 6]

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編集ノート (中川徹、2006年 6月 3日)

本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第6回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ。なお、同誌の編集とレイアウトがこの5月号から刷新されました。

同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 299 KB)

また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。

なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。

目次:

はじめに

1.  問題を設定する

1.1  きっかけ
1.2 万引きの一般的な状況
1.3 問題を限定する

2. 問題を分析する

2.1 犯行プロセスを考察する
2.2 関係するオブジェクトを列挙する
2.3 関係するオブジェクトの性質を考察する
2.4 空間的特性を分析する
2.5 時間的特性を分析する
2.6 問題の中核にある難しさ (矛盾) を明確にする

3. 解決策を検討し、生成する

3.1 従来の諸方法を再検討する
3.2 自分たちで解決策を考える


 

技術革新のための創造的問題解決の技法!!  TRIZ

第6回  TRIZ/USITのやさしい適用事例(2) 

書店で万引きを防ぐ方法

 

大阪学院大学   中川 徹

InterLab誌, 2006年 6月号 (No. 92), pp. 43-46

 

この連載では、技術革新のための体系的な方法としてTRIZが作られ、問題解決の多様な技法を持っていること、またその全体プロセスを使いやすく整理したのがUSITであることを、説明してきました。これらの方法を詳しく説明する前に、わかりやすい身近な事例でTRIZ/ USITの使い方を示しておきたいと考えています。

前回には、「裁縫で短くなった糸を止める問題」を説明しました。私の大学のゼミでの今春の卒業研究の一つでした。今回は、もう一つの身近な事例として、表題のテーマでの林尚也君の卒業研究を紹介します。より詳しくは、ゼミで作った『学生による学生のためのTRIZホームページ』(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/TRIZ-st/ ) をご覧下さい。

1.問題を設定する

1.1 きっかけ

筆者のゼミでは、学生たちが身近な技術的課題を選んで、TRIZ/USITを使って問題解決の一部始終を自分で行なうことを卒業研究として課している。

林君は、郊外のショッピングセンタ内にある小さな書店で店員のアルバイトをしていて、この「万引き」の問題に直面していた。その書店では万引きが多発して売り上げの2%にもなっており、利幅の薄い書店の利益を帳消しにする規模であった。万引きはいま日本の社会に広がっている問題であり、その全体を考えつつ、自分の店舗での解決策を考えてみたいと思った。

1.2 万引きの一般的な状況

まず、万引きの一般的な状況を各種の調査資料で見ると以下のようである。

万引きは昨今、多くの店舗でその被害が拡大している。犯人層は、書店などの場合は、未成年が大部分で、小、中、高校生が中心である。これらの未成年者には万引きが犯罪であり、社会道徳に反することの自覚が薄く、小遣い稼ぎなどの動機で行なうものが多いという。

書店での万引きは、店員の目をかすめて商品をバッグなどに入れて、レジを通り抜ける。悪質なものには、徒党を組んで、見張り役を置き、壁役が死角を作ることもある。

店舗側の対策としては、店員が目を配るのはもちろん、ミラーなどで死角を少なくし、電子タグとゲート管理などの方法を用いて対処している。それでも被害は拡大している。

店員にとって (彼自身の経験でも)、あやしいと判断できることは多々ある。しかし、捕まえるにはリスクが伴う。実行の瞬間を目撃し、かつ、「支払わずに店を出ようとした現場」でないと捕まえられない。バッグなどに入れただけでは、「支払うつもりだった」と開き直られ、店側が悪者にされる。

また、捕まえたのに、万引きでなかったら、店側の大きな過失になる。このため、現行犯を見つけても、店員が注意するのでなく、警備係に任せよと指示されていることがある。

以上のような万引きの状況やその防ぎ方は、業種、対象商品、販売形態、店舗規模などさまざまな要因によって多様である。

1.3 問題を限定する

ここでは、林君自身がバイトをしていたような、小規模書店での万引き防止の問題に焦点を絞る。特に、比較的オープンなフロアの一部にある、床面積 100〜300 m2程度で、店員2〜4名程度の書店が念頭にある。

また、万引きというのは、技術固有の問題ではなく、本来は社会的・人間的・道徳的な問題である。だから、未成年者への教育や、社会全体の秩序や協力などに基づく防止が本質的な重要性を持っている。ただ、いまは、一つの店舗の外で取り組むべきことは別の次元のこととして取り上げない。

ここでは、林君がアルバイトをしていたような小規模な書店において比較的低コストで実施可能な、いくつかの有効な解決策を考えたい。

2. 問題を分析する

以下にTRIZ/USITの方法に従って、この問題を分析して行こう。そこでは関係するオブジェクト (物および者) の機能的関係と性質、空間的特性と時間的特性などを順次考察して、問題の中核にある難しさ(矛盾)を明確にしていくのである。

2.1 犯行プロセスを考察する

この問題を考えるには、まず、万引き犯の立場で犯行のプロセスを考えるのがよい。これは、「守るにはまず敵を知れ」という古来の知恵である。(TRIZではAFD (不具合予測法) とか破壊分析と呼ぶこともある。)

@ 作戦 -- 仲間を作る、ノウハウ蓄積

A 来店 -- 店と時間を選び、バッグを持参

B 時機を窺う -- 店員多忙、客の目なし

C 見つからない態勢 -- 死角で、壁役など

D 実行 -- すばやくバッグに入れる

E 現場を離れる -- 素知らぬ顔で

F  レジを抜ける -- タイミングを見て

G 出口を抜ける -- さっさと

H 言い逃れ -- 「払おうとしていた」

I 開き直り -- 「自分は入れてない」

J 使う、売る --古書店に売る

このような犯行のプロセスを考えると、そのそれぞれの段階で防止のための対策があり得ることが分かる。ただこのうちで、店舗に直接関わっているのはA〜Iの段階である。

2.2関係するオブジェクトを列挙する

この問題に関係するオブジェクト (物や者) はいろいろあるが、まず本質的なものだけを選ぶ。すると、根幹にあるオブジェクトは次の4つだと分かる。

A. 商品 (万引き対象物)

B. 万引き犯 (実行者)

C. 店員 (防御者)

D. 店舗 (商品棚、レジ等空間構成)

これらのオブジェクトの機能的な関係ははっきり分かるから、その周りにあるさまざまなものも、この骨格に関連づけて考えることができる。

A関連: 注文票、電子タグ、消音式ラベル

B関連: 仲間 (壁役、見張り役)、バッグ、予備軍

C関連: レジ係、フロア係、警備係、防犯カメラ、良識ある客

D関連: 陳列棚、陳列ケース、レジ、柱、ミラー、出入り口、管理ゲート、注意の張り紙

このように関連づけると、それぞれの機能/役割をすっきり理解できる。

2.3 関係するオブジェクトの性質を考察する

つぎに、上記のオブジェクトのどのような性質が「万引きのしやすさ/されやすさ」に関係しているかを考えよう。(これはUSITの「属性分析」である。なお、空間と時間の特性は別項でより詳しく考察する。)

A. 商品関連: コミックなど人気のあるもの、また、高価なものが対象になりやすい。

B. 万引き犯関連: 不審者の特徴的な行動には以下のものがある。

C. 店員関連: 店員の忙しさ、目の配り方、そして万引き防止の意識などが大きな要因である。
正規店員とアルバイトでも差がある。防犯カメラは店員の目の役割をし、記録するものである。

D. 店舗関連: 客層、店の雰囲気など。

2.4 空間的特性を分析する

万引きは店員からの死角で実行されるので、空間的特性の分析が重要である。万引きが行なわれやすい場所は、一般的にはつぎのようである。

林君は自分の店舗について、平面図を描き、また実地にいろいろな角度での見え方を分析した (もちろん非公表)。

2.5 時間的特性を分析する

万引きが多い時間帯は、平日の午後4時〜6時、土日の午後などで、レジが混雑するときである。

USITでは、空間的特性とともに時間的特性の分析を重視する。それはこのような時間帯の分析で終わるものではない。

2.1節の犯行プロセス (つまり時間経過) を考察すると、時間的特性がもっと重要な意味をもつことが分かった。図1は一人の実行犯のプロセスを時間軸上に示した模式図である。

この図で横に時間経過を取っている。一人の犯人の行動を、そのA来店から、D実行、Fレジを抜け、G店舗出口を出るまでの経過を上部に描いている。一方、店員の一人の行動を一点鎖線で表し、周り (特にその問題の客) に対して目を配っている様子を上向き矢印で示した。下部に示した太い矢印は、万引きの現行犯を取り押さえるのに必要な行動である。店員が何回もこの客に目を配っていても、ここで要求されているタイミングで見ることが難しいことを示している。

図1. 万引きのプロセスの時間特性図

 

2.6 問題の中核にある難しさ (矛盾) を明確にする

以上の分析 (特に図1) から、本問題の中核にある難しさ (矛盾) はつぎの点であることが分かった。

(1) 万引き犯を捕まえるには、犯人の行動の「3つの瞬間」(D実行、Fすり抜け、G逃走) を店員がすべて視認して、Gの逃走する現場で取り押さえる必要がある。

(2) 上記の「3つの瞬間」はすべて、その時機を犯人側が随意に選択できる。

(3) 「3つの瞬間」を実行する場所も犯人が選択できる。

(4) 「3つの瞬間」を押さえない限り、店員は相手を「客」として遇する必要がある。

このような困難さは、「常識で分かっている」と思う読者も多いかもしれない。それを敢えて明確に記述し、「これが矛盾だ。ここに本質がある」と指摘して考えるのが、TRIZ (そしてUSIT) のエッセンスである。

3.解決策を検討し、生成する

3.1 従来の諸方法を再検討する

以上のような分析を踏まえて、従来から試みられているさまざまな方法を再検討して、整理してみよう。

(1) 「D実行」の瞬間を目視しやすくする。

(2) 「F無払いでのレジのすり抜け」をリアルタイムに警報する。そのために個別の商品に何かを取り付ける

(3) 万引き犯の「G出口を出る」現場での取り押さえを目指す。

(4) 犯人側の小道具であるバッグなどを使わせない。

(5) もっとソフトに心理的な抑制を重視して、サービスしつつ防犯を目指す。

なお、(1)〜(4)の対策そのものも、これらの装置が実際に起動することをねらうよりも、これらを実施していることを客に伝えて、犯人に対して(5)の対策と同様な心理的効果を与えることを意図する面が大きい。(例えば、ダミーの防犯カメラの設置はこの心理的抑制効果だけをねらっている。)

3.2 自分たちで解決策を考える

さて、それでは、林君がアルバイトをしていたような小規模書店ではどうすればよいだろうか。もっと具体的には林君は自分の店舗に何を提案すればよいだろうかと考えた。

もっとも基本的には、(1)の観点から、店舗内のレイアウトを見直すことである。現在は「オープンな雰囲気」を重視し、ショッピングセンタ内の通路や他の店舗との間で、お客さんが4箇所から出入りでき、レジを通らないでもよくなっている。そこで、あまり高くない棚を配置するなどして外回りを仕切って、出入りを2箇所程度に絞ることが考えられる。

コミックなどの被害に遭いやすい商品をレジなどから目が届くようにするなどの配置替えも考える。

それでもやはり基本は、(5)の声掛け運動であることに変わりはない。商品の棚を常時整理して、お客さんにとって見やすく買いやすくすると同時に、本が抜き取られたらすぐ分かるようしておくこともやはり大事である。

(2)の消音ラベルやICタグによる方法が普及しつつあるが、個別商品の価格が低いのでコスト高になり採用し難い。

このような中で、林君が本研究で注目したのは、(4)の犯人側の小道具を使わせなくする方法である。万引き対象の本はある程度の大きさがあるから、犯人はバッグなどに入れて持ち去るのが大抵である。そのバッグを封じる (使わせなくする) とよいだろうという発想である。

この方針が面白いのは、「B実行」そのものを困難にしようとしていて、「実行の瞬間の目視」をねらっていないことである。2.6節で明らかになったように、「瞬間」 (恐らく1〜2秒) を目視しようとすることには本質的な困難があるから、警告対象の時間を「数分〜数十分の時間帯」に引き延ばそうしていると解釈することができる。

ロッカーやレジで預かる規則にすると、もし預けない人がいれば、それだけで注意 (声掛け) することができ、注意できる時間帯が来店中のすべての時間に拡張できることを意味する。(特に図書館などではバッグ類をロッカーに預けさせることが多い。)

ただし、ロッカーの設置には設置スペースとコストの問題がある。また、レジでの預かりには管理の難点がある。そこで、これらに代わる案を考案したい。

林君の新しい提案は、「犯人などのバッグを、そのまま持ち運ばせるが、使わせないようにする」ことであった。具体的には、

(a)案: バッグなどの手荷物を入れる「チャック・鍵つきバッグ」を用意する。このバッグを出入口のすべてに配置し、客に自分のバッグを入れてもらう。南京錠などで封印し、レジにて解錠する。大中小のバッグを揃え、荷重に耐えるものにする。(このようなバッグは大きく、コスト高の恐れがある。)

(b)案: 上記(a)で必要なのは、お客さんのバッグの口を塞ぐ機能だけであることに注目し、「バッグの口を塞ぐシートで、開けると警報音を出すもの」を設置する。把手は客のバッグの把手を使い、ベルトを回すだけにする。(さまざまな大きさのバッグと把手の形状に対応するのが難しい。)

(c)案: バッグの口を塞がなくても、お客さんがバッグを店内で開けたことが分かればよいから、飛行機の手荷物をチェックインするときの開封検知テープのようなものを使う。(このテープは、貼った跡が汚くて問題。)

(d)案: 上記(a) で、ネット形式にして、お客さんのバッグをいれて貰う。この方が自由度があり、経費も安い。(ネットの袋を上からかぶせて、下で絞るようにして閉じるのがよい。ネットのままでお客さんのバッグの把手が使える。)

なお、これらの案では、このような対策の趣旨を説明し、お客さんに協力して貰わなければならない。そのために、協力者にポイント加点などの特典を用意するとよいであろう。

 

「万引き」の問題は、業種や店舗形態によってさまざまな対応が必要であり、社会のモラルと教育の問題が重要である。だから、本稿での提案(a)〜(d)が極めて小さなもので、その実効性に疑問があることは承知している。それでも、問題を分析して、解決策を考案するやり方を読み取って頂ければ幸いである。

次回には、TRIZの全体像、特に知識ベースを主体とした方法を概観しよう。

 

[訂正: 4月号の記事中で、畑村洋太郎先生のお名前の字に間違いがありました。お詫びして、訂正します。]

 

 

本ページの先頭 記事の最初 1.問題を設定する 2. 問題を分析する 3. 解決策を検討し生成する     『学生による学生のためのTRIZホームページ』

 

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最終更新日 : 2006. 6. 6     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp