Darrell Mann : ICMM Book  第6章 ハイプサイクル

『イノベーション能力成熟度モデル (Innovation Capability Maturity Model (ICMM)) 入門編』

   第6章  (休憩2) ハイプサイクル

Darrell Mann (Systematic Innovation, 英) 著 (2012年、IFRプレス)

中川 徹 和訳(大阪学院大学&クレプス研究所) (2021年 2月 15日)

掲載:  2021. 2.16

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  編集ノート (中川 徹、2021年 2月14日)

 Darrelll Mann の本の第6章です。本ページの記述は第1章と同様で、詳細目次、導入のための簡単な解説、そして本文です。訳文中の、( )は著者の挿入句など、[ ]は訳者の補足です。

 


 

 本章の詳細目次

第6章  (休憩2) ハイプサイクル

6.1   ガートナーの「ハイプサイクル」

6.2   ハイプサイクルから見たTRIZとイノベーションの諸方法

6.3   進化のS-カーブ、ハイプサイクル、競合企業数の関係

6.4   ICMMの「英雄の旅」とハイプサイクルの関連

 


 

 本章への導入 (中川 徹、2021. 2.15)

本章は、ガートナーが2008年に発表した「ハイプサイクル」という概念に触発され、それを適用拡張しています。「ハイプ」とは誇大広告の意味で、すべての(注目される)技術やサービスなど何でもが、その可視性(認知度)に関して、典型的な歴史的変化を辿るというのです。まず、テクノロジ―のトリガーがあって、その情報が誇大広告とともに急速に広がり、「膨らんだ期待のピーク」に達します。しかし、実際に使い始めると、不満がでてきて、評価が落ちて行き、「幻滅の谷」に至ります。そこで消滅するものもありますが、いくらかのものは徐々に改善され、「啓蒙の坂」を上って行き、ついには高い評価を得て、「標準」とみなされるようになります。

著者は、イノベーションの方法論の多数もいままでに同様のハイプサイクルを辿ってきた(きている)ことを認識しています。特に、イノベーション方法論で最も強力なTRIZ(「発明問題解決の理論」)の歴史経過を辿っています。「サムソンで9100万ドルを節約した」という公開情報(2002年)が、期待のピークであり、以後低下が続いており、「幻滅の谷」の近辺にある。まだ、上昇の兆候がなく、困難な時期が続いていると述べています [2012年出版時]。

ガートナーは、ハイプサイクルを「イノベーションの正しいタイミングを知る」ことに用いようとしたけれども、S-カーブとの関連を見落としている、と著者(Mann)は指摘しています。そして、S-カーブ、ハイプサイクル、および競合企業の数を関係づけたグラフを示します。そして、「膨らんだ期待のピーク」はS-カーブの転換点に対応し、進化の成長が進むのか、それとも衰退に陥るのかの分岐点であると指摘しています。

本書のテーマ、イノベーション能力成熟度との関連にも言及しています。ICMMの各レベルは、一つのS-カーブで表され、それはまた、一つのハイプサイクルで表されます。ですから、「膨張した期待のピーク」および「幻滅の谷」の現象に大いに注意することが大事です。

 

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本章の目次

導入(中川)

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6.1 ハイプサイクル 6.2 TRIZトイノベーション方法論のハイプハイプサイクル 6.3 S-カーブとハイプサイクル

6.4 ICMMとハイプサイクル

 

 

編集後記

英文ページ


 

 原著第6章の和訳

 

  第6章  (休憩2)   ハイプサイクル

 

「ほとんどの人は、最初の風で十分に遠くまで走ることはありません、
第2の風を得たことを確認するために。」
William James

 

 

6.1  ガートナーの「ハイプサイクル」

現代のマネジメントの本の大多数で見られるのと同様に、最近発行された『Hype Cycle (ハイプサイクル)』(Ref. 4)は、2頁の有用な洞察を270頁以上の本になんとか詰め込んでいます。とは言うものの、それらの2頁には、イノベーションとイノベーションのタイミングの話に追加するべきものが確かにあるようです。基本的な考え方は非常に単純です。製品または何か新しいものの進化の過程の全体で(その発端から成熟までで)、ハイプ(誇大広告)または「可視性(認知度)」の特徴的なプロファイルが現れます。図6.1は、この特徴の基本を示しています。

グラフの左端から始まって、「テクノロジートリガー(技術的引き金)」が、新しいエンティティ(物/事)を、急な誇大広告の傾斜を上って打ち上げます。新しいテクノロジーの発明者は、自分のアイデアを世界に公開したいと望んでいます。メディアは新しいことについて書く強い動機を持っています。そして、一般の人々のほとんどは、友人や家族とクールな新しいアイデアを共有したいという本来の好奇心と願望を持っています。すべてが他のすべてを強化し、しばしば壮観な好循環が形成されます。

やがてついに、この誇大宣伝の急増は、ガートナーの著者たちが「膨らんだ期待のピーク」と表現するものに到達します。この時点で、十分な数の人々が新しいエンティティを認識し、関心を持っており、その一部(主に新しもの好きの人たち)が、ポケットに手を入れてエンティティを試してみようとします。このときまでには、(誇大広告のサイクル曲線によると)期待のレベルがあまりにも高くなり、エンティティはすべてを満たすことが不可能であると感じています。この結果、不満の最初のうわさが聞こえ始めます。新しいエンティティは、それが称していたような万能薬ではありません。「うまく働かなかった」。予期せぬ不利な症状が現れ始めます。

図6.1: ガートナーのハイプサイクル(Ref. 4)

サイクルの「幻滅の谷」の期間に入ります。この期間では、もし下り坂が十分に急な場合には、エンティティが生き残る能力を持っていないかもしれません。一部のエンティティは、実際にこの谷を生き残ることはありません。

しかし、生き残ったものは、(なんらかの本質的な長所を持つものたちであり)、進化の次の段階、いわゆる「啓蒙の坂」の段階に入ります。この段階では、顧客たちがエンティティの積極的な能力を活用し始め、それが何に得意で、何に不得意かを学んでいきます。またこの期間に、プロバイダーは基本的な能力を改善する方法と、さまざまなユーザーや要件に合わせてエンティティを調整する方法を学習していきます。サイクルのこの期間に、かなりの数のユーザーがエンティティから実際の具体的な利益を達成し始め、その結果、進化サイクルの最終段階である「生産性の高原」に進むことができます。

この最終段階では、(段階の)タイトルが示すように、エンティティが完全な成熟に達します。それは何かをするための「標準的な」方法になり、[「イノベータ理論」で言う] マジョリティ(大多数) だけでなく「late adopters(後期採用者たち)」もやってきて、このエンティティが「正しい」解決策であると認識するようになります。

 

6.2  ハイプサイクルから見たTRIZとイノベーションの諸方法

ガートナーによると、また図6.1に示されているデータ点によると、ハイプサイクルは普遍的な特性です。ですから、私たちは、種々のイノベーション手法や組織内のイノベーション能力などにも、それを適用できるはずです。図6. 2はそれを試みたもので、重要な「形式化された」イノベーション方法論の発展のいくつかの重要な時点を、ハイプサイクルの文脈中に記入したものです。

図6.2: ハイプサイクル と さまざまなイノベーション方法論との関連

この図をざっと見てみますと、いくつかのいわゆる「イノベーション方法論」は(そのうちおそらく最も強力と思われるTRIZを含めて)すべて、現時点では「幻滅の谷」の底の近くにあることが、示唆されます。Googleトレンドマップ [図6.2 右上] が示すように、TRIZ関連の検索数は継続的に下降しており、向上の兆候はまったく認められません。だからおそらく、TRIZは「幻滅の谷」の谷底にまだ達していないのでしょう。

グラフ上での他の重要な点は(私たちの意見では)、「期待の膨らみのピーク」であったのはおそらく、「サムスン内のTRIZチームが、9100万ドルを節約したことで、[社長]賞を受賞した」という2002年の発表です。これが、「企業がTRIZの適用から具体的な利益を達成している」という、最初の公開の情報があった時点でした。TRIZは、この時までにすでに「TRIZコンサルタントたち」の雑多な出現に「苦しんでいました」が、サムスンの発表は、もっと多数がこの戦い(競争)に参加する明確なきっかけとなりました。実際、サムスンの内部にいた多くのTRIZ専門家たちが、サムスンの外に出て自分たち自身の [コンサルタント事業を] 立ち上げ始めた時期です。それらのすべてが成功したわけではなく、「TRIZがうまく機能しなかった」という一連のメッセージが増え始めました。悲劇的なことに、ここでの主な問題は通常、[TRIZという] 方法自体に特定の欠陥があったのではなく、「[具体事例のTRIZ] コンサルタントがうまく機能しなかった」、ということでした。

そして [TRIZにとっての] 「幻滅の谷」が始まり、2002年以降、今日まで続いています。つい最近 [2010年]、『TRIZ Journal』が廃刊になりました。ピーク時には月に60,000人の読者を得ていた月刊 [の電子ジャーナル] です。

この図は、もう1つのイノベーションに関する最近の現象である「オープンイノベーション」の進捗状況も示しています。これもまた、絶大なファンファーレを受けた一つの「方法」です。--どうしてできなかったのか、そのもともとのアイデアは、「あなたの問題を地球上のすべての人に公開して、誰かがやって来て、たまらないほど魅力的な解決策を魔法のようにあなたに提供する(ようにする)」というものです。現在、オープンイノベーションは、「落胆の谷」の近くに位置しており、自らを再発明しようと模索している最中です。

 

6.3  進化のS-カーブ、ハイプサイクル、競合企業数の関係

イノベーションの方法と能力の進化をハイプサイクル上に位置付けることは興味深いかもしれませんが、ガートナーの本の主な目的は、ユーザーがイノベーションのタイミングの力学を理解できるように助けることでした。悲しいかな、トピックへの全体的なアプローチが欠如していたため、[ハイプサイクルの] 著者たちは [この理論を] 始める前に自らの運命の種を蒔いたと、言わねばなりません。最も顕著なことは、彼らはハイプサイクルと進化のS-カーブの間の重要な関係を見落としたことです。この失敗を考慮して、私たちはハイプサイクル、S-カーブ、およびもう一つ別のイノベーションタイミング要因 [すなわち、競合企業数の変化] の間にある、相関関係をつける試みをし、それを図6. 3に示しています。

私たちの研究によると、「幻滅の谷」の底は、どのシステムにとっても、[S-カーブでいう] 転換点に密接に対応する点です。それは [システムにとって] 最も脆弱な時期であり、システムが崩壊して完全に消滅するか、わずかなニッチとして留まるか、あるいは、ものごとがうまくいけば、「啓蒙の坂」を成功に向かって上り始めるか、 [という分かれ道にある時期です]。

ハイプ(誇大広告)は他のすべてをリードする傾向があるため、もしシステムが転換点を無事に通過したと仮定すると、ゲームに参加する競合企業の数が増え続ける、ことを示唆する強力な証拠もあると考えています(Ref. 5)。この [競合企業数の] 上昇は、S-カーブがある種の変曲点、つまりそのセクターの成長率が減少に転ずる点まで続くと考えています。

図6.3: ハイプサイクルと進化のS-カーブとの関係

TRIZやオープンイノベーションやその他のイノベーション方法論が、それらの転換点の時期をうまく乗り越えるかどうかは、もうしばらく、後になってみないと分かりません。ハイプサイクルによると、私たちはおそらくいま、その転換点に近いところにいます。おそらくきっと、私たちの前には下降の時期がさらにあります。[TRIZその他の方法論の] コミュニティが、その下降からうまく立ち上がるかどうかは、まだまだはっきりしていません。しかし、少なくとも、ハイプサイクルが提供している有用な洞察は、TRIZやオープンイノベーションで起こっていることは、他の何百、何千もの他の同様の状況で見られたものと変わりがない、ということです。そして、それが「誰かが、どこかで、すでにあなたの問題を解決した」の領域のように聞こえるなら、あなたはおそらく正しいでしょう。たぶん、たぶん、私たちはみんな、ここで何かを学ぶことができます。…

 

6.4  ICMMの「英雄の旅」とハイプサイクルの関連

…そしてそこに、(私たちの)ICMM(イノベーション能力成熟度モデル)の文脈で、ハイプサイクルについて言及した理由があります。私たちがICMMの5つのレベルのそれぞれを、非連続的に異なるイノベーション能力として定義した瞬間に、各レベルは新しいS-カーブになります。そして、[ICMMとハイプサイクルとの] 接続を確立するとすぐに、すべての各レベルが独自のハイプサイクルを辿ります。

簡単に言えば、あなたやあなたの組織が、ICMMの一つのレベルから次のレベルに向けて行うすべての「旅」は、このようなハイプサイクルの一つを辿るのです。

いくつかの(多くの)点で、ハイプサイクルは、私たちが第5章で探求した「英雄の旅」を、少しばかりより科学的に見えるようにしたバージョンにすぎません。そこ [「英雄の旅」] では私たちは「深淵」と「誘惑する女」と「良き師」と「再生」などについて話しましたが、ここ [ハイプサイクル] では、はるかに多くのビジネス風の表現(たとえば、「啓蒙の坂」という表現は、「妙薬を携えて帰る」とほとんど同じこと)を使っています。あなたが上司と話すとき、前者 [「英雄の旅」] の表現よりも後者 [ハイプサイクル] の表現を使う方が、安心できるかもしれません。私たちは実は、二つのモデルの中で「英雄の旅」の方がより教育的であると考えていますが、それらを使おうとすると、ビジネスタイプの真面目な人たちを容易に疎外することもわかりました。

したがって、私たちが各ICMMレベルを見て、各レベル内で発生し、次のレベルに入ったと言える前に解決する必要のある避けられない問題 [すなわち、新しいレベルのS-カーブへのジャンプのための問題] について考えるときには、本書では、「旅」とその情報を、ハイプサイクルの諸段階の言葉で紹介しました。

あなた個人として、どちらのモデルを好むかは、あなた次第です。いまの段階で両方のモデルから持っていくべき主なことは、ICMMに着手する勇気のある人にとって、その前途にはいくらかの本質的に困難な時期があるだろう、ということです。

そして、それが一部の人々を主題から遠ざけるものであるなら、今が「さようなら」の手を振る最適なタイミングです。

ときどき、私たちがしなければならないことは困難であり、いったいなぜ私たちがそのような愚かな、愚かな仕事を引き受けたのかと、思い煩って眠れない幾晩かが必要です。

しかし、ほら、最終的には、英雄たちが勝利を得るでしょう!

 

 

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6.1 ハイプサイクル 6.2 TRIZトイノベーション方法論のハイプハイプサイクル 6.3 S-カーブとハイプサイクル

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最終更新日 : 2021. 2.16     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp