TRIZ解説: 
創造的な問題解決の方法論「TRIZ」を知ろう!
     中川 徹 (大阪学院大学)
  プラントエンジニア,31巻 (1999年8月号), pp. 30-39
  [日本プラントメンテナンス協会の許可を得て, 本ページに掲載 (99. 9. 6) ]
For going back to the English page, press: 


まえがき (『TRIZホームページ』への掲載にあたって) (中川 徹, 1999. 9. 1)

  この解説記事は, 月刊誌『プラントエンジニア』の編集部からの依頼を受けて, 本年
 7月上旬に書いたものである。同編集部の要請に応じて, TRIZについて初めて読む人を
対象にして, できるだけ平易に書いた。昨年 5月に「TRIZ (発明問題解決の理論) の意義と
導入法」を書いてからすでに 1年が経っていて, 新しい情報と見方を取り入れた解説記
事が必要だと思っていたところであった。執筆後 3週間で発行され, 発行 1ヶ月後に本
ホームページへの転載を許可いただいたのは感激であった。この論文を本ホームページ
の顔として, 「TRIZ解説」のページに掲載する。

   本ホームページへの掲載を許可いただいた日本プラントメンテナンス協会に深く感謝する。

   なお, 英訳版を同協会の海外向け広報誌に掲載予定であり, その発行 1ヶ月後に本ホーム
ページの英文ページに掲載の予定である。
[補足(99.10.1)  中川が英訳して, 同協会の了解のもとに英文ページに掲載した(99.10.1)。
同協会のJIPM-TPMには10月中旬掲載予定。 ]



 

『プラントエンジニア』誌編集部まえがき (1999年 8月号)

  創造的な技術開発を可能にする新しい方法論「TRIZ」が国内外で普及しつつある。
問題解決期間の短縮や, 本質的な解決策の発見に貢献するTRIZが, 製造業に与え
る影響は少なからぬものがあると思われる。そこで本稿では, TRIZの持つ意義や果
たすべき役割を, 現状と今後の展望, 企業導入時の考え方などを含めて, わかりやすく
解説する。

    中川  徹氏プロフィル   (大阪学院大学  情報科学部設置準備室教授)
      1967年  東京大学化学系大学院・博士課程中退, 東京大学理学部化学教室助手に。
      その後, 88年に富士通・国際情報社会科学研究所の調査国際部長, 97年に富士
      通研究所・企画調査室主席部長などを経て, 98年 4月から現職。「TRIZホー
      ムページ」の編集, 三菱総合研究所・知識創造研究会アドバイザーも努める。
 
 
1. 問題解決の
    新手法「TRIZ」
2. TRIZの基本的な
  思想と体系
3. TRIZの現代化
   への試行
4. TRIZの
    適用事例
5. 普及状況と
    企業への導入法
6. TRIZの意義と
   果たす役割
参考文献




 

1.  問題解決の新手法「TRIZ」

1-1.  求められる創造性・ひらめき

 技術競争・サービス競争が, 世界レベルでますます激しくなっている。非常な危機で
もあり, 非常な機会でもある。技術にしろ, サービスにしろ, 従来の問題を解決して適
切な新しいアイデアを創り出し, 速やかに実現したものが生き残る。創造的な問題解決
の力が, 組織にも個人にも, もっとも重要な基盤だ。

  ただ, 個人の創造性にしても, 組織的な問題解決能力にしても, その基本は人間の頭
の中の抽象的な能力の問題である。化学, 機械, 情報などの各専門分野の高度な技術者
・研究者でも, 全員に創造性があるわけではない。

  創造には「ひらめき」が必要といわれる。高度な知識と, 多くの経験を積みながら,
かえって創造力は減衰しているといわれる。では, どのようにして「創造性」を育てる
のか? 芸術の分野での早期英才教育を別にすれば, われわれは創造性を育てる方法をほ
とんど知らなかった。どうすれば,「ひらめき」がどんどん出てくるのかについて, 精
神論やノウハウの他には,しっかりした方法論を学ぶことがなかったのである。

1-2.  TRIZの誕生

  いま,この状況を革新するものとして注目されているのが「TRIZ (トゥリーズ) 」
だ。TRIZは「発明問題解決の理論 (Theory of Inventive Problem Solving)」の
ロシア語略称の英文つづりである。1946年に旧ソ連で若い技術者ゲンリッヒ・アルトシ
ュラー(1926〜98) が着想し, 多くの弟子を育てながら, 50年をかけて確立・実践した。
 

  冷戦終了後に, TRIZの専門家達が欧州や米国に移住して, 西側諸国の知るところ
となった。そして92年頃から, 米国でコンサルタント活動やTRIZソフトウェアツー
ルの開発が開始された。最近では, 米国の大企業を中心に導入が進んでいる。日本では
97年の夏頃から, 本格的な紹介・普及活動が始まったところである。

1-3.  TRIZの情報収集について

  TRIZはロシアで50年の歴史を持ち, さまざまな技法と知識の膨大な蓄積を持って
いる。ただ, 言語の壁のために英語や日本語での紹介はまだ限られている。そのため,
解説記事や教科書も十分でない。

 この状況で, TRIZの全般的な情報や, 最新の情報を知るには, WWW のホームペー
ジを見るのが最も便利である。特に, 『TRIZホームページ (TRIZ Home Page in  
Japan)  』[1] は, 非営利の立場で筆者が編集しているが, 最新で豊富な情報を掲載し
ている。英文では『TRIZ Journal』[2] が, 非営利で全体をカバーするWWW サイトであ
る。教科書, 紹介記事, 関連文献, 国内外のリンク集, TRIZのツールやトレーニン
グ企業の情報など, これらのホームページから取るとよい。筆者の昨年の論文[3] をは
じめ, 本稿で紹介している項目は, ほとんどすべて『TRIZホームページ』に掲載し
ているので参照されたい。


 

2.TRIZの基本的な思想と体系
 

2-1.  TRIZの着想と確立の歴史

  アルトシュラーは, 20歳のときに海軍の特許調査官をしていて, TRIZの着想を得
たという。多数の特許を調べていると, 優れた独創的な発明であっても, その問題解決
のやり方 (解決策そのもの) には, 自ずからパターンがあるという認識であった。そこ
で, 「多数の優れた特許を内容的に分析して, 問題解決のパターンを明確にすれば, そ
れを学ぶことができ, 自ら問題を創造的に解決する力 (創造力) を身につけることがで
きる」と考えた。そして実際に, その分析作業を始めたのである。

  彼はこの考えを, スターリンに献策した。その結果,体制批判者として,シベリアの
強制収容所に送られてしまった。その過酷な状況の中で,彼は多くの研究者・技術者に
出会い, いっそうの確信を得たという。54年に解放された後, 最初の著作を書き, 仲間
を作りながら分析作業を続け, 方法論として体系化していった。

  70年代に入ると, バクーにTRIZ学校を設立し, 多くの弟子を育てた。そして共同
研究者もでき, 弟子たちが各地に広がって, TRIZの教育と実践が続けられたようで
ある。ただ, アルトシュラーの思想は体制側には受け入れられず, 公的な制度としての
学校や科目ではなく, 常に草の根的な存在だったようだ。

  社会人から学部生までが, 短期で 2ヶ月・長期で 2年ほどの教育を受けた。74年のア
ルトシュラーによるTRIZの講義の様子を, 彼自身が制作した30分のビデオで見たこ
とがある (99年 3月の学会) 。非常にエネルギッシュで, アイデアに富んだ教育者であ
ったことがわかる。

  アルトシュラーは教育と実践を大事にして, 非常に困難な問題 (「発明」を要するよ
うな問題) も解決できるような, 問題解決の知識体系と技法を模索し続けた。そして技
術者を教育するのに使用しては, フィードバックして改良することを繰り返した。TR
IZの諸技法を一つの問題解決のプロセスとして表現したものを「ARIZ(発明問題
解決のアルゴリズム)」というが,年代ごとに多くの改良版がある。
 

2-2.  TRIZの基本認識                           

  TRIZの認識の特徴は, その事実認識・技術認識が具体的・網羅的でありながら,
同時に抽象性に優れていることである[3]

  個別の事実をそのまま蓄積・記憶するのではなく,  1段階抽象化すると, それだけ認
識が深まり, より広い範囲への適用が可能となる。抽象化した原理・法則と同時に, 多
数の具体的事例を蓄積し, 活用可能にしている点にTRIZの強みがある。

2-2-1.  物質と「場」の認識

  気体・液体・固体という「物質の三態」を理科や物理で習うが, それは抽象化・理想
化されたものである。われわれの身の周りには,泡やコロイドなどの中間状態や複合状
態がある。また, ゴムや液晶などの (さらには「水」という) 特別な性質を持つものが
活用されている。これらの具体物・特殊物を知り,利用することが,技術のベースにな
る。

  TRIZでは, いろいろな力,相互作用,場,エネルギーなどを総称して「場」とい
う。力学的・電気的・磁気的・光学的・熱的な「場」を, 主要な5種の「場」としてあ
げる。TRIZでは, これらの「場」を別の形態・別の種類の「場」に変換する,さま
ざまな物質/ メカニズムを整理して考える。

  それまで力学的(機械的)に実現していたものを電磁気的に置き替えて, 多くの技術
革新が得られた。電磁気的な機能 (制御や通信など) を光学的に置き替えて, さらに新
しい技術革新が得られつつある。科学的事象や技術を個別に網羅するのではなく, 抽象
化して明確な枠組みをつくり, 整理しているのがTRIZの特徴である。

2-2-2.  技術とシステムの発展の方向

  個別の製品やシステムの発展の歴史は興味深い。TRIZは技術発展の中に, 時代を
超え, 技術分野や産業分野を超えた発展の方向を認識し, 整理している。たとえば, シ
ステムの複数化 (例:単一スピーカー→ステレオ→サラウンディングシステム→立体音
響),  システムの柔軟化, 動く部分の細分化 (例:ボールベアリング→マイクロボール
ベアリング→気体軸受→磁気的軸受) などた。

 これらの方向性を認識すると, たとえば自分が扱う製品の主要機能部分が, どの段階
にあり, どの方向に発展するかが認識できる。この認識は (当初は不可能のように見え
るほどの) 大きな発展を予見させるものであり, 研究の先取りを可能にする。

2-2-3.  目標から手段を検索する

  技術者が現場で問題を解決しようとする, あるいは技術要求を満たす新しいシステム
を考案しようとするときに, 指針を与えるのは本来「科学技術」のはずだ。

  しかし,科学技術は膨大な体系をなして細分化され,専門外の領域を理解するには時
間がかかる。そのために, 本当に何が使えるのかは, なかなかわからない。図表-1に示
すように, 科学技術体系における知識は「どのような設定・条件にすれば,(自然法則
により)どのような効果・結果が得られる」という形式で記述されている。
 
 
   .
図表-1.   技術現場は科学技術の逆引きが必要

  一方,技術者がほしいのは「自分が実現したい技術目標・機能を達成するには,どの
ような設定・条件にするのが(もっとも) よいか」という形式の知識である。この形式
が逆転しているために, 科学技術の適切な利用が困難なのだ。

  従来の西側のアプローチは, 科学技術の体系をデータベースにして, コンピュータで
逆引き検索をやらせようというものである。しかし, コンピュータが速くなったとはい
え, 検索には長時間を要する。また, 結果の質は低く, さらには個別断片であって体系
をなさない。

  TRIZでは,もっと抽象的に「技術目標」の表現方法を規定・体系化することから
始めた。その結果, 「物質をどうする」「場をどうする」という表現をベースにして,
これを階層的に細分化していった (図表-2) 。この体系をつくったうえで, 個別の科学
技術の原理や応用事例を (研究者が人手で) 分類・整理した。これにより, 技術目標か
ら実現手段を探すための, しっかりした体系をつくり上げたのである。得られたものは
質が高く, 利用はきわめて容易である。
 
 
   .
図表-2.   目標から手段を逆引きするTRIZの枠組み

  TRIZの知識ベースに含まれている分野は, 数学, 力学, 熱学, 光学・電磁波, 電
気, 磁気・電磁気, 物質・材料, 物質と「場」の相互作用, 化学などである。医学・農
学などの応用事例も扱われている。生物学や情報科学はまだ含まれていない。

2-2-4.  40の「発明の原理」

  アルトシュラーは多数の優れた特許の内容分析から, 従来の技術の壁を打ち破ったア
イデアのエッセンスを抽出し, 「40の発明の原理」にまとめた (図表-3) 。
 
   .
図表-3.   TRIZの「40の発明の原理」 

  この発明の原理は, さらに数項目に細分化されているものもあり, それぞれ簡単な説
明と事例が付けられている。そのいくつかは, 前述の「技術とシステムの発展の方向」
に対応している。また, 「4.  非対称性」, 「10. アクションの先取り」, 「17. 他次
元への転換」など, 発想の転換・逆転を勧めるものもある。多数の事例を読みつつ, こ
の発明の原理をじっくり学ぶことが, TRIZを身につける王道である[4]

2-2-5.  「技術的矛盾」とその解決

   1つのシステムについて, 「ある側面を改良しようとすると, 別の側面が悪くなる」
という状況は, 技術の現場でしばしば起こる。多くの場合,これを「トレードオフ」と
とらえ, 両側面とも適当に妥協した案で我慢する。もっと頑張ると, 何らかの評価基準
を最大にするような妥協点を数値計算で求め, それを「最適化」と呼ぶ。

  TRIZは, 上記の状況を「技術的矛盾」といい,その矛盾を「解消」して新しいブ
レークスルーを求めようとする。実際, 優れた特許には, そのような「矛盾解消」を起
こした歴史的な記録が蓄積されている。それらの事例を学べば, 自分の問題での「矛盾
解消」のヒントが得られるに違いない。

  そこでアルトシュラーは, まずシステムの諸側面の記述法を標準化して39側面 (動く
部分の重量や操作性など) として, 改良する側面と悪化する側面の39×39のマス目 (マ
トリクス) をつくった。そして, 優れた特許はこのマトリクスのどの問題を扱い, どの
ような考え方で「技術的矛盾」を解消したのかを, 前述の「40の発明の原理」を用いて
分析したのである。

  彼とその弟子たちは, この気が遠くなるような分析を企画し, 人手で実行した。そし
て各マス目ごとに, よく用いられた発明原理のトップ4 をリストアップした一覧表がつ
くられた。「矛盾解消マトリクス」として, 誰でも使える形で公表されている (図表-4)。
この一覧表と付属する事例集は,TRIZのノウハウの真髄である。
 
 
   .
図表-4.   技術的矛盾に対する「矛盾解消マトリクス」

2-2-6.  「物理的矛盾」とその解決

 TRIZは, 上記の状況とは異なる形式の「矛盾」も認識している。それは,  1つの
システムの「 1つの側面について, ある場合には正の方向に要求され, 別のある場合に
は逆の方向にすることが要求される」状況 -- たとえば, 「見える」要求と「見えない」
要求が両方存在する状況である。このような対立する要求を同時に満足することを求
められると, われわれは多くの場合「それは不可能だ」と考える。

  ところがTRIZでは, この状況を「物理的矛盾」と呼び, 問題をこうした対立状況
に突き詰めることを推奨する。TRIZでは, この「物理的矛盾」を解決する方法が,
すでに豊富に知られているからだ。

  解決策の典型は, 「時間による分離」 (例:「見える時間」と「見えない時間」をつ
くる) と「空間による分離」 (例:「見える所」と「見えない所」をつくる) である。
これらの典型的な解決策は, 「40の発明の原理」で,さらに補強されている。
 

2-3.  問題解決方法論の体系

  以上のように, TRIZは科学技術に対する独自の観点 (「技術指向」の観点) をつ
くり, 膨大な知識ベースを構築して, 技術的な問題解決に対する明確な方法論をつくり
上げた。その体系を図式化したものが図表-5である (筆者は, これを図表-6のように図
案化して『TRIZホームページ』のシンボルマークにしている) 。
 
 
   . 図表-5.   TRIZによる問題解決の概念図

 
 
   .
図表-6.   『TRIZホームページ』のシンボルマーク

  科学技術の情報の深い宇宙には, 燦然と輝く発見や発明があるが,自分の問題はまだ
モヤモヤした雲の状態であり, 問題解決の道筋が見えない。ここにTRIZが抽出し・
整理した情報の世界が導入されると, 自分と科学技術の仲介者として働き, 新しい解決
策 (新しい星) を自ら見つけ出す (創り出す) ことができる。

  なお, 図表-5の「問題把握サポート」の部分に対して, アルトシュラーは次のような
方法をつくっている (詳細は割愛) 。

・  物質- 場分析:   非常に簡略化したシステムの機能分析
・  多画面思考法:  [問題とするシステム, 上位システム, 下位システム (部品など)]
                      × [過去, 現在, 将来] の 9画面でシステムを描いて考察。
・  Smart Little People 法:   問題システムの中に, 「魔法の小人」を仮想的に導入
                    し, その小人にどんな行動をしてもらえばよいのかを考え, その
                    比喩を実現する手段を考える

  同図表の右下部で, 発明の原理や事例をヒントにして, 自分の問題の解決策を見いだ
す部分には,TRIZのサポート機能を書いていない。

  実際, 技術者から「何か良い方法がないか」と尋ねられることがある。おそらく, 一
般的な言い方だが「抽象化と具体化の方法」 (特に後半の「具体化」) が該当するので
あろう。ただ, それ以上に詳細化したものは知らない。


 

3.TRIZの現代化への試行

  TRIZは旧ソ連で50年かけて構築・実践されてきた, 技術革新の方法論である。し
かし, 旧ソ連のペレストロイカ期以後, とくに最近米国などの西側諸国での普及活動が
始まってから, TRIZの「現代化」の必要が認識された。

  その根本は, 企業を持たなかった旧ソ連社会での教育・適用のノウハウは, 企業間競
争の社会では重厚すぎて消化しにくかった点である。現在は,米国や日本でもTRIZ
の創始者でない者が, 多数の技術者・研究者を短期間 ( 3日間の研修など) で教育し,
ビジネスに寄与する技術革新の実績を上げることが要求されている。

  「TRIZの現代化」の流れは, まだ混沌としている。しかし, 以下に 3つをあげて
おく。
 

3-1.  Ideation International社

 旧ソ連のキシュニフにあったTRIZスクールの専門家たちが, 米国に移って活動し
ているもの。アルトシュラーが開拓した多数の技法が, あまりにも多様・複雑であると
認識し, 問題分析の入口部分の平易化と強化を図った。

  問題を分析しようとする者が,問題点とその原因の因果関係(および有益/有害の区
別)のネットワーク図を書く。すると, ソフトツールが, ネットワーク図の各ノードご
とに, 解決策の観点 (あるいは問題提起) をリストアップする。ノードの数の 3〜4 倍
の観点を出してくるので, ウンザリするほどである。各観点に対する解決策の考察は,
TRIZの従来手法による。

  問題を因果関係としてとらえるため, 必ずしも技術分野の問題でなくても扱える。サ
ービスや運営管理などの, いわゆるソフト分野に進出しつつある。ただ, このためには
「40の発明の原理」のエッセンスを理解し, 広義に解釈することがカギになる。

  「35. 物体の物理的/ 化学的状態の変移」を取り上げよう。たとえば「水を, あると
きは通常の液体の形で, 別のときは固体の氷として, その特性の違いを利用せよ」とい
うものである。

  これを文字通りに解釈すると, サービス分野にはとうてい適用できない。しかし, こ
の原理の本質を「ときに応じて性質を変えられるようにして, その性質の違いを利用せ
よ」と解釈すると, ずっと広範囲に適用可能である。
 

3-2.  Invention Machine 社

  旧ソ連の人工知能研究所長で, TRIZ専門家であったツーリコフ博士が, 米国に移
住して始めた。2-2-1 〜2-2-5 に記述したTRIZの知識ベースを, 簡便なソフトウエ
アツール (TechOptimizer Pro V3.0J)に実現した。

  TRIZの枠組みは (知識ベースの構築法として) 非常に明確で便利である。事例な
どの蓄積があるうえに, 人工知能のソフト開発技術が加わり, 使いやすいソフトツール
になっている。また, システムの機能分析手法を充実させ, 西側のVE (価値工学) の手
法を取り入れている。その結果, ソフトツールはすでに実用レベルに達している。米国
で普及しつつあり, 日本でも完全に日本語化されて普及が始まった。

  同社のソフトツールで注目すべき点は, 技術的原理をリンクして, 複合技術を提案で
きる機能である。各技術原理は, 「入力 (設定・条件) → (自然の原理) →  出力 (効
果・新物質など) 」の形式に整理してある。

  技術目標を満たすための 1つの技術A を採用するとき, その設定・条件を実現するた
めの適切な技術を探したい場合がある。このとき, 後段A の入力と, 前段B の出力とを
同じにするという条件で, 前段技術B を自動検索すればよい。

  IM社のツールは, 技術の概念理解を土台にして, 非常に高度なマッチングの論理を用
いて自動検索しており, きわめて高速に高品質の結果を出す。このような複合技術の提
案は, 「コンピュータによる技術の発想」の段階に近づきつつあるといえる[5]
 

3-3.  簡易化技法SIT/USIT

 80年代初めにイスラエルに移住したフィルコフスキーは, TRIZの簡易化が普及の
カギと考え, SIT (Systematic Inventive Thinking) 法を開発した。

  Ford社ではシカフス博士がこれを取り入れ, 95年からUSIT (Unified Structured
Inventive Thinking) として社内に普及させた。その目標は, 企業現場の技術的問題解
決において, コンセプトの生成の段階に用いて, 複数の解決策を迅速に生成することで
ある。

  図表-7がUSIT法のフローチャートである。「問題定義」, 「問題分析」, 「解決策生
成」の 3フェーズを明確にしている。また, 解決策の生成法を 4種だけに整理し, 知識
ベースやコンピュータをいっさい使わない。 3日間の研修で習得でき, 実地適用でも短
期間で成果を出せる。
 
 
   .
図表-7.   USIT法のフローチャート

  ただし, 適用成果の質に関しては, 適用者の基礎知識の広がりと深さに依存する。
「技法はユーザを助けるのであって, 技法が解答を見つけるのではないから当然のこと」
だという。


 

4.  TRIZの適用事例
 

4.1   適用事例が公表されない中での習得法

  TRIZの適用事例で, 公表されているものは多くない。アルトシュラーによる多数
の教科書問題を別にすると, 上記のII社やIM社がデモ用に公表しているもの, TRIZ
Journal 誌のいくつか, 国際会議での報告の一部などがある[1] 。しかし, どれもオブ
ラートに包み, 技術的エッセンスを隠してある。企業におけるTRIZの最近の適用事
例は, 優れたものほど企業機密に属して公表されない。米国の大企業でTRIZの普及
が進んでいるが, 企業内と関係コンサルタントにノウハウがとどまっている。

  たとえば, IM社のコンサルティング部門の事例報告 1件を, 98年 9月に三菱総研のワ
ークショップ(非公開)で聞いたが, すばらしい内容だった。同社は同レベルの適用事
例を約 100件持っているが, すべて公表禁止とのことだ。

  このような状況で, TRIZを習得・適用していくには,次のような方法を組み合わ
せて各自が努力していくしかない。
  ・  雑誌, 教科書, WWW ホームページなどで情報を収集し, 学習する
 ・  国内の入門セミナー, 研究会, トレーニングや, 海外でのトレーニングへの参加
  ・  TRIZソフトツールの試用・使用
  ・  自分たちの既開発成果のエッセンスを, TRIZの考え方で後付けで理解する
 ・  ともかく自分の問題で適用してみる。
 

4-2. 「後付け」による体験的理解の例

 TRIZの学習の初期には,いままでに自分 (あるいは自分の周り) が行った研究開
発成果を, TRIZでとらえ直してみることを勧めたい。行ったことを, 後から論理づ
けるので, 「後付け」のTRIZ適用である。

 例として, 動画像の著作権保護の技術を取り上げる。ディジタル化が進ぱコピーや盗
作が容易になった現在, 「動画像に著作権表示を埋め込むにはどうしたらよいか? 」が
本例の問題である。筆者らは, 97年に「見える透かし」という特許を申請した[6]

  当時はTRIZを知らなかったのだが,後付けで説明すると, その本質は以下のよう
である。

  動画像の著作権表示には (申請後知ったものも含めて) いろいろな先行特許がある。
特に先行A社の公開特許申請では, 「画面に見えるマークを挿入する, または画面に見
えないパターンとして挿入する (空間周波数領域で挿入して逆変換するなど) 」とクレ
ームしている。これは強力で, すべての場合をカバーしているではないか。

  TRIZでは, 問題を突き詰めて「矛盾」を導き出せという。本件の場合では, 著作
権表示が権利の明確な主張であるためには,明白に「見える」必要がある。一方, 著作
権表示は邪魔にならず, 気づかせない必要がある。その結果, 「見えない」必要がある。

 このような「見え,かつ見えない」というのは, TRIZでいう「物理的矛盾」であ
る。上記A社のクレームは, どちらかの要求を優先させ, 他方の要求に目をつむった 2
通りの (矛盾を解消していない) 解決策である。TRIZは, このような「物理的矛盾
」の解消策を豊富にもっている。その 1つが, 「時間による分離」である。

  われわれの申請は, 「静止モードで明瞭に見えるマークを入れ, 動画モードでは表示
時間が短いために見えないようにする」表示法であった。これは, TRIZの発明原理
のうち「21. 超高速作業 (有害/ 危険な作業は超高速で行え) 」を適用したものといえ
る。TRIZの「時間による分離」法の典型的な応用により, 「見え, かつ見えない」
マークを実現させたのである。

  この案は, TRIZを知る前に得た直感的な発想だが, TRIZで後から理論武装す
ることで, 上記A社の先行特許を見せられても,びくともしないものになった。
 

4-3.  USITのParticle法の適用例

  TRIZを簡易化したUSITを, 実地問題に適用した例[7]を簡単に紹介しておこう。

  問題は, 「高圧でガスを溶解させた溶融ポリマーを, スリット状のノズルから押し出
し, 発泡樹脂シートを成形する場合に, 発泡倍率を向上させたい」という要求である。
USITの問題分析法の一つParticles 法 (図表-7) を適用した。この方法は, アルト
シュラーの「Smart little people 法」を取り入れたものである。

  分析段階で, 図表-8の左側には現在の問題状況を描いている。ノズルの近傍だけを拡
大して描き, 樹脂内の泡があまり大きくならず, ガスが表面から逃げてしまうことが問
題であると考えている。真ん中は, 理想解を (実現手段は考えずに) 描いた。ガスが表
面から逃げず, 泡が多く大きくなるのが理想の結果である。
 
 
   .
図表-8.  Particles法の適用例 (樹脂の発泡倍率の増大問題)

  左側と真ん中の図を比べて, 変化がある所に×印をつけ, これをParticles と呼ぶ。
Particles は, 「任意の性質を持ち, 任意の行動ができる魔法の物質/場」である。 
Peopleと呼ぶと過酷な環境に入れることを無意識に避けようとするので, イスラエルで
Particles と呼び変えたという。

  この魔法のParticles に, してほしい行動を考え, それを階層的に詳細化したのが図
表-9である。また, そのような行動を行うために, Particles が持っているとよいと考
える性質の候補を (行動要素ごとに) 列挙していく。
 
   .
図表-9.  Particlesに託す行動と性質

  このような行動と性質を 1つひとつ列挙する。すると, そのたびに分析者の頭の中に
は,実現法の断片的なアイデアができていく。これらのアイデアをまとめていくと, 非
常に自然に解決策のコンセプトを作り上げることができた (詳細は『TRIZホームペ
ージ』に掲載した筆者の適用報告[7] を参照されたい) 。


 

5.  普及状況と企業への導入法
 

5-1.  米国での普及状況

  米国では92年頃から, 旧ソ連から移住したTRIZ専門家たちの活動が活発になった。
米国では, コンサルタントがTRIZ普及の主体である。企業から研究委託を受け,
社内外トレーニングセミナーを行い, TRIZソフトツールの売り込みを図っている。
米国の大企業では数年の導入経験を持ち, 数百人規模の社内研修を行った所が多数ある。
ただ, TRIZの定着の度合いには大きな差があるようだ。社内に導入の核となる部
門・人がいる企業だけが成功しているようである。

  米国のTRIZ普及活動のうち, もっとも成功し, もっとも詳細に公表されているの
が, Ford社のシカフス博士の活動だ。前述した, TRIZを大幅に簡易化したUSIT
法を採用したのだ。

  95年の春以来, USITの社内研修プログラム(3日間) を毎月 1回開催して,  800人
以上に教えた。USIT専門チーム 4人が活動しており, 社内の諸部門から技術課題が
持ち込まれると, その技術者グループと専門チームが合同でUSITを適用する。 2〜
3 時間のミーティングを, 週 1回のペースで 4〜5 回開いて, 複数の解決策コンセプト
を含むレポートをつくり上げるという。実際に製品に反映されるコンセプトの評価実績
が, この 1年で 1億ドルの目標を達成したという。
 

5-2. 日本での普及状況

  日本にTRIZが本格的に紹介されてから, まだ 2年である。三菱総研と産能大学と
が普及活動を進めている。三菱総研の98年末の実績では, 約50の企業にTRIZソフト
ツールが導入され, 約2000人がTRIZ入門セミナーを受講したという。

  それでも, 企業内に何人TRIZを理解した人がいるか, 何人TRIZを適用できる
人がいるか, 何件の適用 (成功) 事例を持っているか -- を考えてみると, まだ手探り
の段階にあると思われる。日本には, TRIZの専門家・インストラクターがまだよく
育っていない。
 

5-3.  日本での企業への導入方法 

  筆者は, TRIZが技術革新の非常に大きな原動力になるもので, 従来の品質管理運
動とは異なるが, 同規模のインパクトを技術・産業界に与えるものと評価している。

  そのうえで, TRIZの日本の企業への導入法として, 当面は「漸進的導入」が適当
と考えている (図表-10)。そのポイントは, 社内に少数の先駆者を育てることを主眼と
して, 個人に対しても組織に対しても強制しないことである。
 
・ まず,少数 (複数)の先駆者を社内に育てること
       自分で言いだした人/自分でやってみようとする人/職制上の適切な人

・ 社外の活動,人材などの活用
   社外セミナー,外部講師の社内セミナー,インストラクタなど,  研究会/コンソーシアムなど

・  方法の理解と選択
   技術現場で実際の問題に適用しながら, 選択していくこと

・ ソフトツールの試用/使用環境を作ること
   TechOptimizerなど (評価用レンタルも可能)

・ 社内にTRIZ情報,実践情報を積極的に流す
   ホームページの利用 (最小限は社外リンク集でよい)  

・ 社内に内容面のリーダを育てる
   科学技術の素養, 特許経験,  TRIZの深い理解,  積極的な実践, 教育・普及活動

・  社内の組織的な推進者(と推進の後ろ楯)を作る
   職制上の専門職 または 組織の幹部

・ 社内での本格的導入の仕組みを作る
   予算,人, 組織, 現場の体制,設備 

 図表-10.  「TRIZの漸進的導入」の勧め

  先駆者が実際に使える良い方法を見つけ, 適用・試行しながら, 確信を持つように育
てていかなければならない。TRIZに興味を持ち, その可能性に注目する人は, 地に
足をつけて自ら検証しながら進まねばならない。企業の管理職は, 社内の先駆者に環境
を与え, 実地に適用する試みを支援することを考えるべきである。


 

6.  TRIZの意義と果たす役割

  旧ソ連で確立されたTRIZは, 科学技術体系に対する見方と利用のしかたを根底か
ら変え, 創造的な技術開発を支援する技法・方法論を与えた。この10年ほどで, 米国を
中心にTRIZをより使いやすくする「現代化」が進行しており, 米国の大企業に浸透
しつつある。

  従来の品質管理の諸技法は, 約50年に渡って産業界・技術界に大きな影響を与えてき
た。それらの考え方の基盤は, 統計学 (データ解析) と組織論であって, 技術論を持っ
ていなかった。それにも関わらず, このような大きな影響を与えたことは驚くべきこと
である。

  いま, TRIZが科学技術に対する新しい方法論を提起している。とくに, 技術の現
場での革新の方法論を与えたことは画期的なことだ。この技術方法論が浸透していくと
, 技術革新の速さと質は, いま以上のものになるだろう。日本の技術界・産業界もその
可能性を認識し, 地道だが着実なTRIZの吸収・普及を図る必要がある。
 

  なお, TRIZは教育に対しても大きな反省を促している。教えられるだけでなく自
ら学ぶこと, 答えが既知の問題の演習ではなく未知の問題を解く努力, 新しいアイデア
を創造する楽しみを知ること -- これらを身につけられるように, 大学院から小学校ま
で, 各段階での教育, とくに科学・技術面での教育を見直していかなければならないと
考えている。

  筆者は, 今春に文科系の学部 1回生への分担講義で,  2コマの機会が与えられた。そ
こで, 「創造的問題解決のための思考方法」という講義を行い, 最後の30分間でTRI
Zの紹介をした。学生であれ, 社会人であれ, 技術者であれ, 管理職であれ, それぞれ
の立場で問題を「創造的に解決する」ことが求められている。その方法論を自覚的に学
ぶ (そして, そのような教育を行う) ことが必要だと思っている。


 

参考文献:

[1] 『TRIZホームページ』 ("TRIZ Home Page in Japan"), 編集: 中川徹 (URL:
      http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/ )

[2]  "The TRIZ Journal",  編集: E. Domb, M. Slocum (URL: http://www.triz-
        journal.com/ )

[3] TRIZ (発明問題解決の理論) の意義と導入法」, 中川徹, 大阪学院大学人文
        自然論叢37号, pp. 1-12 (1998)

[4] 超発明術TRIZシリーズ3, 『図解40の発明の原理』, G. Altshuller 原著,
        L. Shulyak編著, 日経BP社訳, 日経BP社 (1999)

[5] "発明" を支援するソフト登場 -- 科学技術原理をリンクし, 複合技術を提案
        , 中川徹, 日経メカニカル, No. 530 (1998 年11月号), pp. 26-31

[6] 特許公開番号: 特開平11-136618,  発明者: 秋山良太, 中川徹, 伊藤裕康。

[7]USIT適用事例報告(2) 高圧ガス入り溶融ポリマーから多孔性樹脂を成形する場合
        の発泡倍率の増大」, 中川徹 (『TRIZホームページ』に掲載, 1999年 7月)
 
 
1. 問題解決の
    新手法「TRIZ」
2. TRIZの基本的な
  思想と体系
3. TRIZの現代化
   への試行
4. TRIZの
    適用事例
5. 普及状況と
    企業への導入法
6. TRIZの意義と
   果たす役割
参考文献

 
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最終更新日 : 1999. 9. 6   連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp