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停波から得られる利益

 次に「停波の経済分析」を試みたい。そのためには、停波がもたらす利益と費用を考える必要があるが、先にも述べたように、テレビのデジタル化とそれに伴うアナログ停波自体は多大の利益を国民にもたらすので、費用を考えるまでもなくその実施が望ましいことを結論できる。ここでは、「アナログ停波をどの時点で実行するか」に関係する利益と費用が問題になる。

 この観点からの「停波の利益」とは、停波によって大量の電波が新たに利用可能になることである。テレビのデジタル化はいわば「電波資源の大規模再開発プロジェクト」である。従来は地上アナログテレビ用として合計62チャンネル分(372MHz幅)の電波が用意されていた。デジタル放送では、その約2/3の40チャンネル分(240MHz幅)だけを使うことになる。少ないチャンネル数でも、従来以上の放送サービス(ハイビジョンを含む)を供給することができる。他方で新たに22チャンネル分(132MHz幅)の電波が利用可能になり、その新規利用法が検討されている。

 図7A~Cは、これまで地上放送用に使われていた電波(チャンネル)の整理・再開発を、土地再開発になぞらえて説明したものである。アナログ放送用の電波利用は平屋建てによる土地利用、デジタル放送用の電波利用は高層ビルによる利用に相当する。アナログ停波の問題は、サイマル放送の状態(図7B)からどの時点でデジタル化完成状態(図7C)に移るか、どの時点でアナログ放送の平屋建てを撤去して住民(視聴者)全員にデジタル放送ビルに移ってもらうか、である。2011年7月の時点でこれを実施する場合には、強制移転の補償費用(移行前を下回らないテレビ視聴環境を維持するための費用)が3,000億円以上必要になること、もし撤去を2017年まで延ばせば、その間に大部分の視聴者が平屋建て(アナログ機)の使用を終えて自発的に移転するため、同費用は50億円程度で済むことを先に述べた。



新たな電波の価値は?

 ここまで読み進まれた方は、「それでは、アナログ停波によって新たに利用可能になる電波帯域(更地)はどれだけの価値を持っているのか?」と問われるであろう。より正確には「そのような電波帯域を2011年7月という早期に入手することは、それを同年以後たとえば2017年に入手することと比較してどの程度有利か?」になる。この問題を考えよう。

 新しい電波の「価値」は、土地の場合と同じくそれがどのような目的に使われるかに依存し、また事業がどの程度成功するかに依存する。したがって正確な価値は誰にも分からない。しかしながら土地の場合と同じく、もし電波が自由に取引されていれば市場価格を参考にしてその価値を推定できる。実際には、日本で電波の取引は認められていない(電波は、基本的に公共のものであり、『私有地』は認められない)。そのため、アナログ停波によって得られる電波の価値を日本のデータから直接に推定することはできない。

 本稿では、代わりに米国のデータを使うことにする。アナログ停波によって解放される電波(計132MHz、22チャンネル分)の経済価値を、「米国のアナログ停波から生ずる電波62MHzのオークション落札額」から推定しよう。読者もご存じであろうが、1990年代から米国はじめ先進国の大多数が電波利用に「市場メカニズム」を取入れており、とりわけ電波の初期割当(初回免許)時にオークションを採用している。また米国では日本よりも数年早くテレビ放送のデジタル化が進んでおり、2009年2月のアナログ停波を予定している。停波の結果新たに利用可能になる電波のうち62MHz分について、2008年1月~3月にオークション(700MHz帯オークション、オークションNo.73と呼ばれる)が実施され、同3月18日に終了した。落札額は56MHz分について191億ドルであった。このオークションの詳細は、WEBサイトで確認できる。

 日本全土で使われる132MHzの電波の価値を米国全土で使われる電波56MHzのオークション結果から推定するには、まず帯域幅についての調整が必要である。次に電波の経済価値は、使用者数(人口)と所得にも依存するだろうから、帯域幅に加え、1人あたりの所得と人口の積であるGDPによって調整するのが適切である。ここではGDPとして2006年名目値を用いた。

 それらを調整した結果として得られた数字は「1.7365兆円」というものだった。

 つまり、アナログ停波から得られる電波132MHzの価値は1.7兆円余に達し、1MHzあたりでは131億円になる。これがいわばテレビ用電波(700MHz帯電波)の「標準価格」である。

 この結果、すなわち1.7兆円分の新しい電波の生成は、テレビのデジタル化が国民にもたらす「利益」の一部にすぎないことに注意されたい。デジタル化はこの他にもハイビジョン映像やハイファイ音声、ゴースト・雑音の減少を含む多くの便益を与える。テレビのデジタル化が国民にとってきわめて有利な「再開発事業」であることについては疑問の余地がない。

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Hajime Oniki
ECON, OGU
6/8/2008
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